深淵で飯を食す者アトナテス   作:青き男

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エピソード6 紅茶

 魔界を彷徨い始めて、いやもう止そう。気が滅入るだけだ。

 物質界に帰るゲートは見つからず、英雄王からの救助もない。

 ただデーモンを狩り、魔物を食う。ただそれだけの日々に、変化が増えた。

 デーモン達や魔物が手を組み、あやふやながらも群れを成し、襲い掛かってくるようになった。

 理由は簡単だ。俺は殺し過ぎた。あまりにもデーモンが弱く。俺が強過ぎるもんだから、いるかどうか分からんが、デーモンのお上が怒ったのだろう。

 まぁ、そもそもデーモンとは、殺気を向けられたら、反撃はする生き物だ。自衛の為に動くぐらいの知恵もある。

 という訳だ。俺と相棒に四六時中、デーモンが襲い掛かってくる。魔界で俺は、お尋ね者ってことだ。光栄だね。

 そして、俺達は戦い、戦い、戦い続けた。

 

 そんなある日である。相棒と少しだけ離れた位置で探索していた俺は、空気の変化を感じた。

 魔界の気候に変化が起きたとかではない。ただ、それは匂った。

 大地にある土、それらから生える草。草を食む動物を、食う動物の匂い。

 石畳に染みた雨、その上を歩く人が抱えるパン。生まれた命を、恵みを祝福する祭りの匂い。

 物質界の匂い。

 

 嗚呼、ようやく巡ってきた。

 物質界に帰る、またとない好機。

 帰れる。それしか頭になかった。

 

 だから、俺は油断した。

 

 いつの間にやら俺の目の前に、褐色肌に長耳、ユージェンと種を同じくとするダークエルフの一団が現れた。

 全員が武器を持ち、顔に張り付いていたのは戦闘前の高揚感と、悲痛なまでの焦燥感だった。

 友好的ではないのは確かだった。

 

 やぁやぁ我こそはなどと名乗る前に。火球が飛んできた。矢も飛んできて、電撃が降り注ぐ。

 おいおい。これが魔界流の挨拶ってか。どいつもこいつも、手抜きをせずに、殺す気でバカスカ撃ち込みやがって。

 いくら何でも過激だ、痛ぇじゃねぇか。死んじまうぜ。

 

 散々魔物を焼いたと言え、今度は俺が焼かれ黒焦げになるとは。これが因果って奴か。

 ボタボタと血が流れる。日々の連戦で疲労した体を結ぶ意識が、混濁する。

 が、俺は気力を振り絞り、斧槍を地に叩きつけて立ち続ける。

 膝を着くのは英雄王の前だけと、決めているからな。

 

 「……何故だ」

 

 問いかける俺の声に、どいつもこいつも、化物を見たかのような顔して、ビビり散らしてやがる。

 傷付くぜまったく。普通の人ってのとは、少しばかり体の事情は違うが、俺はまだ人のつもりだってのにな。

 だが、一つ分かったことがある。

 

 こいつら全員、兵としては弱い。

 礼儀も何もなく、問答無用で先制攻撃をしたのは。己達の力量の無さを、痛感しているからだろう。

 実際、焼かれ様が弓で射られようが、致命傷に至らず俺は生きていて、まだ戦える。

 弱いんだこいつらは、見た目はズタボロの俺の前に、揃いも揃って足をガクガクと振るわす程度に。

 

 だが、逃げない。

 根性があるというよりは、退くに退けない。そんな気配を俺は感じた。

 数瞬の視線の交差して、リーダー格らしきダークエルフが口を開いた。

 

 「貴様達物質界の人間が、魔界を侵略し乱した」

 「あ?」

 

 それはこっちのセリフだ。思わず口から飛び出そうになったので、俺は閉じた。

 何か言ってもこいつらはビビるだけだ。

 

 「……魔王ガリウス様がご健在の時、魔界は平和だった。理性なき魔物達はガリウス様の下で、理性ある兵となり。我ら、力無き者は細々ながらも生活することを許されていた」

 「だが、物質界の人間が魔界を侵略し、ガリウス様を討った!それからは魔界は秩序を無くした」

 「私達の家を、デーモンは悪戯に奪った。子供を奪った」

 「すべての原因は、お前達物質界の者のせいだ」

 

 頭に向かって、熱が募っていくのを俺は感じた。

 怒りだ。物質界の悲劇を知らずに、いけしゃあしゃあと好き勝手言いやがる。この魔王信奉者共に、斧槍を馳走したくなるが。

 それと俺を襲うのと、まったく逃げようとしない態度が、どうにもピンとこなかった。

 何かある、俺はそう思った。

 

 「我々の為に、死んでくれ」

 

 だが、会話をする気は向こうにはないようだ。

 杖には魔力を、弓には矢を。鞘に収まった剣が引き抜かれ、俺に向けられる。

 

 「…………はぁ」

 

 我ながら、随分とまぁ重たいと思うため息が出た。

 俺は斧槍を二度振るい、それらを全て薙ぎ払う。

 そして目の前にいた、最初に声を上げたダークエルフの足に、柄を当てて転がし、斧槍の先端を向ける。

 魔界は元々。物質界を生きる者にとって、敵地でしかない。それがデーモンであれ、ダークエルフであれ、魔物であれだ。

 

 というより、魔王信奉者は敵だ。そもそも話し合うって発想がおかしいってもんだ。

 こいつらもいずれ、魔王が復活した際には、その手先になるに違いない。

 斧槍を握る手に、俺は力を籠め、あとは一突きしてやれば、このダークエルフの命が絶つ。

 

 だが、だがな。

 俺の目の前にいるダークエルフ。その後ろにいるダークエルフ達の顔が、俺の手を止めさせる。

 俺を見る奴らの顔、老若男女問わず。俺には見覚えがあった。

 そうこれは、物質界で嫌というほど見た。

 人が魔物に、大切なモノを理不尽に奪われる。絶望の顔だった。

 

 「ゴォオオオオ!!」

 

 相棒の咆哮が聞こえる。

 何でかって?ぶっ倒れた俺を助けに来たんだ。

 何で倒れてるかって?そりゃ、戦場で突っ立っている阿呆を、敵が見逃す通りはないさ。

 最初と同じだ。火球と矢と雷が、俺に飛来し俺は全てくらい、そのまま倒れた。

 

 相棒が俺に背を乗せると、眼前のダークエルフ達に、ギロリと睨みつけ、その口から魔力の集束を感じる。

 そして、今まさに相棒がデスフレアを放とうとした寸前。俺は相棒に頼む。

 

 殺すな、逃げろ。

 

 何故だ。相棒が俺にそう意志を送るが。

 とにかく殺さないでやってくれ。再度相棒に頼み、相棒は納得していないようだが、引いてくれた。

 悪いな相棒、俺を助ける為に傷は負っただろうに。

 駆ける相棒の上で、背から何やら魔神やら蠅やら単語が聞こえてくるが。

 血を流し過ぎた。今度こそ意識が遠のいていき、視界が黒に染まった。

 

 

 ――――――――――

 

 目が覚めると、背から久しく感じることのなかった、柔らかな布に包まれる感触が俺を出迎えた。

 

 「ここは?」

 

 まだ少しばかり寝ぼけている頭を押さえつつ、眼を回してみる。

 何故か一部、ぶち抜かれたような跡がある壁。

 そして椅子に、燭台が置かれた机と化粧台。灯りはないが、シャンデリアが吊り下げられている。

 家具の一つ一つに、過多ではない程度の装飾がある所。それなりに裕福な商人あたりが建てた、館の寝室といった部屋だ。

 ひょっとしたら、物質界に戻ってきた。

 という甘い考えは、カーテンの着いた窓から見える。熱くもないが寒くもない。昼夜関係なく仄かに明るい魔界の空が否定した。

 

 そして、覚醒しつつある意識は、俺に向けられる視線の主。

 頭に角が生えた人を認識した時点で、覚醒し燭台を握り得物として、そいつに向ける。

 

 「誰だてめぇは!?」

 

 向けてから気が付いたが、そのデーモンは見た目はガキだった。

 青緑の髪をした短髪のガキ。だが、生えてる角はデーモンである何よりの証拠だ。

 そして何より、こいつは間違いなく強い。見た目はガキだが、さっきの集団よりも段違いの強さを感じる。

 

 「…………」

 

 むすっとした表情のまま、ガキは俺を見ているが。

 肌から何やらピリピリとした痛みを感じる。デーモンの能力か何かだろう。

 そして使い魔らしき本が、しゃーしゃーと威嚇するような鳴き声を――ん、何で鎖に巻かれてんだ。こいつ。

 

 「物質界の人間は、出会ったばかりの相手にそうやって、殺気を向けるのが礼儀なのか?」

 「あ?そりゃこっちのセリフだ」

 

 相手が相応に強者だった故に、今度はすんなりと言葉が出たが。これを皮切りに肌に走る痛みが激化する。

 さっきの怪我が治っていない、加護を受けた斧槍もない。状況は最悪だ。

 さてどうやって戦うかと考えていると、ノシノシと聞き慣れた足音が聞こえた。

 

 「相棒か!行くぞ!」

 

 アイギス様はどうやら、俺を見捨ててないようだ。斧槍を咥えた相棒がやってきた。

 俺は斧槍に手を伸ばすが、相棒はふいっと、俺の手を避けると。鼻先で、俺の燭台を握る手の腕を下ろさせ。

 そのまま、肩を見ろと言わんばかりに突く。

 

 何だってんだ。

 

 相棒の意図が読み取れないが、相棒が見ろというなら見てやると。

 そこにあったのは、鎧の上に、へったくそに巻かれた包帯だった。

 何でこんな無駄なことしてるんだと、疑問に思ったが。もしかしたらこれは。

 

 「お前がやったのか?」

 「そうだ」

 

 無感情な表情のまま、どうだと言わんばかりに胸をそらすガキに。子供じゃないもんとか言いながら。空回りして、可愛がられるサナラに似た気配を感じる。知っているかガキンチョよ。包帯ってのは最低でも、患部に直接巻かないと、意味ないんだぜ。

 が、それは置いといてだ。

 

 「……何故だ」

 

 俺の口から出たのはそんな月並みな言葉であり、助けられたということを認識した時点で殺気は収まっていた。

 ガキもそれに感付き、俺の肌に走っていた痛みが、ゼロではないが収まった。

 

 「人間は血を流せば死ぬのだろう。だから巻いておいた」

 「デーモンが人間を助けるのか?」

 「退屈だったからな」

 「……理由はそれだけか?」

 「あぁ」

 

 随分と立派な理由で、と思ったが。理由が理由なだけに俺は問わずにはいられなかった。

 

 「ってことは、退屈だったら人間を殺すか?」

 

 俺は再び燭台をガキに向け、応じるようにガキも何かの能力を発動した。

 再び、俺の全身に痛みが襲う。だが、返答によってはこのガキを殺さなきゃならねぇ。

 物質界の脅威を、大物になりかねん芽を、見逃す訳にはいかねぇ。

 

 「わたしを下級デーモン共と一緒にするな。わたしは大悪魔だ」

 

 分かったかと言わんばかりに、胸をそらすガキだが。

 分かるか。

 

 「……それで?」

 「あー……その、あれだ。大悪魔であるわたしは……えっと、思慮深く寛大なのだ」

 「……理由がなければ、人を襲わないってことか」

 

 どうにも、このデーモンのガキは会話が得意でないように見えるが。

 敵意はないのは、確かなようだ。敵意は、ないのか。そうか。

 

 「あぁ」

 

 素っ気なくデーモンのガキは言うが、俺は結構ショックを受けていた。

 魔界にいる奴らは全て、敵だと思っていた。

 どいつもこいつも、魔王信奉者で人を平然と略奪し、殺す。人の形をしていようが魔物と同類。

 

 言葉を話すが、到底分かり合える奴らじゃない。そう思っていたが。

 このガキのように理由はともかく、人を助けるデーモンもいる。

 物質界に生きる者のように、弱く奪われる奴もいた。

 

 話し合い出来る余地は、十分にあるのではないか。

 そんな気持ちが、俺の中で芽生えつつあった。

 なにわともあれだ。

 

 「疑ってすまなかった」

 

 俺はガキに頭を下げる。非があるなら謝罪を、こればかりは年齢も種族もない。

 

 「ふむ、よいぞ」

 

 偉そうだなまったく。だが、まぁ仕方ない。俺が悪いんだ。

 

 それから俺とガキは、お互いの情報を交換した。

 まず、ガキが言うには俺の体から、魔界でも深淵と呼ばれるような。色々と変わった所の瘴気が漂ってらしく。

 そこから魔界の表層まで、一人と一匹で生還出来たことに驚かれ。

 魔物を食いながら生きてきたと言ったら、ガキには大層驚かれた。

 物質界の人間は、魔物を食べて生きていると、勘違いされそうだったんで、物質界の人間には、物質界の飯を食べるべきだと教えておいた。

 

 さて、話している内に分かった事だが。俺がそこそこ長い間魔界を彷徨っていながら、物質界に帰還できなかったのは。物質界と深淵を結ぶゲートを生み出すのは、魔神か魔王ではないと不可能らしい。でだ。俺は魔王ガリウスが生み出した亀裂から魔界に入った。つまりそういうことだ。帰れない訳であり、英雄王は英雄王で、救助に行けない訳だ。俺の自業自得で、深淵を彷徨い続けることになったみたいだ。まぁ救助をメソメソ泣きながら待つのは、元々性に合わない。英雄王や英傑の仲間達に文句を垂れるのは、もう二度とすまい。そして、ガキがよく利用するゲートの居場所を聞いた。思わぬ所で物質界に帰還する手がかりを得た。

 

 そして、俺はガキに尋ねた。

 

 「何故ダークエルフは俺を襲った。奴らは魔王信奉者ってのは分かるが、だからと言って、仇討の為にと戦いをする戦士としての気概を、奴らに感じなかった」

 「あぁ。おまえの傷は、奴らに付けられた傷だったのか。おまえ、深淵を知る癖に弱いのか」

 「ほっとけ」

 「ふむ、知識欲旺盛な知人に聞いた話だが。魔神ベルゼビュートが、復活しようとしているようだ」

 

 魔神ベルゼビュート。

 大物だ。千年戦争の折、魔王と共に物質界で暴れたが、英雄王と俺達でぶちのめして封印した。

 もう復活しようとしてるのか。封印っていうか、魔術の類全般はアンブローズ、サナラ、ソラスが得意とする分野だが、あいつらでも、魔神の封印は難しいのか。

 

 「で、その魔神と奴らはどう関係があるんだ」

 「奴らの子供が、魔神ベルゼビュート復活の糧にされようとしているみたいだ」

 「ほう……」

 「拒むなら、最近デーモン達の間で話題となっている。深淵の瘴気纏う者を連れてこいと、ベルゼビュートの配下が言ったらしい。糧は数よりも、質を重んじているようだ」

 「光栄なこった」

 

 なるほど。子供を人質に取られていたのか。どうりで必死になるわけだ。

 引くにも引けねぇ訳であり、命も懸ける訳だ。

 魔界に居る者も、守る者の為には、命を懸けるものなのか。俺達がそうであったように。

 

 「おい深淵を知る者よ」

 「何だガキんちょ」

 「茶を出せ」

 「あ?」

 「人間は、そこそこ会話をしたら茶を振る舞うと聞いたぞ。さぁ茶を出すのだ」

 

 何だこいつは唐突に。

 それと普通茶を出すのは、そっちだろと思ったが、このガキはどうも、色々とずれている気がしてならねぇ。

 突っ込んでいたらキリがねぇ。まぁ出せというなら出してやろう。

 そういや、自己紹介をするタイミングを逃してしまったが、まぁいいだろう。このデーモンは俺にとってはガキんちょで、ガキんちょにとって俺は深淵を知る者。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 「台所借りるぜ」

 「うむ」

 

 ガキに許可を得た俺は、屋敷の台所へ向かい。

 生活感が中途半端に残された台所を漁り。葉と花と、山かこれは。

 そんな感じのデザインが書かれた壺から茶葉を見つける。酒は見つからない。畜生。

 井戸も手押しのカラクリもあるが、水が出ねぇ。この館は元々物質界にあったのではと思うが、質問は後だな。

 魔界の水、アクアエレメンタル印の水を鍋に入れ、相棒の強火フレアで湯を沸かし。

 ポットに茶葉と湯を入れ、蒸らす。

 

 それにしても、俺が茶を入れるとはな。この手のは、ある程度立場ってのがあったからか、英傑と呼ばれた俺達は、誰も率先してやろうとはしなかったな。

 やっていたのはどういうことか、俺達よりは立場は上のはずの英雄王の妻。王妃ぐらいだったな。

 今までやったことはないし、やろうとも特には思ったことはなかったが、人生何があるかは分からんもんだ。

 

 「ほらよ」

 

 カップに注がれた茶を、ガキは香りを楽しんでから茶を啜るが、糖なしはまだ早いらしい。少し顔をしかめていたので、ダークエレメンタルコアの樹液漬けを出してやると、しかめた顔が少しマイルドになった。

 酒じゃないのは残念だが、俺も茶を啜る。

 

 紅茶の銘柄やら産地やらは、俺には分からねぇ。

 その手のうんちくを言って、自爆するのはソラスとサナラで十分だ。

 だが、久方ぶりに味わう物質界の味は、俺の心に深く染み渡った気がした。

 穏やかになる香りと、心地よい苦みに。

 美味い。ごく自然とそんな感想が俺の口から出た。

 

 「なぁガキんちょ。お前この館をどうやって手に入れた」

 「物質界に遊びに行った時。見た目が気に入ったからデーモンにここまで運ばせた」

 

 許可なく人の財産を奪うのは悪だ。

 だが、いちいち突っかかる程。

 このガキはデーモンではあるが、純粋な悪ではないことくらいは俺には分かる。

 

 「元の持ち主は?」

 「居間で死んで朽ちていた。何かから庇うように大人二人が、子供一人を包まっていた。全員、館近くにある巨木の下に纏めて埋めておいた」

 「そうか。ありがとよ」

 「む、何故礼を言うのだ」

 「いいから、受け取っておきな」

 「……人間はよく分からんな」

 「そりゃこっちのセリフだ」

 

 英雄王と俺達は、物質界を魔王から守るべく戦った。

 だが、いくら英雄王と英傑と謳われる俺達でも、届かない手があった。

 この館の元主も、その多数の内一つだろう。

 無念だっただろう。相手は魔物か、デーモン。それとも、戦争で奪うしか、生きる道がなくなってしまった賊か。

 何にせよ、相手は理不尽って奴だ。

 そんな相手に、ただ力が無いってだけで、殺されたんだからな。

 救いの手は、最期まで現れることなく。

 

 なら、俺がやるべきことはなんだ。

 この館で、魔神が過ぎ去るのを待つってのか。いいや違う。

 魔神を無視しておめおめと物質界に逃げるってか。いいや違う。

 カップに入った茶を全て飲み干し、俺の腹は決めた。

 

 「深淵を知る者よ」

 

 俺の気配を悟ったのか、ガキは俺を呼び止める。

 何だ、礼はダークエレメンタルコアと茶で済んだと、俺は思ったが。

 

 「その竜に乗ってみてもいいか?」

 

 何だそんなことか。

 

 「あぁ、お安い御用だ」

 

 俺はガキの背に回ると、両脇から抱き上げる。

 ガキはムッとした表情を浮かべたのがちと不思議だが、相棒に乗ると無感情な仏頂面が幾らか柔らかくなった。

 相棒はガキを乗せたまま、館をぐるりと一周周り。口から軽くふっとブレスを吐く。

 サービス精神が旺盛なことだ。欲しいと言われたら困るので、ガキを下ろし、俺は相棒に乗る。

 

 「じゃあなガキんちょ。もう少し背が伸びたら、そん時は酒でも飲もうぜ」

 「うむ」

 

 返事を聞いた俺は斧槍を握り、俺達は駆けだした。

 まったく。愛想のない、デーモンの男児だったな。

 

 

 

 ――――――――――

 アトナテスメモ

 ※紅茶

 「あの時飲んだ茶の銘柄は、今でも分かんねぇ。だが、壺のデザインを覚えていたんで、産地は分かった。

 ……もうとっくに滅んでいた。まぁ千年だ。そういうこともある。長命であることを、その時は少しばかり気に病んだな。だが、だからこそ俺達は、今ある物を、一つ一つ守る為に戦い続けなきゃならねぇ。新たなる千年戦争を勝ち、続く千年の平和を掴み。紡ぐ物語を後世に残す為に。なぁ王子よ、期待してるぜ」

 

 

 

 相棒メモ

 「キシャァアア!」

 『ダークエルフ。やれ射程が長い。反撃をするとったような厄介な敵だ。その中でも、特に注意すべきは、HPが減ると攻撃力が増すタイプ。いわゆるアベンジャータイプの敵には要注意だ。ついうっかり止めを刺しきれずに、反撃で受けているユニットが死亡することはよくある事なので、確実に止めを刺せるような高威力なユニット、または相手に反撃される前に追撃出きるユニットが求められる。無論私のデスフレアで焼き払うのも手だ。攻撃される前に倒せばいいのだ!」

 

 

 

 大悪魔召喚士Rの述懐

 「おい、アンナよ。アトナテスといったか。少し離れた所で、王子と酒を飲んでいるあの男だ。断りなく私に、甘い酒なら飲めるだろうと渡してきた。失礼な男だ。

 むっ、いや酒を飲まない訳ではない。ただ少し会話をしただけだが、あの男と、あの男が連れた紫竜を見ていると、不思議と懐かしいと思うのだ。

 以前出会ったか、だと?いいや、それはない。私が魔界にいた時知り合った人間は、どちらも銀髪の女で、男は見たことがない。

 だが……男の方はともかく。あの紫竜は……うむ。私に親しみを持っているように見える。見所のある奴だ。嫌いではない」

 

 

 

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