エクス「めっちゃアホみたいなこと言っていいですか?」
アルス「…なに?」
エクス「…あいつ、今倒しません?」
…………その一言に、アルス、
アルス「はあああ!?」
でかい声が出る。
アルス「バカなんじゃないの!?」
エクス「いや、師匠、マジ――」
アルスはそんなエクスの胸ぐらをつかみ、
アルス「お前今死にかけたばっかだろうがぁ!!」
と、ブンブン揺する。ガクンガクンするエクス。
エクス「マジで!師匠!ちょ!それは!ごめんなさい!」
アルス「とっとと逃げんのぉ!」
顔面をエクスに突き合わせるアルス。圧がでかい。
エクス「話し聞いてください師匠!」
アルス「なんだよぉー!!」
二人の横でおろおろするセポネ。
アルスに圧倒されながらもエクスは説得に入る。
エクス「このまま逃げたとしても、多分あいつ村にまで来てもっとやばいことになります!だから逃げるのはやめましょう!俺が間違ってました!」
アルス「でもさぁ!!……」
アルス「…ぇ…でも…」
言葉が出てこず、顔に曇りがさす。
アルス「じゃあ…ど、どうしよう……」
胸ぐらから手を離し、エクスに
エクス「だから!ここで倒すんです!」
アルスにそう言い聞かせるエクスであったが、その言葉はアルスを再燃させる。
アルス「なんでそうなるんだよ!!」
エクス「そ――」
アルス「さっき全然ダメだったのにさぁ!ねえ!!わかってんの!?」
何かを言いかけるエクスに対し、アルスはその暇を与えず、怒鳴り散らす。
アルス「次やったら、ほんとに死んじゃうよ!?」
しかし……
アルス「バカだよ!…バカ!!」
それとは裏腹に声が震え、目に涙が溜まっていく。
アルス「もう!…ぐすっ……」
そしてとうとうこぼれ落ちる。
アルス「…や…やめてよ!!」
なかば
エクスはただ、その涙に呆然となってしまう……。
アルス「もう…ぐすっ…あんなの、だめだよぉ……」
声は勢いをなくし、
その様子に、気が沈んでしまうエクス……。すすり泣くアルスに言葉を絞り出す。
エクス「……ごめんなさい。師匠……あれは、……完全に俺がバカでした……」
アルスから返事は返ってこない。
エクス「マジで調子に乗りました…最悪です。正直先生にも顔向けできません……」
アルスの前に
エクス「だから約束します。もうあんな無茶な事はしません…ちゃんと目ぇ覚ましました…」
そして、その先にある思いを言葉にして伝える。一つ、一つと、自分自身の口から出てくるものを確かめるようにして、
エクス「……それでも…それをわかったままで……俺どうしても…ここから逃げたくないんです…」
慎重に心を声に変えていく。
エクス「だから……そうですね……これは俺のわがままです」
俯いているアルスを、まっすぐに見つめる。
エクス「師匠…一生のお願いです。俺と一緒に戦って下さい。師匠となら、あいつを倒せます」
アルスは言葉に反応を示す。顔を上げ、エクスと目を合わせる……不安、心配、疑問…入り交じった少女の泣き顔。アルスはエクスから目線を
アルス「……僕…無理だよ…できないよ…」
エクス「できます」
エクスはそう言い切ってみせる。
再びエクスと目を合わせるアルス。戸惑いを隠せない。
アルス「なんで……」
エクス「俺一人じゃ無理でした。師匠一人でも無理かもしれません。でも俺と師匠の二人なら、あいつに勝てます」
アルス「……本気なの?」
エクス「もちろんです」
アルスの表情からは戸惑いが消えない。しかしそれでも、エクスの目を見つめ返す……。
……セポネを、魔法で生成した土の壁に隠すアルス。
アルス「絶対にここから出ちゃだめだからね?」
セポネは体を震わせ縮こまり、今にも泣きそうな表情でアルスを見上げる。
巨怪を警戒して目を向けているエクスの元へアルスがやってくる。汗が頬を伝い、本を抱えている手に力が入る。
エクスはアルスに気づくと、
エクス「じゃあ師匠、よろしくお願いします!」
エクスに
アルス「死んだら、絶対に許さないから」
エクス「任してください!」
不敵に返すエクス。
巨怪の方に向き直ると、エクスは
狙いを巨怪に定め直すと、
それを確認すると、胸一杯に息を吸い込むアルス。そして――宣言する。
アルス「ポアルカ!」
“本”が、
その煌めきに導かれ、地面から三本の
エクス「いきます!!」
木々の間を縫うように駆け抜けていくエクス。そうすることで、蔓縄達を木、一本一本に絡めながら巨怪に接近していく。
引っ張られるように、三本の蔓縄は地面から生え伸び続けている。
形相を纏った巨怪――察知する。
その視線の先に、森林の中を回り回って近づいてくるエクスの姿。
右目の怪火を
巨怪の接近に備えて進行方向を変えるエクス。警戒を怠らずに木々の間を駆ける中、後方から巨怪の
見失っては見つけ、バカ正直に追い回してはまた見失う…怒りに我を忘れている巨怪はエクスに
エクスが巨怪と命懸けの追いかけっこを繰り広げている一方、その付近にて、小振りの
…展開した“本”を片手に、眉間に
土砲台は一つだけではなく、エクスと巨怪を囲むようにしてあちらこちらで形作られていっている。完成は近い。
各箇所の土砲台へとアルスはこまめに目線を配る。息が弾み、顔から汗が噴き出て、魔法の行使が着実に体力を削っていっているのがわかる。
アルスの後方。
セポネ「ひぐっ―!」
更に体を
巨怪を連れ回しては逃げ回るエクス。
しかし、ふとした
エクス「っぐ!!」
――衝撃――張り詰めた蔓縄達にエクスは胴体丸ごと引き留められ、もっていかれる。
盛大に後方へすっころぶエクスへと、巨怪がそんなのお構いなしに迫ってくる。
咳き込みながら咄嗟に巨怪の方を確認するエクス。
巨怪の
一気に青ざめるエクス。身体に巻きついた蔓縄を必死に外そうとしながら、
再び走り出す。しかし巻きついた蔓縄はびくともせず、更には巨怪の足に絡まったそれに引っ張られ、エクスはまた転ばされてしまう。巨怪との距離は詰まるばかり。エクスの
咄嗟に、アルスが“本”をかざす。
エクスに巻きついた蔓縄達が自らほどける。解放された瞬間、すぐさま横に飛び込むエクス。
間――一髪――巨怪の
エクス「あぶねえあぶねえあぶねえ!!」
その場から全力撤退するエクス。
アルスの肝は冷えっ冷えだ。
大急ぎで、再び蔓縄達を
エクスが蔓縄達を木に接触させると、蔓縄達は自らその木に結びつき固着する。
堂々と、立ちはだかるエクス。
エクス「師匠ぉおーーー!!!」
合図が来た――目を見開くアルス。
アルス「はあああ!!」
“本”の纏いし鮮光が煌めきを増す――アルスの前方、地面から生え出た三本の蔓縄達…その身から“
エクスが木に結びつけた部分を終点として目指し、木々の間で
――そして完成する。まるでワイヤートラップのように、エクスと巨怪の間に何重にも張り巡らされた、魔法特製・蔓縄のひっかけ罠。
向ってくる巨怪――勢いで一つ目の罠を破る。しかし、二つ目を破る頃にはその勢いを減退させられ、三つ目は破ることすらできずに足をつっかえさせられ、更にはそこに重なった四つ目によって完全に足を取られ、とうとう巨怪は自身の多足まで絡ませてバランスを失い、
アルス「!」
気張るアルス。
各場所で待機していた土砲台達が
巨怪に向って
着弾前に展開する土玉達、蔓植物製のネット弾へと姿を変え、
倒れた巨怪に四方八方から次々と降りかかる。
巨怪に絡まった蔓縄と結合し、更にその身動きを封じていくネット弾。
荒れ狂ってもがくも、抵抗虚しく巨怪は着実に拘束されていく。苛立ち咆哮をあげれば、エクスによって蔓縄を噛まされ口すらも封じ込まれる。
ペースはまばらだが、土砲台達は放射を続けている。
息苦しさに、顔を歪めるアルス。しかし、気力を保ち振り絞る。
蔓縄を手に持ち、エクスは巨怪の周囲を
その
ある一点にて、拘束内部から猛烈な抵抗が起きる。ネット弾の
エクス「!」
エクスは、反応が遅れる。
――魔手が――既に目の前に――
――間に合わない――状況の認識すら追いついてこない――視覚では捉えているはずなのに――その絶望に脳が気づく頃には――きっと殺されている――…
…――突如、エクスと魔手の間に大量の〈水〉が発生する。それが
膨張しきった〈水〉が弾け飛び、その衝撃がエクスと魔手を突き放す。
視界の
エクス「師匠ナイッスゥウーー!!」
瞬時に受け身を取り、今出せる全力で走りだすエクス。
アルスも、もうなりふり構わない。
アルス「くぅっ!」
限界ギリギリまで、体力を魔法に注ぎ込む。
アルス「おああああ!」
エクス(は認知できていないが)の
“俺の中の強さ……”
“俺だけの強さ……”
――一段…そしてまた一段…形は
“そんなのまだわかんねえ……”
――踏みしめる度に、今にも破裂しそうな足の筋肉を、
――歯を食いしばって従わせる。
“だからだ”
――眼光は鋭く。
“だからまだ終われない!”
――高みを目指す。
“こんなやつに負けてる場合じゃない!”
――やがて最上段へ。エクスは、肩にかけたハエタタキを右手に
“これから俺は……”
――勢いそのままに、ありったけを込めて、今、最上段から飛び上がる。
――その先は、巨怪の頭上。
“俺は…!!”
決死のエクスは、空中から狙いを定め、ハエタタキを構える。
アルス「いっけえええええええ!!!」
アルスが、鮮光煌めく“本”をかざす――
――ハエタタキから“
対する巨怪は顔面部分の拘束を食い破って、エクスへと魔手を放つ。魔の手の五本指が、まとめて
――ハエタタキが、とうとう一筋の槍へと…“天の血”宿りし魔法の武具へと完成する。
迫り来る魔手――エクスは瞬時に見極め、ハエタタキで紙一重にその攻撃を受け流し、
エクス「ぉぉぉぉおおおお――」
再びハエタタキを振りかざすと、そのまま巨怪の顔面へと一直線に飛来していく。
エクス「――らあああああああぁぁああああ!!!!」
喚く巨怪が、エクスを直接喰らおうと、
――決着は一瞬――
――
貫かれた巨怪の左目空洞から、一気に
おぞましい悲鳴絶叫をあげ、
……膝から崩れ落ちるアルス。ひどく咳き込む。
息は絶え絶えで、どこか
エクス「――ししょ――ハッ!―ハッ!―師匠ーー!!」
アルスに呼びかけながら、エクスが力無く駆け寄ってくる。こちらもこちらで息切れがひどい。
アルスのもとに辿り着くと、エクスはすぐさま彼女を支えようとする。
エクス「大丈夫です――」
すると、なかば倒れ気味にエクスにもたれかかるアルス。
エクス「あっ、うぉ、」
アルスを受け止めたまま尻餅をつくエクス。
アルス「はぁ…はぁ…だいじょぶ…でも…はぁ…やすみたい……」
エクス「もちろんです!休みましょう!」
そういうエクスもまだまだ息は整っていない。喉に絡んだ痰を咳で払う。そしてアルスの肩を持つと、そのまま木にもたれさす。
エクス「マジで最強中の最強の動きでしたよ師匠!ていうか命救われました!!ありがとうございます!!」
アルス「よ…よっしゃあ…」
と、弱々しく拳を掲げるアルス。
……一方、か細く鳴き声をあげながら、巨怪は刻一刻とせまる死期に抗っている。しかし、その巨体を支えている多足は、一本、そしてまた一本と音を立てて崩れ落ち、
立ち上がり、巨怪の方へ険しい視線を向けるエクス。しばしを経ると、アルスに話しかける。
エクス「師匠、ここでちょっと待っていてください。完全にとどめ刺してきます」
向かおうとするエクス。その服の
アルス「だめ…僕も行く……」
そう言って精一杯起き上がろうとするアルスを、エクスは
エクス「無理しなくて大丈夫です。後は俺一人でも行けますから」
アルスは首を横に振ってエクスの服を掴み直す。
アルス「いやだよそんなの……」
朦朧としながらも、なんとか言葉を続けて、エクスを引き留めようとする。
アルス「絶対最後まで…一緒に戦うから…だから……一人で行かないで……」
服を掴んだ手だけは離さない。
アルス「二人で戦って…ぜったいに勝つから…だから一人で行かないで…」
その願いをエクスは聞き入れる。
掴んで離そうとしないアルスの手を
エクス「……そうでしたね」
土壁の裏…セポネは未だ身体を震わせながらアルスの言いつけを守っている。
エクス「セポネェー!」
セポネ「!」
声のする方に顔を向けるセポネ。
エクスが手を振り、こちらへ呼びかけてきている。その横ではアルスが木にもたれかかっているのも見える。
エクス「セポネェ!」
手で口の周りに輪を作り、拡声させて呼びかけるエクス。
ちょうどその時、エクス達の気づかぬところで、草陰の中から逃げ遅れた子鹿が一匹顔を出す。子鹿は周囲を
弱り果てた巨怪が、反応を示す。
巨怪の目線――ノイズに侵され歪みきった視界の中、「何か」が動いているのがわかる。自分から逃げていく「何か」…。
エクスは、セポネに呼びかけ続けている。
エクス「あともう少しで終わるから!」
コクコクと、不安げながらもしきり頷くセポネ。
エクス「だからそのままジッとして――」
エクスが呼びかけている途中、「何か」の断末魔と共にセポネの真横にそれが転がってくる。反射的にセポネはそれを見る。見てしまう。
咄嗟に巨怪の方を警戒するエクス。
巨怪はなにやら荒ぶってはいるがやはりどこか弱々しいまま。エクス達の存在も認識できていないようだ。
エクスはセポネに向き直り再び声をかける。
エクス「セポネェ!大丈夫だから!そのままジッとしてろよー!!」
セポネは、目の前に転がったそれから目を離す事ができない。暗がりに転がったそれが一体何なのか徐々に気がついていくのと同時に、セポネの正気はたやすく混乱に食い荒らされていく。正常な呼吸の仕方を忘れ、額に冷や汗がとめどなくにじみ、激しさを増す
……セポネの瞳に映っているそれ……裂けた腹から飛び出ている、真紅にまみれた骨肉と臓物……虫の息を繰り返す、子鹿らしきもの……。
エクス「セポネェー!」
エクスの声は、もはやセポネに届いていない。
一度した瞬きの際、セポネは瞼の裏に子鹿と同じ運命を辿った自分を投影してしまう。
セポネ「――っ」
驚愕するエクス。
エクス「セポネ!?」
エクスの焦る声で、アルスも異変に気づく。
――弾む吐息の音、一目散に駆ける
エクス「セポネェーー!!」
涙を浮かべ、ただ無我夢中になって小川へと逃げるセポネ。
巨怪が、気づく。
セポネ「―はっ―はっ―はっ―…ぅう…」
ひたすら逃げる途中、こみ上げてくる吐き気。セポネは思わず立ち止まってしまう。
セポネ「゙うっ、ぅ゙おええぇ…」
膝が折れ、その場に吐き出す。
上がりきった息……セポネは既に疲れ果てている。服に飛び散った
……その真後ろには、既に巨怪がいる。
アルス「えびせんぱぁあい!!」
アルスの絶叫が響く。
――一発、重苦しい音が鳴る。
うつぶせで転ばされているセポネ。背中には、飛び散った鮮血が
錐状の魔手の先端より、血が
エクス「………………」
エクス自身、この状況に呆然としている。目では見ないように、片手で腹部を探る。自分の腹から、魔手が飛び出ていることを確認する。
エクス「………………マジか……」
表情が、悲痛に歪む。まだ諦めきれていない。
「ゴフッ――……?」
吐血する。自分が血を吐いたという事実に、一歩遅れて気づく。
巨怪は今の攻撃で力を使い果たしたのか、これ以上動く気配がない。その左目空洞から突如
その際、エクスの腹部から魔手が引き抜かれる。
とうとう、地にひれ伏す巨怪。
セポネのすぐ横に、うつぶせで倒れ込むエクス。その背面全体も真紅に染まっている。
それを前にして、セポネはただ取り乱し、何もすることができない。
アルスは、まるで静止画のように呆然としている。
アルス「…………」
何が起こったのか、わかっていない。
アルス「……ぁ…あ…」
ふと、固まっていた口が、ようやく動きだす……
アルス「せんぱい……」
その人のことを、口にしてみる……
アルス「えびせんぱい……」
もう一度、口にしてみる……しかし何も…何一つとして、変わることはない。そうして、アルスはようやく状況を理解する。表情に絶望がにじみだす。
アルス「えび先輩!!」
アルス「先輩!!」
息を切らし、走り続ける。
そしてエクスの元に駆け寄る。
アルス「えび先輩!えび先輩!!」
必死になって呼びかけるアルス。
しかし、エクスの意識は戻らない。もはやエクスには、表情と呼べるものも無くなっている。
セポネも、その様子を傍観することしかできない。
咄嗟にアルスは“本”を捨てエクスの傷口を両手で押さえ込む。しかしそれは逆効果で、その両手はエクスの傷口に沈み込む。圧迫された傷口からは、血液がさらに溢れ出し、アルスの両手はエクスの血で真紅にまみれる。
アルス「ああ!だめ!!」
その手で“本”を拾い上げ、エクスの傷口にかざすアルス。
アルス「ポアルカ!」
強く、
アルス「ポアルカ!!」
強く唱える。
アルス「ポアルカ!ポアルカ!!」
しかし、“本”は一向に反応を示さない。
アルス「ポアルカァ!!」
絶叫に近い声をあげても、“本”が応える気配はない。
アルス「はぁ…はぁ…ポア…ル…カ……」
やがて、アルスは諦め、力無く
セポネ「…ど…どうして……?」
アルス「……僕……まだ…」
アルスは打ちひしがれて答える。
アルス「使えなく…て……」
……その場を、絶望が埋め尽くす。
アルス「…どうしよう……」
真紅に染まった両手が震え出す。
アルス「どうし…よ……」
うまく、声が出せない。
アルス「は…ぁ……やだ……ぁ…いやだ…ぁ……」
嗚咽が混ざって、言葉が続かない。
アルス「いや…だ……いやだぁ……あぁ…あああ!!」
そして、涙が
アルス「ああああ!!やだ!!い…いやだ!! いやだいやだ!! いやだああああ!!」
天を
セポネもつられ、涙がひとりでに溢れだす。もう手立てがないことがわかってしまう。
アルス「せんぱ……い……!…ぁ……あぁ…」
アルスは、全力で現実を拒絶する。
アルス「いやだああああああああああ!!」
絶叫が…響き渡る……
……それだけ……あたり前のように、現実は変わらない……放心状態となったアルスに聞こえてくるのは、セポネの謝罪と号泣の声だけ…………顔が、くっしゃくしゃになって歪んでいく……何かがこみ上げてくる……すぐそこまで登ってきて、とうとうそれは大粒の涙となって、痛々しいまでの嘆きとなって放出されていく。……そこからアルスは吐くように泣きだすだけ。言葉なんて無い、ただの喚きと嗚咽だけを、吐いて吐いて吐けるだけ吐き出す。アルスは、目を真っ赤に腫らして年相応に泣きじゃくりだだをこねる。それは、耐えがたいものに対して本能が打って出た気休めの策……すぐに限界が訪れる。
涙も、声も、やがてアルスは全て出し切る。そして、横たわったエクスに顔を埋める。
アルス「いやだ……死んじゃ…いやだ…ひくっ…起きて……起きてよ…ひくっ………起きてよぉ……」
全部、出し切った。全部出し切った上でアルスはまだ、エクスの目が覚めることを望む。
そして……
アルス「……お願い……」
そう。願った。
たった一つだけ……悲哀に涙し、絶望に声を
それが必要だった。最後の最後に残る純粋な想いだけが、その魔法のトリガー。
アルスの
……きらり…きらりと……
……ふつ…ふつと……
あちらこちらから、“天の血”がその姿を湧き上がらせる。
エクスの身に
世界は、夜を吹き飛ばしていた。
昼と
星の数ほどある中の一粒が、アルスの目の前へと進み出る。ふと一瞬戸惑うも、アルスは自分が何をすべきかすぐに理解した。
「……お願い……助けて……いなくなってほしくないの……」
願いを指先に込め、触れる。……すると、その一粒が帯びていた色鮮やかな光は、目が冴え渡るような
そして、その一粒をはじまりとし、やがては周囲の“天の血”全てが蒼銀へと変質していく。
「…あ…」
思わず声をあげるセポネ。その瞳にもしっかりと蒼銀の“天の血”が映っている。生命の源から変質を遂げた“天の血”は、常人にも視認することができた。
蒼銀の“天の血”達が、白雪のようにエクスの元へ舞い落ちていく……パチリ…パチリ…と音を鳴らし、エクスの傷口へと溶け込んでいく。その様子をアルスとセポネは固唾を飲んで見守る…。
エクスの傷口が出血を止め、明かに塞がっていく。
――地響き。
固まるアルスとセポネ。恐る恐ると、横を向く。
“天の血”を退けながら、瀕死の巨怪がまだ立ち上がってくる。既に体は半壊していて、どこに顔があるかもわかったものではない。
恐怖に言葉を失うセポネ。しかし、その横でアルスは歯を食いしばり、静かに怒りを
アルス「もうやめろよ…」
そうつぶやくアルスに呼応して、蒼銀の“天の血”が逆立つ。バチバチと放電音を鳴らし、互いに電流を繋ぎ合う。
もはや彼らも巨怪を恐れない。一帯が、彼らの光に満ちていく。放電による威嚇が巨怪を痛めつける。
“本”片手に、踏みしめて立ち上がり、揺るぎなく巨怪をにらみつけるアルス。
アルス「やめろよ……!」
体についた口らしい割れ目から、金切った咆哮を返す巨怪。
アルス「――っ!」
それが、アルスの逆鱗に触れる。
閃光を放ち、展開する“本”。周囲に漂っていた蒼銀の“天の血”が、一斉急速にアルスの眼前へと渦を巻いて集束していく。小さき雷鳴を轟かせながら球状に凝縮していく“天の血”の中で、まばゆい輝きが乱反射して止まらない。
何者をも近づけさせない。
怯み、圧倒される巨怪。
アルス「こっちに!」
アルスの額からは血管を浮き出ていて、耳鼻からは出血もしている。無意識に限界の一線を越えようとしている。
呆気にとられながらも、セポネは事が行き着く先を見守ることしかできない。
――……ゆっ…くり…と…エクスに息が戻る……
アルス「くるなあああああああ!!!!」
限界まで凝縮された蒼銀の“天の血”を今、一気に解き放つ――
雷砲――そのあまりに強大な一撃が――
その一撃は一瞬にして巨怪を
更にはその先にある木々までも、跡形もなく消し飛ばしていく――………
セポネ「きゃあああ!」
嵐のような風圧が起こる。セポネは、エクスを庇いながら精一杯でそれを耐え抜く。
ようやく風がおさまり、顔を上げるセポネ。
セポネ「!」
驚愕する。
雷砲の痕跡…森林の中にできあがったまっすぐな一本道。草花が吹き飛び地面が露出していて、木々も破壊され消し飛ばされてしまっている。破壊された木の断面には、焼け焦げた痕も残っている。
その一本道の途中、転がった数個の物体が、形を崩しながら暗赤の煙となって土に帰っていく。……巨怪の残骸……文字通りもはや見る影もなく、やがて完全なる消滅を迎えていく……。
静けさを取り戻した森林。“天の血”が、蒼銀から元の色鮮やかな暖光へと戻り、再び姿を隠していく。
アルス「はぁ……ぁ……は…ぁ……」
正常な呼吸ができていないアルス。耳鼻だけでなく、左目元からも流血していて、それとは対照的にひどく青ざめた顔をしている。とうに、限界は越えている。
アルス「――ッ―ガフッ――」
口から多量の血が吹き出る。そのままアルスはよろけて、地面に倒れ込む。