〈十三〉
太陽がその身を落とし、夕日へと姿を変える。
切り立った崖の途中地点、自然によって作られたであろう段差に、土まみれの手がかかる。
一畳分程もあるその段差に、よじ登って腰を下ろすエクス。
手の土をはらい、上がった呼吸を整える。
その後エクスは、段差の端に手を伸ばす。
何かを手に取り、それを満足気に見た後、
エクスは立ちあがり、服の汚れをはらうと、そこから見える景色を一望する。
エクス「よし。…ん?」
ふと、眼下の森林に目を凝らすエクス。
森林の中、アルスが幼女と手を繋いで歩いているのが見える。
エクス「…師匠?」
〈十四〉
アルマル宅前。集まっていた村人達が、家の中から外に出て行く。
宅内。ベッド横の引き出しに手をかけるアイデン。
アイデン「村長殿」
村長「なんですかな」
引き出しを開け、中からたたんで封をされた手紙を取り出し、それを村長に差し出すアイデン。
アイデン「これをお渡ししておきます」
受け取る村長。
村長「これは?」
アイデンは答えようとするも、玄関外の騒がしさに気が取られる。村長もまた、玄関外の方を見やる。
玄関の外では、女の子達が、外に出た村人達に何かを訴えている。
女の子「もう夜になるのに、二人ともどこにもいなくて!多分ね、森の中に入っていっちゃったと思うんだけど!」
女の子はそう言って、両手に握りしめたものを村人達に必死に見せつける。
踏み潰されたようにくたびれきった花束を。
〈十五〉
手をつないだアルスと幼女が、おぼつかない足取りで歩みを進める。
二人とも心ここにあらず、
不意に、アルスが片手にぶら下げた本が
それがアルスに触れる。
すると正気になり、立ち止まるアルス。
戸惑って辺りをキョロキョロし、しばらく棒立つ。
構わずに奥へ進んでいく幼女の背が見える。
アルスは駆け寄り、幼女の前へ回り込む。
アルス「ねえ!もう帰らないと皆心配しちゃうよ?」
アルスを無視して進む幼女。
もう一度回り込んで、今度は肩をゆするアルス。
アルス「ちょっと!セポネちゃん!」
アルスの本が再び微光を発する。
光が干渉し、正気になる幼女。
幼女「アルス…ちゃん?…ここは?」
キョロキョロする幼女。
アルスは胸をなで下ろす。
アルス「わかんない。だけど早く帰らないと――」
指先に付着したその液体は、まもなく干からびてアルスの指にこびりつく。
アルス「…え?」
突然、隣で幼女が声にならない悲鳴をあげる。幼女に目を向けるアルス。
飛沫が飛んできた方を見てこわばっている幼女。
……アルスも、幼女が向く方へと、首を動かす。
アルスの目が
夜が来る。
「それ」の体表が一部隆起すると、そこから巨大な魔手が土砂の皮膚を突き破り飛びでてくる。
怪火を垂れ流し、
瘴気につられて「それ」に近づいた、虚ろな目の動物たちがいる。そのうちの狼を一匹、魔手がわしづかみにし、「それ」の方へと持っていく。
狼は完全に脱力し、魔手に身を委ねている。魔手が触れている部分から、目に見えて水分が消失していく。毛並みが荒れ、皮膚が粉になってこぼれ落ち、干からびていく。
「それ」の
怪火が
――
その
アルスと幼女はおののき、ただ見ているだけ。
繊維が引きちぎられる音。二人の前に転がり落ちる乾いた肉のかけら。
幼女「ひっ――」
そして、絶叫する幼女。
アルスはとっさに幼女の口を押さえつける。幼女は体を震わせ、涙目になりながら
息が上がるアルス。ふと、巨怪の方を確認する。
……目が合う。二つの空洞が、アルスと幼女を見つめている。
引きつるアルス。幼女を抑えている手が震えだす。
巨怪は地面を巻き込んで、二人を
半歩
唸り、瘴気を吐き、二人ににじり寄る巨怪。魔手が伸びてくる。
恐怖しこわばる二人の頭上を魔手が覆う。
突如、蒼き電流が巨怪の体を走る。巨怪は顔を歪め、一瞬ひるむ。
アルス「っ…!」
幼女の手を引き、逃走するアルス。
掴みかかる魔手。二人には一歩届かず、地面を
息せき切って、巨怪から離れる二人。
恨めしげに唸る巨怪。
巨怪は体を反らし、天に向って金切り声をあげる。
煮え湯のように凹凸する全身。体のいたるところから、体表を突き破って、岩石製のかぎ爪、
巨怪は体を横に倒し、それらの手足で体重を支える。土けむりが舞う。
それぞれの手足が、ペースまばらに土をひた
急加速し、
後方を見やるアルス。
巨怪が迫り来る。
アルス「ひぃっ!」
アルスは幼女の手を引っ張り、横に方向転換する。
巨怪も方向転換するが、体に走った電流に痺れ、そのまま横転する。
それによってまき散らされた
アルスはすぐさま立ち上がり、
巨怪は電流に身動きを奪われながらも、
アルスと幼女に迫り伸びる魔手。
足がすくむ幼女の体を支え起こし、アルスは巨怪に注意を向ける。
アルス「!」
見開いていくアルスの目。その瞳いっぱいに、魔の手が広がっていく――その横。
魔手に体当たりを決め、アルスと幼女から間一髪方向をずらすエクス。
エクス「師匠!」
幼女を脇に抱え、アルスの手を掴んで逃走するエクス。魔手は再び掴みかかるも、三人を逃す。
物陰に身を隠す三人。
巨怪は電流を振り払い、その巨体を起こしだす。
その様子をげに恐る恐る
エクス「師匠あれ、怪物…ですよね?」
うずくまって必死に
アルス「あいつに近づいたキラキラさん達、みんな消えていってる…」
息を荒げた巨怪の側を通る数個の「キラキラ」。
巨怪の体表から漏れ出た怪火に触れられ、「キラキラ」達はその
アルス「前の奴らと…おんなじ……」
膝を抱えたアルスの手は震えている。
我慢が
反応するエクス。
止まぬ幼女の泣き声にエクスの顔は一瞬曇るが、それはまもなく決心めいたものへと変わる。
幼女の前に跪くエクス。
エクス「セポネ」
顔をくしゃくしゃにした幼女はエクスと目を合わす。
エクス「大丈夫」
そう言って、エクスは幼女の手を握る。そのまま幼女の目を
エクス「ぜっったいに守るから。だからあとちょっとだけ頑張って。ちゃんと一緒に帰ろう」
幼女の手を、より確かに握り直す。
エクス「一緒に」
エクスは幼女の手を握ったまま、アルスの方を向く。
エクス「ね、師匠」
反応を示すアルス。
アルスに向けられる、まっすぐとした
それを見つめ、アルスもまた、手の震えをそのままに、どこか覚悟を決めた表情を見せる。
アルス「……うん!」
頷きを返すエクス。再び幼女と目を合わせる。
くしゃくしゃな顔のまま、ギュッと口をつぐみ、涙をこらえて、幼女はしかと頷く。
エクスもまた、微笑み頷く。
エクス「あ、そうだ師匠」
幼女の手を離し、懐に手を入れるエクス。
アルス「何?」
エクス「はいこれ」
そう言ってエクスは、
アルス「あ…りがと?」
困惑しつつ受け取るアルス。
アルス「……え?何コレ?」
エクスは肩に掛けたハエタタキを目で指す。
エクス「ハエタタキのお礼です」
一瞬停止するアルス。
アルス「え、今!!??」
エクス・幼女「しーっ!しーっ!」
口に人差し指をくっつけ詰め寄るエクスと幼女。
アルス「ごめんなさいごめんなさい!」
慌てて口を押さえるアルス。
そして大げさにため息をつく。
アルス「(ヒソヒソと)なんで今なんだよ!」
エクス「すみません遅くなって」
アルス「いいけど…」
アルスは花を見やる。
辺りの暗闇に負けじと色を放つ一輪、そしてそれを柔らかく包み持つちっちゃな両手……震えはない。
頬が色づき、アルスに笑顔が
アルス「……ありがと」
エクス「はい!」
ニカッとするエクス。
エクス「さて、」
巨怪の様子を
エクス「とりあえず、なんとか逃げないとですね」
アルス「うん!」
アルスの隣にいる幼女も頷く。
――巨怪の、金切った咆哮が轟く。