〈七〉
夕暮れ時。雑木林と隣り合って、身を広げている平地。その地に一歩、細い足が踏み出す。
一息つく尊。体から
尊の横に、長髪の女性が近づく。
長髪「あとは整地と、仮住まいと、材木を運べば大体終了ですね!」
尊「よし、木材は今日中に刈っておこう」
長髪「今日中ですか!?」
尊「うん。“
長髪「よ、妖刀をそのようなことに使われるのはどうかと…」
日焼け娘「ていうかみこっち今日はもう休みなって。せっかく新天地決まったんだしさ」
日焼け娘達もやってくる。
髭男「そうですよ。晴れてひと段落したわけですから」
尊「でも、ズババーってやったらすぐ終わるよ?」
尊「ああもうわかったわかった!今日はもう休む!」
平地の先に、簡素な木造の住居が点在する集落が見える。
そこへ向う尊をはじめとした男女達。
〈八〉
不規則に住居が並んだ集落。大人子供が生活している。昼間の遊んでいた子供達も何人か見える。
大人達の何人かが火のついたたいまつを集落の各場所に設置する。
集落の人々が、向ってくる尊一行を見つけ、彼女らを迎える。
尊側の男女達は、それぞれ尊に挨拶を交わしてばらけていく。
見届ける尊。
尊「なあなあ
日焼け娘「んー?」
尊の方を向く日焼け娘。
集落の人々を見つめて尊はつぶやく。
尊「新しい場所さ、みんな気に入ってくれるかな……」
昼間の楽しげに遊ぶ子供達。そして、振り向きざまに八重歯を見せて笑うデビの姿がよぎる。
日焼け娘「あったり前じゃん!」
我に返る尊。日焼け娘を見る。
日焼け娘「さいっこーの場所だよ!ぜっったいみんな!喜んでくれる!」
両手に作った拳を振って主張する日焼け娘。
尊「うん……ありがと」
頬を赤らめ、柔らかく微笑む尊。
日焼け娘はフンスと頷く。
日焼け娘「文句言うやついたらあたしがぶっとばす!」
尊「それはやめい!」
〈九〉
また、この風景。
どこまでも漂っていけるような、この暖かさ。いつほどけて消えてもおかしくない海の中で、何故こんなにも僕は安堵しているのだろう。
流れに身を任せていると、誰かの手と僕の頬が触れあう。僕は嬉しくってたまらない。その両手で僕を包んでくれたなら、きっと僕は何もいらなかった。
手が離れ、その代わり僕の首にペンダントがかけられる。これはなに?あんなに大事にしていたのに、何故僕にくれるの?もっと大人になってからくれるんじゃなかったの?
彼女は何も言わず、彼と共に僕とは反対の方向に流されていく。遠くへ。深くへ。僕じゃ追いつけない速度で薄れていく。
また湧いてこみ上げてくる。今度こそ、今こそ伝えなくちゃ、あの時言えなかった分を。
待って! 僕も! 僕も…!
そういえば、ここは海の中だった。
僕の叫びは泡になる。僕は息ができずもがくだけ。
デビの目が開く。心なしか程度に、目の隈はより深い。
朧月夜。広々とした木造の屋根付きの寝床。藁や柔らかい草が敷き詰められていて、大勢の子供達がいたるところに、自由な寝相で眠っている。
端の方、体を起こすデビ。翼などはなく、他と変わらぬ少年の姿。
デビの目元から、月明かりに照らされて何かが瞬き、落ちた気がする。
首にかかったペンダントを月に掲げるデビ。
ペンダントの紫水晶が月明かりを反射して煌めく。
〈十〉
ひしめいて広がる雑木林。そして辺り一面に「フワフワ」と漂う淡い色彩の煙。
中でも高くそびえる木のてっぺんに、小悪魔の姿のデビがいて、雑木林の先を見据えている。
じっと、見つめる。
そのうち、デビのまなざしが厳しくなる。ほんの僅かに鼻息が荒くなる。
デビは服の裾を掴んでは、また強く掴み直す。
更に鼻息が荒くなる。
瞳が潤む。
デビ「…っ」
デビは瞼を皺が寄るほど閉じる。
突如、鳥が一羽、鳴き声と羽音を立ててデビの顔を横切る。
デビ「わ!」
バランスを崩すも、持ち直すデビ。
鳥の行く先を見届けると、地上に腰を据えている大岩の上で、子供が一人麻布を被り空を見上げているのが見える。その周りでは、様々な動物たちが集まり、その子供に身を寄せている。その周囲の「フワフワ」とした煙は、子供に向って流れている。
大岩の上、動物達を寄り添わせ、星空を見上げる子供。麻布で顔はよく見えない。鳥が側でとまる。
デビ「おいお前」
反応して振り向く子供。
大岩の下から、デビがすまし顔で近づいてくる。
デビ「面白いポアル使ってんねぇ。父上が言っていたぞ。感受性の豊かなポアラーは他の生き物を引きつけることもできたりするって。これそういうのだろ?」
子供は立ち上がってデビを警戒する。周りの動物たちもデビを威嚇する。
デビ「なんだよ。そんなに警戒することないだろ。ん?ていうかそれすげぇな。感情まで操作できるのか?」
物怖じせず近づくデビ。
子供「と、止まるのだ!それ以上こっち来たら許さんのだ!」
頭に被った麻布を脱ぐ子供。
ピタリと立ち止まるデビ。
デビ「…のだ?」
少女の顔を見て驚愕する。
デビ「お前まさか昼間の泣き弱虫か!」
少女の顔にぶたっぱなは見当たらない。
ロア「変なあだ名つけるなよ!ロアにはロアってお名前があるんでよ!」
デビ「ああ、そういえばそんな名前だった気もするな。お前、ぶたっぱなはどうしたんだ?チャームポイントだったろ」
ロア「そんなのチャームポイントにした覚えないよ!い…今は寂しくないから出てきてないのだ。だからどっか行くのだ!ロアたちのことはほっとくのだ!」
ロアの側の犬がデビにうなる。
デビ「な、何もしないから安心しろって!僕もまた尻尾噛まれたらたまったもんじゃないからな」
疑いの目を向けるロア。
ロア「ほ、本当なのだ?」
デビ「本当だよ。〈魔〉の称号にも誓ってやる」
ロア「おお?よくわからんけど、誓うならいいのだ…」
デビ「まあそんなことはどうでもいいんだよ、お前僕の暇つぶしの相手になれよ」
頭上に『?』を浮かべるロア。
ロア「お?何をほざいてるのだ?」
デビ「てめえ喧嘩売ってんのか。だから僕の話し相手にしてやるから光栄に思えって言ってんの!」
ロア「ますます何をほざいているのだ!もうよい子は寝る時間だからさっさと寝ろよ!」
デビ「僕もそうしたいけどあの弱虫たちと同じ寝床じゃ心地悪くて寝れねぇの!」
親指で後方を指すデビ。
デビ「お前だってこんな夜に一人でぼぉーっとしてるんだから暇なんだろ?」
腕を組み、頬が膨らませそっぽを向くロア。
デビ「な?頼むって。昼間みたいなことはしないからさ」
横目にデビを見るロア。
大岩からぴょこぴょこと降りて、デビに少しだけ近づく。
木の枝を拾って、ロアは地面に線をひく。
ロア「ここからこっちに来ないって約束するならいいのだ」
そう言って腰に手を当てふんぞり返る。
デビ「よかろう。約束してやるぞぉ?」
あくまですまし顔を崩さないデビ。
ロア「なんで上から目線なんでよ」
〈十一〉
大岩の上、ロアの側であくびをする犬。
大岩の下、線を挟んで寝そべり、空を見上げるデビ。
デビ「それにしてもお前みたいなやつがそんな芸当できたなんてねぇ?」
ロア「なんの話しなのだ?」
デビ「それだよそれ。生き物たちを操るポアルのことを言ってるんだよ。どうやってやってるんだ?」
ロア「お?これポアルじゃないよ?ここで星見てるとね、この子達いっつも来てくれるのだ」
ロアの肩に乗り、頬にすり寄る
ロア「ありがとうね…」
デビはその様子を一瞥する。
デビ「なるほどね。それ、間違いなくお前の力だよ。無意識でやってるかもしれないけどさ、お前がそいつらを呼んでるんだ」
ロア「なんでわかるの?」
ロアは首をかしげる。周りの動物たちもかしげる。
デビ「僕には見えるんだよ。マキナそのものがね」
そう言って自分の片目を指さすデビ。
ロア「おお?」
デビ「普段は自由に漂ってるだけのが、ここら辺のはお前に向かって動いてる。お前がポアルを使っている証拠だよ」
地面に漂う「フワフワ」をすくうデビ。
「フワフワ」はデビの手の平から流れ落ち、ロアの方へ向う。
ロア「すっごーい!ロア見える人に初めて会ったー!」
ロアは身を乗り出して目を輝かせる。
デビ「フン、ようやく僕の偉大さがわかってきたみたいだな」
ロア「ねぇねぇ!マキナってどんな感じなの!?」
デビ「どんな感じ?っていうと、」
辺りの「フワフワ」を観察するデビ。
デビ「う~ん、いい匂い、しそう?」
ロア「へええ!焼肉みたいってこと!?」
デビ「お前のいい匂いは焼肉なのか…」
呆れるデビ。
デビ「いや、なんかぁ、フワフワしてて、カラフルな雲とか煙みたいな…」
探り探り説明する。
ロア「からふるなのぉ!?」
デビ「そうだよ?色んな性質がごちゃまぜに漂ってるの。だから色んな色があって、木の実みたいに甘い匂いしてそうって感じ。無臭だけどな」
ロア「そおなんだぁぁ!」
興奮するロアの鼻に「フワフワ」が吸い込まれていく。
デビ「あ、今お前の鼻の中に入ってったよ。キヒヒ」
ロア「ほんとー!?」
スーハース―ハー呼吸を繰り返すロア。
デビ「何してんだ?」
ロア「吸ってるー!」
デビ「あ、そ…」
呆れるデビ。
デビ「まあつまりそういうことだよ。お前がわかってないんじゃどうなってんのか知らないけどそれはお前の力だ」
ロア「へええ」
デビ「多分そいつらはお前の感情に反応してるんだろうな」
デビはロアの周りを観察してそう言う。
ロア「そっかぁ…じゃあ、やっぱりありがとうだね……」
ロアは愛おしげに寝そべっている動物たちを撫でる。
デビ「なんでお礼なんか言うんだ?」
ロア「だって、この子達ロアが寂しいって思ってたから来てくれたってことでしょ?みんなすっごい優しいのだ…あ、いや、寂しくないのだ!」
急ぎ訂正するロア。
デビ「もういいよ」
デビはロアに背を向けて寝直す。
デビ「お前が寝ない、ていうか眠れない理由なんてそんなとこだろ?」
ロア「う…」
会話に間が空く。
ロアはソワソワとし、口を開く。
ロア「…お名前なんて言うの?」
デビ「デビだよ」
デビは背を向けたまま答える。
ロア「デビくんはさ、」
デビ「デビ先輩」
ロア「お?」
デビ「お前に対等に呼ばれるのムカつくからデビ先輩って呼べ。じゃないと返事してやんない」
ロア「ぐぐ…」
ロアは顔をしかめる。
ロア「はいはい、デビ先輩でいいんですね。これでよろしいですか?」
貼り付けたような笑顔でわざとらしい敬語を使うロア。
デビ「うむ。くるしゅうない」
手をひらひらするデビ。
ロア「ちくしょーでよ。いつか絶対どたまかち割るのだ…」
ぼそぼそ愚痴を吐くロア。
デビ「なんかいったかぁ?」
ロア「なんでもないですよ~」
切り替えるロア。
ロア「…あのね、デビ先輩はさ、寂しくならないの?」
デビ「ならないね。まったくならない」
デビは体を起こし、ロアの方を見る。
デビ「僕はねぇ、自分が何のために残されたのかちゃあんとわかってる。寂しがってる暇があんなら、僕たちは前に進んで行かなきゃいけないんだ」
ロア「……」
デビ「なんか言えよ」
三角座りで、体をすぼめるロア。
ロア「……強いね、デビ先輩…。ロア……まだわからんよ…。だからそんな風になるの、もうちょっと、時間がかかりそうなのだ…」
デビは黙る。
つばを飲み込むロア。
ロア「……ロアがさ、もっともっと強くて、もっともっとポアル使いこなせてたら、お母さんお父さん、ロアのことも連れていってくれたのかなあ?」
言葉が、不意をついてデビに刺さる。
ロア「おぉ…でもそしたらこっちのみんなとお別れしなきゃいけん…うーん…」
デビは沈黙を続ける。
ロア「デビ先輩?」
ロアはデビを見て気づく。
ロア「デビ先輩?どうしたのだ?」
デビ「え?」
ロア「…何か、あったの?」
デビ「何がだ?」
ロア「だって、泣いてるのだ」
デビの目からは、ポロポロと涙がこぼれている。
デビ「え…?あれ?……あれ?…なんだ…なんだよこれ…」
困惑し、うろたえ、涙を拭うデビ。
デビ「なんだよこれは…止まれよ…止まれって!止まれってば!!う…く…!」
しかし、涙は止まってくれない。
デビは自分を心配げに見つめるロアに訴える。
デビ「僕は、…僕は違う!僕は、父上と…母…上に、託されたんだ!だから!こんなの!こんなの!僕は…!」
声がかすれる。嗚咽が襲う。
胸元を押さえるデビ。
ロアは大岩から飛び降り、デビの元へ向う。
歩みを止めず、自ら引いた線を越える。
デビの頭に手の平を差しのばし、触れる。
一瞬ロアの手に抵抗を示すデビ。しかし、ロアに頭を撫でられ、それを止める。
動物たちも、ロアの後を追ってデビに寄り添う。
デビ「やめろ…やめろ…違うんだ…違う…」
ロア「うん……」
デビ「おい!お前のせいなんだぞ!お前が変なこといったから!」
ロア「うん…ごめんね…」
デビ「く…うぅ…うう…」
涙を拭う手が力なく下がるデビ。震える体。涙はただ溢れ、落ち続ける。
〈十二〉
「ロアね。夜になったらお星さま見てるのだ。そうしたらね。ちょっとだけ寂しくなくなるんだよ?」
「…奇麗だから?」
「ふっふっふ。お星さまってね。実は遠くに行ってもおんなじのが見えるだよ?」
「…そんなの知ってるよ」
「だからね、今ロアたちが見てるお星さまはきっとどこかでお母さんお父さんも見てるんだよ。だから、ちょっと寂しくなくなるのだ」
大岩の上、星々が瞬き合う夜空を、眠っている動物たちに囲まれて、三角座りで見上げるデビとロア。
デビの瞳に映る星々。瞼が二、三度閉じかける。
船をこぐデビの肩に、眠ったロアが寄りかかり、デビは我に返る。
安らかな寝息を立てているロア。
デビはそれに目をやる。
物音を立てずに、ロアの肩に手を添えるデビ。
動物たちに寄り添われ、その中心で横になっているロア。寝ぼけ眼で、自分にかけられた麻布にくるまり、眠りにつく。
〈十三〉
木造の屋内。揺れる灯火が机周りに明るみを与えている。
尊が机に向い、鳥の羽根の先に塗料をつけたものを厚手の紙の上で走らせる。
ふと手を止め、尊は悩ましげに頬杖をつき、
机の上、尊の目の前に一滴の黒点が現れる。
ぎょっとする尊。
黒点は、机の面と平行に、尾を引いて胴の大きさの円を描く。
できあがった円の面が黒く光り、ゲートができあがる。
ゲート誕生にて起こった軟風に扇がれながら、尊は唖然としている。
ゲートから、逆さでデビの顔が飛び出す。
デビ「ばあ」
尊「わあああ!!」
椅子からひっくり返る尊。
デビ「クヒヒヒ!よぉ。ワラワ」
尊「デビ、お主それ…!」
デビ「どーだぁ?お前の転移術を真似てみたんだ」
やっとで両手を出して、ゲートの縁を掴むデビ。
デビ「んぐぐぐ…!」
何かを察して、机の紙を掴み抜く尊。
デビ「おわあ!」
ゲートから引っこ抜け、机の上に転がり落ちるデビ。
デビ「いってー」
立ち上がって体を払う。
デビ「まあ、まだ大きさもこんなもんだし、距離も屋根からここまでだけどな」
デビが指したゲートが急収縮し、黒点に戻って消滅する。
尊「ばかもん!出てくる場所を考えぬか!いや待てそうではない!転移術を真似た!?妾の家系の中でもごく少数しか会得できぬ代物なんじゃぞ!」
デビ「ふーん。だけど要するに、二か所にゲートを作って、その間の距離をマキナを使って無かったことにするってことだろ?」
尊「理屈がわかったところでできるものではないのじゃ!」
デビ「でもできたぞ?」
しれっとするデビ。
尊はため息をつく。
尊「まったく。お主の才には恐れを通り越してほとほと呆れるわ」
尊は机に紙を広げる。
尊「それで?どうかしたのか?良い子はもう寝ておるはずじゃが?」
デビ「…お前もそんなこと言うのか」
尊「も?」
机の上の紙を手に取るデビ。
デビ「ワラワの方こそこんな遅くまで何やってるんだ?」
尊「ん?まあ、来たるべき日に向けての準備ってやつじゃ。爺たちは休め休め言うておったが、どうも目が冴えてしまっての」
紙に書かれた文字列を眺めるデビ。
デビ「それで…詠唱文?なんのために?」
尊「うむ。その時になれば皆を連れての転移となる。さすがにいつもの扉のサイズじゃと、だいぶ時間がかかってしまうのでのぉ」
デビ「これを補助にして一気に行くってこと?」
尊「そういうことじゃ」
デビ「ワラワにしてはいい考えだねぇ」
尊「にしては、は余計じゃ。というか、前々から思っておったんじゃけどそのワラワって呼び方なんとかならんの?」
デビ「じゃあ〈鬼〉」
尊「号で呼ぶな。妾には竜胆尊という名前があるのじゃぞ?忘れてしもうたのか?」
デビ「うん。忘れた」
尊「嘘をつけ!」
デビの顔の横に後ろから顔をくっつける尊。
尊「なあなあ、昔みたいに、みことちゃんって呼んでくれても良いのじゃぞ?」
デビ「そんな風に呼んでた覚えないけど?」
尊の顔を払うデビ。
ふくれる尊。
尊「ぶー!あーあ!昔のデビは可愛かったなぁ!どこに行ってもみことちゃんみことちゃんってついてきて!あーあ!可愛かったなぁ!」
デビ「くそ、はじまっちまった…」
尊はハッとする。
尊「あ!そういえばデビ!お主今日ずうっと妾のこと避けておったろ!」
デビ「ゲッ!」
尊「危うく忘れるところじゃったわ!あの憎ったらしいあかんべ!」
耳を塞ぐデビ。
デビ「あー!あー!全然聞こえない!ぜんっぜん聞こえない!!」
尊「まったくもう!ケインや
デビ「やっばいなー!手が耳から離れなくなっちゃったなあああ!!」
デビは無駄に大声を上げる。
尊「これ!聞・か・ぬ・か!」
尊は無理矢理デビの耳から手を引きはがす。
デビの耳元ではっきりゆっくり大声で、
尊「あした!ちゃんと謝りに行くことおお!」
飛び上がるデビ。
デビ「うるっせえうるっせえ!耳壊れる!」
尊をふりほどき距離をとる。
デビ「てめえホントに聞こえなくなるだろうが!」
尊「聞こえておったんじゃろうが!」
お互いギリギリとにらみ合う。
ふと、尊は目線を落とす。そしてまたデビを見る。その表情から怒りは消えている。
尊は困り眉でデビに微笑む。
尊「デビ。仲直りするんじゃぞ?」
ばつが悪そうなデビ。
デビ「考えておくよ」
尊はジト目。
デビ「…わかった」
尊「よろしい!」
満足げにし、尊は机の上を整理する。
尊「それで?結局妾のことが恋しくなって来たのか?」
デビ「ちげえよ」
尊「むぅ」
デビはすまし顔で、大げさな咳払いを一つ。
デビ「一つ提案があってな。それを言いに来たんだよ」
尊「提案?」
デビ「そ。新天地についてのな」
僅かに整理の手が止まる尊。
尊「ほう。言ってみるがよい」
デビは転がった椅子を立て直し、それに体を預け、得意げに話す。
デビ「あのな。僕もよくよく考えてみたんだけど、新天地への転移は先延ばしにした方がいいと思うんだよ」
尊「……どういうことじゃ?」
デビ「簡単な話だよ。父上達の帰りを待とうってこと。まあ僕も命懸けの旅だってっていうのはわかってるけどさ、無事に帰ってくる可能性もあるわけだろ?だったら、僕らはここで待ってるべきだって思うわけよ。な?」
尊「……それは難しい話しじゃデビ」
デビの方に振り向く尊。
尊「今、こうしている間にも、終末の現象でここ一帯の草木は腐敗が進んでおる。どちらにせよ新天地に向わねば、妾達が生きていくのは困難じゃ」
デビ「いやいや、それだってさ、父上達が世界を救えば解決するじゃん?」
神妙な面持ちでデビを見る尊。
尊「その救済がいつ達成されるかも定かではない。なればこそ、この地に留まり続けることも良い判断とは言えんのじゃ。これは重ね重ね大人達で話しあって決めたことでもある」
デビ「でも…」
尊「なにより、」
尊はデビの言葉を遮る。
尊「そう提案したのは、ほかでもない、前代の長が一人であるお主の父上と母上じゃ」
デビの目が見開かれる。
尊「お主の言うことも考えはしたぞ?じゃが他のこともたっくさんたっくさん考えて、最善の道を今妾達は辿っておるのじゃ。わかっておくれ?」
デビの前にきてかがむ尊。デビの肩に手を置く。
デビ「最…善…?」
デビはつぶやき、また尊に訴えかける。
デビ「いや、待てよ。それ…じゃあ、父上と母上はどうやって新天地まで来るんだ?だって決まったのも今日だろ?お前が迎えに行くのか?」
尊「……」
尊は目を落とし黙る。
デビ「なんで、黙るんだよ。それもちゃんと考えたんだろ?」
尊は眉を顰めたままだまり続ける。
デビ「なんとか言えよ……なんとか言えよ!」
尊「デビ……世界の救済は、ものの例えや意気込みなどではなく、真に命を懸けねば達成は叶わぬものなのじゃ」
デビ「だからそんなのわかってるって!でも!父上と母上だぞ!し……」
言いよどむデビ。
自分に言い聞かせるように言葉を続ける。
デビ「し…死ぬわけ…ない…死ぬわけないんだよ!」
尊はデビの大声に驚く。
尊「デビ落ち着け。何があった?」
デビの両肩を掴んでそう言う。
しかしデビは尊をつかみ返す。
デビ「お前は?お前は自分の親が死ぬって思ってるわけ!?」
尊「!」
尊は虚を突かれたように、なにも答えようとしない。
デビは尊の答えを待つ。しかし返ってこない。
デビの手から力が抜ける。
デビ「嘘だろ…?歴代最強の〈鬼〉だぞ?お前の!竜胆尊の師だぞ!」
尊「……」
デビ「……どうなってんだよ…何が起きてるんだよ…世界の終わりって何なんだ!父上達は何と戦ってるんだ!教えろ!知ってんだろ!?」
尊の声が微かに震える。
尊「それは…ならぬ…」
デビ「それも大人達で決めたことか!?ふざけんな子供扱いすんな!」
尊「お主はまだ
声を震わせ怒鳴る尊。
デビ「っ!」
デビは尊の声と、その目に溜まった涙を見て驚く。
尊「妾達が、命を懸けて守ろうとしているものじゃ!」
デビを掴む尊の手は震えている。
…………
「デビ」
…………
どこか上の空になるデビ。
…………
「約束しよう。お前の父は、この命に替えても、お前の未来を繋ぎ止めると」
「例えこの先の世界で、お前の側に私たちがいなくとも、決して悲しむことはない」
「忘れるな。父と母の魂は、この大地を巡り常にお前と共にある。お前を見守っている」
「デビ。健やかに、誇り高くあれ。未来に生きるお前の姿を、父と母に示してくれ」
…………
尊「……すまん。いずれお主にもわかる日が来る。だから、今は…」
尊に聞こえるか聞こえないか、デビの口が動く。
尊「え?」
デビ「………」
デビは尊の手を取り、自分の肩から外す。
体を垂れ下げ、一歩、一歩、布の掛かった入り口の方へ。
尊「デビ?どこに行くんじゃ?」
デビ「何言ってんだよ。寝るに決まってんだろ?」
デビは振り向くこともなく答える。
尊はそんなデビの背中を不憫(ふびん)げに見つめる。
尊「……そうか、寝床まで送る」
デビ「いらない…」
垂れさがる布をまくるデビ。
デビ「すまなかったな……僕が…間違ってた」
そう言って外を覆う闇夜に溶け込んでいく。
尊は部屋に取り残される。
椅子にもたれ、うなだれる。目元を手で覆い、ため息をつく。
物音。尊は反射的にドアの方を見る。
尊「デビ?」
黒いローブ、フードを被った誰かが立っている。
その人物を見ると、尊は切り替えて、椅子から立つ。
尊「おぉ…来たな」
その人物がフードを脱ぐ。三つ編みでまとめ上げられた銀髪。尊を見据える
アイデン「……」
机の整理に向う尊。
尊「お主が見つけてくれた土地なんじゃがの、これがまた、なんとも雅な場所じゃった。心から礼を言うぞ」
アイデン「そうか。力になれたようでよかった」
尊「うむ。そりゃあもう」
アイデン「?」
尊を控えめに覗くアイデン。
アイデン「尊、どうした?」
尊「え?」
少し赤く腫れた尊の目元。
尊「あぁ、なんて言ったらいいのかなぁ……ふふ、長の責務、絶賛実感中ってところじゃ」
尊は目をこする。
アイデン「そうか…」
アイデンはそれ以上何も言わない。
尊「お主こそ、最後…になるのか…」
尊の声は真剣みを帯びる。
尊「もう一度聞くが、本当に良いのじゃな?」
動じず、目をそらすこともせず、アイデンは答える。
アイデン「もはや一片の迷いもない……よろしく頼む」