《竜》の満ちる世界   作:UNKNOWNと戦いたい

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38―恐れぬ者、恐れる者

 死の支配者は、その象徴とすら言える力を手放した―――

 

 その事実を、龍たちは本能で知覚していた。

 

「………」

 

 銀盤の貴人は、静かに彼方を睨む。大敵たる銀龍もまた目を細める中、同時にその原因たる強大な力の解放を知覚し、より強烈な警戒と、敵意を剥き出す龍の存在も知覚していた。この辺境の地で、竜王たちに睨みを利かせる程の猛者たちにしてみれば、痛手ではあるが十分対応できる範囲にある力。しかし、比較的未熟な対の龍には脅威そのものの力が振われた事で、彼の龍たちは子々孫々の繁栄の為にと、より躊躇いなく猛威を振るうだろう。

 

 そうなれば、成熟が進み『龍』へと近づいた竜の力が、風雷と共に撒き散らされることとなる。

 

「ッ!!!」

 

 翼を広げ、力強く飛び立つ。大気を蒼く染め上げる程の冷気が急速に失われ、真冬より更に強烈な寒気に包まれていたグランセル一帯が、凍王の力の余波による寒気のみに包まれた状態へと戻る中、銀刃纏う龍は大きく跳びあがり、卓越した流体金属の操作能力を応用し地面へと泳ぐように潜航。一時的にではあるが、アーグランド評議国最大の大敵が、姿を消す事となった。

 

 

 荒れ狂う嵐の真下、プレアデスは絶体絶命の窮地に立たされていた。

 

「ああもう!なんなのよ、これ!?」

「なが、され………ッ、飛べ、ない………!」

 

 赤雷走る狂飆が木々を巻き上げ、《飛行(フライ)》の魔法では姿勢の維持すらままならない。

 

「ギュアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 赤雷球が無数に放たれ、暴風が激化。禍々しき風神の咆哮の中を、紫炎の爆裂が、漆黒の翼が、力強く突き進む。対し、その目を激情で赤く染め上げ、龍殺し………龍属性エネルギーの活性化により体の随所を赤く発光させる龍は、荒々しく吠えたてる。その暴風の只中を、空気を引き裂く轟音と共に雷光が奔り、二体の竜を打ち落とす。

 

「っべ、こっち来るっす!」

「違う、あれは―――」

 

 シズが語気鋭く否定する中で、怨虎竜は爆発により、黒蝕竜は翼によりその体勢を立て直す。

 地に落ちることなく舞い上がった二体の竜は、方や狂気に飲まれても尚損なわれぬ底なしの食欲のままに。片や、己が帰郷を邪魔だてした、忌わしき怨敵たちへの怨嗟のままに、繁栄を求める龍へと牙を剥くのだ。その身に蓄えた養分を求め、或いは己の旅路を妨げた者の野望を挫く為、あくまで我欲のままに、強大なる怪物たちへと牙を剥くのだ。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

「っ、わわぁ!?」

「地面が、浮いて………ッ、シズ!」

 

 稲光が爆ぜ、大地の一部が浮き上がる。雷を操る力、その一端として有する電磁場操作の力が、大地の一部を引き上げたのだ。浮き上がった大質量を、荒れ狂う風が力任せに射出することにより、簡潔な質量兵器が出来上がり、空中という不安定な場にある二体の竜を狙う。狂竜の極限たる肉体に対し、ダメージを与えるに足るものでは無いが、当たれば撃ち落すくらいは可能なソレを、二体の竜は逆に足場へと変え、逆に高高度へと向かう手段としたのだ。

 

 そんな中、打ち上げられた地面に飛び乗っていたシズは、外部の観測手段としてソレを使った。

 

(思ってた以上に、距離が無い)

 

 東方と西の辺境を隔てる、巨壁とその麓の堀。

 

(それに、進行速度の上昇………間違いなく、何かある)

 

 そして、彼女らが接敵してしまった、最大の原因―――移動速度が、急に上がったのだ。

 

「ここからじゃ、声も届かない、から―――?」

 

 光届かぬ曇天の下、黒き翼を広げる竜の姿が目に入る。重殻が、厚鱗が所々破砕されたその体躯に目を凝らせば、肉ではなく金にも見える純白の鱗と甲殻が煌く。発光が大分落ち着いた触覚に入る亀裂の隙間からは、黒く強固な鈍い輝きを持ち、その下の頭部に刻まれた裂創の合間からは………

 

(赤い、目―――ッ!?)

 

 本当に僅かながら、赤い光が覗く。『目が合った』と知覚した瞬間、彼女は飛び降りた。

 

(今の寒気、あの時より格段に弱いけど―――同じだった!)

「シズ!」

「撤収する!このままだと、時間が足りなくなる!」

 

 切羽詰まった叫び。だが、どうしようもない事実でもあった。

 

「なら、急ぐわよ」

「ナーちゃん?」

「一番わかってるのは、シズだからねぇ」

 

 エントマが空を見上げ、続けて末妹を争う仲間へと目を向ける。

 

「危険?」

「モンスターと遭遇出来なかったのが、その証明だと思う」

 

 活性化した古龍、より逃げ惑う竜たち、そしてそれに挑みかかる怪物たち。

 遁走する竜が向かえる場所を思えば、寧ろ遅くすらあった。

 

「ナーベラルは先に転移で戻って、このことを報せて」

「………」

「それが最善ね。大丈夫、私たちは自力で戻るから」

 

 シズの意見に、ユリの決定に、ナーベラルは異議を唱えない。

 それが最善だと、この情報を一番早く届けられる自分がやるしかないと、理解しているから。

 

「信じてます」

 

 《転移(テレポーテーション)》で姿を消した姉妹を見届け、戦闘メイドは空を見上げる。

 

「それで、問題はどう逃げるかよね」

「下手に逃げると、モンスターの群れと鉢合わせるけど………」

「それなら、多分何とかなるから任せて」

 

 曖昧な物言いであるが、声は真剣なエントマに、彼女たちは一様に頷く。

 

「なら、急いで暴風圏を抜けるっす。何をするにも、この風じゃ、ねえ?」

「そうね。正直、体が崩れないようにするだけでも一苦労よ」

 

 暴風で絶えず波打つソリュシャンに、一同から苦笑が向けられる。

 

「………私も、これじゃ戦えないわね」

 

 自身の首をしっかり抱き抱えるユリの嘆息を合図に、揃って踵を返し、脱兎のごとく駆け出す。

 幸いにも、黒蝕竜から変わりつつある者以外、彼女たちを知覚すらしていない。知覚している龍も、彼女たちに構う暇などないお陰で、暴風域を逃れることに集中していれば、どうにでもなるのだ。ソリュシャンの体が所々スライムに戻り千切れ飛び、ユリが何度か頭を持っていかれかけながらも暴風域を抜ければ、そこからは体力勝負。

 

 幸いにも、暴風域は即ち古龍の領域ともなるお陰で、龍を恐れる他のモンスターは居ない。脇目も振らず、警戒など投げ捨てた全力疾走であろうと、何ら心配はいらない。警戒すべき大敵から逃げる者たちに、彼女たちのような小さく、弱い者たちに構う余裕など有りはしないのだから。

 

「ていうか、モンスターいねぇっすね!?」

「あれに突っ込みたいと思う?」

「アテが外れたぁ~!」

 

 ソリュシャンのツッコミにルプスレギナが真顔になる中、エントマは何故か泣き言を零す。

 

「アテって?」

「モンスターがいたら、利用して足にするつもりだったの~!」

 

 その意図が掴めぬ姉たちが困惑する中、シズだけは腰に増えた謎の籠に気付いていた。

 

「………発見、あったんだね」

「ふふん!」

 

 胸を張るエントマと、微笑を浮かべ睨み合ったかと思えば、すぐに前を向く。

 

「とにかく、急ごう。迎えは期待できないけど―――」

 

 そう口にしたのもつかの間、突如眼前に降り立った影に、即座に戦闘態勢を整え

 

「急ぎ、迎えに上がりました―――緊急事態です。早速で申し訳ありませんが、手を借りますよ」

 

 ペロロンチーノの姿を解いたパンドラズ・アクターが真剣に告げれば、皆無言で頷いた。

 

 

 少し遡った頃、()()は起きていた。

 

「これが、予言ですか………!」

 

 冷や汗を零すデミウルゴスは、声を張り上げる。

 

「退きなさい!貴方たちでは、到底敵いません!」

 

 召喚モンスターを湯水の如くぶつけ、『黒』の軍勢を僅かばかり減速させる。

 黒く染まり、狂気に満ちた赤い眼光を放つ亜人たちは、食人の妖巨人(トロール)。熾烈極まる生存競争を生き延びてきた存在であり、低レベルなモンスターでは瞬く間にすり潰される上、高い筋力と再生能力が向上しているのか、数的不利も併せ人間たちは劣勢に追い込まれている。

 

「キシャアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 そのうえ、三つの()()()()()()()()()

 剛腕の如く翼を振り乱す竜は、宿す電力の増大に伴う緑の輝きと共に吠え叫び。

 

「ギュルァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 本能的恐怖を呼び起こす、発達した前肢による全力疾走を繰り広げるは、『絶対強者』。

 

「ギュァアアアアアアアアアッ!!!」

 

 そして、黒みがかった姿をより黒く染めあげる、黒き空の王者(ダークネスロード)

 

「………冗談じゃない」

 

 モモンガたちが死力を尽くし、何とか打倒した存在と同じ―――それが、三体も。

 

「ここを捨てて逃げろッ!」

 

 召喚モンスターにデバフを撒く、或いはヘイトを高める者を多く混ぜてはいるが、時間との勝負でしかない。そんな絶望的な戦いに臨んでいたデミウルゴスは、突如響いた声に振り替える。明らかに尋常ではない空気を纏う白金鎧は、集まる注目に構うことなく、必死に叫ぶ。

 

「グランセルの龍が発った!しかも、恐ろしいスピードでこちらに………!?」

 

 言葉に詰まった理由は、誰もが理解した。狂える者たちすら、その足を止め、空を睨んだ。

 

「早すぎる………世界移動を使ったんだぞ!?」

 

 急速に生まれた分厚い雲が、日の光を覆い隠す。空気が真冬の如く冷え込み、その急激な冷却により生じた風が、一つの音色を奏でる。まるで、降臨を称えるかのように響くその音と共に、空中に青く染まった空間が生じ、急速に膨張。

 

「―――――キュアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 そして、世界が青く染まる。真冬と形容することすら烏滸がましい絶対零度を生み出し、銀盤の貴人は大地へと降り立つ。龍でありながら、その佇まいは貴族どころか王族ですら真似できぬであろう程に優雅で、優美で―――高貴であった。

 

「シャァァァァァ………ッ!」

 

 電竜が翼で大地を抉り、静かに唸る。空舞う黒炎王は降り立ち、轟竜はあぎとを鳴らす。

 

「………あれが、あれが古龍ですって?」

 

 剛種とは、文字通り格が違った。佇まいも、纏う圧も………秘めたる力も。

 

「オオオオオオオオオオッ!!!」

 

 狂えるトロールが動けば、冰龍は無言で尻尾を薙ぐ。その先端から伸びるように氷刃が形成されれば、その一閃により数多のトロールが両断され、瞬く間に凍結し、地に落ち粉砕。続けてその口から水流にも似たブレスを地上、空中と立て続けに薙ぎ払うように放ち、地上のトロールは疎か、極限状態の飛竜に紛れていた狂竜化モンスターたちをも氷漬けにし、空から落ちる無数の氷塊がそれらを跡形もなく破砕。

 

「ギュルアアアアアアアッ!!!」

「キシャアアアアアアッ!!!」

 

 轟竜の突進を、電竜の飛来を、瞬く間に生じた氷の壁が阻む。ただ阻むだけではなく、激突した二体のモンスターへと追撃するように、冰龍が内側から攻撃し、破砕したその欠片は、狂竜の力により強化された外殻を呆気なく砕き、肉は疎か骨にまで達するであろう深い傷を刻んでいく。

 その間、黒炎王が放つ業火は、一切届かない。極低温に支配された空間で、その熱量を維持できない炎は減衰し、古龍へと届く前に消えてしまっているのだ。通常のリオレウスを凌駕する熱量を、いとも容易く減衰、無力化せしめる極低温の世界の只中、氷の鎧を纏う龍は即座に狙いを切り替え、二体の狂竜を軽々一蹴し、飛翔する。

 

「ッ、ギュルアアアアアアアアッ!!!」

 

 威嚇の咆哮は意味をなさず、高い飛行能力ですら、彼我の距離を広げることは叶わない。

 狂える黒炎王をあっという間に追い抜き、身を翻した冰龍は無数の氷柱を空中に出現。それらを一斉に射出すると、黒炎王の堅牢な外殻を粉砕し、強靭な翼を引き裂き、狂竜の力を極限まで引き出した肉体を呆気なく絶命へと至らしめる。狂竜に侵された亜人の、モンスターの群れごと壊滅へと至らしめたその攻撃に、さしもの極限状態の飛竜といえど怯えた様子を見せ、

 

「キュアアアアアアアアア―――――ッ!!!」

 

 そこに、地を洗い流さんばかりの奔流。地に打ち付けられ、瞬く間に凍結していく水流は、幾重にも重なり、下から上へと打ち上げる氷の刃として、狂える轟竜の肉体を引き裂き、その命を奪う。ギリギリで空に逃れた電竜は、しかし冰龍から逃れることは叶わず、四肢により大地へと叩きつけられ、氷槍を持って心臓を穿たれる。

 

「………冗談、でしょう………?」

 

 かくして、ナザリック最高戦力の一端たちが、死力を尽くし辛勝を掴み取った怪物、それも三体を同時に相手取り、北地の龍は圧倒的、という言葉も生温い虐殺を見せつけた。歴戦王という、文字通りの最高峰の存在である、という事実など、何の慰めにもなりはしない。

 

 彼らの命運は超越者の気分次第である、という現実を、堂々と見せつけられたのだから。

 

「………」

 

 その超越者は、慄く知恵者などどうでもいいとばかりに、東の彼方を睨む。

 

 決戦のときは、近い。






・モモンガ玉

ドラゴン特効効果を持つ、モモンガの象徴的ワールドアイテム。
モモンガが有する特大地雷を排除してくれた、密かなスグレモノ。

ドラゴン特効効果を持つワールドアイテムは、特例的に古龍にも力を発揮する他、竜種モンスターに耐性無視で多大な効果を発揮することができる。モモンガ玉も例外ではないが、そういった形で使用した場合、知覚したモンスターの強さ次第では却って脅威を呼び込むことも。

今回、風神龍と雷神龍がその力を脅威と見做し、進軍速度を上げた。
対し、覇種クラス以上となれば、ある程度鷹揚な対応を見せてくれることも。
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