中高一貫の名門校・チェリートン学園を揺るがした、演劇部アルパカ食殺事件。その波紋は学校内に留まらず、社会にも大きな関心を呼び起こした。
騒動の元となった演劇部では、当然ながら肉食獣と草食獣の溝が深まりつつある。数少ない肉食・草食の合同部活としてうまく共存していたはずの演劇部員たちはこの日、とある話題で持ちきりだった。
「みんな、なに見てるの?」
部員たちが輪を組んでいる中に首を突っ込んだのは、ハイイロオオカミのレゴシだった。ひょっこりと顔を出したレゴシに、ハクトウワシのアオバが反応する。
「あ、レゴシ」
「何かあったの?」
レゴシの問いに、アオバは嘴の先で視線を促す。その先には大柄なヒグマのリズがいた。リズの周りにはベンガルトラのビルら肉食獣が集まっており、僅かながら草食獣もいる。
「リズ?」
「じゃなくて、リズの持ってるスマホの動画だよ。ここからでも、オオカミのお前なら視れるだろ」
リズのスマホに移っていたのは、殺されたテムと同じアルパカの壮年男性が映っていた。きっちりしたスーツに身を固め、分厚い眼鏡の中には草食獣ながら鋭い眼光を宿している。
『―――もし食べられた草食獣が、M4ライフルを持っていればと思いましたよ』
画面の下には簡単な字幕紹介がつけられ、そこにはこう書かれていた。
―――全国ライフル協会(National Rifle Association)、ピエール・シュミット会長。
そのアルパカは腕を振り上げ、画面の中の聴衆に向けて力説する。
『牙と爪で武装した悪い獣から身を護るには、良い獣も武装するしかないのです!』
レゴシも何度か、テレビで見たことのある映像だった。
肉食獣による草食獣の食殺事件が起こる度、決まってテレビでは「食殺事件をどう防げばいいのか?」といった討論番組が編成される。提案の大半は厳罰化や肉食獣への監視の強化といったものだが、それでも食殺事件は後を絶たない。
もちろんゼロリスクなどというのはありえないのだが、それでも出来るだけリスクを減らしたいと考えるのもまた自然な流れである。そしてその極端な解決策として注目されてるのが、海の向こうの大国で大々的に認められている1つの「権利」だった。
―――規律ある民兵は自由な国家の安全にとって必要であり、市民が武器を保有・携帯する権利を侵してはならない。
俗にいう『市民の武装権』であり、個人の銃所有を大々的に認めるというもの。
『我々の自由は、自己防衛・自助努力の精神で生きているのです。我々の祖先が勝ち得た安全・安心を、そして平等を、我々は守らねばなりません』
シュミット会長の声は徐々に熱を帯び、草食獣でありながら肉食獣ですら圧倒するような威勢を放っていた。
『神は、自らを助ける者を助けるのです。皆さん、もう自分の安全を他人任せにするのは止めませんか?』
―――ねだるな、勝ち取れ。さすれば与えられん。
『全ての獣は生まれながらにして、生存する権利があり、それを奪おうとする者に抵抗する権利があるのです! 自由に武装する権利、その自由こそがこの偉大な祖国を、より平等で安全な社会へと進歩させるでしょう!』
―――汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。
『守ろうではありませんか! 祖先が勝ち取った自由を! 平等を! 格差の無い社会という未来は、あなたたちの手の中にあるのです!』
動画はそこで終わり、気まずい沈黙だけが残る。
しばらく、誰も口を開かなかった。
一秒が一時間にも思える、重苦しい無言の空間。それは一匹のアンゴラヤギの呟きで破られた。
「……もしテムが銃を持ってたら、食べらずに済んだのかな……?」
エルスの言葉に、答える者はいない。だが、誰もが同じ問いをかけたことだろう。
肉食獣と草食獣では、肉体的な強さが違い過ぎる。それは生まれついてのもので、草食獣がどれだけ努力しようと簡単に埋まるハンデではない。肉食獣と一緒にいるだけで、常に食べられるリスクを一方的に負う。
対して肉食獣の側も、悪意というより本能的な欲求や遺伝的性質によるもので、好き好んで草食獣を脅かしでいるわけではない。草食獣を脅かさないために、肉食獣には様々な社会的な制約・規則があり、大多数の肉食獣は息苦しさに耐えながら生活している。
だが、肉食獣の99.9%は草食獣を食殺しないが、同時に食殺犯の99.9%は肉食獣というのもまた事実だ。
肉食獣と草食獣という、生まれながらの違いは死ぬまで決して消えることはない。この社会で両者が共存するためには、その格差にどう折り合いをつけていくかといったバランスのせめぎ合いだ。
そして海の向こうの国では、文明の利器を使ってその格差を克服しようとしている。
「俺は嫌いじゃないぜ。ああいうの」
ひときわ大きな声が、演劇部員たちの注目を集めた。ベンガルトラのビルだ。
「物理的に肉食獣を止められる道具があるんなら、それに越したことはないじゃねぇか。俺たち肉食獣がバカなことをやりそうになったら、撃ってくれて構わない。別にこっちだって、好きでハンデを負わせたいわけじゃなねぇし」
この社会で生きる肉食獣にとっても、強さの格差は足枷だった。生まれつき力が強いせいで、やたらめったら制約が多い。強さは罪だと言わんばかりに、至るところで制限を賭けられる。それも、自分で選んだわけでもない強さのせいで。
「銃を持っていれば、肉食獣も草食獣も関係ない。引き金を引くだけで、同じ強さが手に入るんだ」
それに、とビルはヒグマのリズを見た。
「道具で力の格差を縮めるってのは、別に今に始まったことでも無いしな」
2メートルを超える肉食獣には、その力を抑えるために筋力抑制剤の摂取が義務付けられている。薬という道具で、力の格差を縮めるための措置だ。
「肉食獣を弱くするのも1つの手だけど、草食獣が強くなるのもまた1つの手ってこと?」
「まぁ、そんな感じだ」
リズの言葉に、ビルは頷く。
今の社会で結局のところ、割を食うのはルールを守る草食獣とルールを守る肉食獣の両方なのだ。どうせルールを破る肉食獣は枷をつけたところで何とかして外すものだし、だったら皆が銃で武装して同じ強さを手に入れた方が公平なのではなかろうか。
「―――でも」
ぽつり、と呟く声が響く。レゴシの声だった。
「テムに撃てるのかな? あの優しいテムが誰かを傷つけるなんて、想像できない……」
「それは――」
反論しかけて、ビルは言いよどむ。
生前の、心根の優しいテムの姿が脳裏をよぎったからだ。身を護るためとはいえ、とっさに撃てるものなのか。
とあるデータによれば、徴兵された新兵が戦いで敵をきちんと狙って撃つのは2割程度だという。誰かを殺してしまうことへの忌避感は、戦場という「相手を殺さなければ自分が殺される」極限状態ですらこうなのだ。日常生活の中であれば、なおさら咄嗟に反応できる者は多くないだろう。
もちろん「相手に反撃されるかもしれない」というリスクを常に意識させることに、何の意味もないわけではない。世界中の国が軍隊を持っているのはそのためだし、安全保障とはパワーバランスの均衡によるリスクマネジメントに他ならない。
それでも結局、誰かを殺すのは当人の意志なのだ。相手を傷つける覚悟がない者が武器をもったところで、殺意のある武器を持った相手と対等になるわけではない。
「殺意が無くても襲われたら反射的に行動できるよう、全員が銃の訓練をしていた国も昔あったみたいだけど……」
結局、その国は内戦で崩壊してしまった。復讐が復讐を生み、憎悪の連鎖が止まらなくなっていったからだ。
レゴシは言う。
「たしかに『誰もが殺し合える』ってのは平等かもしれないけど、それはなんか嫌だな」
「お前な、‟嫌だ”って子供かよ」
ビルが呆れたように溜息を吐いた。
――分かっていた。レゴシはこういう奴だと。
「やっぱダメかな?」
「いや、いいんじゃねぇの?」
あっさりとビルは答える。
それがレゴシの出した答えで、彼がそう望むのなら好きにすればいい。その努力と決意が何であれ、自分の運命を切り開くのは自分だ。結果は後にならないと分からない。だから今できるのは結局のところ、今の自分が正しいと信じたことだけだ。
「そっか」
「おう」
レゴシの言葉に、ビルが頷いた。
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「お前ら、なに2人でカッコつけてんだよ」
どん、と後ろから大柄な二人の両肩をアオバが掴む。
「俺だけ仲間外れか? 俺にもなんか言わせろって」
「いや、お前そういうキャラじゃないだろ」
「ビルに言われたかねーよ。おい、レゴシも言ってやれ。キャラじゃねぇって」
「俺は別に……」
ぎゃあぎゃあと叫ぶ3人トリオ。それを眺める演劇部のメンバーの表情は、少しだけ明るくなっていた。
ノリと勢いで書いた一発ネタ。BEASTARSの世界、真面目に考えると一周回って全米ライフル協会の主張が一定の支持得られそうだなーと。