コナンくんがめっちゃ見てくる   作:ラゼ

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評価、感想、ここ好きボタン等ありがとうございます。モチベーション上がるんで筆が進みますぜ兄貴。


二話

 カプセルホテル生活二日目……窮屈な生活を強いられているが、現状を思えばベッドで寝られるだけでもありがたいだろう。

 

 あのあと快斗くんに寺井(じい)さんというご老人を紹介されたのだが、お金のみならず色々と便宜を図ってもらって大助かりだった。

 

 ちなみに寺井さんとは、劇場版『業火の向日葵』にちょろっと出てきたお爺さんだ。明言はされていないが、阿笠博士が言う『知り合いのバーテンダー』とは彼のことだろう。

 

 怪盗キッドを陰ながら補佐する超有能なお爺さんにして、初代と二代目の間に少しだけキッドとして活動していた過去もあるお方だ。快斗くんの活動も、彼なくしては相当に支障をきたすだろう。

 

 ──なし崩し的に快斗くんの家に居候でもしようかと考えていた僕だが、コナンくんのせいでそうもいかなくなった。僕は彼に顔を覚えられていて、なおかつ怪盗キッドを頼ったとも知られているのだ。

 

 となれば、僕の周囲に怪しい人間がいればそれだけで疑いの対象になってしまう。そんな危険は看過できないとのことで、必要以上の接近は禁止と言い渡されてしまった。とても悲しい。

 

 とはいっても、百万円ほどお借りできたので当分はなんとか生きていけるだろう。怪しげなスマホも頂けたので、これで働き口も探せるようになった。まあ会話も居場所も拾われてる気がするけど、別にそれで困ることもないので問題ない。

 

 それにある程度の『時期』は掴めたので、以降の金策に関してはなんとかなるかなという希望もある。快斗くんにそれとなく聞いたところ、ベルツリー急行に加えて宝石亀のエピソードも終了しているのは確認できた。

 

 そして出る作品を間違えてる空手家こと『京極真』とは、まだ対決していないとも。とすると、今は七十九巻から八十二巻までのどこかの時期という訳だ。

 

 まあ完全に巻数順に時間が流れている確証はないから、絶対ではないが……ある程度の指標にはなるだろう。ちゃんと毎日確認さえしていれば、競馬で一獲千金計画も安泰だ。

 

 あのレース……単勝で百倍なら、三連単はかなりのオッズを叩き出す筈。G1でもないレースの第七走なので、JRAの売得金は、三連単のみで言えば一億超えるかどうかだろう……つまりどんな賭け方をしても、客側の儲けが一億を超えることはない。

 

 とはいえ一着がわかっているというのは、恐ろしいアドバンテージだ。仮に十八頭立てだとしても、買うのは二百七十二通りで済む。

 

 二着と三着の人気にもよるが、単勝で万馬券なら三連単で十万馬券は確実、百万馬券も充分にあり得るだろう。競馬というのは結局のところ『取りっこ』で、詳しく説明するとキリがないが──要はオッズの高いところに多額の金を賭ければ、総取りに近い状況を生み出すこともできる訳だ。

 

 第七レースで儲けた金を、更に最終レースの『ダーケストナイトメア』にぶっこめば、まあ間違いなく億は超えてくるだろう。そしてそこまで行けば、なんとか()()()()()()()()()()()()()

 

 無戸籍の人間は存在そのものが違法──なんてことは、もちろんない。複雑な事情で戸籍がない人間というのは、日本にも一定数存在するからだ。

 

 ただしそういった人間が戸籍を得るのは、結構ハードルが高い……まあ当たり前だけど。欲しい人間にポンポンと与えてしまえば、二重国籍やらスパイやら何でもござれになってしまう。

 

 家庭裁判所に申請し、就籍するというのが一番現実的な流れだが──この際、当該人物の過去に実態があるかないかで、認められる確率が大幅に変わる。

 

 要は『こんな感じで生きてきましたよ』という話に、ちゃんと実態が伴っているかが重要なのだ。キラキラネームの人が改名する際、『通称』をどれだけ使用してきたかが重要視されるような感じである。

 

 つまり過去や経歴が不透明な人間は審査に弾かれやすく、当然ながら僕のような存在はたぶん申請が通らない。

 

 戸籍がない人間の大きなデメリットは、国が認定する資格──つまり身分証明になる類のものは、試験資格すらないという点にある。これはもう、まともに生きるのは難しいレベルだ。

 

 とはいえ『住民票』さえあればなんとか正規の仕事に就くことはできるだろうし、こっちについては戸籍のあるなし関係なく登録できる権利がある。

 

 ただし……その手続きは通常のものに比べて非常に煩雑で、時間もかかる。そしてなにより、その()()()()()()が問題だ。

 

 なんせ自治体によって無戸籍者への対応がまちまちだったりするレベルである。職員にすらよくわからないから、たらい回しに次ぐたらい回しで、住民票の取得だけで一年以上かかった例もあるらしい。

 

 しかしそれを短縮できる可能性が一つある……そう、この世の真理『金』である。もちろん賄賂とかそういったものではなく、形式に則った上での方法だ。

 

 競馬で数億円を得たとすれば、これは一時所得にあたるだろう。となれば、半分くらいは税金で差っ引かれる計算になる。控除率が約二十パーセントの癖に、大金を当てれば更に半分持っていくあたりエグい商売だよね。

 

 まあ基本的に申告制だし、ネットでやり取りでもしていなければ税務署が動くことはまずないから、払戻金の脱税は暗黙の了解なところはあるけど……僕はちゃんと納めて、それを利用しようと考えている。

 

 億単位の納税をする人間が無戸籍で住民票もないなんて事態は、まず間違いなく前例がないだろう。そして前例がないのなら作ればいい。

 

 多額の税金を納めるという『義務』を果たした人間に、行政サービスという『権利』に制限がかかるのは如何なものか──という正論を盾に陳情するつもりだ。

 

 というより、そもそも納税の手続き自体に身分証明書や住民票が必要なので、そこをどうにかせずに税を納めるのは不可能だし。

 

 これ程の金額でそういったゴタゴタを起こせば、税務署も無視はできないから、責任者を引っ張り出せる可能性は高い。

 

 前例のない事柄であれば上の采配こそが鍵を握る訳で、つまり競馬での儲けは『交渉する権利』を買うようなものだ。

 

 行政というのは杓子定規な印象であるが、実はコネやらなんやらによって大きく変わるものが一つある……それは『対応速度』だ。

 

 『結果』を特別にしてしまえば叩かれる材料になるが、承認に時間がかかるものを早めるくらいならば大した問題にはならない。実際問題、権力者の意向は優先されるのがお決まりである。結局は金…! 地獄の沙汰も金次第…!

 

 ──とまあ、先行きにある程度の目途がついたので動きやすくはなった。人間、目標があれば生活に張りが出るってもんだ。

 

 当面の目標は『完全に自立』することで、漠然とした願望としては……劇場版『ベイカー街の亡霊』で登場した仮想体感ゲーム機『コクーン』の、開発理念と設計を見たいというところだろうか。むしろ可能なら再現してみたい。

 

 『名探偵コナン』は推理モノだけあってかなり現実に則した作品ではあるが、SFチックな要素も持ち合わせている。

 

 物語の根本とも言える『幼児化』に始まり、阿笠博士の発明、三水吉右衛門の絡繰り技術、身体能力が超人じみた方達、そして僕が興味津々な『コクーン』もそうだ。

 

 それまでとは毛色の違う脚本家が製作に携わったせいか、『ベイカー街の亡霊』は他の劇場版と比較すると少し異色の作品だ。阿笠博士の発明は『金さえかければ実現できそう』な範疇に収まっているのに対し──ん? いや、そうでもないか。

 

 まあギリギリ実現できなくもないんじゃないかレベルではあるだろう。一番アレなキック力増強シューズも、パワーアシストスーツが小型化したようなものだと思えば理解できる。実際、半ズボン型パワーアシストスーツなんてものなら既に開発されてるし。

 

 対して、現実と見紛う程の世界へダイブできる仮想体感ゲームなんてのは、最低でも数世紀は先の技術レベルだろう。僕も技術者の端くれとして、そういった技術がどう再現されているのか非常に気になるのだ。

 

 小泉紅子ちゃんが魔法使いではなかったと確認も取れてしまったし、もしこの世界で終生を過ごさなければいけないのなら、人生の目標は立てておくべきだよね。

 

 それに世界観そのものが大して変わらないのならば、同じ系統の職に就くのは当然の流れともいえる。潰しのきく職業でよかったぜ。

 

 『コンピューター? なにそれ?』な世界だったら本当に退屈していただろう。結局のところ、僕は電子的な生活とゲームが好きで技術者をやっているのだから。

 

 ──たとえ世界が変わろうと、僕の生き方は変わらない。面白おかしく、幸せに楽しく過ごすのが僕の目指す『生き方』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、お金に余裕ができたならするべきことは一つ……コナンくんにお金を返すことだ。たった五百円と言うなかれ、金額の多寡にかかわらず借りた金は返すのが礼儀だ。

 

 本来であれば、本人に直接会って礼を言うのが筋ではあるが──しかし色々と問い詰められて上手く誤魔化す自信がないので、前に考えていた通り毛利探偵事務所のポストに入れておくことにした。

 

 それにコナンくんと一緒にいると、基本的に事件が起きるのは間違いないのだ。原作、映画、アニオリ、その他のメディアミックスの事件が全て起きていると仮定するなら、一日一件以上のノルマを課されている訳だし。

 

 死体と寄り添う毎日ってどんな人生なんだ? 工藤新一時代から考えればいったいどれだけの死体を見てきたんだろう。そりゃパッと見で『死後数時間ってとこか…』なんてセリフも出るってもんだ。周囲の人間のメンタルも凄いよね。

 

「毛利探偵事務所、毛利探偵事務所……おっ、あれか」

 

 一見して普通の事務所だが、やっぱりファンとしては少しだけテンションが上がるものだ。ほうほう……向かいの建物が『聞こえるか? 毛利小五郎』事件の舞台だったのかな?

 

 物語として緊迫するシーンだったのは間違いないが、読者視点だとちょっと笑えてしまったのが、ネタ化される要因となったのだろう。

 

 お、あの喫茶店がポアロか。バーボンこと安室さんは……ええと、時系列を考えるとまだ公安だとバレてないってことでいいのかな。まあどちらにしても関わる気はないので、ちゃっちゃとポストにお金と手紙を入れて帰ろう。

 

 まごまごしていると『そういえば高校生くらいの少年がポストにそれを入れていましたよ』とかいう目撃証言が都合よく量産されることになる。

 

 右よし、左よし、よっしゃ今だ──ん? わお、首輪をつけた猫が歩いてきた。おいでおいで……よーしよし、いい子だ。

 

 首輪をつけてるから半ノラかな? ちなみに僕は圧倒的に猫派である。ああ可愛い……癒されるぅ。アニマルセラピーって素晴らしい。

 

 …はて、妙に体が冷たいなこの子。首輪も冷えてるし……ん? なにかレシートらしきものが挟まっている。

 

 これは──タクシーのレシート? …おっと、文字が不自然に消えて……あ、これアレだ。少年探偵団がクール便のトラックに閉じ込められた時のやつだ。哀ちゃんのセーターがほつれて裸になるという、お茶の間を冷えさせた回。

 

 『ポアロに餌をねだりにいく』というこの猫のライフスタイルを利用し、首輪に暗号レシートを挟んで安室さんに助けを求めた……んだったよな、確か。

 

 ぽっと出の犯人ごとき、腕時計型麻酔銃とキック力増強シューズを備えたコナンくんの敵ではない……と思いきや、冷えて電圧が下がったとかいうよくわからない理由で使用不能になってたんだっけか。

 

 ドラえもん映画で、四次元ポケットが使用不可になるような感じだろうか。雪山だろうが水中だろうが普通に使えた描写はあるのに、たかが冷蔵車に乗った程度で使用不能ってどういうことなんだ。

 

 ──この事件は、哀ちゃん推し読者向けの回と思いきや……光彦くんが裸の哀ちゃんと密着するという、コ哀派の脳を破壊する物語である。

 

 というかどの読者層に向けて描いたのかよくわからない話でもある。ただただ光彦くんにヘイトが集まっただけなんじゃないか? ピカチュウとチョッパーにも二次被害が及んだともっぱらの噂だ。

 

 …それはともかく、僕がこれ持ってたらダメじゃん。元に戻しておこう……あれ? 猫ちゃんは……あ、既に隣の喫茶店で餌を貰ってる。

 

 えーと……仕方ない、印象には残ってしまうが『その子の首輪に挟まってましたよ』ってレシート渡せば問題ないだろう。

 

 確か榎本梓ちゃん、だったよね。安室さんとのカップリングを仄めかされたせいで炎上した娘。腐女子や夢女子の脳内でめった刺しにされてそうなお嬢さん。

 

「すいま──あぁぁっ!?」

「え? あ、あの……大丈夫ですか?」

 

 か、風でレシートが飛ばされた…! こんなとこで原作再現要素いらないんですけど。僕、しっかり掴んでたよね?

 

 くっ……あの風からは『必ずレシートを飛ばす』という絶対の意思を感じたぞ、ちくしょう*1。まずい、アレがないと安室さんがコナンくんたちに辿り着けなくなる。

 

 まさか少年探偵団全滅ルートなんてことはないと思うけど、もしもを考えると怖すぎる。次の日のニュースで『子供五人が凍った状態で発見され…』とか出たらトラウマってレベルじゃないぞ。

 

 ええと、ええと……そうだ、安室さんが言ってたじゃないか。『風力、方向……この周辺の建造物の立地状況を考慮に入れてシミュレーションすれば……風の流れが読めて飛ばされた先が絞り込める筈…』って。僕もそれに倣ってレシートの行方を──

 

 …探せるかっ!!

 

「どうかしたんですか?」

「あ、安室さん。えっと、この人がなにか困ってるみたいで…」

「や、その……あー…」

 

 …どうするのが正解なんだ? こういう時にさらっと解決策を導き出せる人間になりたいものだ。そういやコナン世界は切れ者でなくとも、犯人にさえなれば知力とアドリブ力と演技力が大幅に上昇するから……全身黒タイツにでもなってみるか? いやもう、焦りすぎて訳のわからないことを考えてるな。

 

 ──とにかく、安室さんを工藤邸に連れていけばなんとかしてくれるんじゃないか? もう無理やりでもいいから元の流れに繋げなければ…! 本当にコナンくんが死んじゃったら罪悪感で眠れない自信がある。

 

「不躾で申し訳ないんですが、僕と一緒にきてくれませんか? 人の命がかかってるんです」

「え?」

「その……説明が難しくて、どう言えばいいのか困ってるんですけど……とにかく付いてきてほしいんです」

「──わかった。案内してくれるかい」

「あ、安室さん? いいんですか?」

「ええ。なにやら込み入った事情がありそうですし」

「でも絶対に危ないですよ! …それに、あなたも……人の命がかかってるんなら、警察に通報した方がいいんじゃないですか?」

「あっ」

「えっ?」

「それだ…!」

「えぇ…」

 

 そうだ、普通に警察へ電話すればいいのか。当たり前すぎて逆に気付かなかった…! 原作がどうのとか考えてる弊害だな、これは。

 

 まあレシートの暗号だとか言っても取り合ってくれないだろうから、普通に被害者が助けを求めてたってことにしよう。

 

 そうと決まれば110番にお電話よっと……ん? なんだよバーボン、なんで僕の腕を掴むんだ。もう君に用はないぞ。

 

「急いでるんだろ? 警察じゃ間に合わないかもしれないし、こう見えて腕に自信もあるんでね」

「え? あ、いや」

「──それに、警察より先に僕を頼ろうとした理由も気になるし……ね」

 

 うー……頭の回転が足りないばっかりに、自分から怪しまれる要因を作ってしまった。やめて引っ張らないで連れていかないで。後は警察に任せたいんだ僕は…! あっ、彼も一応警察か。

 

「場所は近いのかい?」

「徒歩でいけなくもないですけど……じゃなくて、あの、本当にもう大丈夫で──」

 

 あぁ……車を取りに行ってしまった。今のうちに逃げた方がいいだろうか? いや、それだと余計に怪しまれる。事件に巻き込まれそうなんて冗談めかして言ったが、ズバリだったなぁ。

 

 のんきに餌を食べてるニャンコめ、君のせいだぞまったく……ん? そういえばこの子ってオスの三毛猫で、うん百万の値がつくんだっけ。

 

 …いかんいかん、そんな猫好きの風上にも置けないことを考えては……でも一応ちょっとだけ確認してみるか。おっ、やっぱりオスだね……最低百万……下手すれば一千万……あれ、借金そのまま返せるんじゃ──

 

 …くっ、やめろ僕の中の悪魔め。誘惑するんじゃない。そうだ、梓ちゃんと会話でもして気を紛らわそう。

 

「可愛いですねぇ、この猫。諭吉くんでしたっけ?」

「大尉です」

 

 バーボンまだかなー……あ、きたきた。白く輝くRX-7(セブン)がたまりませんねぇ、はい。公安ってどんだけ給料いいんだ? そういえば組織ってお給料出るのかな。出るとしても銀行振り込みはないだろうから、手渡しが原則だろう。ウォッカが『今月は多いですぜ、兄貴』とか言ってたら笑える。

 

「それで、どこへ向かえばいいんだい?」

「えーと……米花町二丁目二十一番地ですね」

「了解。警察にはもう?」

「いえ、まだです……あっ」

 

 …このスマホで警察に通報して大丈夫だろうか。いやまあ、善意の第三者だしそんな詳しく調べられるようなことはないだろうけど……うう、彼の視線が痛い。ここで通報しないという選択肢は流石にないか。

 

『もしもし警察ですか? …ええと、事件……でいいのかな。先ほど妙な紙を拾いまして。もしかしたらイタズラかもしれないんですけど、クール便のトラックに閉じ込められた上、そこで死体を発見した……ようなことを示唆する内容だったんです。たぶんいま米花町を走っているトラックのことかと……はい、ええ。紙が風で飛んでしまったので詳細はちょっとわからないんですが、もし本当なら通報した方がいいと思って……はい。車のナンバーは──』

 

 …よし。なんてやってる間に着いてしまった訳だけど。まあ毛利探偵事務所は米花町五丁目だから、車だとほんの数分の距離だ。そして、本来であれば安室さんがレシートを探して推理する展開だったのだが……そのへんすっ飛ばしちゃったから、犯人たちより先に到着してしまったようだ。

 

「ここかい?」

「そうですね。たぶんここに来るんじゃないかと」

「…へぇ。警察に話していた限りだと、そこまで推測できる要素はなかったように思えるけど」

「あ……や、実際は犯人に見られてもわからないように暗号で書かれてたので」

「なら君は、それを解き明かす頭脳を持った人物という訳だ」

「ええ。足の速さには自信があります」

「耳は遠いみたいだね…」

 

 なんかどんどんドツボにハマってる気がする。というかもうちょっと車を工藤邸から離してくれないかなぁ……なんか二階の窓から視線をビシバシ感じるなぁ……バーボン、後ろ後ろー。

 

 まあこちらからは姿を確認できないんだけど、絶対見られてる気がする。バーボンといるせいで組織の仲間と勘違いされて、FBIに拘束とかされたらどうしよう。

 

 …ん? 待てよ、FBIに保護されて証人保護プログラムで新たな戸籍をスムーズに得るという方法も……いや、ないか。保護プログラムを受ける前提として、明確な身の危険というものが必要になる。

 

 そんな危険な橋を渡るくらいなら、まだ目の前の彼に頼った方がマシだ。公安から法務省に掛け合ってくれたりしないかな? …まあそんなお願いを出来るような仲になるなら、結局は危ない橋を渡ってそうだが。

 

「そういえば僕を頼った理由もまだ聞いてなかったな。なぜ君は『警察への通報』という当然の手段を差し置いて、僕へ助力を頼んだんだい?」

「それは…」

 

 なんでコナンの登場人物は細かいことを異常に気にするんだ? そろそろ僕の頭脳じゃ言い訳を思いつかないんだけど。これじゃもう……もう……全部コナンくんのせいにするしかないじゃない。

 

「…それは?」

「暗号が書かれたレシートに書いてあったんですよ。『喫茶ポアロの安室さんを頼れ』って、コナンくんから」

「…! なるほど、あの子が…」

「きっと警察より頼りになる方なんだろうなぁと思いまして」

「──だったらなぜ最初に事情を話してくれなかったのかな?」

「『説明するのが難しくて』って最初に言ったじゃないですか。僕も少し混乱してたので…」

 

 うむ、これで矛盾もないだろう。後は彼がコナンくんに何か聞こうとしたら邪魔をしてー、コナンくんがこの前のことを聞こうとしたらはぐらかしてー……難易度高いなちくしょうめ。

 

 …まっ、未来のことは未来の僕がなんとかするだろう。責任とは自分に押し付けるものである。

 

「…」

「…」

 

 しかしなんか喋ってくれないかなー。二人っきりの車内で沈黙とか、空気が重いんですけど。猫かぶってる時は陽キャなんだから、もっと僕に気を使ってくれてもいいのよ。

 

 そうだ、よかったら好きなお酒の話でもする? 僕はライ! …とか言ったら殺されそうだな。他になんか話題でも──そういえば彼って何人とのハーフなんだろう。まだ明かされてなかった筈だが、直接聞けるなら聞いてみたいってのはあるよね。

 

「安室さんはハーフなんですか?」

「…ああ、そうだが」

「僕もピザを頼む時はハーフ&ハーフが鉄板ですよ」

「!?」

「安室さんはどこのピザが好きですか?」

「君の会話はどこに向かってるんだい?」

 

 そういや彼、混血ということで色々あったんだっけ。『…ああ、そうだが』の言葉に微妙な不快感が混ざっていたので話を逸らしたが、他になんか共通の話題あったかなぁ。

 

 『安室透』……名探偵コナンのキャラクターの中でも凄まじい人気を誇るイケメン。そして劇場版の興行収入百億を超えさせかけた『百億の男』。うーん…

 

「安室さんは百億あったらどうします?」

「君、とてもマイペースだって言われないか?」

「よく言われますけど……正直どこを指して言ってるのかわからないんですよね。あ、百億ってもちろん円ですよ」

「そういうところじゃないかな」

「おっ、クール便のトラックきましたよ」

「そういうところじゃないかな」

 

 阿笠博士の家の前にトラックが止まり、二人の男が出てきた。ちょうど僕らが停めているところの手前で、次に発進する時はこっちも車を動かさないと通れないだろう。まあ彼らが次に乗るのはパトカーだろうけど。

 

 しかし同僚が誤って人を殺してしまったからといって、『財布から金抜いたろ!』となる人間ってどういう思考回路してるんだろう。

 

 挙句の果てに『ガキ五人も追加や!』とか、日本で育ったとは思えないほどサイコパスだよね。彼の倫理観はいったいどこを彷徨ってるんだ。

 

「…? なんだお前ら」

 

 後ろの扉を開けて荷物を下ろしている彼らに近付いて、中を覗き込む。これで誰もいなかったら安室さんにめっちゃ睨まれそう。いるよね? 大丈夫だよね?

 

 あ、そういえば光彦くんが低体温症になってたっけ…? 温かい飲み物でも買ってくるんだった。でも哀ちゃんの体温でリザレクションしてたから大丈夫か。

 

「失礼、中に誰か居ないか確認させてもらえませんか?」

「はあ? …誰もいねえよ──」

「い、いるぞー! 探偵の兄ちゃん!」

「助けて~!」

「この人たち殺人犯です!」

 

 おお、よかったよかった。元気な高木刑事の声が……じゃなかった、元太くんの声が聞こえる。いやまあ一緒だけど。

 

 中に子供がいたことに驚愕した犯人だったが、瞬時に思考を切り替えて『全員殺すしかないな…』と呟いた。怖すぎない? むしろこれまでの人生で殺人を犯していなかったことこそが、ちょっとした奇跡だったんじゃないだろうか。

 

 ──そしてその呟きを聞いた安室さんは、瞬時に彼の前へステップし、拳を叩き込んで犯人を地に沈めた。血を吐いたように見えたが、大丈夫か?

 

 骨が折れて内臓系に突き刺さりでもしなきゃ、殴られて吐血なんかしないよね。ええと……うん、殴られた拍子に舌を噛んだに違いない。そういうことにしておこう。

 

「──がはっ…!?」

「くくく、彼はボクシングが得意でね。君もやるかい?」

「ひっ! い、いや…」

「君が言うのか…」

 

 トラックの中にあったガムテープを拝借し、安室さんが犯人たちをグルグル巻きにしていく。手際良いなぁ……こういうこと慣れてる感じ?

 

 降りてきた少年たちの方を見ると、コナンくん以外が『誰コイツ』みたいな目で見てきた。そしてコナンくんの方はというと、超絶シリアスな顔で僕を見ている。

 

 …ええと、怪盗キッドの件じゃなくて……これはアレだな。『バーボンと一緒にいるってことは、やはり組織の…!?』って考えてる顔だね。

 

 いやさ、直前で気が付いたの。僕が安室さんと一緒にいたら、コナンくん視点だと完全に組織認定するよねって。

 

「…なんで……お兄さんがここにいるの…?」

「君が助けを呼んだからじゃないか。レシートの暗号を出したのはコナンくんだろ?」

「…っ!」

 

 見てくる。コナンくんがめっちゃ見てくる。そもそもあの暗号は『喫茶ポアロには大尉が餌をねだりにくる』という情報を知っている人間に向けて発信されたものだ。それ以外の人間が見ても、まず真に受けることはないだろう。そりゃ疑いも深くなるってもんだ。

 

 うむむ……嫌な勘違いをされるものだ。だからといって『僕は組織の人間じゃないからね』なんて言えばますます怪しいだろうし。

 

 どうしたものか──あ、そうだ。対組織センサーちゃんこと、哀ちゃんに判定してもらえばいいんじゃないか?

 

 物語が進むにつれて感度が悪くなっていくものの、目の前の男が組織の人間かどうかくらいはわかってくれるだろう。彼女にノットギルティをくだされたなら、とりあえずコナンくんも落ち着くだろう。

 

 …しかし近付こうとした瞬間、コナンくんが片腕を伸ばして彼女をかばった。フードを深く被って彼の背に隠れる哀ちゃんは、まるで組織の人間を警戒でもしているようだ。

 

 …あ、バーボンがいるからか。彼はベルツリー急行で宮野志保に扮した怪盗キッドと顔を合わせている──子供状態とはいえ、哀ちゃんを見れば何かしら勘付く可能性があるだろう。

 

 ちぇっ、タイミングが悪いな。疑われたままというのは嫌だが、しかしそれで何かデメリットがあるかと言えばそうでもない。

 

 そもそも生活圏を被らせる気もないし、今日はお金を返しにきただけなのだ。これ以降、彼らに関わることはないだろう……いや、振りじゃなくて。本当に。

 

「コナンくん、これ……助かったよ。ありがとね」

「え?」

 

 伸ばされた手を引っ張って、右手に五百円玉をギュッと握らせる。呆気にとられた彼を尻目に、僕は踵を返してこの場を後にした。そろそろ警察もくるだろうし、事情聴取はめんどくさいのでお断りだ。

 

 安室さんとコナンくんが会話したら、僕の発言の矛盾が明るみに出る可能性はあるが……まあアレコレ推測するのも、僕が居ないところでやってくれるんならどうでもいいや。

 

 ──しかし二つ目の曲がり角に差し掛かったところで、唐突に後ろから声をかけられた。振り向くとそこには、少し息を切らしたコナンくん。そして意を決したように僕へ問いかける。

 

「…お兄さんは……いったい何者なの?」

 

 何者なの? って聞かれてスムーズに答えられる人いる? しかも大人ならまだ『○○会社に勤めている○○です』とか言えるけど、僕の見た目は高校生くらいだぞ。何者って聞かれてどこどこの高校ですって、なんか違うよね。

 

 とりあえず敵じゃないことだけは伝えといた方がいいか? ここまで疑われてるなら、もう何も知らない振りしてる方が逆に怪しいだろう。

 

 『…コナンくん、僕は敵じゃないんだ。それだけは信じてくれ』とかどうだろう。実際に何一つ嘘はついてないんだから、信じてくれたっていいと思うの。よし、それでいこう。

 

「…コナ、く」

 

 痛っ、舌かんじゃった。

 

「…っ! ──コニャック…!?」

 

 なんでやねん。君の耳はいったいどうなってるんだ? 確かにそう聞こえなくもなかったけどさ。とはいえ名探偵コナンという作品において、空耳や聞き間違いは推理の根幹に関わることが多いし、仕方ないか。

 

 お前それちょっと無理あるだろ、という聞き間違いも少なくない。それを考えると、一概に彼を責めるべきではないのかもしれないな……この世界の人は鼓膜の性能がちょっと低いとかありそう。

 

 『工藤やなくて苦労や、苦労!』とか『工藤やなくてくどいや、く・ど・い!』とか『嫁にとるやなくて、強めにとる言うたんや』とか……ん? ぜんぶ服部平次のセリフやんけ!

 

「コ、コニャックじゃなくてコナンくんね、コナンくん。というかそんな聞き間違いある?」

「…」

 

 な、なんで沈黙? いや、もし本当にコニャックだったとしてもここで言う訳ないでしょ!? …想定していたよりずっと当たりが強いこの感じ……となると、『盗聴器と発信機を回収された』可能性が高いな。

 

 快斗くんが車に引っ付けた盗聴器は、首尾よくいけば追跡眼鏡の範囲外まで走り抜けて回収不能になったのだろうが──範囲内が目的地だった場合、コナンくんが追いついてしまうことも有り得た訳だ。

 

 その場合、彼は『トランプにくっついた盗聴器と発信機』を発見したってことで……すなわち『会話を聞かれていたことを僕が把握した』と気付くことになる。

 

 盗聴の事実を認識されていないなら、少しずつ泳がせて情報を探るのがコナンくん流だろう。しかし『会話を聞かれたこと』を知られているとなれば、もはや悠長に待つ意味はない。

 

 彼の性格なら直で聞いてくることも考えていたが……いや、なんか想定より更に悪い感じになってない? おのれバーボン…!

 

「…コナンくん」

「…!」

「…コニャンくん」

「っ!?」

 

 なんか逆に面白くなってきたな。とはいえ、これ以上は押しても引いても誤解が深まるばかりだろう。

 

 ま、これから関わることがなければ、最終的に『そういえばあの人って結局なんだったんだろう…』みたいに忘れ去られるに違いない。今日は不幸な遭遇が生んだ悲しい行き違いだったのだ。

 

「全てに決着がついたら……その時は楽しくお喋りでもしようね。だから今日はバイバイ、コナンくん」

「…っ! 待っ──」

 

 足の速さなんて大したメリットじゃないなんて言ってしまったが、こういう時は役に立つ。ま、安室さんが公安だとわかったら僕への疑念も少しは薄まるだろうし……コナンくんが組織に近付けば近付くほど、僕がまったく関係ない人間だと理解してくれる筈だ。その時まで彼らに遭遇しないよう気を付けていれば大丈夫だろう。

 

 …大丈夫だよね?

*1
気のせい


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