《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
凄烈な黒焔の奔流が大地を破壊し、その熱を余波となる風が伝える。
「いやぁ、恐暴竜がいなくなるだけで、こうも楽になるとはなぁ」
「あの食欲の権化を縛る必要が消える、というのは、中々に大きな収穫だね」
始原の魔法により、カッツェ平野を消し飛ばしたドラウディロンが豪快に笑い、ツアーがしみじみと呟く。食欲の権化の呼び名の通り、放っておけば最上位捕食者として、ろくでもない事態ばかりを引き起こす疫病神だったモンスターを縛っていた土地は、その疫病神自体が消えたことで用済みとなった。
だから、こうして始原の魔法という極大火力により、丸ごと薙ぎ払ったのだ。
多大な不確定要素に対し、始原の魔法という理外の力………より厳密には、始原の魔法という型に強引に当て嵌めた、黒龍の力の一端を以て、強引に解決することを選んだ。事実、アンデッド大量発生の原因となっている物をユグドラシルの手段で取り除くことは困難を極めても、取り除いた後の地上を作り替えるのであれば、実に簡単。
そして、ドラウディロンの力は、黒龍の力。ユグドラシルの残滓を消す程度、造作もない。
「さて、と………では、数日様子見だな」
「ま、流石にこの状態じゃあ、何も確認できんからな」
「それでは、僕も一旦失礼しよう。あまり長時間抜け出すと、後が怖いからね」
「ウチは一応、今後にまつわる公務って形に出来てるぞ?そっちは融通利かんなぁ」
「大体、僕が強引に救援に出たせいだからね。あとは、各方面との調整とか」
モモンガが申し訳なさそうに目を伏せる中、ツアーは軽く首を横に振り、彼の責任を否定。
他の評議員や有力商人の公募で集まった、建築業に従事する者、そこに志望する者などの幅広い人材の選出や、そうした人材の派遣により生じる穴をどう埋めるか。また、それらの人員の送迎の為の軍の派遣をどうするかなど、過酷な常冬の国では生じる問題も多い上、先の強引な救援への出立の責任として、それらがツアー一人に丸投げされているのだ。
本来ならば、もっと重い処罰が下されるところを、飛行船という希望のお陰でそこまで軽減して貰えたと考えれば、そう悪い話でもない。正規に踏むべき手続きが煩雑であるのも、彼ら永久評議員、スヴェリアー=マイロンシルクを除く者たちが重大な戦力であることに起因しているのだから、非常時だからこそ余計に、処罰が重くなる危険が大きかったのだ。
「早ければ、来月にでも人員を派遣できると思う」
「なら、七彩は引き続き、いつもの場所に停泊だな。人数が決まり次第報せてくれれば、顔パスで通せるよう、手続きしておくぞ。ああ、モモンガの方はもう顔パス状態だから大丈夫だ」
「そこまで気にしなくても」
「いや、調整のために飛び回ってんだし、イチイチ手続き挟むとあっちの手間が増えるんだよ」
「………あー」
すっかりそこに思い至ってなかったモモンガが気の抜けた声を零す。
「あとは、木材の融通やら、色々と世話になる礼だな」
「そこまで気にしなくても………」
「ウチの国知ってるだろ?評議国が可愛く見えるレベルで不毛だからな?」
「植林とか、ほぼ無理だからね、竜王国は」
「そ。その上、どの国の木材より頑丈ときたお陰で、造船業での需要爆上がりよ。家屋の方にも、使えないことは無いんだろうが、今のところは要になり得る飛行船に全ツッパだろうな。ランポッサも言ってたが、一か所に供給を頼ってる以上、民間への転用は可能な限り抑えることになる」
非情とも取れる判断であるが、民間への流通を増やすより、重要拠点の補強や今後多くの事業の要となり得る飛行船の材料としての運用を重視するのは、国としてそう間違っている訳ではない。もっと言えば、そこに頼り切り過ぎると、万一供給量が減った際、民間への悪影響が拡大する危険性が高いからこその判断であり、特定の何かに依存してはならない、という彼らなりの思慮の下の判断だ。
「………げ、もうか。すまんが、一旦戻らせて貰うぞ」
「そうだね。こちらも細々と仕事をしていたけど、そろそろ戻らないと大目玉を喰らいそうだ」
「それじゃあ、また後日ということで」
その会話を最後に、三人はそれぞれの手段で一度帰還する。
「………さて」
モモンガが転移した先は、ナザリックの大農場………トブの大森林にある、巨大な領地だ。
(現状推し進めているのは、ユグドラシルに無い植物、魚介類、虫の生産と………)
カルネ村含む複数地域での実験の結果、大森林奥地が最も生育状況がいいことが判明しており、第六階層は基本ナザリックNPCの訓練場として運用することを決定している。その為、こちらはこちらでナザリックに次ぐ重要拠点と化しており、またこちらで長期間活動していたメイドへの変化からか、より積極的に内部の者が訪れるようになっていた。
「あ、モモンガ様!」
「私のことはあまり気にしないでくれて構わん………と、いい装備だな。似合っているぞ」
「っ、ありがとうございます!」
パンドラ曰く、『ユクモ』と言うらしい、和装姿を前にすると、メイドとは、と疑問を抱く。
が、メイド服と比べると、防御性能は雲泥の差があり、付加される効果も優秀な部類だ。本来、頭装備として三度笠も加わるのだが、それ以前に作成していた武具で発見した技術で、頭装備と胴装備の実質的な一体化に成功。頭分の装備枠も消費する代わり、性能を損なうことなく統合できたという。お陰で、遠目からも誰が誰かの判別が容易であるなど、増えた利点も多い。
(確か、マーレが長い時間をかけて育てた樹ほど、優秀な武具になるんだっけか)
ナザリックのメイドたちの装備は、マーレに多大な苦労を強いて育て上げた大樹を加工した代物であり、その性能は攻撃力、クリティカル率、回避へのプラス補正に加えて、近接武器ならば基礎性能の底上げ、遠距離武器ならば命中率へのプラス補正と適正距離でのダメージ増加と、非常に優秀な出来。手段は未だ不明ながら拡張性も高い上、強化も可能と至れり尽くせりな代物であり、汎用性も防御性能も高く、更には同一性能を容易に量産可能であるお陰で、メイドたちの基本装備として採用されている。
が、外部に販売する代物は、若干若い樹を加工した、クリティカル率と回避への補正のみ、拡張性も程々の装備である。これは、各国首脳陣からの要望によるもので、こちらも先の木材の用途同様、ナザリックという強者の存在に過度に依存しないようにするための措置である。
(あったあった、と)
畑の片隅に腰を下ろし、育てている薬草を摘む。それを瓶に入れる。続けて茸の栽培所で青い茸を採取し、養蜂箱から採取したハチミツ少量と共に瓶に入れる。しっかり蓋をしたそれを振れば、それぞれが綺麗に混ざり合い、鮮やかで明るい緑色の薬液が完成する。魔法でその中身を鑑定すれば、しっかり有用な回復薬である、という結果が出される。
(本当に簡単だな………材料が揃えば、だけど)
その隣では、弓を背負うメイドが赤い茸を採取し、バラバラに裂いてから瓶に詰め、軽く振る。少しの間振り続けていると、それは赤い色の液体に変わり、それが詰まった瓶は彼女のポーチへと収まる。ナザリック所属であることを示す、暗い紫色のポーチに収まる瓶の本数は50本と多く、過剰ではないか、とモモンガは少しばかり思案しながらも、同じように赤い茸ことニトロダケを手に取り、同じ手順で瓶を作成しようとして
「うん?………うぉぅ!?」
妙な手応えに視線を落とせば、刺激の加え方が悪かったのか、瓶の中が高温で溶けてしまう。
これでは、瓶の再利用も難しい。『やらかした』と一人途方に暮れていると、弓を背負うメイドが駆けて来て、『失礼します』の一言と共に、その瓶を回収し、新しい空き瓶を手渡す。少し驚き、視線を彼女へと向ければ、少々竦んだ様子を見せながらも、しっかりと対応して見せる。
「ええっとですね?この強撃ビンって薬瓶なんですけど、少し振り方にコツが必要で―――」
数度実演して見せた彼女のアドバイスに従い、モモンガも同じように薬瓶を作る。曰く、ニトロダケの高熱を発する性質を利用しているらしいのだが、刺激の加え方が悪いと茸の組織どころか瓶が溶ける程の温度になってしまうらしい。刺激が足りなければ十分な熱が生まれず、強すぎれば瓶が先にダメになる、と中々に難しそうではあるが、いざコツを掴めばかなり簡単であった。
「凄いな………それで、これはどう使うんだ?」
「弓に使うんです」
「………うん?」
「少し見せますけど―――」
弓を広げ、とある箇所を示す。そこを確認すると、丁度ビンが収まる程度のスペースが。
「ここに蓋を開けたビンを入れるんです。それで弓を引くと、鏃に薬液が塗布されるんですよ」
「成程………ユグドラシルには無かったものだな」
「そうなんです。パンドラ様も驚かれていて」
話が盛り上がるか、と思われたところで、二人は奇妙な音を耳にする。
「ん?この音は?」
「エントマ様ですね。それか、彼女に師事しているメイドたちか………」
「少し見て来よう」
「お供しましょうか?」
「好きにするといい。仕事中だったとしても、息抜きは必要だからな」
メイドの意思に任せ、音のした方に向かえば、小柄な体躯に合わせた長物を振るうエントマの姿が。『影蜘蛛』ネルスキュラの素材を用いた、近未来的なデザインのその武器は、武器そのものを振い空気を取り込むことで音を鳴らす、特殊な虫笛と一体化したもの。その振り方で差異が生じる音を用い、彼女は、自身が発見した虫へと指示を下していた。
「よしよし、っと!」
驚くべき速度で戻ってきた、鋭い角を持つ蛾のような虫、オオシナトを腕に泊めると、エントマは満足げに頷く。彼女から離れた場所では、リーチの長くない武器を手にしたメイドたちが恐る恐るといった様子で虫たちの世話をして、またそこから離れた場所では、長物を背負うメイドたちが虫に蜜を与えるなどしている。
「あれが、猟虫とやらか」
エントマが東の森で発見した、複数種の虫の一部。
猟虫というのは、モモンガが魔法で調査した結果判明した彼らの分類で、与える餌により異なる姿に成長する、という面白い特徴を持つ生物だ。モンスターの大組織等を捕食した場合、それが体内で反応、それにより生じた液体を散布することで他者を強化するという、大変に面白い生態を有しており、エントマ主導のもとで、共に戦うという形を取るべく、こうして訓練を進めているのだ。
そんな中、彼の興味はやや離れた場所にある小屋へと向き、そちらに向けて歩を進める。
「
エントマが生還できた最大の要因、翔蟲。小さな甲虫ながら、エントマの比でない、どころか、一部のレベル100NPCを凌駕する程のパワーと、それを十全に活用できるようにするだけの強靭な粘着質の糸を出すのが特徴で、先の戦いではエントマがムシツカイ職のスキルで意思疎通を行い、その力を借りていた相手でもある。
その有用性に目をつけ、育成している、のがこの農場なのだが………
「その子たちの育成はその、まだあまり………」
「環境が違うから、かもしれんな。焦らずじっくりと」
「いえ、エントマ様以外の指示に、あまり従ってくれなくて………」
「ふむ?」
「その関係もあって、エントマ様は先に他の子たちと、猟虫の育成を優先しています」
その言葉を噛み砕き、改めて小屋の中に視線を移す。
「………この小さな蟲が、か」
「吹き飛ばされたエントマ様を糸で引き上げたり、一時的に動けなくなったモンスターに糸を絡み付けて、行動を制限したりと、本当に凄かったです。ただ、やはりエントマ様のようにはいかず………」
「では、用途を限定した代替案を考えるのもいいかもしれんな」
そう零し、差し出した掌に留まった蟲を見下ろす。人によっては生理的にムリ、という可能性も考えられる一方、ある程度の愛嬌もある甲虫は、モモンガが軽く手を振り上げると共に、空へと飛び上がる。軽やかに舞う小さな体に、数匹集まれば大破したガルガンチュアを運べるだけの力を秘めている、とはとても思えず、暫くその姿を目で追ってしまう。
「………不確定要素も多い以上、無理強いは出来まい。彼女たちに任せるさ」
それだけ口にして、モモンガは小屋を、エントマたちの訓練場を後にする。
(しかし、エントマのあの武器も、使いこなせれば強そうだな)
エントマたちが物にした後、『操虫棍』と名付けられる武器を想起し、一人頷く。
同時に、彼女たちの成長を実感し、心地よい喜びが胸を満たす。最初感じていた、息苦しい程の期待と信奉はすっかり失せ、対応も大分柔らかくなりつつある。世界は過酷で、しかしそこに生きる命は力強く、輝かしくて、自身もかく在りたいと思わせてくれる。飲食も、睡眠も叶わない体ながら、リアルの世界以上に『生きている』と実感できる世界で、彼はほぼほぼ満ち足りていた。
「………さて。俺も仕事に戻らないとな」
彼の仕事は、部下たちの決定の最終チェックを行い、その責任を持つこと。
如何に彼らが有能であろうと、油断などしていられないのがこの世界。自身が100%正しいことは有り得なくとも、部下たちが絶対に間違えないことも、また在り得ない以上、どんな小さな疑問、引っ掛かりであろうと、その綻びから生じ得る被害を考慮するのなら、とことんまで突き詰めねばならない。
その末の失敗ならば、潔くその全責任を背負う。それが、彼の理想とする長の在り方だ。
★設定
・ドラウディロンの『始原の魔法』
黒龍の力を強引に落とし込んでいるだけあり、実は始原の魔法以上にでたらめ。
誰にも知られず、亜人蔓延る600年前のこの地で滅びた主無き城の残滓は、邪龍の炎で祓われた。
主無き城の残滓に、龍は何を想ったのか。きっと、愚者の城のように忌むことは無かっただろう。
・猟虫
操虫棍でお馴染みのあの子たち。東の森で逃げ惑っていたのを、エントマが確保した。
与えた蜜餌により能力が変動し、それに応じ成長後の姿も変わる、不思議な生物。当初はエントマのムシツカイ職の効果でのみ意思疎通が可能だったが、パンドラが偶然作成した、虫笛と一体化した長物武器のお陰で適切な指示が可能に。
現在、虫に抵抗のないメイドの一部が、エントマと共に猟虫の扱いを学んでいる。
・翔虫
ライズで初登場した、パワーだけなら蟷螂に次ぐだろうレベルでヤバい甲虫。
エントマが東の森で発見、確保した個体たちであり、防衛戦におけるエントマ生存の立役者。反面、戦いを経験したことでエントマの、より正確にはムシツカイ職の指示に慣れきってしまい、それを抜きにした指示等を覚えさせるのに手間取り、一時優先度を落とされている。
時間はかかるが、素直に次代の誕生を待つのが賢明だろう。
・ユクモシリーズ
トブの大森林奥地の樹木を加工し、生産した武具の総称。
ナザリックの者はF仕様を、販売用にはXXの極天・極地仕様を採用。
ナザリックで支給される物は、暗い紫色で彩色されている(彩色設定・紫)。
ナザリック用は汎用性、拡張性共に高く、強化手段、拡張手段が発見された場合の伸びしろも大きい。が、ほぼ全ての武器に等しく効果がある反面、それぞれの武器の使い勝手を劇的に変えるスキルは発動しない為、メイドたちが戦闘に慣れ、成果を上げるようになれば、何れ異なる装備に変わるものと思われる。
販売用のものの性能が落とされているのは、高性能な武具を供給して貰える、という油断を排除する為。ナザリックに依存していては、万一のことがあった際に一気に全体が崩れてしまうことを危惧し、敢えて控え目な性能で流通させて貰うことを選んだ。