メルクストーリア 【動物の国another ~牛睡の冀望と偶想のおねえちゃん~】   作:ひょうたんふくろう

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第7話 三人のフィネット

 フィネットが三人になった。

 

 この報せは、瞬く間に牛族の村中に広まった。

 

「な、なんとまあ……!」

 

「いったいどうなってやがる……!?」

 

 おばば様の家の前。何か大事なお知らせや集会があるときはいつも集まるというそこに、朝の仕事ついでに村中の人間が集まっている。水甕を持つもの、洗濯物を抱えるもの、はたまた薪を抱えるもの……と、その姿はまちまちだが、誰もが慌ててやってきたということだけは疑いようがない。

 

「んふふ! お姉ちゃん、大注目されちゃってるね!」

 

 増えたフィネットの一人──テンガロンハットを被ったフィネットが愉快そうに笑う。

 

「うふふ……まるで、お祭りみたい。ちょっとドキドキしてきたかも」

 

 増えたフィネットの一人──白衣を纏ったフィネットが愉しげに笑った。

 

 テンガロンハットを被ったフィネットは、いわゆる保安官の恰好をしていた。ゴツい見た目のバックルにレザーのジャケット、そして重厚な革のブーツ……と、一見武骨で物々しい見た目ながらも、大きく主張するように開いた胸元と、これまた惜しげもなく晒されたおへそが華やかさを前面に押し出している。

 

 普段着と言うには露出が多く、水着と言うには露出が少ない……それでなお、ほとんど胸しか隠せていないようなインナーが牛柄で、それこそが牛族の女性としての服装的なアイデンティティを保っていた。

 

 白衣を纏ったフィネットは、いわゆる科学者の恰好をしているのだろう。知的さを感じさせる銀縁の眼鏡が特徴的で、もう一人のフィネットやオリジナルのフィネットとは違い、肌の露出はほとんどない。白衣の下はニット地のハイネックで、動物の国の人間ならば逆に息苦しさを感じてしまうほどだ。

 

 一方で、タイトなスカートの丈は短く、太ももだけは露わになっている。ユウに普通の女の子程度のファッションの知識があれば、その牛柄の靴下がオーバーニーソックスと呼ばれる物だと気づくことができただろう。

 

「みゅ……服装ははっきり異なっているのですが……」

 

「み、見れば見るほどそっくりだな……!?」

 

 オリジナルのフィネット、テンガロンハットのフィネット、白衣のフィネット。

 

 声も顔立ちも、何もかもがそっくりだ。どことなく雰囲気や性格が違うものの、もし全く同じ服装をしていたら、とても区別はつかなくなってしまうだろう。

 

「嘘だろ……全然、見分けがつかない……」

 

 おそらく、この牛族の村の中で一番フィネットのことを見てきたであろうゾランでさえも、そのあまりのそっくり具合に唖然とするしかない。

 

「ま……待ってよ! そもそもこの二人、本当にフィネットさんなの!? 本物のフィネットさんは、私とずっと一緒にいたよ!? ずっと、ずーっとぎゅーって抱きしめてもらってたんだもん、間違いないって!」

 

「んふふ、ローフィちゃんの言うことも一理あるね! ……そうだ、ユディ!」

 

「わ、私?」

 

 テンガロンハットのフィネットが、悪戯っぽく笑いながら呆然としているユディを呼んだ。

 

「ユディ、あなた確か五歳の頃、私の家に泊まった時にお──」

 

「わああああーっ!?」

 

「むぎゅ」

 

 真っ赤になったユディが、いつもの彼女からはとても想像できない素早さでテンガロンハットのフィネットの口を塞ぐ。年少組はその様子にぽかんとしていたが、おばば様ほか幼い二人を知る者たちは、その光景を見た瞬間にいろいろ察してしまった。

 

「……こっちのフィネットは、本物と同じ記憶があるみたいじゃの」

 

「んー……じゃあ、今度は私の番かあ……ね、ゾラン?」

 

「な、なんだよ……?」

 

 白衣のフィネットに呼びかけられて、ゾランがびくびくしながらその元へと歩み寄った。

 

「ゾラン、あなた確か五歳の頃、私の家に泊まった時にお──」

 

「うあああああーっ!?」

 

「むぎゅ」

 

 真っ赤になったゾランが、必死の形相で白衣のフィネットの口を塞ぎにかかる。昨日の相撲の時は触れることすら恥ずかしがっていたというのに、頭ごと抱きすくめるかのような勢いだ。その光景はまさしく、少し前までのフィネットとゾランの戯れに他ならない。

 

「……こっちも本物じゃの」

 

 見た目だけでなく、記憶までもオリジナルのフィネットと同じらしい。二人とも、次はどんな秘密をバラしてやろうかとウキウキした顔で次の獲物を狙い定めている。ゾランをはじめとした、年少組ゆえに恥ずかしい秘密をいろいろ知られてしまっている子供たちは、あまりの恐ろしさに恐れ戦いた。

 

「癒術師殿……このような現象に、心当たりは……」

 

「みゅ……今まで、異世界人や時を超えた人、鳥やカエルになっちゃった人は見てきたのですが……」

 

「さすがにこのパターンは初めてだな……」

 

 記憶がある以上、何か得体のしれないものがフィネットに化けているというわけじゃない。ゾランやユディが触れられている以上、それが夢や幻の類と言うわけでもないだろう。もちろん、実はフィネットが三つ子で、本人と同じく悪戯好きな残りの二人が二十年以上もかけた壮大なドッキリを仕掛けた……などという可能性も無かった。

 

「──一つ、気になることがあるじゃも」

 

「ジャモさん?」

 

 事態を静観していたジャモが、声を上げた。

 

「そもそも、二人増えたことで何か問題があるのじゃも?」

 

「……えっ」

 

「取って代わろうとしているわけじゃない。人を襲おうとしているわけでもない。三人の区別が全くつかないならともかく……服装も違うし、なんとなく性格も違うみたいじゃも」

 

「や、まぁ、それはそうですけど……」

 

「じゃあ、何が問題じゃも? 隣人が増えたという、それだけじゃも」

 

「……」

 

「この世界には不思議なことなんていくらでもあるじゃも。そんな不思議なことをいちいちネガティブに捉えていたらやっていけないじゃも。こういう時こそ前向きに……物事を良い方向に捉えていくべきじゃも」

 

 もちろん楽観することはできないが──と、続けたうえでジャモは増えた二人のフィネットに声をかけた。

 

「お二人さん」

 

「なにかしら?」

 

「もしかして、デートのお誘い?」

 

 元来のフィネットを彷彿とさせる笑みを浮かべて、二人のフィネットは振り向いた。

 

「目的は何じゃも? これからどうするつもりじゃも?」

 

 一体どうしたと言わんばかりに、二人のフィネットは目をぱちくりとさせた。

 

「目的、って言われても……」

 

「いつも通り、村守の仕事をして子供たちの面倒を見る……くらい?」

 

 増えていても、服装が少し変わっていても。やはりそのフィネットは、フィネットであることに間違いはないらしい。どうしてそうなったのかも、これからどうなるのかも、何もかもわからないことだらけではあるが、その二人がこの村の脅威となることだけは無いと、その場にいた誰もが信じることができた。

 

 となれば。

 

「なら……いっかあ?」

 

「んだな」

 

「村の仲間が増えたって、ことだよね!」

 

 気にしてもしょうがないことは、気にしないに限る。元々おおらかでのんびりした気質が多い牛族の特性もあってか、それは意外なほどあっさりと受け入れられてしまった。

 

「なんか普通に受け入れられちゃいましたけど、フィネットさん的にはどうなんです?」

 

「うーん……たしかにびっくりではあるんだけど、不思議と悪い気はしないというか。親近感があって、親しみやすいというか」

 

「結局自分自身ですものね」

 

 当のフィネット本人が、あまり事態を重く見ていない。ならばそれ以上、外野が騒ぎ立てる理由も無いのだろう。実際問題として、フィネットが三人になったところで今のところ何の問題も起きていないのだから。

 

「ねえ、フィー姉」

 

「ん、なぁに?」

 

 村の女の子が、フィネットの尾っぽをくいくいと引っ張る。それにつられて振り返ったフィネットは、腰を落として彼女と目を合わせた。

 

「あっちのフィー姉たちは……なんて呼べばいいの?」

 

「……あっ」

 

「あと、あっちのフィー姉とフィー姉は」

 

 その一言が、今日の予定を決定づけるものとなった。

 

「どっちのほうが、お姉ちゃんなの?」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 牛族の村、お昼寝広場。

 

 今日も今日とて村中の子供がそこに集められ、いつも通りに年少組として面倒をみられる手はずとなっている。子供たちからしてみれば、子守されているというよりかはみんなと一緒に遊ぶ時間だ……と言う認識が強く、言葉面程窮屈な思いはしていない。

 

 普段なら、定番である相撲大会を行う頃合い。しかし今日に限って言えば土俵の準備はされておらず、また、追いかけっこやかくれんぼに興じる子も一人たりともいなかった。

 

「れでぃーす、えーん、じぇんとるめーん……」

 

 代わりに彼らは──ドキドキした様子で、体育座りをして固まっていた。

 

 そんな彼らの目の前には、即席で作った木製のお立ち台──そこらに置いてあった木箱を適当に並べたものだ──があった。

 

「これより第一回、お姉ちゃん大会をはじめまーす!」

 

「「わああーっ!」」

 

「司会は私、永遠のお姉さんこと集会所のお姉さんと」

 

「実況解説として旅の瓶詰め美少女、メルクでお送りするのですよ!」

 

 ──お姉ちゃん大会。読んで字のごとく、真のお姉ちゃんを決めるために開かれることとなった大会だ。

 

 この大会において、参加者は自身が持つお姉ちゃんとしての実力と魅力を存分にアピールすることが求められる。見事優勝したその暁には、名実ともにこの牛族の村のお姉ちゃんとして認められるという──お姉ちゃんを自負するものとしては、避けては通れない登竜門なのである。

 

 ちなみに、威厳のある大会だがその歴史は限りなく浅い。三人のフィネットのうち、誰が一番お姉ちゃんなのかを決めるべきでは──という、村の年少組の総意によってつい先ほど生まれたばかりの大会であった。

 

「さあ! まずはエントリーナンバー1番! 時代が呼んだニューフェイス! おっきな帽子がチャームポイントの……テンガロンハットのフィネットさん!」

 

「はーい! みんな、盛り上がってるぅーっ!?」

 

 アナウンスを受けて、テンガロンハットのフィネットがお立ち台の上に立つ。オリジナルそっくりの小悪魔な笑みを浮かべて、くるりと回って見事なウィンクを決めた。

 

 どうやらこちらのフィネットは、オリジナルのそれに比べてもかなりテンションが高いらしい。ファンサービス(?)もばっちりで、エレキの国でイベント屋でも開けそうなほどにノリノリであった。

 

「みゅ……見れば見るほどそっくりではあるのですが、それはそれとして、あの恰好は……」

 

「お隣の、西部の国における保安官(マーシャル)ってやつの恰好ね。こっちで言うところの自警団かしら。といってもモンスターを相手どるんじゃなくて、専らその治安維持、すなわち賞金首や犯罪者を相手どることが多い……らしいわ」

 

「つまりー?」

 

 集会所のお姉さんの解説は、子供にとっては少々難しかったのだろう。会場からは無邪気な声が上がり、そしてそれに答えたのはほかならぬお立ち台の上のフィネットであった。

 

「んふふ……おねえちゃんは、みんなのヒーローってことだよ!」

 

 びしっとポーズを決め、会場に向けての盛大なアピール。奇しくもそれは、昨日読んでもらった絵本の挿絵と一致しており、子供たちの中には言葉にできない感動と情熱が広がっていく。それが歓声と言う形で爆発するのに、そう長い時間はかからなかった。

 

「おおっと……! 早くもかなりのアピールをしてきたのですよ……みゅ?」

 

「あのテンガロンハットの保安官フィネットさん……ええい、シャルフィさん、リンゴを取り出しましたね」

 

「い、一体リンゴで何を……?」

 

 保安官(マーシャル)フィネット改め、シャルフィはその言葉が聞きたかったとばかりにちろりとくちびるを舐める。その妖しい魅力に会場の誰もが見入ってしまい、彼女が後ろでこっそり構えた投げナイフに気づけた者は、誰一人としていなかった。

 

「そぉれ!」

 

 注目をたっぷり集めてからの、リンゴの投擲。高く高く投げられたリンゴは、物理法則に従ってやがて空中で放物線の頂点に到達する。ちょうど太陽と影が重なり、思わず目でそれを追っていた子供たちの大半が、まぶしそうに目を細めた。

 

「えいっ!」

 

 ひゅん、と風を切る音。あ、と誰かが声を漏らしたのとほぼ同時に小気味よい音が響く。

 

 すとん、と落ち着てたリンゴには、いつのまにか投げナイフが二つも突き刺さっていた。しかも、よくよく見れば──リンゴのお尻には白い円が描かれていて、二本ともがその中に命中している。

 

「す……すっげー!」

 

「み、見えなかった……!」

 

「んっふっふ! どうだ、おねえちゃんはすごいだろう!」

 

 えへん、とシャルフィは自慢げに胸を張る。その貫禄は、オリジナルのフィネットにまるで引けを取らなかった。

 

「な、なんと……! ここにきてシャルフィさん、とんでもないパフォーマンスをしてきたのですよ……!」

 

「自ら投げたリンゴに投げナイフをあてる……! これだけでも難しいのに、実際は描かれた的にも命中させているなんて……! これは、生半可なおねえちゃん力じゃないわ……!」

 

「では集会所のお姉さん、シャルフィさんのおねえちゃん力はいったいいかほどに……?」

 

「これは……数多の人を紹介してきた私にとっても難しいけど……ずばり、87!」

 

「でました! いきなり87の高得点なのですよ~!」

 

 ちなみに、おねえちゃん力の基準値は完全に集会所のお姉さんのさじ加減によるものであった。

 

「それではエントリーナンバー2番! 煌めく白衣に包まれた、クールでクレバーな賢い系おねえちゃんの……白衣のフィネットさん!」

 

「よ、よろしくね~!」

 

「「わああああーっ!」」

 

 あまりにも温まりすぎている会場に、白衣のフィネットは少々物怖じしているようであった。笑顔自体は柔らかいのだが、少々ぎこちないというか、緊張しているのがいくらか伝わってくるようである。見る人が見れば、ほんのちょっぴり困っているようにも見えただろう。

 

「こちらのフィネットさんは……真っ白な白衣が特徴的なのですよ」

 

「二つお隣の国の、科学者ってやつの衣装かしら。眼鏡をかけているのも、動物の国では結構珍しいわね」

 

「そうなのですよ?」

 

「ええ。元々目が悪くなるような人も少ないし、眼鏡自体が都会でもないと手に入れられないから……初めて見る子がほとんどじゃないかしら」

 

 集会所のお姉さんが言う通り、子供たちの大半が白衣のフィネットの眼鏡を不思議そうに見つめている。実際のところ、動物の国では目の良い人間が多いため、少なくともこの牛族の村においては眼鏡を必要とする人間は一人もいなかった。

 

「ねぇねぇ、それなーに?」

 

「お相撲の時、邪魔にならないの?」

 

「ね、外してるとこ、みせて!」

 

「うーん……じゃあ、ちょっとだけだよ?」

 

 子供たちのリクエストに応えたのだろう、白衣のフィネットはお立ち台の上から降りて、自身の眼鏡をゆっくりと外す。眼鏡のないその顔はオリジナルと文字通り瓜二つであり、白衣と言う衣装の違いが無ければ、見分けるのはかなり難しいと誰もにそう思わせた。

 

「ん……どうぞ」

 

「わぁ……」

 

 一番前にいた子供に、白衣のフィネットはそっと眼鏡をかけた。

 

「……きゅう」

 

「おっと」

 

 目を回してぱたりと倒れた子供を、白衣のフィネットはわかっていたとばかりに受け止める。いったいこの眼鏡にどんな秘密が隠されているんだ……と、戦々恐々としながらもそれを手に取り装着した別の子供が、やっぱり同じように目を回して倒れた。

 

「な……なんだこれ……!?」

 

「うふふ……おめめがぐるぐるになっちゃうでしょう? みんなはかけなくてもいいものなんだよ」

 

「ねーちゃん、こんなのつけて普通に歩いてたの……!? そんなの、最強じゃん……!」

 

「……うん、最強かもね?」

 

 その男の子から眼鏡をそっと外し、白衣のフィネットは自身にそれをかけ直す。晴れた視界、意外と近く、まさに真正面の吐息のかかる距離にいた眼鏡姿のおねえちゃんの笑顔に、その男の子は新たなる扉を開きかけた。

 

「め、眼鏡美人なのですよ……! アレはもう、少年の心にストライクなのですよ……!」

 

「度の合わない眼鏡でのクラクラを、恋のクラクラと錯覚させてドキドキを加速させる相乗効果……! 見た目通り賢くて計算高い、何もかも手のひらで転がす魔性……! これはもう、今までにないほどのおねえちゃん力ね……!」

 

「ずばり、おいくつでしょう……?」

 

「これは……うん、90! 間違いなく90はあるわ!」

 

「まさかの90台なのですよ~!」

 

「彼女は白衣のフィネットさんだから、シロフィさんって呼ぶことにするわ! ホントは眼鏡のフィネットさんにしたかったけど、語感悪いし!」

 

 おねえちゃん力も、新たなるフィネットさんに対する愛称も、すべては集会所のお姉さんの気分次第で決まってしまう。そのことを気にする人は、今この会場の中にはいない。

 

「それではエントリーナンバー3! 本家本元、元祖オリジナル! 最後の大トリを飾るのは……いつものフィネットさん!」

 

「うふふ、よろしくね?」

 

「わ、わああ……?」

 

「……」

 

「……」

 

「……なんか、会場の空気がちょっと落ち着いてきてしまったのですよ」

 

「私の力をもってしても、さすがにこれは避けられなかったわね……でも、しょうがないじゃない。今更自己紹介なんてしなくても、好きな食べ物から将来の夢、体のどこにホクロがあるかでさえも大体もうみんな知ってるし……」

 

「な、なんかさらっとすごいのが混じっていた気がするのですよ……!?」

 

 とはいえ、集会所のお姉さんが言うこともまた事実であった。牛族の村ではみんなが家族に等しいため、赤の他人……いいや、顔見知りという人間さえも、一般的なそれとは逆の意味で存在しない。よほどの大きな秘密以外は、お互い何もかもが筒抜けと言っていいだろう。

 

 そして、フィネットは子守をよく担当する関係で、子供たちとは普通の大人以上にふれあいの機会がある。お互いに、今更紹介することなんて何もなかった。

 

「よぉ、それじゃあ俺が邪魔させてもらうぜ」

 

「あっ……あなたは、酒場のおじさんなのですよ!」

 

「ま、まさかの乱入……! し、司会者の座は渡しませんからねっ!」

 

 空気の止まった会場に新たなる風を吹き込んだのは、大きく厳つい体で少々おっかない顔立ちをしているが実はとっても優しい──酒場の親父であった。

 

「誰が一番お姉ちゃんなのかを決める……ね。それを言ったらもう、断然俺はいつものフィネットを推すね」

 

「ほほう、その心は?」

 

「……あの娘は昔から立派でよう。誰に言われるまでもなく、お手伝いをしてくれてよ。炊事洗濯料理はもちろん、特に子供の面倒を見ることについてはピカイチだった」

 

「……」

 

「なんつーかな、子供たちに対して全力で向き合ってるんだよ。子供だからってバカにしないで、本気で子供たちと遊んであげてるんだよ。しかもその傍らで弓の修練も欠かさず、いつの間にか村守になっちまった」

 

「……」

 

「いや、あの時はホントに驚いたぜ。いつも子供の面倒を見てくれている優しくて嫋やかな奴が、いきなり村守になるってんだから。……アレだってなかなか物騒な仕事だ。訓練する姿を子供たちに見せないよう、朝早くにこっそりやっていたなんて……この俺だって気づかなかったが、どうしてなかなかいじらしいじゃないか」

 

「……」

 

「訓練の様子をまるで見なかったからか、余計にインパクトは強かったな。村のみんなを黙らせたあの剛弓の一撃は、今でも覚えてる……」

 

「……」

 

「しかも村守になりたい理由が、【子供たちのいるこの村を、子供たちの笑顔を守るため】だぜ? 俺ァ、それを聞いた時マジで泣いちまったよ」

 

「……」

 

「その上さらに、村守になっても今まで通り子供たちの面倒を見てくれてるんだ。今まで通り、子供たちと一緒に相撲を取ってくれるんだ。……しってっか? フィネットが子守をしていて、今までに誰一人として相撲でけが人は出てないんだよ。他の奴らだと、今までに一回は大なり小なりケガさせちゃってるんだがな」

 

「……」

 

「それだけあいつが子供たちを気にかけていて、そして子供たちもケガをケガとも思わないくらいにフィネットに夢中になってたってことだと俺は思うんだ。……あいつの足腰はマジで強い。子供たちの突進を受け止めてもビクともしねえ。もちろん、俺もかつてあいつが子供の頃、何度か相撲を取ってやったが……子供とは思えないほどの衝撃だった」

 

「……」

 

「わかるか? しっかり受け止めてくれるから、全力でぶつかってもちっとも痛くないんだ。そう信じられるから、こっちも全力で突っ込めるんだ。何より、全然痛くないんだ。柔らかくって、ふわふわしていて……ありゃあいい女だ。あれほどのいい女、牛族でもそうは見ない。これであいつが一番のお姉ちゃんじゃないってんなら、いったい誰が──ひぇっ」

 

 酒場の親父の頬を、どこかで見た投げナイフが掠めていく。寸分の狂いなく飛んでいったそれは、その後ろにそびえていた何の罪もない樹に深々と突き刺さった。

 

「男ってやつは、これだから……!」

 

「うふふ……あとでキツいお薬を飲ませてあげましょうね……!」

 

 シャルフィとシロフィが、にっこり笑顔のまま酒場の親父をにらみつけている。いつもの安心するお姉ちゃんの笑顔のはずなのに、そこから放たれる得体のしれないプレッシャー。子供たちがびくっと怯え、オリジナルのフィネットの方に身を寄せようと動いてしまったのも、ある意味じゃ当然だろう。

 

「セクハラなのですよ、あのおじさん」

 

「とはいえ……自分からではなく、周りの人間からアピールをさせてしまうほどのフィネットさんのおねえちゃん力は侮れないわ……さすがはオリジナルの底力と言うべきね……」

 

「ではでは、フィネットさんのおねえちゃん力の判定は……?」

 

「──ずばり、100点。これ以外にないでしょう」

 

「で、出たのですよ! とうとう100点が出たのですよ~!」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「な、なんか思った以上に盛り上がってるな……」

 

 お昼寝広場の隅っこの方。子供たちを見守れる……全体を見渡せる位置で、ユウはしみじみとそんなことをつぶやいた。

 

 先ほどから司会のお姉さんの進行のもと、三人のフィネットが入れ代わり立ち代わりパフォーマンスをして子供たちの注目を引き付けている。曲芸を見せたり、怪しげな薬の実験をしたり、あるいはいつも通り抱っこやおんぶをどれだけできるか競ったり。ちょこちょこと演目(?)を変えることで飽きを来させないという、地味ながらもなかなか効果的なことを即興でやってのけている。

 

「く、悔しいことに結構気になってきたぞ……!」

 

「じゃあ、にーちゃんももっと近くで見ればいいじゃん?」

 

 そんなユウの傍らにはゾランがいる。年少組の中では一番のお兄さんだから、何かあってもすぐ対応できるよう、こうして後ろの方で控えている……と申し出てきたためだ。肝心のフィネットがお昼寝広場の真ん中にいる以上、その判断は強ち間違ってはいないのだが……。

 

「……なんだよ、にーちゃん。オレの顔になにかついてる?」

 

「いや、なんでも」

 

 ──耳と尻尾に露骨に表れてるな……。

 

 先ほどからその茶色い尻尾は忙しなく揺れているし、牛族らしい厚みのある耳もぴくぴくと動いている。口では冷静だし、顔だってすまし顔だが、そのせいで余計にそれが目立ってしまっており、それがなんともユウを微笑ましい気持ちにさせた。

 

「ここは俺が見てるから、ゾランこそもっと近くに行ってもいいんじゃないかな」

 

「いいの! オレだって見習いとはいえ村守だからな! こうやってチビたち全体を見守るのはオレの役目っ!」

 

「ははは、ゾランは偉いなぁ」

 

「あーっ、信じてないな!」

 

 とはいえ、ゾランが心配するようなことは起こらないだろうとユウは頭の隅で考える。昨日とは違い、相撲をしているわけではないから万が一にもケガをすることはないだろうし、目新しくて面白いステージに釘付けで、どこかへフラフラ行ってしまう子も、泣き出す子もいない。

 

 気を付けるのだとしたら、せいぜいが途中のおトイレくらいだろう。それだって、自分とゾラン、そして反対側で同じように子供を見守っているローフィが入れば、十二分に対処できる。

 

「……ん?」

 

 そんなことを考えていたのが、いけなかったのだろうか。

 

「ゾラン、あれ……」

 

「え……うわっ!?」

 

 前方はるか彼方。霧吹き山に、白い雲が……いいや、濃い霧がかかっている。それも、明らかに自然発生したようなものには思えない。濃く深い霧が山の一部から湧き出すように増えており、ユウが呆然としている間にもそれはどんどん大きくなっていく。

 

「あれが、霧吹き山の霧吹きってやつか」

 

「いや、違う! 普段はもっと、穏やかで……あんなすごい勢いで噴いたりはしない!」

 

「え……!?」

 

「しかもあれ……噴いているんじゃない! 溢れて(・・・)いるんだ!」

 

「な、なんだって!?」

 

 ゾランの言葉を証明するかのように、一気に白い霧が増えた。たまたまこっちからは見えなかっただけで、山の向こう側ではすでに霧が噴いていたのだろう。向こうでの霧の許容量(・・・)がいっぱいになったから、行き場を失ったそれがこっちにあふれ出てきただけにすぎない。

 

 しかも、さらに悪いことに。

 

「なぁ、ゾラン」

 

「うん」

 

「こっちからでも霧吹き山の霧が溢れるのが見えたってことは……」

 

「麓の方は、とっくに霧に覆われていただろうね……うわわっ!?」

 

 

 ──ルォォォォォッ!!

 

 

 その咆哮は、とても長く、高く……まるで、機械の国にある汽車の汽笛を彷彿とさせるようなものであった。

 

 遊びに夢中になって霧吹き山の異変に気付いていなかった子供たちも、さすがのこれは無視できるはずがない。明らかに異常のそれとわかる雄叫びに身を竦ませ、次に一目で異変が起きていると解る霧吹き山に瞳を不安で揺らし、そして無意識のうちに安全を求め……近くにいたフィネットにそっと寄り添った。

 

「に、にーちゃん……!」

 

「……来るぞ、ゾラン」

 

 戦士としての実力はないユウでも、癒術師としての経験が……今までの旅で培った経験が、教えてくれる。

 

 ドン、ドン、と規則的に響く、腹の芯まで伝わってくるような振動。こんな遠くからでも聞こえるような荒い呼吸の音。雄叫びはどんどん近くなり、それに合わせて小鳥や小動物たちが一斉にその場から逃げ出していく。

 

 ドミノ倒しのように大小の音が伝播していくこの光景は、いつになっても慣れそうにない。年上の威厳としてなんとか膝に来る震えを隠したユウは、自らの役目を全うすべく、そいつが姿を現すのを今か今かと待ち構えた。

 

 そして。

 

「も、モンスターだぁああああ!」

 

「こ、こいつ、一目散に村を目指して……!」

 

 

 ──カンカンカンカン!

 

 

「ルォォォォォッ!!」

 

 

 警告の鐘の音と、村を守る柵を踏み壊す音共に。

 

 その異形のモンスターが、お昼寝広場に突っ込んできた。

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