深淵で飯を食す者アトナテス   作:青き男

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エピソード8 図らずも食糧事情が解決した日

 魔界を彷徨い始めて、そうだな。英雄王の息子か、それとも孫と酒でも飲めるくらいか。

 この頃、一か月も一睡してないような気がする。また、一晩のつもりが、一年近く眠り続けてたような気もする。

 朝も夜もない魔界の深淵では、どうも時間の感覚がおかしくなっているな。

 

 少なくとも、物質界にいる英雄王はもうじいさんだろう。

 寿命どうこうやってないのは他は、トゥアンとアンブローズだったか。

 そうかあいつらも今頃は婆さんか。あいつらも、子孫に囲まれたりしているのだろうか。

 死ぬ前に会えるといいが。いや、無理だな。たぶん俺は死ぬ。

 

 今日は妙に、騒がしい気配がする日だ。

 最初はそう思っていたが、どうにも数が多く。俺の移動に合わせて気配が動き、囲まれていることを悟り。

 そして、逃げ時を見失った時点で、俺は敗北を確信した。

 俺を囲んでいるのは、魔王軍だ。いくら俺と相棒が個として強くても、個は軍には勝てない。

 

 俺達が魔界で、何度も圧倒的多数である魔物と遭遇し。戦い勝てたのは。あくまでもそいつらが、個として俺達が上回っていたのもあるが、奴らは軍として機能をしていなかった。奴らはあくまでも、魔物の群れであって、魔王軍ではない。

 だからいくらでも隙があり、勝機はあった。魔神ベルゼビュートの時がまさにそうだ。魔神は強いが、あいつらは結局の所。配下以外はただ漫然とベルゼビュートに従っているだけで、連携もなにもなかった。そして、ダークエルフ達の援護もあった。あれは勝てる戦いだった。

 

 で、今回はと言うと、詰んでる。

 俺を囲む包囲網の中に、等間隔で強いデーモンの個体が放つ威圧感を感じる。

 グレーターデーモンか、デーモン剣士、それともデーモンメイジか。何にせよ、一対一ならば勝てるが時間がかかる。

 例え相棒で強行突破を試みても、そいつらが時間を稼いでいるうちに、背後から援護が来たら、あとは袋叩きにされるだけだ。

 普通のデーモンの群れなら、援護はすまい。だからこいつらは、魔王軍である。故に俺は死ぬ。

 

 だから俺達は決めた。

 これから行う戦いは、生きる為の戦いじゃない。

 命ある限り、魔王軍に対して、徹底的に嫌がらせをする戦いだ。

 

 一匹でも多く、道ずれにしてやる。

 一匹でも多く、物質界に足を踏み出せないようにしてやる。

 一匹でも多く、その凶刃が人に向けないようにしてやる。

 これが俺の使命。

 いいや、違うな。俺が俺である為に必要な、何かだ。

 

 アクアエレメンタルの水で、顔を洗い。濡れ手でちと傷んだ髪を梳く。

 野郎の死に化粧なんざ、こんなもんで十分だろう。

 

 「ほらよ、相棒」

 

 こんなこともあろうかと、大事に大事に取っておいた、魔界ボアの干し肉を相棒と分け合う。

 うむ、やはり肉はいい物だ。

 美味い。

 噛めば噛むほど、変わっていく歯応えと唾液に混じって広がる肉の味が最高だ。

 この味は、人類の代表として物質界に広げるべきだろうが、後世の奴らに任せよう。

 

 時は来た。

 相棒が静かに立ち上がり、俺は相棒に騎乗する。

 俺は相棒であり、相棒は俺である。俺が死んだときは、まぁそういうことだ。

 だが、相棒も気持ちは同じだ。なにせ俺だからな。

 斧槍を握り、俺達は目の前に迫りくる敵達に相対する。

 

 様々な得物を持ったゴブリン、砲を持つフライデーモン、麻痺させる鞭持つレッサーデーモン、鎌を持つレディデーモンとアークデーモン。ハイオーク。そして奥にはデカい戦槌に、王様気取りの王冠の乗っけたグレーターデーモン。

 あれこれまとめて、六十って所か。それで周辺から感じる強い気配は十。だいたい六百って所か。

 よくもまぁ、俺一人に用意したものだ。軍団だ軍団。

 

 「ギャッギャッ!アトナテス!英傑アトナテス!」

 「あれが、英傑と謳われた男か。惜しいな。俺達オークが、このような嬲り殺しのようなことをせんといかんとは」

 「えぇっとアトナテス君だったか。ワシらの数を見て、早々に投降してくれると嬉しいのだが」

 「お断りだ」

 

 魔物共があれこれ言ってやがるが、奴らの軍門に下る気はない。

 

 「行くぜ、相棒」

 

 俺の言葉に相棒は、こくりと頷く。

 こんな時に英雄王のマネとは、心底愉快な奴だよお前は。

 ふっとにやついた笑みを、俺は引き締め直し。

 俺と相棒は、駆けだした。

 

 

 

――――――――――

 

 開幕早々、相棒のデスフレアを喰らわせる。

 デスフレアから免れたゴブリン達が、矢を射る。

 そいつらを斬ろうとすると、レディデーモン、アークデーモンが盾となり。

 奴らもろとも、フライデーモンが砲を俺に放つ。

 ドラゴンレイジで攻防を高めて耐え、煙に紛れてハイオークの猛攻が迫りくる。

 下手に傷をつけると、戦闘力が増すハイオーク達を斧槍で対処していると、狙いすましたかのように、グレーターデーモンの一撃が振り下ろされる。

 すんでの所で回避すると、こそこそと動いていたレッサーデーモンの鞭を食らう。

 

 統率された動きだ。多数の魔物が一つの生き物のように動いてやがる。

 これが軍の恐ろしさだ。例え目の前の魔物の攻撃を防ごうが回避しようが、別の魔物が着実に少しずつ、ダメージを与える。

 そして、やつらは圧倒的に多数だ。最初のデスフレアにより、戦いに感付いた奴らがどんどん増えていく。

 

 ウルティメイトフレア。

 

 敵が纏まった時、もっとも効果を発揮する俺達の必殺技だ。

 だが、それで殺しきれなければ、多数を処理する手段を俺達はしばらく失う。

 興奮状態になったハイオークの斧による連撃に、斧槍で処理が間に合わなくなり、徐々に押されていく。

 そして、グレーターデーモンの戦槌が振り下ろされ、相棒に直撃する。

 その衝撃と痛みに、苦悶の声を上げる相棒だが、負けじと角でグレーターデーモンの腹を突き刺し、俺が心臓を穿つ。

 ズズンと音を立てて、グレーターデーモンは崩れ落ちるが。

 まだ、敵は増える。矢が降り、太ももに矢が刺さる。

 斧が来る。鎌の飛来する斬撃が来る。鞭が来る。砲弾が来る。戦槌が来る。

 

 俺と相棒は戦い続けた。

 

 

 

――――――――――

 

 魔界の空は相も変わらず暗いな。

 大の字でぶっ倒れながら、俺はそんなことを考えていた。

 最初に崩れ落ちたのは、相棒だった。俺より体がデカい分、被弾する回数が多かったんだろう。

 相棒が倒れた後も、俺は戦い続けたが、レッサーデーモンの麻痺攻撃で痺れた所に、グレーターデーモンに殴られ、何とか立ち上がってみたが、袋叩きだ。

 

 念入りにレッサーデーモンの鞭を受けたせいか、息をするだけで、肺が痛てぇ。血が流れ過ぎた寒い。

 何より体が動かねぇ。

 全身がぐちゃぐちゃになったのか、斧槍を何とか握ってみるが、ただ手にあるという感触だけしか伝わらねぇ。

 これで、終わりか。まぁ大暴れしてやった。ざまぁみろだ。

 

 「まったく。たった一人捕まえるだけで、八割も消されるとは思わなかったよ」

 

 男か、女かも分かんねぇ、気味の悪い声が聞こえる。周囲の魔物共がガード様と呼び、ざわついている。

 ガードと呼ばれたそいつは、俺を覗き込むと。仮面越しで確信は持てないが、笑った気がした。

 

 「おぉ生きていたか。よかったよかった」

 「今死ぬところだ。ほっとけ」

 「それは困るな。我ら魔王軍の為、お前の力を利用させてもらおう」

 「何だと?」

 

 言うが早いか、ガードの仮面に描かれた目がボゥと光り、俺はその光を見て。

 精神を支配する類の魔法と見て、斧槍で首を斬ろうとしたが、体が動かねぇ。

 畜生。

 

 「ぐぁあああ!」

 

 ガードの光が、俺の意識を消していく。

 残された魔力を振り絞って、何とか抗ってみたが、その意識すら奪われたのを最後に、俺は意識を失った。

 

 

 

――――――――――

 

 「支配完了だ。さぁ立つがいい」

 「……あぁ」

 

 ガードの命令に、傷付いたアトナテスは、ゆっくりとだが、ふらりと立ち上がる。

 しかし、その目は虚ろ。目の前にいるガードの姿を写してはいない。

 虚空を写したアトナテスは、さながら呆けた美丈夫だ。

 

 だが、ガードはもちろん。この場にいる魔物達は、アトナテスと紫竜の力を知っている。

 周囲の凹凸に砕かれ、或いは斬り裂かれた地。未だに燃え続ける黒い炎。

 そしてどこを見まわしても転がっている、死体の数々。

 それらが、すべてアトナテスと紫竜の戦闘によって残された跡だ。

 誰一人として、その呆けた美丈夫の警戒を解いてはいない。

 例外があるとしたら、力を知っているものの、精神を支配した。そう思っているガードくらいだ。しかし、その仮面したにある余裕もすぐにはがされる。

 

 「ふふふ、どれ。まずはそうだな。お前の支配者たる者の名を言ってみ――っ!」

 「ガード様!」

 

 嘲るガードに対して、アトナテスの返答は。

 神々の加護を授かる斧槍による、鋭い突きだった。

 

 その突きは、ガードを逸れ虚空を突いていた。精神支配の魔法による効果だ。

 そして、アトナテスの動きを察したハイオークが、とっさにガードを突き飛ばした結果だ。

 アトナテスの攻撃は無意味だった。

 だが、ガードは心底肝を冷やし、他の魔物同様、再度アトナテスを警戒した。

 そもそも、精神支配された人間が、支配主を攻撃するということは、ありえないのだ。

 

 英傑アトナテス。支配の魔法を受け、なおもその精神を支配するに至らず。

 そして、支配を受けなお、武勇衰えず。

 今なお恐ろしき、魔竜騎士。

 

 「ふふふ。まぁいい精神支配を受けてなお、それだけ動けるのだ。丁重に扱うとしよう。傷を治してやれ、そして飯はそうだな。物質界の食事に、妙に詳しいデーモンがいたな。物質界の食事をあいつに作らせておけ。さて、魔王様の元へ向かうとしよう」

 

 ガードはいくつか命令を魔物に下し、魔王の元へと去った。

 かくして、英傑アトナテスの食糧事情が解決した。

 

 そして、それからあまり時を経たず。

 ある戦地にて、アトナテスは彼に縁が深い者の末裔と戦い。

 彼がよく知る者達の協力の元、再び物質界を守る為にその斧槍を掲げた。

 

 

 

 深淵で飯を食す者アトナテス   ―完―

 

 

 

 ――――――――――

 ガードの支配下に置かれたアトナテスメモ

 (飯は文句なく美味いが、なんで酒は出ないんだ畜生)

 

 ――――――――――

 蛇足

 

 某国の王子の悩み

 

 

 

 今日も勝てなかった。

 相手は、英雄王と共に千年戦争を戦い生き延び、その後魔界でも戦い続けたという英傑アトナテスだ。

 その場に偶然居合わせていた、俺よりも剣の重みがある白の皇帝ですら、一本取ることもできなかった。

 ほとんどの人は、相手が相手だ。仕方ないと慰みの言葉をかけてくれるが、俺も。強さという基準では王国よりも、より深く重い意味を持つ皇帝も、仕方ないでは納得できない。

 

 どうすれば強くなれるのか。

 俺と皇帝と、アトナテスの三人でグラスを片手に、強さに関する議論をしていた。

 酒を持っているので、いささか違和感があるが、やってることはさながら教師と生徒二人の講習だろう。

 だが、そのアトナテスが。

 

 「別に、国の長としてなら、お前達の剣の技量は十分すぎる程あると思うぜ」

 

 そう言うと、あとは酒を楽しむかとでも言いたげに、グビグビと飲み始めたので、俺と皇帝は待ったをかける。

 アトナテス、かの伝説の人物に実力を認められているのは嬉しいが。

 俺達を打ちのめした人物に、慰められるのは勘弁願いたいものだ。

 

 「あぁん?何勘違いしてるか知らねぇが、お前達は十分強いさ」

 「……仮に、貴様が今。俺と殺し合えば、貴様は白の皇帝になれるぞ」

 

 白の帝国。国是は身分は関係ない、最も強き者よ、至高たれ。

 アトナテスが、今ここで皇帝を殺害したら、次の白の皇帝はアトナテスになる。

 それでも、まだ十分に強いのかと皇帝は問うているのだろう。

 

 「んじゃ仮の話を続けるが。俺が皇帝になったとしよう。たぶん国は数年持たずつぶれるか、皇帝の座はすぐに変わる。俺は王の器じゃない」

 

 アトナテス皇帝。うむ、酒を飲みに玉座からふらりといなくなり、そのまま何年も帰ってこず。気が付けば別人が皇帝になっていてもそっか、頑張れよとでも言って、またふらりと消えてしまいそうだ。

 まぁ、彼が自らを王の器じゃないと言ったのは、そう言ったことではないだろう。

 

 「貴様は、俺と王子には、その王の器とやらが、あるというのか」

 「あぁ、だからお前達は強い。ともすれば、英雄王を超える程にな」

 

 英雄王。

 物質界、魔界、天界ですら、彼の存在を知らぬ者はいない、俺の偉大なる先祖だ。

 そんな英雄王を、俺と皇帝の強さは超えているとアトナテスは言う。

 少なくとも、俺達を負かせた。アトナテスと実力は同じという英雄王よりもだ。

 やはり、しっくりこない。皇帝もそうだろう、何故だという顔を浮かべている。

 

 「英雄王、あいつはな」

 

 そう言うと、アトナテスの顔は千年前に戻る。

 英傑と呼ばれる偉大なるお方達は、英雄王の話をする時は皆、顔が千年前。

 英雄王の仲間であった頃に、俺が知らない彼らの顔になる。英雄王が見知っているはずの顔になる。

 

 「強かったよ。俺とあいつの実力は同格と言うが。んなことはねぇ。今だからはっきり言うが、あいつの方が強い。魔王ガリウスを単身でぶった斬ったのは、後にも先にもあいつだけだ」

 

 アトナテスの言葉に、俺はガリウスがかつて言った言葉を思い出す。

 

 『今の予に、抵抗できる人間など、現世には存在せぬ。仮にかつての英雄王でも居れば別であろうがな』

 

 アトナテスの言葉に、ガリウスの言葉に、嘘偽りなければ。

 俺達のような、奇跡と奇跡の上で成り立った決戦でなければ、ガリウスには英雄王しか届かなかった。

 それが、事実だ。

 

 「だが、あいつはガリウスを完全に滅ぼせなかった。お前達は滅ぼした」

 

 そして、それもまた俺達が誇るべき事実だ。

 俺達は俺達の全力を賭して、魔王ガリウスを倒した。

 天界のいざこざで、まだ戦いは続くが、物質界を守り切った。

 

 「そこに、貴様の言う英雄王を超える強さがあると?」

 「あぁ」

 

 アトナテスが力強く頷く。それに、皇帝はある程度の答えを見出したのか、席を立つ。

 名残惜しいが、俺もそろそろ執務室へ戻らなければ。

 目の前にあるグラスを空にする。アトナテスはもう少し飲むようだ。

 

 「王子よ、もし分かんねぇなら、訳知り顔の占星術師に聞いてみた。あいつだけは、英雄王の全部を知っている」

 

 アトナテスの言う、訳知り顔の彼女の顔を思い出し、俺は頷いた。

 

 




カリスマとスタミナが回復したら、捏造と過去改変と黒トゥアンと黒ユージェンおりゃんよわよわ王子が書く、ソラス視点の千年前戦争辺りの話を書くかも。
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