《竜》の満ちる世界   作:UNKNOWNと戦いたい

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22―動く

 トブの大森林奥地に住まう世捨て人は、『ソレ』を察知した。

 

「なんだ、これ………賢王、どころじゃねえぞ」

 

 鋭く目を細め、凄まじく風化した太刀を、程よく手入れされた普通の刀を手に取り、立ち上がる。

 

「不味いな、間違いなく桁違いにヤバい………修行なんざ、してる場合じゃねえか」

 

 男―――ブレイン・アングラウスは一人、アゼルリシアの先に広がる空を睨む。

 二振りの得物を、この世界に存在しない筈の植物―――竹で編み上げた鞘へと納め、同じ物を乱雑に切り刻み作り上げた粗雑な住居を出る。知られざる大森林北西部奥地の大竹林は、しかし徐々に勢力を拡大する『龍』の領域。しかし、人が踏み入るにはあまりに危険なトブの奥地ということもあり、この剣士以外に知る者はいない。

 

「どんなバケモンが居るんだか」

 

 眼光鋭く空を睨み、この世界で有数の実力者は一人駆け出す。

 

 そんな中、アゼルリシアの頂より下界を睥睨していた獣もまた、それに気付いていた。

 

「キュゥ………」

 

 豊かな鬣を持つ、白き獣………だが、秘める力の強大さは、獣ではなく龍のソレ。

 そう、龍なのだ。『幻獣』キリン………古龍の中では比較的低位の存在であるが、アゼルリシアの山嶺に住まうこの個体は、発達した強靭な四肢と鬣、より美しく発達した白銀角を有する特異な個体。その角を護り抜き、ここまでの高みへと至った、正真正銘の強者である。

 

 その青い瞳は、雲より高い領域を舞う蒼白の飛竜を、確かに捉えていた。

 

 

 強大な存在の来襲を察知し、ジエン・モーラン亜種は速度を上げ、早々に竜王国近隣を去った。

 その為、例年と比べ収量こそ少なからず落ち、祭も早々に切り上げとなった。霊山龍に由来する品々の希少価値を考慮すれば、収量低下に反して利率自体は悪くないのだが、その動きに不穏なものを感じた者も居り、僅かばかりながら暗い空気が漂う帰還となる………筈だった。

 

「―――ッ!?」

 

 果たして、最初に気付いたのは誰だったか。

 

「アアアアアアアアアアアッ!!?!?!!?」

 

 耳をつんざくような咆哮が、警告より先に響き渡る。

 

「これって、ジエン・モーランの!?」

「おいおい、何が起きてやがるってんだ………!?」

 

 広大な砂の海原で繰り広げられるのは、巨龍と紅の生存競争………被食と捕食であった。

 

「な、な、な………!」

「鐘を鳴らせ!最悪の事態だ!全船を即座に回頭させろッ!」

 

 イビルアイが慄く中、古参のビーストマンたちが血相を変え叫ぶ。

 

「忌々しい赤………またお前が来るか、弩岩竜!」

 

 祭事における旗艦、竜王国首都船に座すドラウディロンが憤怒の形相で睨むのは、紅。

 がっしりとした体躯を持つ紅の巨竜は、数倍以上の巨躯を誇る峯山龍の厚鱗を、重殻をその口で噛み砕き、噴き出す血でその身を一層赤く染める。200年前、竜王国を今のような砂漠と化すまで食い荒らした災害そのものは今、彼の国の豊穣の象徴たる龍を喰らわんと、その巨躯を大砂漠へと繋がる入り江へと押し込みつつあった。

 

「イビルアイ、あれは」

「恐ら………ッ」

「弩岩竜だ!200年前、この竜王国を食い荒らしたモンスターの同族!」

 

 答えようとしたイビルアイは、しかし途中で不自然に竦み上がる。それにビーストマンの老兵が怒鳴る様に応じ、忌々しいとばかりに回頭しつつある船の上から、災厄そのものたる砂上の楼閣を睨む。そんな中、怯えるようにその場にへたり込んだイビルアイは、恐怖に顔を歪め、空を見上げた。

 

「くる………」

「は?おい、来るって、まさか―――」

 

 ガガーランがその原因を察し、信じたくない、と空を見上げた直後。

 

「ギュアオオオオオオオオオオッ!!!」

「ッ?!」

 

 重く響く咆哮と共に、飛来する影。ジエン・モーランの捕食を即座に諦め、砂中に逃れんとする弩岩竜だが、砂そのものを大きく巻き上げ、美しい銀の輝きを帯びた黒き影が落下。一回り以上巨大な弩岩竜の、強靭な外殻を純然たる膂力のみで打ち砕き、金剛棘を以て内部をズタズタに破壊し、更にはその飛翔能力を以て、強引に空中へと引きずり出してみせたのだ。

 

「な、あ?!」

「嘘だろ、おい………」

 

 驚愕に包まれる空気の中、ガガーランだけは『信じたくない』とばかりに頭を振った。

 

「ネル、ギガンテ………」

 

 入り江の淵、数少ない砂海の流れに囚われぬ場所へと墜落した弩岩竜の息の根を、完全に止めた存在を赤い瞳に捉え、イビルアイは静かに呟く。彼女の故郷を滅ぼした竜王を、容易く屠り、喰らった古龍は、今度はかつて竜王国を滅ぼした災禍を喰い殺し、その強大さを示した。とはいえ、覇種たる竜は数度齧られたのみで、肝心の滅尽龍の標的は、逃げるように南へと向け潜っていった峯山龍へと移った様子。

 

「ギュルアアアアアアアオッ!!!」

 

 逃げた峯山龍を追い、滅尽龍は南へと飛ぶ。難易度にして300超の巨大龍が、成す術無く襲われ、喰らわれる覇種を、意図も容易く惨殺し、喰らう歴戦王の滅尽龍………パワーバランスの様子がよくわかる。同時に、()()()()()如何に脆弱で、矮小であるかを知らしめるかのような光景に、誰もが愕然となり、沈黙する。

 

「………あ」

 

 そんな沈黙を破ったのは、何かに気付いたかのようなラキュースの声。

 

「あのモンスターの亡骸!アレを何とかして回収できませんか!?」

 

 そこで思い至ったのは、ナザリック………より厳密には、彼らが有する加工技術。今まで加工が叶わなかったモンスター素材の武具を作れる彼らならば、あのモンスターの亡骸も立派な武具と出来るのではないか。そんな打算は、しかし自身の利益の為ではなく、未知なる脅威に備えているこの辺境の、大きな希望となることを確信しているからこそのものだ。

 

「………ほかの船に連絡だ!悪いがアンタら冒険者は、デルクスどもの露払いを頼む!」

 

 その意図がどこまで理解されたかは不明ながら、幸いにも彼女たちを乗せた船の長は、その提案を飲むことを決定。単独ではアレを積み込み切ることは不可能と判断し、他の船へと連絡の為の人員を送り出す。過去、竜王国を滅ぼしかけ、スレイン法国の秘宝と切札が命と引き換えに滅ぼした存在が、今度は彼らの希望となるなどと、誰が予想できただろうか。

 

 そして幸運なことに、弩岩竜の生息域は南方寄り………このままいけば、大半が竜王国へと到達するより早く滅尽龍に捕捉され、喰い殺されることとなる。わざわざ捕食者の来襲方向に逃げる事もない以上、弩岩竜による被害が起こる事はほぼ無いと言っていいのだ。

 

「剣を持ってる連中は纏めて駆り出せ!アレを上手く切り分けて収容するんだ!」

 

 報告を受けたドラウディロンが、他船への連絡要員にそう指示を飛ばす。

 モンスターの体躯に、これまで知られる武器はそうそう通じない。だが、亡骸であるなら、強引に刃を通すことも不可能ではないのだ。無論、リスクは多大にあるが………剛種をも超えた覇種の亡骸ともなれば、それが小さく見える程絶大なリターンが保証されているのだ。

 

「ああ、胃が痛い………最悪、国単位で大砂漠を放浪する事も考えねばならんか?」

 

 その一方、弩岩竜来襲という災厄が起こり得る事実に、ドラウディロンは頭を抱えていた。

 

 

 ローブル熔山帯………そこの調査に赴いていたパンドラ、シャルティア両名は、揃って息を殺した上での活動を余儀なくされていた。灼熱の空気は幸いなことに、炎熱系フィールドエフェクトへの対策がそのまま効果を発揮するお陰で無害化できているものの、それに有難みを感じる余裕など、ありはしなかった。

 

「ルォオオオオオッ!!!」

「ギュアアアアアッ!!!」

 

 強靭な四肢で大地を蹴り、黒銀の竜が紺藍の竜と激突する。牙竜と獣竜の戦闘は凄烈で、激しく舞う黒光が空気を焼く音と地を砕く爆音が耳をつんざく。更に質の悪いことに、二人が調査中だったエリアから脱そうにも、飛び散る黒光………『蝕龍蟲』が激しく飛び交うせいで、隠密と防御を魔法で両立している現在、下手に動けないのだ。

 

「じ、地獄でありんす………!」

「いや、本当に………しかし、あの緑色の物体は………」

 

 『砕竜』ブラキディオスの剛腕は、しかし『獄狼竜』ジンオウガ亜種を捉えることは無い。強靭に発達した四肢と、起伏に富んだ地形を駆使し三次元戦闘を展開する牙竜は、共生者である彼の意思に従い龍雷を放つ『蝕龍蟲』を駆使し、ブラキディオス最大の強みが最大限効果を発揮する間合いに踏み込むことなく、攻撃を続けているのだ。

 

「ギュアアアアアアアアアッ!!!」

 

 激昂と共に、ブラキディオスの紺藍の体躯が緑に染まる。何事か、とシャルティアが目を剥き、パンドラはその様子と先程まで拳打の度散された緑の粘体の様子から、何かしらの生物である可能性を想起。そこから、爆発する事にメリットがあるのかを短時間で思考し、その答えを導き出す。

 

「粘菌、といったところでしょうか………爆発するとは、また面白い生態をしていますね」

「言ってる場合でありんすか!?………あ」

 

 そんなシャルティアのツッコミの怒号が響き、当人が慌てて口を押える。

 幸い、丁度いいタイミングで発生した多重爆発により、怒号は掻き消されたものの、その爆発の余波で二人を隠していた遮蔽物が崩壊。周辺地形にまで行き渡った粘菌が幾重にも爆ぜ、周辺の崩壊が始まる中、二人はなりふり構わず防御、隠蔽を解除し脱兎の如く疾走。

 獄狼もまた、闖入者に構うことなく逃走を選択し、砕竜は二人を追おうとして、自らの起こした爆発で崩壊した数多の岩片、岩塊にその道を阻まれ、生き埋めに。だが、それを確認する余裕も無ければ、必要も無い。何故なら、その状況を打開する術を持つことなど、とっくに理解できているのだから。

 

「ギュアアアアアアアアアッ!!!」

 

 大爆発と共に、岩塊、岩片が一層細かく吹き飛ばされる。

 

「やはりそう来ますよねぇッ!」

「ふっ、ざけるなああああ!大人しく死んでろよお前えええええ!!!」

 

 予想していたパンドラが、本気で死んだと思っていたシャルティアがそれぞれ叫び、全力疾走。魔法で飛ぶこともしない様子は、その方法を忘れているのではないか、と思わせてしまうが、実は違う。最低限の情報収集の末、『空』が非常に危険である、と理解しているからこそ、その択を選べないのだ。

 だからこそ、走る。地道に、必死に、駆け続け、砕竜から逃げ続ける。アゼルリシア西部に近頃出現していたものと同種である、と知識量故勘づいてしまっていたパンドラは、この怪物を相手に単独で撃破を果たした『アングラウス』とは如何なる存在なのか、戦慄しながらも走り続ける。

 

「っ、何かくる!」

 

 そう叫ぶシャルティアが空を見上げると、無数の鋭く光るナニカが飛来。

 

「反転しますよ!上手くヤツに擦り付けます!」

「は、はぁ?!ああもう、どうにでもなれぇ!」

 

 一瞬驚いたシャルティアだが、自身の頭の出来を理解している以上、パンドラの指示に従うのが賢明と判断。全速力で反転し、鋭い音と共に地面に突き刺さる数多のナニカから逃げ、同時にブラキディオスの剛腕の隙間を掻い潜るべく、突撃していく。

 

 そして、先んじて疾駆するパンドラが不定形異形種へと姿を変え、その隙間を掻い潜ったのを目の当たりにしたシャルティアは、自身もスキルを発動し非実体化。結果、ブラキディオスは何事かと驚愕と共に足を止め、続けて飛来したナニカが黒曜甲へと突き刺さり、炸裂。

 

「ギシュォッ!?」

 

 驚き、怯んだ砕竜が見上げた先には、鋭利な鱗に身を包む飛竜の姿。

 

「キュルオオオオオオオオオッ!!!」

 

 『千刃竜』セルレギオスの咆哮が響き渡り、双方が敵対者を入れ替え、激突を開始。

 

 その戦闘音をBGMに、熔山帯の奥へと逃げ込むこととなった二人は戦闘から遠ざかるべく、ひたすらに足を動かす。レベル100異形種、そしてユグドラシル装備のお陰で耐性面が充実している二人は、アベリオンの精鋭たちの命を奪った大地の奥地へと、限りなく無事に近い状態で踏み入る事に成功したのだ。

 

「あー、死ぬかと思いました………」

「も、モモンガ様の為とはいえ、これは、辛いで、ありんすぇ………」

 

 肩で息をするシャルティアと、共にへたり込むパンドラは、静かに周囲を目視で探る。

 

「………これは」

 

 その中で、シャルティアの知覚が『それ』を捉えた。

 

「パンドラ、ここの奥に何か………」

「む?では、少々………っと、ありましたね」

 

 パンドラが姿を変え、スキルによる探査を行い存在を確認してから、その場所を丁寧に破壊し、奥に眠る物を回収するべく作業に移る。同地域のモンスターに不要な刺激を与えぬよう、慎重に慎重を重ねた繊細な作業の果てに発掘されたのは、美しい水晶にも似た謎の鉱物。それを知覚していたシャルティアは、直に見える秘められた()()()()()()に目を剥き、無意識に溢れ出した涎を飲み込んでいた。




★設定

・『幻獣』キリン

アゼルリシア山脈、山間部の事実上の長。
剛腱に由来する脚力、比類なき美しさを有する、白銀鬣と白銀角を備える強者中の強者。
気質は温厚であり、人間に対しても比較的友好的。だが、知る人間は皆無。


・『滅尽龍』悉くを殱ぼすネルギガンテ

イビルアイにトラウマを植え付けた、歴戦王の古龍。
真なる竜王は疎か、覇種すらも容易く屠る、最高峰の怪物の一角。
獰猛で貪欲な捕食者であるが、同時に強大な存在に対するカウンターとしても機能している。


・???

シャルティアが発見した、生唾を飲むほどの生命力を秘めた鉱物。
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