今年も冬がやってきている。
「泉さん、冷えますか?」
「いや、マフラーがあるから大丈夫」
ハラハラと雪が降り積もる中、僕たちは街路樹のある通りを歩いていた。
右手にはケーキの入った箱。今日は僕と彼女が初めて出会った日ということで、ちょっとしたお祝いをするつもりだった。
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「と、いうわけで。初契約記念おめでとう」
「……はい。ありがとうございます」
あの頃とは違い、ゆかりさんの笑みには″色″が付いた。色気がどうとかいう話ではなく、感情らしき温度を感じられるようになったのだ。
「……おいしい。美味しいです、泉さん!」
「それはよかった」
ショートケーキをつつきながら談笑。これこそが僕の求めていたものだと今ならハッキリ言える。
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「はい、僕の勝ち」
「ぐぬぬ……。い、泉さん、もう一回です! もう一回!」
ある日の昼、僕らはゲームで対戦していた。本来学習するアンドロイドに人間が勝てるわけがないのだが、意外にも勝負は成り立っていた。ネット知識だが習熟する範囲には個体差があるらしい。
社会人になるまで遊びらしい遊びをしてこなかった僕だが、存外手にコントローラーが馴染む。
「わー!? ハメじゃないですかそれぇ!」
「抜けようと思えば抜けられるよ」
こうして休日の時間は流れていく。今までの、機械だった自分からは考えられない程に、毎日が喜びに溢れていた。
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「泉さん、朝ですよ」
「ん……おはよう、ゆかりさん」
「はい。おはようございます。朝食はできておりますから、洗顔をどうぞ」
僕の朝はゆかりさんの声から始まる。彼女に起こされ、未覚醒状態の頭を冷水で目覚めさせる。
「いただきます」
「はい、いただきます」
食事は必ず二人で。栄養バランスの取れた朝食は僕の骨身を作り上げる。
「どうぞ」
「ありがとう」
僕が食後のコーヒーを味わう間、ゆかりさんは僕の出勤準備──主に持ち物チェックなど──を整えてくれる。迎え入れたばかりの頃は躊躇いがあったが、慣れは恐ろしいものだ。
「それじゃ、行ってきます。今日は早めに帰れると思います」
「はい。いってらっしゃいませ、泉さん」
出勤は億劫だが、仕事そのものは嫌いではなかった。アンドロイドの台頭で職業が限定化されている昨今、働けるという事実はありがたい。
「おはようございます」
「おー、おはよう宗介君」
上司との仲も良好。僕は恵まれているなぁと常々思う。
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私はアンドロイドの結月ゆかり。泉さんに仕える、ただ一体の存在。
私の思考は幸せで彩られていた。彼に奉仕できること。それが何よりの喜びだった。
アンドロイドは独自のネットワークを持つ。やろうと思えば全世界のアンドロイドと交流することも可能。しかしそれがあまり行われない理由として、雇用主のプライバシー保護やそもそもお仕えすることに集中しきっていて情報交換する暇がない、というものがある。
しかし、私の思考回路はあの日──泉さんに抱きしめられたあの日のことを頻繁にリプレイしていた。
『君がいる限り、幸せだよ』。そのお言葉を熱暴走寸前まで繰り返し想起する。私には、ああ、私にはとても過ぎた言葉。
それと同時に潜む不安。彼は何をトリガーとして、あのような行動に至ったのか。何故、嘔吐するまで追い詰められていたのか。
だから私はアンドロイドネットワークに接続し、泉さんの個人情報を秘匿した形で相談をすることにした。
《~~ということで、私の雇用主は嘔吐してしまいました。その理由として何が考えられるでしょうか》
様々な返答をいただいた。仕事上のストレス、幼少期のトラウマ、等々、それらしき情報は確認できたものの核心に迫るものはなかった。
彼が悩んでいるのならその憂いを取り除きたい。それは全アンドロイド共通の思考。
思考ルーチンに組み込まれた泉宗介さんという個人。私は終夜考えて、考えて──待つことにした。
彼がいつか、自分から解放されるまで。私は彼に仕えよう、と。
だから今日も念入りに掃除をして、二人分の食事を作り、彼の帰りを待つ。それが私の仕事であり、存在意義。
「ただいま帰りました」
「はい。お帰りなさいませ、泉さん」
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「ゆかりさん、漫画に興味はない?」
「閲覧媒体として優れているものと知覚しております」
最近になってようやく人間性を獲得した僕は、オリジナル漫画を作画していた。誰に見せるものでもないが、ゆかりさんには見せてもいいと判断。
「これ、読んでみてくれ」
「これは……」
「僕が書いた漫画。思ったまま、正直な感想を教えてくれ」
真剣な表情で僕の漫画を読むゆかりさん。全二十ページぐらいの短い話なため読了に時間はかからなかった。
「……読みました」
「どうだった?」
「正直に言いますと、画力は常人の域を抜けていません。しかし……味がある、と言いますか……私の″興味″をそそる、誘惑する力があります」
「ストーリーはどうだった?」
「泉さんらしさがよく現れていたと思います」
その言葉が、僕の思考に雷鳴をとどろかす。
僕らしさ。それは一体、どのようなものなのか。
「……僕らしいって、どんな感じ?」
「ただそこにあるという、安心感のようなものが見受けられました」
「……そうか。ありがとうゆかりさん。また書いたら読んでくれ」
「はい、楽しみにしています」
僕は26歳にしてようやく泉宗介という個人を取得した。それの慣らしになればいいなと、再びペンを取った。
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「ゆかりさん、カラオケ行かない?」
「!! いいんですか!?」
「おお、やけに食いつきがよろしい」
犬だったら尻尾をブンブン振っているのでは、と思うぐらいにゆかりさんの表情には活気が溢れていた。
何故カラオケになぞ行こうと思ったのか。それは最近会社の付き合いで歌ったのが意外と楽しいと思ったからだ。
この僕が『楽しい』と思わされた。それは僕らしさの発見に近づける、大きな進歩だった。
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「ふふん、それでは見せてあげましょう! このゆかりさんの歌唱力を!」
「おお、自信満々」
ボイスロイドなだけあって歌唱力は凄まじいものだった。僕は平々凡々な点数だったが、ゆかりさんは終始高得点。
「ふー、たくさん歌いましたね!」
「そうだね。ゆかりさん、今日は楽しかった?」
「はい! 泉さんとのお出かけはとても楽しいです!」
「……そうですか」
「!? 泉さんが、笑った……?」
「……そんなに珍しい光景?」
口元に手を当てて、ようやく自分の笑みを知覚する。そうか、僕は笑っていたのか……。
「……泉さんのお望みはなんですか?」
「? どうしたの。急にそんなこと聞いて」
「私は、もっと泉さんに幸せになってほしいです。アンドロイドとして生まれ持った存在理由は、仕える主の幸福ですから」
……僕の望みか。思えば僕は昔から無欲な子供として生きてきた。というか、欲しいものやしたいことが薄くて、人間らしさを『───』から『泉宗介』になるまで失っていた。
そんな僕の望み。改めて考えて──やっぱり浮かぶのは、ゆかりさんの笑顔だった。
「ゆかりさんにもっと喜んでもらいたい。それが僕の望みだよ」
「……あ、あれ?表面温度が、高く……?」
「へぇ、アンドロイドも照れるんだね」
「わ、わた、私、照れて……?」
焦るゆかりさんを眺めて、やはり浮かんでくるのは笑みだった。
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「宗介君、今日は飲みに行かないのか?」
「今日は家でゆっくりしようと思います」
「そうか。お疲れー」
思えば、上司は人間性が希薄だった僕をよく飲みに連れていってくれていた。
今思えばそれは社内に僕が溶け込めるように色々と計らってくれていたということだ。今日は断ってしまったが、改めて感謝しなければ。
タイムカードを切り、帰路につく。思い浮かぶのはゆかりさんの顔。今日も笑ってくれたらいいなと思いながら、玄関の鍵を開けた。
「ただいま帰りました」
「はい。お帰りなさいませ、泉さん」
決まりきったやりとり。しかし、どうもそれが心地良い。
シャワーを浴びてリビングに戻ると、クラッカーが鳴る音が部屋に響いた。そういえば昨日購入したんだっけ……?
「誕生日おめでとうございます、泉さん!」
「ふふ、やけに元気だね」
「愛する方の生まれた日ですから、テンションも上がりますよ!」
「──愛。ですか」
その言葉はまさしく天啓だった。
……そうか。僕は、僕のために生きてくれる、ゆかりさんを愛して、愛されていたのか。
「さあさあ、ご飯にしましょう。今日は気合いを入れました──っ? い、泉さん……?」
彼女の前髪を捲り、その額に口づけを一つ。26歳にもなってやることではないが、僕がそうしたいと思った。誰にも文句は言わせない。
「ありがとう、ゆかりさん。……幸せだ」
「! ……ふふ、はい! これからもっと幸せになりますよ!」
言われるまでもない。これが、僕が僕である証明だ。