メルクストーリア 【動物の国another ~牛睡の冀望と偶想のおねえちゃん~】 作:ひょうたんふくろう
──時は少しさかのぼる。
「……やっぱり、意外とあっけなかったな!」
馬からひらりと飛び降りて、ゾランは額の汗を爽やかに拭った。
目の前にそびえるのはあの遥かなる霧吹き山。村からでは毎日のように見ている──しかし、実際に登ったことなんてほとんどない、あの霧吹き山だ。こうして近くで見てみると、どうしてなかなかいつもの山も迫力があり、それがまたゾランの気分をいっそう高揚させた。
ゾランが村を発ったのは早朝も早朝といった頃合い。馬でそれなりに長い時間駆けていたとはいえ、この少しひんやりした爽やかな空気を鑑みるに、今はまだまだ朝の時間と言っていいだろう。辺りには朝を告げる小鳥がチチチ、と軽快に鳴いており、まるでゾランのこれからの冒険を祝福しているかのようであった。
「──やっぱ、ローフィはすげぇや。うじうじ悩んでいたのが本当にバカらしい!」
毎日見ているあの山に、伝説が潜んでいる。村のくだらないおとぎ話だと思われていたそれは、実在していた。そんな恐ろしいモンスターを打倒せんと、今から自分はこの山を登る。
この、なんとも言えない清々しい気分は何なのだろうとゾランは思った。昨日の夜までの暗い気持ちはどこへやら、今は思わず叫んで走りたくなってくるほど心から気力がわいてくる。ワクワクしているような、それでいて使命に燃えているような。この気持ちをどう表現すればよいのか、ゾランはもう少し勉強をまじめにやっておくんだったと少しばかり後悔した。
「さぁて、行くぞ!」
一応念のため、馬はその場に繋がずにゾランは道なき道に踏み入っていく。いつもと同じはずの背中の大剣の重みも、今日はまた一段とゾランの身を引き締めてくれた。
「ひひひ……! ねーちゃんもみんなも、びっくりするだろうなぁ……!」
ゾランがたった一人でこの霧吹き山へと来た理由。
それはもちろん、モンスメルムをどうにかするためだ。
昨日、ゾランは犯してはならないミスを犯してしまった。仮にも村守の見習いであるはずの自分は、あろうことか強大な敵を目にして立ち竦んでしまった。守るべき村のチビたちを守れなかったばかりか、逆に守ってあげなくてはならない癒術師に守られてしまった。おまけとばかりに、全体として足手まといにもなっている。
それだけならまだいい。それだけならまだ、ゾランはここまで奮起しなかった。
「……絶対、二度とねーちゃんをあんな目に合わせるわけにはいかない!」
よりにもよって、自分をかばってあのフィネットがケガをしてしまった。もし自分があんな醜態を晒さなかったら……もしフィネットが十全に動ける状態で本気を出していたら、あんなモンスメルムなどという時代に取り残された古いモンスターなんてあっという間にどうにかできていただろうと、ゾランは本気で思っている。それくらい、ゾランの知っているフィネットは強く、たくましく、そして優しい。
そんな頼りになるフィネットが、自分のせいでケガをしてしまった。例えようのない自責の念に駆られたゾランを救ってくれたのは──他でもない、ローフィの言葉だ。
うじうじ悩んでも仕方がない。悩むよりかは行動するべき。
では、今のゾランにできることは? 今の自分は、何をするべきか?
──決まっている。あのモンスメルムをひとりでどうにかして、あの失敗を雪ぐことだ。
もちろん、それは生半可なことではないだろう。あのフィネットでさえ、動きに制約があったとはいえ引き留めての時間稼ぎが精いっぱいだったのだ。ローフィの鞭にユディのボルト、シャルフィの投げナイフにシロフィの怪しげな薬の爆発を食らわせても、山に追い返すことしか──倒すことはできなかったのだ。いつかフィネットが絶賛していた癒術すら効かなかったというのだから、およそ普通の相手ではないのだろう。
だけど、だからこそ。
だからこそ、意味がある。
「結局はあいつだってモンスターだ……村守で対処できないはずがない! やる前から諦めるのは絶対違うだろ!」
あのモンスメルムをひとりでどうにかすれば、きっと村のみんなはゾランのことを見直してくれるだろう。チビたちは羨望の眼差しを自分に向けて、お昼寝の度に武勇伝を語ってくれとせがんでくるに違いない。ずっとずっともみくちゃにされて、とてもお昼寝どころではならなくなるはずだ。
そして、フィネットは。
大好きなフィネットは、きっと自分のことを褒めてくれる。いつもみたいに優しく笑って、温かくぎゅっと抱きしめてくれるのだ。『ああ、偉いね』、『よく頑張ったね』、『やっぱりゾランは、頼りになるみんなのお兄ちゃんだね』──そう言って、フィネットは自分の頭を撫でてくれるはずなのだ。
そうである。そういう
「……よし!」
気合を新たに、ゾランは霧吹き山を登る。正直なところ、モンスメルムについてはそのほとんどが未知数と言っていい。わかっているのはこの霧吹き山を根城にしていることと、霧が出てきている時にしか現れないということくらいだろうか。
つまり、モンスメルムの場所を突き止めるのは困難であり、足で地道に探すしかない。あの巨体だから山の険しいところにはいないはずだが、今まで何十年も誰もその姿を見ていなかったことから、歩きやすい山の麓の方にはいないことも明白だ。
「霧の出て来ないうちに、見つけられたらいいんだけど」
辺りをきょろきょろ見渡しながら、ゾランは山を登っていく。モンスメルムも通れるであろう、できるだけ歩きやすい道を探して。幸いにも樹々の合間から見える空は澄んだように青く、雲がかかっているようにも見えない。まだまだ日没までたっぷり時間はあり、天気が荒れる気配も今のところは無さそうであった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「……」
歩いて、歩いて。
いったいどれだけ歩いただろうか。もう何時間も歩いた気がするし、まだまだ全然歩いていない気もする。似たような景色がずっと続くものだから時間感覚がどんどん希薄になって、なんとなくゾランは不安な気分になった。
「……帰り道の印、つけておくか」
ふと思い立って、ゾランは手ごろな樹に剣で傷をつけた。何かの昔話で、帰り道を見失わないようにそうするのだ──というのを聞いたことがあったのだ。
物語で聞いた時は、なるほどたしかに、上手いことを考え付いたものだ……と感心したが、実際にやってみるとどうしてなかなか難しい。まず単純に「それっぽく」上手い具合に傷をつけるのが難しいし、傷をつけたところで言うほど目立つものでもない。
それでもなんとか、一応は満足のいく形に仕上げたゾランはさらに先へと歩を進める。
「……いないな」
歩けど歩けど、それらしき姿は見受けられない。足跡の一つも見つけられなければ、ねぐらと思しき場所さえも見つからない。
霧が出てきていないからか、と思ってゾランはすぐにその考えは間違っていると思い直す。霧が出ていようといなかろうと、あの巨体がどこかに潜んでいること自体は間違いないのだ。というかむしろ、霧が出ていない今……モンスメルムの特徴から鑑みれば、アレは寝床に引きこもっている可能性の方が強い。
「……」
一向に何も変わらない現状に、ゾランは少しだけ後悔し始めた。悩むよりかは行動するべきだ……確かにその通りではあり、昨日の夜に比べてゾランの心ははるかに晴れ晴れとしているが、それはそれとしてよく考えて行動するべきだったかも、とも思い始めている。
「うう……いや! 何の成果も無いってわけじゃないんだ! こっちにはいないってことがわかったし……うん、斥候とか先遣隊ってやつだよこれは!」
落ち込みそうになる心をあえて口に出した言葉で奮い立たせる。そんなことをしているということそのものが、既に大部挫けかけている証左にほかならないことにゾランは気づいていない。
「……まさか、迷って同じ場所を歩いているってオチはないよな?」
なんとなくそれが気になって──決して不安になったわけではない──ゾランは来た道を引き返す。
もしずっと同じところを歩いていたなら、すぐにでも例の印をつけた樹が見えてくるはずだった。
「……よし!」
印の木はない。
少なくとも、同じところを歩いていたわけではない。そんな物語にしか出て来ないような間抜けなことなんて、いくらなんでも現実じゃあり得ない……と、ゾランが思ったところで。
「……ああっ!?」
気づいた。
ゾランは、気づいてしまった。
「嘘だろ……! 頼む、嘘って言ってくれ……!」
そしてゾランは全力で駆ける。元来た道を……山から下山するはずのルートを。
走って走って、どこまでも走って。いい加減、走るのも限界だってくらいに走って。
「無い……!」
印の木はない。
本当だったらもう見えていてもおかしくないはずの印の木が、どこにも見当たらない。
それどころか、明らかに見覚えのない景色が目の前に広がっている。さっき通ってきたから、自分が踏み入った痕跡が残っていなきゃいけないのに、ゾランの前方には人跡未踏であることを全身で主張する大自然があった。
「嘘だろ……」
ゾランは、同じところをぐるぐると歩く間抜けではなかった。
単純に、元来た道がわからなくなって遭難していただけだった。
おまけに。
「……嘘だよね?」
じんわりと、しかし確実に。
ゾランの視界がゆっくりと白くなっていく。
「ここにきて、霧……っ!」
きっと、霧そのものは少し前から出ていたのだろう。外から見れば真っ白な霧でも、中に入ると案外そうは思えない……なんてのはよくあることだ。ゆっくりゆっくり霧が増えていたのと、ゾランの注意力が散漫になっていたのも気づくのに遅れた要因であるに違いない。
問題なのは道に迷ったという今の状況に、さらに霧という不確定要素が追加されてしまったことだ。
「いや……! これは逆に、チャンスだろ……!」
くじけそうになる心を無理やり奮い立たせ、ゾランは気合を入れ直す。帰り道がわからなくなってしまったのは事実だし、この霧吹き山で迷子になっているのも疑いようがないが、しかし霧が出てきたと言うことはモンスメルムと遭遇する可能性がグッと高まったということでもある。
これが霧吹き山としての自然の霧なのか、それともモンスメルムが操る霧なのかはわからない。しかし、いずれにせよモンスメルムの方から出歩ける環境が整った──モンスメルムの方からゾランを見つけてもらうほうが、ただやみくもに探すよりもずっと効率的だろう。
そうである。そもそもゾランは物見遊山のためにこの霧吹き山に来たのではない。
モンスメルムをどうにかするために、この霧吹き山に来たのだ。
「来るなら来い……!」
背中の大剣を引き抜き、ゾランは身構えた。
さっきまで聞こえていたはずの鳥の声も、虫の声も聞こえない。風が樹々を揺らす音も聞こえなければ、どこかで流れる水の音も聞こえない。
無音の世界。唯々静かな、霧の中の世界。
聞こえるのは、自身の荒い息遣い。うるさくがなり立てる心臓の音。
そして。
──ゴ、ォォ、ォォォ……!
腹の底に響くような、地響きの音。大いなる何かが目覚め、揺れ動く大地の震え。大剣の切っ先が震えているのは、決してゾランの体の震えだけのせいではない。
「ルォォォ……!」
「……っ!」
霧の向こうにうっすらと浮かび上がった大きなシルエットが、ぬうっとゾランの前に姿を現した。
「は、はは……! ホントに、出た……!」
何もそこまで不運は重ならないだろう、いくらなんでも
「ルォォォ……!」
モンスメルムはその泥塗れの体をゆっくりと震わせ、何かを見極めるようにその虚ろな目をゾランに向けている。背中からは相も変わらず触手状の太い根っこがうねうねと動き、霧の向こうへその形を隠したり表したりしていた。
そしてやはり、モンスメルムは大きかった。一体ゾランの何倍ほどの大きさなのかとても見当がつかない。こうして改めて見てみると、どうしてこれだけの巨体に今の今まで気づけなかったのかゾランは不思議でならなかった。
「……おい! おまえ!」
足が少し震える。
腕の震えも剣にそのまま伝わった。
はっきり言って、とてもカッコいい勇姿には見えない。
けれど、ゾランは確かに言い切った。
「もう二度と悪さなんかするなよ! それで、もう絶対ウチの村にちょっかいなんてかけてくるな! そうすれば、見逃してやるっ!」
「──ルォォォォッッ!!」
結論から言えば、ゾランの『説得』は一切の効果が無かった。もしかしたらこれですべてが解決するかも、とほんの少しばかり抱いていたゾランの希望は打ち砕かれ、返ってきたのはそのたくましい鼻による熾烈な一撃である。
「わ、わわっ!?」
それをゾランは、すんでのところで避けた。
──足は竦んでいない。少々震えるが、一応は思い通りに動く。耳元で唸った風を切る音にかなり肝が冷えたが、しかしそれだけだ。
「──行ける!」
やっぱりローフィはすごい、とゾランは大剣を構えて心の中で感謝する。怖いし心臓はバクバクとうるさく騒いでいるが、思っていた以上に
やはり、臆するのは良くない。実際にやってみれば、意外とできる。
「こっちだモンスメルムっ!」
「ルァァァァ!!」
狂ったように振るわれる根っこの乱打を、ゾランは冷静に躱していく。右から来るもの、左から来るものを的確に見極め、時にはあえてモンスメルムの懐に潜り込むようにして。
毎日見ているフィネットの矢は、もっと速い。アレに比べればこんなの子供のかけっこと大差がない。見かけだけは立派で迫力があるが、冷静に分析すれば……それらはすべて、毎朝の村守の訓練のどこかで見聞きしたレベルのものでしかなかった。
「それも見切った!」
「ルォ!?」
上から降ってくる根っこの一撃。ゾランはあえてそれを無視し、左後方から──霧に紛れて死角を狙った根っこの一撃を避ける。
まさか避けられるとは思っていなかったのだろう。一瞬モンスメルムが驚愕に身を震わせ、そして間抜けな声を出したことにゾランが気分が良くなった。
目だけではない。耳も、肌の感覚も使って。風を切る音に紛れた僅かな違和感に、不自然に揺らめく冷たい霧の揺らぎ。それらの情報すべてを無意識に使い、ゾランは視覚だけでなく体の感覚そのものでモンスメルムの行動を識別している。
それはきっと、牛族として……いいや、動物の国の人間の誰もが持っている、いわゆる野生の勘ともいえるものなのだろう。彼らの民族衣装の露出が妙に多いのも、その感覚が妨げられるのを無意識に嫌ったためなのかもしれない。
重要なのは、今この瞬間においてゾランは精神的な余裕を持っているということであった。
「おいおい、ワンパターンすぎないか!」
「ルァ……ッ!?」
霧の向こうに攻撃を隠そうとも関係ない。そんな奇襲はゾランの前では奇襲足り得ない。その程度ではただのよくある攻撃の一つに過ぎず、そしてモンスメルムが見せたその動揺を、今のゾランが見逃すはずが無かった。
「でぇい!」
致命的な隙。ゾランは自らの大剣を叩きつけるようにしてモンスメルムの前足に打ち付けた。切り払うのではなく、あくまで衝撃を重視した一撃。両の手でしっかり振るった渾身のフルスウィング。
「どうだ!」
手ごたえは、あった。
真っ当に喰らったら、重い衝撃がいつまでもジンジンと残るほどの一撃だ。手足に喰らえばしばらくは物を掴むことも立つこともままならなくなるし、その部分はこの戦闘中においては使えなくなると言ってもいい。
もちろん、モンスメルムはこの巨体だ。相対的に効果は薄くなるだろう。もしかしたら、ゾランが思っているほど堪えていないのかもしれない。
しかし。
少なくとも、脅威と思ってもらうことはできる。手を出したらお互いタダでは済まない──そんな認識を持ってもらうことは、できるはずだ。
たとえ倒せなくても、懲らしめることは……二度と村に手を出したくないと思ってもらうことは、できるはずだった。
「ル、オォォ……!」
「……そうかよ」
曇った瞳に確かに宿る。暗い色の炎。どうやらゾランの願いとは裏腹に、モンスメルムはまだまだやる気らしい。
「……いいぜ、とことん付き合ってやる!」
再び大剣を構え、ゾランは動く。
右から左から、上から下から、はたまた霧の向こうからやってくる一撃を躱し、ゾランはモンスメルムの巨体に潜り込むようにして足に大剣を叩きつけていく。一撃入れた後はすぐさまそこを離脱して、己を押しつぶそうと動くその身体から距離を取った。
「どうした、体の動きはゆっくりだな!」
「ルォォ……!」
昨日の昼間の戦いとは全く違う光景が、そこに広がっている。
モンスメルムを相手取っているのはゾランただ一人であり、たった一人で見事にモンスメルムを抑え込んでいるばかりか、少しずつとはいえダメージさえも与えている。攻撃はまるで喰らっていないし、避ける動きにも余裕を見て取ることさえできた。
「は、はは……! なんだよ、やっぱりやればできるじゃん……!」
決して、フィネットが弱かったわけではない。もちろん、ゾランの方がフィネットよりも足が速く、体格が小柄な割にパワフルであるという身体的な理由も大きいが、それ以上にゾランの戦士としての役割が今回の状況に合致していたというだけだ。
前衛として前線を構築し味方の盾になる
そんな後衛であるのに、複数の攻撃手段を持つモンスメルム相手に前衛と同じ働きをしていたことの方が、称賛されるべき事実だろう。「やっぱり姉ちゃんはすごい」と盲目的に信じ込んでいるゾランがその本当の意味に気づくのは、まだ少し先のようであった。
「まだ懲りないのか……!」
何度目になるのかわからない攻撃。すでにゾランは、モンスメルムの前脚にも後脚にも少なくない数の攻撃を行っている。返ってくる手ごたえは岩を打ち付けたかのように重いとはいえ、そろそろ何かしらの反応が起きてもおかしくない。
「お前だって、もう十分だろ! なんでそんなに気が立ってるのか知らないし……どうしてウチの村を狙ってるのか知らないけどさ! 頼むからもう大人しくしてくれよ!」
「ルァァァァァァ!」
ゾランの必死の説得。返ってきたのはやっぱり根っこの一撃だった。
「……わかったよ。とことんやるって言うんだな」
ゾランは大剣を握り直し、そして構える。
今度はもう少し強めに攻撃しようと、足を大きく踏みこ……もうとして。
「……あえ?」
ぐらり、と視界が傾いた。
「……え」
気づいた時には、もう遅い。
「なん、なんで……おれ」
足に力が入らない。耳鳴りがする。呼吸が浅くて妙に苦しい。目の前がくらくらして、さーっと暗くなったり、チカチカと光の輪っかのようなものが見えたり消えたりする。体は熱いのに、体の芯が冷たく凍えるよう。
俗にいう、酸欠、貧血、めまいの症状。ろくに朝ごはんも食べず、夜明けの前から馬を飛ばし、そこまで高くないとはいえ山の中で全力で戦っていたのなら──それも、ゾランのような成長期の子供がそんなことをしていたのなら、そうなるのも当然の話であった。
「ルォォ……!」
「あ」
ふと、ゾランの顔に陰がかかる。薄暗い霧の中だというのに、自分の頭上に何かが翳されたことがゾランにははっきりとわかった。
風を切る音。何かがしなる音。
あの時とは別の意味で動かない足に、ゾランはどうしようもない悔しさを覚えた。
「──ゾランっ!」
霧の中から飛び出てきた、なにか温かくて柔らかいもの。
あの時と同じように突き飛ばされて、ゾランの頭は一瞬真っ白になった。
「もう、ダメじゃない……一人で先走るだなんて」
「あ……!」
毎日のように目で追っていたその背中。会いたくて会いたくてたまらなくて、でも、追ってきてほしくなったその人物がそこにいる。
「ふふ……おねえちゃん失格ね」
足首を押さえ、苦痛を押し込むようにして笑みを浮かべるフィネットがそこにいる。
「助けることが出来ても……あなたに、そんな顔をさせてしまうだなんて」
──ゾランは、自分の愚かさを呪いたくなった。