《竜》の満ちる世界   作:UNKNOWNと戦いたい

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39―覚悟の時

 パンドラたちが独自に奔走していた頃―――

 

「………オーレオール」

「オーレオール・オメガ、御身の前へ」

 

 巫女服風メイド服に身を包む大和撫子、オーレオール・オメガが跪く。

 それを見下ろし、モモンガは一つの決断を告げる。

 

「一時、ナザリックを空ける―――――文字通りの、総力戦だ」

 

 文字通りの。その一言で、彼女はすべてを察した。

 

「畏まりました」

「今決断はするな。お前が考え、決断するんだ」

「考えて、ですか………」

 

 難しい顔をするオーレオールは、少し考えこみ、口を開く

 

「では………私が出ても、よろしいのですか?」

 

 『自身が抜ければ、ナザリックは一時機能停止することになる』と言外に問い。

 

「ああ」

 

 モモンガは躊躇いなく答えた

 仲間たちであっても、同じ決断をしたであろう。彼ら、彼女ら程優れていない、と自負する彼が躊躇う理由はない。最悪のパターンではあるが、資金不足にしても、得られたモンスター素材を武具に回さず、エクスチェンジ・ボックスで換金してしまえば解決することも容易いだろう。バハルス帝国に思い入れがある訳でもないが、短時間ながら肩を並べた者たちは皆好感が持てる者たちであり、その覚悟、決意に報いるためにも、手を尽くさねばならない。

 

 そう考えられる程に、彼の………鈴木悟の精神は、アンデッドの精神と拮抗していた。

 

「『これら』もすべて動員する。これは、決定事項だな」

 

 そっと顔を上げ、かつて1500人を虐殺したものたちを眺める。

 それでも、不安は残る。ステータス的な相性の関係もあるが、アルベドを一方的に叩き伏せる事ができるモンスターが、恐れ、逃げんとする怪物が四体もいる以上、これだけの戦力であろうとも、相性次第ではあっという間に撃破されかねない。故に、防衛線に回すことを決定したのだが、その判断は臆病だったのか、と何度も自問自答を重ねていた。

 だが、臆病になるのも仕方あるまい。かつて、数体損傷しただけで、それはもう吐きたくなる程の莫大なユグドラシル金貨が消費されてしまい、一時ギルドの資金がとんでもないことになっていたのだ。メンバー総出で何とか回復したものの、仮に全損することがあれば、最悪私物をすべてエクスチェンジ・ボックスに放り込む羽目になりかねないのだ。むしろ、臆病にならない方が危険なレベルである。

 

『モモンガ様。プレアデスの回収を終え、只今戻りました』

「よくやった、パンドラ」

『セバス、コキュートス、序でにセバスが同行していた聖獣連合の部隊を回収、現在表層です』

「シャルティアも戻ったか。では、すまないが連合の方々を前線に案内してくれ。お前が帰還してから、皆を表層に集める。そこで、改めてお前たちの決定を聞こう」

 

 《伝言(メッセージ)》を切り、モモンガは改めてオーレオールに告げる。

 

「今、言った通りだ。私の命令だから従う、というのはナシだ。お前自身で考え、決めてくれ」

 

 これは、ナザリックの意識改革の一環。

 モモンガの胃に優しい環境にしたい、のではなく、今後即断即決が必要になる可能性が高いことから、皆がその場で決断し、動けるようにするために必要なのだ。それこそ、完全初見では階層守護者ですら窮地に追い込まれるような存在がゴロゴロしているのだから、判断の遅れはそのまま最悪の結末に繋がりかねない。最悪を回避する意味でも、この意識改革は急務だ。

 

(ギルド武器は、一応常にアイテムボックスにある。今回、出し惜しみは無理だろうな)

 

 指輪の力で私室に戻り、モモンガは法国の者に依頼した、法国上層部以外に伏せられている情報や、他国のトップやアダマンタイト級含む最上位の実力者たちのみに知られている情報等をまとめた、極秘資料を手に取る。プレイヤーと縁深い国であるお陰か、日本語で記されたそれを一通り流し読みして、今回動き得る怪物たちの情報を頭に叩き込んだ。

 

(この情報も、極秘だろう事項を除いて共有しておくべきだろうな)

 

 大陸中央方面から飛来した歴戦王、辿異種、そして覇種。問題は、来襲する龍たちの情報が皆無であることだが、内一体は一度討伐できている分、まだマシか。幸い、プレアデスが帰っていることから、今頃パンドラとアルベドの二人が断片的な情報から推察を始めていることだろう。

 

 そして、モモンガの読みは的中。彼が資料を編纂している一方で、二人も優れた頭脳をフル回転させていた。半端に理解している気になるのは問題だが、その能力を解明できるだけでも、十分に勝算はある、と判断したのだろう。手元にインクで真っ黒になったノートを幾つも並べ、険しい目付きで情報を精査し合っていた。

 

「比較的小柄な方は、風で空に浮かんでいた、ということですか………」

 

 歴戦王襲来の現場に居るデミウルゴスを抜きに、二人は険しい顔で結論を纏めていく。

 

「加えて、電気の力で浮くとなると、恐らく電磁力………高度から考えて、相当高出力で使える、と考えるべきでしょう。モモンガ様は電気耐性が極めて高いとはいえ、そう楽観視するわけにもいかないでしょう。そして、それ以上に問題なのが―――」

 

 二人の顔が、プレアデスへと向けられる。

 

「黒蝕竜、でしたか」

「随分と面白いネーミングね。黒く蝕む力を放つ竜、だなんて………でも、少し変よ」

 

 アルベドがその瞳を細め、シズが記した名の一点を指す。

 

「古龍と見ていい存在なのに、龍とは書かないのね」

「………今はまだ、龍とは思えません」

「どういうこと?あの力は、どう考えても」

「実際に会ってわかりましたが、今のあのモンスターは不完全です。あの黒い鱗が剥がれ始めて、その下に赤い目があることもわかりました。その雰囲気は、どちらかというと竜に近いものでしたが、あの目が放つ威圧感は、間違いなく龍のそれで………だから、推測ですけど」

 

 シズは一拍置いて、自身の推論を口にする。

 

「あの竜は、完全な成熟を目前にした、幼体ではないかと思われます」

「………アルベド様」

「警戒レベルを更に上げる必要があるわね。本当に、天井知らずもいいところよ」

 

 二人が頭を抱える一方、更にろくでもない情報を容赦なく口にする。というか、ここで容赦してしまっては最悪全滅もあり得るため、どんなに頭を抱えたくなるようなものであろうと、情報として落とさざるを得ないのだ。情報さえあれば、今後の動きを変えることができるのだから。

 

「あと、もう一体のモンスター………あれだけど、前に倒した奴より、各段に強い」

「うわぁ、うわぁ、うわぁ………」

「最悪ね………あの機動力もそうだけど、あの色は間違いなく、あのモンスターと同じじゃない」

 

 二人の顔色が、真っ青通り越して真っ白に。

 

「ただ、金色の方を執拗に狙っていたから、それを利用できるかもしれない」

「あ、それはいい情報ですね。うまく使うことができれば、大幅に戦力を削げます」

「黒蝕竜はどっちも狙ってたけど、大体敵対してるとみていいかも」

 

 事実、関係はかなり険悪だ。怨虎竜は二体を餌と見做しているだけだが、黒蝕竜にとっては怨敵とも言える存在であり、新天地への到達を阻んだ二体を特に強く敵視している。怨虎竜は最悪、黒蝕竜をも喰らおうとしているが、黒蝕竜にしてみれば『どうでもいい』の一言で片が付く存在であり、そこをうまく利用すれば、戦局を楽に運べるだろう。

 

「となると、問題は暴風域で満足に活動する方法、でしょうか」

「聞いた話だけでも、鋼龍の比ではなさそうですものね。《飛行(フライ)》も使えない程となると、空で戦う術が無いも同然ですもの………シャルティアでも、どこまでやれるか」

「制空権を握られるとなると、頭が痛いことになりますね」

 

 二人が頭を抱える中、ノックの音と共に、返答を待たず一般メイドが踏み入る。

 

「失礼いたします。モモンガ様より、すべてのシモベに召集命令が出ました」

「承知したわ。では、玉座の間に」

「いえ、ナザリック表層に集まるよう、とのことです」

「………そう。わかったわ、貴女たちも準備しなさい」

「わかってはいましたが、いざ指示を下されると、緊張感も格別ですね」

 

 予想していた二人だが、足取りは非常に重い。

 

「これが終わったら、暫く休みたいですねぇ」

「そうねぇ………モモンガ様に、ご褒美をいただきたいわ」

「デートの取り成しくらいはしますよ」

 

 尚、精神的疲労を理由に『休みたい』と感じるのは、ナザリックの総意である。というよりも、精神的な疲労を身を以て感じた知恵者たちが、事態がひと段落次第、率先して主含む仲間たちを休ませにかかるだろう。精神的な疲労までは、マジックアイテムでも完全に解消できない以上、その蓄積による惨事を回避する意味でも、休息は必要不可欠なのだから。

 

 仮に『休むとか嫌です!働かせてください!』なんて抜かす者が現れれば、それこそ知恵者たちプラスアルファによる、それはそれは有難い説教をいただくことになるだろう。皆、この極度のストレス環境下で精神的疲労の重さを理解している以上、まず休息を取らないなんて馬鹿者が出た瞬間、全力ですっ飛んでくること確定だ。

 

「では、私たちも失礼します」

「ええ―――――生きて、帰ってきましょうね」

 

 不穏、とは言うまい。

 

 この先に待つ戦場を思えば、生きて帰ることができる保証など、ありはしないのだから。

 

 

 竜王国―――今回の事態において、ある意味一番歯痒い思いをしている国だろう。

 

「よっし、竜を引けい!………って、連れて来とらんかったな」

「不明瞭な点が多すぎますからね。最悪、我々も暫く帰らない方がいいでしょう」

「あー、ヤダヤダ!回復魔法も通じない未知の病とか、じゃあどうしろって話じゃん!」

 

 竜王国女王、ドラウディロンを乗せた船が、()()()()

 

「元々は『砂海より空のが安全じゃね?』で研究されていたが、こう使うことになるとはなぁ」

 

 それは、『飛行船』だった。巨大な船に、更に巨大な気嚢を複数繋げ、空を浮く船だ。

 

「ですね。三隻だけではありますが、陸路より多く物資を運べます」

「耐久試験も、失敗に失敗を重ねた折り紙つきですからね………来年の予算、大丈夫かなぁ」

 

 ビーストマンの宰相が積み荷を軽く叩き、人間の宰相が胃のあたりを軽く撫でる。その姿を豪快に笑い飛ばし、ドラウディロンは彼方の帝都へと視線を向ける。その意味を察した腹心たちが苦笑を浮かべる中、彼女は背後に続く二隻へと目を向ける。

 

「角竜の突進にも耐え、火竜のブレスなら数発受けても無事な代物だ。ま、堕とされることになったら、船大工どもに大目玉くらうわ、来年の予算が死ぬわと、まあ笑い話にもならんだろうな。が、災害ってのはそういうもんと、割り切るしかあるまいよ」

 

 スレインで調達した物資を、陸路より早く、大量に届ける。場合によっては、そのまま防衛戦に加わることが、彼女たちの目的だ。こと弩岩竜という特大災害にさらされ、当時のスレイン法国最強のおかげで救われた国の末であることもあり、他国への支援は惜しまない質なのだ。

 

「先に断っておくが………私の身に何かあった時には任せたぞ、お前たち」

 

 そして、彼女はそんな国の長。魂の力を使う『始原の魔法』を惜しみなく使うリスクを承知の上で、文字通り死力を尽くす腹積もりでいるのだ。そして、ここにいるのはその覚悟を汲み、水を差すことなく職務を遂行できる、選りすぐりたち。他の船に乗るのは、彼女たちが直々に選抜した、竜王国きっての実力者たちだ。

 

「ご安心を。ぶっちゃけ、私と陛下抜きでも国は回りますから。念のため、引継ぎもしてますし」

「求心力は失うでしょうが………そうなったなら、国政の形を変えるだけです。幸いにも、貴族制はとっくの昔に廃れておりますし、都市船長たちも人望で選ばれる形ですからね。無論、陛下ばかりにいい顔はさせられない以上、私が生き残れる確証もありませんが」

 

 旗艦『黒鱗』には、スレインでの突貫工事ながら、複数の対竜迎撃設備を搭載している。

 この船は輸送を済ませ次第、前線に飛び込む予定なのだ。皆、死ぬ覚悟は済んでいる。

 

「馬鹿どもが」

「陛下にだけは言われたくありませんな」

「いや、まったく」

 

 最高に楽しそうに笑い合い、竜王国女王はその目の金色を禍々しいものに変える。

 

「北方の国からの大恩に、今こそ報いる時だ。無駄死には許さんが、死ぬ気でいくぞ!」

 

 先祖返り、と形容することすら生温い、絶大な力の活性化。竜王たちがその余波を感じ取り驚愕を浮かべる中、ツァインドルクスを含む古き竜王たちは、驚愕より先に恐怖を呼び起こされた。その詳細までは掴めないながら、ツアーが諸々の手続き、及び議会の説得を、珍しく強硬手段で蹴飛ばしすっ飛んでいったことで、評議国が別の意味で荒れることとなった。

 

 決戦の時は、近い。

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