2-1, 魔を宿す子供達
〈一〉
色鉛筆を走らせて描いたような淡い記憶。
朧気な風景の中で、僕は何故か安らいでいる。
じゅーう、きゅーう、はーち、
どこからともなく数を数える声が聞こえるから、僕は舞い上がる気持ちを抑えて、急いで隠れる場所を探す。ちょうどいい茂みを見つけて、そこに飛び込む。絶対に見つからないように、ギュッと体を小さくして身を潜める。だけどちょっとだけ見つけてもらいたくって、思わず笑っちゃいそうになった口を手で隠す。
なーな、ろーく、ごーお、
音を立てないように、ひっそりと、茂みの外の様子を
よーん、さーん、にーい、いーち、
足音がもう聞こえない。
おっきめの不安が一個、僕の首の骨を握ってきた。体の内側から、心臓が僕の胸を強く叩き始める。僕はいてもたってもいられなくなって茂みから出る。そして足音が離れていった方向へ走る。
ぜろ!
そして立ち止まった。見つけたからだ。でも、もう既に遅い。あまりにも遠い。二人は、みんなを連れて、僕を置いて、ずっと先へ。ずっと奥へ。
僕はただ、心の奥から湧いてこみ上げてきたその言葉を叫ぼうと――「もーいーかーい!」
声に反応して
瞳の主。
彼は上半身を起こし、そのまま幹の部分に背中を預ける。
鼻で深呼吸をし、眼下に群がる雑木林を見下ろす。
〈二〉
昼前、曇り空、雑木林の中。
すきっ歯の少年が、正面で根を張っている木の幹から、後ろに振り返る形で辺りを見渡している。
茂る草木。それに混じって、比較的少数ではあるが、どこか色味がくすんでいるものや、腐敗し枯れ果てたものも散見できる。
少年「いっくぞー!」
その中を少年は足を踏み鳴らして進む。
少年「ここか!」
茂みや木陰を探索する少年。
少年「ここだな!」
探りを入れる場所にこれといったものはない。
少年「ほれ!」
少年の様子を、隠れてほくそ笑む子供の影が、ちらほらと見え隠れする。
少年はその影達に気がつかない。
少年「なんでぇ、くそぉ」
ふてくされる少年。しかしすぐに鼻を鳴らして不敵に笑う。
目を閉じて、両腕を回し深呼吸をする。そうして、
少年「ポアリオウル!」
そう唱えると、少年の顔面を流れる血管の筋が赤く光り、いびつな
すると、少年の口、鼻、耳は
少年「へへ」
少年は幾ばくか耳、鼻をひくつかせると、改めて駆け出す。
少年「ここだ!」
男子「あ!」
少年「ここだろ!」
男児「おい!」
雑木林の中に隠れた子供達を次々に発見する少年。
少年「ほい!」
美男子「あ!ちょっと待った!」
見つかった直後、少年の服を掴んで引き留める美男子。
美男子「それはずるいだろ!」
少年「な、なんだよ!ダメなんて誰も言ってないやい!」
先に見つかった他の子供もやってくる。
男子「そんなの絶対ケインが勝っちゃうじゃんかよ!ずるだよずる!」
少女「なになに?どうしたの?」
雑木林の中から、ひょこひょこと顔を出し、他の子供達も集まってくる。
美男子「ケインのやつがポアル使った!もう一回やり直し!」
少年「ちぇ、だってみんな揃ってかくれんのうますぎるんだもん」
少年の犬狼に変化した部分が、白煙に変化し消滅する。
美男子「普段からそればっか使ってるから目で探すの下手になってるんだよ」
そう言って少年の鼻先を指ではねる美男子。
そこに、すすり泣く幼女の手を引いて、重たげな足取りで女子がやってくる。
女子「みんな、ごめん」
幼女「すん…すん…」
少女「どうしたの?」
幼女に駆け寄り、あやす少女。
女子「その、一人で隠れてて、つらくなっちゃったみたいで……」
幼女を見て、一同の表情が沈む。
男児「かくれんぼ、やめよっか……」
男児がそうこぼす。
その場の全員が黙りこくる。聞こえるのは、幼女のすすり泣く声だけ。
先端がくるまった触手のようなものが一本、誰にも気づかれることなく、幼女の頭上へと垂れさがってくる。
触手は幼女の目の前に。幼女もそれに気づく。
次の瞬間、くるまった先端が花のように開き、中から
幼女「ひゃっ!」
しりもちをつく幼女。飛蝗は幼女の頭に乗っかり、そのままどこかへ飛んでいく。
女子「大丈夫!?」
???「キヒヒヒッ」
女子がきょとんとする幼女を起こす。
他の子供達は、幼女の真上を見上げる。その内何人かは怪訝なまなざしを向けている。
???「哀れだねぇ」
幼女の頭上にある木の枝の上。肉食獣の如く寝そべり、子供達をニタニタと笑みを浮かべて見下ろす小悪魔のような姿をした少年『デビ』。先ほどの触手、のように見えた小悪魔の尻尾を、傍らで揺らめかせている。
男子「何しに来たんだよデビ」
男子はデビを上目で睨む。
デビ「いやぁ?僕はただお前らのしけた面を拝みにきてやっただけだよぉ?」
美男子「ならもう用は済んだんだろ?ほっといてくれよ」
少年「そうだそうだ!」
デビ「フンッ。なぁにぃ?お前らもしかしてまだかくれんぼ続ける気なのかぁ?やめておけって。孤独を紛らわす為に遊んで余計孤独になっちまったらそりゃ本末転倒ってもんだよぉ?」
男子「ほん…?な、なんだよ!難しい言葉使ってんじゃねえよ!」
美男子「もういいだろデビ!お前には関係ないじゃないか!」
デビ「関係?あるよ」
尻尾を枝に巻き付かせ、翼で口元までを隠し、
デビ「お前ら見てると腹が立つんだよ。目障りなの!いつまでたってもメソメソしやがって。遊ぶならもっと楽しそうに遊んだらどうなんだ?」
少女「なんなのそれ!」
デビ「そのまんまの意味だよ。まったく同情しちゃうねぇ」
美男子「同情?」
眉を
デビ「そうだよ」
デビのニタニタとした口元が見える。
デビ「せっかく残されたお前らがそんなんじゃ、お前らの家族がかわいそうってことだよ」
食いしばった歯をむき出す美男子。
美男子の両手、男子の顔面に隈取りが浮き出る。
極彩色の煙が溢れ、弾ける。美男子の手は鱗に覆われ、男子の頭頂部と首にはヒレとエラが現れる。
二人はそれぞれ変化した部分から、デビに向かって斬撃波、水弾を放つ。
女子「わっ!や、やめなよ!」
女子は幼女と少女を庇う。
デビは
二人の攻撃はそれによって空中で分解される。
にらみ合う両者。
デビ「お前ら。何様のつもりだ?」
デビの声が一段低くなる。
美男子「こっちの台詞だ」
デビ「ふーん。たかが〈
デビは尻尾を枝から外し、身を翻して地面に降り立つ。
美男子たちの周りに、他の子どもも何人か固まる。それぞれ、何かしらの生物の特徴が体に現れていて、デビを睨んでいる。
美男子「デビ。お前いつからそんなに偉くなったんだよ」
デビは翼を仰々しく開け放ち、美男子達を見下す。
デビ「何を言っているんだお前?産まれた時から僕は偉いだろ?」
一斉に攻撃を繰り出す美男子達。
デビの翼がしなり、黒紫の波動が放たれる。
互いの攻撃が衝突する。その寸前――
???「やめんか!」
何者かが、
それを中心に強風が起こり、たじろぐデビや美男子たち。
風がやむ。両者の間に、紅桔梗の瞳を持った、一見幼い姿をした女性、『竜胆尊』が立ち現れる。
デビ「げぇっ!ワラワ!」
ギョッとするデビ。
少年「尊ねえちゃん!」
尊は片手をひらひらとし、そのあとに咳払いを一つ。
尊「さて、お主ら。童の
そう言って尊は両者に目をやる。
デビ「…フン。こんなの諍いにすらなってないよ」
腕を組んですますデビ。
デビ「僕はただこいつらに教育を施してやろうとしただけだよ」
男児「何を偉そうに!」
デビ「だから偉いつってんだろ!」
尊「これ!やめんかと言っておろうが!」
にらみ合うデビと男児。
尊はため息を一つ。
尊「何があったのじゃ?」
美男子「デビが、俺たちが遊んでるのにまた難癖つけてきたんだ」
拳を握る美男子。
美男子「それで……そのあと……」
デビを厳しいまなざしで一瞥する。
その目線を手で遮る尊。
尊「だそうじゃぞデビ」
デビ「難癖も何も僕は本当のことを言ったまでだよ。それに先に手を出してきたのはそっちだもんね」
そう言ってそっぽを向くデビ。
尊「……」
悩ましげに目を閉じる尊。
尊「良いかお主ら」
その場にいる全員に目を配り、尊は語りだす。
尊「前に皆を集めたとき告げたように、これからは新たな時代が幕を開ける。その時代を担っていくのは、他でもないお主らとなるじゃろう。なればこそじゃ、その言の葉も、五体も、争いなどに使ってやるな。ここにいる全員が等しく失い、等しく与えられた者達ならば、主らの手は互いに取り合う為に使うのじゃ。な?双方謝って、仲直りせい」
両者に笑いかける尊。
しばし沈黙の後、
美男子「……ごめんなさい」
デビとは目を合わさずだが、美男子がつぶやく。
美男子に続き謝罪の言葉をこぼす、デビに攻撃した他の子供達。
尊「うむ!よく謝れたな!」
尊は満足げに子供達の頭を撫でる。
尊「ほれ、次はデビの番じゃぞ?」
揚々と振り向く尊。しかし、そこにデビはいない。
尊「…ほぇ??」
困惑の上ずり声。
女子「デビー!」
空に向かって叫ぶ女子。
尊も見上げる。翼をはためかせてデビが逃げているのが見える。
尊「こらデビ!どこにいくんじゃ!もどらんかぁ!」
手を振り回す尊。
デビ「やだ!なんで僕が謝んなきゃいけないんだよ!付き合ってられっか!」
尊「これ!待たんかデビ!」
デビは尊に向かって、溜めに溜めて、思いっきり、
デビ「べ~っだ!」
尊「デビー!!」
地団駄踏む尊。
デビは小さくなっていく。
尊「もぉ~!」
美男子「くっ!」
美男子から苛立ちが漏れる。
尊はそれを見て、先ほどよりも深くため息をつく。
美男子たちに近づく尊。
尊「すまんのう……」
そういって美男子達の前にしゃがみ、目線を合わせる。
女子「尊おねえちゃんが謝ることないよ!」
少女「そうだよ!」
その言葉にほほえみで返す尊。
尊「あやつには後で妾がよ~く言い聞かせておく。どうか今は許してやってはくれぬか?頼む」
そう言って尊は、美男子たちに頭を下げる。
やるせないようにも見えるが、頷く一同。
尊「皆良い子じゃな。ありがとう…」
尊はすっくと立ちあがり
尊「さて、遊びに戻るとするか!今度は妾もいれておくれ」
子供達は笑顔を見せ、尊に駆け寄る。
尊「何して遊んでおったのじゃ?」
少年「かくれんぼ」
少女「でもちょうど違う遊びするところ…」
尊「そうか…」
尊は、少女に手をつながれ、沈んでいる幼女を見やる。
尊「じゃあ鬼ごっこでもするか!妾が鬼な」
少年「やろうやろう!」
男子「みんなー!かくれんぼ終わりー!まだ隠れてるやつでてこーい!尊ねえちゃん入れて鬼ごっこするぞー!」
まだ隠れていた他の子供達が駆け寄ってきたり、すでにキャッキャと尊から逃げる子供もいたりと、場が活気づく。
尊はこっそりと幼女に身を寄せる。
尊「ミぃミ!」
きょとんとする幼女。
尊「妾と一緒に鬼やろ?」
その言葉に、幼女は微笑む。
幼女「うん!」
幼女は尊と手をつなぐ。
女児「ねえ!ロアちゃんまたいなくなっちゃった!」
まだ隠れていた組の女児が、焦り気味にくる。
男子「またかよ!」
それに反応を示す尊。
尊「ロアがどうかしたのか?」
女児「かくれんぼの途中でロアちゃんがどこかに行っちゃったみたいで……」
尊「『また』、なのか?」
女児「うん、ロアちゃんあの日からいっつも一人になって泣いてたから、そうならないように皆で遊ぶのに誘ってたんだけど、結局どうしても一人になりにどこかへ行っちゃうの……」
申し訳なさげに語る女児。
尊「そうか……」
女児「探してくる!」
尊「いや、」
尊は引き止める。
尊「そっとしておいてやれ。そういう時間が必要な者もおろう。今は、仕方が無い……」
女児「……」
哀愁を漂わせる女児。
ふと女児の後方に視線がいく尊。一瞬、表情に苦悶が差し込む。
その視線の先。鮮やかに咲く赤い花が一輪、腐って枯れ果て、
子供達の楽しげな声が響いている。
〈三〉
雑木林の途中、切り立った崖がそびえている。
その頂上に、大口を開き続ける洞窟がある。口の前に降り立つデビ。
翼をたたみ、大きなあくびを一つ。同時にお腹がなる。
デビは洞窟に足を踏み入れる。
蛙がのどを鳴らし飛び跳ね、デビに道をあける。
洞窟内部では、天井と床面のいたるところから鍾乳石が隆起している。特に天井の鍾乳石には青白い光の粒が散りばめられていて、一面に淡い煌めきを魅せる。
デビは、床面から生えている自身より倍の高さはある鍾乳石の先端に飛び掴まる。
そして天井へと尻尾を伸ばすが、洞窟の奥から聞こえてくるすすり泣き声に、それを中断する。
洞窟の奥。泣き声を辿る。
少女が一人、三角座りで顔を膝にうずめて泣いている。
すると、少女の近くに先端をくるめたデビの尻尾が這いよる。
泣き続ける少女に、デビの尻尾はアピールをするも、気づいてもらえない。少女の頭を小突くも無視される。
尻尾はふてくされ、先端を開く。すると中から蛙が喉を鳴らして飛び出し、少女の頭に飛び乗る。しかし、少女は蛙を頭に乗せたまま泣き続けるだけ。
デビ「おい」
体をびくつかせる少女。
少女はもう少し洞窟の奥へと、デビから距離をとる。
デビ「おい!なんで逃げるんだよ!」
???「ご、ごめんなさいなのだ。グスッ、でも、あの、放っておいてほしいのだ……」
独特な訛り方で喋る少女。
デビ「なぁにぃ?お前泣いてるのかぁ?」
ニタニタと笑みを浮かべて、少女の前に回り込もうとするデビ。
???「こ、来ないでほしいのだ」
しかし少女は顔を伏せて、デビを避ける。
デビ「おいおい、顔ぐらい見せたらどうなんだ?それともあれかぁ?お前の泣き顔そんなに面白いのかぁ?」
???「や、やめるでよ!ロアのことはほっとくのだ!」
ロア。少女の名は、『夢月ロア』。
デビ「ていうかお前面白い訛り方してんねぇ。ちょっとうんちって言ってみてよ」
ロア「うるさいのだ!!一人にするのだ!!」
強く言い返すロア。
デビは白ける。
デビ「フン、どいつもこいつも」
デビはロアから離れ、高めの鍾乳石の先端に跳び上り、天井に尻尾を伸ばす。
尻尾は、天井の鍾乳石についた光の粒…光虫のさなぎを器用に掻き取り集める。
一掴み分のさなぎを尻尾から手の平に落とすデビ。羽化寸前で、蠢いているものもある。
デビはあくびをするように口を開け、さなぎを放り込もうとする。しかし再びロアのすすり泣く声が聞こえ、調子が崩れる。
デビ「おいお前!ロアとか言ったな!」
びくつくロアの背中。
デビ「一人になるのは勝手だけどさ、そのメソメソするのなんとかしてくんない!?せっかくの食事がくそまずくなんだよ!」
ロア「食事?」
デビ「そうだよ。なんだお前こいつら食べたことないのか?うまいぞぉこの光虫どもは」
ロア「お…?」
デビは気を取り直してもう一度さなぎを口に放り込もうと…
ロア「やめるのだ!」
デビに飛びついてそれを阻止するロア。
デビ「うわああ!」
倒れこむ二人。
さなぎが地面に散らばる。
デビ「いったいなぁ!」
にらみつけるデビ。
デビ「なにすんだよ!」
顔を上げるロア。彼女の顔が明るみで出る。
そこにはオッドアイの…いやそれよりも、ぶたっぱなの少女の顔が。
茫然とするデビ。喉から空気がこみ上げ頬が膨らむ。
ロア「あ!」
ロアはハッとし、鼻を覆う。
空気が溢れ、吹き出すデビ。高らかに笑う。
デビ「お前!お前その鼻!」
デビは笑い転げる。
デビ「見事なぶたっぱなだねぇ!」
ロアはゆでだこになり、俯いて体を震わす。
デビ「お、おい、泣くな。すまんすまん」
デビは起き上がり、半笑いでロアに近づく。
デビ「でもお前、そんなに見られたくないならそのポアル解けば良いではないか」
ロアは俯いたまま。
ロア「解きたくても解けんのだ…」
デビ「なんでぇ?」
ロア「悲しい気持ちになると勝手にこうなっちゃうんでよ。ロア、ポアル使うの下手くそだから、戻し方わからんのだ……」
そういって黙り込むロア。あの幼女と、同じ顔。
ロアの表情を見つめ、
そのままデビは後ろへ跳ぶ。一、二歩程の距離を浮遊して下がり、背の鍾乳石に腕を組んで寄りかかる。
デビ「……お前も家族と別れたのが悲しいのか?」
ロアの息が一瞬詰まる。
表情が僅かに歪み、目元に涙がじんわりと溜まっていく。そして、とうとう零れそうになったところに、
ゲコッ!
ロア「んばば!」
ロアの顔面に蛙が投げつけられる。
蛙と顔を拭うロア。
ロア「何するでよ!」
デビ「泣くな」
デビはロアに蔑視をする。
デビ「……お前、何のために大人たちが旅立っていったのかちゃんとわかってるのか?」
ふて腐れながら一考するロア。
ロア「わかってるでよ…世界の終わり、を救う為でしょ?」
鼻でため息をつくデビ。
デビ「わかってないね」
デビはロアに詰め寄っていく。
デビ「なんのために世界を救うんだ?」
さらに詰め寄るデビ。圧倒され、後ずさるロア。
デビ「僕の父上が言ってた。きっともう帰っては来れないってな……いいか?命がけなんだよ。お前の家族もその覚悟を持って旅立ったんだ!」
徐々に声に熱が入る。
デビ「なんでかわかるか!お前が生きていく世界を残すためだよ!」
ロア「わ、わかってるでよ…」
デビ「だったらさっさとその涙止めろ泣き虫!」
デビはロアに人差し指を突き立てる。後ろによろめくロア。
デビ「お前の家族は、泣いてるお前の姿が欲しかったんじゃないんだよ!」
そういってデビは鼻を鳴らす。
デビから目線を外すロア。押し黙る。ただ、表情は次第にむくれていく。
ロア「無理でよそんなん……」
そうつぶやくロア。
デビ「お前!」
ロア「出てくるもんは出てくるんだからしょうがないでしょ!」
語気を強め、デビに言い返す間を与えない。
ロア「そうでよ!お前の言うとおりでよ!ロアわかってるのにわからんのだ!覚悟とか終わりとか!そんなん言われてもロアわからんよ!」
はき出す。わめく。顔は真っ赤。
たじろぐデビ。
ロアは間を詰めて一歩前へ。
ロア「わからんのに、わからんのにみんなどっかに行っちまったんでよ!ロアにとっては……ロアにとっては、そっちの方が世界の終わりなのだ!」
息が荒くなるロア。
デビは言葉がでない。
ロアの表情が歪む。
ロア「わからん……なんで行っちゃったのだ…」
声が震える。
ロア「ロア、行ってほしくなかったよ…世界終わるなら、ロアはその時までずっと一緒にいてほしかったでよ!!」
言い放ち、ロアは号泣する。
洞窟内に、ロアの叫喚が響き渡る。響き続ける。
呆然とするデビは我に返る。
デビ「くっ、や、やめろ!泣くな!泣きやめ!」
大声をはるデビ。ロアは泣き止まない。涙がボロボロボロボロと溢れてはこぼれ落ちる。
苛立ちを見せるデビ。
デビ「もういいよ!バカ!一人で泣いてろ!どうせ誰も帰ってこないからな!」
その言葉は、ロアからさらなる大号泣を引き出す。
うろたえるデビ。
デビ「くっ!」
物音がする。泣き声を弱めるロア。
ロア「…?」
顔はぐしゃぐしゃのまま、真下に顔を下げる。
デビがロアの足首を掴んでいる。
ロア「…お?」
いやらしい笑みを浮かべて、ロアを見上げるデビ。
〈四〉
洞窟の入り口。
奥の方から、ロアの絶叫が接近してくる。
ロア「わあああああああああああ!!」
突如、洞窟の外へ、ロアの足首を掴んでデビが飛び抜ける。
空へと急上昇するデビ。ロアはなすがままに連れて行かれる。
ロア「わ゛ああああああ!!!」
飛翔速度をテンアゲ。
デビ「キャッハハハッ!どうだぁ!初めてお空を飛ぶ気分は!?気持ちいいだろぉ?」
ロア「あああ!降ろせええ!降ろすのだぁ!」
デビ「え~ぇ?風がうるさくてよく聞こえないなぁ?なんてぇ?」
ロア「降ろせって言っているのだ!」
デビ「ふーむ」
翼を瞬間的に展開させ、空中で急停止するデビ。
宙づりのロア。下を見上げてしまい、顔が青ざめ、目を覆う。
ロア「こっ…ここで止まるなぁ!」
小指で耳をほじるデビ。
デビ「そんなに降ろしてほしいのかぁ?」
ロアは思いっきり首を縦に振る。
デビ「じゃあさっきのこと謝ったら降ろしてやってもよいぞぉ?」
ロア「謝る!?」
デビ「そうだよ?この僕が徳のたかぁ~いお説教をしてやったっていうのに、いつまでもメソメソウジウジしていてごめんなさい、もう二度泣いたりしませんって。そうしたら降ろしてやろう」
ロア「何言ってるのだ!?こんなことしてお前頭おかしいよ!これは誘導尋問なのだ!人権侵害なのだ!」
大げさにため息をつくデビ。
デビ「そっかそっかぁ。まだお空飛んでたいかぁしかたないなぁ?」
ロア「はぁ!?お前何――」
急降下。
ロア「ああああ!!ああああ!!ああああああああ!!」
一回転。
エアロバティック。
フライングダイナソー。
ロア「ああああ!!ああ!!!おあああああ!!」
デビ「キャヒヒヒ!たぁのしいなぁ?弱虫ぃ?」
ロアの悲鳴に怒りが混じりだす。
デビの尻尾をわし掴むロア。
デビ「へ?」
ロア「ああああああ!!む゛っ!!」
ロアの八重歯が、自分の尻尾に食い込んでいくのが見える。
デビ「ふぇ…」
デビの顔から、一斉に血の気が引く。
デビ「い゛っっっっっっっ」
涙目になり、デビはロアを手放す。
怒りが引いて行くロア。代わりに何かを察する。
デビ「でえええええええええええええええ!!!!」
デビの翼や尻尾などが、一瞬で白煙になって弾け消える。
真っ逆さまに雑木林へ落下する二人。
デビの視界の隅に、自分より下の方でじたばたするロアが映る。
ロア「おかあさああん!おとおさあああん!」
デビ「くっそ!」
デビは目をつむり、唱える。
デビ「ポアリオウル…!」
他の子供達よりも明らかに濃く、左右対称に整った隈取りが浮き出る。
刹那、極彩色の煙がデビを包み、はじけ飛ぶ。
小悪魔の姿に戻ったデビがロアをめがけて風を切って降下する。
ロア「わああ!あああ!」
空を掴んで落下を続けるロア。雑木林が間近に迫る。絶望する。
その時間一髪、デビがロアを抱きかかえるように捕まえ、急激に方向転換をする。
二人は、速度そのままに、下向きの放物線を描いて地上へ。
地面すれすれを横ばいに滑空する。
木々をすんでのところで避け続けながら、減速するデビ。しかしその途中で、翼が地面をかすめる。
デビはバランスを崩し、二人は地面に身を打ちつけながら土埃を立てて転がる。
距離を置いて別々の場所に倒れこむデビとロア。
土埃が治まっていく。
デビ「うぅ…く…」
頭を振って、咳(せ)き込みながら、体を支えて起き上がろうとするデビ。
我に返り辺りを見渡す。
いくらか向こうに倒れているロア。
デビの血の気が引く。
デビ「おい!お前!」
よろめきながらも、ロアの前に転がり込むデビ。
デビ「生きてるか!おい!おい!しっかりしろ!」
ロアの肩を掴んで起こし、ぐわんぐわんする。
ロア「う…うぅん…」
半目を開けるロア。
デビの肩の力が抜け落ちる。
ロア「生きてるのだ…大丈夫なのだ…」
朦朧と答えるロア。しかし次の瞬間我に返ると、デビに掴みかかる。
ロア「大丈夫じゃないのだ!お前何考えてんでよ!殺す気か!」
面食らうデビ。
デビ「う…うるさいうるさい!こ、この僕に楯突きやがって!お前こそ死にたいのか!このバカァ!」
デビを睨みつけるロア。
ロア「バカって言ったりバカって言ったりバカバカうるさいんでよ!それしか言うことないのぉ!?このバカァ!」
デビ「お前もバカしか言うことないじゃん!このアホ!」
互いに剣幕を浮かべて額をかち合わせる。
ロア「ボケェ!」
デビ「ブタブス!」
ロア「くそアホ!」
デビ「泣き弱虫!」
デビ・ロア「fhさいひjmkfしhjふぃsじょ!!!!」
もう何言ってるかわからん。
息も絶え絶えになる二人。
デビ・ロア「フンッ!!」
二人は息ぴったりにそっぽを向き合う。
肩を張って、ズンズンと逆方向に別れる二人。
〈五〉
夕暮れ前、澄み渡った中流。
小振りな両の
それを口に含み、目を閉じて喉に通す尊。
風にそよぎながら深呼吸をし、微かに笑む。
周りには川の他に、川辺でくつろぐ数人の男女、そして青々とした木々が広がっている。
目の前に広がる自然を見据える尊。
どこからか鳥の甲高い歌声が聞こえる。
???「尊様…」
しゃがれた声に反応する尊。
尊「おぉ。ご苦労じゃったの。してどうであった?」
髭男「三か所とも安定していました。なあ父さん」
髭皺爺「うむ。骸がばらけている層がいくつかありまして、年に何度か雨風が強くなる時期があるようです。しかしさほど気にするほどではないかと。むしろこの地の豊かさの要因の一つでもあるでしょう」
おぶられたまま喋る髭皺爺。
尊「そうかそうか」
髭皺爺「終末の現象も未だ見当たりませぬ。誠に、知れば知るほど実に奥深く、豊かな土地でございます」
尊「全くじゃ」
髭男は周囲を確認する。
髭男「
尊「まだじゃな。少し遠くまで見てくるとは言っておったが…お。ほれ」
日焼け娘「たっだいまー!」
尊が指さした方向から、日焼け娘が手を振って帰ってくる。
尊「おかえりじゃ太鳳女」
日焼け娘「うん!ただいまみこっち!」
髭皺爺「これ太鳳女無礼じゃぞ!尊様はもう長となられたのじゃ。いい加減お前も態度を改めんか!」
ふてくされる日焼け娘。
日焼け娘「そんなこと言っても、みこっちはみこっちだし……」
尊「良いではないか爺。妾も太鳳女に様付けで呼ばれた晩には体がかゆくて眠れん」
髭皺爺「しかしですな、」
日焼け娘「そうだよね!そうだよね!みこっちみこっち!」
尊の手を取って上下にブンブンする日焼け娘。尊もノリノリでブンブン。
尊「うんうん!太鳳女太鳳女!」
鼻を鳴らす髭皺爺。
日焼け娘「はー!ていうかあっつー!あれ?もしかしてあたし最後?ごめーん!皆待たせちゃった?」
尊「待っとらんから大丈夫じゃぞ」
尊は、くつろいでいる他の人達の方を向く。
尊「よーしみんなー!少し移動するから着いてきておくれー!」
日焼け女「どこ行くの?」
人差し指を口元にあてて、含み笑いをする尊。
尊「良いところ」
〈六〉
青々と茂る林。
小鳥が枝から枝へ飛び移る。その下を、尊を先頭に移動する数人の男女達が見える。
尊「見えてきたぞ」
前方を指さす尊。
林の終わり。その先は明暗の差で光って見えない。
目をこらす一同。
日焼け娘「あ…」
先へと駆けていく日焼け娘。
皆もぞくぞくと、尊を抜いて、光る方へ足早に続く。
最後に到着する尊と髭皺爺をおぶる髭男。先に着いた者たちが漏らす感嘆が聞こえる。
そこにあるものを見上げる尊たち。
髭皺爺の糸目が、確かに見開かれる。
髭皺爺「ほおぉ…!」
髭男「これは、すごいですね……」
髭皺爺「決まりですな…この地こそ、
尊「うむ」
尊は満足気にそう答える。