《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
多くの発見が齎されても、多くの者は変わることなく、日々を生きる。
「………変わった、なぁ」
だが、その活動が変わらずとも、それによる視覚的な変化は劇的だ。
「先日は、火竜が討伐されたとか」
「耳に入っているさ」
これまでより格段に安全に、安定して、大型のモンスターに対処できるようになった。
また、加工技術も広まり始めたことで、モンスター素材を用いた武具を纏う冒険者が増え、視覚的にも華やかになってきた。まだ冒険者チーム複数がかりが一般的であるが、大型飛竜や大型獣竜の討伐報告も増えており、死傷者は反比例するように減少傾向に。現在では、より迅速な移動を可能とする為、大人数を長距離移動可能な転移マジックアイテムと、小型で高速の飛行船開発が推し進められているほどだ。
「メイドたちも順調に装備の更新を進めているそうだな。いい傾向じゃないか」
個々人の趣向、戦闘スタイルに合わせ、武器も様々なものが使われるようになった。
物理を重視する者から、属性を重視する者。サポートに徹することに主眼を置く者まで、個性が強く現れるようになったことを、モモンガは大層喜んだ。また、彼女たちの調査が実を結びつつあり、既にローブル熔山帯の中でも調査が進んでいる浅いエリア、並びにグランセル氷原の南端部の調査が可能となっている。
その過程で経た戦闘の数々による成果が、メイドたちの装備にも大いに反映されているのだ。
「『アインズ・ウール・ゴウン』に栄え在れ、なんてな」
この街の価値は、何時かは貿易の中継都市にまで落ちるだろう。
だが、それでいい。全ての国家が等しく力を持たなければ、先のような災禍に耐えられない。
(ここから外に踏み出す以上、戦力はあって困らない)
現在、エイヴァーシャー南、並びに帝国東方、大砂漠南方と、辺境から他方に通ずる領域の調査が行われている。加えるなら、これらにはそれぞれの国の精鋭も同行しており、船団も相応規模のものが組まれており、ナザリックの者からも多数参加している。日々の定時報告を書面化し、部下たちをフル活用して関係各所に通達するのが、モモンガたちが請け負っている仕事だ。
「こちら、昼の定時報告の書面化が完了しました」
「うむ。早速目を通そう」
持ち込まれた情報に目を通し、自分用のメモを並行して作成する。
(大砂漠周りは、かなり荒廃している、と………弩岩竜によるものか?)
その恐ろしさを実感しながら、続けて気になる情報に気付く。
「砂塵に紛れて、飛竜を襲っていた古龍らしき影?………冗談だろ?」
信じ難いことに、と前置きされているが、飛竜を仕留めた後、そのままその亡骸を咥えて飛び、南下していったという。また、その影を警戒し、船団は航行速度を大きく落とすとの報告も付け加えられている。それを除けば、一面の大砂漠が続くのみであるようで、特筆すべき情報は見られない。大砂漠外縁部に関しても、やはり砂漠であるからか、生息モンスターに大きな変化はないようだ。
続けて、エイヴァーシャー南部の調査記録に目を通せば、毒々しい霧に包まれた森を脱したとの報せ。古龍の支配域と推定される土地を脱したことに安堵しながら、その先に広がるという水源豊かな土地についての詳細に目を通す。といっても、まだ遭遇間もないとのことで、情報らしい情報はない。
最後に手に取ったのは、東方からの報告書。といっても、あの災禍の影響か、まだ荒廃したままであるようで、最も遠くまで進んでいるようだ。一部、不自然なクレーターや焦土の報告があった以外特筆するべき点は見受けられず、内容は最も薄いと言える。が、同時に最も警戒すべき地のものである以上、油断もしていられないのだが。
「うむ、問題ないな。このまま複製して、方々に提出しておいてくれ」
「畏まりました」
報告書を渡し、複製と各方面への提出を指示。こういった役割では、魔法面で大きく優れた彼らに白羽の矢が立つ。王国魔術師組合、帝国魔法省、竜王国魔導研究所等、高位階魔法への挑戦をしている機関は多いのだが、やはり現状では力不足。数年から数十年は彼らの役割となるだろうこの職務だが、最初に情報が入るという立場は悪くない。
事実、最大戦力に最初に重大情報が渡るというのは、スムーズな初動に繋がる。
(今のところ、異常は無しと………有難い限りだ)
異世界の遺物で、竜たちがかつて相対してきた者の頂を目の当たりにしたものの、この世界では当然その域に至っていない。万一古龍が現れれば、規模次第であるが辺境諸国の総力で以て対処に当たる必要が出てくる。そうでなくとも、手を広げる以上は、脅威を発見した場合に相応の対処が必要となる為、何もないに越したことは無いのだ。
(流石に、まだあの規模の大決戦を仕掛けられる余裕はない。そういう意味でも、精鋭を引っ張り出せば何とかなる範囲で済んで欲しいんだよな………古龍辺りは本気で勘弁だし、砦蟹級の超大型モンスターも辛いんだよなぁ)
「………気分転換でもしたいな」
そう零したところで、もうメイドたちが取り乱すことは無い。
「それでは、やはり?」
「ああ。部下たちのお陰で得た時間だ、自己研鑽に使うさ」
彼に割り当てられる業務量はそう多くなく、そうした空き時間は基本、自己研鑽に用いている。メイドたち程成長は実感できていないにせよ、戦績は相応のものを重ねており、戦士用の装備も既に作成済み。ついでに言えば、戦場では支配者の地位など意味を成さない、という意味でも、解放感があるのだろう。
そもそも、戦場で地位を持ち出すような人間は、高い地位に就くことが出来ない世界だが。
「それでは、本日の秘書官としてお供させていただきますが、よろしいですね?」
「丁度、頼もうと思っていたところさ」
少し時間を置いて、メイド数名と共に装備を変えたモモンガは、書置きを残し転移した。
―
「うへぇ………実際に見ると、話以上にヤバい雰囲気だね」
エイヴァーシャー大森林、南端。
空からの情報を踏まえ、実地調査に来た一行が抱いた感想が、それであった。
「これ、生きていんすね………気色悪ぃ」
「え、あれ、霧じゃないの?」
「生命の気配を感じるでありんす。ただの霧じゃないのは確かでありんしょう」
スキルを発動し、シャルティアはアンデッドモンスターを複数召喚。それらを突っ込ませれば、すぐに異常が発生。問題は、その異常が彼女の想定外のものであり、続けて起きた現象もまた、彼女の予想の埒外であったことか。
「なっ、はぁ!?」
「ちょっと、今度はなに!?」
「………
送り込んだ
当然、レベル100NPCである彼女は自身に対する支配にも、眷属に対する支配権の奪取にも完全な耐性を有しているが、制御できないと判断された次の動きが、完全に想定外。白とも黄色とも取れる、汚いとも悍ましいとも感じられる濃霧の中に踏み入ったアンデッドたちへと、その霧を形成するナニカが一斉に群がったのだ。
「は、はあ!?そんな大型のモンスターの気配なんて」
「霧でありんす。あの霧、生きているとは思っていんしたが、それどころじゃないでありんすね」
起きた現象自体は、微生物による有機物分解に近い。が、その速度が異常であり、魔法的保護を貫き、アンデッドを仕留める程。そして、彼女は察知出来ていないが、この濃霧は微生物と、更に龍と共生する微生物とは別に、菌類の胞子が消え去る前のアンデッドの肉体に根付いていた。先の捕食により得たエネルギーを受け取り、爆発的に繁殖した菌類は、力尽き制御の途切れたアンデッドの器を傀儡として、本能のままに活動を開始。
「ッ!」
胞子嚢を複数身に纏う、かつての眷属。濃霧を貫き強襲したそれを、シャルティアは即座に刺し貫く。その肉体が消失すれば、胞子嚢は最期の悪あがきとばかりに胞子を放出し、それを危険と察した彼女は、魔法により一気に焼き払う。
「ちょ、喰われたんじゃないの?!」
「いいから、下がってろ!」
「―――――ギュオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
その事態に最も強い危機感を抱き、行動を起こしたのは、他ならぬエイヴァーシャーの竜。
飛来した、ごく普通の『棘竜』エスピナスは、シャルティアを巻き込むことも厭わず大地を破砕して制動をかけ、致死の毒炎を解き放つ。アンデッドの肉体を炎が焼き払い、続けて飛散する胞子も焼くと同時に、その強力な毒素で僅かな残留も許さない。一瞬、シャルティアに憤りを宿す視線を突き刺すも、すぐ眼前の脅威への対処を優先した彼は、手あたり次第に毒炎を霧の奥に放ち、爆発、大炎上を引き起こす。
「な、嘘!?」
「正気でありんすか!?」
その炎は、何とエイヴァーシャーにも及び、火災を引き起こす。
行動原理はどこまでも単純で、住処たる大森林を守るため。その為に、比較的浅い領域の樹木で胞子が繁殖する危険を排除するべく、根こそぎ毒炎で焼き払うのだ。そのついでに、瘴気に包まれた『死の森』をも焼き払うのは、当然相手の勢力圏を削ぐ為。その大役が叶うのは、血の一滴まで猛毒の棘竜の、瘴気も胞子も受け付けぬ肉体あってこそであり、このエイヴァーシャーの主たる辿異種棘竜がどっしり構えているからこそ。
だが、死の森の主とて、やられてばかりで黙ってもいてくれない。
「ギュオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
「なんか来た?!」
「気持ち悪いでありんすねぇ!」
全身に胞子嚢を付着させた、体毛一つない真っ赤な皮膚の牙竜。
のちに『惨爪竜』オドガロンと名付けられるモンスターのゾンビが、胞子嚢と瘴気を纏うゾンビモンスターたちと共に濃霧より躍り出て、棘竜へと襲い掛かる。血流増加により強度の落ちている重殻に、六本の鋭爪による傷が刻まれるが、テリトリーを侵され激怒している棘竜は怯みもしない。
「ギュアアアアアアアッ!!!!!」
「グルォオオッ?!」
「ギシャアアアアアアッ!!!!!」
『痺賊竜』ドスギルオスとその配下のギルオスたちが続けて躍りかかるが、鋭利な秘棘を無数に持つ靭尾を叩きつけられ、首根っこに噛み付かれた惨爪竜を救出するどころか、ギルオスたちは一撃で行動不能なほどぐちゃぐちゃにされ、痺賊竜もまた、立つことすらままならない程に肉体を損壊。
アンデッド相手に毒は通じないが、炎はゾンビ系の弱点の一つ。それでいて、身体能力も十分に高い棘竜種を相手取るには、生前より知能も身体能力も低下している『屍套龍』配下のアンデッドモンスターたちはあまりに弱い。周囲が毒炎に包まれていなければ、瘴気と胞子を飛散させる爆弾代わりにもなったのだが………
「《
浅い傷を癒し、薄く纏わりついていた瘴気と胞子を浄化する魔法。
小さく鼻を鳴らした棘竜の顎が、惨爪竜の頭と体を泣き別れさせれば、続けて放たれる毒炎が、侵略者の一切を焼き尽くす。瘴気は飛散せず、胞子は毒と炎で死滅し、骸は骨も残さず灰燼と化し、灼熱が生む致死毒混じりの暴風に散らされる。既にシャルティア、アウラ共に空高くへと退避していたお陰で無傷で済んだが、巻き込まれていればアウラの命が危なかっただろう。
「要報告でありんすね。アベリオンとスレインには死活問題でありんしょう」
「うん。あの気持ち悪いモンスターと、あんたの眷属の件併せて、モモンガ様にも伝えないと」
幾らか職業構成が変わったとはいえ、依然モモンガは死霊術師系のビルドのまま。
緊急時の非常手段が、事実上封印されてしまう相手の存在を伝えることは、そのまま主の生死に直結する一大問題だ。現状、直接的に戦闘する可能性はあまりなく、また戦闘することになった場合、ほぼ相手のテリトリーで戦うことが確定する為、一見するとそう重要でないように思える。
が、彼女たちは、死を纏う屍套龍が如何なる力を有する存在なのか、死の森の主が如何に特異な存在であるかを知らない。その実力自体が辿異種たる棘竜に大きく劣る個体であること、その反面組織力で大きく差をつけていることも、当然知らない。そして、無知を理解しているからこそ、早急により知恵の回る者たちに伝え、推察なり調査なりをして貰おうと考えたのだ。
「気になるところは幾つかあるけど、今はこの情報を持ち帰るのが最優先でありんすね」
「………だね。あそこなんか気になるけど、藪をつついて化物を出したくないし」
空高くに浮かぶ二人の視線が向けられるのは、荒廃した湖畔の都市。今は亡きエルフ国の王都に鎮座する、朽ち果てた王城の空を舞う白銀と黄金に、強い警戒心を抱く。その麓に広がる廃都市は小型モンスターの住処となり果て、かつて死の湖となった三日月湖も、自然の浄化能力の凄まじさを示すかのように活気を取り戻している。
「あの空を飛んでるのは………金色の雌火竜と、銀色の火竜?」
「随分とおめでたい色でありんすねぇ………それで生き残ってる分、笑えんせんが」
「………本当に、ね」
強張ったその声を訝しめば、アウラの顔から随分と血の気が失せている。
(あの光、なに?青白く光って………絶対ヤバいわよね、あれ)
「………撤収しんす」
アウラの乗る魔獣を掴み、転移魔法でその場を去る。
空を見上げていた棘竜は、先の襲撃の元凶が去ったことを確認次第敵意を収め、毒炎を一度その全身に被る。その身に浴びた胞子、瘴気を毒と炎で除去した後、古龍に並ぶ力を有する飛竜は寝床を目指して飛び立つ。その行動はあまりに手慣れたものであり、先の諍いが日常的に起きていることを物語っていた。
★設定
・辺境三大危険地帯
ぼちぼち冒険者による実地調査が始まった。ナザリックのメイドたちが作成した地図をもとに調査が進んでいる一方、基本的に深部への立ち入りが禁じられている。深部域の調査は、オリハルコン級以上の者が厳しい手続きを経てのみ行うことが可能。
・調査船団
飛行船による、南方、東方、そして大砂漠方面の調査を目的とした船団。
冒険者、ワーカーが中心となっており、ナザリックからも一般メイドなどが参加。彼らの生存確認、並びに定期報告の中継が、モモンガの現在の職務となっている。
調査船団と名付けられてはいるが、地上に降り立っての調査は行っていない。
・『棘竜』エスピナス
エイヴァーシャーに生息する飛竜の一種。古龍に並ぶ実力を有する種。
辿異種個体以外にも複数存在しており、『死の森』を強く警戒している、抑止力となる者たち。毒で瘴気、胞子の繁殖を妨げ、炎でアンデッドを滅ぼし、他ならぬ自身は体内を巡る毒血により両者の悪影響を受けないという、まさに天敵とも呼べる種である。
ただし、『死の森』の主と戦えるのは、辿異種個体含めごく一部のみである。
・黄金の雌火竜、白銀の火竜
旧エルフ王国の王城跡に座す飛竜。
辿異種棘竜には及ばないが、この森でも上位に位置する存在。