魔界を彷徨い始めて、そうだな。英雄王の息子か、それとも孫と酒でも飲めるくらいか。
この頃、一か月も一睡してないような気がする。また、一晩のつもりが、一年近く眠り続けてたような気もする。
朝も夜もない魔界の深淵では、どうも時間の感覚がおかしくなっているな。
少なくとも、物質界にいる英雄王はもうじいさんだろう。
寿命どうこうやってないのは他は、トゥアンとアンブローズだったか。
そうかあいつらも今頃は婆さんか。あいつらも、子孫に囲まれたりしているのだろうか。
死ぬ前に会えるといいが。いや、無理だな。たぶん俺は死ぬ。
今日は妙に、騒がしい気配がする日だ。
最初はそう思っていたが、どうにも数が多く。俺の移動に合わせて気配が動き、囲まれていることを悟り。
そして、逃げ時を見失った時点で、俺は敗北を確信した。
俺を囲んでいるのは、魔王軍だ。いくら俺と相棒が個として強くても、個は軍には勝てない。
俺達が魔界で、何度も圧倒的多数である魔物と遭遇し。戦い勝てたのは。あくまでもそいつらが、個として俺達が上回っていたのもあるが、奴らは軍として機能をしていなかった。奴らはあくまでも、魔物の群れであって、魔王軍ではない。
だからいくらでも隙があり、勝機はあった。魔神ベルゼビュートの時がまさにそうだ。魔神は強いが、あいつらは結局の所。配下以外はただ漫然とベルゼビュートに従っているだけで、連携もなにもなかった。そして、ダークエルフ達の援護もあった。あれは勝てる戦いだった。
で、今回はと言うと、詰んでる。
俺を囲む包囲網の中に、等間隔で強いデーモンの個体が放つ威圧感を感じる。
グレーターデーモンか、デーモン剣士、それともデーモンメイジか。何にせよ、一対一ならば勝てるが時間がかかる。
例え相棒で強行突破を試みても、そいつらが時間を稼いでいるうちに、背後から援護が来たら、あとは袋叩きにされるだけだ。
普通のデーモンの群れなら、援護はすまい。だからこいつらは、魔王軍である。故に俺は死ぬ。
だから俺達は決めた。
これから行う戦いは、生きる為の戦いじゃない。
命ある限り、魔王軍に対して、徹底的に嫌がらせをする戦いだ。
一匹でも多く、道ずれにしてやる。
一匹でも多く、物質界に足を踏み出せないようにしてやる。
一匹でも多く、その凶刃が人に向けないようにしてやる。
これが俺の使命。
いいや、違うな。俺が俺である為に必要な、何かだ。
アクアエレメンタルの水で、顔を洗い。濡れ手でちと傷んだ髪を梳く。
野郎の死に化粧なんざ、こんなもんで十分だろう。
「ほらよ、相棒」
こんなこともあろうかと、大事に大事に取っておいた、魔界ボアの干し肉を相棒と分け合う。
うむ、やはり肉はいい物だ。
美味い。
噛めば噛むほど、変わっていく歯応えと唾液に混じって広がる肉の味が最高だ。
この味は、人類の代表として物質界に広げるべきだろうが、後世の奴らに任せよう。
時は来た。
相棒が静かに立ち上がり、俺は相棒に騎乗する。
俺は相棒であり、相棒は俺である。俺が死んだときは、まぁそういうことだ。
だが、相棒も気持ちは同じだ。なにせ俺だからな。
斧槍を握り、俺達は目の前に迫りくる敵達に相対する。
様々な得物を持ったゴブリン、砲を持つフライデーモン、麻痺させる鞭持つレッサーデーモン、鎌を持つレディデーモンとアークデーモン。ハイオーク。そして奥にはデカい戦槌に、王様気取りの王冠の乗っけたグレーターデーモン。
あれこれまとめて、六十って所か。それで周辺から感じる強い気配は十。だいたい六百って所か。
よくもまぁ、俺一人に用意したものだ。軍団だ軍団。
「ギャッギャッ!アトナテス!英傑アトナテス!」
「あれが、英傑と謳われた男か。惜しいな。俺達オークが、このような嬲り殺しのようなことをせんといかんとは」
「えぇっとアトナテス君だったか。ワシらの数を見て、早々に投降してくれると嬉しいのだが」
「お断りだ」
魔物共があれこれ言ってやがるが、奴らの軍門に下る気はない。
「行くぜ、相棒」
俺の言葉に相棒は、こくりと頷く。
こんな時に英雄王のマネとは、心底愉快な奴だよお前は。
ふっとにやついた笑みを、俺は引き締め直し。
俺と相棒は、駆けだした。
――――――――――
開幕早々、相棒のデスフレアを喰らわせる。
デスフレアから免れたゴブリン達が、矢を射る。
そいつらを斬ろうとすると、レディデーモン、アークデーモンが盾となり。
奴らもろとも、フライデーモンが砲を俺に放つ。
ドラゴンレイジで攻防を高めて耐え、煙に紛れてハイオークの猛攻が迫りくる。
下手に傷をつけると、戦闘力が増すハイオーク達を斧槍で対処していると、狙いすましたかのように、グレーターデーモンの一撃が振り下ろされる。
すんでの所で回避すると、こそこそと動いていたレッサーデーモンの鞭を食らう。
統率された動きだ。多数の魔物が一つの生き物のように動いてやがる。
これが軍の恐ろしさだ。例え目の前の魔物の攻撃を防ごうが回避しようが、別の魔物が着実に少しずつ、ダメージを与える。
そして、やつらは圧倒的に多数だ。最初のデスフレアにより、戦いに感付いた奴らがどんどん増えていく。
ウルティメイトフレア。
敵が纏まった時、もっとも効果を発揮する俺達の必殺技だ。
だが、それで殺しきれなければ、多数を処理する手段を俺達はしばらく失う。
興奮状態になったハイオークの斧による連撃に、斧槍で処理が間に合わなくなり、徐々に押されていく。
そして、グレーターデーモンの戦槌が振り下ろされ、相棒に直撃する。
その衝撃と痛みに、苦悶の声を上げる相棒だが、負けじと角でグレーターデーモンの腹を突き刺し、俺が心臓を穿つ。
ズズンと音を立てて、グレーターデーモンは崩れ落ちるが。
まだ、敵は増える。矢が降り、太ももに矢が刺さる。
斧が来る。鎌の飛来する斬撃が来る。鞭が来る。砲弾が来る。戦槌が来る。
俺と相棒は戦い続けた。
――――――――――
魔界の空は相も変わらず暗いな。
大の字でぶっ倒れながら、俺はそんなことを考えていた。
最初に崩れ落ちたのは、相棒だった。俺より体がデカい分、被弾する回数が多かったんだろう。
相棒が倒れた後も、俺は戦い続けたが、レッサーデーモンの麻痺攻撃で痺れた所に、グレーターデーモンに殴られ、何とか立ち上がってみたが、袋叩きだ。
念入りにレッサーデーモンの鞭を受けたせいか、息をするだけで、肺が痛てぇ。血が流れ過ぎた寒い。
何より体が動かねぇ。
全身がぐちゃぐちゃになったのか、斧槍を何とか握ってみるが、ただ手にあるという感触だけしか伝わらねぇ。
これで、終わりか。まぁ大暴れしてやった。ざまぁみろだ。
「まったく。たった一人捕まえるだけで、八割も消されるとは思わなかったよ」
男か、女かも分かんねぇ、気味の悪い声が聞こえる。周囲の魔物共がガード様と呼び、ざわついている。
ガードと呼ばれたそいつは、俺を覗き込むと。仮面越しで確信は持てないが、笑った気がした。
「おぉ生きていたか。よかったよかった」
「今死ぬところだ。ほっとけ」
「それは困るな。我ら魔王軍の為、お前の力を利用させてもらおう」
「何だと?」
言うが早いか、ガードの仮面に描かれた目がボゥと光り、俺はその光を見て。
精神を支配する類の魔法と見て、斧槍で首を斬ろうとしたが、体が動かねぇ。
畜生。
「ぐぁあああ!」
ガードの光が、俺の意識を消していく。
残された魔力を振り絞って、何とか抗ってみたが、その意識すら奪われたのを最後に、俺は意識を失った。
――――――――――
「支配完了だ。さぁ立つがいい」
「……あぁ」
ガードの命令に、傷付いたアトナテスは、ゆっくりとだが、ふらりと立ち上がる。
しかし、その目は虚ろ。目の前にいるガードの姿を写してはいない。
虚空を写したアトナテスは、さながら呆けた美丈夫だ。
だが、ガードはもちろん。この場にいる魔物達は、アトナテスと紫竜の力を知っている。
周囲の凹凸に砕かれ、或いは斬り裂かれた地。未だに燃え続ける黒い炎。
そしてどこを見まわしても転がっている、死体の数々。
それらが、すべてアトナテスと紫竜の戦闘によって残された跡だ。
誰一人として、その呆けた美丈夫の警戒を解いてはいない。
例外があるとしたら、力を知っているものの、精神を支配した。そう思っているガードくらいだ。しかし、その仮面したにある余裕もすぐにはがされる。
「ふふふ、どれ。まずはそうだな。お前の支配者たる者の名を言ってみ――っ!」
「ガード様!」
嘲るガードに対して、アトナテスの返答は。
神々の加護を授かる斧槍による、鋭い突きだった。
その突きは、ガードを逸れ虚空を突いていた。精神支配の魔法による効果だ。
そして、アトナテスの動きを察したハイオークが、とっさにガードを突き飛ばした結果だ。
アトナテスの攻撃は無意味だった。
だが、ガードは心底肝を冷やし、他の魔物同様、再度アトナテスを警戒した。
そもそも、精神支配された人間が、支配主を攻撃するということは、ありえないのだ。
英傑アトナテス。支配の魔法を受け、なおもその精神を支配するに至らず。
そして、支配を受けなお、武勇衰えず。
今なお恐ろしき、魔竜騎士。
「ふふふ。まぁいい精神支配を受けてなお、それだけ動けるのだ。丁重に扱うとしよう。傷を治してやれ、そして飯はそうだな。物質界の食事に、妙に詳しいデーモンがいたな。物質界の食事をあいつに作らせておけ。さて、魔王様の元へ向かうとしよう」
ガードはいくつか命令を魔物に下し、魔王の元へと去った。
かくして、英傑アトナテスの食糧事情が解決した。
そして、それからあまり時を経たず。
ある戦地にて、アトナテスは彼に縁が深い者の末裔と戦い。
彼がよく知る者達の協力の元、再び物質界を守る為にその斧槍を掲げた。
深淵で飯を食す者アトナテス ―完―
――――――――――
ガードの支配下に置かれたアトナテスメモ
(飯は文句なく美味いが、なんで酒は出ないんだ畜生)
――――――――――
蛇足
某国の王子の悩み
今日も勝てなかった。
相手は、英雄王と共に千年戦争を戦い生き延び、その後魔界でも戦い続けたという英傑アトナテスだ。
その場に偶然居合わせていた、俺よりも剣の重みがある白の皇帝ですら、一本取ることもできなかった。
ほとんどの人は、相手が相手だ。仕方ないと慰みの言葉をかけてくれるが、俺も。強さという基準では王国よりも、より深く重い意味を持つ皇帝も、仕方ないでは納得できない。
どうすれば強くなれるのか。
俺と皇帝と、アトナテスの三人でグラスを片手に、強さに関する議論をしていた。
酒を持っているので、いささか違和感があるが、やってることはさながら教師と生徒二人の講習だろう。
だが、そのアトナテスが。
「別に、国の長としてなら、お前達の剣の技量は十分すぎる程あると思うぜ」
そう言うと、あとは酒を楽しむかとでも言いたげに、グビグビと飲み始めたので、俺と皇帝は待ったをかける。
アトナテス、かの伝説の人物に実力を認められているのは嬉しいが。
俺達を打ちのめした人物に、慰められるのは勘弁願いたいものだ。
「あぁん?何勘違いしてるか知らねぇが、お前達は十分強いさ」
「……仮に、貴様が今。俺と殺し合えば、貴様は白の皇帝になれるぞ」
白の帝国。国是は身分は関係ない、最も強き者よ、至高たれ。
アトナテスが、今ここで皇帝を殺害したら、次の白の皇帝はアトナテスになる。
それでも、まだ十分に強いのかと皇帝は問うているのだろう。
「んじゃ仮の話を続けるが。俺が皇帝になったとしよう。たぶん国は数年持たずつぶれるか、皇帝の座はすぐに変わる。俺は王の器じゃない」
アトナテス皇帝。うむ、酒を飲みに玉座からふらりといなくなり、そのまま何年も帰ってこず。気が付けば別人が皇帝になっていてもそっか、頑張れよとでも言って、またふらりと消えてしまいそうだ。
まぁ、彼が自らを王の器じゃないと言ったのは、そう言ったことではないだろう。
「貴様は、俺と王子には、その王の器とやらが、あるというのか」
「あぁ、だからお前達は強い。ともすれば、英雄王を超える程にな」
英雄王。
物質界、魔界、天界ですら、彼の存在を知らぬ者はいない、俺の偉大なる先祖だ。
そんな英雄王を、俺と皇帝の強さは超えているとアトナテスは言う。
少なくとも、俺達を負かせた。アトナテスと実力は同じという英雄王よりもだ。
やはり、しっくりこない。皇帝もそうだろう、何故だという顔を浮かべている。
「英雄王、あいつはな」
そう言うと、アトナテスの顔は千年前に戻る。
英傑と呼ばれる偉大なるお方達は、英雄王の話をする時は皆、顔が千年前。
英雄王の仲間であった頃に、俺が知らない彼らの顔になる。英雄王が見知っているはずの顔になる。
「強かったよ。俺とあいつの実力は同格と言うが。んなことはねぇ。今だからはっきり言うが、あいつの方が強い。魔王ガリウスを単身でぶった斬ったのは、後にも先にもあいつだけだ」
アトナテスの言葉に、俺はガリウスがかつて言った言葉を思い出す。
『今の予に、抵抗できる人間など、現世には存在せぬ。仮にかつての英雄王でも居れば別であろうがな』
アトナテスの言葉に、ガリウスの言葉に、嘘偽りなければ。
俺達のような、奇跡と奇跡の上で成り立った決戦でなければ、ガリウスには英雄王しか届かなかった。
それが、事実だ。
「だが、あいつはガリウスを完全に滅ぼせなかった。お前達は滅ぼした」
そして、それもまた俺達が誇るべき事実だ。
俺達は俺達の全力を賭して、魔王ガリウスを倒した。
天界のいざこざで、まだ戦いは続くが、物質界を守り切った。
「そこに、貴様の言う英雄王を超える強さがあると?」
「あぁ」
アトナテスが力強く頷く。それに、皇帝はある程度の答えを見出したのか、席を立つ。
名残惜しいが、俺もそろそろ執務室へ戻らなければ。
目の前にあるグラスを空にする。アトナテスはもう少し飲むようだ。
「王子よ、もし分かんねぇなら、訳知り顔の占星術師に聞いてみた。あいつだけは、英雄王の全部を知っている」
アトナテスの言う、訳知り顔の彼女の顔を思い出し、俺は頷いた。
カリスマとスタミナが回復したら、捏造と過去改変と黒トゥアンと黒ユージェンおりゃんよわよわ王子が書く、ソラス視点の千年前戦争辺りの話を書くかも。