《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
―――――死闘から、早一か月。
「まったく………皆、心配し過ぎだ」
「人徳が成せるもの、であろうな」
「羨ましい話だな。私のところでは、爺………フールーダが少々、なぁ」
「あー………あの魔法キチ、さぞ無念だろうとは思ってたが、そこまでか」
「確かに、モモンガの部下たち、皆高位階の魔法をバンバン使ってたしねぇ」
「もう面倒になったから、東方要塞の再整備に放り込んでいる」
遠い目をするジルクニフは、依然手元の書類に目を通している。
というより、この場に居る面々の内、モモンガと番外席次以外、全員書類の山を抱えていた。
「先の防衛戦で、対古龍で出張ってたウチらはとにかく、他の被害がどでかかったからなぁ」
「うむ。我が国も、精鋭兵団と戦士団共に半壊………ガゼフも、頑張ってくれたのだが」
「陽光も頑張ってくれてたけど、それでも限界はあるものね」
「ウチも船一隻使い潰して、部下も六割が戦死だ。おたくはどうだっけ?」
「ナザミは片腕で済んだが、バジウッド含めかなり出たな。本当に、神官様様だ」
蘇生魔法は原則、ある程度死体が残っていなければ使えない。
あれだけの乱戦の中、全員が全員死体が残っている、ということは、まずありえない。蘇生可能であった者は皆蘇生出来たが、不可能だったものも相応に多いのだ。
「………帰ってよろしいでしょうか?」
「折角親睦を深めるために集まったんだぞ。そう言うなよ、若いの」
「………帰りたい………」
真顔で零すのは、キスタとカルカの二人。どちらも、未だ忙殺気味の指導者だ。
「我々も暇ではないのですが?」
「部下が仕事させてくれないんですよ………一番死にかけてたアルベドはバリバリ働いてるのに」
「ウチは神官長たちの仕事だからね。私は私で静養を言い渡されて、何も出来てないけど」
古龍を討伐したからと言って、全てが丸く収まった訳ではない。
一時肩を並べることが出来た竜たちは、大部分が森林地帯に生息していた、ということから、森の賢王が独断でトブの大森林へと受け入れた。変に分散されるよりはマシ、として王国、帝国もその場で受け入れはしたが、やはり縄張り争いに負けた個体の流出は起きており、そちらへの対応に駆られる者も多く出ているのが現状だ。が、スレインはどこかへ飛び去った純白の龍―――『天廻龍』シャガルマガラと命名した古龍の行方を調査するのに人員を割いている為、助力にも期待できないのだ。
「あの白い龍………確か、天廻龍と命名されたんだったか。そっちの方は大丈夫なのか?」
「幸い、エイヴァーシャーに変化はありません。何かあれば、すぐ判りますから」
「まあ、そうだな………あの竜が一番傷を負ってないんだったか」
「そうなのか?こっちに来た龍は、皆転移魔法で帰っていたから、よく判らないんだ」
「うぐ………強力な上、転移魔法で自在に移動する古龍など、悪夢でしかないぞ」
ランポッサが自棄気味に、並ぶ摘みを口に放り込む中、ジルクニフはそちらの思考を放棄。
「そちらは一旦置いておくぞ。それより先に、この一か月で表面化した、カッツェ平野の件だ」
その名が挙がり、死活問題となるドラウディロン、ランポッサの目の色が変わった。
「恐暴竜がいなくなったせいで、アンデッドで溢れ返ったあそこか」
「まさか、奴があそこまで役に立ってたとはなぁ………いや、今後はこっちで対策せにゃならんのだから、笑ってもいられないけどさ。あそこ、ウチ含む四か国の境のど真ん中だからなぁ」
カッツェ平野とは、近隣最大規模のアンデッド多発地帯だ。
かつては、ある程度出現しても恐暴竜が平らげていたのだが、その恐暴竜が古龍から逃げるべくエ・ランテルを強襲し、討伐されたことで、定期的に人の手で間引く必要が生じたのだ。これを放置したとして、生じるアンデッドが強くなるデメリット以上に、それを餌と見做す、或いはそれらが縄張りを侵すなどして、周囲のモンスターを刺激する方が厄介だ。
正直なところ、
恐暴竜の存在は、そういった大型飛竜への圧にもなっていたのだ。
「致命的じゃないか」
「致命的だぞ。まあ、ウチはワンチャン、飛行船が量産できれば」
「その話なんだが、我々からの共同出資の見返りとして、技術提供を頼めないか?」
そして、竜王国が披露した最新技術は、そんな現状に対するある種の打開策ともなり得る。
「おう、いいぞいいぞ。金払いさえよけりゃ、幾らでも手ぇ貸してやるわ!」
「現金ねぇ」
「一隻堕とした上、先の戦いでアイデアとか課題とかが山盛り出たんでな。金も資材も、あってもあっても全然足りんのよ。特にあれだな、アルベド殿が『雷神龍』ナルハタタヒメにぶち込んだアレ!拠点防衛用の決戦兵器としちゃ、バリスタ大砲どころじゃない威力になるぞ」
「ああ、あれを再現するとなると、確かにとんでもない額がぶっ飛ぶな………」
モモンガが金額を想像し身震いする中、ドラウディロンは真顔でジョッキを傾ける。
辺境諸国の首脳陣を集めた会談………という体のゆるい集まり故、それを咎める者は無い。政治的な話も交えはするが、精神的な疲労を抑える為にも、あまり堅苦しい空気にならないよう、皆基本的に軽く振る舞う。ドラウディロンの先代から続く、辺境という厳しい環境の中で、胃を痛め続ける指導者たちなりの精神的防衛術である。
「ぷはぁ~っ!ま、技師の件は承知した。私から話を通しておくよ」
「かたじけない」
「となると、北部の技師の選出からだな。ああ、後は予算案の再修正と………」
「しかし、空か。いずれ、東方や南方の調査に赴く、というのも、悪くないかもしれんな」
(………まあ、俺は無理なんだけど)
どこか憧憬の籠った声の裏で、モモンガは密かに悲嘆に暮れる。
………実のところ、特大の爆弾が消え失せた時点で、彼を縛る枷は消えているのだが。知る術が無い、というのも、中々に残酷なこと。幸いにも、その悲嘆を感じ取ったドラウディロンは発言内容に突っ込まず、無言で肩をポンと叩く。
が、その言葉に喰い付く者たちもまた、確かに存在している。
「………ランポッサ殿」
「うむ、悪くはない話だ。国家からの依頼として、冒険者組合に出すべきだろう」
「しかし、まだ先の戦いの爪痕も深く残っている状態です。せめて、告知に留めるべきでは?」
「それと、冒険者以外からも募集するべきかもね。食事の質の為の料理人、武具の整備をより確実にこなして貰う為の鍛冶師、薬剤類の不足に備えた錬金術師………挙げればキリがないわね」
「どちらにせよ、我らが全面的に支援するべきでしょう」
―――この世界の冒険者とは、かつて外部に現状打破の手段を求めんとした者たちだった。
今も昔も、外部に気安く手を回す余裕が無いことに違いはないが、東方からの大襲撃を受けて、そうも言っていられなくなった。『世界の守り』が無ければ相対すら叶わぬ、文字通りの怪物と化したモンスターが現れたことで、外部への見識を広げることの重要性が格段に増したのだ。
未知とは恐ろしいもの。未知の強敵が多数紛れていたからこそ、多くの命が失われたのだ。
「………その事業、私たちも支援させて貰いたい。それと、一つ提案したいのだが―――」
しかし現在、ほぼ全ての国が先の被害からの立て直しに奔走している。悪い言い方ではあるが、非常に好都合でもあった。彼が率先して動くことが出来ない、という(モモンガ主観での)制約こそあれ、先の戦いで多くのNPCが自主性を見せ、シャルティアを始めとする、激戦に身を置いた面々は更に数段予想を超える活躍を見せていた。
そんな彼女たちの、更なる自立を促すのにもってこいではないか。そう考えたのだ。
*
「完成です………ええ、完成ですッ!」
パンドラズ・アクターが叫ぶ。デミウルゴスはセバスと共に喜び、アルベドは大きく頷き、双子のダークエルフはその威容に目を奪われ、シャルティアとコキュートスもまた、その武器の放つ力を感じ取り、この武器ならば、と確信していた。
「これなら、モモンガ様の御力となってくれる筈よ」
「ウム。素晴ラシイ出来栄エダ、パンドラズ・アクター」
鋭利な尖角を、碧棘をふんだんに用いた禍々しくも神々しい杖に眼球の如く配され、輝くのは、世界級に匹敵し得る絶大な力を秘めた龍玉。散りばめた嵐鱗に宿る力を吸い上げ、再び輝きを取り戻したソレは、全盛には及ばないながら、確かな力を装備者に齎すであろう。
「竜殺しの力が弱いのは少々残念ですが、それ抜きにしても凄まじい性能ですよ」
「多くの魔法を扱うモモンガ様でも、竜殺しの魔法は無いものね」
「でも、これでその欠点を補うことが出来る、ってことでありんすね」
モモンガのワールドアイテムの効果は、確かに強力。だが、代償としてレベルを奪われるというのは、決して無視できない弱点だ。『強欲と無欲』の経験値ストックは既に尽き、そもそもユグドラシルにおける高位職取得の前提クエストが無いなどの事情から、既にエクリプス職の喪失を経ている以上、更なる弱体化は看過できない。
その一心で、彼らは主に可能な限り休んで貰い、密かに武器作成までしていたのだ。
「ところで、スレインからの依頼の品は?」
「あの紫の………『怨虎竜』マガイマガドの亡骸から作った物ですね。といっても、拠点を襲った個体と比べ数段上の個体でしたので、武器の質もかなりのものとなりました。正直、これほどの怪物がいたとは、とぞっとしたものです」
彼が手にしたのは、『和』を強く感じさせる、禍々しい太刀だった。
「こちらを後日、届ける予定です」
「と、いうことは、アルベドの装備に取り掛かることも可能ですか?」
「そちらは現在、調整中ですね。スキルを自由に、とはいかないもので」
鎧を喪失したアルベドは当分の間、実質的に内務以外を禁じられている。
別に悪意がある訳ではなく、それだけ彼女の装備とビルドが噛み合っていた、ということだ。
「むぅ………」
「仕方ありません。当面は、今回の戦果として正式に譲り受けた分を用いた戦力拡充と、依頼分の武具の作成と納品を重点的に行いましょう。人との繋がりがそのまま生命線に直結する状況であるからには、最大限の貢献を以て、その線を強固にする必要がありますからね」
「ウム。好キ者タチノ為ナラバ、助力ヲ惜シム必要モアルマイ」
「ただ、わたしたちの武器は炎や竜殺しを多めにするべきでありんしょうねぇ」
戦力の『質』において、ナザリックは最高峰。故に、絶大な力を持つ者との対峙を請け負うことが多い。そして現在、元々辺境に居た個体とは別に、最も警戒せねばならないモンスターが存在しており、先の戦いでその弱点が竜殺し、或いは炎である可能性が高いからこそ、の提言だ。
「天廻龍、ですね。南方に逃れたとの話でしたが………」
「ローブルはあり得ないけど、高い場所に逃れている可能性が高いわ。あの力でモンスターの狂暴化を引き起こしていたとして、あの粒子状のものを効率よく散布するのであれば、高い場所が一番ですもの。そして、南西で該当する場所は、ローブルとエイヴァーシャー奥地の二か所」
「アベリオン周辺で不穏な動きが見られていませんし、恐らく奥地の方なのでしょうね」
恐るべき龍の存在を浮かべ、守護者たちは険しい顔で虚空を睨む。
―――――それが、無用な心配であるとも知らずに。
「ォォォォ―――――」
『死の森』―――白いような、黄色いような瘴気に包まれた、南部の魔境。
そこを悠然と闊歩するのは、屍と多量の菌を身に纏う、禍々しい白き龍。命無き屍の兵を率いる彼の龍の生息域の内、その影響が辛うじて届かない高度のある山の頂で、天廻龍と名付けられた龍は傷を癒している。単純な戦闘力で上回る天廻龍だが、その身は深く傷付いている上、戦闘に特化した変異を遂げた結果、それ以外………狂竜ウィルス本来の役割としての能力が低下してしまっており、ウィルスが生存できない程濃密な瘴気の内で戦うのは不利。殴り合いであれば容易く勝てるが、能力的な相性はかなり悪いのだ。
そして、
「ァァァ………」
「ォァァァ………」
「………キュァオアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
瘴気を抜けて現れる、モンスターの屍………
この地の支配者たる龍は、死したモンスターを、身に着けた魔法で支配下に置いているのだ。
本来より知能が落ち、弱体化しているモンスターを軽々殲滅し、白き龍は再び身を休める。
屍が相手では、その力も本懐も果たされない。故にこそ、留まる理由もない。
「………グルゥ」
不快だ、とばかりに唸り、天廻龍は再び眠りに就く。
『死の森』と呼ばれるのは、瘴気に包まれ命の気配を感じぬから。
だが、その実態はもっとおぞましく、『屍套龍』死を纏うヴァルハザクが支配するアンデッドが蔓延る森であり、その能力と併せた彼の龍の領域。本来ならばエイヴァーシャーを容易く飲み込み、アベリオンスレイン共に滅ぼせる程の兵力と力を有するが、エイヴァーシャーに住み着く棘竜、その首魁たる邪毒の竜の存在があるからこそ、この死の世界が広がることは無い。
だが、忘れてはならない。明確な意思を以て支配域拡大を狙う龍は、間近に存在しているのだ。
★
・諸国家
動員した戦闘員の大部分が死亡し、蘇生出来た者は更に少ない。
ほぼ全ての国家が、主に軍の人員補充に奔走している最中。
反面、先の戦いであまりに多くの古龍が動いたためか、モンスター被害はかなり減っている。
・会合
今回はドラウディロンが発起人。
辺境諸国家のトップは基本、精神的な負担が大きいため、不定期に集まっている。体は公式なものだが、実体は緩い雰囲気の飲み会に近く、一山超えた後などに催されてきた。各国間の関係が悪くないお陰で行える、密かな伝統のようなもの。
こうしてガス抜きをしなければならない程度には、この辺境の領主は負担が大きい。
事実、王国や帝国では、不定期に貴族たちも飲み会を開き、愚痴を吐き出している。
・『死の森』
エイヴァーシャー南方に広がる、『屍套龍』死を纏うヴァルハザクの領域。
名の通り、生命の気配を感じられぬ程深い瘴気に包まれており、空からも全容が見えない。
その実態は、死霊術系の位階魔法を身に着けた龍が支配する死の国である。
エイヴァーシャーに住まう邪毒の竜は、この領域の拡大を何より忌避している。