〈二十〉
目を覚ますアルス。
立っているのは、木の根や枝が密集して折重なってできた地面。どこまでも果てしなく広がっている。アルスの前方には夜空が広がっていて、後方には
不可思議そうなアルス。ある一点に目がいく。
目の前に広がる夜空から、
月を見つめるアルス。
月に向かい一歩踏み出す。
アイデン「アルス?」
アルスは足を止めて振り向く。
朝の方にアイデンが立っている。杖をついておらず、頬の
アルス「ママ!」
嬉しそうにアイデンに駆け寄り、抱きつくアルス。アイデンも微笑んでそれを受け止める。
アルスはふと不思議そうにアイデンを見上げる。
アルス「なんでママもここにいるの??」
屈んでアルスと目線を合わせるアイデン。
アイデン「アルスに会いにきたに決まってるだろ?」
そう言ってアルスのほっぺをむにゅむにゅする。
アルス「うにゅぅ、やめてよぉ」
アイデン「あはは」
ほっぺから手を離す。
アイデン「アルス、戻ろう?もといた場所に」
アイデンは目で月を指すと、
アイデン「あそこに行ったらね、アルスはアルスじゃなくなっちゃうんだ。まだそうなる必要はないよ」
月はただ静かにそこに存在している。
アイデン「人間はきっと、みんないつかはあそこに行くんだ。でも、アルスはまだ行かなくていいんだよ?」
アルスは悩ましげだ。
アルス「でも、お月様が呼んでる。待ってくれてるんだよ」
アイデンに向かって答える。
アルス「だから僕行かなくちゃ」
アイデン「……アルス。呼んでるのはお月様だけじゃないよ?」
アイデンは立ち上がると、アルスに朝の方を見せる。
アイデン「ほら」
アルスは見入る。
二人の目の前に広がる朝空に、
アイデン「心の耳をよく澄ませて?お日様もアルスのことを呼んでる」
アルスの瞳が潤む。
太陽からエクスや友達、村の皆の声が聞こえてくる。
アイデン「アルスはあっちに戻っていいんだよ?」
アルスは太陽の光いっぱいに浴びる。
アルス「僕、戻りたい…」
アイデン「うん…」
アルス「僕、まだあっちにいたい…!」
アイデン「うん…」
アルス「まだ生きてたい!」
アイデン「うん」
アイデンの手がアルスの背中を押す。
太陽に向かって走り出すアルス。
アイデンはそれを見守る。
高揚して走るアルス。
途中でピタッと止まると、振り向く。
アルス「ママ?ほら!早く行こう?早くー!」
ピョンピョン跳びながらアイデンを待つ。
アイデン「ママは……」
アイデンは口を開き、そのまま固まってしまう。何かを言おうとしたがそれをやめる。
アイデン「うん…行こうか…」
笑顔を見せるアイデン。
アルス「はーやーくー!」
アイデンは急かすアルスのもとへ。
アイデン「アルス!競走しようか!どっちが先にあそこまで行くか」
太陽を指さすアイデン。
アルス「いいよー!」
アルスは運動会の子供のようにスターティングポーズをとる。
アイデンも一緒にそうする。
アイデン「いちについてー……」
浮き足立つ様子のアルス。
アイデン「よぃどん!!」
アルス「!?」
不意にかけ声を発し、先に走り出すアイデン。
アルス「ちょっとー!ずるぅー!!」
アイデン「あっはっは!」
遅れてアルスも走り出す。
笑いあい駆ける二人。
アルスは一生懸命に走り、やがてアイデンを抜かす。そのまま走り続ける。
太陽を見上げて走る。
風がそよぐ。アルスの頬を【
アイデンは走ることを止め、その様子を見つめる。見つめ続ける。
アイデン(それでいい……)
駆けていくアルスの背中。
アイデンは安堵のため息をもらす。
走り続けるアルス。笑顔が溢れでてくる。
アイデン(素敵だよアルス。その純粋に世界を見つめる瞳で進んで。どうか自由に未来を
アイデンの目が潤み、頬が紅潮していく。口元が震える。そしてとうとう表情が歪むとアイデンは思わず自分の口元を手で押さえる。
小さくなっていくアルスの背中。
アイデンはアルスから目を離さず、声を殺して泣く。
太陽の光がアルスを包んでいく。
アイデン「あぁ……愛している…」
アイデンは泣くことをやめて、代わりにアルスへ笑顔を手向ける。
アイデン「ありがとう、アルス」
アルスは光の中に消えていく。
アイデン「いってらっしゃい!」
〈二十一〉
アルマル宅、早朝。目が覚めると、セポネを含めた女の子達がいかにも心配げにこちらを見つめている。
短髪娘「起きた!」
セポネ「大丈夫!?アルスちゃん!」
女の子「大丈夫?痛くない?」
ベッドに横たわっているアルス。頬には血が拭き取られた跡がある。アルスは寝起き顔で
アルス「ただいま」
微笑んでそう答えるアルス。女の子達やその後にもいる数人の大人達から安堵の声があがる。アルスは遅れてセポネの存在に気がつく。
アルス「セポネちゃん…よかったぁ…」
セポネは無言でひしっとアルスに抱きつく。
アルスはそれを受け入れるが、次第に表情は不安げなものへと変わっていく。
アルス「えび先輩は?ママは!?」
そう言って辺りを見渡す。そんなアルスを短髪祖母が
短髪祖母「大丈夫。二人とも外にい――」
エクス「せんせぇーー!!」
外から聞こえてきたエクスの叫びが短髪祖母を遮る。
アルス達は全員驚き、玄関の方を見やる。
困惑するアルス。
室内から玄関外へと、少量の【
咄嗟に動きだすアルス。
女の子「アルスちゃん!?」
玄関外へと急ぐアルス。
アルス「!」
玄関外、アルマル宅前
アルスが玄関から出てきたことに気づくエクス。涙ぐんでいる。
エクス「師匠…!」
アルスはエクス達が見ていた方に目を向ける。
草原には他にも多くの村人達が立ち尽くしている。そしてみんなが草原の先を見ている。そこには、
人の形をした【
村長や要人達を始めとし、村人達はみんなそれを見て呆然としていたり、悲しんでいたり。涙を流す者も見られる。
アルスもまた呆然とそれを見つめる。
アルスの瞳に映った【天の血】は、やがて人の形を崩していく。
そのまま朝日の方向へと昇りながら、輝きを失って消えていく【天の血】。
アルスの瞳が揺らぐ。
アルス「…ママ……?」
〈二十二〉
原っぱの大木の下。村人全員が集まっている。
「アイデン・アルマル」の名前が刻まれた墓石に花束が幾つもそえられている。
アイデンを
その最前でお墓を見つめるエクスとアルス。
アルスの目に自然と涙が溜まっていく。顔がくしゃくしゃになる。涙は零れて止まらなくなり、思わずと泣き声が漏れ出す。
その隣で
アルスの泣き声が響く中、村人達もまた
自分の服の
・・・・・・・・・・・・
惜しむ様子を見せながら、村人達は一人、そしてしばらくするとまた一人と、その場から帰っていく。しかしアイデンの墓前にはまだまだ人が残っている。
手を握りあったままのエクスとアルス。
エクス「師匠…」
泣き止んだアルスにエクスは声をかける。
アルス「僕、生きる…」
喋り出すアルス。エクスは黙って耳を
アルス「生きてく…それで、ちゃんとママが安心できるくらい、僕にとって大切なものいっぱい見つけて、全部大事にして、そうやって生きてく……!」
そう言って、アルスは力強くエクスを見つめる。頬に残っている涙の跡が朝日できらめく。
アルス「そうだよね?」
エクスもまた、力強く見返す。
エクス「はい…!」
〈二十三―一〉
崖の前にやってくるエクス 。
エクスは服の裾をめくり、自分の腹部を確認する。
傷は無く、代わりに
エクス(俺やっぱり腹に穴空いてたよな…)
「朝と夜の間」の景色がよぎる。
エクスは崖を見据え進み出す。
〈二十三―二〉
アルマル宅。
玄関扉が開きアルスが帰ってくる。
家の中を見渡すアルス。
静寂の室内。
ふとアルスは何かを見つける。
椅子を引いてその上に登り、テーブルの上に置いてあった紙に目をやる。
『二階屋根裏の隠し部屋! ママ』と、書き置き。
アルスの目が見開かれる。
アルスは椅子から飛び降り、大急ぎで二階へ。
気持ち息を弾ませ二階に到着。
壁に描かれた矢印が、部屋の隅っこに置かれた洋服棚とそこの壁との間にできた僅かな隙間を指している。
隙間。アルスが覗き込んでくる。
アルス「あ」
何かを見つけるアルス。手を差し込む。
その手が、隙間の中の壁に描かれていた魔法陣に触れる。
アルス「ポアルカ…」
起動する魔法陣。
二階天井の一部分が一瞬四角形に発光する。するとそこが開いて中から屋根裏に続くはしごが降りてくる。
アルスは呆気にとられる。
〈二十三―一〉
崖の岩肌に手がかけられる。
歯を食いしばり、エクスは崖を登っていく。
〈二十三―二〉
アルマル宅屋根裏部屋。床にぽっかり空いた四角形のはしご穴からアルスがひょっこり顔を出す。
部屋に上がるアルス。ぎっしりと本がしまわれた本棚が壁に設置されており、部屋奥には
本棚の中は大部分が魔法指南書。それに混ざって『料理研究記』や『エクス・アルビオの育て方(全三巻)』なども。
木机の上には、ランタンや羽根ペンの他にエクスがアルスに贈った赤い花が一輪、ガラス花瓶に生けられている。
目を輝かせるアルス。
木机へと駆け寄っていく。
・・・・・・・・・・・・
アルマル宅前に広がる草原。その中に咲いている花々が風にそよぐ……そこから何度も何度も途方もないほどの朝と夜が繰り返される。その時の中で、花々はさらに咲き誇り、やがてアルマル宅前は一面花畑に。
〈二十四〉
白昼。アルビオ宅内。
玄関扉が開く。
エクス父「ただいまー」
エクス父が布で額の汗を拭いながら帰宅してくる。見た目に目立った変わりなどはないが、白髪が増えている。
エクス母「おかえりー」
炊事場でシチューの鍋を回しながら返事するエクス母。こちらはほんの僅かに頬が垂れたように見える。
エクス父「うぉっほー、豪華だなおい!」
シチューの他に、石窯では特大の猪肉がじっくり焼き上げられている。
エクス母「絶対お腹すかして帰ってくるでしょ。あの二人」
エクス父「違いねえな」
エクス父はエクス母に寄り添う。
エクス父「いよいよだな」
頷くエクス母。
エクス母「いつかいつかとは思ってたけど。まだ心の準備できてないのになぁ…」
・・・・・・・・・・・・
森林の奥。そびえる切り立った崖。不規則な間隔をおいて縦方向に刻まれた何本もの一文字傷。
その傷は崖の頂点にまで達している。
〈二十五〉
アルマル宅前花畑。組み手をして、互いに鍛え合っている村の若者達。
青年が一人花畑の中寝っ転がりながら読書している。読んでいるのは『エクス・アルビオの育て方 第一巻』。
パウロ「あいつほんとに十年前これできてたのかよ」
と頭をボリボリ掻くパウロ。すっかり大人びている。
「パウロにいちゃーん!」
村の男の子三人がパウロのもとにやってくる。
男の子1「槍の使い方教えてよー!」
そう言って木の棒を掲げてアピールする男の子1と2
男の子3「俺はブーメラン!」
男の子3は手作りの歪なブーメランを持っている。
パウロ「ブーメラン??」
パウロは立ち上がって土を払いながら質問する。
パウロ「なんでそんな癖強い武器を?」
男の子3「エクス兄ちゃん使ってたから!」
パウロ「え?…ああ、あれは剣だよ。まあブーメランっていうのもわかるけどな。あれは俺にもできねえよ」
パウロはどこか呆れたように笑う。
パウロ「ってか、お前らにもちゃんと先生ついてるだろ」
三人そろって苦虫噛みつぶしたような顔をする男の子達。
「くぉらああ!!」
男の子達「げ!!」
背後からぶつけられた怒声に背筋を伸ばされる男の子達。
セポネ「ぬぁにサボってんの!!!」
カンッカンのセポネが木の棒
男の子1「逃げろ!殺される!」
ダッシュで逃亡する男の子達。
セポネ「逃げんな!」
男の子3「うるせえ鬼!!」
セポネ「はあ!?」
大笑いするパウロ。
パウロ「セポネ!鬼って呼ばれてんのか!」
パウロをにらみつけるセポネ。
パウロ「ごめんごめんごめん」
セポネ「ほんと、失礼なやつら」
パウロ「あんま厳しくしすぎんなよ?まだ子供なんだからよ」
セポネ「全然厳しくない。なんならパウロ君はあまあますぎ」
木の棒をパウロに突きつけるセポネ。
パウロ「だから、お前は気合い入りすぎ」
パウロはそれを払う。
セポネ「なら、もっと気合い入れる!二人とも明日にはいなくなっちゃうかもしれな……」
セポネは一度口をつぐみ、改めて言い直す。
セポネ「いなくなるから」
パウロ「…そうだな」
セポネ「あとで
サムズアップを返すパウロ。
セポネはその場をあとにする。
パウロは物思いにふける様子で天を仰ぐ。
パウロ「そうなんだよなぁ……」
〈二十六〉
森林の終わり。そこらに生えている木々は全て葉や枝を食い荒らされ、幹には噛み痕や爪痕がつき、傷つけられている。
一撃、また一撃と、何者かが怪物を打ちのめす。
蹴散らされ、消滅する怪物。他の怪物達はそれに
怪物を打ちのめした青年は構えを解くと、深呼吸を一つする。
「終わったー?」
声がかかり振り向く青年。
そこには、銀髪に空色の瞳をした娘が一冊の【本】を抱えて立っている。アルスだ。まだあどけなさが残っているが、彼女もまたすっかり成長している。羽織っているのは、アイデンが着ていた黒のローブ。
アルス「調子どう?」
アルスに歩み寄る青年。途中、青年が近づいたことで空気中に結界が姿を現し、彼を通す。青年は今まで結界の外にいたのだ。アルスの問いに彼は自信満々で答える。
エクス「バッキバキですね」
金髪に
アルス「どゆこと笑」
エクスの返しに思わず笑うアルス。
改まってエクスの前に立つ。
アルス「じゃあはじめよっか」
エクスの目を見て言い放つ。
アルス「卒業試験!」
不敵に笑って見せるエクス。