少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
「おかーさん! おかーさん!! テレビ! テレビ!!」
「もうサラったら、ちょっと待ってなさい」
とある普通の家。そこには夫婦二人組と一人の幼い仔ウマがいた。
父親は「こらこらっ」と言いながら、目玉焼きと味噌汁など。朝ご飯に相応しいおかずを作っている。
母親はテレビをつけると、「えーっとどれだったかしらぁ…」と言いながらリモコンの数字をぽちぽちっと押している。
「っ! おかーさん! これ!」
”サラ”と呼ばれている幼い仔ウマはある番組になると、テレビのリモコンをひったくった。
その番組は朝の5:30から10:00までやっている朝の番組『グッモーニンサンデー』その一つのコーナーだった。
そこに映っていたのは、緑のメンコに明るめの茶色の長い髪が、走行風によってたなびいている。
そのウマ娘を認識した瞬間、仔ウマの尻尾はぶんぶんとはちきれんばかりに左右に大きく揺れ、ウマ耳はぴこぴこぴこぴこっと風圧を感じられるくらいウマ耳は動いている。
「サラは本当にサイレンススズカが好きね」
「うん! だいすき!!」
テレビに映っていたのはサイレンススズカ。春に行っていた重賞レースのハイライトが出されていた。
そのレースはサイレンススズカが大逃げし大差で勝利した、あの伝説的なレースだった。
「ここ見てくださいよ! ここでサイレンススズカは加速しているんですよねぇ!」
「去年の逃げ脚質のウマ娘と比べてもその加速度が全然違うことが分かりますね」
「サイレンススズカの走りは、今までの逃げの概念を根底からひっくり返していますね」
と、各々がサイレンススズカの走りを絶賛している。テロップには『天皇賞・秋 一番人気』と少し派手に書かれていた。
「わぁ~!! すごい! すごい!!」
「もう何百回も見てるじゃない、ほんと好きねぇ…」
「僕はそこまでレースは知らないけど、この子がすごいことはよく分かるよ」
実の娘の反応に対して、やれやれと思う妻と感心を持つ夫。そんなのはお構いなしに興奮が止まらない仔ウマ。とても仲睦まじい光景だと言えるだろう。
「ほらほら、そろそろ行くよ~」
「え、どこにいくの?」
「ふっふっふ~…それは行ってからのお楽しみ」
「っ?」
夫婦はリュックサックを背負って、実の娘の両手をそれぞれの手で繋ぐ。そうして、電車を何本も乗り継いだのだった。
***
「…ついに、この時が来たね」
カレンダーに何重にも丸をつけた今日の日付を、横目で見ながら。僕は部屋でため息をついていた。
今日、この世界のサイレンススズカが出走する。秋の天皇賞に。
僕は最後まで悩んでいた。少しでもサイレンススズカの出走をやめるように。直接ではなくても匿名で暗示させた方がよかったんじゃないか…っと。
しかし僕は、”沈黙”を決めた。
それはあの歴史が繰り返されることなのかもしれない──けど、それ以上に見てみたいのだ。
この世界のサイレンススズカが、ゴール板を駆け抜けるその姿を。
僕はあの世界では、彼に命を救われた。
なら僕はこの世界で──彼の魂が入った彼女を救う番だと思っていた。
でも、それは違うということを僕はあの時に知った。
春頃、トレセン学園を訪問した時。人の少年がスズカの近くにいた。
それを見て悟ったのだ。彼女を救うのは、僕じゃない。あの男の子にその役割が向けられているんだと感じた。
その後接触したのは、ダービー前だった。迷子ということだったらしいけど、これは運命だと思い、僕は警告だけを出した。
そして宝塚、レース運びは全て一緒だった。自分自身の走りは、自分自身が一番覚えている。
大きく運命は変わっていないかもしれない。不安が今日に近づく度に大きくなっていった。
「…そろそろ、行くかな…」
僕はスーツを着込んで、家を出た。向かう先は──府中競馬、いや、東京レース場だ。
***
「よぅし! 今日は全員いるなぁ!」
先生がいつも以上の大きさで、ここにスピカのメンバー全員いることを確認する。
「いやマジでいつぶりだよ全員揃ったの!」
「あはは…」
「いやマジで新人いる日なんていつぶりよ?」
「多分、玲音と一緒に行くのはダービーぶりくらいじゃないかなぁ?」
「あながちそうとは言えないところが恐ろしいですわね…」
「まぁいいじゃねえか! 玲音先輩もいるし、スズカ先輩の夢舞台だし!」
「それはそうね、スズカ先輩。今日は頑張ってくださいね!」
「わ、私も! 応援しています!」
「ふふっ、ありがとう」
「おいおい、まだ電車にすら乗ってないぞ?」
先生の言う通り本当に久しぶりの全員集合だったけど、その雰囲気は前より…いや、前以上に明るいものになっていたと思った。
天気も晴れていて、不安なことなどほぼ何もない。
…しかし、そのほぼが一番懸念しているところだ。
俺は自然とスズカの左足を凝視してしまう。
「あぁ~玲音なんかスズカの脚じと~って見てる~」
「れ、玲音さん! 破廉恥ですわ!!」
「えぇ!? そこまで言われる!?」
「玲音、よく覚えておけ。この社会はウマ娘のモモを触るだけで痴漢扱いに──」
『いやそれはそうでしょ…』
「あれ全員から認識されてる?!」
「それはそうに決まってるだろ!!」
「それはそうと決まってますわ!!」
「ぐええええええええええ!?!?」
マックイーンとゴルシのツープラトンを喰らう先生。それを呆れて見る俺や他のみんな。
周りの人たちは「(なんだあの人たち)」とスルーしようとするが、その喧騒の傍らにいる人物を見つけてみんなわらわらと寄ってくる。
「サイレンススズカだ!」
「すげぇ本物がいる!!」
「今日頑張ってくださいね!!」
「はい、いつも応援ありがとうございます」
「やべぇ神だ…」
「俺今日死ぬかもしれん…」
「縁起でもないことを言うなよw」
「はいはーい!! 今からチーム・スピカ一行が通るんで道開けてくださーい!!」
先生がそう言うとわらわらと集まっていた人たちは、駅の方を開けるかのように移動する。
人波から駅の出入り口が見えたため、なんとなくモーセが海を割った伝承を思い出してしまった。
そう考えると、チーム・スピカというのは全体的に見てもかなり人気のあるチームなんだということを、今初めて知ったかもしれない。
まぁ、ずっと独りでレース場に行ったりしてたんだから当たり前か。
「どうしたのレオくん、そんなきょろきょろして?」
「あーいや、ここまで人が多いのに慣れていないって言うか、妙にこそばゆいというか」
「こういうのも慣れておけよ~玲音。一人前のトレーナーになるということは、日本を代表するウマ娘を背負うということだ。人の目線で弱ってたらこの先やっていけないぞ」
「そーだよ玲音! こういうのはもっと堂々とやるもんだよ!」
「テイオー…あなたはもう少し尊厳を持ってくださいまし…」
どういうことさマックイーン!? とぶーぶー言うテイオーにそれをスルーするマックイーン。
あぁ、なんかほのぼのするな。
「んっなにさ玲音、ボクの顔に何かついてる?」
「んなことはないさ…」
そう言いながらテイオーの頭をぽんっぽんっと叩いた後に撫でる。
「絶対なんか考えてたよね!?」
「(う、羨ましいですわ…)」
「(……いいなぁ)」
・ ・ ・
電車で数駅乗って、東京レース場の最寄り駅に着く。
「なぁトレーナー、少し質問いいか?」
「どうしたんだウオッカ?」
「なんでわざわざこっちでここに来たんだ?」
ウオッカの言う通り、トレセン学園の最寄り駅からだと東京レース場の最寄り駅には実は遠回りだったりする。
それならトレセン学園から徒歩で歩いて東京レース場に向かうのが早い。でも先生はそうしないでわざわざ遠回りの電車を使った。
でも、俺にはなんとなく分かっていた。
「その答えは…玲音、分かるか? チームトレーナーからの問題呈示だ」
「スズカだけじゃなく、チーム・スピカとしての民衆への認知…ですよね。スズカとスぺは確かにスピカの中心になった…でも、この後にもウオッカにスカーレット、そしてマックイーンは二か月後からはクラシックに入っていく、テイオーもいよいよジュニア期に入る。だからこそ、チーム・スピカとしての認知度を高めて、次の子たちに繋げる…狙いとしてはこうですかね」
「え、そこまで考えられてたのかよ!?」
「ただの遠回りに、そんな深い理由が…!?」
「やはりここのトレーナー…只者じゃないですわね…」
「でもそれを考える玲音もすごいよ!!」
俺は俺の中で思ったことを、そのまま口にする。間違ったことは言ってないと断言できるし、その答えにも自信があった。
しかし先生は「よくやった」とか「正解だ」というシンプルな言葉を使わずに、口を少しぽかんっと開けて咥えていた飴を地面に落とした。
「いや、まさかそこまで深堀してくるとは、ちょっと想定外でな…」
「えっ?」
「確かにチームの認知度や来期からのこいつらの認知も周りからは必要だ。だが遠回りでも電車にした理由は、もっと単純だ」
「単純…?」
「距離だよ」
その言葉を聞いても、自分は少しだけぽかんっと口を開けて、そのまま先生が言ったセリフをそのまま返していた。
「距離…?」
「お前は地下から国民的になったアイドルグループを応援するファンとして、地下の時と国民的になった時のメンバーたちとの距離はどうなると思う?」
「そりゃ…ライブの最低距離も遠くなって、触れ合いも減って…」
「ウマ娘たちにもそれは言えることだ。誰だって最初はメイクデビュー前の肥えウマ娘だ。そこからレースをして、ファンを増やし…同時にファンとの距離も遠くなっていく」
「……」
「勝負服喫茶の時もだったが、俺はファンとこいつらの距離間はなるべく今の距離を保ちたい。特別になり過ぎず、そして身近にいる一人の存在なんだということを、みんなに認識して欲しいんだ」
「なるほど…」
「トレーナーさん、すごいこと考えてますね…!」
「確かに、リギルの時とはファンとの距離間が近いかも…」
っと、先生の想いに対して、各々の反応を返す。
…でも、ウマ娘って別に特別な存在なのだろうか?
確かに世間では容姿・身体能力によって、ウマ娘を上位の尊い存在と考える考え方もあるけど。
でも、彼女たちも俺たちと同じ年ごろの少女で、自分たちとは、なんにも変わらない存在だ。
「──まぁ、こう諭さなくても、玲音は自然にできてるんだがな」
「え?」
「お前は自覚はないと思うが、ウマ娘で態度や距離も変えずほぼ対等な立場に立って物事を考える。これは例えチームで居たとしても、できるやつは限られている。お前にある良い特性の一つだ」
「良い、特性…」
先生が言った距離間、そして俺の言い特性という単語を反芻しながら、そのまま東京レース場の方に足を進めた。
・ ・ ・
東京レース場に着くと、もう人でごった返していた。
横断幕には『天皇賞・秋』と大々的に広告されている。
「やっぱここの空気はいつ来ても慣れませんねぇ…」
「スぺちゃんも5月にここで戦ったのよ?」
「まぁ人の多さに慣れないっていうのは、俺も同情できるよ」
右を見ても左を見ても人やウマ娘で溢れかえっている。今の時間帯はお昼前ということもあり、まぁまぁ出店が混んでいる。
「時間もちょうどいいし、お前らなんか食ってこい」
先生はそう言うと、一人一人に1000円を持たせる。
それを見たゴルシは、とても顔を青くしてこう言った。
「明日槍でも降るんじゃねえか?」
「失礼だなぁ!? たまの贅沢くらいさせてやってもいいだろ?」
「でもお前、二日前めっちゃみんなで食っててお金死んでなかったか?」
「確かに死んだが…あの後に給料日来たからいいんだよ」
「まぁ、だったらいいがよ…」
「ほらほら、蜘蛛の子が散るように行った行った。俺は受付とその他諸々済ませてくるからな」
そういうと、先生はその場から去っていった。
残された自分たちはお互いを見合った後、じゃあまた後で…といった感じにその場を別れた。
「……ねぇ、レオくん」
「んっ、スズちゃんどうしたの?」
「一緒に回らない? ちょっと人が多いのはやっぱ慣れていなくて…」
「あぁ、分かったよ」
・ ・ ・
「レオくん、はいあ~ん」
「あ~ん…んぐっ……んまっ」
「ふふ、揚げパンなんて久々に食べたわ」
「そうだなぁ…」
レース場とは少し離れた位置。日曜日は多くの人が来るからこそ、多くのキッチンカーや出店などが並ぶ。俺はスズカにはあまり多くのものを食べさせない方がいいだろうと思い、出店などを中心にお昼ご飯を取っている。
「それにしても、ほんと不思議…つい数ヶ月前までは、お互い在学してたことも知らなかったのに…」
「ほんとなぁ…こうやって食べ合うくらいには、日常として溶け込んでいるんだもんね…」
「……それは日常なのかな…?」
「普通なんじゃない? 多分全国の幼なじみなんてこんなものでしょ」
「そうね…」
もう少しで本番が始まるという大切な時間。しかしスズカを見れば、だ
いぶリラックスしているみたいだ。ウマ耳は横を向いて尻尾も力んでいない。ちょうどいい感じだ。
…と、思っていたら、ぴょこっとウマ耳が驚いたような様子を見せる。
「っ?」
「スズちゃん? どうしたの?」
「誰か泣いている…迷子かも」
「マジか、どっち?」
「こっち」
スズカが立ち上がり、その声がしているであろう方向に向かう。俺も後をついていく。
少しずつ人が減っていき、メインの通りからは離れていく、そしてそこまでざわめきが減ってくると、どこかで「えーん!」と泣いている子どもの声が、確かに聞こえた。
それを認識し、少し足早にその声に近づく。するとそこにいたのは、木の下で体育座りをしながら泣いている仔ウマの少女がいた。
「君、大丈夫?」
「おかあ~さ~ん…おと~さ~ん~~…え~ん…」
「これは、迷子かしら…」
「だろうね…」
俺はゆっくりとその子に近づいて、腰を下ろし、肩をぽんっと置く。
「きみ、大丈夫かな?」
「ひぐっ…ぐすっ…おにーさん、だれぇ?」
「俺は玲音っていうんだ」
「私はサイレンススズカっていいます。あなたの名前は?」
俺、そしてスズカは少女に対して名前を言う。これ自体は全然普通のことだ。
しかし少女はスズカという言葉に対して、ウマ耳をぴょこっと動かし、スズカの方を見る。
「──すずかだ」
「へっ?」
「すずかしゃんだ~!」
そう言った瞬間、少女はパーッと笑顔になり、そのままスズカに抱き着く。
あまりにも唐突な出来事に、「わわっ!?」と驚きながら後ろへと態勢を崩すスズカ。俺は慌てて彼女の後ろに回り込んでその身体を支える。
「あ、ありがとうレオくん…///」
「いえいえ」
そうして俺とスズカは女の子を迷子センターに連れていくために、ゆっくりと手を繋いで歩き出す。
ふと横を見てみると少し顔を俯いて尻尾を一定のリズムで左右に振っている。こっちからだと顔色がよく見えないけど、なんか恥ずかしか思っているのは見て、あと雰囲気でわかる。
「んー…なんかおにーさんとすずかしゃん…パパとママみたい!」
「ふぇ!?///」
女の子にそう言われた瞬間、かーっと顔が赤くなり、そして尻尾をぶんっ!ぶんっ!!と強く振っている。
「ぱ、パパとママって…俺とスズちゃんはそんなのじゃないよ」
「おにーさんもかおあかい!」
「えっ…?」
女の子に言葉に素っ頓狂な反応を返してしまう。そして本当に偶然なのか…水たまりに俺の顔が反射する。
…とても顔が赤くなっていた。
「っ…!?///」
「あ、おにーさんもかおあかーい!」
「ちょ、ちょっと暑いだけだから…」
「……///」
ぶんぶんと顔を赤くしながら尻尾を振るうスズカに、同じく顔を赤くして制服の襟で無意味に口元を隠す俺…そんなのは他所知らずにるんるんっ気分の仔ウマの女の子…なんというか、とても、こう…。
…言葉に表すのはとても難しいシチュエーションだった。
そうして、俺とスズカは悶々としながら迷子センターにつき、場内放送で呼びかけをしてもらうと、すぐに親であろうウマ娘と男性が訪れてきた。
そうしてそんな親を見て、すぐに女の子も、親のもとへと駆け寄る。
「よかった…」
「本当にな」
「ねぇねぇパパママ! すずかしゃん! と、おにーさん!」
「あら本当…」
「これはこれは…娘を保護してくださってありがとうございます…!」
「いえ、私たちも本当に偶然だったので」
「ほらサラ、ちゃんとお礼を言いなさい」
「うん! すずかしゃん! おにーさん! ありがとう!」
その女の子のとっても明るい笑顔をしながらのお礼を受けて、俺とスズカは顔を見合わせて…ふっと笑って。
『どういたしまして』
と、自然と言葉を揃えた。
その後、親子が見えなくなるまで手を振り見送って、自分たちもそろそろ戻ろうとその場から離れ、一緒に歩く。
「…ねぇ、レオくん」
「んっ…?」
「…子どもっていいものだね…」
「……そうだな…」
そんな言葉を交わし合い、きゅっと握る手の力を強める。
その時の自分たちの顔は、言わなくても分かると思う。
***
…控室で勝負服に、袖を通す。
目を開けて、目の前の鏡を見てみると…そこには勝負服を着た私自身がいます。
ごく当たり前のことですけど、一年前の私からしたら…あり得ないことでした。
観客のプレッシャーや周りの期待の声に押し潰され、期待を裏切り拍子抜けだと言われて、走ること自体をやめた去年。私はもう、走れない…と思っていました。
しかし半年前に今のトレーナーさんと出会い、自分がやりたい本当の走りを見つけて。
そして、レオくんに十年ぶりに再会した。
この一年、色んな事が…短い間隔で何度も何度も起こっています。少し前まで走らなかった私が、この大舞台に立てる。
そう考えると、とても不思議な気分になります。
…と、想ったその瞬間、ぱちっと音が響きました。その音の方を見るために視線を下に向けると、止めていた靴の金具が取れていました。
ウマ娘はとても早いスピードで走るため、靴の不備は下手をすると大きな怪我に繋がる恐れがあります。…たしか、そのことからレース前に金具が取れる・紐が解けることは凶事の前触れ…と、フクキタルから聞いたことがあります。
でも、そんなことは関係ない。私はただ、いつものようにあの景色を見に行く。一番前の開き切ったところより先にある…あの景色に。
「……」
着がえを済ませて、控室からパドックを行った後、地下バ道へと足を進めます。すると、そこにはレオくんやトレーナーさんがいました。
「気分はどうだ、スズカ」
「とても落ち着いています。けど、早く走りたくて仕方ないです」
「それは結構」
多くは語らないトレーナーさん。私の人生を大きく変えてくれた人。よくスペちゃんにセクハラ紛いなことをして、ゴルシ先輩を筆頭にいろんな人に蹴られているけど…でも、その多くを語らないで見守ってくれるスタイルが、私には合っていた。自由に走れたからこそ、あの景色を知れた…。
そうトレーナーさんへの感謝を心の中でしていると、スペちゃんが後ろからひょっこりと身体を出して、こっちに近づいてくる。
「あの…スズカさん! これどうぞ!!」
そう言いながら、スぺちゃんはなにやら手のひらサイズの何かを手渡す。
それを見てみると、ダービーの時。スぺちゃんのためにみんなが作っていたクローバーのお守りでした。
「ご利益あるかな~…って」
「まっ、確かにご利益はあるだろうな」
「それにはスペ先輩だけじゃなく、ウオッカや全員の想いを乗せていますからね!」
「スズカ! 今日もあのびゅーん! って早いの見せてよね!」
「えぇ、もちろんよ」
そうして…私の心の尻尾はどこかで待ち望んでいた。水晶同士が擦れる音が響き、私はそっちの方を見て、ポケットに入れていたブレスレットを目の前の人に手渡します。
……あの時もらった翡翠のブレスレット…そして、あげた水晶。あの時お互いが付け合う時にやったあのルーティン。いつの間にか、この地下バ道でやるのが当たり前になっていました。
彼の少し細いけど引き締まった手首に、水晶のブレスレットを通す。擦れる音一つ一つが、耳に届いてきて…脈一つ一つがお互い同士で感じ取れるような錯覚にも陥ります。
私が終わると、今度は彼がやってくれる。自分の手首を支えて…そしてゆっくりと翡翠のブレスレットを通してくれる。でも彼はそれだけでは終わらずに両手でそのまま私の手を握って、額をそこに当てる。
じわーっと彼の温もりが手を通して…まるで天使の羽で私の体を包んでくれるような…そんな感覚がする。
大袈裟と思われるかもしれませんが、私は全然そんなことはないと思っています。
「──行ってらっしゃい、スズカ」
「うん、行ってきます…!」
そうして私は小走りで…レース場の方へと向かいました。
「玲音お前…よく俺たちのそんな恥ずかしいことできるな…」
「えっ? 別に普通だと思いますけど…」
「えぇ…」
「(あれやってもらうと、私もスズカさんみたいに早くなるのかな…? 今度玲音さんにお願いしようかな…?)」
「(スズカと玲音仲いいな~)」
「「((あ、あれが普通なのか(しら)…))」」
「(う、羨ましいですわ…///)」
「…………」
***
運命がどうなるかは、ここにいる誰も分からない。
些細なことが変わった時に、何が変わるか分からない。
バタフライエフェクト──一匹のチョウのはばたきが、大嵐を起こすことをいう。
そんなチョウのはばたきよりも大きい事が、今起こっている。
見届けよう、この一瞬を……そして、信じよう、運命が変わるその瞬間を。
そのために────……自分は。
『ゲートイン完了、出走の準備が整いました』
"もう一度、ここへ来たんだ"。
・大変お久しぶりです。ヒビル未来はNo.24です。半年以上ぶりの更新ですね。大学が忙しかったといえばそこまでですが…私はこの物語を進めるのを、少し怖がっているというところがあるかもしれません。ですが、ススメミライへ。止まっていては何も始まらない。だからこそ、久しぶりに投稿しました。クオリティーが低くなっているかもしれないですし。もう忘れ去られているかもしれませんが…せめてこの章は、年内で終わらせることを目標とします。
・正直に言ってしまえばもうアプリやっていないウマ娘にわかになり下がってしまいましたが、私は私の世界を、彼と彼女たちのお話を紡ぎたいと思います。
次回、秋の天皇賞・後半
乞うご期待を。