《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
リ・エスティーゼ王国、国王直属の戦士団が、馬を駆り野を駆ける。
「―――――戦士長!」
その先頭を駆る男、ガゼフのもとへと、焦燥を隠さず接近する者が一人。
「北方、交戦中のモンスターの群れあり。南方に回るべきかと」
「モンスターの?」
怪訝そうなガゼフへと、続けて接近する者が。
「南方より、スレイン法国、及びアベリオン聖獣連合の部隊が接近中です」
「ということは、あちらの安全は粗方確保された、ということか」
スレイン、アベリオン共に、危険地帯と隣接する環境にある国家だ。
その為、帝国が事態に対処する間にも、自国への影響を考慮し、中々動くに動けなかった。その点では、強大な古龍が存在するアゼルリシアを始めとする、周辺環境が防波堤代わりとなる王国は比較的古龍の影響を受け難く、事実としてアゼルリシア以西の大森林などのモンスターは特に恐慌を起こすでもなく、多少警戒心が強まる程度に留まってくれている。
「キュアアアアアアアアッ!?」
「ッ!」
「ストロノーフ殿!」
そこに響く、モンスターの悲鳴。それに警戒レベルが高まる中、戦士団のもとへと両国の精鋭が集う。それこそ、古龍クラス以外であれば一日以内の討伐も可能であろう、実力者の集まりであるが、この状況であるからこそ誰もが油断することなく、最大限の警戒と共に戦力を集結させることを選んだ。
「我々が魔法で偵察しよう」
「では、我らは戦闘に備えよう。術師隊、強化魔法を」
スレインの魔法等がユグドラシルのモノを基調としているのに対し、アベリオンの部隊は亜人の知識、技術を人間に扱えるよう調整したものなど、比較的独自のものが多い。かつての亜人たちによる凄絶な争いの中で発展した知恵、技術の数々を組み合わせ、混ぜ合わせ形作られた独自のソレを、惜しみなく行使していけば、彼らは十全を更に超える力を得る。
「………そんな馬鹿な」
その中で、呻くような声を零す偵察部隊の一人。
「なにがあった?」
緊張を孕んだ声に、信じられないとばかりに応答。
「推定難易度、270前後の怪鳥が、二匹のドスランポスに一方的に撃破されました」
「………なに?」
「詳細を。特異個体の可能性もありますので、なるべく細かく」
聖獣連合のケラルト・カストディオが険しい表情で詰め寄る中、突如咆哮が響く。
「キュルアアアア………キュァオオオオオオオオッ!!!」
「っ、咆哮!?」
驚愕し、上空を見上げるも、声の主の姿は既に無く。
僅かに漂う金色の鱗粉が陽光で煌く中、青鳥竜を中心とする大森林南方の精鋭が動く。
「ギュォッ!ギュォッ!ギュァアアアッ!」
数にして、二十に届くかもギリギリの鳥竜たち。戦士団にも匹敵する統率力を発揮し、速やかに移動を開始したモンスターの群れは、綺麗に人間の集落を避けるルートを選び大地を駆けていく。本来恐れるべき古龍の脅威が迫る中、彼らは忌べき災厄の在る東方へと進軍していく。
何故なら、古龍が迫るだけで、実際に出現している訳ではないと理解しているから。
古龍が現れたのなら、彼らの王が自ら出向くことは無い。そうでなければ、生き残れていない。
「警戒を続けろ。ストロノーフ殿、我々も」
「ああ。北方への警戒を絶やさず、進軍するぞ」
「その前に、先んじて連絡を行うべきでしょう」
ケラルトの指示のもと、移動速度に優れた亜人たちが先んじて伝達の為に発つ。そして、そちらに過度な警戒を持たれないよう、ニグンら陽光聖典は追加の天使を召喚、群れへと偵察に向かわせようと動く。その判断は、決して間違いではない。間違っては、いなかった筈なのだ。
「キュルォォォォッ!!!」
「っ!?」
「またこの声か!?」
空から響く咆哮と共に、鳥竜の群れが加速。その中、ガゼフは一人弓を構え、空を射抜く。
「キュルォォッ!」
その矢を翼で弾き、姿を現したのは、一体の鳥。一見すると竜の特徴があまり見られない鳥竜種モンスターは、大きく発達した翼で空に浮かび、赤い瞳で地上を見下ろしている。赤く染まった翼に、対照的な藍色の羽毛。金色に染まった頭部の羽毛と翼爪が、まるで道化師のような雰囲気を作り出している。
何より恐ろしいのは、このモンスターは先程まで、完全に透明化し、姿を消していたことだ。
「な、ぁ!?」
「そのようですね。侮っていたつもりはありませんが、これは………」
「斥候としては、最優という他あるまい。友軍であれば、心底喜ばしかったのだがな」
静かに地上の人間を睨む『朧隠』は強く羽ばたき、高空へと消える。
高い知能を持つ鳥竜の一体は、あくまで人間たちと戦う事ではなく、知恵ある魔獣を主とする仲間たちの、安全の確保を目的としているのだ。警戒はあれ、敵意や害意が無い事を察知した以上、警戒されている事を伝えたからには用もなくなった。透過鱗粉を纏い姿を消せば、もう人間の知覚では追跡できない。
その意図が伝われば兎に角、人間側は知りようがない。
「不味いな………これは、不味い」
「追うぞ!あそこまで吼えられたんだ、今更隠れても意味はあるまい!」
レメディオス・カストディオが叫ぶも、ケラルトは首を振りそれを否定。
「いえ、距離は置き続けます。迎撃拠点まで追い込み、挟み撃ちにするのが理想的でしょう」
「我らはあくまで援軍。本来の目的は、東からの襲撃への備えであることを忘れるな」
バザーの戒めるような言葉に猛省するレメディオスを余所に、彼らの方針は決定される。
「天使を召喚せよ。距離を置き、奴らの警戒と監視を行う。撃破されたなら即座に報せろ」
「心得がある者は、弓を常に手元に置いておけ。空を制されては敵わんからな」
精強なモンスターたちを警戒し、三国の合同部隊は進軍を続ける。
*
その頃、帝都アーウィンタールでは、国内の調査結果が報告されていた。
「―――――以上となります」
「チッ………ああ、すまんな。ご苦労だった」
ジルクニフにしてみれば、優秀だからこそ理解できてしまう『最悪』だった。
「よりによって、あの『響狼』どもまで静まっているとなれば、確定では無いか」
「古龍、ですな。こうなっては、不平不満も零せませぬわい」
心底うんざり、という感情を隠さぬジルクニフに、フールーダは大真面目に頷く。
「周期的な巡回狩猟が止まっている事からも、間違いないかと」
「ロックブルズ家の者として、この事態は異常だと断言できますわ」
帝国四騎士が一人―――使命として、一族代々強大な牙獣を監視し続けるロックブルズ家の令嬢であるレイナースがそう断じれば、誰も異を唱えることはできない。何より彼女の言葉には、彼女が四騎士に数えられるに至るだけの武勇に裏打ちされている。一族の使命と真摯に向き合い続けた彼女の言葉を否定できるのは、同じロックブルズ家の人間以外に存在しないのだ。
「監視は必要か?」
「いえ。既に危険と判断した地は完全封鎖しておりますので、心配には及びません」
力強く断言したレイナースを一瞥し、ジルクニフは続けてフールーダへと視線を移す。
「儂からも、それは断言できますな。他のモンスターたちも、移動経路は西方に集中しております故、現在帝国騎士団には各村落の住民の、都市への避難誘導を行わせております。事後報告となってしまいましたが」
「構わん。元より、有事に備え各都市への支援を行うことは決定していた。少しばかり必要な物資が増えるだけし、お前たちの判断が間違っているとも思わん。間違っていたとしても問題無い以上、何も言うことは無い」
ジルクニフも王族として、バハルス帝国で確認されている、されていたモンスターやその生息地などの知識はしっかり有している。だからこそ、より深い知識を持つ者たちの決断であるのならば、相応の信頼を以て認める。特に、魔神騒動の時より生き続けるフールーダと、強力無比なる『響狼』について誰よりも深く知るロックブルズ家の者の判断なら、異を唱えるのは無能のする事であるとすら思っている。
「調査の結果は理解した。そちらからも、捕捉や訂正は無いのだな?」
しかし、完全に鵜呑みにはしない。こと知識量で彼らを超える『協力者』がいるのだから。
「問題ありません。ですが、『爆狼』の行方が不明である以上、早急な避難は必要かと」
その名が出たと共に、空気が一変。
「あのモンスター………陛下」
「ああ、奴が現れたようならば、モモンガ殿に協力を仰ぐさ」
「賢明ですな」
「あれのせいで、四騎士二人と精鋭騎士団一つ、お前の弟子の七割が殺されたのだぞ。我が国の手に負える次元でない以上、他の協力を仰ぐ他あるまい。万が一現れるようなことがあれば………」
ジルクニフの視線に動じることなく、スレイン法国からの協力者は頷く。
「現在、『一人師団』と『疾風走破』が、我が国の精鋭たちと共に調査を行っております」
「………苦労をかけるな」
帝国に知らぬ者は無い、過去最大級の被害を齎した怪物。
ただでさえ古龍が迫る今、再び現れようものなら、それは最悪中の最悪となる。故に、刺激せぬよう細心の注意を払いながらも、漆黒聖典まで動かしている事実からも、その危険性はよくわかるだろう。
しかし、彼らがそのモンスター………スレインが『爆狼』と命名した、一度のみ確認された牙獣を発見することは、恐らくないだろう。レイナースから左腕を始めとする多くのモノを、帝国からは最精鋭の四騎士二人と、彼らの率いた精鋭騎士団の実に七割を奪い去った獣が、まさかドワーフたちの住まうアゼルリシアの、深部に居を移したなどと、誰も思うまい。
「だが、お陰で問題も粗方片付いた」
「では!」
明らかな私心混じりのフールーダを無視し、ジルクニフは指示を下す。
「フールーダ以下、帝国魔法省の者たちには、東部の防衛戦に加わって貰う」
敗北は、国の滅亡を意味する。戦える者には、命を懸けて貰わねばならない。
『ハッ!』
そして、それを躊躇う者は、ここに居ない。
「レイナースらには、陸路の確保と商人の警護にあたって貰う。お前たちが生命線だ」
「承知しております」
頷く精鋭騎士たちを見据え、同時に冷静な思考で計算を重ねていく。
(あとは、どれだけ確保できるか、か)
戦えぬジルクニフとて、ただ命ずるだけではない。国庫は疎か、私財も使い潰すつもりであり、現在文官たち総出で、あらゆる物資の確保のため各地を奔走している。彼に出来る事は、頭を使う事とカネを使うコトくらいである以上、その双方で出来得る限りのことをする他ない。
不確定要素があろうと、それは変わらない。
「物資なら幾らでも工面してやる。それ以外は、お前たちに任せるぞ」
できる事に全力を尽くし、出来ない事は出来る者に任せる。この世界の為政者に必要な素質だ。
そしてこの局面、ジルクニフのような戦力を持たぬ王族に可能なのは、物資などの支援のみなのだから、歯痒いものだ。策を弄したところで、敵も規模も曖昧である以上大した意味は無いため、本当に財力に物を言わせた物的支援しか出来ない。竜王国の女王であれば、始原の魔法による攻撃なども行えるのだが、ジルクニフにそんな心得がある筈もない。
だが、その政治手腕とカリスマは、紛れもない一級品。彼にしか出来ないことも、確かにある。
「さて、では私はそろそろ発つぞ。方々に頭を下げて回らねばならんからな」
冗談めかしてはいるが、それだけ莫大な量をかき集める必要がある、ということだ。陸路の安全も重要であるが、そもそも物資を確保できなければ、徒労でしかない。部下の働きを無駄にしない為にも、何より戦う者たちの士気を保ち、犠牲を抑える為にも、ジルクニフは全力を尽くさねばならない。軽い口調に反し、その肩にかかる責任は重大。
それを感じさせぬ足取りでジルクニフが立ち去れば、残された者たちも動く。
「弟子たちを集めよ!早急に!」
魔法狂いのフールーダがハイテンションに騒ぐ中、レイナースは冷静に部下たちに指示を出す。
「まずは、輸送路の周辺地理と生息モンスターの情報を。情報が無ければ話になりません」
帝国騎士として召し上げられる前から、多くのモンスターを退けてきた女傑。隻腕となろうと、知識も技巧も衰えることは無く、情報を求めた次の瞬間には、別の部下へとあらゆる環境で用いることが可能な戦術を可能とする物品の手配を指示するなど、見事という他ない手際を見せつけている。
「各都市で運用される主要街道と、その周辺で確認されるモンスターも調べねばなりませんね」
ロックブルズの当主としての領地運営の経験に、戦士としての戦闘経験が加わり、貴族家の次男であるニンブルとは視点から異なる思考を可能とした彼女を選んだジルクニフは、間違いなく有能だ。彼女が任命されたからには、陸路の安全は確約されたも同然なのだ。
「我らも合流を」
スレインの者たちも、帝国のマジックキャスターたちと共に出立するべく、準備の為退出。
前線から離れた場所でも、確かに人々は動いている。それぞれが、同じ目的を果たすために。
★設定
・『朧隠』
トブの大森林に住まう、外部では目撃例皆無のモンスターの二つ名個体。
人間、亜人の知覚を完全に掻い潜る透明化が可能な他、優れた飛行能力を持つ。
森の賢王の配下、とは異なるようだが………?
・『響狼』
ボウン沼地を含む帝国の一部で確認される、強力無比なる牙獣。
特定のルートを巡回して狩りを行う、雌雄で白と黒の毛並みに別れたモンスターであり、バハルス帝国、及びその巡回ルートを領地に収めたロックブルズ家が厳重な警戒を行っている存在でもある。
帝国においては交戦厳禁とされており、漆黒聖典でも討伐実績は無し。
その巡回ルート、及びその周辺には原則、人の集落を作らぬよう定められている。
・レイナース・ロックブルズ
帝国四騎士が一人『閃撃』の異名を持つ隻腕の女騎士。
片腕で豪槍を振う女傑にして、『響狼』の巡回圏に領地を持つロックブルズ家の当主。かつては領地の冒険者やワーカ―と共に、領民の安寧の為槍を振っていたが、かつての事件を機に帝国騎士となり、その知見と武勇を国の為に振うことを選んだ。
・『爆狼』
かつての帝国四騎士より、二人の死者を出す原因となった、真紅の毛並みを持つ牙獣。
その姿から『響狼』の変異個体とされ、戦闘の痕跡から『爆狼』と命名。
不幸の重なりにより人間の生存圏に接触、帝国に最大級の惨事を齎した。
帝国より元四騎士の二人、及び精鋭騎士、マジックキャスターを。レイナースからは肉親と婚約者、戦友を奪った存在であり、帝国に知らぬ者はいない一大事件として、多くの民の記憶に刻み込まれている。また、当時生き残った帝国四騎士のナザミ・エネックであるが、彼もこの件にて浅くない心の傷を負っている。
現在、アゼルリシア山脈内部を流れる、溶岩の川周辺に居を構えている。