深淵で飯を食す者アトナテス   作:青き男

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エピソード7 魔神ベルゼビュート

 魔神ベルゼビュート。

 魔蠅を束ねる魔神だ、魔力から生み出す疫病を使い。

 周辺にいる敵の力を低下させつつ、傷を負わせ命を奪う。そういった能力を持つようだ。

 さすがの俺も、無策で襲い掛かる訳にはいかない。

 だが、ベルゼビュートは完全な復活はしてないらしい今が、好機と言える。慎重に歩いていると。

 

 「ブブッ、ネズミ共食え」

 

 魔蠅が同族の死体を持って、ワーラットの巣へ向けて放った。

 蠅がネズミを飼うのか。と思ったが、魔界にも生態系があり、何かの魔物が、何かの魔物に影響を与えている。

 今までの魔界を彷徨った経験から、それが意味がなくやった行為に、俺は見えなかった。

 魔蠅の死体を引きずり込むワーラット。そいつの巣の位置を記憶しつつ、魔蠅が立ち去るまで、俺は息を潜めて待つ。

 五分、十分と時間が過ぎるのを待ちながら、腹の感覚でふと思い出す。

 

 「そういや、目が覚めてから飯を食ってないな」

 

 空腹は最高の調味料だと誰かが言ったが、過ぎれば倒れる。

 ワーラットもいることだ、魔神前に腹に少し入れておこう。

 

 魔蠅がワーラット達から離れた。

 そのまま、少し待つ。

 

 そして、俺と相棒でワーラットの巣を襲撃した。

 想像以上に数が多い。あちこちでワーラットが威嚇をし、数の多さに比例した、疫病によるダメージを俺に負わす。

 開戦早々、相棒のデスフレアで数を散らし。

 一匹、一匹。丁寧に確実に最速に、俺は斧槍でワーラットを突き斬り殺すと、親玉らしい大型ワーラットが出てくる。疫病のダメージがキツイが、こいつも図体のデカさ故のタフ以外は、大して他のワーラットと変わらない。斧槍で小突いて怯ませ、相棒のデスフレアで、周辺のワーラットごと焼き尽くす。流石だぜ相棒。大型ワーラットの肉はお前にやろう。

 

 一通り殲滅し終え。俺は、魔蠅の死体を引きずった巣穴へと潜り込み。

 魔蠅とワーラットは、何をしようとしていたのかを悟った。

 巣の奥には、成体になる前の子供のワーラットがいた。

 

 子供がいることは何も、不思議じゃない。無からワーラットは生まれない。

 ただ、その子供のワーラットに近づいても、俺はダメージを負っていない。子供のワーラットには疫病がない。これが重要だ。

 では、どうやってワーラットは、周辺生物にダメージを負わす疫病を得るのか。答えが、子供のワーラットによって、食い散らされた魔蠅だ。

 ワーラットは子供の内に、魔蠅の死体を食い続けることで、魔蠅の能力の一部を体得させている。後日試してみないといけないが恐らく、そういった種族と断言してもいいだろう。

 

 そして、魔蠅がワーラットに死体を寄越す理由は、魔界全体なのか、ただ単にベルゼビュートのみなのかは知らねぇが、戦力の増強と見ていいな。

 肉体としてはそこまで脅威ではないワーラットを、死体を食わせ強化する。

 それによる利益は、魔蠅はある程度魔物を使役できる、上位存在って所を考えるに。ワーラットは、魔神ベルゼビュートの配下の配下。都合のいい手駒ってことか。

 つまりだ、このワーラットの巣は、ベルゼビュートの予備兵力と思っていいかもしれねぇな。

 意図せずだが、数的有利を少しでも減らせたようで、何よりだ。

 俺は巣の中にいた、子供のワーラットも皆殺しにする。これで疫病を持ったワーラットが生まれなくなる、ってことはないだろう。

 ワーラットの巣はここだけじゃねぇし、魔蠅も魔神がいようがいなかろうが、生きていける以上この生態を止めないだろう。

 だが、まぁ今はいいだろう。

 俺はワーラットの皮を剥き焼き、腹に納める。

 

 ふと、子供のワーラットが食っていた魔蠅の死体に手を伸ばし、臭い匂いに顔をしかめつつ。相棒の強火フレアで炙って、足を食べて見たが。口に入れた瞬間本能的な吐き気を訴え、口から吐き出す。

 苦いどうこうの味の話じゃない、こいつは毒だ。

 ワーラットの疫病の元になっているんだ、当然と言えば当然だが、食べるんじゃなかった。

 ごまかす様に俺は、ワーラットの肉を頬張り、腹を満たす。

 

 ワーラットの巣を潰した後、魔蠅去っていった方へ歩いていくと。

 何やら摩訶不思議な色合いをした果物が、木からぶら下がっている。

 こいつは魔界においての果樹か。思わず取ってみたくなるが、止めておこう。つい先ほど、なんとなくで食ってみて後悔したばかりだ。これから戦だってのに、腹痛で苦しむのは御免だ。

 

 果樹らしきものをスルーして、そのまま歩き続けると、集落が見えてきた。

 物質界のエルフ連中は木やら何かの植物で、ドーム型の家を作っていたが、魔界では岩をドーム型に整えた物を、家としているみたいだな。それらがいくつか立ち並び、囲うようにちょっとした柵があり、広場があった。

 そして、その広場では、どいつもこいつもしけた面を揃えて、魔蠅を前にして項垂れる者達がいた。

 魔蠅は配下の分際で偉そうに、空から見下ろし。その真下には、魔蠅が放つ疫病に苦しむ子供達がデーモン達に囲まれていた。

 

 「待ってくだされ魔蠅殿!我々はあと一歩まで追い込めたのだ、今一度機会を!」

 「ブブッ、二度はない。貴様らの体たらくに、ベルゼビュート様はお怒りだ。貴様達の子らの命を、ベルゼビュート様の糧にさせてもらう」

 「そんな!?」

 「ブブッ。デーモンよ。贄をベルゼビュート様の元へ連れていけ」

 「デスフレアァ!!」

 

 どうやら最悪は避けられたみたいだな。

 子供達に手を伸ばすデーモンをデスフレアで焼き。

 俺も斧槍でデーモンの腕を斬り落とし、続いて薙ぎ払い。魔蠅の前に立つ。

 背に戸惑いの視線を感じる。まぁそうだろうな。俺は今背に向けている奴らに、攻撃されて死にかけた。そんな奴が明らかに、テメェらを助けようとしているんだからな。

 

 ちらりと俺は背にいる子供達に、目を向ける。

 相棒か、いや俺か。どちらにせよ、唐突に現れたカッコいい騎士に、揃いも揃って腰を抜かしてやがる。

 手を伸ばして、その幼い手を取り。大丈夫だ、安心しろ助けに来たぞ。とか言うべきなんだろうな本当は。だが、悪いな。

 

 俺は、手を取らない。

 

 魔界のダークエルフの手、今はただ敵でしかない奴の手を取るお人好しは、誰かの役目だ。少なくとも俺じゃない。

 俺が出来るのは昔も今も、明日だろうが変わらねぇ。戦うだけだ。

 

 「聞けぇ魔蠅共ぉ!我が名はアトナテス、英雄王の友にして、紫竜駆る騎士!

 故もねぇ、縁もねぇが。俺の背にいる、小さき者達が為。俺の斧槍は貴様らを砕き、紫竜の炎は貴様らを焼く!

 死にたい奴から前に出ろ!!」

 「英雄王の友。ブブッ!英傑と呼ばれた連中か、デーモン共。奴をベルゼビュート様復活の贄とするのだ!」

 

 魔蠅の声で、出るわ出るわデーモン共。

 多少、魔蠅の影響で統率の取れた行動をしているが、その実奴らに連携も何もない。

 ただ漫然と近づくインプを一掃し、デーモンを薙ぎ払い。

 アークデーモンの鎌による、飛来する斬撃を相棒の鱗で耐え。お返しにデスフレアを喰らわせる。

 数は十って所か、俺はデーモン達を片付けた。

 

 「ブブッ。噂に違えぬ実力だ。ワーラットよ!奴を取り囲むのだ……ワーラット!?どこへいったのだ!」

 

 なるほど、やはりあのワーラットは魔蠅の伏兵だったか。

 英雄王と違って、俺には敵がどれだけ出てくるか、どれだけ敵に本陣乗り込まれたら壊滅する。なんて直感は、持ち合わせてないからな。魔蠅の焦り用から、まぁ結果オーライだな。

 

 「ブブッ!どいつもこいつも使えん奴らだ」

 「高みの見物決め込んでる奴が吠えるな!デスフレアァ!」

 

 相棒の口から放たれたデスフレアが、魔蠅を飲み込み、拡散する。

 炎により、羽が焼かれた魔蠅は地に落ちた。俺は斧槍で頭を、胴と切り離してやる。

 もちろん魔蠅は食べない。というよりかは、食べてる暇がない。いや暇でも食べないけどな。今は。

 

 「ブブッ我を一匹殺そうが意味はない」

 「偉大なるベルゼビュート様の配下が、一匹だけだと思ったか」

 「デーモンもまだまだいるぞ。ブブッ」

 

 魔蠅とデーモン増援か。数はざっと三十、四十か。

 背にいる子供達を守りながらってのがキツいが、やるしかねぇ。

 斧槍を握ると、背後から魔力の集束を感じ、俺は振り返る。

 だが、殺意は込めない。

 魔力の集束、そして飛んだ火球は俺の頭上遥か上を越えて、魔蠅の元へ。

 

 「私達も戦うぞ!子供達を魔蠅の贄にはさせん!」

 「おぉ!」

 

 リーダー格のダークエルフの声に応じるように、次々と畏縮していた大人達が立ち上がり、武器を魔蠅とデーモンへ向け。

 矢と魔法を、魔蠅とデーモン達へぶつけ。突然の反旗に、魔蠅もデーモン達も苦悶し、混乱している。一部のデーモンは我先にと逃げ出す奴もいた。

 俺と、リーダー格のダークエルフと視線が、ふとかち合い。ダークエルフは申し訳なさそうな顔をしながら、視線を逸らした。

 まぁ恨みぶつける気はねぇ、むしろ加勢が嬉しいくらいだ。

 

 「魔界に生きる連中も、俺達と大して変わんねぇらしい」

 

 なぁ英雄王よ。魔界でも、大切な守る者の為なら、理不尽に立ち向かう。そんな、歯応えのある奴がいるらしい。

 お前の手はこいつ等には届かなかった。届かなったから、こいつらは千年戦争でガリウス側になったが。

 いつか、手が届くかもな。

 まったく、戦ってる最中ってのに。ついにやついちまった。いかんいかん。

 

 「ブブッ!まずい、このままでベルゼビュート様復活の前に我らが……ブブッ!ベルゼビュート様!いけません!完全なる復活がまだ……。ブブッ!ええい、ベルゼビュート様が目覚められた今、我らに敗北は許されぬ。皆の者続くのだ!」

 

 魔蠅の声、というよりかはベルゼビュートの気配を悟ったデーモン達に、統率が戻る。

 ダークエルフ達も、ベルゼビュートが相手となるとさすがに怖気づくのか、じりじりと足が引き下がりそうになるのを、なんとか堪えているって表情をしている。

 さぁて俺の出番だ。

 

 すたすたと剣を持ち歩く姿は、魔蠅の神と呼ぶにはちと似合わん人型。

 俺と同じく紫を基調とした色合いをしているが、纏う魔力のオーラみたいなものは緑。

 近づくだけで、力が抜けていく。体力も削られていく。だが、負けられねぇ。

 

 「行くぜ、相棒」

 

 俺の問いかけに。ギャオンと、相棒の勇ましい声が返ってくる。いい返事だ。

 俺と相棒は魔力を同調させ。

 人である俺は、竜である相棒になり。竜である相棒は、人である俺になる。

 並みの人間には出来ねぇ、俺の長命の秘訣だ。そして、俺と相棒が真価を発揮する契機だ。

 

 『ドラゴンレイジ』

 

 神々より加護を授かりし斧槍に、俺の魔力で出来た黒炎を纏わせる。

 相棒の魔力が、俺の体を包み。俺達の攻防どちらも、限界まで高める。

 

 「…………」

 

 どうやら、配下と違ってベルゼビュートは口数が少ないらしい。

 俺の斧槍と、ベルゼビュートの剣がぶつかり合った轟音がそのまま、開戦の合図だ。

 

 そしてそのまま、一撃必殺。渾身の力を込めて、斧槍で突きを狙う。

 どう考えても、俺と相棒がベルゼビュートに、長期戦に持ち込むのは不利だ。

 体力が有り余っている内に、殺しきるのが常道だ。

 

 ズプリと、肉を貫く感触が手に伝わるが、浅い。力が抜ける魔蠅の疫病の影響と、魔神故の硬さが原因か。

 緑の光放つ剣の反撃が来る、右だ。

 斧槍で防ぎ、薙ぎ。ベルゼビュートの剣で止められる。

 重い。漫然と岩を殴ったみたいだ。奴も、俺の斧槍をまともにくらえば、ただでは済まないと、最初の一撃で学習したのだろう。

 

 さて、また来るぞ。避けろ!

 

 相棒を手足のように。

 じゃない、相棒は俺の手であり、足だ。

 一瞬の遅れもなく俺と相棒は、ベルゼビュートの剣から距離を取り。追撃の剣を斧槍で防ぎ、押し返す。

 今度はこっちだ。突き。駄目だ。もう易々と受けてはくれまい。

 再び薙ぎ、掠る。浅い。致命傷になりはしない。

 斬り上げる。止められ押し返される。

 崩れた俺の構えの隙間を狙うように、ベルゼビュートの剣が相棒の鱗を貫き、俺の脇腹を裂く。

 鋭く走り、後からジワリと続く痛みに堪え、脳天へ振り下ろされようとした剣を、斧槍で弾いた。

 つもりだったが、ベルゼビュートの力に押し負け、剣先が相棒の飛膜を切り裂く。

 

 「クッ!」

 

 まずい。疫病の影響で力がますます抜け、体力が削れれていく。

 頬から冷や汗が流れ出るのが分かる。このままでは、負ける。

 相棒の口から黒い炎を地に向けて放つ。これは牽制だ。炎により生じた煙に巻かれながら、相棒を後ろにステップさせて、一度距離を取り。俺と相棒は息を整える。

 

 気張れよ。

 当たり前だ。

 

 頼もしい相棒だぜ、まったく。

 さてベルゼビュートが走ってくるぜ相棒。全部出し尽くせ。

 応。相棒がそう応えると、口に魔力を収束させた黒い炎をベルゼビュートに浴びせる。

 どれだけ堅い鎧でも、魔法の守りがあろうが、相棒の黒い炎は問答無用で焼く。

 己の疫病で力が弱った相手の攻撃などと、高を括っていたらしい。ベルゼビュートは相棒の炎に直撃した。

 同時に、周囲に拡散する炎に巻かれ、無感情顔に苦悶の表情が浮かぶ。

 

 だが、悪いな。一発で終わるとも思っちゃいないが、一発で終わらせるつもりもねぇ。

 相棒は立て続けに、黒い炎を限界まで吐き続ける。

 ベルゼビュートが顔を庇うように、手のひら盾にしたのを見て、俺と相棒は機が来た。

 ここだ。ここしかない。

 同時に沸いた確信に、俺と相棒は一騎となり駆ける。

 

 「がぁああああ!」

 「グォオオオオ!」

 

 相棒が出しうる限りの最後の黒い炎を出し終える。有効打は消えたが、黒い炎を生み出す為の相棒の魔力が、俺達を守る為に全身に回り始める。

 斧槍を怯んだベルゼビュートの胸に穿ち、魔界アリに似た緑の血が噴出した。普通なら致命傷だが、相手は魔神だ。

 眼がまだ死んではいない。引き抜き、斧槍を振り上げる。

 剣を持つ右腕を両断とまではいかないが、筋は絶てた。

 いや、動きやがる。大したタフさだまったく。

 

 追撃に相棒が動いた。両前足を鋭い爪を立てながら踏みつける。

 爪で裂かれ、相棒の巨体に似合う重さを加えた衝撃に、並みの相手ならくたばるが、やはり倒れない。

 相棒はベルゼビュートに胴に噛みつく。

 

 苦い。

 そんな相棒の声が聞こえたと同時に、俺の視界はぐるぐると回転する。

 相棒がベルゼビュートをくわえたまま、横回転した。相棒曰く私の必殺技らしい。ワニかよ。

 だが、なんにせよ威力は本物だ。ボリィと派手に肉がもがれる音が鳴り、今度こそ。

 

 そう思っていたが、辛うじて上と下の体が繋がっている状態にも関わらず、ベルゼビュートは立っていた。

 目には無感情顔が消え、明確な敵意と殺気。筋を絶ったはずの腕を振り上げ、あとはただ敵を屠る一撃を放つのみって構えだ。

 やべぇな、こいつぁ。

 

 忘れようとしていたが、今も俺と相棒も魔蠅の疫病の影響をずっと受けている。

 体力はあと、一撃持つかどうかって感じだな。

 じゃもう腹を括るしかねぇな。

 俺よ、生き延びる覚悟を決めろ。

 

 「…………!」

 

 ベルゼビュートの反撃の剣が来る、俺の命を絶とうとする慈悲無き剣だ。

 さぁ、来やがれ。今だ。

 

 「うおぉ!?」

 

 剣がもっとも勢いつく瞬間、その一歩手前の刹那に俺は自ら飛び込み、鎧の最も厚い部位で剣を受ける。

 ミシミシと胸から嫌な音が鳴る。

 剣が持ったいた衝撃が全身に入り、喉に鉄味がこみ上げる。頭から何か警告音が鳴った気がした。

 そして魔界を彷徨っている間、相棒の守護もあり、ついぞ傷付かなかった逸品に亀裂が入った。

 

 だが、俺は耐えた。耐えきった。

 名工の技術と、相棒の守護の力が無ければ、俺の胸から上と下で別れていただろう。

 嗚呼、さすがは魔神様だよ。心底嫌いだが、純粋な個の力だけは、一部の例外を除いて、人が魔神を超えることはないだろうな。

 人と竜の力の勝利だ。

 

 俺は斧槍を振るい、ベルゼビュートの胴を今度こそ分断してやり。

 剣を持つ腕も斬り裂く。

 止めだ。

 俺は斧槍をベルゼビュートの頭に振り下ろ――。

 

 「ブブッ!ベ、ベルゼビュート様ぁ!いかん、ベルゼビュート様を御守りするのだ!!」

 

 本来攻撃手段という攻撃手段を持たないはずの魔蠅に、タックルを食らった。

 そう気が付いたのは、突っ込んできた魔蠅に、反射的に斧槍で両断した直後だった。

 そして致命的な隙だ。ベルゼビュートの頭を抱えた魔蠅が逃げ去っていこうとしている。おい待てコラ。

 

 「ベルゼビュート様、ゲートを!魔界の深淵にて傷を癒した後に再起を。どうか!」

 「…………」

 

 魔蠅が逃げる方に、紫色の光が空間に亀裂を生み出された。

 物質界でもよく見るゲートだ。

 ただその先は魔界の深淵。俺と相棒がいた場所だ。なるほど、情報を聞いて感じてみれば、今いる場所よりも空気が重く感じる。

 はぁ――。

 

 「逃がすかぁああああ!!」

 「グォオオオオオオオ!!」

 

 俺と相棒は、ベルゼビュートを追う。勝利目前で逃げられたのは気に食わないが、それ以上に。

 今ベルゼビュートを逃しておく理由は何一つない。ここで、俺が奴を仕留め切れなければ、再生しようとする物質界がめちゃくちゃになる。断じて許す訳にはいかねぇ。

 魔界の深淵だぁ。構いやしねぇ、もう一度行ってやる。

 俺は深淵を知る者アトナテスだ。ついでに深淵でも飯を食って生きていける男だ。

 

 「お待ちくだされ騎士殿!あのゲートに繋がる場は深淵!魔物の巣窟だ!行けば帰ってこれない。騎士殿ぉ!」

 

 リーダー格のダークエルフが静止する声が聞こえるが、その時にはすでに俺と相棒はゲートの向こう側だ。

 そして、すれ違いざま、斧槍でゲートをぶち壊す。

 子供を人質に取られたダークエルフは、あくまでも被害者だ。攻撃してきたが、子供を守ろうとしたその姿勢と、土壇場で立ち向かう気概は嫌いじゃなかった。これ以上戦禍に巻き込まれる必要はないな。

 

 さて、相棒よ。二度目の魔界の深淵だ。

 一度目が、そうであったように、今回も来るぜ。

 

 「ブブッ!かかったなアホが!一斉にかかるのだ!」

 

 案の定、俺を待ち受けていたのは魔物魔物魔物。

 数を数えるのも面倒だ。

 ただこいつらの現状は、例えるなら住んでる集合住宅に、突如敵が湧いてきたようなものだ。

 軍じゃない。

 魔蠅の指揮はなく。統率らしい統率はない。

 

 そして肝心のベルゼビュートは、姿が変わっていた。

 背から羽が、羽化をしていた。

 断ったはずの胴と、腕が再生していた。

 一瞬、冷や汗をかくが、そのサイズは先ほどよりも小さくなっていた。

 

 俺達は悟った。今度こそ最後だ。

 残り全ての力を使い。羽化したベルゼビュートの全身全霊に、俺達もすべての力をかける。

 羽化ベルゼビュートの、飛来する斬撃を躱し。殴りかかるデーモンを相棒の角で振るい飛ばす。

 纏いつく魔蠅には、俺の斧槍で両断する。

 そして、追撃をするふりをする。

 

 「ブブッ!ベルゼビュート様ぁ!」

 

 案の定、魔蠅が俺の近接戦闘に警戒するように、ベルゼビュートの盾になる為に集い始める。

 主の為に身を投げ出すとは、大した忠誠心だ。味は最悪だが、そこは見直してやる。

 そして、存分に利用してやる。

 クールタイムは終わった。

 

 相棒は俺は考えを読み取り、グッと全足を地に固定するように爪を立てる。

 その間に、俺は左手に魔力を収束させる。

 そして、相棒もまた口に魔力を収束させる。

 俺と相棒。どちらも黒い炎。

 重ね合わせ、発動せしは。五つの炎から繰り出される、全てを焼き尽くす究極の炎。

 

 『ウルティメイトフレア!!』

 

 俺達の黒い炎は、魔物、魔蠅、ベルゼビュートに着弾すると同時に、拡散し。

 逃げ惑う者達を焼き、反撃する者達を焼き、魔神を守る蠅盾を焼き、魔神ベルゼビュートを焼く。

 断末魔すらも掻き消しながら、全てを焼く。

 

 そして、魔界の深淵に静寂が訪れた。

 立っているのは、俺と相棒。

 一人と一匹だ。

 

 「やったな、相棒」

 

 戦闘が終わり、疫病とは別の心地よい脱力感に身を任せ、俺は相棒にもたれかかる様に崩れ。

 相棒もまたグテーと両足を伸ばしている。

 精根を使い果たすとは、まさに今の俺達だろうな。流石に今襲われたら一たまりもない。

 だが、拳を揚げて俺は宣言する。

 

 「勝ったぜ、英雄王」

 

 英傑アトナテス、魔界の深淵で魔神を討つ。

 魔王討伐とまではいかねぇが、偉業と言ってもいい戦果だ、つい口端が上がる。

 だが。

 

 「悪いな、英雄王。次会うときは、お前がよぼよぼのじいさんの時だ」

 

 俺がすぐに帰れなくても、王国には英雄王を支える、頼れる英傑はまだいる。

 ユージェンはまだまだだが、あいつもいつかは英傑に並び立てる。

 だから、まぁ大丈夫だろう。

 

 だから、そうだな。少しだけ、休むか。

 なぁ、相棒。

 

 

 

――――――――――

 アトナテスメモ

 ※魔蠅

 「食えたもんじゃない。以上だ。

 ってのは俺のプライドが許さねぇ。煮て干して焼いて揚げてみたが、駄目だ吐く。あれだけは駄目だ。魔神飲み慣れてる鬼刃衆達ですら、吐き出す代物だ。しかしだ、口に入れれば吐くってのに、俺は意味を見出した。

 催吐薬だ。天界のゴタゴタもあって、王子を今暗殺しようなんて阿呆はいないだろうが、警戒に越したことはない。万が一毒物盛られた時には、これを王子に呑ませてやれと、王宮侍女武官の嬢ちゃんに渡しておいた。使う機会がないことを祈るばかりだ」

 

 

 

 相棒メモ

 「ギャオオン!」

 『魔蠅、そしてベルゼビュート。どちらも強敵だ。魔蠅は攻撃手段はないが、とにかく疫病によるドットダメージと攻撃力低下の影響が凄まじい。ヒーラーがただの置物になりかねない。リジェネ持ちユニットの採用も考慮すべきだ。何にせよ、疫病の範囲外から遠距離で速やかに倒すことを推奨する。長距離高威力で殲滅できる星を詠む者ソラス殿を起用するだけでも、グッと攻略難易度が下がるだろう。無論私のデスフレアも、それなりには距離が離れていても当たる。

 ベルゼビュートは魔蠅に攻撃手段が追加され、形態によってはフィールド全域に疫病をまき散らす。はっきり言ってステージの都合上もあって、単騎で完封できるユニットはほとんどいないだろう。だが、アイギスは強いユニットが単騎無双するゲームではなく、ユニットごとが持つ役割を果たし、適切なタイミングでスキルを発動、強敵と雑魚敵に対処するゲームだ。

 一のユニットができないことを十のユニットで可能にしよう」

 

 

 

 闇エルフの女王Dの昔話

 「今からずっと昔。我らダークエルフが国を持たず、弱かった頃の話だ。何を不思議そうな顔をしている王子よ。王国とて、創造神が生まれたと同時に、そこにあった訳ではあるまい。ダークエルフもまたそうだ。魔神に滅ぼされかけたという話も一つや二つある。そんな、滅ぼされかけたいくつかある話の中で、決まって最初に語れる竜人の話だ。

 魔神に襲われ、虐げられしダークエルフ、そこに一人の竜人が現れた。

 かの者銀の髪を靡かせ、紫の鱗を纏いし者。振るう斧槍は暴風、吐き出す炎は闇の如き黒。されど、かの竜人を恐れることなかれ。その斧槍、黒き炎は、弱気者を守る為の守護の力。理性無き魔を焼き払う力なり。竜人、魔神を討ち滅ぼし、大いなる背を我らに見せ、静かに深淵へと消え去った。ゆえに我らは誓う。かの竜人と再び巡り会った時。その肩を並べ、我ら手を取り合わん。

 ふふ……老人の記憶はあてにならんな。どういうことか、だと。何、ただ世話になっただけだ。酒をよく飲むその竜人にな」

 

 

 

――――――――――

 ある魔神の配下

 「ブブッ。危うい所だったが、何とかベルゼビュート様の体を運ぶことが出来た。今魔界に留まるのはまずい。あの英傑がいる以上かえって危険だ。ブブッ。成程さすがはベルゼビュート様。物質界に降り立ち、現地の人間共を支配し、いずれ復活を遂げるのですね。きっと長く潜伏することになるでしょうが、我ら配下はいつまでも貴方様に従いましょう。ブブッ、では参りましょう物質界に」

 

 

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