《竜》の満ちる世界   作:UNKNOWNと戦いたい

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34―備え

「「―――――ぶっ、はあああああっ!!!」」

 

 《転移門(ゲート)》の魔法でナザリック表層に戻った二人が、大きく息を吐き出す。

 

「し、死ぬかと思った………」

「あれだけピリピリしているとは………この量では、正直釣りあってないような」

「あの場にあれ以上いるつもりで?」

「冗談!冗談ですから!パンドラ、真顔で迫らないでください!」

 

 間違いなく多大な成果であるが、味わった危機と比べ物足りない感は否めない。

 だが、パンドラもデミウルゴスも、あの場にあれ以上居合わせるのは、死んでも御免だった。それこそ、自身が最大最高の忠義を捧げる創造主からの命令であったとしても、命を賭し全力で再考、或いは撤回を求めることを厭わぬ程。それだけ、あの環境を生き抜いた個体は精強であるという事の証左であり、事実彼らが強く記憶したモンスターの殆どは、レベルにして100超のみ。

 

「とにかく、これらの加工を急ぎますよ。防衛戦力は万全に整えねば」

 

 彼らが古龍種二体と未知の強敵二体の来襲を知るまで、あと2時間。

 

 

 凶報が届いてから最も早く動いたのは、帝国ではなく法国であった。

 

「全ての工房に通達し、設置型兵装の生産を―――――」

「流通する金属の買い取りを急がせている。冒険者も可能な限り、そちらに割く」

「南方のモンスターの動向から察するべきでしたね。急ぎ、ワーカーを」

「最早、数でどうにかできる規模でもあるまい。火滅、陽光、漆黒以外は支援に回す」

「ケイ・セケ・コゥクはどうする?龍に通じずとも、他を従えることは可能な筈だ」

「残念ながら、カイレ殿の後継が見つからぬことには………」

「やむを得ん、聖王女に使いを。彼女か神官団団長ならば、使えることは確認できている」

 

 この辺境の人類に遺された、最後の至宝………『ケイ・セケ・コゥク(傾城傾国)』。

 真なる竜王、そして古龍以外であるならば通じると判明している代物であるが、使用者の高齢化を始めとする諸事情により、長らく使えずにいた代物。それでも、今回の件は古龍以外のモンスターも出没している、また人手が欲しくとも、質が相応でなければ役に立たない状況では非常に有用だ。

 

「漆黒の状況は?」

「『疾風走破』と『一人師団』が帝国の調査中です」

「帝国には悪いが、急ぎモモンガ殿のもとに向かわせよう」

「『絶死絶命』ならば、恐らく我々の動きから勘付き動いているだろう。連絡は無用だ」

「志が立派なのは構わんが………もう少々、休んで貰いたいものだな」

「これも、後進育成の為にと抑えていた反動だろう。節操を教えなかったのは、先達の失態だな」

 

 軽い笑いが起これば、少しの間肩の力を抜き、程よく経ってから最高神官長が咳払い。

 

「努々忘れるな。この度の襲来は、凡そ200年振りとなる『()()』だ」

 

 緊張は、とうに最高潮を通り越している。

 

「『刻竜』の来襲もあり得る、という訳か」

「モモンガ殿というぷれいやーに数多の従属神が居ても尚、恐るべき脅威となるだろう」

「イビルアイ殿の証言、及び竜王国からの報せから、『滅尽龍』来襲の可能性も浮上している」

「成程、この世界は我々を亡ぼしたいようだ」

()()()を終えたら、先代様や六大神様方と一緒に、抗議にでも向かいますかな」

「それはまた。老い先短いと思っていたが、楽しみが増えそうだ」

 

 楽しそうに冗談を交わし、しかし直ぐに神妙な表情に変わる。

 

「だが、それも帝国を、六大神様が守り通したこの地を護り抜いてからだ」

「無論だとも」

 

 決意は一つ。信仰はあれど、過度にのめり込むことは無く、驕ることもない。

 

「祈るしか出来ぬとは、何とも虚しいことだな」

 

 しかし、どれだけ決意を固めようと、彼らが前線に立つことは叶わない。

 故に、自嘲する。ご大層な名目を掲げておきながら、結局は他人に任せるしかないのだから。

 

「なに、立場だけはある。最悪の時の責任は、すべて我々が被ればいいだけのことだ」

「あとは、方々に頭を下げることか。老いぼれなりに、出来ることをやるだけだ」

 

 若手の戦士たちが動く中、老齢の為政者たちはそのバックアップに全力を尽くすのだ。

 

 その後、二日としない内にスレインの主要都市から、支援物資が運送されることとなる。迅速な対応にも程があるのもそうだが、同時に国内に残留していた各聖典部隊がその護衛を務めることで安全性を底上げしたことで、到着も迅速に済まされることとなった。

 

 

 一方、帝国とて凶報を受け、ただ待つわけではない。

 

「早っ」

「近隣都市からのですね。設置を急ぎましょう」

 

 迎撃拠点では、近隣の都市から届いたバリスタなどの設置作業が急がれていた。

 古龍の強大さを思えば、凡百の戦士は無力である以上、彼らも後方支援できるように、という訳である。事実、相手が剛種特異個体でこそあったものの、ガゼフに『蒼の薔薇』、陽光聖典が束になっても勝算すら碌に見えないのが古龍であり、一般的な冒険者、ワーカーでは本当に出来ることなどない。

 

 残酷ながら、それが現実。彼ら全員分の強固な防具を用意できれば違うのだろうが、それが無理である以上はどうしようもない。精鋭の邪魔とならない為にも、支援を可能とする手段は必要不可欠だ。その為に現在、森の賢王も頭脳をフル回転しており、森の中で培った技術を惜し気もなく伝授している。

 

「お、いけたいけた!」

「これを、こうして………よし!」

「俺らより格段に早いな………流石、森の賢王ってとこか」

 

 薬草と青い茸を磨り潰し混ぜ合わせ、完成した薬液を容器に移す。それだけの作業ながら、手際は早いどころではなく、他の手伝いが瓶十本分を完成させる間に、樽一杯分を完成させている。そのように作業を進める賢王の隣には、プレアデスの手で大量に搬送された材料が、文字通り山積みされている。

 

「この量を捌くのは骨でござるな………とはいえ、薬はあるに越したことはござらぬし」

 

 ややげんなり気味の賢王だが、そもそも彼女たちはこれほどの量を使わないし、作らない。

 

「これって、飲まなくても効果はあるんだよな?」

「うむ。というか、そもそも皆、わざわざ飲もうとはしないでござるよ」

 

 モンスターがわざわざ薬液を飲むかと訊かれれば、まず間違いなく否だ。そもそも、自然治癒力の高いモンスターがわざわざ使うような状況は稀であるし、薬草とアオキノコを調合する程の知恵を持つ者も少なければ、それが出来るだけの器用さを持つ者も少なく。わざわざ手間暇かけずとも、似た効能を持つミツを作るミツムシを襲うなりしてそれを被れば、そこで済むのだ。

 

 部下の為にとわざわざ用意を整える賢王の方が、自然界では異端と言える。

 

「成程。ってことは、ビンを放り投げて撃ち抜けば、回復支援になるか」

「おいおい、ビンじゃ欠片も振って来るだろ」

「それに、しくじると脳天直撃になるかもな」

 

 そんな会話が繰り広げられる中

 

「―――――エンリごめん、この瓶に薬液を補充しといて!ネムはその棚の一番下の取って!」

 

 カルネ村。エ・ランテル薬師組合が設立した小さな工房では、街一番の薬師リィジーの孫であるンフィーレアが、忙しなく指示を飛ばし、機材と向き合っている。彼以外にも、複数の薬師が別室でそれぞれの研究を行っており、ンフィーレアもまた依頼を受け、その為に動いていた。

 

「えっと、これくらいでいい?」

「ありがとう。今は試行錯誤の段階だから、そんな多くなくていいんだ」

 

 彼が受けたオーダーは、乱戦の中でも使えるような回復支援手段の作成。

 

「一番簡単なのは散布だろうけど………初めてのことだから、ね」

 

 どの程度の濃度まで効果を発揮するのか、どの程度から効力が低下するのか。個人差を考慮して濃度をできるだけ高く維持する必要、乱戦の中で使えるようにとのことなので、携行に難があるサイズや形状では駄目だし、使い勝手もよくなくてはならない。

 

 難問に難問を重ねたような注文であるが、国の存亡もかかっているからには、本気にならざるを得ない。個人に背負わせるにはあまりに酷な重責であるが、それは他の薬師も同じ。デミウルゴス、パンドラ両名が全責任を負う形で、出来得る限りのバックアップを行っているが、実際に出来るかどうかは個人の想像力と、それを形にする技術力にかかっている。

 

 何故ナザリックの者がやらないのかといえば、卓越した個人ではなく、習熟した複数人に作成ができるようにして、量産性を高める為。現地のステータス基準が高いとはいえ、技術の方は低位職相応である為、基本高位職業を取得しているナザリックの面々では、技術力に差が出過ぎてしまう。

 そこで、現地の人間の手を使う、という訳だ。彼らの基準で完成すれば、量産も容易となろう。

 

「さて、次は―――――」

 

 想い人が手伝いを申し出てくれたこともあり、やる気は充分以上。

 エ・ランテル最高の薬師の孫、ンフィーレアの放つ気迫は、一流の戦士にすら迫ったという。

 

 そして、別の意味で暑苦しい場所が………ドワーフの国、最大の鍛冶場だ。

 

「一丁あがりぃ!」

「次だ、次持ってこい!」

「うおおおおお!燃えろ、儂の鍛冶魂!」

 

 彼らが行っているのは、鉱石の精錬。より武具に使いやすいよう、加工している最中だ。

 

「元気、いいですね」

「未知の鉱石を加工できる、とテンション上がっているのでしょう。羨ましい限りです」

 

 苦労に苦労を重ねて戻れば、とびっきりの凶報を聞き届けた二人である。

 ドワーフたちの熱心極まる仕事ぶりに感心しながら、どことなく痛む胃をさすっている異形種の知恵者二人だが、そんなことをしている間にもしっかりと思考を回している。なまじ、古龍という存在の中でも最上位を知るからこそ、その思考を止めることが出来ないでいる。

 

「で、勝算は上がりますかね?」

「無理でしょうね。精々、余波として来襲するモンスターの足止め程度かと」

 

 そして、冷静に戦力を分析できるからこそ、酷い状況だと理解できてしまう。解決策も判ってしまうし、それを実行する難易度もまた理解しており、どうしたものか、と悩んでいるのが現状なのだ。強力な武器を揃えるのが手っ取り早いが、ナザリックの備蓄については独断で動かせないし、モンスター素材を用いた武器を作ろうとすれば、相応に強力な個体の討伐が必要となる。

 前者の場合、データクリスタル素材共に高位品はそう在庫が無く、高ランクのものはそう多くは作成できない。後者であれば、武具性能はある程度保障されるとはいえ、データクリスタル程性能の調整が利かない上、求める性能相応に強力なモンスターとの戦闘が必要となる。前者は補給が実質不可能であり、後者は命懸けの戦闘が必要となる。

 

「………あ」

「モモンガ様のもとなら、モンスターの亡骸も集まっているでしょうね」

 

 そこで思い出したのが、迎撃拠点。最も多くの亡骸を保管している場所。

 言い換えるならば、上質な武器の素材となるモノが大量に保管されている場所でもある。

 

「先に戻って、武器の作成を急ぐべきかと」

「では、序でにモモンガ様に、ナザリックの備蓄を使うか相談しましょう」

「流石に、背に腹は代えられませんからね。冷静に考えられる者は、反対もしないでしょう」

 

 事態の深刻さを理解しているからこそ、渋ることはない。ナザリックの立地上、しくじれば次に被害を受ける羽目になる以上、それを防ぐ意味でも、協力を惜しむわけにはいかない。この世界の人間よりも、ナザリックに住まう数多のシモベの方が、遥かに脆弱なのだから。

 

「………ええ、そうですね」

「デミウルゴス様?」

 

 その内にある人間への悪感情を捨て去ると共に、己の守護階層の同胞の存在に思いを馳せる。

 

「パンドラ、シェンガオレンとの戦いに参加した守護者には、誰が居ましたか?」

 

 珍しく唐突な問いかけであるが、その意味は一瞬で伝わった。

 

「………モモンガ様に、聞いておきましょう。とはいえ、あの時よりリスクは高まりますが」

「しかし、悪くない作戦だと思いますよ。無効化が不可能である以上、幾らでもやりようはある」

 

 こと守護領域内においては、デミウルゴス以上の強さを発揮する奈落(アビサル)スライム、紅蓮。

 守護領域の外では地の利を失いこそすれ、その巨体と高いレベルとの二つだけでも、ある程度の相手なら倒し得るポテンシャルを秘めている。スライムだけあり物理攻撃には強いし、溶岩エリアを守護する都合、炎耐性も非常に高い水準。得手不得手は非常にはっきりしているが、その巨体を駆使すれば飛行能力持ち以外の足止めも可能だろう。

 

 シェンガオレンという巨敵相手に力を振った彼を、今一度起用しようというのだ。

 

「しかし、そうなると改築の必要が出ますね」

「ガルガンチュアで不足でしたら、他のゴーレムの用意も整えておきましょう」

 

 アルベド抜きで話が進むが、本人が居ても同じような結論が出されただろう。

 

 どちらにせよ、残された時間はそう多くないというのは、すぐに思い至る現実なのだから。


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