にじさんじ▶︎パラライブ   作:大羽ひつじ

14 / 17
オリキャラ、オリ設定注意。小説というよりシナリオです。


3-6, 少女、解き放って

エクス「めっちゃアホみたいなこと言っていいですか?」

アルス「…なに?」

エクス「…あいつ、今倒しません?」

 

…………その一言に、アルス、愕然(がくぜん)

 

アルス「はあああ!?」

 

でかい声が出る。

 

アルス「バカなんじゃないの!?」

 

憤慨(ふんがい)して詰め寄るアルスに、エクスは思わずたじろぐ。

 

エクス「いや、師匠、マジ――」

 

アルスはそんなエクスの胸ぐらをつかみ、

 

アルス「お前今死にかけたばっかだろうがぁ!!」

 

と、ブンブン揺する。ガクンガクンするエクス。

 

エクス「マジで!師匠!ちょ!それは!ごめんなさい!」

アルス「とっとと逃げんのぉ!」

 

顔面をエクスに突き合わせるアルス。圧がでかい。

 

エクス「話し聞いてください師匠!」

アルス「なんだよぉー!!」

 

二人の横でおろおろするセポネ。

アルスに圧倒されながらもエクスは説得に入る。

 

エクス「このまま逃げたとしても、多分あいつ村にまで来てもっとやばいことになります!だから逃げるのはやめましょう!俺が間違ってました!」

アルス「でもさぁ!!……」

 

咄嗟(とっさ)にアルスは反論しようとするが、すぐに表情が揺らぎ、言いよどむ。

 

アルス「…ぇ…でも…」

 

言葉が出てこず、顔に曇りがさす。

 

アルス「じゃあ…ど、どうしよう……」

 

胸ぐらから手を離し、エクスに()う。

 

エクス「だから!ここで倒すんです!」

 

アルスにそう言い聞かせるエクスであったが、その言葉はアルスを再燃させる。

 

アルス「なんでそうなるんだよ!!」

エクス「そ――」

アルス「さっき全然ダメだったのにさぁ!ねえ!!わかってんの!?」

 

何かを言いかけるエクスに対し、アルスはその暇を与えず、怒鳴り散らす。

 

アルス「次やったら、ほんとに死んじゃうよ!?」

 

しかし……

 

アルス「バカだよ!…バカ!!」

 

それとは裏腹に声が震え、目に涙が溜まっていく。

 

アルス「もう!…ぐすっ……」

 

そしてとうとうこぼれ落ちる。

 

アルス「…や…やめてよ!!」

 

なかば(わめ)くように、アルスはそう訴えかける。

エクスはただ、その涙に呆然となってしまう……。

 

アルス「もう…ぐすっ…あんなの、だめだよぉ……」

 

声は勢いをなくし、(かす)れ、やがてアルスは(うつむ)いてすすり泣いてしまう。セポネはおろおろしながらも心配そうにアルスの背中をさする。

その様子に、気が沈んでしまうエクス……。すすり泣くアルスに言葉を絞り出す。

 

エクス「……ごめんなさい。師匠……あれは、……完全に俺がバカでした……」

 

アルスから返事は返ってこない。

 

エクス「マジで調子に乗りました…最悪です。正直先生にも顔向けできません……」

 

アルスの前に(ひざまず)くエクス。そして、自分にも言い聞かせるように誓いをたてていく。

 

エクス「だから約束します。もうあんな無茶な事はしません…ちゃんと目ぇ覚ましました…」

 

そして、その先にある思いを言葉にして伝える。一つ、一つと、自分自身の口から出てくるものを確かめるようにして、

 

エクス「……それでも…それをわかったままで……俺どうしても…ここから逃げたくないんです…」

 

慎重に心を声に変えていく。

 

エクス「だから……そうですね……これは俺のわがままです」

 

俯いているアルスを、まっすぐに見つめる。

 

エクス「師匠…一生のお願いです。俺と一緒に戦って下さい。師匠となら、あいつを倒せます」

 

アルスは言葉に反応を示す。顔を上げ、エクスと目を合わせる……不安、心配、疑問…入り交じった少女の泣き顔。アルスはエクスから目線を()らし、(かす)かに首を横に振る。

 

アルス「……僕…無理だよ…できないよ…」

エクス「できます」

 

エクスはそう言い切ってみせる。

再びエクスと目を合わせるアルス。戸惑いを隠せない。

 

アルス「なんで……」

エクス「俺一人じゃ無理でした。師匠一人でも無理かもしれません。でも俺と師匠の二人なら、あいつに勝てます」

アルス「……本気なの?」

エクス「もちろんです」

 

()るぎないエクスのまなざしが、訴えかけてくる。

アルスの表情からは戸惑いが消えない。しかしそれでも、エクスの目を見つめ返す……。

依然(いぜん)として巨怪(きょかい)は左目の痛みに(もだ)え、気を荒立てている。その左目空洞(ひだりめくうどう)から漏れ出る怪火(かいか)は右目と比べると明かに(とぼ)しい。

……セポネを、魔法で生成した土の壁に隠すアルス。

 

アルス「絶対にここから出ちゃだめだからね?」

 

セポネは体を震わせ縮こまり、今にも泣きそうな表情でアルスを見上げる。

巨怪を警戒して目を向けているエクスの元へアルスがやってくる。汗が頬を伝い、本を抱えている手に力が入る。

エクスはアルスに気づくと、

 

エクス「じゃあ師匠、よろしくお願いします!」

 

エクスに(うなず)きを返すアルス。二人とも、覚悟はできているようだ。

 

アルス「死んだら、絶対に許さないから」

エクス「任してください!」

 

不敵に返すエクス。

巨怪の方に向き直ると、エクスは(まぶた)を落として深く、深く口で空気を取り込む。そして、息を吐くのと同時に瞼を開く。

狙いを巨怪に定め直すと、(おもむろ)に両手を広げる。

それを確認すると、胸一杯に息を吸い込むアルス。そして――宣言する。

 

アルス「ポアルカ!」

 

“本”が、鮮光(せんこう)(まと)って展開する。アルス周囲で刹那的(せつなてき)に“天の血(デウス)”が(きら)めき舞い踊る。

その煌めきに導かれ、地面から三本の蔓植物(つるしょくぶつ)が、土や他の植物を巻き込んでより強固に、より柔軟になって生え伸びると、そのままエクスのもとへ――

(ほの)かな鮮光(せんこう)を帯びた三本の蔓縄(つるなわ)はそれぞれ、エクスの広げた両の腕に一本ずつ、そして胴体に襷掛(たすきが)けで一本と巻きつき、固定される。

 

エクス「いきます!!」

 

蔓縄(つるなわ)達を引き連れ、エクスがスタートを切る。

木々の間を縫うように駆け抜けていくエクス。そうすることで、蔓縄達を木、一本一本に絡めながら巨怪に接近していく。

引っ張られるように、三本の蔓縄は地面から生え伸び続けている。

形相を纏った巨怪――察知する。

その視線の先に、森林の中を回り回って近づいてくるエクスの姿。

右目の怪火を(たぎ)らせ、咆哮(ほうこう)をまき散らし、巨怪はエクスを襲いにかかる。

巨怪の接近に備えて進行方向を変えるエクス。警戒を怠らずに木々の間を駆ける中、後方から巨怪の鉤爪(かぎづめ)が迫り来るも、それを見極め確実に回避しひた走り続ける――逃げ回ること「だけ」に集中しているエクスに、巨怪の猛攻が届く気配はない――次にきたその大振りで一辺倒(いっぺんとう)な一撃を見透かすと、エクスは巨怪の死角へと逃げおおせる。

見失っては見つけ、バカ正直に追い回してはまた見失う…怒りに我を忘れている巨怪はエクスに翻弄(ほんろう)され続ける。ましてや、エクスが通ったあとに地面に()かれていっている、蔓縄達の存在になど気がつきもしない。

エクスが巨怪と命懸けの追いかけっこを繰り広げている一方、その付近にて、小振りの土砲台(つちほうだい)が地面の土を材料にして、秘密裏に形成されていく…

…展開した“本”を片手に、眉間に(しわ)を寄せて無言で集中しているアルス。

土砲台は一つだけではなく、エクスと巨怪を囲むようにしてあちらこちらで形作られていっている。完成は近い。

各箇所の土砲台へとアルスはこまめに目線を配る。息が弾み、顔から汗が噴き出て、魔法の行使が着実に体力を削っていっているのがわかる。

アルスの後方。土壁(つちかべ)の裏では、セポネが目をギュッとつむり身を縮こまらせている。巨怪の咆哮がそこまで響いてくる。

 

セポネ「ひぐっ―!」

 

更に体を(こわ)ばらせるセポネ。

巨怪を連れ回しては逃げ回るエクス。(ほとばし)る汗や弾む息とは対照的に、まだまだ速度は落ちない様子。

しかし、ふとした拍子(ひょうし)に、エクスの後に敷かれた蔓縄が巨怪の(ひづめ)に踏みつけられる。

 

エクス「っぐ!!」

 

――衝撃――張り詰めた蔓縄達にエクスは胴体丸ごと引き留められ、もっていかれる。

盛大に後方へすっころぶエクスへと、巨怪がそんなのお構いなしに迫ってくる。

咳き込みながら咄嗟に巨怪の方を確認するエクス。

巨怪の多足(たそく)の内の一本に、蔓縄が変に絡まっているのが見える。

一気に青ざめるエクス。身体に巻きついた蔓縄を必死に外そうとしながら、

再び走り出す。しかし巻きついた蔓縄はびくともせず、更には巨怪の足に絡まったそれに引っ張られ、エクスはまた転ばされてしまう。巨怪との距離は詰まるばかり。エクスの焦燥(しょうそう)が加速していく。

咄嗟に、アルスが“本”をかざす。

エクスに巻きついた蔓縄達が自らほどける。解放された瞬間、すぐさま横に飛び込むエクス。

間――一髪――巨怪の暴撃(ぼうげき)から逃れるエクス。彼が「いた」場所が、跡形もなく巨怪に蹴散らされていく。

 

エクス「あぶねえあぶねえあぶねえ!!」

 

その場から全力撤退するエクス。

アルスの肝は冷えっ冷えだ。

大急ぎで、再び蔓縄達を(すく)い上げるエクス。それを一本の木のところに持っていく。

エクスが蔓縄達を木に接触させると、蔓縄達は自らその木に結びつき固着する。

(ひるがえ)る巨怪。標的を定め猪突(ちょとつ)する。

堂々と、立ちはだかるエクス。

金切(かなき)った咆哮を喚き散らし、その憎悪をぶつけんと、巨怪がエクスに襲い来る。

(おく)さない――エクスは胸一杯に息を吸い、今、叫びをあげる。

 

エクス「師匠ぉおーーー!!!」

 

合図が来た――目を見開くアルス。

 

アルス「はあああ!!」

 

“本”の纏いし鮮光が煌めきを増す――アルスの前方、地面から生え出た三本の蔓縄達…その身から“天の血(デウス)”が迸ると、地面に敷かれた蔓縄達は空中へと浮上しだす…次の瞬間、根から全体へと向って一瞬かつ連鎖的に張り詰める三本の蔓縄。

エクスが木に結びつけた部分を終点として目指し、木々の間で幾度(いくど)となく屈折(くっせつ)を繰り返しながら、森林内に敷かれた蔓縄達は、(またた)く間に互いを引き合い張り詰めていく――

――そして完成する。まるでワイヤートラップのように、エクスと巨怪の間に何重にも張り巡らされた、魔法特製・蔓縄のひっかけ罠。

向ってくる巨怪――勢いで一つ目の罠を破る。しかし、二つ目を破る頃にはその勢いを減退させられ、三つ目は破ることすらできずに足をつっかえさせられ、更にはそこに重なった四つ目によって完全に足を取られ、とうとう巨怪は自身の多足まで絡ませてバランスを失い、土煙(つちけむり)を巻き上げ、地響きを立てながら前のめりに崩倒(ほうとう)していく。

 

アルス「!」

 

気張るアルス。

各場所で待機していた土砲台達が

巨怪に向って土玉(つちだま)を一斉放射する。

着弾前に展開する土玉達、蔓植物製のネット弾へと姿を変え、

倒れた巨怪に四方八方から次々と降りかかる。

巨怪に絡まった蔓縄と結合し、更にその身動きを封じていくネット弾。

荒れ狂ってもがくも、抵抗虚しく巨怪は着実に拘束されていく。苛立ち咆哮をあげれば、エクスによって蔓縄を噛まされ口すらも封じ込まれる。

ペースはまばらだが、土砲台達は放射を続けている。

息苦しさに、顔を歪めるアルス。しかし、気力を保ち振り絞る。

蔓縄を手に持ち、エクスは巨怪の周囲を奔走(ほんそう)する。蔓縄とネット弾の結合を(うなが)し、巨怪の拘束に助力する。エクスにも、息切れが目立ちだす。

その最中(さなか)で、巨怪が力む。

ある一点にて、拘束内部から猛烈な抵抗が起きる。ネット弾の抗張力(こうちょうりょく)は早くも限界に達し、とうとう内部から、拘束を突き破って巨怪の魔手(ましゅ)が飛び出てくる。

 

エクス「!」

 

エクスは、反応が遅れる。

 

 

 

――魔手が――既に目の前に――

 

 

 

――間に合わない――状況の認識すら追いついてこない――視覚では捉えているはずなのに――その絶望に脳が気づく頃には――きっと殺されている――…

 

 

 

…――突如、エクスと魔手の間に大量の〈水〉が発生する。それが緩衝材(かんしょうざい)となり、エクスを魔手から守っていく。

膨張しきった〈水〉が弾け飛び、その衝撃がエクスと魔手を突き放す。

視界の(はし)――アルスが、こちらへと“本”をかざしている。

 

エクス「師匠ナイッスゥウーー!!」

 

瞬時に受け身を取り、今出せる全力で走りだすエクス。

アルスも、もうなりふり構わない。

 

アルス「くぅっ!」

 

限界ギリギリまで、体力を魔法に注ぎ込む。

 

アルス「おああああ!」

 

エクス(は認知できていないが)の眼前(がんぜん)にて“天の血(デウス)”が舞い上がる。それに従い地面が隆起すると、エクスを導くように土の段差が次々と連なって突出(とっしゅつ)していく――土壁の応用、即席の土階段――その一段目に、エクスの足がかかる。

 

 

 

 

 

“俺の中の強さ……”

 

 

 

 

 

“俺だけの強さ……”

 

 

 

 

 

――一段…そしてまた一段…形は(いびつ)で、高低差も不規則なその階段を、エクスはただ必死に、ただがむしゃらになって駆け登っていく。

 

 

 

“そんなのまだわかんねえ……”

 

 

 

――踏みしめる度に、今にも破裂しそうな足の筋肉を、

――歯を食いしばって従わせる。

 

 

 

“だからだ”

 

 

 

――眼光は鋭く。

 

 

 

“だからまだ終われない!”

 

 

 

――高みを目指す。

 

 

 

“こんなやつに負けてる場合じゃない!”

 

 

 

――やがて最上段へ。エクスは、肩にかけたハエタタキを右手に(たずさ)え、

 

 

 

“これから俺は……”

 

 

 

――勢いそのままに、ありったけを込めて、今、最上段から飛び上がる。

――その先は、巨怪の頭上。

 

 

 

“俺は…!!”

 

 

 

決死のエクスは、空中から狙いを定め、ハエタタキを構える。

 

アルス「いっけえええええええ!!!」

 

アルスが、鮮光煌めく“本”をかざす――

――ハエタタキから“天の血(デウス)”が迸る。ただのおもちゃの木剣は、より鋭く、より攻撃的に形状を変化させていく――

対する巨怪は顔面部分の拘束を食い破って、エクスへと魔手を放つ。魔の手の五本指が、まとめて(ねじ)錐状(きりじょう)に変形する…エクスを栄養源として捕らえるのではなく、怨敵(おんてき)として殺すための形。

――ハエタタキが、とうとう一筋の槍へと…“天の血”宿りし魔法の武具へと完成する。

迫り来る魔手――エクスは瞬時に見極め、ハエタタキで紙一重にその攻撃を受け流し、

 

エクス「ぉぉぉぉおおおお――」

 

再びハエタタキを振りかざすと、そのまま巨怪の顔面へと一直線に飛来していく。

 

エクス「――らあああああああぁぁああああ!!!!」

 

喚く巨怪が、エクスを直接喰らおうと、鰐口(わにぐち)をかっ開いて迎え撃つ――

 

 

 

 

 

――決着は一瞬――

 

 

 

 

 

――一槍一閃(いっそういっせん)が敵を制し、その傷ついた左眼の空洞を叩き貫く。

貫かれた巨怪の左目空洞から、一気に暗赤(あんせき)の煙が噴き出す。

おぞましい悲鳴絶叫をあげ、崩倒(ほうとう)していく巨怪。その最中、巨怪の左目空洞にハエタタキを残したまま、エクスは巨怪の顔面から離脱する。

……膝から崩れ落ちるアルス。ひどく咳き込む。

息は絶え絶えで、どこか朦朧(もうろう)としながら、再び立ち上がろうとする。

 

エクス「――ししょ――ハッ!―ハッ!―師匠ーー!!」

 

アルスに呼びかけながら、エクスが力無く駆け寄ってくる。こちらもこちらで息切れがひどい。

アルスのもとに辿り着くと、エクスはすぐさま彼女を支えようとする。

 

エクス「大丈夫です――」

 

すると、なかば倒れ気味にエクスにもたれかかるアルス。

 

エクス「あっ、うぉ、」

 

アルスを受け止めたまま尻餅をつくエクス。

 

アルス「はぁ…はぁ…だいじょぶ…でも…はぁ…やすみたい……」

エクス「もちろんです!休みましょう!」

 

そういうエクスもまだまだ息は整っていない。喉に絡んだ痰を咳で払う。そしてアルスの肩を持つと、そのまま木にもたれさす。

 

エクス「マジで最強中の最強の動きでしたよ師匠!ていうか命救われました!!ありがとうございます!!」

アルス「よ…よっしゃあ…」

 

と、弱々しく拳を掲げるアルス。

……一方、か細く鳴き声をあげながら、巨怪は刻一刻とせまる死期に抗っている。しかし、その巨体を支えている多足は、一本、そしてまた一本と音を立てて崩れ落ち、土塊(つちくれ)に戻っていっている。また、ハエタタキに貫かれている左目空洞からは暗赤煙(あんせきえん)が垂れ続け、その顔面も崩れかけでぐちゃぐちゃに歪んでおり、巨怪の見た目は全体的に醜悪さを増している。

立ち上がり、巨怪の方へ険しい視線を向けるエクス。しばしを経ると、アルスに話しかける。

 

エクス「師匠、ここでちょっと待っていてください。完全にとどめ刺してきます」

 

向かおうとするエクス。その服の(すそ)を少女の指が弱々しくつまむ。

 

アルス「だめ…僕も行く……」

 

そう言って精一杯起き上がろうとするアルスを、エクスは()める。

 

エクス「無理しなくて大丈夫です。後は俺一人でも行けますから」

 

アルスは首を横に振ってエクスの服を掴み直す。

 

アルス「いやだよそんなの……」

 

朦朧としながらも、なんとか言葉を続けて、エクスを引き留めようとする。

 

アルス「絶対最後まで…一緒に戦うから…だから……一人で行かないで……」

 

服を掴んだ手だけは離さない。

 

アルス「二人で戦って…ぜったいに勝つから…だから一人で行かないで…」

 

その願いをエクスは聞き入れる。

掴んで離そうとしないアルスの手を(なだ)めるように、自らの手を重ねる。

 

エクス「……そうでしたね」

 

土壁の裏…セポネは未だ身体を震わせながらアルスの言いつけを守っている。

 

エクス「セポネェー!」

セポネ「!」

 

声のする方に顔を向けるセポネ。

エクスが手を振り、こちらへ呼びかけてきている。その横ではアルスが木にもたれかかっているのも見える。

 

エクス「セポネェ!」

 

手で口の周りに輪を作り、拡声させて呼びかけるエクス。

ちょうどその時、エクス達の気づかぬところで、草陰の中から逃げ遅れた子鹿が一匹顔を出す。子鹿は周囲を(うかが)う素振りを見せると、草陰から飛び出し駆けていく。

弱り果てた巨怪が、反応を示す。

巨怪の目線――ノイズに侵され歪みきった視界の中、「何か」が動いているのがわかる。自分から逃げていく「何か」…。

脆弱(ぜいじゃく)な息づかいの中に、「(いきどお)り」が(とも)り、荒ぶりだす。

エクスは、セポネに呼びかけ続けている。

 

エクス「あともう少しで終わるから!」

 

コクコクと、不安げながらもしきり頷くセポネ。

 

エクス「だからそのままジッとして――」

 

エクスが呼びかけている途中、「何か」の断末魔と共にセポネの真横にそれが転がってくる。反射的にセポネはそれを見る。見てしまう。

咄嗟に巨怪の方を警戒するエクス。

巨怪はなにやら荒ぶってはいるがやはりどこか弱々しいまま。エクス達の存在も認識できていないようだ。

エクスはセポネに向き直り再び声をかける。

 

エクス「セポネェ!大丈夫だから!そのままジッとしてろよー!!」

 

セポネは、目の前に転がったそれから目を離す事ができない。暗がりに転がったそれが一体何なのか徐々に気がついていくのと同時に、セポネの正気はたやすく混乱に食い荒らされていく。正常な呼吸の仕方を忘れ、額に冷や汗がとめどなくにじみ、激しさを増す動悸音(どうきおん)が聴覚の機能を鈍らせる。

……セポネの瞳に映っているそれ……裂けた腹から飛び出ている、真紅にまみれた骨肉と臓物……虫の息を繰り返す、子鹿らしきもの……。

 

エクス「セポネェー!」

 

エクスの声は、もはやセポネに届いていない。

 

 

 

一度した瞬きの際、セポネは瞼の裏に子鹿と同じ運命を辿った自分を投影してしまう。

 

セポネ「――っ」

 

 

 

 

驚愕するエクス。

 

エクス「セポネ!?」

 

エクスの焦る声で、アルスも異変に気づく。

――弾む吐息の音、一目散に駆ける幼脚(ようきゃく)

 

エクス「セポネェーー!!」

 

涙を浮かべ、ただ無我夢中になって小川へと逃げるセポネ。

巨怪が、気づく。

 

セポネ「―はっ―はっ―はっ―…ぅう…」

 

ひたすら逃げる途中、こみ上げてくる吐き気。セポネは思わず立ち止まってしまう。

 

セポネ「゙うっ、ぅ゙おええぇ…」

 

膝が折れ、その場に吐き出す。

上がりきった息……セポネは既に疲れ果てている。服に飛び散った吐瀉物(としゃぶつ)にも気づかずに、そのままおぼつかない足取りで、ふらつきながらもようやくと再び立ち上がる。

……その真後ろには、既に巨怪がいる。

 

アルス「えびせんぱぁあい!!」

 

アルスの絶叫が響く。

 

 

 

――一発、重苦しい音が鳴る。

 

 

 

うつぶせで転ばされているセポネ。背中には、飛び散った鮮血が斑点模様(はんてんもよう)を描いている。セポネは上半身だけを起こすと、後ろへと振り返る……そして、言葉を失う。

錐状の魔手の先端より、血が(したた)り落ちていく――そこには、セポネを(かば)う形で腹部を魔手に貫かれたエクスの姿。

 

エクス「………………」

 

エクス自身、この状況に呆然としている。目では見ないように、片手で腹部を探る。自分の腹から、魔手が飛び出ていることを確認する。

 

エクス「………………マジか……」

 

表情が、悲痛に歪む。まだ諦めきれていない。

 

「ゴフッ――……?」

 

吐血する。自分が血を吐いたという事実に、一歩遅れて気づく。

巨怪は今の攻撃で力を使い果たしたのか、これ以上動く気配がない。その左目空洞から突如蒼電(そうでん)(ほとばし)り、巨怪の顔面が破壊され、巨怪はそのまま倒れていく。

その際、エクスの腹部から魔手が引き抜かれる。

とうとう、地にひれ伏す巨怪。

セポネのすぐ横に、うつぶせで倒れ込むエクス。その背面全体も真紅に染まっている。

それを前にして、セポネはただ取り乱し、何もすることができない。

アルスは、まるで静止画のように呆然としている。

 

アルス「…………」

 

何が起こったのか、わかっていない。

 

アルス「……ぁ…あ…」

 

ふと、固まっていた口が、ようやく動きだす……

 

アルス「せんぱい……」

 

その人のことを、口にしてみる……

 

アルス「えびせんぱい……」

 

もう一度、口にしてみる……しかし何も…何一つとして、変わることはない。そうして、アルスはようやく状況を理解する。表情に絶望がにじみだす。

 

アルス「えび先輩!!」

 

(あわ)て、走り出すアルス。

 

アルス「先輩!!」

 

息を切らし、走り続ける。

そしてエクスの元に駆け寄る。

 

アルス「えび先輩!えび先輩!!」

 

必死になって呼びかけるアルス。

しかし、エクスの意識は戻らない。もはやエクスには、表情と呼べるものも無くなっている。

セポネも、その様子を傍観することしかできない。

咄嗟にアルスは“本”を捨てエクスの傷口を両手で押さえ込む。しかしそれは逆効果で、その両手はエクスの傷口に沈み込む。圧迫された傷口からは、血液がさらに溢れ出し、アルスの両手はエクスの血で真紅にまみれる。

 

アルス「ああ!だめ!!」

 

その手で“本”を拾い上げ、エクスの傷口にかざすアルス。

 

アルス「ポアルカ!」

 

強く、

 

アルス「ポアルカ!!」

 

強く唱える。

 

アルス「ポアルカ!ポアルカ!!」

 

しかし、“本”は一向に反応を示さない。

 

アルス「ポアルカァ!!」

 

絶叫に近い声をあげても、“本”が応える気配はない。

 

アルス「はぁ…はぁ…ポア…ル…カ……」

 

やがて、アルスは諦め、力無く項垂(うなだ)れる。

 

セポネ「…ど…どうして……?」

アルス「……僕……まだ…」

 

アルスは打ちひしがれて答える。

 

アルス「使えなく…て……」

 

 

 

……その場を、絶望が埋め尽くす。

 

 

 

アルス「…どうしよう……」

 

真紅に染まった両手が震え出す。

 

アルス「どうし…よ……」

 

うまく、声が出せない。

 

アルス「は…ぁ……やだ……ぁ…いやだ…ぁ……」

 

嗚咽が混ざって、言葉が続かない。

 

アルス「いや…だ……いやだぁ……あぁ…あああ!!」

 

そして、涙が(せき)を切る。

 

アルス「ああああ!!やだ!!い…いやだ!! いやだいやだ!! いやだああああ!!」

 

天を(あお)ぎ、怒鳴るように、ひたっすらに泣き喚く。

セポネもつられ、涙がひとりでに溢れだす。もう手立てがないことがわかってしまう。

 

アルス「せんぱ……い……!…ぁ……あぁ…」

 

アルスは、全力で現実を拒絶する。

 

アルス「いやだああああああああああ!!」

 

絶叫が…響き渡る……

……それだけ……あたり前のように、現実は変わらない……放心状態となったアルスに聞こえてくるのは、セポネの謝罪と号泣の声だけ…………顔が、くっしゃくしゃになって歪んでいく……何かがこみ上げてくる……すぐそこまで登ってきて、とうとうそれは大粒の涙となって、痛々しいまでの嘆きとなって放出されていく。……そこからアルスは吐くように泣きだすだけ。言葉なんて無い、ただの喚きと嗚咽だけを、吐いて吐いて吐けるだけ吐き出す。アルスは、目を真っ赤に腫らして年相応に泣きじゃくりだだをこねる。それは、耐えがたいものに対して本能が打って出た気休めの策……すぐに限界が訪れる。

涙も、声も、やがてアルスは全て出し切る。そして、横たわったエクスに顔を埋める。

 

アルス「いやだ……死んじゃ…いやだ…ひくっ…起きて……起きてよ…ひくっ………起きてよぉ……」

 

全部、出し切った。全部出し切った上でアルスはまだ、エクスの目が覚めることを望む。

そして……一滴(ひとしずく)の涙のように、言葉がこぼれ落ちる。

 

アルス「……お願い……」

 

 

 

 そう。願った。

 たった一つだけ……悲哀に涙し、絶望に声を()げ、無力に打ちひしがれて、散々に現実を叩きつけられてもなお消えることのなかった、たった一つだけの、心からの願い。

 それが必要だった。最後の最後に残る純粋な想いだけが、その魔法のトリガー。

 アルスの(ふところ)に置かれた“本”が、知らぬ間に鮮光を帯びて起動する。それが喚起(かんき)となり、始まる。

 

 

 

……きらり…きらりと……

 

 

 

(あか)りを宿し飛び立つ蛍の様に

 

 

 

……ふつ…ふつと……

 

 

 

あちらこちらから、“天の血”がその姿を湧き上がらせる。

 エクスの身に()したアルスの頬を、その色鮮やかな暖光(だんこう)の粒達が優しく撫でると、アルスは閉じていた目をうっすらと開く……そして気がつく。たった今、まさにここで起きている異変に。慌てて身を起こしたアルスは、その異変を瞳に映し、思わず目を見開く。

 世界は、夜を吹き飛ばしていた。

 昼と見紛(みまが)うほどの、溢れんばかりの“天の血”がアルス達に寄り添い、暖かに照らしていた。その光景にアルスは時を忘れ、胸を熱くするばかり。

 星の数ほどある中の一粒が、アルスの目の前へと進み出る。ふと一瞬戸惑うも、アルスは自分が何をすべきかすぐに理解した。

「……お願い……助けて……いなくなってほしくないの……」

願いを指先に込め、触れる。……すると、その一粒が帯びていた色鮮やかな光は、目が冴え渡るような蒼銀(そうぎん)の光へと変質を遂げる。

 そして、その一粒をはじまりとし、やがては周囲の“天の血”全てが蒼銀へと変質していく。

「…あ…」

 思わず声をあげるセポネ。その瞳にもしっかりと蒼銀の“天の血”が映っている。生命の源から変質を遂げた“天の血”は、常人にも視認することができた。

 蒼銀の“天の血”達が、白雪のようにエクスの元へ舞い落ちていく……パチリ…パチリ…と音を鳴らし、エクスの傷口へと溶け込んでいく。その様子をアルスとセポネは固唾を飲んで見守る…。

エクスの傷口が出血を止め、明かに塞がっていく。

 

 

 

――地響き。

固まるアルスとセポネ。恐る恐ると、横を向く。

“天の血”を退けながら、瀕死の巨怪がまだ立ち上がってくる。既に体は半壊していて、どこに顔があるかもわかったものではない。

恐怖に言葉を失うセポネ。しかし、その横でアルスは歯を食いしばり、静かに怒りを(つの)らせる。

 

アルス「もうやめろよ…」

 

そうつぶやくアルスに呼応して、蒼銀の“天の血”が逆立つ。バチバチと放電音を鳴らし、互いに電流を繋ぎ合う。

もはや彼らも巨怪を恐れない。一帯が、彼らの光に満ちていく。放電による威嚇が巨怪を痛めつける。

“本”片手に、踏みしめて立ち上がり、揺るぎなく巨怪をにらみつけるアルス。

 

アルス「やめろよ……!」

 

体についた口らしい割れ目から、金切った咆哮を返す巨怪。

 

アルス「――っ!」

 

それが、アルスの逆鱗に触れる。

閃光を放ち、展開する“本”。周囲に漂っていた蒼銀の“天の血”が、一斉急速にアルスの眼前へと渦を巻いて集束していく。小さき雷鳴を轟かせながら球状に凝縮していく“天の血”の中で、まばゆい輝きが乱反射して止まらない。(あお)き雷電が内部から迸り、

何者をも近づけさせない。

怯み、圧倒される巨怪。

 

アルス「こっちに!」

 

アルスの額からは血管を浮き出ていて、耳鼻からは出血もしている。無意識に限界の一線を越えようとしている。

呆気にとられながらも、セポネは事が行き着く先を見守ることしかできない。

 

 

 

――……ゆっ…くり…と…エクスに息が戻る……

 

 

 

アルス「くるなあああああああ!!!!」

 

限界まで凝縮された蒼銀の“天の血”を今、一気に解き放つ――

 

 

 

雷砲――そのあまりに強大な一撃が――轟轟(ごうごう)と音を鳴り響かして放たれる――

その一撃は一瞬にして巨怪を穿(うが)ち――貫き――破壊し――

更にはその先にある木々までも、跡形もなく消し飛ばしていく――………

 

 

 

セポネ「きゃあああ!」

 

嵐のような風圧が起こる。セポネは、エクスを庇いながら精一杯でそれを耐え抜く。

ようやく風がおさまり、顔を上げるセポネ。

 

セポネ「!」

 

驚愕する。

雷砲の痕跡…森林の中にできあがったまっすぐな一本道。草花が吹き飛び地面が露出していて、木々も破壊され消し飛ばされてしまっている。破壊された木の断面には、焼け焦げた痕も残っている。

その一本道の途中、転がった数個の物体が、形を崩しながら暗赤の煙となって土に帰っていく。……巨怪の残骸……文字通りもはや見る影もなく、やがて完全なる消滅を迎えていく……。

 

 

静けさを取り戻した森林。“天の血”が、蒼銀から元の色鮮やかな暖光へと戻り、再び姿を隠していく。

アルス「はぁ……ぁ……は…ぁ……」

 

正常な呼吸ができていないアルス。耳鼻だけでなく、左目元からも流血していて、それとは対照的にひどく青ざめた顔をしている。とうに、限界は越えている。

 

アルス「――ッ―ガフッ――」

 

口から多量の血が吹き出る。そのままアルスはよろけて、地面に倒れ込む。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。