メルクストーリア 【動物の国another ~牛睡の冀望と偶想のおねえちゃん~】 作:ひょうたんふくろう
第6話 フィネットの家にて
そうして波乱の一日が終わって、夜。ユウ、メルク、ローフィはフィネットの家へとお呼ばれされていた。
元々牛族の村には宿と言った宿泊施設は存在していない。かろうじて紹介所や寄合所、あるいはおばば様の家が共用のスペースとして何とかその機能を果たせるか……といったところである。
ただ寝るだけの場所にいるよりかは、ウチに来た方がきっとずっと楽しいわよ──なんて言葉に誘われれば、一行にとっても断る理由はない。実際問題として前日は味気ないところで寝泊まりしていただけに、願っても無い申し出だったと言えるだろう。
「ふう……美味しかった……!」
「うん……すっごく絶品……!」
「そうだろ? ねーちゃんのシチューは村で一番美味いんだ!」
「ふふふ、ありがと。お世辞でも嬉しいわあ」
フィネットは一人暮らしだ。だから、当然のように料理の腕だってある。牛族の村名物のミルクを贅沢に使って作られたそのシチューは、深い香りと確かなコクがあり、今までに経験したことのないくらいに味わい深いもの。育ち盛りであるゾランは三杯もお代わりし、そしてローフィも照れくさそうに二杯目をお替りしたというその事実が、その美味しさを物語っている。
「でも……ホントにいいんですか? 夕飯をご馳走になったばかりか、泊まらせてもくれるだなんて」
「もちろん……そっかあ、ユウくんたちには馴染みが無いのかな。牛族の村では、誰かの家にお泊りするのはそんなに珍しいことじゃないの。ちょっとそういう気分になったら、割とアポなしでも……」
「基本は家族と寝るけど、逆に言えば村のみんなが家族だから。互いにそんなに抵抗ないかな」
「みゅ……道理で、一人暮らしのはずのフィネットさんのお家に寝室が二つあったり、子供服……それも、男の子の物があるわけなのですよ」
「えっ、王国じゃ違うの? チビたちが遊びに来た時どーすんの?」
牛族の村には、たとえ子供のいない家であっても子供服が数着は備えられているという。息子しかいないのに女の子の服があったり、娘しかいないのに男の子の服があることなんて、不思議でも何でもないそうだ。ベッドは必要以上に大きいし、気づけば洗濯物に知らない子供の服がいつの間にか混じっていることもあるというから驚きである。
「みゅ~! 本当に、村の全員が家族ってことなのですね!」
「そうそう。だから、お泊りは大歓迎なの。むしろ、最近はずっと一人だったから……」
だから、ユウたちを呼ぶのにも都合がよかった。これにゾランも混じっているのは、牛族特有のこの習慣のほかにも、ちょっぴりの事情があったりする。ジャモが混じっていないのは、『さすがに未婚の婦女の家にわしが泊まるのは外聞がよろしくないじゃも』という、彼の意外と紳士的なふるまいのためであった。
「さ。おなかもいっぱいになったことだし、今日はもう寝ましょうか」
「うん! あ、でも私にお皿洗いくらいはさせて! お料理、私だけほとんど手伝えなかったし……フィネットさんは先にベッドで待っててくれる?」
「もう、ローフィちゃんったら……気にしなくていいのに、って言っても」
「やるまで寝ないもんっ!」
「ふふふ……じゃあ、任せるわね」
洗い場へと向かうローフィをちらりと見てから、フィネットはゾランの方へと向き直る。
「ゾランは、その……」
「オレはユウにーちゃんと寝るから」
「……そう、よね」
ほんの少しだけ寂しそうな表情で、フィネットは穏やかに笑う。
「……じゃあ、おやすみ」
フィネットはゾランを正面から軽くぎゅっと抱きしめた。
「……恥ずかしいってば」
フィネットと目を合わせないまま、ゾランはそこからさっと離れる。それでも一応軽く抱きしめ返したあたり、本心でそれを嫌がっているわけではないのだろう。それは周りから見れば明らかではあるが、本人たちがどう捉えているかはわからない。
「行こう、ユウにーちゃん」
「……おう。……フィネットさん、おやすみなさい。あとメルク、二人に迷惑かけないようにな」
「まっかせるのですよ! ユウさんもゾランさんも、おやすみなさいなのです!」
そうしてユウは、ゾランの後を追うようにしてその寝室に入っていく。勝手知ったる家とばかりにゾランはキャビネットの一番右上の引き出しを開け、自身の体にぴったりのサイズの寝間着を取り出した。ぽいぽいぽい、と身に纏っている服を脱げば、あっという間にお着替え完了である。
乾いた布で頻りに頭の角を磨いているのは、果たして牛族の習慣か、それともゾランの日課なのか。残念ながら、ユウにはその判断はできない。
「にーちゃんのは……これかな」
「ありがとうな」
ユウもまた、貸してもらってからずっと着ている牛族の民族衣装を脱ぎ去り、寝間着に着替えていく。着るのに手間取った民族衣装とは異なり、こちらは普通に紐で留めるタイプの上衣とズボンという、良くあるスタイルだ。肌触りが心地よく、寝るのにはまさにうってつけの物である。
「よし、着替えおわっ、た、ぞ……」
「どしたの、にーちゃん」
「い、いや……」
「そんなところ立ってないで、早く寝ようよ」
寝転がったゾランがぽんぽん、とベッドを叩く。当然ベッドは一つしかないし、ゾランもまたそれを承知しているのだろう。叩いたその仕草は、例えるなら弟の添い寝に付き合う兄のそれと全く変わらない。
「そうだった……! 牛族は、みんなが家族……! しかもこれ、俺が守るべき弟と認識されているパターン……!」
昼間の相撲で、ユウは一度たりともゾランに勝てなかった。ゾランどころか、自分より年下の子供たちにも勝てなかったし、さらに言えばそのどれもで瞬殺されている。ゾランから見れば、守るべきチビたちよりもさらにひ弱な、保護すべき王国の民でしかない。
「大丈夫、暗いのなんて怖くない。お化けが来てもオレが守るから!」
「ううう……情けない……あっ、でもここすごい安心感……!」
とはいえ、ベッドは一つしかない。旅先の野宿ともなれば、一枚の毛布を三人が身を寄せ合って使うことなんてザラである。取り立てて大きな抵抗もないユウは、口ではなんだかんだ言いながらもゾランの隣に寝転がり、その意外なフィット感に少しばかりの驚きを覚えた。
心の中だけは、自分がゾランの添い寝をしているのだと思うことにした。
「……なぁ、ゾラン」
「なんだよ?」
ふと思いついてしまった、有り得たかもしれない未来。ユウは思わず、それを口に出してしまった。
「もし、もしもだ。ゾランが一緒に泊まってくれなかった場合は……」
「……ねーちゃんのことだ、ユウにーちゃんも一緒に寝ようって聞かなかったはず」
女子三人と、男子一人。女子の一人は小さな子供で、もう一人は瓶詰め故にベッドは使用しない。
「このベッド……2.5人くらいは余裕で寝られそう……そしてフィネットさんとローフィを合わせても、いいとこ1.6人くらい……そこに1.0の俺が入ったら2.6人……ちょっと頑張れば行けてしまう……!?」
「……にーちゃん、1.0もあるかなあ?」
ゾランの懸念とユウの見栄はともかくとして、ユウ、ローフィ、フィネットの三人でベッドを使うのは不可能じゃない。ぎゅって詰めればなんとかなってしまう。そして、フィネットはそういうのが大好きだ。
「ありがとう……! ゾラン、ありがとう……!」
「……ま、オレも久しぶりにねーちゃんの家で寝たかったし。それに、もしそうならなかったとしても、そしたらユウにーちゃんが一人で寝ることになるもんな。それはやっぱり寂しいだろ」
「まさかの子供扱い!?」
ゾランがフィネットの家にお泊りすることを決めた理由。それは……【守るべき対象を一人でさみしい思いにさせない】という、半ば父性じみた本能からくるものであった。
「さ、さっさと寝ようぜ。オレ、今日沢山動いて疲れちゃった」
言うが否や、ゾランは目を閉じた。その数秒後には小さな寝息がユウの耳に届く。毛布越しにゾランの腹が小さく上下するのがわかって、そしてゾランのしなやかな尻尾が安心を求めるかのようにしてくるりとユウの腹に巻き付いてくる。
「……寝付き、すごく早いな」
「……」
「おやすみ、ゾラン」
なんとなく、そんな気分になって。
ユウはゾランの頭を優しくなでた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「ふ、ふぉぉぉ……!」
ところ変わって、フィネットの寝室。女子だけの秘密の花園と化したそこでは、穏やかに寝息を立てている男子部屋の様子とは打って変わって、誰かの熱い声が漏れていた。
「どうしたの、ローフィちゃん……いらっしゃい?」
寝間着に着替えたフィネットがベッドに横たわり、毛布をひらりと開けてローフィをそこへといざなっている。フィネットの趣味か、はたまたたまたまそういうものしかなかったのか……彼女の寝間着は絹のような滑らかなもので、手触り肌触りが良いのはもちろん、体温がしっかり伝わってしまうくらい薄く、そしてその体のラインが否が応でもわかってしまうようなものとなっていた。
そして、寝間着に求められるのはその着心地のよさだ。その機能を追い求めた帰結として、彼女のそれは胸元が大きく開かれた、着用者の解放感を何よりも優先したデザインとなっている。
体温が伝わるほどに薄く、体に張り付くような質感で、そして胸元が開いている──そんな、三拍子そろった寝間着。そんな寝間着を身に纏い、柔らかく微笑んでベッドに誘うフィネット。もしこれを、別の国の言葉で表すのならば。
「だ……ダイナマイト……ッ!」
「ろ、ローフィさんがパニックのあまり謎の言語を……!?」
フィネット自身の実力が高いこともあって、その光景は──同性であるはずのローフィが真っ赤になるほどの物であった。
「お……おっきい……! お母さんより、ずっとおっきい……!」
この抗いがたい安心感はなんなのだ、とフィネットの傍らにすっぽりと収まったローフィはわずかに残った意識の中で考える。ぎゅっと抱きしめられている心地よさは筆舌に尽くしがたく、柔らかくて、あったかくて、もう何も考えられなくなるくらいに気持ちいい。
「うーん、やっぱりこの腕の中にすっぽり収まる感覚……いいわあ」
「ふぉぉぉ……! ふぉぉぉ……!」
「ふふふ、実はお姉さん、ちょっと人肌が恋しくて。……ローフィちゃん、お姉さんの家の子になっちゃう?」
「むきゅ……! むきゅぅぅ……!」
「な、なんだか見てはいけないものを見ているような気がするのですよ……! というかフィネットさん、ローフィさん、息ができてないのですよ!」
「……あら?」
ローフィを抱きしめるフィネットの腕の力が緩む。ぷはっ、といろんな意味で顔を真っ赤にしたローフィが、荒い息をついた。
「ご、ごめんなさい……わたしったら、また……」
しゅん、と顔を暗くしたフィネットが、ローフィの耳元で囁くようにつぶやく。そこに何やら尋常じゃないものを感じ取ったローフィは、思わずといった様子で顔を上げ、そしていくらか遠慮がちながらもはっきりと口にした。
「フィネットさん……やっぱり、悩んでる?」
「……夜だから、かなあ。あとは、久しぶりに誰かとこうして一緒に寝たから、思い出しちゃったのかも」
フィネットの悩み。あえて聞き出すまでもなく、ここ最近のゾランとの関係についてだろう。それを察せられる程度にはローフィもフィネットのことをわかってきたつもりだし、そうでなくとも昼間にあれだけ……つい先ほどだってあんなに露骨な態度をとっているところを見れば、誰にだって想像がつく。
「ゾラン……昔はね、何をするにしてもわたしの後ろをちょこちょこ追いかけてきて……ねーちゃん、ねーちゃんってすっごく可愛くて……。ふふふ、手を握ってあげるのもあの子は好きだったけど、わたしの尻尾を握るのも好きだったっけなあ……」
両手が塞がっていて手を繋げないときは、代わりにそうしてあの子は付いてきていたのよ、とフィネットは懐かしむように語る。
「……今も、そうだと思うけど」
「そうかしら? 昔は一緒にお相撲したり、一緒に寝るのは当たり前だったけれど……今日だって、ローフィちゃんとはお相撲するのに、わたしとはしてくれなかった。寝る時も、逃げるようにしてユウくんを連れて行っちゃうし」
「でしょうね」
呟いてから、ローフィは自分の心の中だけのつもりだったそれが、口にも出ていたことに気づく。そして、口に出したところで別に困ることでもないかと開き直った。
「みゅ……フィネットさん。ゾランさんだって、年頃の男の子なのですよ。フィネットさんみたいな綺麗な人を意識してしまう時期なのです」
「ふふふ、ありがと……でもあの子、ユディとなら普通に接しているのよ。わたしとローフィちゃんならともかく、ユディはわたしと一つしか違わないわ」
「「……」」
ゾランの中ではユディも守るべき妹扱いなのではないか──と、二人の頭の中に同じ考えが浮かぶ。二人とも、それを口に出さないだけの良識はあった。
「……フィネットさんは、私の憧れです。強くて、優しくて、みんなのお姉ちゃんで……私が描いた、牛族の女の人の理想が、そのまんま本当になったみたいに」
一筋縄ではいきそうにないな、と悟ったローフィが別の方面からのアプローチを試みる。もちろん、口に出したことの全ては本心で、そこに嘘偽りの一切がない。
「ふふふ……わたしだって、そんな立派なものじゃないわよ。こう見えて、毎日毎日必死なんだから」
「えー……ホントかなあ」
「ええ、ホント」
ぎゅっと優しくローフィの頭を抱きすくめ。そしてフィネットはローフィの耳の裏を優しくなでながら、そっと呟いた。
「……わたし、本当にお姉ちゃん出来ているのかな」
「……」
「ゾランも、他の子たちも……みんないい子だから。『お姉ちゃんでありたい』っていうわたしに、気を使っているだけなのかな……」
「そんなことは……みゅ?」
むくり、とフィネットが体を起こす。そして、ベッドの傍らに置いてあった二冊の本──今日の昼間に読み聞かせしたものだ──を手に取った。
「女保安官ブリッタとノンちゃん博士、か……すごい人気だったわよね。あの子たちが求めているのは、こういうカッコいいお姉ちゃんなのかも」
──ホントに、カッコいいお姉ちゃんよね。
「……フィネットさん?」
「ううん、なんでもないわ」
もう話は終わりだと言わんばかりに、フィネットは本をパタリと閉じた。すでにその顔からは先ほどまでの少し暗い雰囲気は消え失せている。いつも通りのオトナの余裕がたっぷりで、少しばかりの悪戯っぽさと、隠しきれない色気で溢れていた。
「早く寝ないと、霧吹き山からこわーいモンスターがやってくるから……ね?」
「……怖いから、ぎゅってして? お姉ちゃん」
「ふふふ、しょうがないねえ」
ぽんぽんと優しくローフィの頭を撫でて。そしてフィネットは、本を片付けよう……として。
「痛っ!」
「どうしたの?」
「ん……なんか、本にトゲみたいのがあったみたいで……」
「あ……それ、霧吹き山の霧に襲わた時のかも。細かい木の破片とかが落としきれてなかったかもしれない……大丈夫?」
「うん。こんなの舐めとけば治るわ」
今度こそ本当に、フィネットはベッドにきちんと横たわる。もちろんその腕の中にはローフィがすっぽりと収まっていて、窓際の月が見えるそこでは瓶詰めのメルクが佇んでいた。その傍らには、小さな燭台と夜のお供の大量の本──これまたローフィが買い込んだものだ──がある。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい、フィネットさん」
「おやすみなのですよ!」
▲▽▲▽▲▽▲▽
もし。
もしもこの時、フィネットが本を手に取っていなかったら。もしもこの時、ローフィがフィネットの悩みを聞き出そうとしていなかったら。もしもこの時、メルクが本に夢中にならず、夜間に少しでも部屋の中に注意を向けていたのなら。
「ふぁあ……おはよう、ねーちゃん」
翌朝。水汲みのために一番に起きたゾランが、寝ぼけ眼のまま寝室から出てみれば。
「んふふ……おはよう、ゾラン! どしたの、そんな眠そうな顔をして……どれ、お姉ちゃんがしゃきっとさせてあげようか!」
「うふふ……おはよう、ゾラン。……そんなに眠いんだったら、お姉ちゃんともうひと眠り、しよっか?」
「……ん?」
聞き覚えのある、フィネットの声。もう十一年間も毎日聞いてきた声だ、ゾランがそれを間違えるはずはない。
間違えるはずなないのだが……なぜかそれは、二か所から聞こえる。おまけに、いつもとそれと明らかに声の調子が違った。
「……えええええええ!?」
牛の村の朝に響く、大絶叫。
「どしたの、ゾラン……朝からそんな大声なんか、だ、して……!?」
「いったい何が起きたので、す、よ……!?」
ユウも、メルクも、ローフィも。
ゾランの大声で慌ててやってきた全員が、開いた口をぱくぱくと動かすことしかできなかった。
「んふふ……! そんなにまじまじと見つめられると、お姉ちゃん照れちゃうな!」
テンガロンハットをかぶった、牛族の女性。
「うふふ……さすがのお姉ちゃんでも、これはちょっと恥ずかしいかも……!」
白衣を纏った、牛族の女性。
「え……うそ……!?」
「ねーちゃんが……ねーちゃんが三人いる!?」
牛族の村の朝に、再び大絶叫が響き渡った。