メルクストーリア 【動物の国another ~牛睡の冀望と偶想のおねえちゃん~】   作:ひょうたんふくろう

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第3話 小悪魔な彼女

「がるる……!」

 

「ひ、ひい……!」

 

 ユウの目の前に、猛りに猛った少年がいる。

 

「お前……お前ぇ……!」

 

 鼻息は荒く、目は据わっていて、そしてその敵意を隠そうともしない。タッパとしてはまだユウのほうが上だから、思っていたほどの威圧感はないが……それでも、子供にしては妙にがっしりとした体付きに、額の上の方に生えている小さいながらも立派な二本の角を見れば、真っ向から力勝負をした場合、どちらに軍配が上がるのかは火を見るよりも明らかだった。

 

「まあ、ゾランったら……ダメよ、遥々こんなところまで訪ねてくれた旅人さんに、そんな態度をとるなんて」

 

「ねーちゃん! これは、男と男の問題だ!」

 

「うーん……そう言われると、お姉ちゃん困っちゃうなあ。なんせ、この人は……」

 

 誰もが虜になるような笑みを浮かべ、彼女……フィネットは、にっこりと笑った。

 

「お姉ちゃんの、元カレなんだもの」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 フィネットとの再会。それは、まったくもって偶然の事であった。

 

 確かに、フィネットは牛族だ。だから牛族の村にいたとしても何ら不思議はない。しかしながら、動物の国にはローフィの村をはじめとして、いくつも牛族の村があるという。その詳細な規模こそ不明だが、ローフィ自身が『族長同士で相撲大会ができる程度にはある』と語ることから、ユウたちが訪れたこの村にフィネットが住んでいたことは、ちょっとした運命に近いものがあったのかもしれない。

 

 そんな運命的な再会に喜び、思わず話が盛り上がりそうになれば。ある意味当然のごとく、周りで眠っていた子供たちも目を覚ます。

 

 ──そのお兄ちゃん、だぁれ?

 

 ──よその村から来た人?

 

 ──どんな種族のひと?

 

 ふとお昼寝から目覚めたら、大好きなお姉ちゃんが知らない人たちと楽しそうに喋っている。しかもその貧弱そうな紫バンダナは、男に見えるのに角が無いばかりか、尾っぽも、翼も、鱗すらない。

 

 いったい、この紫バンダナは何者なんだ……と、彼らが質問するのは至って当然の流れだろう。

 

 問題だったのは、フィネットが子供たちの頭をなでながら悪戯っぽく紡いだ言葉であった。

 

 

 ──この人は、お姉ちゃんの元カレよ、と。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽ 

 

 

「さっきも言ったでしょう? この人は、お姉ちゃんの知り合い……ううん、元カレよ。俺のものになってほしい……って、すごく情熱的な言葉でナンパされちゃったんだから」

 

「違いますよね!? 俺のものじゃなくて、俺たちの仲間になってほしい、ですよね!?」

 

「でもね? そのあとすぐにお姉ちゃんフラれちゃって……純情を弄ばれちゃったの。ぐすん」

 

「おまっ……お前ぇ……! ねーちゃんに、なんてことを……!」

 

 フィネットをかばうようにして、その牛族の少年──ゾランが、ユウの前へと立ち塞がる。既に体は前傾姿勢を取っており、両手を構えて飛び込む体勢はばっちりだ。何かの癖だろうか、片足でひっかくようにして地面を蹴っているのが、ユウには不穏に見えてならなかった。

 

 フィネットがわざとらしく舌をちろりと出していることに気づいたのは、この場ではユウだけ。ゾランはちょうどフィネットを背にしているため、その様子が見えなかったのだ。

 

「元カレ……純情を弄ぶ……」

 

「ろ、ローフィ?」

 

「……最低」

 

「今まで見たことない程冷たい顔!?」

 

 ちなみにローフィも、フィネットのその仕草に気づかなかった一人である。元カレだとかなんだとか、そういう話題はまだ十二歳のローフィにとっても十分衝撃的だったのである。相手がそれなりに長い時間旅を共にしてきた仲間と言うなら、なおさら。

 

「ええと、ええと……このにーちゃんがねーちゃんの"もとかれ"で、なんでゾランにーちゃんがこんなに怒ってるんだ……?」

 

 一方で、フィネットに寄り添う子供たちには、【元カレ】の言葉が持つ意味……純情を弄ばれた云々の件はわからなかったらしい。耳年増なのか、その言葉が持つ雰囲気をなんとなく感じ取って赤くなっている女の子はいるが、男の子たちは無邪気にもきょとんとしているものがほとんどである。

 

 ──こういうところが小悪魔な彼女の上手いところだと、こんな状況だというのにユウはぼんやりと思った。

 

「なぁユディ姉。“もとかれ”ってなーに? 美味いの?」

 

 そして、無邪気な子供たちはこの中で次に大人な……フィネットの膝枕の上で子供顔負けのあどけない寝顔を晒していた女性──ユディに声をかけた。

 

「あうう……! ま、まさかフィー姉に元カレがいたなんてえ~……!」

 

 が、そのユディは真っ赤になって頬を押さえている。牛族の大人の女性として見事に成長している彼女ではあったが、その実そっちの方面については、この場にいる子供たちとその経験値はさして変わらない……というのが、実情であった。

 

 ただし。

 

「なぁ、なんでー?」

 

「う……その、お母さんたちから聞いたことはない? ふ、二人の男が一人のオンナを取り合ってるって言うことは、つまり、その~……」

 

 経験はなくとも、そこは大人。いかにユディと言えど、知識だけはあった。

 

「つまり? ……あっ」

 

 ぴんときた子供たちは、口をそろえて叫ぶ。

 

「「修羅場だ!」」

 

「誤解がますます加速していくっ!? と言うかどこで覚えたのそんな言葉!?」

 

 浮気だー、不倫だー、修羅場だー……と、子供たちは意味も解らずそんな言葉を連呼していく。単語の一つが紡がれるたびに、ユウの目の前にいるゾランはどんどんと猛っていき、もう後ほんの少しで爆発するのは誰の目にも明らかだ。

 

「待ってろねーちゃん! ねーちゃんを悲しませる奴は、誰であろうとオレがぶっと……わぷっ!?」

 

「なあんて! ふふふ、びっくりしたかしら?」

 

 今にも飛び掛かりそうだったゾランに、フィネットは後ろからすがるようにして抱き着いていた。ゾランの心を落ち着かせるように、その白く細い指でそっと彼の頭の角を摩り、撫でている。動物の国の住人としての野生のカンか、たまたまその瞬間に振り向いてしまっていたゾランは、酷く物理的な柔らかい理由により、問答無用で口を塞がれることとなった。

 

「も、もう……。脅かさないで下さいよ、フィネットさん」

 

「な、なのですよ~! もう、有り得ないってわかっているのにドキドキが止まらなかったのですよ~!」

 

「ふふふ、ごめんなさいね、ユウくんにメルクちゃん。お姉さん、久しぶりに二人に会えて舞い上がっちゃってたかも」

 

 パチリと可愛らしくウィンクしたフィネットは、きゃあきゃあとはしゃぎまわる子供たちを撫でて落ち着かせていく。隣であたふたしていたユディも流れるように落ち着かせ、そしてこほんとわざとらしく咳払いをした。

 

「改めまして……ようこそ、牛族の村へ!」

 

 そして、少しだけ表情を引き締めて呟いた。

 

「癒術師のあなたが、こんな辺鄙なところまで……それも、そんなボロボロの恰好をしているだなんて。……何か訳ありよね? 着替えを貸してあげるから、うちへいらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「みゅ……その、それはありがたいのですが……」

 

「その……ゾラン、でしたか? 大丈夫です?」

 

「……きゅう」

 

「……あら?」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「ご、ごめんよ~!」

 

「べ、別にいいって。フィネットさんの軽いイタズラだったんだから」

 

「で、でも……」

 

 フィネットの家。「泥だらけになっちゃう子供たちって多いから。どの家でも服の予備はけっこうあるのよ」……と、フィネットに渡された牛族伝統の民族衣装に身を包んだユウの目の前で、やはり同じような民族衣装を身に纏ったゾランが頭を下げている。

 

 気絶したゾランはあの後そのままフィネットの家へと運ばれ、そしてユウへ民族衣装の着方を教える教師としての役目をフィネットにより与えられたのである。それはひとえに、ユウがそうしてくれと必死に頼みこんだからに他ならない。

 

 そうでなければ、今頃ユウは他の幼子同様に、フィネットに着替えさせられていたことだろう。と言うか実際、ユウは当たり前のようにバンザイさせられて貫頭衣を脱がせられている。フィネットのそのあまりにも自然な動き故に、ズボンを脱がされるその直前までそれを受けて入れてしまっていたことが、ユウ自身にも驚きであった。

 

「ふふふ、とっても似合っているわ」

 

「みゅみゅ! 牛族エディションユウさんもなかなか素敵なのですよ!」

 

「おう、ありがとな」

 

 着替えを終えて部屋から出てみれば、そこには馴染みのある衣装故にすぐに着替えが終わっていたローフィと、瓶詰め故にそもそも着替える必要のなかったメルクがフィネットともに談笑していた。

 

 正直なところ、自分の体付きではこの露出の多いワイルドな衣装は似合わないんじゃないか……と思っていたユウは、素直にその言葉を受け取っておくことにする。露出が多めであるデザインのためにサイズフリーであり、故に子供服であっても自身が着ることが叶ったのは僥倖であった。

 

「メルクちゃんたちから、大体の話は聞かせてもらったわ。……大変だったのね」

 

「ええ、それはもう……」

 

 行商の旅の途中、大量の本を抱えて困っていたローフィと出会ったこと。そんなローフィと共に彼女の故郷である牛族の村へ、本の配送がてら新たな行商ルートを確立すべく旅をしていたこと。そして……その道中、霧吹き山の麓で嵐(?)に遭い、ルートを絶たれて逃げるようにしてこの村を訪ねたこと。

 

 ユウが着替えている間に、メルクとローフィは大体のことをフィネットに話したらしかった。

 

「それで、あの……ユウお兄ちゃんとフィネットさんは、実際のところどういう関係なの?」

 

 誤解が解け、改めて気になったのだろう。子供らしい好奇心をそのままに、ローフィが問いかけてきた。

 

「さっきも少し言ったかもしれないけど、以前一緒に旅をしていた時期があったんだ」

 

「旅?」

 

「ああ。今のローフィ……とはちょっと違うけど、癒術師とその護衛って関係だな」

 

「えっ!? フィネットさん、戦えるんだ!?」

 

 目を丸く見開くローフィに、フィネットは柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ふふふ、実はこう見えても、お姉さんはこの村の村守の一人だから。最低限、自分の身を守ることくらいはできるんだあ」

 

 ローフィが驚くのも無理はない。元来、牛族はその恵まれた体躯とは裏腹に、気性は穏やかでのんびりしたものが多く、戦いはあまり得意でない種族とされている。もちろん、モンスターから村を守る村守の存在はいるし、牛族の伝統行事が相撲であったりと、決して戦いができないわけではないのだが、護衛として外の国に行く牛族……それも、女性ともなれば相当珍しいと言っていいだろう。

 

「も、もしかしてすごく強かったり……?」

 

「一人であのまよなか渓谷をうろつけるくらいには強いな」

 

「なのです。すっごい弓の名手で……初めて会った時も、大型モンスターに追われて逃げているユウさんを、颯爽と助けてくれたのですよ~!」

 

「へええ……!」

 

「やだあ、大袈裟過ぎよぉ」

 

「謙遜も忘れない……これが、オトナの余裕……!」

 

「そうだろ!? ねーちゃんはすっげえんだ!」

 

 ユウたちとフィネットが一緒に旅をしていたのはかなり前の話だ。どうやら別れた後、フィネットは村守としての役割を果たすために故郷のこの村へと戻ってきたらしい。そもそも国外に出ていたのも、村守としての実力を培い、知識と経験を身に着ける武者修行のため……という話であった。

 

「それにしても、霧吹き山かあ。たしかにあそこは天気が変わりやすいし、ちょこちょこ霧が吹くところを見かけるけれど……」

 

「……みゅ? 何か気になることでもあったのですよ?」

 

 うーん、とフィネットはその小さな顎に人さし指を当て、軽く首を傾げた。

 

「なんか、妙なのよね……。そんなに激しく霧が吹くことなんて、あったかなあ」

 

「どうだろ? そう言われれば最近、少し頻度が増えた気もするけど……それでも、三日か四日に一回くらいのはずだぜ」

 

「そうよね? それに馬車が吹き飛びそうになるほどの勢いっていうのは、やっぱりちょっとおかしいかも……」

 

「え……」

 

 この牛族の村からは、霧吹き山を仰ぐことができる。良く晴れた日にはその山頂を見ることができるし、雨が降って霞かかっていたとしても、四合目か五合目くらいまでは見えるという。霧吹き山が霧を吹くのはその時の気候条件によっても異なるが、大体どこからでも満遍なく吹くため、それを見逃す……ということは、基本的にはないらしい。

 

 ただし、その吹き方は……ユウたちが遭遇した嵐もかくやというものではなく、例えるなら生枝を焼べて燻る焚火のように、モクモクとした柔らかいものであるという。

 

「じゃあ、俺たちを襲ったのは……」

 

「わからないれど……。まぁ、どのみち──」

 

 フィネットの言葉を遮るように、コンコン──と、ノックの音が響く。はぁい、と家主が声を上げた次の瞬間には、勝手知ったる我が家とばかりに一人の老婆がのしのしと部屋の中に入ってきた。

 

 その後ろには先ほど途中で別れたジャモと、彼女たちをここまで導いてきたのであろうユディが立っている。

 

「あら、おばば様。それに……ええと、ジャモさんも。お話し合いの方は終わったの?」

 

「うむ。まぁ……我々としては、滞在許可を与えたくらいじゃの」

 

 おばば様はこの村で一番えらいばーちゃんなんだぜ、と隣に座ったゾランがこっそりユウに耳打ちする。古びた金属製の飾りをつけていることから、族長や村長に近い立場、大方長老やご意見番のような立ち位置の人であるとユウは見当をつけた。

 

「ただ……そちらの癒術師様御一行にとっては……」

 

 ちら、とおばば様がジャモの方に目配せをする。あまりよろしくないニュースを、自分の口から伝えることが憚られたのだろう。

 

「……この先にある、北へとかかる橋も流されて壊れたらしいじゃも」

 

「……えっ」

 

「それも、ちょうど今朝。いやあ、ここまで不運が重なると逆に冷静になるじゃも」

 

 怒るでも、悲しむでもなく。すでに感情が振り切れてしまっているらしいジャモは、何も見ていないかのような真顔で淡々と告げる。

 

「それでもって、馬車の方は修理必須じゃも。先ほど少し調べてみたが、車輪の軸回りに深刻なダメージがあったじゃも。とても応急処置ではごまかしきれないじゃも」

 

「……」

 

 ちょうど今朝方、霧吹き山の北の方……ユウたちが目指していたほうでも、大規模な大雨があったらしい。それは土砂崩れや鉄砲水に近い勢いをもって、その麓の方にかかる橋を押し流してしまった。幸いにしてけが人はいなかったが、現状ではこの村の北へ出るルートがすべて潰れたことになる。

 

「ど、どうしよう……!?」

 

「ふふふ、そんなに心配する必要なんてないわよ」

 

 不安げに視線を彷徨わせるローフィの手をそっと握って、フィネットはゆったりとほほ笑んだ。

 

「橋の方は男衆で直すって話でしょう?」

 

「うむ。我々とて、このままでは近くの村とのやり取りもできないからのう」

 

「どのみち、馬車が直るまでこっちも動けないじゃも。……幸いにして、積荷は生ものではない。下手に崖崩れを起こした本来のルートを進むよりかは、橋が直るのを待つのが賢明じゃも」

 

 すでに修理依頼は出しており、牛族のおばば様はそれを快く了承したらしい。材料を用意することはもちろん、出来る範囲とはいえ人手を貸すことも約束したそうだ。もちろん、本職の職人は橋の修理の方に赴くために本格的に手助けすることはできないが、そこは「若いときは一人でなんでもやった」……と豪語するジャモの見習い以上プロ未満の実力がある。材料と時間さえあれば、応急処置以上のそれができることは間違いない。

 

「と、いうことは……?」

 

「ええ。橋が直るまでの間だけれど……これからしばらく、よろしくね」

 

 それがまるで当然だと言わんばかりに、フィネットがローフィの肩を抱き寄せる。

 

 ユウたちが、この牛族の村でお世話になることが確定した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても……」

 

「みゅ?」

 

 おばば様の小さなつぶやきをメルクが聞き取れたのは、瓶詰故に机の上に置かれていたからにほかならない。

 

「吹き荒ぶ嵐のような強い霧……如何に霧吹き山と言えど……いや、まさか」

 

 ──モンスメルムが、目覚めたのか?

 

 その名前を聞き取れたのは、この部屋には誰もいなかった。

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