〈十〉
目が覚める。視界に窓からの日の光が飛び込んでくる。
木造の室内、エクスはベッドで寝そべり、天井を見上げている。頭部に包帯が巻かれていて、頬などに打撲跡も見られる。
左横に目を向けるエクス。同時に、
母が、こちらの身を案じている。
そえられた手の親指がエクスの額を撫でる。
母から目をそらすエクス。
エクス母は脱力する。
エクス母「よかった」
そして息子に言い聞かせる。
エクス母「もう二度と、あんな真似はしないで」
エクスは黙っている。
エクス母「かっちゃんが戻れって言ったの聞こえてたでしょ?」
間を空け、微かに頷くエクス。
エクス母「ちゃんと言うことを聞いて。誰がなんと言おうとあなたはまだ子供なの。できないことの方が、できることよりたっくさんあるの。わかる?」
目元を腕で隠すエクス。固くつばを飲み込み、鼻をすする。
エクス母「勇気があるのもいい。夢を持つのだって最高。でもどっちも生きてないと意味がないの」
顔を歪めて、こらえるエクス。
エクス「……なさい」
こらえるけど、それでも、
エクス「ごめん……なさい…っ」
つられて目に涙が溜まるエクス母。声を絞り出す。
エクス母「生きててよかった」
〈十一〉
パウロの家、玄関先。
木製の棺桶の中に、布を被せられ姿を伏せられた遺体が、開かれた玄関から入り込む光に照らされている。
運搬係の二人が棺桶に蓋をし、外へと運び出す。
玄関外で待機していたパウロ一家がそれを見送る。パウロ父と母は悲傷し、パウロと祖母は手を繋いで一緒に号泣している。
それに寄り添うエクス一家をはじめとした数人の村人達。
エクスは運ばれていく棺桶を静観し続ける。
〈十二〉
日中。村道。
村道の石畳には島々のように水たまりが点在している。その内の小振りなものに、少年の一歩が押し込まれ、波紋を広げる。
肩を落とし、足を持ち上げるように前に出すエクス。
周りを見渡せば、湿り気を帯びた焼け跡が村道に寝そべっている。
それを
エクスは屋台の残骸に刻みつけられた獣の爪痕を目にし、顔をしかめてうつむく。
ふと足下に何かを見つけ、立ち止まる。
壊れて散らばっている柵。そして見上げれば祭壇の上、何事もなくただじっとしている聖剣。その刃の輝きは以前より増しているようにも感じられる。
エクスは聖剣をにらみつける。
肩に力が入り、目の厳しさが増していく。
そして、皺を寄せるほど目をつぶり、エクスはこみ上げた
エクス「バカヤローーー!!!」
声が響く。周囲の人は怪訝な視線を向ける。
叫びきった後、目を開き、再び聖剣を見上げるエクス。その目はすでに悲痛なものに変わっている。
昨日の夜、聖剣から自ら手を離し、怯えた顔をして退く自分がよぎる。
聖剣から視線が外れるエクス。表情が消えていき、
エクスはそのまま立ち去る。
〈十三〉
夕暮れ時。原っぱ。
原っぱの中心の大木へと、幾つもの棺桶を運んで人々が練り歩く。
文字が刻まれた石版が並んで地面に埋め込まれていて、一つ一つに花が添えられている。その内まだ何も置かれていない石に、土まみれの皺ついた手が花を添える。
手の主である村長は、右手に握り拳を作り、それを左掌で下から包んで石版に対して拝む。
村長の後ろにいた人々もそれに続く。何人かにはあざや包帯など、攻撃を受けた痕が見受けられる。
風にそよぐ大木。
〈十四〉
村長は大木と墓を背に、弔いを終えた人々と向き合っている。
声に涙が混じる村長。
村長「ここに今いる者達は、よくぞ生き残ってくれた。礼を言う。外からいらっしゃった方々には、このような事態に巻き込んでしまったこと、なんとお詫びを申し上げるべきなのか、言葉が見つかりません。にもかかわらず、村の窮地に協力してくださったこと、私が代表して深くお礼を申し上げます。ありがとうございます」
村長は深くお辞儀をし、涙を拭う。
村長「皆には紹介せねばならぬお方がいる。どうぞこちらへ」
女性が一人、村長に導かれ人々の前に立つ。
金の装飾がついた黒いローブ。手に本と杖。
人々はささめき、その中で俯いていたエクスはふと顔を上げる。
女性はフードを脱ぐ。
エクスの目が見開かれる。
昨日の夜、意識を失っていく自分が見た景色と、女性が重なる。
束ねられた銀の長髪と、
村長「改めて、昨晩我々の窮地を救ってくださった魔法の使い人、アイデン・アルマル様だ」
ささめきはざわめきに。そのほとんどが、アイデンが魔法使いであることに対しての納得と驚きである。
エクスはざわめきに反応し、もう一度アイデンを見る。
村長が手で制し、ざわめきが収まる。
村長「
アイデン「ありがとうございます。ご紹介にあずかりましたとおり、私魔法の研究のためここを訪れました、アイデン・アルマルと申します」
エクスはアイデンに見入る。
アイデン「昨晩の惨禍、今となってはもっと早くこの村を訪れるべきであったと悔やむばかりです。全うされた生命が、安らかに大地の流れへと還ることを祈ります」
話しを続けるアイデン。
アイデン「大切な話しというのは、あの怪物の対処についてです。昨晩見られた方もいらっしゃるとは思いますが、誠に勝手ながらここ一帯に結界を張らせていただきました。範囲は、聖剣を中心に円を描いて広がり、皆さんが狩り場として使われている森を覆う程です。この結界は、怪物の発生と外からの侵入を防ぐためのものです。中にいれば、ひとまずは安全を保証できるかと」
安堵する人々。
エクスはアイデンに圧倒される。
アイデンは更に続けて、
アイデン「それに合わせて皆さんにお願いしたいことが一つございます。結界の維持には、聖剣が一役買っているのです。皆さんには今後、より一層聖剣に触れることはお控え願いたいと思います。どうか、よろしくお願いいたします」
〈十五〉
原っぱから村へと帰る人々。それとアイデンに並ぶ者達が二組。
老爺の傷が癒えていく。
老爺「おぉ……」
手を離すアイデン。
アイデン「終わりました」
老婆の緊張は解け、老爺はアイデンの方へ向き直す。
老爺・老婆「ありがとうございます」
アイデン「いえ…」
アイデンは額に汗を浮かべている。呼吸も浅い。
老爺は上着を着て、老婆とその場を離れる。その際にもアイデンに会釈をする。
番が回り、アイデンの前へと進むエクス一家。
アイデン「ああ」
エクスが目に入り安堵するアイデン。
アイデン「意識が戻ったようで何よりです」
エクス父「はい。そのことも含めて改めてお礼が言いたくて」
アイデン「いえ、どうかお気になさらず」
エクス父「何をおっしゃいますか!命の恩人ですよ。嫁と息子の命を、村を救ってくださり、本当にありがとうございます」
エクス母「ありがとうございます」
エクス父「ほら、ちゃんと言え」
そう言ってエクスの背中を押す。
アイデンに見入っていたエクスは不意に前に出される。
エクス「…あの!」
まごつくエクス。
エクス「…ありがとう…ございます」
エクス父「なぁんだそりゃ!」
アイデン「いいんですよ」
微笑んでエクスに寄るアイデン。
エクスは硬直する。
アイデン「少年、あまり無茶はするなよ?」
エクスの頭の包帯に触れる。
アイデン「どれ、診せてごらん」
エクス「あ、そんなに痛くないから、大丈夫です!」
アイデン「ふふ いいから」
エクス母「診てもらいな」
エクスの肩に手を添える母。
エクス「うん……。じゃあ、あの、お願いします」
アイデン「了解した」
エクスの傷に、アイデンが触れる。エクスは少し反応する。
だが、やがてエクスは目を閉じてアイデンの手の光に身を委ねる。
光が消え、アイデンの手が離れる。
目を
〈十六〉
日中。村道。
外から家屋の扉をノックする老爺。片手には麻のバスケットを下げている。
老爺「魔法使い様~。いらっしゃいますか~?」
軋む音を立てて扉を開く老爺。中を覗く。
部屋の両脇には、綺麗に本がそろえられた棚が並び。真ん中には長テーブルと椅子が数個ある。
老爺「魔法使い様?」
村男1「デン爺」
村男1が横から話しかけてくる。
村男1「今朝帰られたよ。一晩でここの本全部読んじまったらしい」
老爺「本当に言ってんのか!?」
──幼い健脚が、丘を駆け上がる。
老爺「帰られたって、村から出たのかい!?」
村男1「いや違う。森の前の道具小屋。これからあそこに住むんだって」
──更に駆け上がっていく。
老爺「住むったってお前、もう怪物のせいでダメになってんだろ。改築すんのか」
村男1「いや、それが譲ってくれるだけでいいって。皆で申し出はしたんだけど……」
──足は減速し、ふと止まる。
丘の上、森林の前。そこに小屋はなく、代わりに一軒家が建っている。木材や石材や土が混ざった二階建て。煙突付き。それを見上げているエクス。
エクスは汗を浮かべ、肩で息をし、呆然としている。その表情が驚愕に変わっていく。
エクス「えええええ!?!?」
屋内。エクスの叫び声に反応する小さい影が一つ。
エクスは面くらいながら家に近づく。
玄関ドアの前に立つと、エクスは一旦驚きを捨てて、改めて臨む。
息を吸って胸を膨らませるエクス。
エクス「ごめんくだ──」
それを遮ってドアが開く。
中からエクスよりも一回り二回り小さい少女が出てくる。
エクス「おあああ!!!」
少女「ひぃいい!!!」
驚くエクスにつられて飛び上がる少女。
ドアが速攻で閉まる。
呆気にとられるエクス。ハッとする。
エクス「あの!すいません!開けてください!ごめんください!マジでごめんください!!」
エクス、決死のノック。
ドアが警戒しながら開かれ、少女が再び顔を出す。肩まで伸びた銀髪、前髪に隠れ気味の瞳は空色をしている。
エクスはまたもや呆気にとられる。
エクス「やっっべぇ!!」
エクス大興奮で少女に迫る。
少女「は?え!?」
エクス「小さくもなれるんですか!?それ!どんな魔法なんですか!?」
少女「いや、ちょ、」
たじろぐ少女。
エクス「どうなってんだこれ!?」
少女の周りをぐるぐるして観察するエクス。
少女はそれにつられて目を回す。
少女「ほ ほぁ~~」
アイデン「何やってんだ君たち?」
反応して玄関を見るエクス。
杖をついてアイデンが玄関に立っている。今日は本を持っておらず、ローブも羽織っていない。
目を回したままの少女。
絶句するエクス。
エクス「ふ…!」
きょとんとするアイデン。
エクス「二人いるぅぅ!!」
快晴の空にエクスの叫びが響く。
〈十七〉
アルマル宅。
椅子に座らされ、木のテーブルに両肘をついて顔を覆うエクス。
アイデン「アッハハハハ!」
テーブルを挟んでアイデンが大笑いしている。
アイデン「はぁ~あ」
笑いが収まり、
アイデン「まあそう恥じるな少年。僕もそういう魔法について考えたことがある。いつか研究してみよう」
アイデンは、自分が座っている椅子の背から顔を出している少女の頭を撫でる。
アイデン「この子は我が愛娘だ。アルス、自己紹介しなさい?」
アルス「アルス・アルマルです」
少女の名は、『アルス・アルマル』。アルスはエクスを睨みながら口籠もってそう言う。
エクス「う……」
たじろぐエクス。
アイデン「これ、人を睨まないの」
アルス「アルス・アルマルです……」
睨みをきかせながら椅子の背に隠れていくアルス。
アイデン「すまない、少し人見知りなんだ」
エクス「あ、いえ」
アイデン「さて少年。何か用があってきたのだろう?言ってごらん?」
エクス「あ!はい!魔法使い様にお願いがあるんです!」
アイデン「ふむ。なんだい?」
エクス「僕に、魔法を教えてください!!」
身を乗り出すエクス。
エクスの懇願をアイデンは無言で受け止め、その眼を見つめる。
答えを待つエクス。
アイデンはため息を吐く。
アイデン「少年、いい目をしているな。しかし、君の願いには応えることができない。僕も僕でやらなければならないことがあるんだ。君に魔法を教えてあげられる時間は今の僕にはないんだ。すまないな」
椅子に座り、俯くエクス。
エクス「……わかりました」
アイデン「…ありがと──」
エクス「じゃあ手伝います!」
アイデン「ん?」
エクスは顔を上げる。
エクス「そのやらなきゃいけないこと、僕も手伝います!」
アイデン「んん?」
エクス「なんでもします!だから僕に魔法を教えてください!!」
アイデン「はは そうきたか」
アイデンは微笑むが、エクスから目をそらし
アイデン「だが、やはりだめなんだ。君に手伝えることはない」
エクス「でも……」
エクスはつぐむ。
アイデン「そう落ち込まないでおくれ」
アイデンは席を立ち、杖をついて玄関に向う。
アイデン「世界は広い。魔法なんかより面白いものはたくさんある」
玄関ドアを開く。
アイデン「さあ。今日はもう帰りなさい」
〈十八〉
丘の上から、帰るエクスの背中を見送るアイデンとその腰にしがみついているアルス。
アイデン「まいったなぁ……」
アルスはアイデンを見上げる。
アイデンは困ったようにエクスの背を見る。
アイデン「また来るぞ。あの目は」
見送られながら丘から降りるエクス。まなざしは死んでいない。