《竜》の満ちる世界   作:UNKNOWNと戦いたい

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AFT.15―最も古き伝承

 空路を征く船団は、かつての決戦地より更に東方の森の上空に在った。

 

「………あれが、報告にあったクレーター………隕石が落ちた、とは違うな」

 

 カッツェ平野を超える、どころでは済まない、超大規模なクレーター。

 点在していた焦土や、小規模なソレと根本的に異なり、そこだけ綺麗に抉られたか、消し飛んだかのように、凶禍の痕跡を示している。それが、特大のもの一つと、その内側にやや小さくなったものが無数にと、何が起こったかの想像が出来ない。精々、極大規模の戦闘があり、その余波である、というくらいか。

 

「パンドラさん、あのクレーター、使えませんか?」

「駄目ですね。ここでは、まだ少々近すぎます」

 

 マーレの提案を、しっかりとした理由で却下するのは、同行したパンドラ。

 

「駄目、ですか」

「ですが、発想は悪くありませんでしたよ」

「ああ。マーレの魔法なら、似た地形を作ること自体は容易なんだ。次があれば、お前の力を存分に振るい、その発想を役立てるといい。いや、次でなくとも、今回の調査でいい立地が見つからなければ、そうして貰うことになるかもしれんな」

 

 モモンガの言う通り、そういった事態も想定されているのが、今回の船団のメンバーだ。

 各国が選んだ精鋭の兵と文官に、募った優秀な冒険者により、迅速な土地の発見、確保と護衛を行い、最低限の基盤の建設を目指す。一度基盤を確保できれば、あとは比較的簡単だ。基盤であろうと、拠点が確保できれば防衛もやりやすくなり、緊急時には転移魔法で飛んでいける。

 

(………あれを起こした存在って、もしかしてあの戦いのときに………)

 

 ありもしない胃が、心臓がキュッと引き締まるような錯覚を覚える中、可能な限りいやな想像を思考の外に追いやり、深い深い森を俯瞰。風神龍、雷神龍の行軍による被害が未だ残る一方で、木々とは別に、草花は抉られた大地に芽吹き、生命の力強さを端的に示している。それでいて、未だモンスターの影も形もないことが、先の災禍の凄惨さを際立たせる。

 

 だからこそ、最初の中継拠点建設の目的地として、選ばれた訳だが。

 

「うっわ~、ホントになんもいない」

「探るまでもなく、モンスターの気配すら感じないというのは、中々に恐ろしいな」

 

 漆黒聖典『疾風走破』が零す隣で、種族柄生命力の知覚に優れるイビルアイが軽く体を震わす。

 どちらも、先の災禍の内、古龍から逃げ惑う狂竜の大群と相対した経験を持つ者たちだ。

 

「他方から流入していないのが不思議なんだが………やはり、東方には詳しくないか?」

「生憎、な………だが、可能性ならある」

 

 吸血鬼の赤い瞳が向けられたのは、先程通り過ぎた巨大クレーター。

 

「あれ程の規模はないが、似たものを知っている。というより、200年前に見た」

「………冗談だろう?」

「『刻竜』………雌火竜とは似て非なる未知の怪物として、リーダーはアンノウンと評していた」

 

 曰く、姿形は漆黒に紅の爪を持つ雌火竜である。

 曰く、吐き出す炎は漆黒で、時にそれを束ねた蒼紅の熱線を放つという。

 曰く、凶悪無比なる強酸をガスとして放ち、魔神の一体が一瞬で絶命したという。

 曰く、傷を負えば負うほどに禍々しく変貌し、集った英雄たちが手も足も出なくなったという。

 

 そして―――ツアーの渾身の一撃を受けても尚健在で、その目を紅蓮に染め、東に逃げた、と。

 

「ツアーがギリギリで防いだ一撃の余波が、丁度アレに似たクレーターを作っていたな」

「………防げた、のか」

「鎧の力をほぼ使い果たして、人型を維持することすら難しくなる程に消耗していたがな」

 

 最後には、彼女たちがリーダーとした者が命懸けで一瞬動きを止め、そこにツアーが渾身の一撃を叩き込んだのだという。それでも尚、仕留めることは叶わなかった、らしい一方で、その一撃で怒り狂うでもなく、漆黒の竜は飛び去ったという。不可解ではあったが、お陰で彼女たちは助かったのだと。

 

 数多の魔神を滅ぼし、その余波で一つの国が別たれる程の傷跡を刻み付けた、漆黒の竜。

 

「………それで刻竜、刻み込む竜か」

 

 素晴らしい命名である、と現実逃避気味に思考する一方、疾風走破は特に気にした様子が無い。

 

「大丈夫ですよ。いざってときは、あたしたちが命懸けで時間を稼ぎますから」

「気安く言うがな………」

「死にたいわけじゃありませんけど、優先順位くらいは弁えてますから」

 

 先の戦いの中、その名に違わぬ疾風の如き勇猛な攻勢を続け、一度死を迎えた女戦士の言葉には重みがあった。幸い、ペストーニャのお陰で蘇生は叶ったが、蘇生出来るだけの死体が残されていた者が少数であったことも含め、間違いなく幸運ではあるのだろう。一方で、それで死に怯えるようなものならば、とっくの昔に戦士を辞めているのが、この世界の住民なのだが。

 

「そう、か。では、そうならないよう、気を張っておかねばな」

「あはは、それは有難いかもです。兄貴の魔獣だと、流石に高位階魔法には及びませんから」

 

 背後で項垂れる兄らしい青年がいるが、それも止む無し。

 制限なく召喚可能な魔獣であるが、彼らと視界共有をするにしても、距離の制限がある。加えるなら、彼らはユグドラシル基準でも弱いと言わざるを得ないレベルである為、飛竜等に発見されれば一瞬で殺されて終わる。が、それすらも利用したのが『一人師団』の名を受け継いだ青年で、戦闘には致命的に向かない一方、調査、或いは攪乱には滅法向いている。

 

 では、なぜ項垂れているのか………低レベル魔獣の索敵能力の限界故、である。

 

(………流石に、ウチから装備を渡すのは………いや、そもそも)

 

 無尽蔵に呼び出す、なんて芸当が可能であるのは、精々中堅以下の魔獣くらい。その程度の強さでは、偶然発見した『采配』スキルによる強化も焼け石に水。今思えば、陽光聖典はよく第三位階程度の弱モンスターを使役して、あそこまでやってこれたな、と感心するレベルだ。

 

 召喚系は、最高位の召喚モンスター辺りでなければ役に立つまい。

 

「大変だなぁ」

「調査だとか、敵の居場所の割り出しではすっごい優秀なんですけどねー」

 

 さらりと称賛する一方、本当にさらりとである為か、落ち込んでいる兄は気付いた様子が無い。

 

 そうして穏やかな空気が流れるのは、下が平和である証拠。襲撃があろうと、確実に察知できるだろう、静けさの中だからこその平穏である一方、誰一人として本当の意味で気を抜いていないことが、これまでの積み重ね、歴戦の風格を感じさせる。それは文官一人に至るまで同様であり、油断とは縁遠いことを示す。

 雑談に興じる者たちの纏う空気は、特段ピリピリしている訳ではないのだ。訳ではないのだが、PVP(ゲーム)で培った程度の対人戦闘経験しかないモモンガでさえ、その状態の誰もが隙だらけという訳ではなく、いざ攻撃すれば最後、即座に最適解の反撃を叩き込まれるだろうと理解できる程、隙が無い。隙だらけなのに隙が無いと、意味が判らないだろうが、本当にそのような空気なのだ。

 

(文官系はまた微妙に違うけど………そこは経験の差か)

「しかし、こうも静かでは、少々味気ないな」

「では、私から少々」

「リーダー、ステイ」

 

 小鳥の囀りも聞こえず、飛行船が発する音と雑談の声、高空を吹く風の音しか、音が無い。

 そこで名乗りを上げ、即座に制止されたのは、帝国のアダマンタイト級『銀糸鳥』リーダーの、フレイヴァルツ。吟遊詩人(バード)として仲間を鼓舞しながらも、戦士として立ちまわることが可能な実力者である一方、どうやらセンスはイマイチ扱いのようだ。

 

「じゃあ、ちょっとした昔話をしましょう」

 

 くすくすと静かに笑った番外席次に注目が集まれば、彼女はかつて六大神が成した偉業、法国の都市配置にまつわる、ちょっとした昔話。だがそれは、非常に聞き応えのあると同時に、多くの驚きを生み、自然と甲板上にいる全員の興味を奪った。

 

 それは、六大神の降臨間もない頃。食人を是とする亜人を主とした存在に脅かされていた人類を庇護していた彼らが遭遇した、大陸南方から来襲した巨大龍。動く霊峰とでも呼ぶべきそれがただ歩むだけでも、脆弱であった人間たちは疎か、亜人にとっても脅威となり、揃って逃げ惑うこととなった。

 そんな中で、六大神の一柱が彼の龍に敵意、害意が無いことを察知し、上手くヒトのいない地に導けないか、と提案したのだという。六大神が総力を尽くしても尚、到底倒せぬ程に強靭な龍を、彼らは当時ヒトのいなかったアゼルリシア方面へと導き………眠りに就かせた、という。

 

「………その巨大龍が、老山龍だったのか」

「ええ。あの龍が滅ぼされても尚、伝承は残り続けたわ。最高神官長が言うには、神々が彼の龍を導いた道筋には、決して都市を配さないよう、昔から続いているそうよ。その大通りも、念入りに整備されているから、法国内の人員や物資の輸送が円滑に進むの」

 

 穏やかに笑う一方、気になる点が一つ。

 

「滅ぼされた、というのは?………まさかとは思うが」

「………ええ。最後の六大神、闇の神スルシャーナ様を滅ぼした、八欲王の手によるものよ」

 

 ここでも、その名が出る、この世界の変化の元凶。尤も忌み嫌われる、強欲と大罪の象徴。

 

「制止したスルシャーナ様を滅ぼして、八欲王は欲望のままに、老山龍を手にかけた」

 

 そう口にした彼女は、しかし少しばかりの嘲笑を浮かべる。

 

「けど、国に伝わる伝承によれば、彼らは半月近くかけて、漸くかの龍に勝てたとか」

「半月………八人がかりで、半月………」

「それも、尻尾に巻き込まれたり、踏み潰されたり、倒れた体に潰されたりして、散々死んでいたそうね。当時から生きてるツアーが言うには、『明確な敵意を以て八欲王を殺そうとしていた老山龍の方が恐ろしかった』らしいわ」

 

 想像する。砦蟹級、或いはそれ以上の巨体が、殺意を込めて暴れる様を………

 

「うん、私なら逃げますね。それはもう、全力で」

「誰でも逃げるだろ。寧ろ、逃げなかった八欲王は馬鹿なのか?」

「馬鹿だから、歴史に名前が残ってるんじゃないんですか?」

 

 マーレのド直球の言葉に、誰もが『確かに』と頷く。

 

「しかし、それでも半月で滅ぼされたのか」

「その頃には八欲王もくたくたで、ツアーは疎か、スルシャーナ様の武具も忘れて帰ったそうよ。それから暫く、国に引きこもって好き放題やってた矢先に………黒龍が現れて、全てを灰塵と化したそうよ」

 

 最も長い歴史を持ち、変化を知るが故に多くを伝え続けてきた、スレインだからこそ残っている情報であった。ツアー個人も記憶には残っているだろうが、伝承を書き記し、残すことが出来たのは、ヒトだからこそ。黒龍の顕現を切欠とした変化を直に体感し、激動の中を神無しで生き抜いたからこそ、今の神を敬い、しかし妄信することなく、ヒトの手でヒトの未来を形作らんとする、崇高なる国となったのだ。

 

「………ふむ、これはいい詩になりそうな予感………始まりをどうするか、ですね」

「貪欲だな。いや、その貪欲さがあるからこそ、か」

「お褒め頂き、有り難い限りです」

 

 陸の女王の上鱗、堅殻をふんだんに用いた鎧を纏う青年の腰には、同じ素材を用いた細剣。それに加えて、帝国で実験の最中である護石の中から選んだ『演奏』スキルによる演奏バフの強化、『広域化』による効果範囲拡大と、自力で考え、編み出したガチ寄りの装備構成。武器も、殺傷力の低さを補う毒属性を宿すなど、貪欲に強さを求めていることを雄弁に語っている。

 

 『蒼の薔薇』に属するような逸脱者も、『朱の雫』が有するような強大な武器も持たないながら、アダマンタイト級として格落ち扱いされることなくやってこれたのは、慎重ながらも他二チーム以上に貪欲に、自らのスキルアップのチャンスを掴み続けてきたからこそ、だ。

 

「んんー、ですがやはり悩みますね………その昔話は、スレインで販売しているのですか?」

「いいえ。従属神の暴走以前はあったそうだけど、あれを機に中止されたそうよ」

 

 一時期、神への不信が強まった時期があったのは、当然のこと。

 彼らより受け継いだ武具を持つ漆黒聖典は兎に角として、他国の者では武具の質の差が大きすぎて、甚大な被害が出るところもあった。復興支援に出向いた者ほどその傾向が強くなりやすく、それ故に当時の神官長たちは、六大神の功績が疑問視、或いは否定されることを恐れたのだ。

 

 信仰が消えることではなく。救世主であった者たちが、悪と誹られることを。

 

「成程な。あれが原因となれば、私が知らないのも無理はないか」

「少し心配性が過ぎる、って思わなくも無いけどね」

 

 軽く肩を竦めた番外席次だが、モモンガには当時の神官長の判断が理解できた。

 

 そして、一人空を見上げ、胸中で呟くのだ。

 

(………そうだよな。恩人が悪く言われるのは、絶対に嫌だもんな)

 

 仲間たちは、いない。だからといって、気を抜くつもりは毛頭ない。

 死を迎えた後、彼らとあの世で会えた時に、胸を張って顔を合わせる為にも。






・『刻竜』

滅尽龍を筆頭とする古龍たちが全力で殴りに行った相手。至天の怪物。
完全覚醒状態では滅尽龍より格上である一方、それ以前では普通に殴り敗けてしまう為、もう一体の『至天』と比べると相性は悪い。一方、完全覚醒状態でなくとも、辺境危険地帯の主たちでは及ばぬ程の力を有している。

今回の来襲時、初手で胴体をぶち抜かれた結果、即完全覚醒を果たし、滅尽龍と激闘を繰り広げていた。辺境の主格である古龍たちは、覚醒の余波に巻き込まれたことで深い傷を負い、現在各地の奥で静養中。当の刻竜、滅尽龍共に致命傷を負い、大人しく矛を収めた。

二百年前の来襲時には、各地で魔神を滅ぼし回り、余波で人類圏に深刻な爪跡を残した。この時、集った英雄たちは一度変化を引き起こした途端に圧倒され、最後は『リーダー』決死の足止めと、その覚悟を受けたツアーの最強の一撃を受け、次なる変化を遂げると共に退散した。

・老山龍

600年前に今のスレインが初めて記録した、異世界のモンスター。
500年前、現リ・エスティーゼ王国北部で八欲王に攻撃されたことで覚醒し、半月に渡る戦闘の末、討伐された。この戦いで何度も死を繰り返したことで精神的に疲弊した彼らは、価値の高そうな素材をアイテムボックスの限界まで詰めるだけ詰めて帰り、スルシャーナの武具は結果として助かった。

そして、巨大龍の絶命により………
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