《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
広がる森林地帯の奥―――
「あー、予想以上にきっついッス………」
「武器は強いけれど、過信は出来ないわね」
各々が深くも無いが浅いとも言えない傷の治療に取り掛かる中、シズは一人周囲を警戒している。ナーベラルはいつでも転移魔法を使えるよう、手当中の姉妹たちの傍にて、黒を基調に緑の光を放つ杖を握り締め、表情険しく構えている。
彼女らの中でも、与えられた武器との相性が格段にいいナーベラルだが、安心できる材料にはなり得ない。第一に、彼女が与えられたライゼクス武器は電気属性を有しており、彼女が得意とする魔法属性と一致している為に威力も相乗効果で上昇。ただし、あくまで属性魔法である為、その属性が通らない相手には滅法弱い欠点もある。
現状メイン火力を担当できてこそいるが、安心もしていられない。
「けど、戦えてはいるわ。それだけでも大きな進展ね」
普段使う籠手ではなく、随分と物々しいトンファーにも似た武器―――パンドラ曰く『こちらの素材で籠手を作ろうとしたらこうなった』とのこと―――正式には『穿龍棍』という武器を軽く振り回して、ユリは静かに力を込める。変形機構を持つ等、籠手とは大分異なるモノであるが、モンクである彼女は難なく使用できるし、複雑さには驚かされたが、予想以上に難なく使いこなせている。
全貌は理解できないまでも、使いこなせる。モンク職の対応武器であるお陰だろう。
「あたしらが食い下がれるようになってる辺り、多少マシと思いたいっすけど………」
「多分、弱い個体。手傷も多かったし、攻撃も単調だったから」
ルプスレギナの希望的観測は、この中で交戦経験最多のシズにバッサリ切り捨てられる。
「うへぇ………マジっすか」
「交戦した火竜より炎の熱が弱かったし、一撃の威力も低い」
一番実戦慣れしているシズは、ユリより前に出ていたにもかかわらず無傷。モンスターを踏み、軽快に宙を舞い注意を引く姿は、彼女の成長を感じると共に、姉たちは何があったのかと表情を険しくしてしまう。なにせ、レベル的な意味でのプレアデス最弱は、間違いなくシズなのだから。
「シズ~、なにがあったの~?………お姉ちゃんに教えてよ」
気の抜けた声から一転、静かに重い声でエントマが問う。
「………わからない。私も理解し切れてないから、答えられない」
「………そっか」
回答に窮する様子から、本当にわからないのだと判断し、エントマは口を閉じる。わざわざ挑発の言葉も交えたというのに、反応しない辺りで重症だ、と判断を下したのだ。それは他の姉妹も同様で、その視線が労わるようなものへと変わった。
「無茶はしないでね、シズ」
「大丈夫。それより、ユリ姉たちもしっかり休んで」
あらゆる意味で『慣れて』いるシズに対し、他の面々は殆ど初めてのことばかり。それでも完全な野戦は初めてであり、彼女の声も若干ながら硬く、緊張を孕んでいる。王国を基準とすれば十分マシな部類といっても、彼女たちはほぼ初めての実戦であり、シズもまた心得がある訳でもない。
というよりも、ナザリックの者で心得があるのは、精々シャルティア、デミウルゴス、パンドラといったローブル探査に赴いた経験のある三人だけ。それにしたって、環境が違い過ぎる以上は的確なアドバイスも難しく、やはり彼女たちが自力でどうにかするしかない。が、ここで成果を残すことが出来れば、彼女たちは与えられた以上の結果を残したと、確たる自信を持つことが出来るだろう。
「………定時連絡の時間ね。報告するべきことはあるかしら?」
ナーベラルが確認を取るも、特に意見は無し。今日もまた、彼女の報告が一日の締めとなった。
*
多数のゴーレムを動員した拠点改築は、どんどん進んでいく。
「どんどん進んでくけど、これの殆どが壁にしかならないのよね」
「いや、手厳しいな」
「ああ、悪くはないわよ。あれだけ壁があれば、余程の相手じゃ無ければ逃げ果せられるもの」
モモンガの隣で改築風景を眺めるのは、スレイン最強の番外席次。自制しているが、その実力は文字通り現地最強と呼ぶことが出来、彼女が前線に出れば大抵のモンスターは容易く屠ることが出来た。襲撃の激化に伴い、専ら襲撃者の内上から数えるべき強敵を彼女含む実力者で押し留め、他を残る冒険者、ワーカーに任せる、という形を取り続けてきた。
武器のみならず、防具もある程度揃い始めたお陰で、敵が徐々に強くなるのに反し、死傷率の方は下がり続けていた。適切な属性で攻める、というのは難しいにしても、武器の性能が上がる分攻撃の通りもよくなり、防具の質が上がったお陰で致命傷を負い難くなった。完全な討伐、と行く前に逃がすこともあるが、防衛戦という観点で見れば勝利であることに違いは無く、士気も高い状態を維持していた。
「―――――ォォォォォ―――――」
そんな中、背後から轟く咆哮。これまで無かった事態が突然起これば、当然騒然となる。
「この声は!」
森の賢王が飛び起き、道を進んでいく。
モモンガが転移魔法で、番外席次が徒歩でその場へと向かえば―――――
「ああ、もう!消えるな、鬱陶しい!」
「ストロノーフ殿、そちらに奴はおりません!」
「!だのいなかきをとこういがだらか、がだ!るいてっかわ」
空中で現れては消える巨大フクロウと、それに翻弄される者たち。
「えーっと………ストロノーフ殿?」
「をらかちなうょみきらやにな、ータスンモのこ!のどガンモモ」
「すまない、何を言っているのかさっぱりわからん」
「あはは、あはははははははは!!!」
意味不明な動きと発言を繰り返すガゼフに、モモンガは困惑し、番外は思わず爆笑。
「おお、奇術師殿ではござらぬか!ここまで遠路はるばる、ご苦労にござる!」
そして、敬礼する森の賢王の姿により、空気が一瞬で変わる。
「………え、知り合い?」
「うむ。奇術師殿………山間に住まうお方にござるな。某も戦いたくない相手にござる」
うむうむ、と頷く彼女のもとへと、二つの蒼影が駆け寄る。明らかに格の違う二体のモンスターだが、その姿は森林地帯ではありふれたモンスターであるドスランポスと大差ない。が、赤く染まった眼、凶悪な形状に変化した嘴、発達したトサカ、前足の爪と、細部と纏う空気は大きく異なる。
「おお、お主らも来てござったか!」
森の賢王の側近格、ナザリックの階層守護者クラスに匹敵する竜が、二体。
生きた心地がしない者が大半の中、賢王はフクロウの如き鳥竜、『朧隠』夜鳥ホロロホルル相手に見事意思疎通を果たし、目を丸くして凍り付く。二体のドスランポスが呆れたような、同情するような視線に宿る知性に他の者たちが驚く中、森の賢王は絶望を露わに、魂が抜けるようなか細い声を零した。
「お終いでござる………」
「へ?」
「ここはもう終わりでござるよ。もう、纏めて西に避難するべきでござる」
まさかの弱音に驚く中、一転してまくし立てるように叫ぶ。
「龍にござる!判っているだけでも、六体もの龍が迎撃準備を整えているのでござる!」
厳密には、古龍四体と飛竜二体なのだが、そこまで詳しくはわかるまい。
「な、ぁ………!?」
空気が死ぬ中、番外席次だけは不自然なまでに平然としている。
「薄々予想は出来ていたけれど、根拠は?」
そんな中、冷静な番外席次が問えば、新たな実力者の名が。
「『天眼』殿にござる。盲目ではござるが、他の感覚は某が知る中でもズバ抜けてござる故」
「信憑性はあるのね」
「無論。あのお方と近しい奇術師殿が出向いたこと自体が、その証左にござる」
どちらも、モモンガたちが踏み入った湖より、更に深い場所に住まう竜。言い換えれば、そんな深部に座すような実力者ですら警戒する程、事態が深刻であるという事。事実として、繁殖に向けて活性化した対の古龍、在るだけで災禍を撒き散らす竜、そしてそれらを餌としか見做していない竜。古龍は当然として、それに並ぶ大禍を引き起こす存在など、踏み入らせるわけにはいかない。
「………まあ、南方からの襲撃が異様に減ってたし、想定は出来てたかな」
「成程。道理で………この勘の鈍さは、どうにかならないものか」
スレイン出身として飲み込みが早いニグンは、自身、というより人間の感覚の鈍さを嘆く。
「迎撃準備、となると………やはり?」
「恐らく、グランセルの龍たち、ローブルの炎龍、辺りでしょう。可能性としてではありますが、エイヴァーシャーの棘竜もあり得ます。問題は、どのモンスターであろうとも、帝国が被る被害は絶大となる事ですね」
誰もが顔面蒼白になる中、番外席次だけは静かに頷き、ニグンに問う。
「今から帝国の住民の避難、出来ると思う?」
「不可能でしょう。我が国、王国くらいしか受け入れ先がありませんし、何より圧倒的に、時間が足りません。モンスターの襲撃も考慮する必要を考えれば、余計に時間が足りなくなる。こうなっては、私たちに出来ることなど………」
「貴方たちにはなくても、私には………いや、私とモモンガたちにはあるよ」
そう口にする彼女の瞳は、ある種の決意を宿している。
「なに?」
「
合理的な案だ。合理的、だが―――
「それは、モモンガ様に死ねと言っているのかしら?」
「そうまでは言っていんせん………が、あまりいい顔は出来ないでありんすね」
アルベドが強く、シャルティアはやや弱いながら、しかししっかりと難色を示す。
「じゃあ、仲良く死んでみる?辿異種はエスピナスしか知らないけど、間違いなく貴女たちと比較しても、格段に上よ?それクラスが最低でも一体、それと肩を並べるのが複数来るとなると、前線を押し上げる以外の手段で被害を抑える手段は無いわ」
辿異種、という存在は、現状この辺境では三体のみ。何れも超級の危険地帯であることからか、基本的に知る者は少ないものの、アルベドたちの実力者が束になっても敵わない、と暗に断言した上で、それに並ぶ怪物が多く来襲するという地獄を想起させる。多大な恩義から、馬鹿な発言をする者こそいないながら、空気は絶望的に悪化する。
(逃げたい………いや、この一帯が無茶苦茶になったら………)
「いいだろう。だが、総力を以て、とはできんぞ」
しかし、モモンガは冷静に思考し、その上で彼女の提案を、条件付きで是とした。
「わかってる。漆黒も私以外は置いてくつもりだったしね」
総力を尽くせば、今度は後方に不安が残る。古龍が齎す災禍を思えば、人員は別けざるを得ず、どちらかに強力な戦力を注力、とはできず、挙句近隣の龍たちの攻撃、その余波を考慮した場合、より前線を押し上げる必要が出てしまうのだ。文字通りの災害、竜ですら逃げるソレにヒトが巻き込まれれば、当然待つのは死である以上、下手に前線を下げることが出来ない。
個体としての難易度は、モモンガらが最初に対峙した鋼龍より幾らか下であるのだが、二体揃っている事、種としての強大さ、その力が及ぼす影響規模で鋼龍を超えているせいで、ちっともそうは思えないのも、彼らの焦燥に拍車をかけている。
「前線を押し上げるにせよ、こちらの備えも不可欠、か」
モモンガは背後に振り返り、パンドラへと命令。
「一度ナザリックに戻れ。拠点防衛に使えそうなものがあれば、ランクを問わず全て持ってこい」
「ハッ!ランクを問わず、でございますね」
「何にせよ、こちらを充実させる他あるまい。後顧の憂いなど、無い方がいい」
しかし、言いる前にドスランポス二体が目を剥き、東方を睨み鋭く吼えた。
「ギュォッ!ギュォッ!」
「ギュァァッ!ギュァァッ!」
「襲撃でござる!」
気分を切り替える間もない襲撃であるが、そもそも大して動じていない者は即座に動いた。
「お先に失礼」
目にも止まらぬ速さで飛び出し、番外席次が疾走する。それに匹敵する速度でドスランポスが、やや遅れて森の賢王が地を蹴り、迎撃広場まで走る。モモンガたちは《
(なんだ、この状況は)
「ルァォ………ルグァアアォッ!」
躍りかかるのは、傷だらけの金色の牙竜。龍の力の残滓で赤く輝くのみならず、甲殻諸共肉まで抉れ、鮮血を零す傷を数多持つヌシたる牙竜は、毒々しく染まる牙竜へと組み付き、仕留める為ではなく、足を止める為に奮闘する。その牙は甲殻に突き立たず、角も爪も砕け、最早雷光を纏う余力すら無い牙竜の決死の行動の中、小さな影たちがゴーレムの隙間を掻い潜り、奥へ奥へと駆けていく。
「あれ、あのモンスターの子供じゃない!?」
「え、どこだ!?」
「あそこ、ゴーレムの足元!もふもふしてるやつ!」
碧の甲殻、金色の角と、それらの大部分を覆い隠す程の白毛を持つ、小さなモンスターたち。
怯えるように駆ける彼らは、拠点広場から脱するにはどうすればいいのか、も判らぬまま、ただただ必死に駆けている。時折振り返れば、その度に金色の雷狼竜が威圧するように吼え、彼らを逃がそうとする。
「ギュァオオオオオッ!!!」
しかし、満身創痍のヌシがそう長く全力を維持できる筈もなく、毒々しく染まった同族はそれを振り解き、金色の竜を大地へと叩きつける。剛力が地を砕き、弱り果てたヌシはより痛烈な衝撃に動きを止めるも、その身に宿った強大な力を以て護るべきものを護らんと、力を籠め
「ルァッ、グル」
「ォォオオオ………ッ!」
しかし、その首へと蒼光を纏う紫黒が振り下ろされ、頸椎を粉砕。ヌシは力及ばず絶命。
続けて、狂気を宿す赤い瞳が、小さな竜たちを捉えた。
(………モンスターだろうと、子供だから、な)
特に、深い意味がある訳ではない。だが、きっと………『彼ら』ならば、そうしただろうから。
「ルグルァアアアアアォッ!!!」
狂い、その果てへと達した雷狼竜―――『極限状態』の魔手が、小さな竜たちへと迫り
「うおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
純白の鎧を纏い、死の支配者は二枚の大盾で剛腕を防いだ。
「シャルティア!このモンスターたちの回収を!アルベドはこちらを手伝え!」
「ッ、はい!」
「承知いたしました!」
かつての仲間、ぶくぶく茶釜の二枚盾を隔て、紅の狂光が、眼光が交錯する。
「悪いけど、たっちさんと茶釜さんの装備を借りてるんだ。この子たちは、やらせないぞ」