《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
(評議国との調整は、このまま任せても大丈夫そうだな)
コキュートスが音頭を取る交渉の声に頷き、モモンガは観察をやめる。
「俺の見立ても、随分と甘かったんだな」
真っ直ぐ過ぎるきらいはあるが、その実直さが大いに受ける世界だ。
可不可のラインや、過度な依存に直結しかねないラインを間違えているようなら、後日再調整等が必要となってくる。が、そこは経験や知識も要求される為、万一の時は大人しく自分が責任を取ろう、と一人頷き、腰を上げる。部下にして我が子のような存在たちの成長の為と考えれば、それくらい安いものだろう。
(冰龍が戻ったらしいから、たぶん襲撃は一旦打ち止め。暫くは正常な国交になるな)
隔絶された北国が何を齎すか。この辺境諸国との交流がどのような意味を持つか、想像しても、そう意味は無い。想像していたところで、それを上回るモノを見せつけれくれるのだから、悪い意味ではなく、いい意味で予想するだけ無駄というものだ。特に、モモンガは評議国の細かな特色をそう知らない以上、尚更。
「問題は、グランセルの調査が難しいことか………ああ、けど、寒冷地は他にもあるよな」
グランセルで最も危険なのは、評議国寄りの北部域。南部域の調査についても、既に話題に挙げられているのだが、司銀龍という特大脅威に敵対されることを危惧した知恵者陣により、何度も白紙と化している。その気も判らなくはない、程度の判断であったのだが、先日の戦闘を目の当たりにすれば、否応なしにその判断を評価せざるを得ない。
(あの器用さと判断力………ほぼ物理限定とはいえ火力も範囲もあるとか、ヤバいにも程がある)
文字通り変幻自在の、流体金属の操作。空からの広範囲攻撃に、地面を液化させ潜航。更には、その攻撃の一つ一つがドラゴンの鱗を容易く貫き、その上で誰を残しておくと厄介かの損得勘定まで出来る程の知能を持つなど、泣きたくなるほどのスペックを兼ね備えている。強いて挙げるなら、物理寄りという弱点はあるのだが、完全耐性が無意味のこの世界では、大した慰めにもなりはしない。
手の内は図れた。が、どう対処するか?となると、ムリゲーと言わざるを得ないのが現状だ。
「寒冷地調査は、あちらの諸々が終わってからだな。となると、出来ることといえば」
本気装備を外し、戦士用装備へと交換。
戦士としての特訓の時間だ。幸いなことに、彼が率先してこなすべき業務もない。
「お、丁度いいところに」
私室を出た彼が最初に遭遇したのは、忙しなく動き回るメイドの集まり。
「あ、モモンガ様。どちらへ?」
「いや、実のところ決めていなくてな。お前たちは?」
「ローブルの調査に行こうかと」
「その調査だが、私が同行しても問題ないか?」
危険は百も承知。トブの大森林ですら、賢王の支配域を脱した時点で危険域に早変わりだ。
「つかぬことを伺いますが、どのような武器を用いるのでしょうか?」
「そちらに合わせるさ。今のところ、どれも練習段階だがね」
メイドたちとの協議の結果、タンクタイプの不在とのこともあり、銃槍を使うことを決定。
決定次第、メイドたちが事前に行う手続きを踏み、熔山帯へ。
「………いや、でっか?!」
そして、彼女たちが現地の仮拠点としている場所………拠点の外に出ると共に、そのスケールに唖然となる。魔法を習熟したメイドの手で内部に転移した段階では気付かなかったが、時には十数人規模で利用する仮拠点だけあり、それだけの人数が使えるよう、設備も相応に整っている。
では、それがどこに広がっているか?
「ここ、北部火山に近いので使い勝手がいいんですよね」
「え、いや、このサイズに違和感とか無かったのか?!」
「だって、死んだだけで半島がこうなったそうじゃないですか。常識で考えるだけ、無駄ですよ」
あまりのド正論であるが、冷静に考えて欲しい。
生前はどれ程の巨躯であったのか、それから逃れたローブルの民はどれ程恐怖したか。考えたくも無ければ、そんな怪物と遭遇しなかった幸運に、心の底から感謝させられる。剛種砦蟹
の数倍、どころでは済まない程の超巨大モンスターを相手取るなど、まず不可能であろう。生前の姿を知らないのは、幸福なのか、どうか。少なくとも、相手取る必要が無いのは、最高の幸福であろう。
「えっと、モモンガ様は」
「私の都合は考えなくていい。お前たちがやりたいことをやってくれ」
大分盲目的な忠誠が薄れている影響か、彼女たちはすんなり了承し、当初の目的を告げる。
「では、湾内の調査に行きますね。鉱物資源が重視されてましたが、あっちも気になるので」
「わかった。では、私が前に出るとしようか」
過酷な環境のお陰で、妄信することの危険性は広く伝わっている。その危機意識が、メイドたち自身に起きた変化を自覚することを防いでいた。シズほど劇的なものではなく、ゆったりとした変化であるお陰で、精神的な負荷も大してかからず、ごくごく自然に、モモンガが望む関係に近付きつつあるのだ。
「しかし、沿岸域か。何か特徴的なものでもあったのか?」
「海竜種モンスターが幾らかと、カニに近い見た目のモンスターが」
「カニ?」
「はい、カニです。法国発行のリストに無いので、恐らく新種かと思われます」
さらりと重大情報を告げながら、モモンガ含む六名は灼熱の溶岩地帯から、比較的穏やかな空気の流れるU字半島内側の湾へと向かう。肌を焼くような熱気は大分和らぎ、足場の感覚から、空気の湿気、視界を満たす色彩までもが変わっていく。その変わり様に驚くと共に、モモンガの中にあった、メイドたちがカニのようなモンスターを見た、というのも、信じられるような気がしてくる。
「クァアアアアアアアッ!!!!」
「グォアアアアアアアッ!!!!」
「ギュァオッ、ギュァォオッ!!!!」
そんな中、複数の咆哮が響いたことで、六名は即座に物影へ。
「あれは、確か」
「赤甲獣と毒狗竜、毒鳥竜ですね」
どれも、武具の流通に伴い、徐々に狩猟実績が上がっているモンスターだ。
赤甲獣は熔山帯の辺境部でのみ見られるモンスターであるが、毒狗竜は物理的な防御が困難な毒霧ブレスで、毒鳥竜は極めて高い生命力と、液状の毒ブレスで知られており、特に後者二体は帝国領のボウン沼地で見られることからも、比較的に知名度は高い。無論、悪い方向に。
特に『毒鳥竜』ドスイーオスは、生命力の強いイーオスの頭領だけあり、生命力の強さが尋常でなく、中型鳥竜全体で見ても討伐数が最下位だ。生息環境の都合、目撃例が少ないこともあるにせよ、帝国のオリハルコン級冒険者チームですら仕留め損ねる程なのだから、相当だ。
「どうします?」
「ウォーミングアップの相手としては、どうだ?」
「毒鳥竜以外は悪くないですね」
「ドスイーオス以外は比較的やりやすい相手です。ドスイーオスは少々しぶとすぎますが」
蛇蝎の如く忌避されているが、それだけしぶといのだ、毒鳥竜は。
「そこまでか」
「何度取り逃したことか………!」
「あと、単純に毒が面倒です。毒狗竜のと違って、地面に残留するだけなので余計に」
見えやすい毒霧より、地面に残る毒液の方が面倒、というのが総意のようだ。
「では、どうする?」
「………戦いましょう。見たところ、どの個体もまだマシな強さのようですし」
(そこまで判るのか………成長しているな、皆)
どう目を凝らしても、その強さをイマイチ理解できないモモンガだが、こればかりは場数が物を言う。特に、自ら過酷な環境に飛び込み、調査を行っているメイドたちからすれば、相手の甲殻等の状態から強さを見極めるのはほぼ必須スキル。それが出来るようになるまでは、常に逃げに徹することを厳命されるレベルだ。
そして、彼女たち五人が司令塔としている操虫棍使いは、それが可能な人物であった。
「では、先陣は私が」
棒高跳びの要領を用い、大きく跳躍したリーダー格が毒鳥竜へと飛び掛かり、その背に乗る。
「ギュァォッ!?」
「よ、っと!」
激しく暴れる毒鳥竜の体の動きに合わせ、全体重を乗せた蹴りを叩き込み大きく跳ぶと共に体勢を崩させ、赤甲獣にぶつける。まさかの所業にモモンガが唖然となる中、フリーの毒狗竜へと向け、軽弩を構えたメイドが数発の弾丸を撃ち込み、爆発。突然のことに怯んだ毒狗竜の頭へと、穿龍棍使いの鋭い乱打が叩き込まれ、大きく距離を離した毒鳥竜、赤甲獣の相手には剣斧持ちと双剣使いが向かっている。
(ああ、クソッ!)
完全に甘く見ていた、という他あるまい。
種族レベル1のみのNPC、という前提知識があるせいで、無意識に過小評価していたのだろう。
「グォゥ………ッ」
「援護するぞ!」
「あ、ちょ、モモンガ様!?」
盾を構え割り込むモモンガを、毒霧が襲い
「あ、あれっ?」
「それ、物理防御不可能です!」
「うぇえ!?」
より正確には、特殊なスキルが必須であるのだが、それを知る由もない。
幸いなのは、モモンガはアンデッドであるお陰で、毒が無効であることか。
(ヤバい、これ完全に足手纏いだ?!)
「なら、私はノーガードで突っ込める、なッ!」
毒霧をノーガードで突破し、力任せに重量級の武器を叩きつける。細身の体ながら、その重量で致命的損傷を追わない程に頑強な毒狗竜の肉体へと、全弾一斉発射によるフルバースト砲撃を叩き込む。その重い衝撃で相手に生じた僅かな硬直を生かし、再度銃槍を突き付けると共に、太い杭状の砲弾を撃ち込む。
(ラスト、いけるか………ッ)
「喰らえッ!」
放熱が必要になる銃槍の奥の手、竜撃砲を発射。地面を踏み締めても尚、大きく後退を余儀なくされる大反動と、武器への多大な負荷を代償とした、疑似的な飛竜のブレスは毒狗竜を吹き飛ばし、続く竜杭砲の爆発が更なる追撃。その体を地面に叩きつける。
(上手くいった!)
「お見事です!」
「私たちも、敗けてはいられませんね!」
目印となる印弾を毒鳥竜の頭に撃ち込み、猟虫を飛ばす。
「グランツビートル、お願い!」
(いや、名前格好いいな!)
飛翔した猟虫が毒鳥竜の頭へと激突し、そちらに意識が向いた間に、大斧による重い一撃を叩き込まれる。赤甲獣に対しては、双剣使いと猟虫無しの操虫棍使いの二人で対処している。適宜猟虫を呼び戻し、獲得、精製したエキスによる強化効果を受け、また休息させながらも、一人で実質二役をこなすなど、その活躍には目を見張る他ない。
伊達に、リーダー格という大役を任されていない、ということか。
(参ったなぁ、これ。嬉しくはあるけど、このまま俺がお荷物って事態は避けないと)
頼りになるのはいいのだが、仮にも支配者とされている以上、お荷物は避けたい。
実際のところ、マジックキャスターとしては未だ他の追従を許さぬ以上、無用な心配と言えるのだが。それを加味しても、もう少々皆の役に立ちたい、というのが本心なのだろう。戦士としても相応に動けるようになっている今、護身の意味でもある程度動けるようになりたい、というのは当然の感情か。
(まずは、ここで勝たないと、な)
放熱中であろうと、銃槍の砲撃機構自体は使える。砲弾、杭弾の装填を行、、モモンガの双眸が未だ健在の毒狗竜を捉える。怒りの吐息を零し、鋭く吼え立てた中型鳥竜は大きく天を仰ぎ、その喉から圧力の無い分、広く響く咆哮を轟かせる。
「グォオオオオオ―――――ッ!!!!!」
「仲間、呼ばれましたね」
「私が排除します。お二人は、ドスフロギィを」
穿龍棍を握り締めたメイドが疾駆する先から、小型のフロギィたちが現れる。
モモンガと軽弩使いが毒狗竜を睨んでいると、背後から予想外の声。
「そっち、行きますよ!」
「へ?」
「ちょ、本気ですかぁ!?」
振り返れば、背に取り付く彼女を振り落とそうと、我武者羅に暴れる赤甲獣が突っ込んでくる。
「うっそぉっ?!」
咄嗟にガードすれば、その重量を受け止めきれず弾かれる。が、それは背後の毒狗竜も同様で、その巨体との激突により大きく吹き飛び、更には岩壁と赤甲獣で挟まれる形で激突したことで、より甚大なダメージを負わされる。赤甲獣自身も見事に目を回しており、暫くは動けないだろう。
「よっし、成功!」
「相変わらず、とんでもないことやりますね………」
「結構コツいるから難しいのよ?」
「こ、コツとかあるんだ………」
その芸当に唖然となるモモンガだが、彼女たちが戦っていた側では
「あ、ちょ、逃げるな!」
「今そっち行く!」
「いや、こっちからやります!」
軽弩使いが徹甲榴弾を頭に撃ち込み、盛大な爆発を引き起こす。その衝撃で眩暈を起こした中型鳥竜がたたらを踏み、逃走の為の動きが止まる。その好機に変形した剣斧と、双剣の乱舞が叩き込まれるのを目の当たりにして、モモンガたちも背後で伸びているモンスターたちへと視線を移す。
「………やるか」
「そうですね」
動けない内に、一気に叩く。ゲームだろうと現実だろうと、そこは変わらないのだ。