《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
竜王国産の、高級な肉が積み上がり、竜たちの胃袋へと消えていく。
「やー、やはり肉というのは、ほんのり焼いたほうが美味でござるなぁ~」
「ギュァゥ?」
「ギュァォ」
「キュィィ?」
「お味方、あたししかいないみたいだけどね」
それに軽く火を通して味わうのが、森の賢王。生でムシャムシャいくのが、その側近たる二体のドスランポスと、アウラくらい一口で丸呑みに出来るであろう程に巨大な、湖の主。初めて見た時には、腰を抜かすほどに愕然としたが、今となっては一周回って慣れてしまい、特に怯えることもない。テイマーであるお陰か、ある程度の意思疎通ができるとわかってからは、余計にだ。
(………怯えても意味ない、ってのもあるけどさ)
その視線の先には、北方からの襲撃者たる『尾槌竜』………の、無残極まる亡骸。鼻先から尻尾まで、綺麗に縦真っ二つに両断された獣竜の骸を目の当たりにすれば、誰も逆らおうとは思うまい。飛竜を水底に引き摺り込んだ、とは聞いていたが、この巨躯と凶悪極まる攻撃能力を前にすれば、それどころではないとわかるだろう。
それを抜きにしても、森の賢王と側近のドスランポス二体を相手取る時点で、勝ち目は薄いが。
「しかし、アウラ殿はよろしいのでござるか?」
「いいのいいの。日頃お世話になってるお礼だしさ」
「某らこそ、世話になっているのでござるが」
「ま、まあまあ、いいからいいから」
(こっちがお世話になってることの方が多いんだし)
相手からすれば、外部の知識を得ることが出来、縄張りを放棄せざるを得ないような大災害へと対処してくれた大恩人なのだろうが、ナザリックが受けた恩義もまた計り知れない。森の情報を得、新たな知識を得、安全に使える土地を得て。その上、アウラが身に着けている護石の、革新的な作成手法まで確立するなど、最早ナザリック、ひいては人類圏に無くてはならない存在だ。
そしてアウラにとっては、集団指揮の参考となる存在でもある。
「それで、あいつはどうしようか?」
「キュァォォッ!」
「あ、食べるの?それじゃあ、放っておくわよ」
巨竜の骸は、水竜が食べるらしい。となれば、幾ら利用価値があろうと放置一択。あの亡骸一つと同等以上の量を用意する手間と費用を鑑みると、誰もが同じ判断を下したことだろう。意思疎通ができると言っても、相手を納得させることが出来るかは別であるし、戦力的にはアウラ単独どころか、彼女の従える魔獣全てを動員しても尚勝ち目がないレベルで隔絶しているのだ。敵対する理由がないし、あっても可能な限りしたくはない。
(ていうか、このモンスターがいなくなったら、洒落にならないだろうし)
湖の主、巨大な『水竜』ガノトトスは平然と肉を喰らい、飲み込み続ける。こんな竜の同種が、平然と生息していると考えると、この世界の水辺が一気に恐ろしくなる。事実、北方、西方の沿岸部では、漁村規模の集落は存在せず、都市部でも漁港前に厳重な防壁を兼ねた堤防と水門を構築している程。尚、そちらに関しても、現在多方からの知識、発想、技術の流入により、順次改修が進められているとか。
そんな水棲モンスター中でも、水竜の危険度は高めに見られている。その最大の理由が、地上においても如何なく発揮される高い身体能力と、物理防御不可の水ブレス。前者の要素が強く発揮されるタックルは、直撃は当然として、巻き込まれてもほぼ即死であり、後者に至ってはアダマンタイトの鎧は当然として、幾重にも重ねた城壁をも容易く両断する程。それでいて、麻酔性の毒素を牙や翼状の鰭に有し、挙句翼も背鰭も並の剣より遥かに鋭利であるなど、文字通りの全身危険物。
幸いなことに、アウラは水竜に関し、そこまで深くは知らないが。
「ところで、他にあなたたちのお仲間とかっていないの?」
それ故に、すぐ話題を切り替える。目的は、彼女なりに有事への備えが欲しいから、だろう。
「某の領域の外のお方々とは、あくまで同盟でござるからなぁ」
「キュアォ」
「あー、湖にもいないのね」
尚、トブの大森林に広く散らばった、かつて帝国より東方に根付いていたモンスターたちだが、ヌシ個体が中心となり一定の勢力圏を築き上げている。彼らに声をかけることが出来れば、その時点で一定の戦力を確保することが出来る。無論、賢王程確たる生存圏の確保が出来ている勢力は少なく、全てが全て馳せ参じることは無いだろうが、普通に十分だろう。
十分だろう、が、そこまで考えられていないのだろう。彼女自身、創造主に与えられた数多の魔獣を率いる存在であり、彼らも強くなれないかと、少しずつであるが、この農場にて自由に活動させるなど試している最中。不測の事態への備えとして、即座に協力を取り付けられる戦力が欲しいのだ。
「そもそも某、これまでこの領域を出たことがないでござる故。防衛戦、特に領域内での指揮には自身がござるが、攻勢の心得はさっぱりでござるからなぁ………うむむ、一度学ぶべきでござろうか」
「あ、それなんだけど!」
アウラが取り出したのは、ナザリックから拝借した書物の数々。著者、ぷにっと萌え。
「翻訳用のアイテムと一緒に、モモンガ様に借りたの。これなら―――」
「ストップでござる、アウラ殿。ここ水辺でござる故、一旦仕舞っておくべきかと」
興奮気味だったダークエルフの少女が凍り付き、耳まで真っ赤にして俯く中、賢王は側近二体と水竜に軽く会釈し、アウラを連れて森の方へと移動。その際、尻尾を器用に使い書物が濡れぬよう回収するのも忘れず、牧場の片隅に落ち着く。
そうすると、アウラに懐いているモンスターの幼体たちが駆け寄ってくる。他で仕事中のメイドたちが温かい笑みを浮かべ見守る中、それなりの頻度で餌付け等をされていた竜たちは可愛らしくじゃれつき、ダークエルフの少女の気を紛らせる。野生に帰れるのか、と賢王が一瞬懸念を浮かべるも、彼女ならうまくやるだろうと、信頼とも丸投げとも取れる結論を出す。
「子供とは本来、ああいうものなのでござろうか?」
「ちょっと!誰が子供よ!」
「はっはっは。某からすれば、アウラ殿もモモンガ殿も子供でござるよ」
200年生きた存在からすれば、己の半分も生きていない者など子供同然。かつてのアウラであれば怒り狂っていただろうが、すっかり丸くなったナザリックの者たちの例に漏れず、事実として噛み締め、うぐぐと唸る。実際、齢を理由に侮る訳でもなく、単なる事実であるし、エルフ系の年齢からしても彼女は十分子供である。
「街じゃ他のエルフとかも『その歳で立派ねぇ』みたいな扱いしてくるしさー!」
「実際、立派でござるよ。あの戦場で即興とはいえ狂っていない竜たちを束ねて、狂った竜の群れと渡り合った功績は、言葉で語るなど不可能でござる。あれが無ければ、被害はもっと凄惨なことになってた筈でござるよ」
狂ったモンスターはリミッターが外れ、寿命を縮める分、全能力が飛躍的に向上していた。更に危険な、極限状態と化した竜たちは言わずもがな、規格外の防御能力も加わる為、更に危険なのだ。幸いなことに、アウラがヌシをも味方に引き入れたことで、ヌシ複数で極限化一体を仕留めるという戦法を取れた他、戦力の釣り合いを大きく改善することが出来た。
誰か一人でも欠けていれば、その時点で成功は有り得なかったのが、あの戦いなのだ。
「少なくとも、某には叶わぬ真似にござった。間違いなく、貴殿は立派にござるよ」
それに加え、安住の地を失ったモンスターたちの誘導。あのままでは、最悪この辺境を放浪する羽目になっていただろう竜たちをトブに招き、混乱を最小限に抑えたことも大きな功績だ。基本は賢王の独断であるが、気付き次第アウラも積極的に仲介役として動き、結果として、人類圏への悪影響を大きく抑えることに成功していたのだ。
その縁により、彼女は最大で、ナザリックと同等以上の戦力を動かせる。龍の力の影響を受けたヌシたるモンスターたちの咆哮が、群れそのものを鼓舞し、ただでさえ強力なモンスターたちを更に強大に変える。それだけでなく、古龍に並ぶほどに高まった力を持つ存在ともなったヌシが、場合によっては複数馳せ参じるのだ。
しかし、それだけの力を抱えても尚、彼女にはいくつかの懸念があった。
「………けどあたし、あんたほど頭よくないし」
その一つが、用兵技術。デミウルゴスや賢王に、明確に劣ってしまう部分だ。
「それでは、某と共に学んでいこうではござらぬか」
そんな弱音にしっかりと向き合うのは、かつて弱者であり、生存のため必死に頭を使い、数多の策を練り上げた知恵者。隔絶されていたこれまでと異なり、新たな刺激が入ってきたことで、その頭脳はかつての貪欲さを取り戻していた。その上で共に学べる者がいるとなれば、自身と異なる知見を得る意味でも、誘わない手はない。
「判らぬところがござるようなら、某なりに噛み砕いて伝える故」
「そ、そう?それじゃあ、お願い」
牧場の片隅で、勉強会が始まった。
*
『フォレストストーカー』であったから、彼は接近する存在を感知できた。
(―――――ッ!)
振り返る―――姿はないが、その直感が叫ぶ。
「船まで逃げろ!」
何かがいる―――――上ではなく、下に。
「クソが!」
空なら手の出しようもあるが、地中ではどうにもならない。
(正体はなんだ?この地中を進めるモンスターは、一体?!)
ふと背後へと振り返ったイグヴァルジは、地中から顔をのぞかせた竜を視認した。
「蛇………っ」
そして、それが飛び出す瞬間も。
「海竜か!」
細長い体躯と、二対の足。そこに並ぶヒレと粘液で覆われた体表が、その正体を導き出した。
「グギュォオオオオオオッ!!!!!!」
「なッ、あぶねぇッ!」
ソレの口から赤い何かが見えた瞬間、己の直感に従ったイグヴァルジは近くの仲間を巻き込む形で地面を転がり、木々をなぎ倒す一撃を回避。その恐ろしさに冷や汗を零し、改めて異形の襲撃者を真正面から睨む。先の一撃を回避したことで、足で逃げ切るのは不可能となったからだ。
「ご助力します」
「助かるな………つっても、倒せるとは考えちゃいないがね」
ミスリル級とはいえ、冒険者の中では上位に位置する存在だけあり、彼の分析は正しい。ここで重要なのは、倒すことではなく相手を退かせる、或いは他の地上調査チームが異変を察知することに期待するか、強引に逃げ切る為の隙を作ること。命は惜しくないが、ここで死んでしまい、この謎のモンスターを伝えることが叶わないことが、最も恐ろしい。
「ケッ、気味悪ぃ姿しやがって………!」
青白い、斑模様の鱗と皮に包まれ、刺々しい鰭を持つ竜。中でも一際特徴的なのは、鋭利な牙を持つ口元から、尻尾の半ばまで続く縫い目のように閉じたナニカ。どこから来たのか、そもそも何故地中で長時間活動できたのか、等々の疑問が浮かぶ中、再びその口が開き、赤く異様な形をした舌が露わになり―――――
「ッ、ギュグォッ!?」
しかし、異世界において『喰血竜』と呼ばれた海竜は、何かを察知し、即座に地中に消えた。
その気配の移動方向を追ったイグヴァルジが反対に意識を集中するが、何の気配もない。だが、明らかにこちらより格上であった竜が即座に逃げを選んだことから、異常が起きていることは事実だろう。南の空を睨み、嫌な予感を覚えた彼は急ぎ撤収するべく、構えていた武器を収める。
「すまねぇが、《
「今、やっています。イグヴァルジさんには申し訳ありませんが、引き続き警戒をお願いします」
「わかってるさ。森の中限定ではあるが、索敵にゃあ自信があるんでな」
急いで船まで戻る彼らの、索敵範囲から更に離れた空の上。
「ヒュォオオオオオオオオオオオ―――――」
小高い山を隔てていたのは、救いか災いか。
浮かぶ山岳が如く苔むしたナニカが、恐るべき力で地表に生い茂った草木を吸い上げ、その大口で飲み込んでいた。口を閉ざす度、その口に生え揃った歯が音を響かせ、再び開けば土砂も植物も水も、そこに生きる全ての命を丸ごと吸引し、遥か高空まで巻き上げ、餌食としているのだ。
幸いなのは、『浮岳龍』ヤマツカミの進路が西方………辺境には向かっていないことか。
そして不幸なのは、二つの遭遇により、この先を知る機会が後回しになってしまったこと。
「―――――運がいいのか、悪いのか。どちらにせよ、大きな問題はあるのだが」
東方の地に座す竜王は、連絡手段の
「『煉黒の災痕』だけならまだしも………そろそろ、移動して貰いたいのだがな」
かつて、巨大龍の移動により沈んだ、大陸の一部。
高かった山の幾つかが辛うじて顔を出すだけのそこには、傷を負った竜が眠っている。
「私の監視か?………それならば、十分間に合っているのだが」
深い、深い傷を負った、『至天』に座す竜。西方三大危険地帯の主たちに加え、『至天』の座に至りつつある滅尽龍と激突したことで、その全能力を解放せざるを得ない程の深手を負った『刻竜』。その寝床には、彼女の外殻を貫いた金剛棘が無数に散らばっている。
その存在により、余計自由に動けない現状を嘆き、真なる竜王は空を見上げた。