《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
黒き龍が、体を起こす。
「………ッ!」
その体を、蒼白の炎が包み込む。灰白色の龍鱗は漆黒に変貌し、その胸から青白い光が零れる。
その頭には新たな角が生え、増大した力に呼応するように空が闇に閉ざされ、禍々しい光を放つエネルギー球………巨大な、恒星の如きソレが生じ、大地を照らす。その絶大な力の発露に、それをも超える潜在能力を有する『白』は動じることなく、しかしその行動の理由に、感嘆の吐息を零した。
「そこまで深く
白き祖が笑う。
黒龍の変貌に、ではなく、その遠因となった、どこまでも純粋なこの世界の存在に。伝説の黒龍を相手に、魂に近しいレベルで共鳴反応を引き起こし、断片的ながらその力を引き出すまでに至った、100%この世界に由来する、ヒトと竜の混血児を。その事実に容易く辿り着かれまいと、わざわざ八欲王にすら見せていない、最強の姿を露わにした、禁忌の存在を。
「これでは『
「それでは、少々ユーモアに欠けるのではないか?」
ひとしきり笑うその姿に、赤衣の男が水を差す。
「せっかくだ、彼の龍の力、その忌み名にちなみ―――」
―――――『
破滅の詩を残し、邪龍の巫女とも呼べる資質を持つ少女の生誕を言祝いだ存在は、静かに笑う。
その名を与えた者の、彼女が肩を並べる者たちの、勝利を確信するように。
*
黒い瞳が、世界を映し出す。
「グルルルル………」
その姿は、雌火竜に近しく―――だが、決定的に違う。身を包む強固な鱗は、闇より深い漆黒に染まり、艶かしい爪棘は血より鮮やかな深紅に染まり。尻尾の形は、どちらかと言えばリオレウスに近いだろうが、根本的に違うと、誰もが理解できる。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」
空気が爆ぜる。大地が弾ける。魔神騒動の中に現れ、
そして、凶禍の現身の対を成すともされる、紅輝の竜の監視域。
「竜王国って、凄いんだな………」
「ふふん、そうだろうそうだろう?物資も山盛りだ、存分に称えるがいいぞ!」
「急ごしらえではありますが、バリスタも配備しています。必要とあらば、前に出られますよ」
竜王国の、最新技術の結晶である飛行船。ナザリックの一般メイド以下、非戦闘系のシモベたちが率先して物資の搬出を行っている中で、同国からの増援たちとの顔合わせが進む。飛竜を戦力とできない分、質では落ちてこそいるが、そこを補うべく、ドラウディロン自らが出陣しているのだから、その本気度合いが判る。帝国、王国、法国に並ぶ、背水の覚悟でこの場に赴いているのだと、誰もが理解した。
「ご助力、感謝いたします、ドラウディロン陛下」
「堅っ苦しいのはよせ。今は身分なぞ気にする暇もないだろ。一介の戦士扱いで十分だ」
「わかった」
手をひらひら振るドラウディロンに、緊張していた者たちもぎこちないながら、元の空気を取り戻していく。しかし、その時間も長続きはせず、監視に出ていた森の賢王が全速力で戻ってきたことにより、一瞬で最高レベルの緊張を取り戻す羽目になった。
「っ、何事ですか!?」
「こっちに何者か、とんでもないのが接近中でござる!」
「私か?私が悪いのか?」
「いや、そちらの御仁ではなく―――――ッ!!!」
身構え、睨んだ先へと、皆の目が向けられる。そして
「ッ、ブレイン・アングラウス!?」
「アングラウスか!」
その名を呼ばれた男は、何の変哲もない人間だった。強いて違うところを挙げるとすれば、雑な手入れの青髪と無精髭、その腰に収まる丁寧な手入れをされた刀と、背に担ぐ風化したナニカ。一目で鍛えられていると判る肉体のあちこちに、傷跡が残されていることから、その戦歴が判ることだろう。
「え、アングラウスって、人間だったの?!」
モモンガが目を剥き、守護者たちも唖然とする中、漆黒聖典の隊長は「あー」と間の抜けた声を零す。少しばかり責めるような視線が、同部隊員たちから突き刺さる中、番外席次が一人ブレイン・アングラウスと呼ばれた青髪の青年へと歩み寄り、
「―――――ッ!」
「………こういうこと。実際、モンスターと言っても過言じゃないと思うけど」
「いきなり斬りかかっておいて、随分な言い草だなぁ」
うんざりした様子のブレインだが、やったことはそれだけのことだ。
「えーっと………参考までに、今までどちらに?」
「一人で修業さ。まだまだ、目指すところは遠いがね」
気負う、わけではなく、どこか遠くを見つめるように、険しい顔で零す。
「では、何故ここまで?」
その理由を知るガゼフは、過度に深入りさせまいと、話題を変える。
「ヤバい気配を感じてな。まあ、森で銀色のに絡まれて、順調に遅れちまったわけだが」
銀色の、というのが気になりはしたものの、今は重要でないと、話題には上げない。
「では、アングラウス殿」
「ブレインでいい」
「………ブレインは、私たちと共に戦ってくれる、と?」
「いや、そもそも何が起きてるのかも知らねぇんだけどな?第一、なんだよあの山」
あまりにごもっともな発言に、場の空気が緩む。
「あー………まあ、それをせざるを得ない事情があってだな」
モモンガが大雑把に説明すれば、ブレインには驚き、というより呆れの色が強く表れる。
「いや、確かにそれならあった方が便利だろうが………マジで作るか?」
「だって、作れたし………お陰で、こうして戦力の一点集中ができてるしな」
でたらめ具合に呆れるブレインであるが、恩恵が大きいのも事実。何より、わかりやすい拠点が完成したおかげで、どこに向かえばいいかも判ったのだから、有り難い話だ。流石に完全に全方位をカバーはし切れておらず、特にカルサナス方面では、少なくない襲撃が起きてこそいるが、それでも帝国程の物量はない。
おかげで、躊躇いなく戦力の集中ができているのだが。
「だな。それじゃ、俺はあんたらと戦えばいい、と」
「ああ。今のを見せられて、腕を疑うこともあるまい」
(あの装備のランクからして、そんな鈍らじゃ切れない筈だけど………うん、バケモンだこいつ)
ナチュラルにやってのけた芸当の次元の違いから、疑う者などいるはずもない。
この中でもモモンガらに次ぐ上質な武具を、駆け出しも駆け出しの、中型モンスターを相手取るのが精々の脆弱な武器で傷つけるその技量は、素人であろうとも理解できる程に高度なものだ。何より、高い地位にある実力者は皆、その化物染みた実力をよく知っている。特に、王国の、農村出身の者であればあるほど、その過去も含めよく知っている。
「あのアングラウス殿が………こりゃ、心強いってもんじゃねえな」
「ですが、油断は禁物です。全戦力を一点に集中できるわけでは、ありませんからね」
今回の決戦において、無視できない難点は、戦力の分散を強いられることだ。
モモンガ筆頭の、超越者と呼べる実力者たちは、最前線を超え古龍と対峙。これは、想定される相手が二体存在しているということと、これと交戦する古龍級の存在二体、そして直接これを狙う古龍級モンスターの可能性という数多の不安要素から、被害を抑えるうえでも不可欠なことだ。相手は砦蟹と異なり、ただ地を揺らす、では済まない災禍を引き起こす存在であるのだから、仕方のないことだ。
問題は、それらの戦力の多くが欠落した状態で、古龍から逃げるモンスターを抑える必要があるということだ。数が厄介であることもそうだが、問題は彼らに狂竜化、或いは極限化している個体が混入している、ということだ。更には、ことと次第では一時共闘もできるとはいえ、龍の力の影響により強化されたヌシ級も存在している、というのだから、泣くに泣けない。
「これは、戦力の細分化が必要かもしれんな」
「それと、最後の防衛体制も」
音もなく現れたのは、三人の忍び。金髪、赤目の共通点を持つ三姉妹だ。
「イジャニーヤ」
バハルス帝国が抱える諜報部隊。その情報精度は、スレイン法国の聖典部隊に次ぐ。
何よりその『足』は、諜報系聖典部隊の誰よりも優れた者が、集団単位で存在している。
「まずいことになった。嵐が強まって、接近速度が上がってる」
「古龍に怯えてたモンスターたちだけど、徐々に動いてる。今夜中には、確実に」
「最後の仕上げは、昼間に終わらせないと不味い」
端的ながら、的確な情報を放り込む。が、そこでデミウルゴスが少しばかり渋い顔をして
「………実は、この寒気で紅蓮がやられてまして」
「ああ、あいつスライムだもんな………物理には滅法強いけど、冷気はダメなんだよなぁ」
イヴェルカーナの来襲による、まさかの番狂わせ。更に悪いことに、堀を満たす海水の大部分が凍ってしまい、水による陸路の遮断自体が根本的に不可能となっているのだ。デミウルゴスが事前に、大型モンスターが十体二十体乗った程度で割れる程薄いものでないことは確認済みであり、それも交えて報告。
流石のトップ陣も、揃って頭を抱えた。
「陸路がそのままでは、勢いを削ぐこともままなりませんね」
「えっと、これの力は確か、古龍には通じないのですよね?」
「ええ。ケイ・セケ・コゥクでは、古龍は支配できません」
「絶対にやめようね?それやると普通に滅ぼされるからね?」
ツアーがガチトーンで警告すれば、皆頷くほかなくなる。冰龍の戦闘力を最も知る竜王の言葉は重く、そこに異を唱えることができるのは、よほどの素人くらいなもの。そうでなくとも、真冬以上の厳冬を引き起こした龍に対する無謀が、どのような報いを齎すのかは、容易に想像できた。
「………こうなると、手は限られてしまうな」
紅蓮という、地上の敵に対する最大級の戦力が封じられてしまうアクシデントこそあれ、突発的アクシデントの一つや二つは想定の内。モモンガの赤い眼光を向けられたパンドラ、アルベドが頷き、更に三人の視線がマーレへと注がれる。突然のことに驚いた彼の肩にデミウルゴスが手を置き、一度頷いてから、モモンガへと顔を向ける。
「そのプランですが、私からも幾つか提案させていただきたく思います」
「元より、そのつもりだとも。それに、今回は我々の存亡をかけた戦いだ」
その目が、集まった戦士たちへと向けられる。地位も、国も、所属も関係なく、ただ一つの目的のため、肩を並べる勇士たち。その気迫は凄烈で、それでいてどこまでも透き通った純粋なもので、実に心地いい。死を覚悟し、それをいとわぬ決意を秘めたその目は、何よりも美しく見えた。
モモンガたちの生きる世界で、誰もが失った命の輝き。その究極形が、そこにはあった。
「ウチの船も含めて、好きなように使え。足は遅いが、足場くらいにゃなれる」
「それと、積んだ最新装備もですね。拠点防衛用の転用なので、使い勝手は保証できませんが」
残された僅かな猶予の中、皆が真剣に頭を悩ませ、次々防衛線構築の案を出していく。
*
深夜―――――荒れ狂う嵐が、木々を巻き上げる。叢雲薙ぐ烈風から、大地を喰らう轟雷から、竜たちが、森で密かに逃げ延びていた亜人たちが逃げ惑い、その末に二分化された勢力の激突を起こしながら、唯一の道へと雪崩れ込まんとする。
片や、ごく普通のモンスターたちと、それを庇うように立ち回る、禍々しい赤に輝く傷跡を持つモンスターたち。幸運にも、黒き竜の力を逃れた者たちと、絶大な龍殺しの力………龍属性エネルギーに適応した結果、短期間で急速に変化を遂げ、龍の力に耐性を得たヌシたち。数多の脅威からの逃避が、彼らに在り得ざる秩序を齎し、理性的にも見える行動を可能としていた。
そして、もう一方は禍々しい黒の一団。誰もがその眼光を赤く染め、肉体を蝕む狂竜の力に身を任せ暴れ狂う、狂気の現身。毒々しく染まった紫血をまき散らす彼らに秩序はなく、同じ道を使わんと荒れ狂いながら、同じ集団の中でさえ、殺し合いを続ける。
その中で、一際禍々しい赤い輝きを帯びた、極限化モンスターたち。他の猛攻を歯牙にもかけぬ怪物たちは、牙剝く者、逃げ惑う者問わずに惨殺し、その身を紫血で染め上げ、漆黒の鱗粉をまき散らし、暴走する。狂いながらも、彼らの根底は本能的恐怖に支配され、後方の龍二体ではなく、前の龍一体に挑む無謀を強いられたのだ。
「さて、と」
その軍勢を、金色の瞳が捉える。瞬間、竜たちは一斉に怯み、僅かながら動きを止めた。
「生憎と、私は
魂の力を使う究極の魔法、《
しかして、解き放たれるのは竜の魔法ではなく、龍の力の一端。彼女が深く、深く共鳴している存在の力であり、未だ一度として解き放たれていない、黒焔の力だ。無論、オリジナルと比べてしまえば、それこそ第六位階魔法と第一位階魔法並の格差があるが、絶大であることに違いはなく
「景気づけだ、一発いっとけッ!」
禍々しい星が、夜を照らす。そして、絶大なエネルギーを秘めた星は、静かに地に落ちた。
★設定
・ドラウディロン・オーリウクルス
黒龍の巫女。自覚無き共鳴者。それでいて、非常に強く共鳴している。
その力は、行使する始原の魔法にまで及んでいる。