コナンくんがめっちゃ見てくる   作:ラゼ

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いつのまにか二年経ってて草なんだ


九話

 

 安室さんとの電話を終え、三人でのお昼ごはんも済ませた後。哀ちゃんのおめかし&変装アイテムも揃え終わり、昴さんの車で帰路についているところだ。

 

 のんびりとしたショッピングなんて随分と久しぶりで、なんだか凄く楽しめた気がする。楽しい時間は過ぎ去るのも早く感じるものだが、今日に限ってはどうも長く感じたなぁ。まるで二年くらいデパートにいた気分だ。

 

「…にしても、ちょっと買い込みすぎじゃない? 何に使うのよ」

「変装グッズくらいは用意しとかないと、安心して平穏な日常に戻れないだろ? 今回の件が無事に終わったとしても、容姿だけはバレちゃったなんてことになったら洒落になんないし」

「この鼻眼鏡でどうやって組織を誤魔化すつもり?」

「目と鼻が見えないってのは、つまり顔立ちの半分以上は隠せてるってことさ。人間の顔なんて、五十%が誤魔化せてりゃ認識不能だよ」

「かわりに存在感が二百%になってると思うんだけど」

「ま、これはいよいよってなった時用だから大丈夫さ」

「それを使う『いよいよ』ってなに?」

「対峙してる時にいきなり鼻眼鏡なんかかけだしたら、敵も少しくらい思考停止しそうじゃない?」

 

 僕の言葉に対し、呆れたようにため息をつく哀ちゃん。なんだか馬鹿にされている気がするけど、少なくとも組織のお馬鹿さん枠に対しては有効だと思うの。ウォッカさんなら『な、なんのつもりだ!?』くらいは言いそうだし、狙撃組の二人ならスコープから目を離して二度見しそうな気さえする。

 

「で、その女性用の服は何に使うの?」

「もちろん変装さ」

「それは女装っていうのよ」

「性別まで偽れば、もう完璧だよね」

「完璧な不審人物として、警察まで敵に回しそうね…」

「『心は女です』って言っときゃ大丈夫だって」

「あらゆる方面を敵に回すのはやめなさい」

 

 まあ何事も用心しとくに越したことはないだろう。それに哀ちゃんは不格好な女装を想像しているようだが、実は『変装』に関してなら意外と上手くいく可能性もある。

 

 僕の異常な脚力を鑑みるに、この体がアバターとしての性質を備えているのは疑いようのない事実だ。それはつまり、ゲーム上で取得できる技術は同じように修得できることを示してもいる。

 

 僕が作っていたゲームは、探偵にも犯人にもなれる自由度の高いゲームであり、もちろん怪盗にだってなれる。今から怪盗キッド三世を目指すのも、絶対に不可能とは言い切れないのだ。

 

 とはいえ今から練習して『変装技術』がモノになるかといえば、それはなんとも微妙なところだ。そもそも変装ができる人物に教わらなければフラグが立たないので、有希子さんか快斗くんかベルモットあたりにお願いしなくちゃだし。それに教えてもらったところで、結局はリアルに習うのと大差ない時間がかかる可能性も大いにある。

 

 …そういや前に哀ちゃんが石川五エ門のセリフを出したから調べてみたけど、やっぱりルパン三世はこの世界にいるみたいだ。彼も世界有数の変装技術を持つ男だが、僕が教えを受けた場合って上手くいくのかな?

 

 それともアバターのシステムに組み込まれていないとダメなのか。気になるところだが、まあどちらにせよ出会う事すら難しい人物だ。考えるだけ無駄かな。

 

「さて到着っと……それじゃ各自、有事に備えて行動開始だね」

「私は解毒剤を作ればいいのね?」

「うん。世良ちゃんのお母さんがそれで動いてくれるかはわかんないけど、まあ用意しといて損は無いと思う……あ、昴さんはジェームズさんに話を通しておいてもらってもいいですか? いつでも公安と連携をとれるようにって」

「ええ、わかりました」

「あと連絡はコナンくん経由でお願いします」

「…彼を経由する理由は?」

「あの子にも状況を把握しといて貰った方が、色々と捗るでしょうし。それに複数の組織が協力するとしても、ちゃんと足並みを揃えるのは難しいでしょう? コナンくんなら上手く手綱を握ってくれると思うんですよね」

 

 船頭多くして船山に上るっていうし、司令塔はいたほうがいいだろう。しかし公安、SIS、FBIと、どこが司令塔になっても角が立ちそうだから──どこにも属していないコナンくんなら、実に適当な人選ではなかろうか。

 

 もちろん、通常であれば部外者のキッズにそんな重要な役割を任せることはありえない。しかしSISに関しては、まずメアリーさんがコナンくんに対して一目置いている節がある。そしてFBIはコナンくんの指示に対し、もはや拒むことを知らないレベルでガバガバだ。公安は……まあ三分の二が了承するならワンチャン頷いてくれるだろう。

 

 その辺を詰めるために昴さんともう少しお話をしたいのだが、哀ちゃんがいる状態では少しばかり話しにくい。昴さんは自分が諸々の関係者だと哀ちゃんに知られたものの、まだ赤井秀一だと伝えるつもりはないようだから、それが前提になる話を聞かせる訳にはいかないのだ。 

 

 そんな訳で後ほど改めて後で話したいと昴さんにお伝えしたところ、そのまま車の中で待っているとのお返事を頂いた。そういうことならちゃっちゃと荷物を家において、車へとんぼ返りするとしよう。

 

 先に下りて鍵を開けてくれた哀ちゃんに続き、阿笠邸へと荷物を運び込む。両手が塞がっている僕が通りやすいよう、扉を引いてくれる哀ちゃん……なんだか妙に優しい気がするのは、赤みがかった茶髪によく似合うバレッタのおかげだろうか。現金なお子ちゃまだぜ、まったく。

 

「それじゃ、僕はちょっと変装の教えを受けてくるからお留守番は頼んだぜ」

「今から教わってどうするのよ。というか、誰に習うの? 工藤君の母親はもう日本を離れたって聞いたけど」

「そりゃあ怪盗キッ──ええと……よく巷を騒がせる宝石好きな奇術師に教えてもらおうかと」

「いま言い直す意味あった?」

 

 僕とコナンくんのファーストコンタクトに関しては哀ちゃんも聞いてるみたいだし、怪盗キッドとの関係性もある程度は知っているだろう。

 

 まあそれはそれとして、無駄足を踏むであろう僕に対して白けた目を見せる哀ちゃん。そりゃあ何も知らなければ、数時間ばかり変装技術を習ったところで、付け焼き刃にすらならないと考えるのは当然だ。

 

「変装を施すくらいならオーケーしてもらえるだろうし、無駄足にはなんないでしょ。とてもじゃないけど、この状況で素顔のまま行動する気にはならないね……あ、なにか伝言あるなら受け取っとくよ」

「…? 私からキッドに?」

「ベルツリー急行で君に変装して、死亡を偽装したのは快斗くんだぜ。お礼の一言くらいは言っとくべきじゃないかな」

「いまキッドの名前言った?」

「死亡を偽装したのは怪盗くんだぜ? お礼の一言くらいは言っとくべきじゃないかな」

「ちょっと苦しいわよ」

 

 あらやだ、とんだ失言。有希子さんに『母さん』呼びするコナンくんを諫めておきながら、なんという体たらくだ……まあ下の名前がバレたくらいならセーフセーフ。哀ちゃんが吹聴するとも思えないし、だいたい既に警視総監の息子に正体バレしてるんだから問題ないよね。

 

「でも、そうね……あの時はお礼どころじゃなかったから、何も言えなかったのよね。『助かった』って伝えておいてもらえるかしら」

「それだけ? 仮にも命の恩人だぜ」

「他にどう伝えろっていうのよ」

「まあ子供のお礼だし──首筋にギュって抱きついて『ありがとう怪盗さん!』なんてどう?」

「私にまで正体バレてるじゃない」

「じゃあまず、哀ちゃんが僕の首元にギュって抱き着いてくれる? それで、僕が哀ちゃんの代わりにキッドへ抱き着けば伝わるんじゃないかな」

「悪意が?」

「気持ちがだよ」

「気持ち悪さなら届くかもしれないわね…」

 

 さて、あんまり待たせるのも悪いし昴さんのとこへ戻るか。くだらないやり取りではあったが、どこか楽し気な彼女を尻目に玄関を出る。気を張り続けるのも疲れるだろうし、こんな会話でリラックスしてもらえるなら上々といったところだ。

 

 車に近付くと、運転席で缶コーヒーを飲んでいる昴さんの姿が見えた。まずは何から話すべきだろうか……彼の家族についてとかかな? というか、それこそが話したいことに直結してるしね。とりあえず待たせたことを謝罪するため、助手席へと乗り込む。

 

 ──しかしなんだろう、この状況。知的なイケメンがクールな雰囲気を漂わせながら、運転席で佇んでいる……しかも僕の到着を待ちながらだ。さながら気分は彼ピを待たせるギャルである。

 

 それなりに仲良くもなったところだし、『秀くん』なんて呼んじゃおうかしら。いや、今から真面目な話をするってのにそんなことやってる場合じゃないか。ここは慎もう。

 

「秀くんゴメーン、待ったぁ?」

「…」

「…」

「いや、俺も今きたところだ」

「あ、ノってくれるんだ…」

 

 意外とお茶目な赤井さん。それに顔は昴さんのままだけど、変声機で変えていた声は元に戻しているようだ。それはつまり、赤井秀一として話すという意思表示だろう。

 

「冗談はおいといて、赤井さんのご家族に関してですけど…」

「──悪いが、繋ぎとしての期待はしないでくれ。俺の生存はできる限り秘匿しておきたい」

「…巻き込むことに関しては何も言わないんですか?」

「なに、心配するだけ野暮な母親だ。それにSISとして動いているなら、あまり馴れ合うわけにもいかん。妹の方は少々心配ではあるが…」

「赤井さんから頼んでもらえるなら、スムーズにいくと思うんだけどなぁ…」

「それは君がバーボンに約束したことだろう?」

 

 うーん、塩対応。ま、あの軍人然とした母親に、その母親から頭脳も戦闘力もきっちり受け継いだ優秀な妹だ。彼女たちが独自に動いていると知った時点で、そんなに心配していないのかもしれない。だいたい、小さくなった状態でも赤井さんと互角に格闘できる化け物だしな、メアリーママ。

 

 でもそういうことなら僕が動くしかないか。可能な限り恩を押し売りするような感じでいこっと……しかしこんなにサクッと断られるとは思わなかったから、ほとんど話すこと無くなっちゃったな。あとは──ああそうだ、丁度いい機会だし個人的なお願いも一応しとくか。

 

「話は変わりますが、赤井さん」

「どうした?」

「僕へ証人保護プログラムを適用してくれるなんてサプライズはありませんか?」

「ふむ……やってやれんことはない」

「ホントですか!?」

「もちろん、君の事情を全て話してくれることが条件だが」

「無理です」

「では諦めてもらう他ないな」

「むむむ…」

 

 僕の悩まし気な声を聞いて、ふっと苦笑を漏らす赤井さん……ん? もしかしてちょっとからかわれた? 気付かない内に好感度でも上がっていたのだろうか。

 

 それはそれでありがたいが、やっぱ証人保護プログラムは無理だったか。戸籍関係も何もかも一発解決する素晴らしいシステムなのだが、素性の知れないアジア人へ適用してくれるほど甘くはないようだ。

 

「じゃ、僕もボチボチ動きますんで。哀ちゃんのこと、よろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ」

「くれぐれも彼女にバブみを感じてオギャったりしないようにお願いしますね」

「それは日本語なのか?」

 

 なんせ声がシャアさんだからな……褐色ロリに母性を感じて、あまつさえ母親になってほしかったとまで言い切った御人なのだ。

 

 褐色といえば、『名探偵コナン』には褐色のイケメンがやたらと多い気がするな──幼馴染カプ厨で褐色男スキーとは、青山先生は業の深い御方である。

 

 ──何とも言えない表情の赤井さんに挨拶をして、車を下りる。さて、それじゃあ快斗くんの家に突撃するとしよう。先に連絡すると姿を消しそうな気がするので、ここはサプライズ訪問がベターだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで快斗くんの家の前。もう夕方だし、学校帰りに多少の寄り道をしても、もう戻ってるくらいの時間だろう。もし居なかったら寺井さんの方でも訪ねてみるか。とりあえずインターホンを鳴らしてっと……おっ、出た出た。

 

「こんにちはー! 快斗くん、ちょっとしたお願いがあるんだけど聞いてくれる?」

『おう。そのままインターホンから回れ右して帰ってくれたらな』

「ありがと!」

『“おう”しか耳に入ってねえなオイ!』

 

 みだりに快斗くんの家へ近付くのは禁止されてたから、しょうがないとはいえ冷たい対応である。でも渋々ながら玄関を開けて迎え入れてくれる、そんな優しいとこ好き。

 

 まあ家の前で騒がれて『キッド』なんて単語が出るのを嫌った可能性の方が高い気もするけど。ま、なにはともあれお邪魔させてもらうか。

 

「邪魔するでー!」

「なんで関西弁なんだよ……つーか何しに来たんだ? 危ねーからあんま顔見せんなって言っただろうが。あの高校生探偵、オメーがオレのこと知ってるってのを知ってんだぞ」

「…」

「…」

「…」

「…な、なんだ?」

「あのね、快斗くん。『邪魔するでー!』って言われたら『邪魔するなら帰ってんかー』って返すの。関西じゃ常識だぜ」

「ここは東京なんだが」

「ところで『お願い』のことなんだけどさ…」

「会話のキャッチボールって知ってるか?」

 

 知ってるけど、この世界の人たちってレスポンスが異常にいいから、会話をぶん投げてどう返ってくるかをつい試してしまうのだ。コナンくんはよくツッコんでくれるし、哀ちゃんはキレのある皮肉で返してくれるし、博士とは駄洒落の相性が抜群である。

 

「で? お願いってなんだよ」

「うん、ちょっと変装技術を教えてほしくてさ」

「あのな……『ちょっと』で教えられるほど安いもんじゃねえんだよ」

「じゃあたっぷりで」

「そういう問題じゃねえよ! …つーか覚えんのにどんだけかかると思ってんだ? こっちにも都合ってもんがだな…」

「でもこっちにだって都合はあるし…」

「頼む方と頼まれる方、どっちの都合が優先されるべきだ?」

「頼む方!」

「息を吐くように嘘をつくな!」

「いたって本心からの言葉だよ」

「じゃあ()()から帰ってくれ」

「オッケー、教えてもらえたら帰るよ」

「なんで会話するだけでこんな疲れんだ…」

「キャッチボールって意外と疲れるからねぇ」

 

 ため息をつき、眉間を揉みながら変装グッズと思しきものを持ってくる快斗くん。うむ、これが人を根負けさせるということだ。

 

 とはいえ変装術なんて月単位年単位の練習で覚えるようなもんだろうし、面倒だから触りだけ教えてお茶を濁そうとしているのだろう。

 

「あ……教えてほしいなんて言っといてなんだけど、なんか一子相伝の技術みたいなのあったら流石に遠慮しとくよ」

「別に変装は『怪盗キッド』の専売特許って訳じゃねーんだぜ? やってること自体は普通の変装術と変わんねえよ」

「そうなの?」

「ああ、違うのは速さと精度くらいだな。ま、そこが一番重要なとこだけどよ」

「ふむふむ…」

 

 まあ確かに、キッド以外にもベルモットやルパン三世とか、変装の達人はいるっちゃいるか……ん? みんな犯罪者で草。

 

 とはいえ『達人』という括りを抜けば、有希子さんや赤井さんも人を騙せるレベルの変装は可能な訳だし、代名詞ではあっても専売特許ではないのかな。ただ有希子さんなんかは顔の造形にかなりの時間をかけているのに対し、快斗くんのそれは秒単位だ。いったい何が違うんだろう。

 

「──で、この超速乾性のラバースキンで顔の形をだな…」

「ほうほう……ん? …この一瞬で乾いちゃうクリーム的なもので、一筆書きみたいに顔を作るってこと? ミリ単位でズレても違和感出るよね?」

「おう」

「おうじゃなくて」

「なんて言やいいんだよ」

 

 なるほど、変装を解くときに顔バリバリで引っぺがせるのはそういうことか。しかしだ、それはつまり人間の顔の造形を一切のミスなし、かつ一瞬で作るってことだ。そんな漫画界の岸辺露伴じゃないんだからさぁ。

 

 職人技というには、少々人間の能力を逸脱しすぎな気がする……と思ったけど、素手で石柱壊したりナイフ叩き折ったり、走ってる車に追いついて持ち上げたりする人外がいる世界だったな。

 

「うーん……やっぱり一朝一夕に修得できるもんじゃなさそうだね」

「当たり前だろうが」

「まあそれはそれとして、一回デモンストレーションを見てみたいんだ」

「あん?」

「前に変装した──ほら、あの子。ベルツリー急行で変装した女の子になってもらってもいい?」

「…別にいいけどよ」

 

 さて、変装の仕方をレクチャーされ、実際に目の前でやってもらう──修得のフラグとプロセスは踏んだし、それが僕にどんな影響を及ぼすのか気になるところだ。というか目の前で見ても信じられないくらいの早業だなぁ……宴会の一発芸で披露してみせれば、大盛り上がり間違いなしだろう。

 

「──これでいいのか?」

「おぉー! あ、じゃあ甘える感じで『直哉ぁ♡』って言ってもらってもいい?」

「虚しくならねえか?」

「『わたしこれ飲みたいなぁ♡』もお願い」

「キャバクラかっつーの!」

「…」

「…な、なんだよ」

「いや、その年でキャバ嬢のおねだりを知ってるのは如何なもんかと…」

「怪盗には色んな知識が必要なんだよ。いつどこで誰にでもなれるようにな」

「ふーん……じゃあ、今ここで僕になりすますのも可能ってこと?」

 

 僕の言葉に対し、『朝飯前』とでもいうように頷く快斗くん。本当だろうか? もちろん見た目の変装に関して疑いの余地はないが……自分で言うのもなんだけど、僕の言動や行動って簡単にトレースできないと思うんだよね。彼がいったいどれ程のクオリティで僕を装えるのか、なんだか好奇心が疼いてきた。

 

「快斗くんの演技力は大したものだと思うけどぉ、この僕に変装するのは難しいんじゃないかなぁ?」

「あんだよ、その安い挑発は…」

「できないの?」

 

 安い挑発と知っていながらも、ちょっとイラッとした表情で変装しなおす快斗くん。変装時間は十秒かかったかどうかってくらい……顔を作るのもそうだが、着替えの速さが尋常ではない。目の前で見ていても信じられないくらいだ。

 

「おおー……お見事! じゃあ『久住直哉』検定を始めたいと思います」

「『お見事』と『じゃあ』の間に何があったらそうなるんだ?」

「とりあえず『久住直哉が二人に増えた』って設定でいくから、ちゃんと演技してね」

「オレはいったい何に付き合わされてるんだ…」

 

 何に付き合わされてるんだと言いつつ、ちゃんと付き合ってくれる快斗くん。演技力を疑われたプライドからなのか、それとも付き合いがいいだけなのか。まあコナンくんや哀ちゃん、世良ちゃんとかもそうだけど、くだらないお願いをしても意外と『NO』とは言わないんだよね。善人が多いって素敵。

 

「じゃあ目が覚めたら自分が二人になってたって設定で。僕もちゃんとそれっぽくするからさ」

「へーへー……んんっ! 『あ、あれ……ぼ、僕が目の前に…? ──もしかして…』」

「入れ替わってるー!?」

「いきなり設定ぶんなげてんじゃねえよ!!」

「え? いや、自分が目の前にいるんだから、増えてる可能性もあるし入れ替わってる可能性もあるでしょ?」

「ぐっ…!」

「仕方ないなぁ。じゃあ増えてるって認識はもう持ってることにしといてあげるよ」

「なんでこっちが譲歩されてるみたいになってんだ…!」

 

 僕の顔で『ぐぬぬ…』って表情されると、なんか違和感あるなぁ。というかこのアバターになってからまだ一月も経ってないのに、『僕の顔』って認識しちゃうのちょっとヤバいかな。

 

 哀ちゃんなんかは、鏡で自分を見るたびに『あなた誰?』とか思うらしいし。大人の顔とほぼ一緒やんけ、というツッコミを入れるのは無粋だろうか。

 

「ではでは、改めて始めたいと思います。こほん……あ、あれ? 僕が二人…?」

「な、なんで? いったい何が…?」

「ま、まさかハスーイのクロセロがケウェーウをシャイツしたせいで…?」

「おい、先に設定聞かせろ」

「え? 僕ならこれくらいのアドリブは簡単だと思うけど…」

 

 天を仰ぎ、両手で目を覆う快斗くん。やはり予想以上に僕の物真似は難しかったらしい。まあ簡単に模倣されちゃったら、僕のアイデンティティーが脅かされるしね。体が本来のものではないだけに、自己同一性というのは大事にしておきたいところだ。

 

「うーん……もう最初のやり取りはすっ飛ばしちゃおっか。適当にお喋りする感じで」

「くっ……うん、オッケーだぜ!」

「それにしても、快斗くんって本当にいい人だよねぇ。お金貸してくれたりお願い聞いてくれたり、もう足を向けて寝られないよ」

「ホントだよね。でも彼だって内心じゃやめてほしいと思ってる気がするなぁ」

「あー、確かに。随分と無理なお願いばっかしてるし、お礼くらいはしとかなきゃだよね」

「もしかしたら、関わらないことが何よりのお礼になるかも!」

「快斗くんへのお礼か……そうだ! 『かいとくん』の五文字であいうえお作文でも作ってみよっか」

「いやなんでそう──そ、そりゃいい考えだぜ!」

 

 動揺してて草。快斗くん、ちゃんとついてこれてる? 微妙に話し方とかも違う気がするけど。まあ和葉ちゃんに変装したときとか、一人称の『アタシ』と『ウチ』を間違えたりしてるし、やはり完全に他人になりきるのは難しいということなのだろう。

 

「『か』『い』『と』『く』『ん』──それぞれを頭文字にして、かつ感謝の念が伝わる作文かー……難しいけど、挑戦しがいがあるね!」

「『ん』って頭文字になるの?」

「意外となんとかなるもんさ。じゃあ僕が答えるから、合いの手よろしく」

「う、うん…」

 

 さて、特に何も考えてないので即興で作ってみるとしよう。えーと、快斗くん、かいとくん……うーむ……困ったな、何も思い浮かばない。ぶっつけ本番で思いつくまま言ってみるか? さっき彼にも言った通り、こういうのは意外となんとかなるもんだ。大事なのはノリと勢いである。

 

「うん、準備オッケー! これでバッチリ感謝も伝わるね。始めてくれる?」

「了解! まず快斗くんの『か』!」

「風よ!」

「快斗くんの『い』!」

「いと速き風よ!」

「快斗くんの『と』!」

()く吹きすさぶ風よ!」

「オレへの感謝は!?」

()住直哉はね、そんなツッコミを入れないよ」

「もうやめてもいいか…?」

「ん!」

 

 げんなりした様子で変装をとく快斗くん。ふふ、勝ったな……ん? そもそも今日って何しに来たんだっけ……あ、変装術を教わりに来たんだった。色々と面白くて忘れちゃってた。まあ外見の作り方と演技の仕方は教わったと言えなくもないし、出来るようになってる可能性はあるだろう。

 

「じゃあ今度は僕が快斗くんに変装してみていい?」

「あん? …ま、やるだけやってみりゃいいんじゃねえか? できるかどうかは別として。ほれ、服はこれ使えよ」

「ん、ありがと……こんな感じかな? どう?」

「ほー、上手いじゃねえか。ピカソか?」

「ううん、快斗くん」

「とりあえず人に似せるセンスは皆無だな…」

「ダメかぁ。案外いけると思ったんだけどな」

「なんでいけると思っちまったんだよ…」

 

 ゲーム的な仕様を期待して……とは言えないけど、流石に変装技術をものにするのは高望みしすぎたか。だったらここはプランB、快斗くんに変装を施してもらう方向で行こう。

 

 あわよくば流れでキッドにも参戦とかしてもらえないかな? 変装、潜入、ミスディレクション、なんでもこなせるパーフェクトプレイヤーだ。居てくれると頼もしいってレベルじゃない。

 

「それじゃ、そろそろお暇させてもらおっかな」

「やっとか…」

「明日は朝一で来るから、僕を変装させてもらってもいい?」

「あのなぁ、ちっとは人の迷惑も──……もしかして、なんかヤベーことになってんのか?」

「うん。ベルツリー急行を爆破するような奴らと、もしかしたら相対するかもしんない」

「…ったく。早めに来いよ、こっちは学校があんだからな」

「ありがと! …なんか借りてばっかでごめんね、ちゃんとお礼は考えとくからさ」

「あいうえお作文はいらねーぞ」

「あはは、ちゃんとしたお礼だって。もうすぐ大金が手に入る予定だから、期待しててよ」

「なんか近いうちに死にそうな奴のセリフだな…」

「いま言われると洒落になってないからやめて」

「…そんなにヤベー状況なのか?」

「変装で姿を変えたくなるくらいにはね。ヤバくなったら呼んでいい?」

「おう、行けたら行ってやるよ」

「それ絶対来ないやつ」

 

 まあ本気で助けてほしいサインを出したら、普通に来てくれそうなのが快斗くんである。とはいえなんの関係もない彼を巻き込むわけにもいかないので、連絡をとることはないだろう。なんだかんだで玄関前までお見送りに来てくれる快斗くんへ、手を振りながら黒羽邸をあとにする。

 

 ──とりあえず腹ごしらえをして、そのあと世良ママとコンタクトをとるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、晩御飯はどうしようかな。今から阿笠邸に戻るのも手間なので、哀ちゃんには外で食べてくると連絡済みだ。うーん、自由に外食できるくらいの余裕があるのって素晴らしい。火浦さんと有希子さんには大感謝である。

 

 そういやこの前コナンくんと行こうとしてた『ラーメン小倉』は、結局のところ行けず仕舞いだったし、今度こそ行ってみようかな。歩いて行ける距離だし丁度いい……この時期ならたぶん事件に巻き込まれることもないだろうし。

 

 あのラーメン屋では二度に渡って事件が起きるのだが、一回目の事件が終わった後、杯戸町から米花町へ場所が変わるのだ。そして今は米花町に店を構えているので、最初の事件は終わっている筈。

 

 二回目はキュラソーが出てくる劇場版より後だったと思う。三回目や四回目がおこらないとも限らないし、今のうちに行っておけば事件に会う確率も低いだろう。メンマが絶品らしいから、今から楽しみだ。

 

 …ん? お、十メートルほど先に見えるあの人物は……もしかして世良ちゃんかな? 可愛らしいくせっ毛に、後ろからでもわかるほどの貧乳。昴さんいわく女性らしいケツに、ボーイというよりボーイッシュなあの雰囲気。間違いない、彼女だ。まだ連絡もしてないのに会えるなんて、これが運命ってやつか。

 

「世良ちゃーん」

「ん? …あ、久住君! どうしたんだい、こんなところで」

 

 片手を上げて僕の呼びかけに応じながら、少し小首を傾げる世良ちゃん。笑った顔から八重歯がちらりと見えて、あざと可愛い。まあここは阿笠博士の家からちょっと離れてるし、彼女の言う通り夕飯どきに一人でうろついてるのもちょっと変か。

 

「ちょっと用事があってさ。世良ちゃんは?」

「ボク? ボクはほら、今日は外で食べようと思って」

「今日も、じゃないの? 外食ばっかだと栄養が偏るよ」

「うっ…」

 

 原作を見る限り、だいたい外食で済ませてるからなこの娘。しかも世良ママの分までお持ち帰りとかしてるし、隠す気あるんだろうか。ウィークリーマンションとか借りて自炊したほうがお金も節約できるし、世良ママもこそこそする必要なくなると思うんだけどなぁ……実は超メシマズだったりするんだろうか。

 

 

「ま、まあそれはおいといて──そうそう、昨日は誘ってくれてありがとな。事件のせいであんまり喋れなかったのは残念だったけどさ」

「だったら一緒にご飯でもどう? ちょうど近くのラーメン屋に行こうと思ってたんだ」

「近くのラーメン屋っていうと……あ、もしかして『ラーメン小倉』? だったらボクもよく行くとこだよ! 昨日行ったから、今日は別の店にしようと思ってたけど…」

「そうなんだ。じゃあ『ラーメン小倉』にしよっか?」

「『じゃあ』の使い方おかしくないか?」

「この前も行き損ねたから、二回も行きそびれるのはちょっと…」

「ま、君が行きたいならいいけどな。でも餃子ぐらいは奢ってもらおっかなー?」

「ん、オッケー。ならラーメンの方はお願いしていい?」

「ボクの方が損してるじゃないか!」

「世良ちゃんとはさ、損得抜きで付き合いたいと思ってるんだ」

「それ良いこと言ってないからね?」

「あはは、冗談冗談。ちょっとしたお願いごともあるから、今日は僕が奢るよ」

「お願いごと?」

「うん。ま、それは食べ終わった後で話すからさ」

 

 いったいなんの話だろうと、訝し気な表情を向けてくる世良ちゃん。色々とコナンくん周りの秘密を探ってるだけに、あらゆる可能性を考えているのだろう。僕自身も何か知ってる風な言動を繰り返しているので、余計に彼女の脳内をややこしくさせているのかもしれない。

 

 とはいえ今はラーメンだ。何やら考えこんでいる彼女の肩に手を置いて、さっさと行こうぜと促す。すると置いた手と僕の目を意味深に見つめ、少しの間をあけ、溌剌とした笑顔で『そうだな!』と返してくる世良ちゃん。

 

 いやぁ可愛い。これが哀ちゃんなら、置いた手を素っ気なく払いのけられたことだろう。血も涙もない女だぜまったく。

 

 …というか、あれだな。僕は昨日、世良ちゃんが肩に置いてきた手を払いのけて、『僕達まだそこまで親密じゃないよね』的な感じで情報提供を断った。しかし今日は『お願いごとがある』と言って彼女の肩に手を置いた。

 

 つまり昨日の凧揚げ大会で仲が深まったという(てい)で、情報の共有と何かの依頼をすると思われたのだろう。肩に手を置いたのは、その合図的な何かと判断したらしい。正直ただのスキンシップだったのだが、ほんとこの世界の探偵たちって深読みするよね。

 

 まあそんなこんなで取り留めのない話をしつつ歩いていたら、いつの間にか件のラーメン屋に到着していた。『マジで死ぬほどヤバイラーメン小倉』と書かれているが、ほんとに人が死んでるんだから割と洒落になってない店名である。まあ殺人事件が日常茶飯事だと考えれば、人死にが出てない店の方が珍しいのかもしれないけど。

 

 暖簾をくぐると、三人のお客さんがカウンターに座っているのが見えた。三人ともこちらにちらりと視線を向けてきたが、すぐに興味をなくしてスマホを弄り始める。おっとこれは……おそらく(のち)に起こる事件で容疑者になった三人だな。全員がこの店の常連だった筈なので、まあ出会うのも仕方ないか。

 

「ちわー! 大将、今日も来たよー!」

「オウ、いらっしゃい! …おっ、後ろにいる兄ちゃんは彼氏かい?」

「はい!」

「返事にためらいなさすぎだろ!? た、大将! ただの友達だからね! ホントに!」

「世良ちゃん。その否定の仕方だと、ただ照れてるだけに聞こえちゃうよ」

「うぐっ…!」

 

 ホント世良ちゃんって良い反応してくれるよね。恨めしそうに見つめてくる彼女を宥め、従業員の女性に促されるままカウンター席に腰を落ち着ける。うーん、ここは評判の閻魔大王ラーメンでいいかな。あとは点心をいくつか頼んでシェアして……ん? なんだろう。店の扉を勢いよく開けて、誰かが入ってきた。

 

「ちょっと失礼するわよ!」

「し、失礼しまーす」

 

 ずかずかと威勢よく侵入し、店内の様子を確認するのは二人の婦警さん。片方はいまどき珍しいツインテールで、つり目ではあるがキツイ印象はまったくない女性だ。そしてもう片方は、たれ目で気の強そうな女性──となると、もしかしなくても三池苗子さんと宮本由美さんだろうか。

 

 前者は原作でも割と後期に登場する人物であり、千葉刑事のカップリング相手として急に生えてきた女性だ。もちろんカップリング相手なので当然のように幼馴染である。最初はなんの関係もない人間同士でも、いきなり過去回想が挿入され、カップルが成立するパターンがコナン世界にはよくあるのだ。

 

 名前の由来は赤川次郎の『三毛猫ホームズ』シリーズにおける三毛猫から取っているらしい。光彦くんの名前が『浅見光彦』シリーズからだったり、割と近代の推理小説からも引っ張ってくるよね青山先生って。

 

 ちなみに浅見光彦シリーズのタイトルは『◯◯殺人事件』といった風に、地名+殺人事件というものが多いので、本棚に並べると少し物騒である。もしかして光彦くんの正体を暗示している…?

 

 それにしても三毛猫さん、特撮オタクである千葉刑事のお相手だからなのか、めっちゃオタク受け良さそうな見た目だよね。ツインテールにつり目、引っ込み思案のようでいてしっかりもしているギャップ、ついでにツンデレっぽい所もあるときたもんだ。もうこれ令和のかがみんでは?

 

 もう一人の婦警さん──宮本由美さんは、世良ちゃんの兄であり赤井さんの弟でもある『羽田秀吉』さんの元恋人だ。重要そうで意外とそうでもないようなポジションの人物だが、赤井ファミリーと関係性ができたためか、そこから一気に登場頻度が高くなった女性でもある。彼女もツン要素がやや強めのツンデレだ。

 

 そう考えると『名探偵コナン』の女性ってツンデレばっかだな。『バーカ! …でも好き』みたいな典型的なツンデレが多い印象である。ツンデレって元々は『出会ったときはツンツンしていたけど、次第にデレデレになっていく様子』を指していたはずだが、いつの間にか『普段はツンツンたまにデレ』みたいな意味になったよね。僕はどっちも好きだけど。

 

 まあそれはともかく、なんで彼女たちがここに来るんだろう。この二人が関わる事件はキュラソー関連より後の筈……あれ? ちょっと待てよ。そういやコナンくんが関わるのは事件が発生してから暫く後で、実際に事件が起きたのは一週間前とかだっけ?

 

 しまった、そこまで考えが及んでいなかった……だからってこんなジャストなタイミングで発生するのはやめてほしかったけど。またラーメン食べ損ねちゃいそう。

 

 ──なんてことをつらつら考えていると、由美さんが状況を説明し始める。物凄くざっくり言っちゃうと『不審人物を発見して二人で挟み撃ちするように追い詰めたらこの店に辿り着いた』って感じかな。

 

 とはいえ、今のところはそこまで緊迫した感じでもない。原作通りの状況だとしたら、まだこれが殺人事件だとは気付いてないんだろう。たぶんもう少ししたら高木刑事と佐藤刑事が殺人現場に到着し、死体を発見することになる筈だ。

 

 困ったなぁ……このタイミングだと、明らかに僕らも容疑者の一人になってしまう。任意同行という名の強制連行で、かなりの時間を取られることは間違いないだろう。組織関連でごたごたしてるこの状況でそれは勘弁願いたい。というか今から取り調べなんかされちゃうと、メアリーママと会う時間がなくなっちゃうし。

 

 確かこの事件は……被害者のホステスが容疑者の三人に数百万のピアスを見せびらかし、なおかつ彼らを酷くこき下ろしたことから始まってたんだっけ。

 

 元同僚のホステスを『残念ビッチ』と罵り、客のサラリーマンを『ヘタレリーマン』と見下し、コンビニで働く青年フリーターを『キモいバイトくん』と蔑む。

 

 嘲りの言葉と共に『このピアス、あんたら程度には一生かかっても手に入らないお宝だけどねぇ!』などと発言しているのだ。そら死ぬわ。

 

 犯人は青年フリーターさんなのだが、実のところ殺すつもりはなかったっぽいのがまたね。酷い侮辱をされた腹いせに、空き巣に入ってピアスを盗もうなんて考えたのが運の尽き。

 

 忘れ物を取りに戻った被害者と鉢合わせして、押し問答の末に相手を突き飛ばしたら、打ちどころ悪く死んでしまった感じだ。打撃や衝撃に強いコナン世界の人類だが、階段の角とか机の角でうっかり死ぬのはなんなんだろう。

 

 まあタフな人間しかいないワンピース世界でも、階段から落ちてしまえば死者も出る。実は階段って恐ろしい凶器なのかもしれない。

 

 ──状況の説明が終わり、誰が不審人物だったのかいざ調べんと意気込む由美さん。しかしその直前、彼女のスマホに連絡が入る。そしてその会話が続くにつれ、場の雰囲気が怪しくなってきた。

 

 ちらちらと聞こえてくる『死亡』だの『空き巣』だのといった単語が、この場にいる全員に聞こえているからだろう。外に出て喋ればいいのに。

 

 まあそもそも交通課の婦警さんだし、殺人事件の捜査なんて関わることも少ないか。いや、交通課の婦警さんでもしっかり捜査権限があるのがこの世界なんだけどさ。

 

 それなりに長かった通話が終わり、由美さんが『残念だけど、簡単に帰すわけにはいかなくなったわ』などと決め台詞っぽく宣言する。

 

 どうしたもんかなぁ……犯人を知ってるんだったら追及したらいいじゃないかって話ではある。でも実際のストーリーが一週間後なだけに、現状では推理のパーツがまったく揃ってないんだよね。

 

 『空き巣に出くわした被害者が運悪く殺された』といった前提で話が進むのだが、一週間後になるまで何が盗られたのかすら判明しないから、捜査の取っ掛かりもないし。

 

 …仕方ない、なんとか容疑者から外れるように誘導だけでもしてみるか。彼女たちが追いかけていた犯人は一人の筈だし、二人組で店に入った僕らはその時点で疑惑も薄れる筈だ。順番に持ち物検査をしている三毛猫ちゃんを横目に、由美さんへ話しかける。

 

「すいません、少しいいですか」

「なに? 悪いけど、すぐには帰せないわよ」

「婦警さんが追いかけてた犯人は一人だけなんですよね? 店主さんに確認してもらえればわかりますけど、僕ら二人でここに来たので、容疑者からは外れるんじゃないかなって。互いにアリバイも証明できますし」

「二人で? えーと、君は…」

「久住直哉と申します」

 

 僕が名乗り終えると、由美さんは後ろに佇む世良ちゃんの方へと視線を向けた。未来の義妹ということで特別扱いしてくんないかな。まあその辺の関係性を当人たちが自覚してないし、無理があるか。

 

 …そういや由美さん、不審者を追いかけてる途中で彼氏さんに会ってるんだっけ。タイミング的には容疑者の一人に入れないといけないのに、何気に見逃してんだよな。警察の教えはどうなってんだ、教えは!

 

「久住直哉君……っと。それで、後ろの彼女は──」

「彼女は世良真純。恋人です」

「なんでだよ!」

「じゃなかった。彼女は世良真純、親友です」

「ホントに思ってる!?」

「え、えーと……どっち? …あ、でもどっちにしろ、恋人とか親しい間柄での証言は信用されないのよね」

「彼女は世良真純。知り合いです」

「友達ですらなくなってるよ!?」

 

 僕と世良ちゃんのやり取りを呆れながら見ている由美さんだが、僕らを容疑者から外す気はないようだ。まあ二人組の犯人が道中で合流した可能性もゼロじゃないんだから、仕方ないか。三毛猫ちゃんも他の三人から名前と入店のタイミングを聞き終えたようで、なんとなく一息ついた感。

 

 そしてまたぞろ店の扉が開かれると、そこには佐藤刑事と高木刑事の姿があった……私服のままで草生える。由美さんなら二人のデートコースくらい把握してそうだし、近くにいるだろうからって『いま不審者追いかけてるから、近くにいるなら現場だけ見といて!』なんて連絡したのかもしれないな。

 

 というか事件発生から佐藤刑事たちが死体を発見するまでが異常に早かったし、それで間違いないだろう。イチャラブデートからのディナーからのしっぽりベッドインが邪魔されてなによりである。しかし休日だろうがなんだろうが、事件に出くわしたら捜査に参加する刑事が多いよね、コナン世界。

 

「こんばんは、佐藤刑事に高木刑事。さっきぶりですね」

「あら、久住君? もしかして五人の容疑者の一人って…」

「ええ、困ったことにそうらしいです。それでですね、このあと用事があるので事情聴取は勘弁してほしいんですが…」

「うーん……悪いけど、この状況でそれは難しいわね」

「…じゃあ犯人が見つかれば、そのまま帰っても大丈夫ですか?」

「え? ええ、そうね。でもそう簡単に見つかるとは──」

 

 おけおけ、言質はとったので後は犯人を指摘するだけだ。しかし世良ちゃんや佐藤刑事を納得させつつ、違和感のない推理をするとなると……いま揃ってるパーツだけだと難しいな。変な誘導の仕方したら、世良ちゃんがまた変な勘違いしそうだし。

 

 やだやだ、考えるのめんどくさいなぁ……となれば、ここは推理の過程を半分くらい吹っ飛ばせる『あんた、つまんない嘘つくね』作戦で言ってみるか。

 

「世良ちゃん世良ちゃん、ちょっとこっち来て」

「へ? う、うん……ちょっ、く、久住君?」

 

 容疑者三人や警察関係者によく見えるようにしながら、世良ちゃんの首筋に指を当てて顔と顔を近づける。ちょっと大袈裟にしたのは、()にこれをやる人間へのパフォーマンスも含んでいる。

 

 あと世良ちゃんなら『この行動』の意味を知ってそうだし、きっとドヤ顔で皆に話しだすのを期待してのことである。

 

「世良ちゃん、君はこの事件の犯人かい?」

「え? ち、違うに決まってるだろ? そんなの君が一番よく知って──」

 

 ちょっと慌てつつ、顔をほんのり赤くして否定する世良ちゃん。たしかにこの態勢、異性にされると恥ずかしい状態だ。しかしこれこそ、CIAなどがよく使う『嘘を見抜く方法』の一つである。もちろん僕にそんな技術はないが、傍目からじゃそんなのわかんないしね。

 

 こんな本当かどうかもわからない技術じゃ誰も納得しないが、とはいえ『こいつが疑わしい』という雰囲気に持っていくことはできる。無理やり追い詰めるための、まずは一手目である。そして世良ちゃんの表情も、何かに気づいたようなものへと変化した。

 

「じゃあ次はそちらの男性の方、よろしいですか?」

「え? わ、私かい?」

「ちょっと久住君、いったい何を…」

「──脈拍と瞳孔、呼吸の変化で偽証を見抜く。CIAなんかがよく使う技術だ……そうだよね、久住君」

 

 それそれ、そのドヤ顔を待ってました。ニヤリと不敵な笑みで八重歯をちらつかせる世良ちゃん。僕が自分で『嘘を見抜けるんですよ』なんて言っても胡散臭すぎるが、他人が言えば多少はそれも薄れるものだ。

 

 しかし彼女に限らず、探偵とはなぜ他人の行動に対してそこまでドヤれるのだろうか。その姿は、さながらトキの知識を誇るラオウのようである。

 

「し、CIA? そんな技術いったいどこで……じゃなくて! 仮にそれが本当でも、証拠として採用なんてできないわよ。ただでさえ容疑者の一人なんだから」

「別にこれを証拠にするつもりなんてありませんよ」

「じゃあどういうつもり?」

「『五人の中から犯人を探す』よりも、『一人を犯人と断定して粗探しする』する方が手っ取り早いでしょう? もちろん警察にこの結果を根拠にして捜査しろなんて言いませんよ。僕と世良ちゃんが当てにして推理するだけです」

「無茶苦茶言ってるわね……というかその娘はわかるけど、あなたも探偵なの?」

 

 …ん? 世良ちゃんと佐藤刑事って原作で面識あったっけ。高木刑事はある筈だけど、はて……ああ、そういや劇場版の『異次元の狙撃手』で顔は合わせてるのか。会話してる描写はほぼ無かった筈だが、世良ちゃんは最初の犠牲者を『探偵として調べていた』と発言している。

 

 それなら佐藤刑事のセリフも頷けるが……しかしそうなると、世良ちゃんはスナイパーライフルで狙撃されて大怪我してから、そこまで経ってないってことになる。元気すぎない? というか大丈夫なの?

 

 戦闘力の高い人間は回復力も高いのだろうかと考えつつ、佐藤刑事にどう答えたものかと思案する。僕は探偵じゃないけど、発言にある程度の説得力は持たせたいし……ここは工藤くんの親友ってことで、凄い人っぽい感じ出せないかな。

 

「ええ、こう見えて『西の名探偵』の友達の親友ですから」

「それでどう納得すればいいのよ」

「それに世良ちゃんもポスト『南の名探偵』なんて呼ばれるくらい活躍してるんですよ。とっても優秀な女の子です」

「南の名探偵? 東の工藤君と西の服部君は有名だけど、南なんていたかしら…?」

「このまえ殺人犯として捕まってました」

「そんなポストにボクを入れるなよ!!」

「まあまあ、それはともかく続けよっか。では仲西さん、少し失礼しますね」

「え? あ、ああ…」

 

 犯人に変な茶々を入れられる前に、サラリーマンのおじさんの首元へ手を伸ばす。拒否はしないであろう世良ちゃんを一人目にして、押しの弱そうなこの男性を二人目にすれば『流れ』は作れたと言っていいだろう。なんの発言権もない素人がこの状況で何か押し通そうとするなら、こういった小細工も必要なのだ。

 

「あなたはこの事件の犯人ですか?」

「いや、違うが…」

「…ええ、本当みたいですね。ではそちらの女性の方も失礼して…」

「ちょ、ちょっと! 刑事さん、こんな子供の自由にさせてるのおかしくない!?」

「いえ、逆に考えてみてください荘野さん。こんな子供を自由にさせてるんだから、それ相応の理由があるとは思いませんか?」

「は、はあ…?」

「僕の親友の友達の父親は『大阪府警本部長』。また別の親友のクラスメイトの父親は『警視総監』。それに親友の彼女の親友には世界有数の財閥の娘もいるんですよ」

「それ親友が凄いだけじゃないの?」

「ええ、では失礼して首筋を…」

「だ、だからアンタにそんな権利──」

「ここまで拒否されると、流石に怪しくなってくるなぁ…」

「はぁ!?」

 

 無茶苦茶言ってるのは僕の方だが、キャバ嬢さんは世良ちゃんや佐藤刑事の方を見てグッと息を詰まらせた。疑われている……と感じたのだろう。実際はそんなことないと思うけど、どちらも気の強い女性な上、殺人事件の捜査中なんかは目力が強くなる。この状況では、キャバ嬢さんも身の潔白を証明したくなるに違いない。

 

「い、いいわよ! やりなさいよ! 言っとくけど私は絶対やってないからね!」

「ご協力ありがとうございます」

 

 彼女が考えを変えない内に、パパッと確認する振りをする。そして嘘は吐いていないようだと僕が口にすれば、自然とみんなの視線は青年フリーターさんに向かう。こうなると、残った一人は疑心暗鬼で心臓バクバクだよね。まあ疑心暗鬼もクソも、犯人で間違いないんだけど。

 

 さて、まずは彼が被害者を殺した後の行動を振り返ってみよう。被害者との押し問答の際に眼鏡を落とし、レンズを踏み砕いてしまった青年フリーターさん。レンズというのは一人一人に合わせて調整されているので、警察に調べられると、誰がどこで買ったかは丸わかりだ。

 

 しかも彼が眼鏡を新調したのは最近だったから、履歴も一瞬で辿られるだろう。彼もそう判断したため、レンズを拾い集めようとしたわけだが……暗い場所で砕けたレンズを残らず拾い集めるのは至難の業だ。だから最近テレビでやっていた『ホースを簡易掃除機にする小ネタ』を実践して、細かい欠片も吸い取ったのである。

 

 しかしそれにはホースをぶんぶんと振り回す必要があり、そんな不審行動を見た三毛猫ちゃん達に目を付けられ追い回されたわけだ。ちなみに作業中は当然ながら手袋をしていて、指紋などの証拠は残していない。その手袋も追いかけられている途中でドブに捨てており、汚染が激しいためDNAの採取は不可能だ。

 

 しかし最大の物証──盗んだイヤリングは、店の中に持ち込まざるを得なかった。途中で捨てたとしても、警察に見つかれば『それが空き巣の目的だった』とバレることになる。となれば、そのイヤリングに悪いまつわりがある常連の三人が容疑者に浮上する……それを嫌って途中で捨てられなかったのだ。

 

 彼が入店した時点で持っていた怪しいものは『壊れた眼鏡とレンズ』。物証は『イヤリング』。前者はトイレのタンクに沈め、後者は醤油差しの底に沈めたのだ。そして入店の際には手袋は捨てていたため、イヤリングにはしっかり彼の指紋がついている。つまり話をそこに誘導していけば、自ずと事件は解決する筈だ。

 

 …いや待てよ? 『醤油ウンメェー!』と言いながら醤油差しの中身を飲み干す方が手っ取り早いかも……うーん……醤油の致死量ってどのくらいだっけ? 塩分の取り過ぎは体に毒というが、一度に多量を摂取するとほんとに死ぬからなぁ。流石に一瓶一気飲みはヤバそうだし、やめとくか。

 

「では最後の方も失礼して…」

「…あ、ああ」

 

 ここで拒否しても怪しすぎるし、犯人としては、僕が適当なこと言ってるっていう望みにかけるしかないだろう。もちろんそんな望みを叶えてあげる義理もないので、バッサリ切って落とすけど。

 

「あなたはこの事件の犯人ですか?」

「違うに決まってるだろ!」

「なんで殺したんですか?」

「なっ…!? ち、違うって言ってるだろうが!」

「証拠は店内にありますか?」

「ふっ、ふざけるな!」

 

 ありゃ、手を振りほどかれてしまった。まあ最低限の聞きたいことは聞けたし、あとはサクサク終わらせるとしよう。事件に至る背景や動機は店主のおっちゃんが知っているので、あとはそれを思い出させるだけだ。

 

 というか原作でもそうだが、メタ的な視点から見ると、この事件の狂言回し役はおっちゃんである。しかもめっちゃわざとらしいタイミングで重要なことを思い出したりするからな。

 

 そういえば、前にこのラーメン屋で起こった事件も、店主のおっちゃんが原因の一つだったんだよな。真の黒幕は『ラーメン小倉』の店主だった…?

 

「大将、被害者の方と彼に何か諍いってありました?」

「ん? いや、諍いって言ってもまず被害者が誰か知んねえしな」

「え? …あ、そういや名前も聞いてなかったっけ。佐藤刑事、被害者の名前くらいは話しても大丈夫ですよね?」

「え、ええ……って言っても、まだ名前くらいしかわかってないわよ? 被害者は頓田温子さん。一応、持ち物からすると近くの店でホステスをやってた可能性が高いわ」

「大将さん、聞き覚えは?」

「ああ、それなら偶に来てた姉ちゃんで間違いねぇな。けど兄ちゃんとの諍いってぇと…」

「些細なことでも結構です。馬鹿にされてたとか、マウントが酷かったとか」

 

 うーんと唸りながら考えるおっちゃん。そして十秒ほど悩んだ後、ポンと手を叩いて語りだす。この場に居る常連の三人をこき下ろし、数百万のピアスを見せびらかしていた被害者の様子を。

 

 というかこの人が警察にこの証言をするだけで事件は解決してたと思うのだが、実際に語りだしたのはコナンくんが来てからなんだよな。ちなみに最初から話さなかった理由は『いま思い出した』である。

 

「ふむふむ。それじゃあ……あの人、何かいつもと違ってたりしませんか? たとえばそう──眼鏡とか」

「なっ…!?」

「眼鏡? …あれ、そういや兄ちゃん新しい眼鏡かけてただろ? どうしたんだ?」

「い、いや、それは…」

 

 僕が唐突に眼鏡を指摘したことについて、佐藤刑事や世良ちゃん、そして高木刑事と婦警の二人も怪訝な表情をする。青年フリーターさんの動揺ぶりから見て何かあるとは察したものの、なぜそれに気が付いたんだという疑問の表情だ。もちろんその指摘は本来コナンくんがする筈だったものなので、ちょっとばかし申し訳ない。

 

「さっきの持ち物検査で、彼は眼鏡ケースを持ってましたよね? 眼鏡を普段使いしてる人がケースも持ち歩いてるって、あんまり無いですよ。老眼で眼鏡を付け替えるとか、スポーツは裸眼でやるタイプとか……あとは眼鏡を新調して、度に慣れるまでは付け替えたりする人くらいでしょうか。大将さんの話からすると、最後のパターンみたいですけど」

「でも新しい眼鏡が古いのに変わってたからって、それがこの事件に関わってるとは思えないけど?」

「一見して無関係なものでも、そこに不可解な点があるなら突き詰めていくべきです。可能性を一つずつ潰していけば、最後に残るのは真実だけ……ホームズもそんな感じのこと言ってたでしょう」

「あら、カッコいいこと言ってくれるじゃない。だったらその真実、見せてもらおうかしら」

「ええ、もちろん。ではまず考えてみましょう……“もし”眼鏡の有無が事件に関係しているなら、その理由は一体なんなのか。世良ちゃんはどう思う?」

「そうだね……事件に関わってたと仮定するのなら、まず事件発生時点では両方持ってたって考えよう。そしていま持っていない以上は、どこかのタイミングで失くしたか壊したかだ。ただその場合、被害者の家からこの店までのどこかにモノ自体はある筈…」

「じゃあ『失くした』の場合を考えようか。現場からここまでの間に落としたとすれば、それは大した証拠にならないよね? 現物を見つけたとしても、いつどこで落としたかは立証できないし」

「現場で失くしたとすれば有力な証拠になるけど……佐藤刑事?」

「少なくとも、殺害現場にはそんなもの無かったわよ。まさか空き巣が被害者の家に置き忘れたりはしないでしょうし…」

 

 僕らがする『もし』の話に対し口を挟まず、冷や汗を流し続ける青年フリーターさん。まあ苦し紛れの言い訳で『眼鏡は最近失くした』とか言っちゃったら、この店のトイレにある眼鏡が見つかった場合、反論する余地がなくなる。藪蛇になるよりかは静観を選んだらしい。

 

「なら次は『壊した』の場合ですね。佐藤刑事、現場に『眼鏡が壊れる要因』はありましたか?」

「…! ええ、あったわよ。家の中で金庫や貴金属類を漁った形跡があったから、犯人の目的は空き巣だったんだと思うけど……おそらく帰り際に玄関先で被害者と鉢合わせたんでしょうね。そこで争った形跡があったわ」

「じゃあそこで壊れたとして、フレームが歪んだりしただけなら殊更に隠す必要もない……となると?」

「…そうか! そこでもしレンズが割れたとすれば、犯人は最低でも『警察が購入先を特定できる大きさの破片』は拾い集める必要があった──いや、待てよ?」

 

 世良ちゃんが口元に手を添えて考え込む。うーん、流石は女子高生探偵だ。ちょっとヒントを口に出せば、一瞬にして思考が正解に辿り着く。ここまでいけば、原作で問題になっていた『ホースをぶんぶんと振り回す奇妙な姿』とかその辺の謎はどうでもよくなる。

 

 まず『犯人はなぜ眼鏡を隠す必要があったのか』を考えよう。実際のところ、原作でも粒状の細かな破片までは取り切れていなかっただろう。しかしそんな破片程度では、いくら警察でも購入先を特定するのは難しい。

 

 しかし犯人が欠片の本体を持っていれば話は別だ、容易に同じものであったと判別できるだろう。とはいえ本体をさっさと処分してしまえば、現場のガラス片はなんの証拠にもならない。だが結局のところ、犯人は警察に追いかけられてその機会を失ったのだ。

 

 つまり壊れた眼鏡とレンズをケースに入れっぱなしだと、現場に残っている小さなガラス片に気付かれた場合、照合された時点で物証になってしまうということだ。

 

 だからどこかに隠す必要があった……という考えにちゃんと行きついてくれたのか、世良ちゃんが不敵な笑顔で僕にアイコンタクトしてきた。やだ、もしかして通じ合ってる?

 

「なあ大将! この男の人、店に入ってからトイレに立ったりしたか?」

「ん? ああ、入ってたけどよ…」

 

 大将の答えを聞いた途端、トイレに突入する世良ちゃん。ここまでくると警察組も彼女の行動に口を挟むようなことはせず、排水溝やトイレのタンクを確認する世良ちゃんを後ろから見守っている。

 

 そしてさりげなく佐藤刑事がトイレの前に、高木刑事が青年フリーターさんの近くに、そして三毛猫ちゃんと由美さんが逃走口を塞ぐような形に陣取った。

 

 事前に示し合わせてもいないのに、よくこんな見事な連携をとれるものだ……お、タンクに沈んだレンズとフレームも見つかったようだ。世良ちゃんが嬉しそうに八重歯をちらつかせながら、佐藤刑事へ報告している。可愛い。

 

「佐藤刑事。鑑識さんに現場の地面をよく調べるように言ってもらえますか? たぶんこのレンズの小さな破片が見つかると思います」

「ええ、すぐに調べさせるわ」

「世良ちゃん、タンクに他のものはなかった? 事件の原因っぽいピアスとか」

「ううん、これだけだったよ」

 

 さて、じゃあ後は決定的な証拠を突きつけるだけだな。実はこの眼鏡だけだと、揺るがぬ証拠とまでは言えないのだ。

 

 青年フリーターさんが働いていたコンビニは、被害者の家の目の前にある。だからたまたま彼女の家の前で眼鏡を割ってしまい、それをなんとなくラーメン屋のトイレのタンクに突っ込んだ……という死ぬほど苦しい言い訳もできなくはない。

 

「そっか……まあ元から盗めてなかったって可能性もあるか。ただもし店内にあるとすれば──この辺かな?」

「…っ! ま、待っ──」

 

 彼が座っていたところにあった醤油差しの中身を、コップに移し替える。そうすると、醤油ですっかり黒ずんでしまったイヤリングが顔を出した。そして僕の行動を制止しようとしていた青年フリーターさんも、流石に観念したのかガクリと膝をつく。

 

「素早く隠す必要があった中で、指紋を残さないようにするのは難しいでしょうね……はいどうぞ、佐藤刑事」

「…まさか本当に解決しちゃうなんてね。さすが西の名探偵の友達の親友ってところかしら?」

「ええ、そんなところです。もしくはポスト『北の名探偵』でもいいですよ」

「あら、南だけじゃなくて北も空いてるの?」

「ですね。このまえ世良ちゃ──南の名探偵に殺されてたので」

「その言い方だと、まるでボクが犯人みたいじゃないか! というかボクに『南』の要素ないだろ!?」

「あれ、たしか世良ちゃんってパプアニューギニアから来たんじゃ──」

「イ・ギ・リ・ス!」

「え? アメリカ留学の帰国子女って話はどこ行ったの?」

「へっ? あっ……やっ、ま、間違えちゃった……ハハ…」

 

 世良ちゃん意外とガバガバで草。まあそもそもの話、イギリス留学をアメリカ留学って偽ってるのがまず意味不明なんだよね。SISがイギリスの秘密情報部だからといって、イギリス留学=SISに関係してるとはならんだろうに。

 

 ──まあそんなこんなで連行されていく犯人を見送った後、通常営業に戻ったラーメン小倉。どう考えても営業するような状況ではないが、そこはやっぱりコナン世界。

 

 殺人事件の現場にでもなったならともかく、多少巻き込まれた程度で店を閉じたりはしないようだ。見習いたいメンタルである。

 

 …さて、このあとはSISの諜報員であるメアリーママと話すのだ。しっかり腹ごしらえしておくとしよう。





普段は次話を投稿する時に前話の感想に返信するスタイルなんですが、今回は流石に間が空きすぎたので省略させて頂きます。ですが書いていない間も送ってもらえた感想、ここ好き、高評価などとても励みになりました。ありがとうございます。

次話のプロットは出来てるので(冨樫)年内には投稿できると思います。
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