《竜》の満ちる世界   作:UNKNOWNと戦いたい

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35―変わる姉妹

「ギュルアアアアアアアアアッ!!!」

 

 咆哮―――雌火竜が突撃する。その体躯の質量、大地を蹴り生み出す加速とが生み出す破壊力は、生身の人間であれば容易に死に至らしめる程。完全装備の人間といえども、無策に巻き込まれてはひとたまりも無い………そう、人間ならば。

 

「ギュアアアッ!!!」

「ギュォッ、ギュアァッ!」

 

 真っ向から駆け寄り、大きく跳躍する二つの影。蒼の双影がその翼を、首を力強く踏みつけ、大地へと叩きつければ、大地が砕け、揺さぶられ、それだけの力がかかった屈強な火竜の頸椎は折れ砕ける。呆気なく絶命した雌火竜の亡骸に目もくれず、鳥竜率いる小隊は移動を再開。

 

「………あの鳥竜、モモンガ殿の側近の方々に匹敵するな」

「戦うのは勘弁願いたいところだ」

 

 それを遠目に視ていた一団は、苦い顔を突き合わせる。冷静に力量を測れるからこそ、余計に重い現実を直視せざるを得ず、空気も重いものとなる。彼らはどちらかといえば、共通の敵を持つ理性的な『味方』でもあるのだが、そんなことを理解できる程、彼らの思考は異常ではない。

 

 その一方で、その不気味な立場に警戒心を抱きながら、利用せんとする者も。

 

「あの群れに手出しは無用です。明確な異物、且つ強力な竜なのです、存分に利用しますわ」

 

 そう指示を下すのは、帝国騎士のレイナース。善悪敵味方ではなく、損得で事態を俯瞰する者。

 外敵としての優先順位において、人間が下位に位置していると理解しているからこそ、こちらに害意の無い、或いはこちらを認識していない第三勢力は、敵意を逸らすいい囮になる。それをよく知るからこそ、彼女は不用意に接近することなく、自由に泳がせ続ける。

 

「し、しかし、それでは………」

「おう、新入り。俺たちの役目はなんだ?」

 

 渋る新米に対し、経験と見識に勝る先達が戒めるように険しい声をかける。

 

「陸路の確保と、商人の………ってより、物資の護衛ですよね?」

「そうだ。モンスターと戦う事じゃない。何より、安全を考えるなら、戦わない方が得策だ」

 

 愚直に戦うだけが、術ではない。それをよく知る先達は、後進に現実を伝える。

 

「俺たち帝国軍の役目はな、モンスターを倒す事じゃなくて、国民の安全を守る事だ」

「それくらい、言われなくても」

「いいや、判ってねぇぞ。いいか、守る側が勝ったって言えるのは、護衛対象を護り抜いてから、なんだよ。守り抜く前に死んじまえば、守り切れたかもわからねぇし、その後に続かねぇんだ。だから、印象は悪いだろうが、戦いは可能な限り避けるんだ。なんなら、余程の相手でもない限りは、冒険者やワーカーに投げるもんだ」

 

 組合がバックアップを行う代わり、ワンクッションを挟む都合初動に難がある冒険者と、独自に動くが故に初速が早く、代わりに情報面などに由来するリスクも相応に高まるワーカー。国が一番に頼る相手であるが、軍が劣っているという訳ではなく、国の直属たる彼らの本来の役目が役目だから、という面が強い。

 その分、復興支援や避難誘導においては、軍属の者の方が厳しく叩き込まれており、彼らの役割が民間人の保護であることを強く物語っている。

 

「それに、お前が言った通り、今回の仕事は物資輸送。荒事になって物資がおじゃん、なんてことになっちゃあ、俺らだけの責任じゃあ済まなくなる。なら、敵意を集めてくれる連中がいるなら、最大限利用させて貰って、こいつらを無事に届けるのが最優先、ってことよ」

 

 まだ納得し切れていない様子ながら、続く号令により強引に切り替えざるを得なくなる。

 

「進軍を再開します!総員、隊列を切り換えなさい!」

 

 隻腕の騎士の鋭い号令に、防衛を前提とした隊列が進軍の為のものへと切り替わる。

 

「っし、行くか。気をつけろよ、一人のミスが、俺たち全員の命運を左右しちまうんだからな」

 

 そして、最後に釘を刺す。この世界において、個人で動ける実力者なんてものは無いも同然で、本当にごくごく僅かな超越者ですらそう容易ではない。必然的にチームを組んで動くのが定石となる訳だが、そうなると個人の勝手がチームの命運を別つ、という最悪も多々起こるのだ。この関係から、モンスター被害を被りやすい農村出身者が多いチーム程生還率が高く、都市出身者が多いチームは死傷率が高い、という傾向も見られている。

 

 年若い者たちが緊張で息を詰まらせる中、経験を重ねた者たちは黙々と行動に移る。

 そのぎこちなさに懐かしさを覚えるレイナースだが、柔らかな表情も長続きはしない。己が守ることの出来なかった暖かさを、少しでも長続きさせる為にも、冷たく振る舞い、空気を引き締めねばならない。大切なヒトを、仲間を喪った傷は、体以上に心に深く刻まれているのだ。

 

 

 その一方。無用なリスクを避けんとする者がいる中、危険を冒さんとする者たちもいる。

 

「―――待ちなさい、シズ」

 

 鋭い、射殺さんばかりの視線が降り注ぐ中、シズ・デルタは態度を崩すことなく佇む。

 

「それはつまり、モモンガ様直々の護衛の任を放棄する、と?」

「許可は得ています。それに、このままでは不味いことは、アルベド様も理解している筈です」

 

 欠片も退かず、殺意溢れるアルベドと言葉を交わす。その現実を理解してるアルベドでも、否、アルベドだからこそ、シズの判断を容認できずにいる。ナザリックに属する者である以上に、モモンガ個人に帰属する者となった彼女は、全体の利益よりモモンガ個人の利益を、無意識に優先してしまう。

 

 対し、同じようにナザリックに属する者という枷が緩んだシズは、現況を憂い、思索し、答えを一つ、導き出していた。出しているからこそ、その提案を主が許容しているからこそ、この場に集められた者たちが一様に、彼女を視線で咎めている………咎めて、居たのだ。

 

「そこまでにしんさい、アルベド」

「シャルティア………貴女、まさか」

「一瞬でありんしたが、返答に詰まった時点で敗けでありんしょう。ですが、シズ」

 

 少しばかり殺意を緩めたシャルティア………その変化に、仮説に至った疑問が確信に近いたシズの表情が少しばかり引き締まり、相手からの疑問に備える形で思考が回る。多少の変化が見られたとはいえ、相手は苛烈な性格のシャルティア・ブラッドフォールン。何か一つ間違えた瞬間、己の命は無いものと思わねばならない相手だ。

 

()()()()()、でありんしたか。姉妹を指名して、勤めを放棄してまで強硬するのは何故?」

 

 予想に、限りなく近い質問。口にするのは、用意していた回答―――ではない。

 

「それは、シャルティア様が一番よくご存知ではないですか?」

「………なに?」

 

 空気が凍る。そう錯覚する程の殺意の中、シズは少しばかり笑みを浮かべ、続ける。

 

「だって、これまで通りのシャルティア様なら、私を庇うなんてしませんから」

「心外な………いえ、確かにその通りでありんす」

 

 殺意の霧散。本来のシャルティアならば、既にシズは死んでいるだろう。実にわかりやすい。

 

「私も同じです。いえ、きっと、私が一番大きく変わっている」

 

 もしかしたら、この思考自体が自身のものでないのかもしれない。そんな恐怖もあるが、主を、姉妹を、仲間たちを喪うことに比べれば、遥かにマシだと。恐怖に打ち克ち、己を奮い立たせ、彼女はここに居る。すべてを賭けて、生存への道を掴もうとしている。

 

「ユリ姉も、ルプーもそう。ナーベラル、ソリュシャン………メイドたちも、変わってきてる」

 

 特に、一般メイド。人間への忌避が薄れているし、心なしか力も増している。

 

「変わった原因を考えて、私は一つの仮説を立てました。モンスターたちが豊富に生息し、根城としている地………中でも、人間の手が極端に入っていない場所であれば、私たちに何かしらのプラスの変化を齎してくれるのではないか、と」

 

 たとえば、トブの大森林―――外縁部も外縁部なら兎に角、深部はほぼほぼ未知の領域だ。彼女らが農場、或いは生け簀として利用している土地は、比較的浅い位置ながら、確かな影響を及ぼしている。ローブル熔山帯に至っては、人間が踏み入るなど自殺行為レベル。階層守護者クラスでさえ、可能な限り立ち入りたくないと思う程に、過酷な大地だ。

 共通点は、モンスター以外の生態系も独自のものとなっていること。トブの場合、浅い領域だが長時間の滞在が多く、ローブルは深い領域ながら、滞在時間は可能な限り短くするよう心掛けている。それが原因であるとすれば、理由付けとしても悪くは無い筈。

 

 それを順序立てて説明すれば、アルベドも渋い顔ながら納得の様子を見せる。

 否定できない程度には、自身以外に心当たりがあったのだ。肝心のアルベドもそうだが、セバスやコキュートスも含めて、直接的な戦力としての行動が多いことも原因だろう。対し、単騎である程度活動可能なシャルティア、裏方として動きがちなパンドラ、デミウルゴスなどは機会も多く、プレアデス程でないにせよ、未知の領域との接触が多い為、それなりに『変わった』ところも多いのだ。

 

「………言い分は理解したわ。だけど、そのままでは死にに行くようなものでしょう?」

「それならば、問題は無い」

 

 その声と共に、《転移門(ゲート)》の魔法による暗黒環が形成。支配者が君臨する。

 

「も、モモンガ様!?」

「すまないな、盗み聞きをさせて貰っていた」

(シズが気になったのもそうだし、折角の我儘である以上、できる限り叶えてやりたいからな)

 

 無論、姉妹が拒むのならば、そこで終いにするつもりではある。だが、それ以外の要因で彼女の願いが却下されることは、モモンガ自身許すつもりもない。万一武力行使に移ろうものならば、即座に介入できるよう準備もしていた。そして、否定意見に対処できるよう、名目も用意していた。

 

「彼女たちには、私の方からも少し協力して欲しいことがあってな―――そうだろう?」

「「ハッ!」」

 

 彼に続くのは、パンドラズ・アクター。そして

 

「まさか、ただの我儘ではなく、あそこまで考えていたとはね」

 

 デミウルゴスだ。智者三名の内、二人が彼女の側に回った以上、勝敗は決まったと言えよう。

 

「………モモンガ様の護衛が減るのよ?」

「ガルガンチュア、紅蓮をこちらに回す予定です。近いうち、改築することになるでしょう」

「それに、彼女たちの武具では」

「それについても、こちらに用意がございます」

 

 パンドラが用意したのは、武具………プレアデスが同意した場合、試験的に供与する予定の品々であり、質も相応。創造主に与えられた装備への愛着があることに違いは無いが、同時に武具を賜ることを栄誉と捉えるNPCたちには、大分刺激が強いものであった。

 

「無論、無理強いはしない。お前たちが否と言うのならば、私はそれを尊重しよう」

 

 最初に踏み出したのは、エントマだった。

 

「シズがやりたい事をやれば、強くなれるんだよね?」

「確約は出来ない。けど、なるべく深くまで偵察するつもりだから、可能性はあるはず」

「いいっすよ。戦闘メイド(プレアデス)としてモモンガ様のお役に立てるなら、可能性が低くてもいい」

 

 ルプスレギナが追従。その思いは、彼女たちプレアデスの奥底に秘められた願望でもあった。

 力不足は承知している、それでも、どうか―――死を厭わぬ者と、死なせることを快く思わぬ主との、意識の差から来るすれ違い。不満は無くとも、やはり秘めた願望は肥大し続けており、妹の華々しい活躍と併せて、押さえつけるだけでも苦労する程に大きくなっていた。

 

「ボクも………いえ、私も!やらせてください!どうか、我らにご命令を!」

「ならぬ」

 

 ユリの、皆の表情に絶望が浮かぶ中、モモンガは優しく、我が子を諭すように口を開く。

 

「決めるのは、お前たちだ。お前たちが望むのならば、私は喜んで許可を下そう」

 

 生死は自己責任、などと無責任なことを言うつもりはない。

 だが、命令に従うだけ、などという、これまでと変わらない関係を続けるつもりもない。

 

「お前たちはどうしたい?シズは己の望みを口にして、自由を勝ち取ったぞ」

(俺が命令しちゃダメなんだ。この機会に、NPCたちが少しでも自立していかなければ)

 

 そう、自立。モモンガが欲しているのは、絶対服従の部下ではないのだから。

 

「………どうか!私たちプレアデスに、東方の偵察をやらせて頂きたく思います!」

「許可する。それと同時に、お前たちにいくつか頼みたい事もあってな」

 

 まず、モモンガ含む三名から厳命されたのは、定時連絡。続けてパンドラからは、植物等に未確認のものがあった場合の優先的採取と、武具に不具合が生じた場合の即時撤退を。デミウルゴスからは、交渉等が可能と思われる相手を発見した際の対処、また危険と判断される存在との接触時の即時撤退を指示され、更には

 

「では、これは餞別だ。お前たちが、新たな一歩を踏み出したことへのな」

 

 モモンガが、自身の持つ蘇生アイテムを一人に一つ与える。

 結果、シズ以外は歓喜と畏れ多さでキャパオーバーし、卒倒することとなった。




★設定

・帝国東部

草原という緩衝地帯を挟んでいるが、目と鼻の先と言える程近くに大森林が広がる。
かつての亜人国家は見る影もなく、生き残りの大半は森で息を潜め生きている。

モモンガたちによる大規模工事により、草原地帯の面積は大幅に減少。それにより、相対的に森林との距離が縮まった反面、散発的な襲撃のリスクが大きく減った。幸か不幸か、リ・エスティーゼ近郊程土壌が豊かでない為、浮峰龍より零れ墜ちた草木より広がった森林でありながら、生息するモンスターが変種、剛種級に至ることは殆ど無い。
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