少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
※ 第8R全体シリアス的展開が多いです。予めご了承ください
『レオンさんは…わたくしと、ケッコンしてくださいますか?』
『え?』
いつのことだったでしょうか、少し記憶に靄がかかっていますが。わたくしは今、夢を見ている。
それは、まだ小学生で、玲音さんをメジロ家の豪邸に連れてきて間もない時。彼の膝の間に座って頭を撫でられ、背中を彼の身体に預けて、まだ習ったばかりの言葉を投げかける。
おそらく存在しない、幼少期の夢。
『結婚かぁ、流石に早すぎない…?』
『そんなことありませんわ、わたくしはレオンさんのこと…す、スキ、ですから…』
『あっはは、ありがとう…ん~、そうだなぁ…』
こんな子どもの言うことも、彼は笑顔でちゃんと答えてくれる。
…もし、わたくしがもっと大胆だったら、こんな笑顔も見れたのでしょうか。
『俺が大人になって、マックイーンも大人になった時、その時本当に自分の事好きだったら、いいよ』
『っ!? ほんとうですか! ヤクソク! ヤクソクしましょう!!』
『お、おぉ、すごい熱愛っぷり…うん、いいよ』
『『指切りげんまん嘘ついたら「メジロ家のみんなで色々する」「いや怖いね?!」…指切った!』』
その声と光景がどこか遠くなっていく、その視線の先には笑顔でいるわたくしと玲音さんがいた。でも闇が全ての感覚を包み、しばらくの静寂が訪れ、まどろみの中にいたことを認識し…意識を覚醒させる。
視界に広がったのは真っ白なシーツ、ポ…ポ…と、電子音が部屋に木霊している。
「……夢…」
まだ眠い頭をゆっくりと起こして、周りを見渡す。そこは病室…隣には、まだ眠っている玲音さんの姿があります。
来た時よりはまだ楽そうで、でも笑むことは決してない…そんな、なんとも言えない表情を見て、わたくしは認識してしまう。まだ目覚めてくれないことを。
ぎゅっと手に力を入れる…ずっと握った左手は、温かいはずなのに冷たくも感じてしまう。
「失礼するわ」
がらっと病室の扉が開かれる。その声の威厳さに、わたくしは聞き覚えがあり、思わず勢いよく振り向く。そこにいたのは複数人の執事を仕えている中腰の女性、黒い衣服に身を包み、ツバの長い帽子をかぶっているメジロ家の当主であるお婆様がそこにいた。
「お婆、様…」
「学園から連絡が来ました、マックイーン。貴女、学園にここ何十日と無断で休んでいるそうですね」
「っ…」
とても冷たいその声音に、わたくしは耳をぺたんっと畳んでしまう。お婆様はメジロ家という名家を統率する存在、その威圧感はただそこにいるだけでもヒシヒシと伝わってくる。
「なるほど…マックイーンが診ていたのは谷崎さんだったのね。けど、学業を疎かにする理由にはなりません。貴女は学園に戻りなさい、この人はここのスタッフに任せなさい」
「で、ですがお婆様──」
反論をしようとしたその時、帽子のツバの下から…とても冷ややかで、心を刺すかのような目線が、わたくしの目に飛び込む。
それはお婆様が何十年間メジロ家の当主をやっているからこそできる威圧感などだろうか。わたしくしはただ、その場で鳥肌を立たせて、怯えることしかできない。
「分かり、ましたわ……」
苦し紛れに出たその言葉は、今までの何週間を無駄にする言葉だった。でも、それを否定する力は今の私にはない。
椅子に置いていた学生鞄を持ち上げ、肩に紐をかける。行きとなんら変わっていないはずなのに、その重さはとても重たくなったような感じがした。
そのまま重い足取りで扉の前に向かい、出る直前に振り返る。そこには顔色を伺えないがこちらを監視するように体を向けているお婆様、その奥に眠っているあの人の顔が見える。
これ以上見ていると、心が張り裂けそうになってしまい、わたくしは逃げるように視線を逸らし、そのまま病室を後にした。
***
頬杖をしながら、流れる雲を見る。
それらはゆっくりと、しかし確実に大きな力によって流れている。
自分たちの運命も、あーいう雲のように見えない何かで動かされる運命なんだろうか。
そんな風に黄昏ていると…ごすっ! と頭に衝撃が走る。
「アイタァ!?」
「トウカイテイオーさん、授業中です。それとも教室から出ていきますか?」
「ご、ゴメンナサイ!」
慌ててシャーペンを手に取ろうとする。でもつるっとその手から転げ落ち机の下に潜ってしまう。ボクはすぐにしゃがみ取るけど、またがんっ!と頭に衝撃が走る。どうやら後頭部を机にぶつけたみたい、ボクはそのままその場で蹲る。
「だ、大丈夫ですか…?」
「へ、平気ィ…」
「…トウカイテイオーさん、退出を認めますので顔を洗ってきたりしてください」
「……はい…」
ボクはシャーペンを拾って机に置いた後に、教室を出て、水飲み場まで歩き、そのまま手でお皿を作って水を溜めて、一気に顔にかける。とても冷たい。
下に向けていた顔を上げると、窓越しに自分自身の顔が見えた。耳は常にぺたんっと畳まれ、なによりどことなく悲しそうな瞳や口をしていると、自分自身でも思ってしまう。
「……酷い顔だなぁ…」
そう呟くと、少しだけ目元が潤んでいる。まただ…またボクは泣きかけていた。
それを拭うように指で擦り、ポケットに入れていたハンカチで顔を覆う。
……最近のボクはおかしい。それは多分、あの天皇賞の時からだ。
あの時の衝撃音が、骨の折れる音が…耳や記憶に強くこびりついている。時々まだ夢を見た時、ボクはあの時の東京レース場に立っている。玲音の後ろ姿が見えて叫んでも、彼は止まらずにそのまま大きく腕を広げて…スズカとぶつかる。
十数m吹き飛ばされたその身体がぴくりとも動くことがなく…そこで観衆やみんな…景色は全て吹き飛んでボクと玲音だけが取り残される。
ボクは近づこうとするけど、身体が動かなくて…ただただ動かない玲音だけを見る時間が経って…そして、夢が覚める。その度に嫌な汗をかきながら、苦しそうに呼吸を繰り返して…同室のマヤノを少し心配させてしまう。
意識が現実に戻った後にも、ボクの頭の中は玲音が心配だという言葉に埋め尽くされている。季節が完全に冬になって、吐息が白くなっているのを見るたびに…夏休みのこととか、彼と会ったことを思い出してしまう。
いや、それだけじゃない…初めて会った時のことや、レースを見てくれたことなど…思い出の全てと言っていいかもしれない。
そしてそれらが…崩れちゃう。今まで日常になっていたはずの光景が、日常が…一気に非現実になった。そのことにボクは、自分で思っている以上に衝撃を受けているのかもしれない。
「このままじゃ、ダメなのに…マックイーンたちもいよいよクラシックに数ヶ月後入るんだし…ボクもそろそろ競うんだから…」
水道の蛇口を捻って、水を止めてクラスに戻ろうとする。その時だった、階段の方からコツコツと足音が聞こえてくる。こんな時間に誰だろう、先生かな? と思ったボクの考えとは裏腹に、出てきたのは薄紫色の髪をたなびかせながら、少し寂しそうな顔をしたマックイーンだった。
「あ、マックイーン…」
「あら、テイオーさん。お久しぶりですわ」
久しぶりに顔を見たマックイーンは、心なしか前より痩せているような気がした。
雰囲気に、哀愁が漂っているのがボクでも分かった。
「今日は病院いいの?」
「おばあさまに、これ以上学業をおろそかにするなと釘を刺されまして…致し方なく、こちらに復学したといった形ですわ」
「そうなんだ…玲音は?」
ボクは返事が分かりきっていることを、聞いてしまう。近くにいるマックイーンなら何か少しでも変化があったんじゃないかと…しかし、そんな期待とは逆に、目を瞑って首を横に振っていた。
自分の耳と尻尾がこれでもかと垂れ下がったのを、自覚できた。
「ねぇ、マックイーン…お医者さんは何か言ってたりしてなかった?」
「…打ち所が良く、肋骨の骨折や内出血で済んでいて、”命”には別状がありません…が」
「……が?」
「……何一つ反応が返っていないで、もう数週間…何かしらの後遺症──などは、覚悟した方がいいと言われましたわ」
「……」
後遺症、の後に聞こえてきた言葉は、ボクの感情をぐちゃぐちゃにさせるには十分だった。
どこかで、ヒビが入った音が聞こえた気がした。ナニか、ボクの中にある大切なナニかがひび割れたかのような、そんな音が。
でも、ボクでもこんなに苦しいのに…もっと近くにいたマックイーンは、どれほど心苦しいんだろうか…。
そんなボクたちの間にできたどんよりとした重苦しい空気──それを打ち破るかのように、彼女のポケットに入っているであろう携帯の振動の音が鳴る。
心配そうにボクを見ながら、彼女はその手に携帯を取って、電話に出る。
「はい、わたくしですわ…はい、はい──────え?」
そのスピーカーから聞こえてきた、その吉報を聞いた瞬間…ボクたちはその場から駆け出していた。
***
『……そろそろお別れだね』
目の前にいる小さな俺、いや死神と名乗った少年はふと消えてしまいそうな声でそう呟いた。
時間がどれほど経ったかは分からない、けどなんとなく体の熱を感じ始めている。これが覚醒の前触れというやつなんだろうか。
長いことここにいたのは確かだと思う。だけど俺たちの間に会話という会話は全猿なかった。ガタガタと揺れる狭い車内で、ただじっとしているだけだった。
「分かるもんなんだな」
『そりゃ分かるよ、ぼくと君は"元々一つ"だったんだから』
「ひ、一つ?」
『言葉通りさ、ぼくは君の無限の可能性だったうちの一つ…その中でも最悪の結末を迎えてしまった存在、故に死に一番近くに近づいた。そして未練や何もなしえなかった後悔、それらがぼくをこの存在、姿に変えた。元々死神に形があるなんて、昔の人間の創造でしかないんだからね』
「……わ、分からないんだが、つまり俺は死んだら死神になるの??」
『さっきも言っただろう? それは可能性、あり得たかもしれないけど、今の君にはもう成ることはないルートの一つだよ』
死神、と言われて確かに驚きはした。でもはっきり言って自分自身だったとか言われても全然想像ができない。だって死神っていうのはこんな存在ではないはずだ。もっと鎌とか持ってたり、恐怖の対象なはずなのに。
なんで俺は、この子に少し悲しみを覚えるんだろう。
「……その最悪って、なんだったの?」
『──聞きたいのかい?』
俺はこくりっと頷く。
『酷い話だよ、大切な人も会えず、救えず、目の前で起きた不運に巻き込まれて生涯を終えた…ただそれだけだよ。でもそれはなんも不思議はない、そんな存在この世界には大勢いる。だからこそ君は──』
僕の顔をした死神の少年は顔を上げ、こちらに笑みを浮かべる。その瞬間に俺の意識はぷつりっと消えた。
「……んっ…」
ゆっくりと目を開けてみる。まるで朝いつものように目覚めるように…とても自然と…。
すると目の前に…ウマ耳のナースさんが自分の衣服に手をかけようとしたところだった。
「うわなにごと!?」
あまりにも多かったので思わず声を荒げてしまった。だがそんな反応をしたのにも関わらず、ナースさんはとても驚いたような目をして…。
「た、谷崎さん? い、意識を取り戻したんですね! あ、名前言えますか?」
「え、あ…谷崎玲音…ですけど…」
「主治医ー!」
「主治医です」
「わっいつの間に…!?」
いつの間にかマックイーンの主治医の人が隣に来ていた…。この人いつの間にか横にいることが多いんだよな…。
「そのままで結構ですのでお話をさせていただぎますね、身体の節々に痛みとかはありませんか?」
「あーいや全然…痛みもないですし、普通に大丈夫だと思います」
「あなたは今肋骨が折れています、普通でしたらかなりの痛みで苦しいはずですが」
「──えっ…?」
その言葉を、その意味を理解した瞬間…背筋が凍るような感覚が、したような…感じないような…。
まただいぶ期間が開いてしまいました。ヒビルです。大学卒業するまでに完結するといいな。(白目)就職活動とかもぼちぼちに初めて、新人賞用の小説も書き、ゼミも行い…なかなか時間を取りずらいですが、頑張って執筆しますので、今後もこの作品をよろしくお願いします。あと今回なが~く書いていたものを二分割したので、次の回はすぐに出ると思います。(多分)
あと、前書きにも書いてありますが、8Rはだいぶシリアス中心になりますので、その辺りのご了承をお願いします。