コナンくんがめっちゃ見てくる   作:ラゼ

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四話

 毛利探偵事務所……またそこへ向かうことになるとは、人生ってよくわからないものだ。まあコナンくんに会うためには、事務所で待つか小学校前で出待ちをするかくらいしか考えつかないのでしょうがない。連絡先を知っていれば話は別だが、もちろん彼の電話番号なんて知らないし。

 

 とにもかくにも、バーボンやベルモットの名前を出した以上は、コナンくんにある程度の説明をする必要があるだろう。あまりに誤解されたままだと、どういった不都合が起きるかわからない。というか、既にFBIにマークされてる可能性だって無きにしもあらずだ。

 

 一応、少し周囲を警戒するようにはしていたが、特に誰かから尾行されているようなことはなかったと思う──まあガチの本職相手だと気付けないかもしれないから、実際のところはどうだかわからないけど。

 

 それとなく周囲を見渡しながら、米花の街並みを歩き続ける……ああ、いったいこの町でどれほどの死体が量産されたのだろう。そこら中が事故物件だらけで、逆にそれが当たり前にでもなってそうだ。その辺を歩いている普通の人々も、何回かは事件に関わっていたりするのかな。

 

 この町に長居すると、コナンくんに会う前から事件に遭うことすらありえる。流石に爆発やらなんやらは少ないだろうが、ゼロとは言えないのが悲しいところだ。

 

 初期の方にあった『テキーラさん爆死事件』の放送後にスポンサーから抗議があったせいで、爆発案件を取り扱うのは少なくなったけど……とはいえ、最近あったベルツリー急行事件だって爆発起きてるから気は抜けない。殺人現場でも目撃した日には、犯人から付け狙われることだって考えられる。

 

 まあ逃げるだけなら、この足に追いつける人類はいないだろうから問題ないけど。生物の限界は超えていないが、人間の限界はちょっとばかし超えてるし。

 

 機材が揃うのなら、自分自身を実験対象にしてみたいものである。まあそっちの分野は門外漢だが、それでも気になってしまうのは性分だろう。

 

 そもそもキック力は大したことないのに走力だけが異常というのは、物理的におかしい。となれば、何かしらの概念的な現象が起きていると仮定すべきだろう。意外とそんなところから新技術が発見できて、ゲームに流用出来たりするかもしれないなって。

 

 …おや? 向こうから一人で歩いてくる少女は──もしかして哀ちゃんか? あまり一人で出歩いている印象はないが、なにかあったんだろうか。

 

 焦っている様子はないから、事件が起きているってことはないだろうが……でもちょうどよかった。彼女にコナンくんの連絡先を聞けば、わざわざ毛利探偵事務所へ行く必要がなくなる。

 

 まあ教えてくれるかは微妙なところだが、そのくらいちょっと調べればすぐわかるんだから、拒否されても困るというものだ。

 

 そうだ、普通に声をかけるのもなんだしちょっと驚かせてみよっと。そっと気配を殺しながら回り込んで、と……小さい背中にそっと近付き、両肩を押さえながら耳元で囁く。

 

「だーれだ?」

「きゃっ!?」

 

 驚いた哀ちゃんが慌てて振り向き、僕の顔を見て目を見開く──そしておもむろに防犯ブザーのスイッチを引き抜いた。なんという冷静で的確な判断力なんだ…!

 

「──近付かないで。防犯ブザーを鳴らすわよ」

「もう鳴ってるんですけど。あ、やっ、ちょっとそこの人、違うんです、携帯に手をかけないでやめて通報しないで。哀ちゃんなんとか言って!」

「…」

 

 くそっ、上下黒っぽい服装できたのが間違いだったのか? けど、だからっていきなり犯罪者扱いすることないじゃないか。別に変なことを考えて黒コーデにした訳じゃなく、何着も買う余裕はないから、汚れが目立ちにくい色にしただけなのに。

 

 哀ちゃんに半泣きで『やめてくれ』と懇願したら、なんとかブザーを止めていただけた。この状況で本当に警察がきた場合、戸籍無し身分証無しの不審者が少女に近付いたという、ガチの案件になりかねないのだ。

 

 割と洒落になってないので、本気でお願いしたのが効いたのかもしれない。少し呆れたような表情をされたが、気のせいという事にしておこう。

 

「あのさ、いくらなんでも酷くない?」

「…」

「哀ちゃん?」

「…」

 

 黙りこみながら、じっと僕の顔を見つめてくる哀ちゃん。ここで変顔でもしたら吹き出したりするのかな……いやまあそれは冗談だけど、いったい何を測られているのだろうか。

 

 自分で言うのもなんだが、組織の人間であればこんな醜態は晒さないと思うので、そこで判断してほしいところだ。よくわからない『組織の匂い』というのもしてないだろうし。

 

「そんな警戒しなくても、何もしないって。バーボンの件だって教えてあげただろ?」

「…」

 

 うーん……あ、そっか。僕がどこまで知ってるか、彼女からしたら何もわかっちゃいないんだった。下手に口を開いて、『灰原哀』と『宮野志保』の関係性──そして『シェリー』だってことを知られたくないのかもしれない。

 

 でもそこって、僕が彼女と会話する上で前提なところあるから、すっとぼける選択肢はないな。手っ取り早く()()認識してもらうには……うん、そのままシェリーって呼べばいいか。

 

「そうだ、どこかでお話でもしない? ──いいよね、シェリー」

「…っ!」

 

 驚き……というよりは『やっぱり』という感情と、ほんの少しの諦観が感じられる。なんだか罪悪感が湧き上がってきたが、これは僕が悪いのだろうか。

 

 覚悟を決めたような表情で、僕の横を歩く哀ちゃん。いやもう、先に彼女の雰囲気をなんとかしないと、(はた)から見ればまるで誘拐犯だ。もしくは少女をイジメている男子高校生だろうか。

 

 ──なにか一発芸でもかまして雰囲気を和らげようかと考えていたら、彼女がポツリと呟いた。

 

「…コニャック」

「え?」

「組織にいた頃、そんな名前は聞いたことがなかった……構成員に関しては、私の知っている情報なんてそう多くはないでしょうけど」

「そんなコードネームを名乗った覚えはないよ?」

「江戸川くんにそう名乗ったんでしょう?」

「あれは『コナンくん』って言おうとしたら、舌を噛んじゃっただけだよ。あの子の脳内でどう変換されたかしらないけど」

「…」

「…」

「…本当に?」

「本当だし、そもそもコナンくんにも舌噛んだだけって言ったし。だいたいさ、仮にコニャックだったとしてあそこで名乗る必要ある?」

「それは…」

「そのあと『コニャンくん』って言って、単語の類似性を指摘したつもりなんだけどね」

「…っ!」

 

 急に顔を逸らした哀ちゃんが、ほんのちょっと肩を震わせた。『コニャンくん』がツボに入ったらしい……猫耳を付けたコナンくんでも想像しているのだろうか。しかしすぐに警戒を張り直し、僕の顔をキッと睨む。

 

「だったらあなたは何者なの? ──何も知らないとは言わせないわよ」

「僕が何者かは言えないけど……コナンくんが知りたそうな情報はいくつかあるから、会って話したいんだよね。だから君に声をかけたって訳」

「…」

 

 うーん、中々に警戒が緩まないな。まあ正体を言えない時点で、簡単に信用してもらえるとは思ってないけどさ。そうだ、さっき考えていた一発芸でもしてみるか? もしくはユーモアに富んだ会話で、哀ちゃんのハートをがっちり掴むという手段もある……うむ、そうしよう。

 

「──君はシェリー」

「…ええ、そうよ」

「僕はチェリー」

「でしょうね」

「この相似(そうじ)をどう見る…?」

「自虐で笑いを取ろうとして、盛大に滑ったと見るべきかしら」

「わかってるなら笑ってほしいんですけど」

「イヤよ」

 

 ひどすぎる…! あまりに辛辣な言葉をかけられ、僕はその場でうずくまった。『でしょうね』ってなんだよ、『でしょうね』って。

 

 流石にこの歳で本当にチェリーって訳じゃないけど、それでも精一杯のギャグだったのに。まったく……ん? なんか背中を優しく叩かれた。そうか、流石に言い過ぎたと反省してくれたか。

 

「シェリーの名前は、今日からあなたに譲るわ」

「いらないんですけど。というか、君のはシェリー(さくらんぼ)酒じゃなくてワインの方だろ」

「あら、よく知ってるじゃない」

「そうだ、むしろ僕のチェリーを捧げ──あ、冗談ですごめん本気でドン引かないで」

「近寄らないで、ロリコン」

「いや、キミ本当は十八歳だろ……あ、どっちにしろロリコンか」

 

 まあ十八歳をロリと定義するかどうかは微妙なところだが。宮野志保をロリ扱いすると言うのなら──脳内で彼女を思い浮かべる時、常に裸体を想像しているジンさんがロリコンということになってしまう。

 

 しかしまあ……少し皮肉が入っているとはいえ、クスクスと笑いを零してくれたのは大きな進歩だろう。辛辣な発言もツッコミと考えれば、会話する上での相性も割と良い気がする。

 

 割と簡単に警戒心が減ったのは、彼女が意外とチョロいのか──もしくは、この世界の悪人はボケ役をしないというお約束があるのかもしれない。

 

「そういえば哀ちゃん、なんで一人で帰ってたの? 低学年の一人歩きは危ないぜ」

「他の子はポアロに行ってるの。雑誌で紹介されたとかで」

「──ああ、バーボンと顔を合わせたくないのか」

「…あなたなら知ってるのかしら? あの人がまだポアロに居続ける理由」

「ん……まあ、そうだね。そもそもあの人は──」

 

 歩きながら喋っていれば盗み聞きの心配は少ないと言われているが……一応トーンを落とした方がいいだろうか。まあ哀ちゃん関連のこともバリバリに喋っているので今更だが、なんとなく気分で彼女の耳元へ口を寄せる。

 

 いったいどんな情報が出てくるのかと、哀ちゃんが真剣な表情で顔を寄せてきた──ので、僕は彼女の耳にふっと息を吹きかけた。

 

「ぅきゃぁっ!?」

 

 小さな叫び声を上げた彼女に、僕はさっきの意地悪の仕返しだと言ってどや顔を決めた。やられっぱなしじゃ悔しいもんね──痛いっ! 怒った哀ちゃんの小さい足が、僕の靴にストンプを繰り返す。やめてくれ、靴は一足しかないんだ。

 

「ま、バーボンについてはコナンくんがいる時に話すよ。悪いけど連絡とってもらってもいい?」

「…いいけど、どこで話す気?」

「そっちが決めていいよ。まあ毛利探偵事務所で話す訳にもいかないだろうし、外で話すようなことでもないから──工藤邸か阿笠博士の家がいいんじゃない?」

「…」

「あー……まあ信用はしてもらえないだろうけど、君たちに危害を加える気は一切ないし、不利益になるようなこともしない。それに僕が何も話さないままの方が、そっちからしたら気持ち悪いだろ?」

「…あなたは組織の人間には見えないけど──だからといって無関係だとは思えない。あなたが近付くことで、私たちに組織の目が向くかもしれない」

「その点は信用してもらうしかないね。ただ……この地球上で僕が何者かを知ってる人間は、どこにもいない。それだけは断言するよ」

 

 実はこの体にも過去があった……なんてことは、まず無いと踏んでいる。コナンくんと出会った時に『服も靴も新品そのもの』って言われたけど、まさにそれこそが証明だ。

 

 だってそうだろ? 『そこまで歩いてきた過去』があったのならば、街のど真ん中で()()()()()()なんてありえないのだから。

 

 …まあそんなことまで言う気はないが、しかし言わないとなれば疑われるのもまた然り。当然ながら、彼女も疑念のこもった瞳を向けてきた。

 

「あなた、()()()()んでしょう? 江戸川くんが言っていたわ……でも、それくらいで自分の痕跡を抹消できたなんて思わないことね。過去なんて、誰にも振り切れはしない──いずれ必ず追いついてくる」

「それは君自身が胸に留めておくべきことであって、僕の事情とは関係ないね」

「…それに『アポトキシン4869』の作用は若返りではなく『幼児化』。若返ったという言葉そのものが疑わしいわ」

「僕がそれを飲んだなんて、一言も言ってないけど。それと幼児化に関しては『君が作った薬』の効果だろ? ──ベルモットの存在そのものが、それ以外の効果を持つ薬……つまり『老化の停止』か『若返り』を示唆してる。そもそも君の薬は、焼け残った資料から再現した不完全な代物じゃないか」

「…そこまで知っているあなたが組織に把握されていないなんて、信じられる方がどうかしてる…!」

 

 あらやだ、情報をひけらかせばひけらかすほど信用されなくなってくわ。でも確かにそうか……情報を知っていればいるほど、組織の深いところまで潜り込んでいることの証明になってしまう。

 

 だからこれは僕を疑っているというより、組織がそこまで無能ではないという、ある種の信頼とも言えるだろう。

 

「…君の境遇を思うと、組織を恐れるのは仕方ないかもしれない……でも正直、結構ツメが甘いところはあると思うんだよね。そりゃあ一度でもターゲティングされちゃったら、安心して眠れる気はしないけどさ」

「彼等の詰めが甘いなんて、本気で言ってるの? ──だったら、あなたは組織の本当の恐ろしさを知らないだけよ」

「ええ? そうかなぁ…」

「…なによ。言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」

「いやほら、コナンくん関連のとこなんかモロにそういうとこ出てない? 裏取引の目撃者(工藤新一)を消すために使った毒薬が『人体実験はまだしてない新薬』なとことかさ。マウスが死んだから人間も死ぬやろ! の精神は適当にも程があるぜ。しかもそのまま放置して帰るし」

「え…?」

「その状況で死体が発見されなくて、死亡届も出ていない。だってのに、君が『死亡確認』って書き換えただけでそれ以上なにも調べてないのは、詰めが甘いとしか言えないよね」

「…」

「そもそも幹部にしか与えられないコードネームを、スパイの皆さんが拝命しまくってる時点でちょっとどうかと思うし。僕が知ってるだけでもスタウト、アクアビット、リースリング、スコッチ、キール…」

「…!」

「というか組織の最上位クラス──死んだピスコさんも含めて、ラムさんあたりなんかは『幼児化』の可能性があることは知ってるのに……それを前提にして君やコナンくんを捜索したりはしてないんだよね。秘密主義を徹底しすぎて、報連相がちゃんと機能してないんじゃないの?」

「あなた……本当に何者なの?」

 

 情報を出しすぎると疑われるなら、もっと出せばいいじゃないの精神で怒涛の情報開示。とはいえ一応ちゃんと考えての発言だ。

 

 普通じゃ有り得ないレベルの情報量は、『それを知っている』というだけでただならぬ存在だと誇示できる。『知りすぎている』という危険性は、限度を超えると『なぜ死んでいないのか』に置き換わり、逆説的に当人の有能さを示す指標となるだろう。

 

「僕が何者なのかはそこまで重要じゃないと思うんだ。少なくとも、君は僕のことを悪人だって考えてないだろ?」

「…ええ」

「いま君が僕をどう思ってるかは、なんとなくわかるよ。『組織の中核に位置していた重要人物』か『組織の中心部まで潜り込めた諜報員』のどっちかって考えてるんじゃない?」

「──どっちも違うって言いたげね」

「だね。でもさっき言った通り、僕の正体は誰にも明かすつもりはないし、実際に誰一人知ってはいないよ」

「…」

「君が疑ってるのは、あくまで僕の『能力』。要は『お前如きが組織の追跡を振り切れる訳がない』って話だろ? ならそれを解消すればいい訳だ」

「…? それは…」

 

 どういうことだ──と哀ちゃんが問いかけてくる寸前、彼女のスマホに着信が入った。よしよし、そろそろ連絡がくる頃だと思ってたぜ。たぶんあの電話は歩美ちゃんからのもので、とある謎を解くにあたって助力を得ようとかけてきたものだろう。

 

 『ポアロが雑誌に載って、哀ちゃん以外がそれを見に行った』となると、ほぼ間違いなく『三毛猫の飼い主探し』のエピソードと考えられる。

 

 (くだん)の猫『大尉くん』は、最近になってポアロに餌をねだりに来るようになったものの、首輪をつけているところから見て誰かが飼っていた猫だと推測されていたのだが……雑誌に掲載されたことで『自分が飼い主』だと主張する人間が三人も現れたのだ。

 

 それぞれが自分の猫だと譲らない姿勢に、コナンくんと毛利小五郎さん、そしてバーボンが推理していくストーリーである。

 

 最初に名乗り出たお婆ちゃんは『孫の猫が逃げ出したから似た柄のコイツで誤魔化したろ!』というやべぇお人。二人目に名乗り出たのは『高値で売れるオスの三毛猫ゲットだぜ!』などと考えているクソ野郎。猫をそんな目で見るなんてクズの証だよね、まったく。

 

 三人目のおっちゃんが本当の飼い主なのだが……そう、この知識を上手く利用すれば、哀ちゃんから一定の信用を得られるんじゃないだろうか。

 

 さっき言った通り、彼女の心配は『僕が組織を本当に欺けているかどうか』の一点に尽きる。元から関係ないので欺くもクソもないが、哀ちゃんにとってはそうじゃないからそこは仕方ない。

 

 既にコナンくんは誰が飼い主かわかっている筈なので、歩美ちゃんからの電話に意味はないのだが──ここで僕が推理する振りをして、パっと飼い主を言い当てれば有能さをアッピールできるって寸法だ。

 

 やり方がこすっからいけど、この際仕方ない。僕は電話で説明を受けている哀ちゃんにそっと近付いて、スマホを横取りする隙を窺う。

 

『それでね、誰が大ちゃんの飼い主さんだろうってみんな頭抱えてて…』

「ごめんなさい、いまちょっと立て込んでて……江戸川くんがいるならきっと解いてくれる──って、ちょっと!」

「ちょっと借りるぜー……歩美ちゃん歩美ちゃん、それ詳しく教えてくれる?」

『え? えっと……あ! クズのお兄さん?』

「そうそう。いやぁ、歩美ちゃんは今日も可愛いね」

『見えてないのに?』

「僕レベルになると声だけでわかるのさ。それよりさっきの話、僕にも聞かせてよ」

『う、うん…?』

 

 なんのつもりだと瞳で訴えてくる哀ちゃんに、僕は通話をスピーカー状態にしつつ答える。君が僕の能力を疑っているのなら、ここでスパッと推理を披露してそれを払拭してみせようと。

 

 そういう問題じゃないだろうとツッコミが入りそうな解決法だが、そういう問題じゃないことを上手くすり替えて暴論で解決するのが『名探偵コナン』の流儀である。

 

 この世界の推理ショーは、三段論法の二段目くらいから『え…?』とツッコミを入れたくなることも多い。しかしそれで上手くいくのだから、つまりはそれが正解なんだろう。

 

 『組織はそんなに甘くない』→『じゃあ僕が優秀なら大丈夫ってことだよね』→『ヨシ!』なんて、普通に考えたらちょっとアレな論法だ。

 

 しかし哀ちゃんは『そう、じゃあお手並み拝見させてもらおうかしら』とでも言うように腕組みをした。いや、本当にそれでいいのか? 僕から言っといてなんだけども。そもそも推理力があると組織を煙に巻けるってのも意味不明だし。

 

『えっとね…』

「ふむふむ……ほうほう……なるほどなるほど。オーケー、飼い主は最後に来たおじさんだね」

『えっ!? も、もうわかっちゃったの?』

 

 歩美ちゃん側の通話料金を心配しつつ推理の根拠を説明し、チラッと哀ちゃんの方を見る。ちょっと呆気にとられたような表情がキュートだ。

 

 ああ、他人の手柄を横取りするこの感覚……なんか後で痛いしっぺ返しでも食らいそうじゃない? でもちょっと気分がいいのも事実である。チラッ。

 

「ふぅ、またつまらぬ謎を解いてしまった…」

「どこの石川五ェ門よ」

 

 …ん? あれ、ルパン一味もいるの? この世界。えっと……ルパン関連は、僕らの作ったゲームには大人の事情で収録してないから……ううむ。少なくとも『ゲーム』の世界に閉じ込められたって可能性は低くなったな。まあそっちは元々ないだろうと思ってたけど。

 

「これで少しは安心できたかな?」

「…そうね。その分、余計に怪しくも見えてきたけれど」

「ま、その辺は追々(おいおい)だね」

 

 おけおけ、とりあえず交渉の場を設けるという最低限は達成できた。あとはコナンくんに色々と情報を提供して、組織の壊滅を早めると同時に、僕の生活改善も目指すとしよう。

 

 彼は組織の情報を喉から手が出るほど欲しがってて、なおかつ資産家の息子さん。僕は彼が求める情報を持っていて、しかしまともに働くこともままならない最底辺。利害は一致していると言ってもいいからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっと阿笠博士の家に到着した……あの後スーパーでの買い物に付き合わされたと思ったら、お米やらなにやら重い物を買い込んだ哀ちゃんに荷物持ちをさせられたのだ。

 

 元の体よりは力のあるこのアバターだが、流石に腕が悲鳴をあげている。仲良くおてて繋いでとは言わないが、楽しいお喋りくらいは期待してたのになんて仕打ちだ。

 

「こんなの、車で買い出しするレベルじゃない…?」

「博士は歳だし、私はこの体だもの。ちょうどよかったわ」

「答えになってない気がする…」

 

 玄関を開けた彼女の後ろにくっついて、上がらせていただく。おお……ここが天才発明家こと阿笠博士の家か…! 正直、一番来たかったと言ってもいい場所だ。

 

 博士はゲーム開発も手がけていた筈だし、本当に多才な人物なのだろう。何か参考になる技術があれば教授して頂きたいものだ。

 

「お帰り哀くん……おや、君は?」

「あ、こんにちは──どうもお邪魔してます。コニャックです」

「ちょっと!?」

「冗談冗談」

 

 ん、博士の反応を見るに僕のことはもう話してるみたいだな。どこまでの範囲に話しているか気になってたから試してみたが……この分だと赤井さんやFBIにも話してる可能性が高いか。

 

 この家は彼に盗聴されてるから、どう話すかを考えていたのだが──さて、コニャック発言でこちらにくるか、それとも様子を窺ってくるか。

 

「あ、哀くん! いったい何を考えとるんじゃ!」

「江戸川くんと話したいことがあるんですって。それに私たちのことはほとんど知られてるみたいだし……だったらここで話す方がまだマシでしょ?」

「し、しかし…」

「コニャックってのはコナンくんが聞き間違えただけですので。僕は組織の構成員でもなんでもありませんよ……名前は久住直哉と申します」

「う、うむ……だがしかし──本当に…?」

「というより、本当に組織の人間なら工藤邸と此処はもう焼け跡になってますよ。もちろんあなた方はこの世から消え失せているでしょうし」

「そうかしら? 私にはまだ利用価値がありそうだし、江戸川くんのことを知っているのに手を出していない組織の人間だっているわよ。あなたが何かを企んでいる可能性はゼロじゃない」

「ベルモットのこと? あれはコナンくんだからじゃなくて、彼が『工藤新一』だからだよ。彼女は新一くんに、一度命を救われてるからね」

「…!」

「それと、自分の命に価値があると思って行動するのはやめた方がいい。勘違いからの早まった行動は、ただ命を落とすだけになるぜ」

「…組織には私を連れ戻したがってる人間もいるわ」

「バーボンが君を殺そうとしなかった理由は別にある。それは組織の理念とはまったく関係のないものだから……彼以外に温情を期待するのは無意味だぜ」

「…! どこまで知ってるんだか…」

 

 どう考えても組織の人間じゃね? という表情の阿笠博士。いちいち関係者に会うたびこうなるのかな…? なんか面倒になってきた。やっぱ組織を裏切ったポジで通しといた方がよかったかなぁ……いやでも、それだと犯罪者宣言してるだけだしな。それに知識の偏りが酷すぎて、それはそれで問題が出そうだ。

 

 ──雑談はひとまずおいて、さっさとこの大荷物を整理したい。ここぞとばかりに買い込んでくれちゃって、置くだけでも一苦労だ……まあ僕の分のお菓子も買ってくれたので強くは言わないけど。

 

 無駄金を使う余裕は一切ないので、嗜好品は制限していたのだが……頭脳労働には糖分が必須なのだ。今のところあんまり働かせてないけど。

 

 お米と水と食材を分けてっと。しかし大きい冷蔵庫だな……二人暮らしでこれはデカすぎないか? …ああ、でも少年探偵団とかがよく来るだろうし、キャンプとかも頻繁に行ってるから食材の保管に必要なのか。

 

 むむ、期限切れの調味料とかドレッシングがいくつかあるな……哀ちゃんてば意外とズボラ。博士は見たまんまだけど。

 

 …おっ、玄関の扉が開く音……いよいよコナンくんと話せるのかな? でもなんだか慌ただしく走ってきてるのが気になる。

 

「──博士! 灰原!」

「おかえりー……哀ちゃん、これ賞味期限切れてるぜ。君ってあんまり使わない調味料とか腐らせるタイプだろ」

「私じゃないわよ。博士が物珍しさで買って、一回だけ使ったりするから…」

「オイ灰原」

「今日のお夕飯は生姜焼き? 楽しみだなぁ」

「招待した覚えはないけど」

「オォイ!」

「なによ、騒々しいわね」

「お前なぁ…!」

 

 ん? なにやらコナンくんと哀ちゃんの間に不穏な雰囲気が。ふむふむ……どうやら哀ちゃんが『コニャックに捕まってヤバたん』的なメールを出していたようだ。

 

 彼女とコナンくんが初めて会った時といい、哀ちゃんって割と洒落にならない冗談言うよね。

 

「や、コナンくん。猫の飼い主はちゃんと割り出せた?」

「…! まさか歩美たちに指示を出してたのは…!」

「えっ?」

 

 …あ、なるほど。僕がコナンくんから横取りした手柄を、今度は少年探偵団に横取りされたようだ。なんて(したた)かなちびっ子たちだ。

 

 コナンくんが披露した筈の推理を僕が先取りして歩美ちゃんに話し、それを彼女たちが共有してコナンくんに披露するとか……もうこれパラドックスでは?

 

「えーと……じゃあ改めまして、久住直哉です。あ、子供の振りはしなくて大丈夫だよ」

「…! ──お前は……ここに何をしにきたんだ?」

「いや、敬語をやめろとまでは言ってないんだけど。僕、割と年上だぜ?」

「…ここには何をしにきたんですか?」

「そこまで他人行儀は悲しいよ…」

「どっちだよ!!」

「オーケー、もっとフランクに行こうぜコナンくん。それに僕は君を害する気も、不利益を被せる気も一切ない……神に誓ってもいい」

「神なんて信じてるようには見えねーけどな…」

「じゃあ哀ちゃんに誓おう」

「私に誓ってもらっても困るんだけど」

「じゃあ哀ちゃんが信じる阿笠博士に誓おう」

「ワシはまだ君を信用しておらんのじゃが…」

「じゃあ哀ちゃんが信じる阿笠博士が信じるコナンくんに──」

「信じさせる相手に誓ってどうすんだっつーの!」

「もー、めんどくさいなぁ……ハッ、男なら信じるものなんざ自分(テメェ)で決めなぁ!」

「だから疑ってんだよ!!」

 

 よしよし、どうも交感神経が興奮しっぱなしのようだったから、これで多少は緊張もほぐれたことだろう。逆に活性化したような気がしないでもないが、あんまり張り詰められても困るしね。

 

「さて、じゃあ挨拶も済んだところで本題に入ろうか」

「マイペースじゃのぉ…」

「いやぁ、よく言われます」

「しかしまあ、哀くんが言うように裏の人間には見えんの」

「いやぁ、よく言われます」

「じゃあ裏の人間ってことじゃねーか!」

「コナンくん、疲れない?」

「オメーのせいだよ!!」

 

 どうどう……しかし良いツッコミをする子だ。ツッコミキャラと言う訳じゃないが、内心ではよく突っ込んでるイメージあるよね。特に最後のオチとかで辛辣なセリフを言っている印象がある。

 

「さ、じゃあ交渉といこうか」

「…交渉?」

「色々と気になってることとかあるだろ? 僕はそれに答えられる限り答えようと思う」

「──っ! …今更どういうつもりだ?」

「もちろんタダって訳じゃない。見返りは求めるぜ」

「見返り…?」

「僕が君に要求することはたった一つ…」

「…!」

「家と金だ」

「二つじゃねーか」

「いやぁ、戸籍も身分証もないと想像以上に生きるのが辛くてさ」

「あれマジだったのかよ…」

「住民票だけでもさっさと取得したいんだけど、よく考えたら住民票を得るためには住居がいる訳で。でも住居を得るためには身分証と保証人がいる訳で」

「身分証を得るためには戸籍が必要……ってことか? というかまず、オメーは何者なんだよ」

「それは言えない」

「…」

「でも組織の人間ではないし、彼らに把握されてもいない。それだけは……そうだね、何に誓ってもいい。掛け値なしに真実さ」

 

 難しい表情で考え込むコナンくん。まあそうだよな……流石に怪しすぎるか。でも真実を話すわけにはいかない。それは『真実』が荒唐無稽だからってことではなく──もっと根本的な問題だ。

 

 誰がどんな状況で、いったい何を思ったのか僕は知っている。本人しか知りえない心の内すら言い当てられるなら、『物語として読んだ』という言葉に信憑性を持たせるのは難しい話じゃない。心を読める超能力者か、はたまた『読者』か。どちらかには絞られるだろう。

 

 問題は『その事実』を知った人間がどう思うかだ。いきなり“お前は漫画の登場人物だ”って言われたらどう思う?

 

 しかも目の前の相手がその漫画を読んだ『読者』で、自分のことを『よく知っている』などと言い出したら──そう、“気持ち悪い”以外の感想は出てこないと思う。

 

 どこまで知られているかもわからないのも気持ち悪いし、そもそも『それ』を言い出す無神経さが人間として無理だ。だから、どういう状況になろうが『名探偵コナン』の話を誰かにするつもりは一切ない。

 

 ──それはつまり、情報元を明かすことは絶対にできないということ。となれば、信用されるためには余計に労力が必要になるが、まあそこは仕方ないと割り切るべきだろう。それに自分で言うのもなんだが、コミュニケーション能力は高い方だし。

 

「ま、僕がどこの誰かなんて大した問題じゃないだろ? 重要なのは情報さ。君が欲しいものを僕は提供できるかもしれないし、僕が欲しいものを君なら用意できる」

「いや、家と金とか無茶言い過ぎだろ…」

「またまたぁ。君のパパやママなら、屋敷なんて右から左だろ?」

「要求上がってんじゃねーか!」

「…ダメ? …正直なとこ、カプセルホテルとかネカフェ暮らしが意外とキツくてさ。ゲームも出来ない作れないでストレス溜まるんだよね」

「…“作れない”?」

「え? ああ、一応本職だから…」

 

 変なとこに食いついてくるな……いや、どっちかっていうと僕が変なことを言ったか。でも本当に住居がないってのはキツイ──いや、自分専用のパソコンがないことが一番堪えるのだ。頼むよコナンくん……ん? なんか更に深く考え込んでる。なんだよ、僕がゲームを作ると不都合でもあるのか?

 

 …あ、そういや組織に関係する事件で、ゲームの開発者が結構絡んでたっけ…? そうだ、システムエンジニアと……あとテキーラが死んだ事件もゲーム会社が関係してて……ありゃ、かなり古いエピソードだから頭からすっぽ抜けてた。

 

「組織が板倉さんに依頼したシステムソフト……オメーと何か関係があるのか?」

「ないない、それがどんなものかも知らないって」

「…板倉さんのことは知ってるんだな」

「え? あ、いや……有名なCGクリエイターだしね」

「板倉なんて苗字はざらだ。さっきの質問ですぐ彼に思い至ったのは、組織との繋がりを元から知ってたんだろ?」

「──だったら何?」

「…っ」

 

 基本的にコナンくんのやり口は、相手の言葉尻を捕らえて追及しつつ、精神を追い詰めて自白に持っていくというものだ。となれば、途中で『そうだけど何か?』的なニュアンスを入れれば、精神的に優位に立たれることはないだろう。

 

 まあ本質的にはあまり意味がない気もするけど。『ウンコ漏らしたけど何か?』って言ってるレベルの強がりである。

 

「僕はね、直接的に組織を追い詰めるような情報は持ってないけど……その取っ掛かりになるんじゃないかなってくらいの知識はある。なぜ知ってるかは、さっきも言ったけど“言えない”。情報源としてはとても信用できないかもしれないけど、その選択は君に委ねるよ」

「…!」

「条件は提示したぜ。これ以上は譲らない……いや、最悪お金はいいから登録できる住所が欲しい。それくらいかな」

「…」

 

 …ちょっと想定が甘かったか? もう少しとんとん拍子に進むと考えていたんだけど……うーん、楽観視しすぎたか。

 

 なんだかんだでこう……もっとお人好しな面を出してくれると勝手に期待してたぜ。信じてもらうには今までの言動が怪しすぎたかな…? 悪ノリしすぎか、ちょっと反省。

 

「──いいんじゃない?」

「…灰原?」

「少なくとも、組織の人間って可能性は低いでしょう?」

「そりゃそうだけどよ…」

「様子を見る意味でも、あなたの家を貸してあげるのはどうかしら。()()()()()()()増えても問題ないでしょうし」

「待って待って、それは僕が困るよ。なんでわざわざ火の粉に降りかかっていかなきゃなんないのさ」

「あら、なぜそう思うの?」

「そりゃあだって、あの人は──むぐぐっ!!」

 

 やだ、コナンくんったら積極的……というのは冗談だが、いきなり少年に口を塞がれるとは中々に得難い体験である。しかし意外なところから援護がきたと思ったが、これはたぶんダシに使われただけだな。

 

 工藤邸に住む怪しい男性『沖矢昴』……まあ赤井秀一さんの変装だが、哀ちゃんは彼の正体に興味津々なのだ。僕がポロポロと情報を漏らすもんだから、ついでに試してみようと考えたに違いない。

 

「あのさ、哀ちゃん。彼の正体が気になるのはわかるけど、僕をダシにして情報を引き出そうとするのはやめてよね」

「さあ、何のことかしら」

 

 うーん、コナンくんの目がまた厳しくなったな。赤井さんの生存はトップシークレットだから、それも仕方ない話だけど。なんか他に餌にできそうな情報とかあったかな…?

 

 猫にマタタビ、元太くんにうな重、哀ちゃんにフサエブランド。眠りの小五郎に沖野ヨーコ、キッドに宝石、園子ちゃんにイケメン。各人、好物は様々だが……コナンくんにとってのそれはなんだ?

 

 ──ああそうだ。『謎』こそが彼の大好物だった。

 

「コナンくんは……どうしても僕が何者か知りたいみたいだね」

「んなもん当たり前だろ?」

「だったら賭けをしよう。僕の正体を君が当てられるかどうかの賭けを」

「…どういうことだ?」

「週に一回、君は僕の正体を推理して突きつける。そしてそれが正解なら、僕は嘘偽りなく答えるよ。もちろん当てずっぽうじゃなく、ちゃんと根拠を示してもらうけどね」

「それが本当だって証拠は?」

「人間、どこかに線引きは必要だろ? 何もかもが信用できないなら、君と僕の間に取引は成立しないじゃないか」

「…」

「これが最後。受け入れてもらえないなら、僕はもう帰る」

「…その権利はいま使ってもいいのか?」

「──そうだね。初回だけは取引前に応じよう……まあ情報を提供した後の方が推理の精度はあがると思うけどね」

「…少し考えさせてくれ」

 

 少しうつむいたあと僕から距離をとって、哀ちゃんや阿笠博士から何かを聞きだしているコナンくん。フィッシュ…! 見事に釣れたんじゃないか?

 

 やはり難解な謎こそが彼の好奇を誘う餌だったと言う訳だ。とはいえ、哀ちゃんや阿笠博士に僕の言動を確認したところで、正体に繋がることはないだろう。

 

 こんな超常現象じみたこと、コナンくんは絶対に認めない。ノックスの十戒しかり、探偵の推理とは『現実』という前提の上に成り立っているのだ。僕の存在は完全にルールを逸脱していると言えるだろう。

 

 ──僕に関しての情報を全て聞きだしたのか、真剣な表情でこちらへ向かってくるコナンくん。おそらく『組織の研究者』だとか、どこかの国の諜報員なんてところにあたりをつけてくるだろう。

 

「お前の正体は──」

 

 まあこんなの推理できる訳ないんだから、そもそも(かす)らせることすら無理ゲーだ。オカルトの肯定は、推理の放棄とすら言える。

 

 …卑怯なやり方だけど、ごめんねコナンくん。せめて『どうしてそう思うんだい?』と優しく問い返してあげよう。

 

「──超能力者ってのはどうだ?」

「どっ、どど、どうっ、どどどっ、どっ」

「落ち着け」

 

 …っ!? あ、合ってはないけどにじり寄ってきた…! いや、いやいやいや。とにかく──とにかく動揺したことを誤魔化さねば。

 

 答えは間違ってるんだから否定するのは当然だが……問題は『そっち系』だと確信されたら、何回目かで当てられる可能性があることだ。嘘は吐かないと言った以上、そこに関して偽るつもりはない。

 

 えーと、どうしよう。急に牛の群れの物真似がしたくなったとか……いや流石に苦しいな。コニャックの時と同じく舌を噛んだとか……いや限度あるだろ。

 

 動揺だらけの『ど』に続く言葉で、いま言っても違和感がないもの──あっ、一つあった。

 

「どど、どっ、童貞ちゃうわ!」

「聞いてねえよ!」

「いや、さっき哀ちゃんにさんざっぱらチェリー煽りされたから……つい思い出しちゃって」

「…っ!? 灰原、お前…」

「ちょ、ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでくれる!?」

「言ったじゃないか。『あなたはチェリーでしょうね』とか『シェリーの名前はあなたに譲るわ』とか。否定するんなら、君は嘘つきってことになるぜ」

「そ、それは……その、言ったけど…」

「灰原、おまっ…!」

「違うわよ! その……話の流れとか、あ、あるでしょう!?」

 

 ふー、なんとか誤魔化せただろうか。哀ちゃんの尊厳は犠牲になったが、まあ言ったのは事実だから仕方ない。『どんな話の流れだよ』というコナンくんの視線が彼女に突き刺さっている。

 

 そう……彼は幼い頃から蘭ちゃん一筋で、少し前に告ったはいいものの返事はまだ貰っていない状態の筈。つまりチェリー煽りは彼にも効くということだ。

 

「それで、えっと……そうそう、僕を超能力者だとか言ってたね。面白い推理だけど、どうしてそうなるんだい?」

「──根拠は二つ」

 

 呆れた様子から一転、すっと指を二つ上げて眼鏡を光らせるコナンくん。そういえば一時期のアニメでは、ピッカピッカピッカピッカとやたら眼鏡を光らせてたなぁ。どの監督の時とは言わんけど。

 

「ベルツリー急行の事件……キッドに協力してもらえたのは偶然の要素が大きかった。他に策は用意してたが、まずアイツに会えるかどうかもわからなかったからな」

「ふむふむ」

「つまり、事前にそれを知るのは不可能。だからって事後にそれを知れるかっていうと、それも難しい……経緯を知ってる人間自体限られてるし、不用意に漏らす人間もいねえからな。『組織とは関係ない』ってオメーの言葉が真実なら、ベルモットに聞いたって線も消える」

「…なるほど」

「そしてそれ以上に不可解なのが、この前のクール便の事件だ」

「…なんで?」

「暗号を見たお前は、バーボンに指示して()()()()()()()()()()()()らしいな? どこへ届ける荷物があるのか、どの順番で配達するかも不明だったあの時にそれを予測するのは絶対に不可能──それこそ未来予知でもしねえ限りな」

「あー…」

「もしオレか灰原に盗聴器を仕掛けてたとしても、声だけで状況を把握するのはかなり難しかった筈だ。犯人に気付かれないよう、全員小声で話してたからな」

「むむ…」

「それに朝からあの時まで盗聴器を付けられるような隙はなかった……もし灰原に付けてたんだとしても、あの時はパンツ一丁になってたからそれも──イデデデッ!? 何すんだオイ!」

「物知りな探偵さんも、デリカシーって言葉は知らないみたいね?」

「イツツ……ったく……ええと、そう……つまりオメーの知識は“知りすぎてる”ってよりも“知りえない事を知ってる”って言った方がしっくりくるんだ」

 

 おお…! いや……ほんとパないな。流石は平成のシャーロックホームズ。しかしハズレはハズレ、大人しく受け入れてもらおう。正直いつかは見透かされるような気がしてきたけど……ま、その時はその時か。

 

「残念だけどハズレだね」

「…」

「…」

「…ま、そりゃそうか。オレもちょっとありえねーって思ってたからな」

「だったらもっとそれっぽい答えにしときゃよかったのに…」

「存在が冗談みたいな奴にはちょうどよかっただろ?」

「あ、ひどっ!」

 

 おっ…! コナンくんがニヤリと笑いかけてくれた。これはでかい、何よりもでかい一歩だ。もしかしたらチェリー的な意味での仲間意識が芽生えたのかもしれないな。だとすると裏切ってて申し訳ないけど。

 

「…次は本気で当てにいくぜ?」

「おっと、じゃあ取引は成立ってことでいいのかな?」

「ああ。流石にお前みたいな奴が組織の仲間とは思えねぇからな…」

「チェリーがってこと?」

「ちげぇよ!」

「まあでも、悪の組織の人間がそっちの経験ないってなるとちょっと笑えるよね──あっ……んんっ! 失礼」

「なんでこっちを見るのよ」

「ちなみにジンとベルモットはそういう関係だったことがあるらしいぜ」

「オメー本当に信用させる気あんのか?」

 

 何はともあれ、これでちゃんとした家に住める…! 環境さえ整えば、腕一本で稼ぐことは難しくない。こう見えてもゲーム開発に関しては第一人者だ。スキルの多さで言えば日本一との自負もある。阿笠博士あたりに口座を貸してもらえば、何かしら自作して売ることもできるだろう。

 

「じゃ、コナンくん。パパに頼んでお家買ってくださいな……あ、家具と高性能PCは備え付けでお願いね」

「もうちょっと遠慮しろよ……つーかどんだけ手続き必要だと思ってんだ。そんなすぐって訳にはいかねーよ。それにオメーの情報にそれだけの価値があるかもまだわかんねーしな」

「えー……ちぇっ、まだしばらくは根無し草かぁ」

「ふむ……ワシの家でよければ、しばらく滞在してもらっても構わんが。新一が信用すると決めたのなら問題ないじゃろうし」

「えっ?」

「む?」

「…あの、正気ですか? こんな怪しい人物を泊めるとか」

「自分で言うのはどうなんじゃ…?」

「その、本気ならありがたいですけど……あぁっ! さすが黒ずくめの女ですら受け入れる聖人っ…!」

「喧嘩売ってるなら買うわよ」

「あのあの、阿笠博士って『コクーン』の設計に関わってるんですよね?」

「コクーン? …ああ、あの仮想体感型ゲーム機のことかのう」

「それです! できればその、あの、色々と教えて頂きたいなと!」

「うーむ……ワシも手伝ったとはいえ、あれの大部分は死んだ樫村くんが手がけたものじゃし──それに、ゲームに関する全てをノアズアークが消し去ってしまったからのう…」

「ガーン…!」

「DNA探査プログラムも含め、悪用しようと思えばいくらでも出来る代物じゃったからの。全てを消し去ったのは英断だったとワシは思うが…」

 

 …科学者にとって倫理は障害でしかないが、阿笠博士はとても人の良い御方らしい。まあ組織に追われる哀ちゃんを受け入れる時点で、おそろしく情に厚い人物だし、それも当然といったところか。

 

 しかし阿笠博士の家に滞在できるとなれば、それはもう技術者にとって天国のような毎日だろう。ぶっちゃけラッキー…!

 

「っていうか博士、私の意見は無視?」

「おお、すまんすまん。哀くんも楽しそうじゃったし、問題ないかと思ってのう」

「いやぁ、見抜かれちゃったね哀ちゃん」

「外で野垂れ死ねば?」

「あ……そうだ阿笠博士。居候の身ですし一部屋まるまる頂くのも悪いので、哀ちゃんと同部屋で結構ですよ」

「本気で追い出してほしいみたいね」

「冗談だって。いやほら、天才発明家の傍で生活できると思うとテンション上がっちゃって」

「“自称”だけどな…」

「コレ、何を言うか新一! ワシは自他共に認める天才発明家じゃ!」

 

 …しかし仲良くなるだけでも一苦労だな、まったく。まあ生活の心配がなくなったのは大きいし、加えて結構な打算もある。

 

 ──コナンくんの人脈は、はっきり言って凄まじい。そして戸籍関係が金だけでどうにかならなかった場合、次に頼るべきは『コネ』だ。

 

 警察関係者、あるいは『士業』……特に弁護士などの後ろ盾ができれば、ただの一個人がギャーギャー騒ぐのとは雲泥の差である。そうでなくとも、毛利小五郎のような有名な人間との付き合いはプラス要素に働くだろう。

 

 金でどうにかなるのは住民票までで、戸籍は流石に厳しいだろうから──次善の策くらいは用意しとかなきゃね。ではでは、これからよろしくコナンくん。


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