〈七〉
日中。アルマル宅横の草原。風がそよぐ中、
アイデン「はじめ!!」
アイデンが腕を振り下ろす。
スタートダッシュを決めるエクス。アルスに一直線に向っていく。その額には二重丸が描かれた
アルス「ポアルカ!」
その宣言により、アルスの持っている本が展開される。魔法発動に伴って、鮮やかな光の粒が一瞬舞い、アルスの前方の地面から土が浮遊する。そしてそれらは密集し合い、次々と土の玉が空中で形成されていく。
エクスは警戒してブレーキをかける。
アルス「くらええ!」
エクスは後退しつつ、それらを跳んでかわし続ける。
その横で密かに、地面から小振りの土砲台が作られていることも知らずに。
エクス「ヘイヘーイ!そんなんじゃ当たりませんよ師匠!」
アルス「コノヤロー!」
完成する土砲台。土玉が発射される。
土玉が的めがけて、エクスの横っ面に迫っていく。
エクス「!?」
直撃する――的を守ったエクスの腕に。
体勢が崩れるも受け身をとるエクス。
エクス「っぶねえ!!」
アルス「きぃーー!当たれよー!!」
引き続きエクスの正面から土玉を放射していくアルス。
エクス「うわっ!ちょちょちょっ!」
今度はかわしながらも、アルスとの距離を詰めていくエクス。しかし、突如地面から突出した土の壁が、エクスの行く手に立ちふさがる。
エクス「うおお!?」
倒れ込んでくる
それらが倒れてくる中を…そしてやがては、それらが倒れてくる前に、土壁達の間を縫って進んでいくエクス。アルスまであと一歩のところ、今度は足元から直接突出した土壁に乗せられ、エクスはそのまま上へと追いやられる。
その衝撃でエクスは体幹を崩し、土壁の上で手をつく。
エクス「!」
土壁から湧いた
ちぎり取るエクス。今度は足にも絡みついてくる。
エクスはそれも振り払って、別の壁の上に飛び移るが、蔓はそこからも湧き出す。
確実にエクスの身動きを封じてくる蔓に抵抗が間に合わない。焦りを浮かべるエクスは、ふと見下ろす。
すぐ下の方で、こちらを見上げているアルス。その後ろには設置された的が。
エクスはとっさに足に絡んだ蔓を引きちぎる。
踏み込む。ふくらはぎの筋肉が引き締まる。
アルス「あ!」
エクス「ぉおらああ!!」
蔓を破って、土壁の上から飛び上がるエクス。
アルスの方へ飛び込んでくる。
本で頭を庇い、目を固くつむるアルス。
エクスはアルスを飛び越え、その背後に着地する。
アルス「!」
エクス「よっっ」
そして、その目と鼻の先には的が。
エクス「っしゃあああ!!」
エクスは的に向って拳を放つ。
アルスはその動きを視界に捉えている。光の粒が
水音。きょとんとするエクス。
エクスの拳は、浮遊する水の玉に受け止められ、的に届いていない。
エクス「…え?」
水の玉はそのまま拳を取り込む。
エクス「お!?」
新たな玉が発生し、エクスの両手両足を取り込んで拘束する。
エクス「おおお!?」
そのまま水の玉達に空中へと引っ張り上げられ、アルスの目の前に宙ぶらりんで晒されるエクス。
アルスは悪い顔をし、本を持った手を振りかぶる。
エクス「え!?ちょ!師匠!」
アルス「どぉりゃあー!!」
エクス「ぉうえええええ!!」
ゴンッ!っと痛快な音に、草原のどこかで野ウサギがびっくり飛び跳ねる。
アイデン「そこまで!」
アルス「ぃやったあー!」
ご満悦のアルス。
エクス「ち、ちく…しょう…」
顔に一本、本の背の痕が、的からもはみ出てついているエクス。
アルス「ぼっくのかちー!ぼっくのかちー!ふぅぅうう!!」
アルスは、宙ぶらりんのままのエクスの周りを飛び跳ねる。
エクス「降ろせー!降ろせえー!」
アルス「うぇ~~い!」
アイデン(はじまった…)
額を押さえるアイデン。
アルスは逆さのエクスを覗き込む。
アルス「ねーえぇ?勝ったと思ったあ??ねえねえねええ???」
エクス「ちくしょー!絶対許さねえ!!」
アルス「えび先輩、よっしゃーだって!よっしゃー!はずかしーねえ!ぷぷぷ!」
エクス「くそがあ!覚えとけよ師匠!」
アルス「負け犬の遠吠えがよく響いてんねえええ!?」
アイデン(どこでそんな煽り文句を…)
傍らであきれ果てるアイデン。
アイデン「こらぁ!口が悪い!みっともないからやめなさい!」
〈八〉
アイデンの前に並んで座るエクスとアルス。
アイデン「まずはアルス」
アルス「あい!」
アイデン「各属性、発現までの速度が上がったね。修行の成果がよく出ている。特に『水』は操作も含めて見事だった。アルスの得意分野かもしれないね」
得意げなアルス。
アイデン「戦術面も工夫があって悪くはなかった。ただ、今のエビオの身体能力には遅れをとっていた印象だ。ふむ、次からは複合魔法の習得を目指そうか」
エクス「おー」
アルス「え?知ってんの?」
エクス「いや全然」
ガクッとなるアルス。
アイデン「ハハッ、複合魔法というのは、二種類以上の属性を組み合わせて発現させる魔法のことを言う。単純に今よりも属性の理解と魔法の練度が必要になってくるけど、アルスならできる」
アルス「あい!」
まっすぐ手を挙げ、快活な返事。
アイデン「うん。ああそれと…」
アイデンはアルスにジト目を向ける。
アイデン「くれぐれも本は大切に扱うこと…」
アルス「あ、あい…」
小さくなるアルス。「フッ」と一笑するエクスをにらみつける。
アイデン「次にエビオ」
エクス「はい!」
アイデン「率直に言って、動きに無駄が多い」
エクス「うっ…」
一笑するアルス。
アイデン「今の試合、君は十分勝てたぞ。冷静さを欠き、力任せ勢い任せに戦ったのが敗因だ」
小さくなるエクス。
アイデン「確かに君は以前とは違う。しかし、どのような瞬間においても、己の
エクス「はい!先生!」
アイデン「うむ。よし、今日はこんなところかな」
アイデンは寸胴丸太に立てかけた杖を手に取る。
女の子「アルスちゃーん!」
村側の方の丘下から、六、七人、女の子達が手を振ってやってくる。
手を振り返すアルス。
〈九〉
アルマル宅一階。ベッド前。
杖をつくアイデンを支え、ベッド前へと案内するエクス、アルス、女の子達。
幼女がベッドに飛び乗り、掛け布団をめくって待機する。エクスに杖を渡し、ベッド上に、足をのばして座るアイデン。幼女が掛け布団をアイデンの足に掛ける。
ベッドから降りる幼女。アイデンはみんなに、
アイデン「どうもありがとう」
そしてアルスの方を向き、
アイデン「じゃあ、いってらっしゃい」
アルス「うん!」
アイデンに抱きつき、顔をうずめるアルス。その頭に手を添えるアイデン。
アイデン「みんなも、娘をよろしく頼むよ」
女の子達「はーい!」
アルスはアイデンから離れ、本を抱えて女の子達と玄関の方へ。
アルス「夕方の前に帰ってくるから!ちゃんと寝ててね!」
アイデン「はいはい」
外へ出かけていくアルス達。
ひらひらと手を振って見送るアイデン。エクスもその横で見送る。
一息つくアイデン。
アイデン「それで?何か聞きたいことがあるのかい?」
エクス「え?あ……」
口をつぐむエクス。
エクス「……はい」
エクスは思案顔でしばし黙る。
……口を開くエクス。
エクス「…なんて言ったらいいんですかね。今より強くなる、コツ?みたいのを聞きたくて…違うな。なんて言うか、今よりもっと、早く強くなるにはっていうか…」
アイデン「強くなるのが上手くなりたい?」
エクス「それです!あー!めっちゃそれです!」
アイデン「ふむ…残念ながら、そういった感覚的なことは、誰かの口から教えられるものではない。日々の鍛練の中で、君自身が掴んでいくものだ」
エクス「…なるほど」
思案顔になるエクス。
アイデン「焦っているのかい?」
エクス「……そうかも、しれないです」
自分の両手の平を見つめるエクス。
エクス「先生のおかげで、前より確実に強くはなれましたけど、まだまだ、もっと強くならなきゃダメだなって。結局先生にも、一度もちゃんと勝てませんでしたし。それに……」
エクスは両手に握り拳を作る。
エクス「もう…何もできないのはいやなんで」
アイデン「だったらなおさら、今日のはいただけないな」
アイデンは人差し指を立てる。
アイデン「強さとは、立ちふさがる壁を乗り越えていく力だ。それは筋力や武技だけではない」
その指をエクスの方へ。
アイデン「知識に知恵、取り囲む環境、更には――」
一差し指が、エクスの胸に触れる。
アイデン「心の形まで」
アイデンは指を離し、エクスの目を見て微笑む。
アイデン「焦ってばかりいると、君は少年のままだよ」
エクスの頭に手を添える。
アイデン「君の中にある、君だけの強さ…それが理解できれば、何か掴めるかもしれないね」
エクス「はい……」
エクスの頭から手が離れる。
エクス「ありがとうございました。先生」
頷くアイデン。
エクスは玄関へと向っていく。
アイデン「エクス」
その背中を呼び止める声。反射的にエクスは振り向く。
エクス「今…名前…」
柔らかい笑みを浮かべているアイデン。
アイデン「大丈夫。君はいずれ誰よりも強くなる」
頬が、赤くなるエクス。
アイデン「僕が保証する」
アイデンはそう言ってエクスに笑いかける。
エクスの顔に、笑顔が湧き上がる。
エクス「はい…!」
〈十〉
風そよぐ、森林横の原っぱ。
ちっちゃな掌の上で、円を描いて漂う草花。縫い合わさって、小振りな花冠になる。
女の子達「おお~」
その様子を食い入るように見つめる女の子達。
アルス「できた…!はい」
アルスは完成した花冠を幼女に差し出す。
幼女は花冠を受け取り、自分の頭に乗せてみる。頬を染めてはしゃぐ。
女の子「すごーい!」
子供女「すごいよアルスちゃん!帝都でお店開けるよ!」
はにかむアルス。
天パ娘「ねぇねぇ!お花いっっぱい集めてさ、いっちばんおっっきいの作ろうよ!」
女の子「お~いいね~!作れそう?」
アルス「うん。できるできる」
短髪娘「よし、じゃあみんなで手分けしてありったけ花集めよう!」
一同「おー!」
一同、天に拳を掲げる。
パウロ「アルスちゃーん!」
女の子達が別々に花の探索に向かう中、声をかけられるアルス。
パウロと他の男の子達が二、三人、小走りで近づいてくる。
膝に手をつき、アルスに目線を合わせるパウロ。
パウロ「エクスの奴どこに行ったか知らない?」
アルス「ママと一緒かも。僕の家」
パウロ「んー、魔法使い様のところはさっき行ったんだけど…そっか。ありがとう!」
パウロはアルスに軽く手を振り、他の男の子達とその場を離れる。
パウロ「今日も四人で遊ぶかー」
パウロの隣にいる坊主頭が小石を拾う。
坊主頭「あいつ、最近一人で何やってんだろうな」
そう言って小石をどっかに投げる。
パウロ「…多分…修行じゃね?」
坊主頭「いやいや、修行の後の話」
パウロ「うん。修行の後も、一人で修行してんじゃねえかなぁ」
坊主頭「はあ?どういうこと?」
腕を組み、首をかしげるパウロ。
パウロ「うーん。俺もよくわかんねえけど…」
少し考える様子を見せると、パウロは腕を解き、
パウロ「まあいいじゃんか。また誘おうぜ」
坊主頭「おう」
男の子「そうだな」
〈十一〉
森林の奥。準備体操を終えるエクス。
エクス「っし…行くか」
エクスの目の前にそびえる切り立った崖。
下部辺りの岩肌には、何本もの一文字傷が、不規則な
エクスは金属製のナイフの
垂直に何度か軽く跳ぶ。四度目の着地の瞬間、エクスは助走を始める。
崖に加速して接近し、その手前で踏み込む。エクスは跳躍し、刻まれた一文字傷を一、二本越えて崖に飛びつく。
上を見上げ、崖をよじ登っていくエクス。
木々の葉が擦れ合う音が聞こえ、その後にやってくる強風。それに煽られ、エクスは一度顔を下げて、崖に張り付いたまま静止する。
風の収まりを待つことなく、エクスは再び顔を上げて、目先の岩壁に手をかける。ふと、斜め上に目線がいく。
エクスは何かを見つける。
そちらの方向へと、次の手を伸ばす。
〈十二〉
アルマル宅一階。
ベッドの上で身を起こしているアイデン。
アイデン「皆様、昨夜からの急な呼び出しにも
村長「して、話さなければならないこととは。アルマル殿」
部屋の中には、ベッドの横で椅子に腰掛ける村長、エクス両親、パウロ父をはじめとした村の要人が数人集まっており、一同はアイデンに注目している。
アイデンは視線を落とし、一度だけ、深く、ゆったりと呼吸を置く。
そして語り出す。
アイデン「皆様と出会ってから今日まで、騙し騙しやっては来ましたが……」
自らの掌を、
アイデン「この命も、とうとう限界のようです」
一同は決して小さくはない反応を示す。
顔を上げ、一同を見渡すアイデン。
アイデン「今日皆様にお集まりいただいたのは、私が死んだ後のことについて、話しておきたかったからです」
――――――――――――
森林横の原っぱ。夕方の前。
愛くるしい花が幼い手によって摘み取られる。
笑顔の幼女は、摘み取った花をもう片方の手に作られた花束に加える。ふと、何かに気づき、足元を見る。
アイデン『まず、ここ一帯を
幼女の靴の上を、暗く赤い色をしたか細い煙がつたう。
幼女が煙に手を伸ばすと、煙は早々に散り、幼女の頭上に逃げる。
興味津々に煙を目で追う幼女。
宙で揺らめく煙は、柔らかく形を変えていき、やがて一輪の花を
目を輝かせる幼女。
幼女は花に手を伸ばす。しかし、途端に花は元の煙に崩れ、幼女の手から逃れる。
するとまた、幼女から少し離れたところで、煙は花を咲かす。
アイデン『以前私が、結界の維持には聖剣が一役買っている、と言ったことを覚えておいででしょうか?』
追いかけ、手を伸ばす幼女。その度に散っては、また別の場所で花を咲かす煙。それを繰り返し、誘われるように幼女は森の方へ。
それとは別の場所で花を摘んでいたアルス。森がある方向を見たとき、ふと気づく。
幼女が、森の中へ入っていく。
アルスは向う。
アイデン『小難しい説明は省きますが、要するにこの結界は、発動時から現在まで、聖剣が自ら動力を補充、循環させ、皆様を守っている状態なのです。それは私がいなくなったとしても――』
――――――――――――
パウロ父「ちょ、ちょっと待ってください!」
アルマル宅一階。パウロ父がアイデンの話しを
パウロ父「そんなあっさり話し進めないでくださいよ!死んじまうって、まだなんとかなりますよ!」
アイデン「……」
口をつぐむアイデン。
その様子を
要人1「そ、そうですよ!娘さんだってまだあんな小さいんですから!弱気になる前に、また元気なる方法、一緒に探しましょうや」
エクス母「やっぱり、なんとかして帝都に行きましょう?きっといい薬も見つかるはず……」
アイデン「……」
微かに、首を横に振るアイデン。
アイデン「この死は、もはや逃れようのないものです。なぜかそれだけははっきりとわかります」
一同は言葉を失う。
アイデン「もともと…ここを訪れるよりも前から、そう長くはない体でした。それが自分でも驚くほど生きられた。もう、これ以上の贅沢は許されないでしょう」
言葉を続けるアイデン。
アイデン「皆様には、感謝してもしきれません。私たち母娘を本当によく支えて下さりました。それなのに、結果的には皆様を結界の中に閉じ込める形となってしまいました。申し訳ございません」
村長「何をおっしゃいますか!あなた様が謝るようなことなどは何一つございません!」
膝に掛かった布団を握る、か細い両手。
エクス父「その通りです。今日皆と暮らせているのも、あなたのおかげだ」
アイデン「……ありがとう…ございます。私には、
沈黙が漂う。
一同の表情を失意が覆う。
アイデン「最後に……」
その言葉で、一同は改めてアイデンに注目する。
アイデン「一つだけ……どうか一つだけ…どうしても助けてほしいことがございます」
立ち上がる村長。他の者も、その後ろでアイデンに
村長「なんなりと」
――――――――――――
アイデン『我が愛娘を…』
森林の入り口。そこに立ち、中を見渡すアルス。
アイデン『アルスのことを、お願いしたいのです』
森の中、幼女が背を向け立ちすくんでいる。ぶら下がった両手には力がこもっていない。
幼女に近づき、肩に触れるアルス。その時に、幼女の手から花束がすり抜けて落ちる。
拾おうとしゃがみ込むアルス。
森林の奥の暗がりから一気に飛び出す煙。
しゃがみ込んでいたアルスは驚く間もなく全身でそれを浴びる。
アイデン『あの子だけが、心残りです』
煙は絶えず立ちこめ、辺り一帯に漂っている。
その暗く赤い瘴気が覆う空間の中、糸で操られるように立ち上がるアルス。その瞳からはもはや光が消えている。
隣に立つ幼女もまた、虚ろな目をしている。
手を繋がされる二人。
瘴気が二人の背中を押す。
アルスと幼女は、足をずって歩を進める。地面に散らばった花々も踏みつけて。
アイデン『どうか皆様の手で、あの子のことを支えてあげてほしいのです』
アルスと幼女は、瘴気に導かれ、森の奥へ。奥へ。