メルクストーリア 【動物の国another ~牛睡の冀望と偶想のおねえちゃん~】   作:ひょうたんふくろう

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霧吹き山
第11話 幻想:困惑の幻惑


「ゆ、揺れたのですよ……! すっごくすっごく揺れたのですよ……!」

 

「や、柔らかかった……! すっごくすっごく柔らかくてあったかかった……!」

 

 霧吹き山の麓。飛ばしに飛ばした馬からようやく降りることが出来て、ユウもメルクも何とか一息をつくことが出来た。互いにいろんな意味で真っ赤になっており、精神的な意味で既にそれなりの体力を使ってしまっている。

 

「ふふっ……これが格差社会、か」

 

「ローフィさんは荒んだ顔をしているのですよ」

 

「ノーコメントで」

 

 ユウとは違い、運動神経もあって馬に乗ることに適性があるはずのローフィも、とても子供がしてはいけないほどの荒んだ表情をしている。社会の裏側を知ってしまったかのような、あるいは大人の汚い部分を知ってしまったかのような。いずれにせよ、ここまでの道中でローフィが受けた扱い──ユウと同じく、シャルフィとユディに挟まれていた──を考えれば、さもありなんといったところだろう。

 

「おしゃべりができるくらいの余裕はあるようだね?」

 

「シャルフィさん」

 

「あ……ごめんなさい」

 

 申し訳なさそうに目を伏せるローフィの頭を、シャルフィがにっと笑いながら撫でた。

 

「何も咎めようってわけじゃないさ! 変に緊張でガチガチになられるよりかは、そういう余裕のある方がずっといい……むしろ、理想的ですらある。もちろん、油断しちゃいけないけれども」

 

 ──あっちの”私”にも見習ってもらいたいくらいだ。

 

 そんな小さなつぶやきを、ユウたちは聞こえなかったことにした。

 

「……そろそろ、行きましょうか。俺達も十分、休めましたし」

 

「ホントかい? ついさっきまでなかなかにグロッキーだったようだけれど」

 

 シャルフィの言うことも間違いではない。事実、補助があったとはいえ慣れない乗馬にユウのお尻は悲鳴を上げている。ただ上に乗っているだけと侮るなかれ、あれでどうしてなかなか乗馬というものは体力を使うし、限界ギリギリまでスピードを出していたというのならなおさら負担も大きくなる。

 

 けれど。

 

 けれど──落ち着きなく尻尾を揺らし、神経質にぴくぴくと耳を動かすフィネットを見れば、呑気に休んでいようとも言っていられなかった。

 

「フィネットさん……」

 

「……休憩は”私”のためでもあるんだけどね。自分じゃ気づいていないだろうけど、普段と違う走らせ方をして体に負担が無いわけがないんだ」

 

「みゅ……でも、今この瞬間もゾランさんがモンスメルムに襲われるかもしれないと考えれば、フィネットさんの気持ちも……」

 

 ゾランが牛族の村を発ってから、既に数時間が過ぎている。道中で弾き出したシロフィの計算によれば、ユウたちが準備に時間をかけたり、ゾランの馬の足とこちらの馬の足の諸々全てを考慮して、おそらくゾランは二時間ほど先にここに辿り着いたのではないか、とのことであった。

 

「……”私”が一番、ゾランが今までどれだけ頑張ってきたのか知っているはずなんだけどな。まぁ、おねえちゃんならしょうがないのか」

 

「みゅみゅ?」

 

「んーん、なんでもない……おっ」

 

 シャルフィ、ローフィ、そしてちょっと離れたところにいたフィネットの耳が一斉にピクリと動く。釣られるようにしてユウたちも視線を動かせば、その先には道中にはいなかった馬──ゾランの馬の手綱を牽いたシロフィとユディがいた。

 

「この子、あっちの川辺の方でお水を飲んでたの~!」

 

「やっぱり、ここを通ったのは確定か」

 

 ユウたちがこの場所で休憩を取ったのには理由がある。単純に、これ以上先は馬では進めないからだ。元々道らしい道なんてないが、ここから先はより傾斜がきつくなり、いかにも山道……いや、山の獣道と言った様相になってくる。

 

 どうやらゾランも同じことを思ったらしく、行きの足として利用した馬をここに残していた。ゾランの足跡を確定するためにも、まずはその馬を探すべきだと提案したのはシロフィであった。

 

「さぁて、”私”? あえて確認するまでも無いだろうけど、この後は……」

 

「──もちろん、わたしたちもここからは徒歩でゾランを追うわ。馬はここに置いていく。……帰りがちょっと心配だけど、自由に動けるようにしておきましょう」

 

 休憩は十分。ゾランの足跡も十分。あとは一刻も早くこの山を探索し、目的を達成するだけ。

 

 高く高くそびえる霧吹き山を目の前にして、フィネットは力強く相棒である弓を握った。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 山というのはこんなにも恐ろしい場所だったのか、とメルクはユウに抱えられながらぼんやりと思った。

 

 昼間だというのに樹々が生い茂っていて妙に薄暗く、そして道なき道を進むものだから見通しが本当に悪い。最低限人が進める程度には開けているものの、それだって先頭を進むシャルフィが山刀(マチェット)で切り開いてくれているからそうというだけで、それが無かったら進むのにもっと難儀したことだろう。

 

「ふう……」

 

「ユウさん……」

 

「ん、大丈夫」

 

 すでに探索を始めて一時間ほど。元々体力のない──これでも旅を始めたころよりかははるかによくなっている──ユウの息はあがりかけている。荷物の大半は他の人が持ってくれているとはいえ、瓶詰め(じぶん)を抱えながらの行軍はなかなかに堪えるのだろう。

 

 こういう時、メルクは未だに自分のことが不甲斐なく思えてしまう。他のみんなは必死の思いで足を進め、絶えず周囲を警戒していつでも武器を抜けるようにしているのに、誰かに持ち運ばれなきゃ何もできない自分は、それこそ応援するくらいしかやれることがない。

 

「……」

 

 元々、この霧吹き山は人が入るような山ではないらしい。山を迂回するような形で隣の村に至る山道があるくらいで、それ以外ともなれば猟師かどこかのもの好きがたまに踏み入る程度のものだというのが事前の作戦会議で共有された話であった。

 

 霧が噴き出すその特殊な地形故に、果実や山菜と言った山の恵みは少なく、普通の山登りより大きなリスクを取ってまで踏み入るメリットが無い、というのがその理由らしい。そうなるとそれを糧にする生き物もいないのではないかと思えるのだが、『だからこそ、モンスメルムのように一風変わったモンスターが住み着いたりしているのじゃ』……というおばば様の話が、メルクの記憶には妙に強く印象に残っている。

 

「ねえ! 何か手掛かりは見つかった!?」

 

「全っ然! 湿っぽいから足跡なんてすぐに見つかると思ったんだが……多すぎる(・・・・)!」

 

 フィネットとシャルフィのやり取りの後、ほんの少しだけ自身の目線が低くなったことにメルクは気づいた。昔はともかく、ここ数年はすっかりこの高さで安定していたために、メルクはその変化には人一倍敏感なのだ。

 

「ユウさん……本当に大丈夫なのです?」

 

「ほ、本当はちょっと休憩したい……!」

 

「……でも、こんなところじゃ休めないかな。開けたところに出るまで、もうちょっと頑張れる?」

 

 さりげなくユウの隣に来ていたシロフィが、ユウに穏やかに笑いかける。ユウがもう少し気配の動きに敏感だったら、そうしている間もシロフィがローフィにも注意を向けていたことに気づいただろう。

 

「ゾランもあそこからこの山に踏み入ったなら、必ずその痕跡が残ってるって思ったんだけど……」

 

「多すぎる、って言ってましたよね」

 

「うん。他の生き物の足跡とかでいっぱいみたい。全体的に湿っぽいせいで、かなり古いのも併せてしっかり残っているんだね」

 

「みゅみゅ……」

 

 そう言われて、メルクはユウの足元を身を乗り出すようにして覗いてみる。なんだか泥がぐちゃぐちゃとなっているだけで、足跡らしい足跡なんてわからない。折れた枝や倒れた草を目印に犯人の逃走経路を割り当てる……なんて話は愛読するミステリー小説ではよく出てくるが、現実はそんなにうまくいかないな、とメルクはミステリーに対するリアリティの認識を少しだけ改めた。

 

「ゾランはまともな準備なんてできていないはずだから、そんなに遠くまで行けないと思うんだけど」

 

「……シロフィさん、それってもしかしなくてもこの道は外れってことなのでは?」

 

「ううん、あの子の性格的にそれはない。”私”もそれがわかっているからこの道を進んでいるの。……他の生き物がたくさん通っている道なら、ゾランの体格と力があれば普通に通れる」

 

「あ……」

 

「もっとゾランが小さければ、そもそもこんな道通れない。もっとゾランが大きかったら、もっとはっきりした形跡が残る。……帰ったら、みんなでミルクを飲まないとね!」

 

 ぽつりぽつりと口数少なくおしゃべりをしながら、それでも一行は歩を進めていく。代わり映えのしない景色に、ただ運ばれているだけのメルクでさえも気が滅入りそうなくらいであった。進めど進めど目に飛び込んでくるのは木々や藪ばかりで、正直なところもうメルクの方向感覚はぐちゃぐちゃだ。

 

「見つかりませんね、ゾランさん……」

 

「うーん……まさか、頂上のほうまで行ったってことは無いと思うんだけど。ゾランの目的があくまでモンスメルムである以上、いかにもモンスメルムが潜んでいそうなところに向かっている……はずなんだけどな」

 

 一般的な山の例に漏れず、この霧吹き山も登れば上るほど傾斜がきつく、まともに歩くことは難しくなっている。人間でさえそうなのだから、翼も持たない、それもあれだけ巨体のモンスメルムが頂上付近にいるとは考えにくい。いるのだとしたら、藪や岩場なんかが多い五合目から七合目くらいであるというのが事前の予想であった。

 

「……でも、そうなるとちょっと不思議なのですよ」

 

「……うん?」

 

 メルクの中にわずかに引っ掛かったそれ。

 

「私たちがゾランさんを見つけられないのはある意味じゃしょうがないのです。この山は広いし、ゾランさんの痕跡を辿ろうにも似たようなものがいっぱいあるのですから」

 

「うんうん」

 

「でも……じゃあ、どうしてモンスメルム(・・・・・・)の痕跡(・・・)が見つからないのです?」

 

「……あ」

 

 モンスメルムの体は大きい。それこそ、その長い鼻の一振りをまともに食らえば、屈強な戦士でさえも容赦なく吹っ飛ばされるほどに。同じくらい大きいモンスターはこのメフテルハーネには他にもいるとはいえ、それでもやっぱりモンスメルムは平均的なモンスターと比べれば間違いなく巨体に分類されるほどの巨躯を持っている。

 

 そんなモンスメルムが山を登った形跡がどこにも見つからない。あれだけの巨体がこの山を登ったはずなのに、樹木が倒れた様子も、地面が盛大に踏み荒らされた様子も無い。

 

「あれだけおっきな体ならば、隠そうと思ってもその痕跡は残る……はずですよね?」

 

「確かに……ゾランを探すことばっかり考えていたけど、言われてみればちょっとおかしいかも」

 

 シロフィが思案する。まるで何か致命的なことを見落としてしまっているのではないか──そう思えてならなかったのだ。

 

「……うん、ここは一回立ち止まって、ちょっと方針を考えたほうがいいかも」

 

「なのですよ! いたずらに歩き回るよりも、絶対にそっちの方が……みゅ?」

 

 メルクの視界がどんどん進んでいく。

 

「ユウさん?」

 

 会話が聞こえていなかったのかと思って、メルクはユウに声をかけた。抱えられた自分とシロフィが普通に会話できていた以上、ユウがそれを聞き逃すなんて本来はあり得ないはずではある。しかし、疲労を押して歩くことに集中しているのならば、まぁ考えられないことも無い。

 

「……ユウさん?」

 

 返事が返ってこなかった。だからメルクは、不審に思ってユウを見上げた。

 

 ──ユウの目には、何も映っていない。

 

「ユウさんっ!」

 

「どうしたのっ!?」

 

 異変に気付いたシロフィがユウの肩を揺さぶる。しかし、ユウの目は虚ろなままだ。

 

「これは……まさか、そんな……!?」

 

「いったいどうして……はっ!?」

 

 ここにきて、メルクは気づいてしまった。いや、ここになってようやく気付けた、の方が正しいかもしれない。

 

「さ、さっきからおしゃべりしていたせいであまり気にしていませんでしたが……き、霧が出てきていませんか……? どことなく薄暗いような……!」

 

「……出ているわね、間違いなく。少しずつ少しずつ、こっちが気づかないくらいにゆっくり霧が深くなっていたみたい。しかも、おまけに」

 

「おまけに?」

 

「──ねえ、”私”っ! 急いでこっちに来てっ! ユウくんがおかしいの! ユディもローフィちゃんもどこかいっちゃったっ!」

 

「みゅみゅっ!?」

 

 シロフィの叫びを聞いて、メルクはようやく気付くことが出来た。

 

 ついさっきまですぐ近くを歩いていたはずのローフィとユディの姿がどこにもない……いや、ローフィはメルクから見て右手の方にふらふらと勝手に歩いて行ってしまっている。足取りは頼りなく、とても真っ当な状態とは思えない。

 

 そういえば、いつの間にかおしゃべりが全くなくなっていた──とメルクが気づいても、もう遅い。

 

「どうした、何があった!?」

 

「ユウくん、どうしたの……なんでユディがあんなところにいるの!?」

 

「迂闊だった! 見てよこの霧っ! 私たちはすでに──モンスメルムの縄張りの中にいる!」

 

 気づいてからはあっという間だった。ほんの少し先が見えなくなるほどに霧が深くなり、当たりが鬱蒼としていることも相まって、まるで異界に飲み込まれたかのような光景がメルクの目の前に広がっている。

 

 メルクを抱えているユウも正気に戻っていない。シロフィがちょっとでも手を離せばあっという間に霧の彼方へと歩いて行ってしまうだろう。

 

 そしてそれは、無理やりに引っ張ってこられたユディやローフィも同じであった。

 

 加えて。

 

「……く。……ん……く」

 

「……えへへぇ、ない……でぃ……」

 

「……みゅ?」

 

 虚ろな目の三人が、何やら小さくブツブツ呟いている。

 

「ふふふ……すごい筋肉……見ろよメルク、これが俺のマッスルだ……!」

 

「えへへ~! わたし、すっごく頼りになるおねえちゃんしている……! クールで冷静な、フィー姉にも負けないおねえちゃん……!」

 

「し、しっかり誑かされているのですよーっ!?」

 

 いったい二人には何が見ているのだろうか。ユウはそのあまりにも細い腕と貧弱な体を使ってマッスルなポーズをしているし、ユディはふにゃりと顔を崩しながらここにはいない子供たちの頭を撫でている。お互い正気でないのは間違いなく、厄介なことにそんなふざけた言動をしながらも足の動きをまるで止めようとはしていなかった。

 

「見てよ……! 私だってフィネットさんに負けないくらいのナイスバディなんだから……!」

 

「ああ……ローフィさんもしっかり誑かされている……というかやっぱりそれを気にされていたのですね……!」

 

「モンスメルムは大人の男しか誑かさないって話じゃなかったのか……!? いったいどうして、ローフィちゃんも……!?」

 

「ふふふ……! さすがの精霊さんも、これにはびっくりしたぁ……? 私だってデキる女なんだからね……!」

 

「……待って! ホントに向こうに誰かいる!?」

 

 フィネットが声を張り上げる。慌てて皆がそちらの方を見てみれば、うすぼんやりとはしているものの、霧の向こうに確かに大柄な人影が見えた。

 

「えへへ……精霊さぁん……!」

 

「待って、ローフィちゃんっ!」

 

 ふらふらとそちらへ向かおうとするローフィをフィネットがしっかり押さえた。もちろんその間も、霧の向こうの謎の影から目を離さない。それはシャルフィもシロフィも同様で、三人のフィネットは互いの様子を観察することで、あの霧の向こうのそれが自身が生み出した幻想でないことを──仕組みは不明なものの、この場にいる全員が認識できているということを確認した。

 

「……あ! あれはまさか……!」

 

「メルクちゃん、知っているの!?」

 

 霧の向こうのシルエット。筋骨隆々な大柄な体。なのにどこかふわふわモコモコしているその影に、メルクは心当たりがあった。

 

「アレはヴォルガルさん……! ローフィさんの言うところの精霊さんなのですよ! 間違っても今ここにはいるはずのない人なのです!」

 

「となると……モンスメルムはただそいつを誑かすだけじゃないってことか。まさかこんな、他の人にもガッツリ見える幻を生み出せるとは」

 

 幸か不幸か、霧の向こうにいるヴォルガルのシルエットはただそこに在るだけで、フィネット達に干渉しようとはしてこない。時折瞬きしたり、にこにことほほ笑む──本来のヴォルガルなら考えられないくらいの笑顔だ──以外にはこれといって危険らしいところは何もない。

 

 とはいえ、動けるであろうことは間違いないし、実物を触ったわけでもないからあくまで推測だ。今はまだ何ともないが、モンスメルムの気が変わればアレが即座に襲い掛かってくる、なんてことは十分にあり得る。

 

 そして悲しいことに誑かされているローフィは、フィネットが取り押さえているのにもかかわらず、幸せそうな顔をしてその幻影に向かって歩もうとしていた。

 

「念のために聞いておくが、”私”とメルクちゃんは正気だよな?」

 

「た、たぶん正気のはずなのです。少なくとも変なものは見えていないのですよ!」

 

 フィネット、シャルフィ、シロフィ。三人のフィネットとメルクだけが今この場で正気を保っている人間だ。戦力として数えられたはずのユウ、ローフィ、ユディは誑かされおり、正気じゃない。ほんの一瞬で戦力の半分を無効化されたばかりか、正気でない三人をこの場に抑え込むという……足止めまで喰らってしまっている。

 

 状況は、考え得る限り最悪に近かった。

 

「マッスルぅ……! マッスルぅ……!」

 

「ないすばでぃ……! ないすばでぃ……!」

 

「ふへへ……! わたしがみんなの頼れるおねえちゃん……!」

 

「ど、どど、どうするのですよ……!?」

 

 決断したのは、シャルフィであった。

 

「どうするも何も、私たちの目的は最初から一つさ!」

 

「みゅみゅっ!?」

 

 シャルフィはユウの腕に抱えられているメルクを半ばひったくるようにして取り上げる。それから、ろくに見もせずメルクをフィネットへと手渡した。

 

「行けよ、”私”! もうここはすでにモンスメルムの縄張りの中……ゾランが近くにいる可能性はかなり高い! ここは私たちに任せて、”私”はメルクと一緒にゾランを探してくれ!」

 

「で、でも……」

 

「これが最善よ、”私”! なぜだか、私たちは誑かされない……なら、この場に二人残ってユウくんたちを正気に戻すか試みつつ、残り一人が近くにいるはずのゾランを探すべき! 足止めされてる時間は無いわ!」

 

 残るのが一人なら、ふらふらと動く三人を押しとどめることはできない。残るのが三人なら、そもそもとしてゾランを探しに行くことはできない。万が一幻惑の霧に包まれたときのためにも、正気を保てる人間が最低二人以上いる状態で行動するべき。

 

 そんな諸々の説明を一切カットして、シロフィは懇願にも近い形でフィネットに語り掛けた。

 

「行って、”私”! 私を──おねえちゃんを信じて!」

 

「メルクも頼んだぞ! もし”私”が誑かされそうになったら、全力で抓ってくれて構わない! ”私”が許す!」

 

 二人の”自分”の声を背中に受けて。

 

「──行くよ、メルクちゃん!」

 

 フィネットは、霧の向こうへと走り出した。

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