少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
『サイレンススズカに故障発生!!』
その言葉を聞く前から、確かに観客席はどよめきを隠しきれていなかった。当たり前だ、さっきまで好走を見せていた娘が急にフォームを崩しスピードが遅くなっていれば、誰もあんぐりと口を開けて驚くに決まっている。
そして…そういう知識を持っている人間であればあるほど、その重大性はとても心に突き刺さる。
「左足…」
「す、スズカさん…」
マックイーンもその知識があるのだろうか。それともそういう経験をしたメジロの人たちでも見てきたのだろうか。とても冷静に、この事の重大性に気付いていた。
スぺのやつはそんな知識などはないだろう。だが、一大事が起きていることは、あいつでも分かるだろう。
どうする…スペか誰かを行かせて無理やり競走を中止にしてもらうか…? なんて思った時だった。
「スズカァァアアアア!!」
近くで大きく、彼女の名前を呼ぶ声が響いた。
その方向を、スピカの全員が見ていた。俺もほぼ瞬時に振り返っていた。
玲音だ。あいつがスズカに対して、声援を送ったんだ。だが、おかしい。あいつは確か整形に関する授業を受けていたはず。だったらこの重大さを分かっているはず。
少なくとも、今のスズカがレースをすることはほぼ不可能だということを。
そう思った時だった。再び会場内のどよめきが広がっていく。何かまたあったのだろうか。俺はターフの方を見た。
────スズカが、またスピードを上げていた。
おい、何が起きている? あまりにも信じられない光景が広がっていたことに、俺は驚かずにはいられなかった。
なぜだ。なぜあいつは走れている? いや違う、立っていることも普通はおかしいのだ。
だってそんなことをしてしまえば…故障した脚に無理をさせてしまったら、そこからさらに連鎖的な負荷が掛かって…脚がダメになってしまう。
「ダメだ! スズカ! 戻れ!!」
俺は必死にそう叫んだ…だが、ダメだった。
周りの歓声が、俺のその上叫び声を消したのだ。場内実況が、その様子をさらに囃し立てていく。
あぁ、まただ…またあの時と同じだ。大きな声援と期待を、受けてしまっている。時にそれは愛バを傷つけることだっていうことは、分かっていたはずなのに。ここからでは、なにも…できない。
「いっけぇー! スズカさああああああん!!」
『いっけぇー!!!』
その声援は、俺の隣から聞こえてきた…スペから、そしてスピカのみんなへとその想いが伝播されていたのだ。
こんなこと、異常事態だっていうことは分かる…だが、それでも、今走り続けているなら、応援してやるのが…トレーナーとして、そして走りに魅入られた者として、やるべきことなんじゃないか…?
「──け…スズカ……」
一言言葉にしてしまうと、止まらなくなってくる。胸に秘めた熱い何かが、もっと前に出させろと叫ぶ。いけ…行け……行け…!!
「行け!! スズカ!!!!」
『最終コーナーを周り残りは直線!! しかし後続も次々と加速している!!』
いくらスピードを加速させたとは言えど、本調子と比べると圧倒的にスピードが乗っていない…そして相手にはエルコンドルパサーなど、おハナさんの自慢の娘たちがスズカに食らいつこうと加速している。残りの直線を逃げ切れるかは…正直難しいだろう。
だが、今この会場は…スズカの声援に満ちている。その声援が力にならないウマ娘は…同時に、プレッシャーになってしまうウマ娘は、いないと言った方がいいだろう。
『残り200m! エルコンドルパサーだ! エルコンドルパサーが詰めてきた! エアグルーヴも狙っている!』
「うぁぁああああ!!!!」
ここまで聞こえてくる。スズカの鬼気迫る叫び声…あいつ、あんな声出せるのかと感心しながらも、俺たちは声援を送り続ける。フォームはバラバラ、歯を食いしばっていて汗もすごくかいている…だが、人々は魅了されてしまうのだ…今までのクールさからは気づかない、彼女のゴールへの執念を。
『迫る! 迫る!! サイレンススズカ逃げられるか!!』
もう誰もが、彼女が手負いであることを忘れていたのかもしれない。ただ、この瞬間を誰もが待ち望んでいた。そんな感じもする。
ゴールまであと、数m…というところだった。エルコンドルパサーが最後の最後で加速してきた。だが、スズカは同時に一気に減速した…まるで、何かやり切ったかのような表情を見せて…穏やかな笑顔で…全身の力が抜けたかのようだった。それに気づいた観客たちは、悲鳴と歓声ほ両方が入り混じる。
そうして、ほとんど同じタイミングに…2人の体がゴール板を横切る。そして、そのままスズカの体は、ぐらりっと前に倒れていく…それこそ、受け身も取らずに真っ直ぐ。
「っ、不味い!!」
さっきまでの熱が嘘かのよう冷めていき、一気に背筋が凍る。ウマ娘のレース中の転倒は下手をするとその先の人生を決めかねない重大な怪我に繋がる恐れがあるからだ。
だが、それが見えている時点で、今の俺にできることなんて何一つない。
また目の前で大切な愛バが──壊れるのか?
俺は必死に手を伸ばした。無意味に、スズカの声を叫んで…神様でもなんでもいい、何か奇跡が欲しいとでも言わんばかりに…。
全てがスローモーションのように遅くなる。歓声が遠くなっていき、そしてスズカの姿しか見えなくなる。身体のバランスを完全に崩して、そのままターフへと身体が倒れていく、
もうダメだ…そう思った瞬間、横から人影が横切る。
その瞬間、その人影とスズカがぶつかる。石か何かだろうか。黄緑色のものと光り輝く何かが飛び散らせながら、その影はそのまま力に従って、十数m吹き飛ばされる。
『きゃあああああ!?』
ざわめき、どよめき、そして悲鳴…ありとあらゆる声で包まれている東京レース場。
その中でも、1人の声が高らかに、俺の横で響いた。
「玲音さん!?」
その言葉を言ったのはマックイーンだった。いつもは冷静な彼女が、見たこともないような形相と声を上げながら、そのまま柵を飛び越えて、その人影とスズカの方に一目散に向かう。それにつられてか、スぺやウオッカ、スカーレットもその方に寄る。
横を見てみると、柵を握りしめどこか真剣な顔をしているゴルシと、両手を口に当てて、目を見開いていたテイオー。
俺は思わずターフの方に顔を向け、そのまま柵を乗り越えて降りる。どすっと少し高い所から落ちた感触を足に受け止めながら、俺は今出せる全力の速さであいつらのもとへと走る。
「スズカ! 玲音!!」
二人は抱き着くかのようにして倒れていた。スズカが上になり、玲音が下敷きになるかのように地面にぶつかったのは見えた。
スズカの足は完全に脱力、いや折れていた。ウマ娘だと可能性がある、足の骨折。下手すると選手生命を断たれたといってもおかしくないが、それは詳しく見てみないと分からない。だがスズカはとても苦しそうだが、息をしている。
ただ、問題は…。
「玲音さん! 目を開けてください!!」
悲痛な声を聞いてしまい、そのまま思わずそっちの方を向く。そこには玲音がいたが…髪の毛で表情が見えない。さらに息も浅すぎる。
ウマ娘の走る速さは普通にそこら辺を走っている車よりも早い…衝撃は凄まじいはずだ。
マックイーンは心配になったのか、顔を自分の方に向けようとしたが…俺はそれを止める。
「ダメだマックイーン…! 頭を動かしたら最悪なことになりかねない」
「けど…けど!!」
「我慢するんだ! 今俺たちにできることは、ない」
そう、何もないのだ。奥から救急車が2台こちらに向かって来ているが、俺やこの子たちにできることはない。むしろ素人が何かをしてしまったら、悪化する可能性が高いからだ。
見た感じ、外傷はない。スズカのように分かりやすい折れ方をしているわけではない。だが、口から出血しているのは分かる。素人目線で見ても、重症なのは間違いない。
思わず歯を食いしばり、手のひらに爪が食い込むくらい強くこぶしを握る。
だがそれと同時に、観客スタンドの方から歓声みたいなものが聞こえてきた。わー!と、会場全体が揺れ動いている。そしてその目線は俺たちの上へと向けられている。その目線を追うように、俺は踵を返した。
そこには、『東京11R 確定 Ⅰ.1 ハナ』と表示されていた。
それはつまり、彼女は…制したのだ。秋の天皇賞を。聞こえてくる歓声は、それを讃える声なのだ。
「スズカさん…やりましたよ……勝ったんですよ…だから、目を開けてくださいよ!」
「…………」
その本人からの返事はなく、ただただ苦しそうに漏れている息は音が、歓声によってかき消されるだけだった。
***
季節の移ろいを感じさせる風が吹き始めた、11月1日。
東京レース場で行われた天皇賞・秋は、波乱を呼んだ。
レースは一番人気のサイレンススズカが…(中略)
しかし大欅を超えた瞬間、サイレンススズカに故障が発生し、大幅にペースを落としてしまい、2位のウマ娘との差が一気に狭まった。だが第3コーナーに失速したペースを取り戻した。第4コーナーを周り最後の直線の時バ群との差は近かった。しかしその差が埋まるのはごくごくわずかだった。残り200mになるといつも冷静にレースを送っていたサイレンススズカが吠えるように声を上げたことは、多くの人の印象に残っただろう。だがエルコンドルパサーが迫り、抜かれるかの瀬戸際だった。少しずつ迫るエルコンドルパサーに逃げるサイレンススズカの対決に、誰もが目を奪われたはずだ。
だが問題が起きた。観客席から観客の一人がターフに入ってきたのだ。そうしてゴール前にサイレンススズカとその観客が激突。それによって秋の天皇賞は幕を閉じた。しばらくの写真審査の後、ハナ差で秋の天皇賞を制したのはサイレンススズカになった。だが制した本人はそのまま緊急搬送されたのだった。
ここから先はライブレポートになるが、ウイニング・ライブ2時間前にライブを決行することがURAから公式発表された。それにより東京レース場に訪れていた人たちはざわめきを起こした。救急搬送されているのは、誰もが見ていたからだ。だが何人かは人あの後快復し、ウィニング・ライブは参加するかもしれない。ということを考えた人もいるかもしれない。
そうして行われたライブには、今回の主役はいなかった。センター不在、録音で撮られたボーカル音声のみという前代未聞のウイニング・ライブが、この日の夜に行われたのだった。センターがいるであろう場所に当てられたスポットライトが垂らしたのは、誰もいないステージだった。しかし2着、3着のウマ娘であるエルコンドルパサー、そしてキンイロリョテイ、バックダンサーになったウマ娘たちは普段と変わらないパフォーマンスを見せてくれた。サイレンススズカのソロパートでは音声しか聞こえない彼女の声に合わせて、センターを照らすスポットライトが明暗を繰り返した。その時に彼女の名前を叫ぶ人が多くいた。
レース、そしてライブでのこの波乱に満ちて終わったこの天皇賞・秋を、私はこう呼びたい。
『空白』の日曜日と。
週刊ウマ娘 ライター・○○○○
・前回が1月ということに驚きを隠せませんが、お久しぶりです。ヒビルデス。秋学期後半がばたばたし、私生活も色々と忙しく、そのまま学年が上がりまた忙しい日々を送っていましたが、なんとか最近落ち着きました。
さて、3年前の自分のプロット通りならいよいよこの物語も後半に差し掛かろうとしています。このペースだと一体完結はいつになるんでしょうか私自身も非常に恐ろしいです(苦笑)ただ9月になるとペルソナ3アイギスエピソードもあるし、ATLUSから新作RPGも出ますし、メモリーズオフの新作もあるしとで…ここ数ヶ月頑張って書くのがいいんでしょうね。今後とも少年とウマ娘たち -ススメミライへ-をよろしくお願いいたします。
次回は秋の天皇賞から少し経った後のお話の予定です。