少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
『「───、もし本当に悲しい事があった時はどこでもいいから独りになれるところに行きなさい。最初はそこで、悔しがり、哀しみ、打ちひしがれなさい。でも、安心しなさい。どんな場所でも、君を探し出す存在がいるから。僕はそれにはなれなかったが、君ならなれるよ」』
あぁ、やっぱ”あんた”が言ったことは合っていたよ。
傘もささずに、ただただ雨に打たれて、身体を冷やして、傷でぼろぼろになって。
それを見つけてくれる存在は、いるんだな。
***
冬に入って、学園内にいても冷気が肌を刺激する。しかし今の私はそこまで感じ取ることが出来ない。
もちろん、地元が北海道の田舎だから寒さに強いというのはあるんだと思う。でもそれよりも、私はぼーっと教室の窓から外を見てしまう。
「ではこの問題を、スペシャルウィークさん」
私は菊花賞で負けてからは、スズカさんと勝負するためにジャパンCに向けて練習を重ね、コンディションを整えてきた。でも現実としてはスズカさんは秋の天皇賞で大怪我を負ってしまって、ジャパンCも玲音さんの危険行動によるチーム自粛のため、参加が叶わなかった。
もちろん、私は玲音さんを責めるつもりなんて一切ない。だって玲音さんはスズカさんの幼なじみで、あんなに苦しんでいるのを感じ取っていたのは、あの会場だと玲音さんだけだった。
脚を負傷していたのは気付いても、走っていたその姿を見て、観衆は奇跡だと信じた。でも玲音さんだけが、唯一救いの手を差し伸べにいった。
世間だと玲音さんは叩かれているようだけど、私は正しいことをしたと思っている。
……なのに。
私にできることがあったんじゃないかって、何度も考えてしまう。
例えば、左脚を負傷しているのに気付いた時、玲音さんみたいにトラックに飛び降りて、走って迎えていたら、スズカさんはあそこまで酷い怪我にならなかったんじゃないか。飛び出していく玲音さんを無視しないで一緒に追いかければ、二人でスズカさんを抱き留めて、玲音さんが大きな怪我をしないで済んだんじゃないか。
あれやこれやと、もう戻らないあの日のことを考えてしまう。何もできなかったという思いが、ずっと頭の中でぐるぐると周っている。
だから、ここ最近はスズカさんの病室にお見舞いに行っていた。いつ目覚めてもいいように。玲音さんの方も行きたかったけど、それはトレーナーさんとマックイーンさんに止められた。
昨日見たスズカさんは、どこか心が無いように見えた。
それを見た瞬間に、私の心臓の奥がぎゅっと握り潰されるような感覚に陥って、咄嗟になんでもすると言ってしまった。
あれは、なんだったんだろう。
「す、スぺちゃん…」
「ん? どうしたのグラスちゃ──」
「スペシャルウィークさん、授業中にぼーっとするなんて良くないことですよ」
「あ! す、すみません!!」
すぐ近くにさっきまで黒板前に居た英語の先生が立っていて、私は驚いてそのままの勢いで立ってしまい、そのまま頭を下げてしまう。
その光景は、他の人たちから見たら笑えるものだったのか。周りから笑い声が聞こえてくる。
先生はやれやれと呆れ顔をしながら黒板の方へと戻って行った。
・ ・ ・
トレセン学園はお昼になると、食堂はご飯を取る生徒たちでいっぱいになります。私のようなウマ娘の生徒も、学生トレーナーの生徒が入り混じって、和気藹々とランチタイムを楽しんでいます。
私はグラスちゃんにエルちゃん、キングちゃんにセイちゃんといつもの4人と一緒に、空いた席に座って、ご飯を食べます。
「あっれぇ~? スぺちゃんそんなに量少なくていいの~?」
「う、うん。ちょっと食欲がなくて」
「スペシャルウィークさん、最近全然食べていないじゃない」
「スぺちゃんはいつも山盛りのご飯を食べていたはずデース」
「……お二人のこと、ですか?」
三人が食欲に関することをあげている中、グラスちゃんは的確に確信をついてくる。
その言葉を肯定するように、静かに首を縦に振る。
「スズカさんは昨日目覚めて、容態が良ければ来週からでもリハビリができるかもしれないって話になってて」
「スズカ先輩、回復したのね」
「良かったデス。でも玲音さんも心配デース…グラスもそうデスよね?」
「それは、そう…ですけど」
「グラスは玲音さんのことをアイタァァ!? グラス! またいいところ抓ってマスよ!?」
「エルは余計なことを言わないでください」
わちゃわちゃといつものように楽しい昼食時が過ぎていく。でもやっぱり、思考の片隅にはスズカさんと玲音さんがちらついてしまう。
食欲もそうだけど、味もよく分からないような気がする。あんなに美味しい食堂のご飯なはずなのに。
『スぺはなんにも考えるな、間違っても玲音を探しに行こうとかするなよ。お前はお前が為したいことを考えろ』
昨日、栗東寮まで送ってくれたトレーナーさんが、最後に行ってくれた言葉。ただ日々過ごしているだけでも、その言葉が浮かび上がってくる。
このままじゃいけないことは、一番自分が分かっている。でもそれをどうにかする手段や考えを、自分は持っていない。
……やっぱり悔しい。
レースでも中途半端になっていることにも、自分の周りのことに対して動けないことにも。ここでうじうじしているくらいなら──。
「スペシャルウィークさん、どうしたのよ急に立ち上がって」
「え?」
視線を落としてみると、私はその場から立ちあがっていることに気付く。もやもやとした思考と身体が連動したのかな。
でも、腰を再び下ろそうという気は起きない。立ち上がったなら、動かないと。
そのまま私はその場から離れようと、走りだす。
「スぺちゃん!」
後ろからグラスちゃんの声が聞こえたけど、振り向かずにそのまま食堂を出る。
玲音さんがどこにいるかだなんて分からない。それでも、この心臓の奥が握り潰されそうなこの感覚。その感覚に従えば見つかるかもしれない。そうなぜか感じた
***
もうどれほど歩いただろうか。
スマートフォンに映し出されていた誹謗中傷を見た俺はそのまま病院から飛び出た。骨折をしているし、点滴もしていたはずだったが、なぜだかいつの間にか取れていた。いや、無理やり引っこ抜いたといったほうがいいのかもしれない。
実際、左腕から赤い液体が滴っていた。それを血だと認識するのは、少し時間がかかった。
何せ、痛みがないんだ。今の自分がどうなっているのかが分からない。
病院へ出ることはなぜだか容易かった。奇跡的に誰も引き留めるような存在がいなかったし、何より普通に走れたのだ。
そのまま走ってとにかく離れようと必死に走っていた。身体が壊れているのが、走って何かずれているような感覚で気付いた。でも痛くない、鉄の味が口の奥からするのは気になったけど、無視して走り続けた。
日が沈んで、完全に夜になった頃にまた身体が動かなくなった。いや、正確にいえば走ることができなくなった。だから徒歩で歩いていたけど、それでも今度は自然と倒れた。眠気や空腹感は感じる、けどそれが苦しいとは思わない。苦しいという感情は痛みから来るからなのだろうか。
道に突っ伏してもなんか寝にくいと思うだけで、痛さは感じない。だから自然と意識を失っていた。
次に目を覚ました時、頬に何かが当たった。
霞んだ視界に映ったのは、灰色の空。そして、透明な細い糸。
それが雨だと気づくには、本格的に降り始めるまでかかった。痛みがないと冷たいという感覚もなくなるのか。そういえば、もう11月で病院で着ていた薄い服を着ているのに、なぜだか全然動ける。
これは利点なのか、それとも欠点なのか。
ただ一つ言えることは、身体が鉛のように重たい。真っ直ぐに歩くことも少し難しい気がする。そんな状態で、自分はとにかく前に歩き出す。
方角としては南、昨日見た太陽から方角は分かっているつもりだったが、今は雨模様で何も分からない。もしかすると来た道を戻っているかもしれない、けどとにかく前に進むことにした。
さっきまで寝ていたはずなのに、瞼が何度も閉じかける。もしかすると疲労とかダメージは感じないだけで、しっかりと蓄積しているのかもしれない。
……さっきから、かもしれない。その言葉しか出てこない。
痛みで消えているからだろうか。立っている感覚もない。自分は確かにここにいるはずなのに、俺自身はそれを感じることができない。生きているのか、傍から見たら屍鬼に見えるだろう。
しかしなぜだろうか、誰にも通報されることも。警察などに会うことがなかった。まるで俺一人しか世界にいないような、なんとも言えない感覚だ。
ふと、俺の視界になにかが横切る。数秒間かけてゆっくりとその方向を見ると、そこにいたのは小鳥だった。二羽ほどが、何かに乗ってぴょんぴょんっと跳ねている。
「……あれ、は」
その小鳥も気になったが、自分が気になったのはその乗っているものだった。一歩、二歩と、ゆっくりと近づく。それはどうやら新聞のようだった。
それが分かるまで近づいていると、小鳥は二羽揃って同じ方向へ飛んでいく。それを首を動かさず目で追いかけた後、再び新聞に目を向けた。
それには、見知った顔が映っていた。
「エル……」
久々に見た気がした。その顔、そしてその少女はターフを駆け抜けていた。勝負服だからGⅠだということが分かった。
自分は長い間寝ていた。そして今の日時も分からないまま病院から出てきた。一体どのレースなのかと見てみると、エルの横にあった看板にそのレース名が書かれていた。
『ジャパンカップ』
確か、スぺがこのレースに向けて練習を重ねていたはずだ。秋天次第ではあったけど、スズカと勝負するんだと意気込んでいたが、そのチャンスは俺が潰した。
スぺは何位だったのだろうか、そう思い目を凝らして文章を読んでみる。
『なお、このレースで対抗相手になるはずだったスペシャルウィークは、天皇賞・秋で起きた事故によるURAからの罰則により、レースに出場することは叶わなかった』
「……………………え?」
書かれていた文字を、何度も、何度も見直した。
雨によって文字が滲んでいるかもしれないから、指でその一文をなぞり、視線でその後を追った。
でも書いてある文字は、変わらない。
天皇賞・秋の事故、それは絶対に紛れもない、スズちゃんと自分のことのはずだ。
けど、罰則? 罰則ってどういうことなんだ?
そんな風に考えると──突然、何かに顔を強く押されるような感覚がしたかと思うと、横に吹き飛び、地面に倒れ込む。
痛みはないが、なんとなく衝撃が走った感覚はある。不思議に思っていると、また上から何かに押されて、頭が地面にバウンドする。ぐらりっと、視界が揺れた気がした。
何が起きている? 何も分からない。また衝撃が走り、視界がぐらつき、口に中が鉄のような味が広がっている。
今度は左に衝撃が走り、ぐりっと頭が逆方向に持ってかれる。その視界の端に見えた。
俺の手が握りこぶしを作って、俺に向かってくるのを。自分が、自分を殴っていた。
頭が混乱する、なんで俺は自分を殴っているんだ? 痛くない、それでもその珍妙な出来事に困惑する。そんな風にしている間にも、俺の手は本気で俺を殴ってくる。
「がはっ…」
止めようにも、両腕が使えない。それどころか、俺の身体はその攻撃を受け入るかのように全く動かなかった。
一度だけ、たった一度だけ。小学校のサッカーをやっていた時に、とてつもないミスを犯して、自分自身を叩いたことはある。でも、当たり前だがそんなに痛くなかった。自分自身で自分を傷付けるという行為は、どうしてもリミッターがかかるものだからだ。
けど、その時の叩き方とは何もかも違う。腕をしっかりと後ろに引いて、勢いをつけて俺の顔を地面に叩きつけている。
まるで、本気で───としているかのように。
痛みを感じないはずなのに、心臓を締め付けられるような感覚が身体を支配する。腕がまるで別の生物かのように意思を持ち、憎しみという憎しみを叩きこんでいるようだった。
……憎しみ?
あぁ、なんだか分かってしまった。これは恐らく、俺自身の自分への憎しみなんだ。
スズカを護れたと思っていた、確認した訳じゃないけど、それで全て良かったんだと思っていた。
でも違う、スズカの代わりにみんなの夢をぶち壊したんだ。そもそも、あんなので本当にスズカが助かったといえるのだろうか、無理に走って、無理に止めて、脚の負担は相当なものなはず。歩けなくなっていた可能性だってある。なのに俺の勝手な想像で、助けたと思っているだけだ。
なんでそんな風に思うか? そうしないと、俺が俺自身を許せないからだ。俺がスズカを助けたんだって、自分を許したいし、許されたかった。
でも、俺が起こした行動が、どういった結果を起こしたのかを、今認識してしまった。
あの病室で見た罵詈雑言、その全てが今の自分にあてはまることを知ってしまった。
──居てはいけない存在だと、理解してしまった。
だから、俺は俺自身を……みんなの害となる存在を、排除しようとしているんだ。
それを認識した瞬間、殴った時に痛みが走ったような気がした。感覚鈍麻によって痛みを感じないはずだが、確かに殴られた箇所に鋭い痛みが襲ってくる。幻覚の痛覚で起きているのだろうか。
でも、それでも。
「(あの子の方がもっと痛かった、あの子たちの方がもっと辛かった!)」
心の中で叫びながら、殴られる。びしゃりっと、赤い何かが口から飛び出す。いや、地面が当たった側頭部からも、何かが流れているような気がする。
視界が霞む、目の前の出た液体にピントが合わない。
あとどれくらい、やればやれるだろうか。
人はもろい、酔っ払い同士で取っ組み合っていたら、思いがけない事故が起こることだってある。もう何度も頭を地面に叩きつけている。本気で殴っている。
いや、考えるのはやめよう。
考えれなくなるまで殴れば、終わりなんだから。
普通、ここまで殴ったら少しは力が緩むはずなのに、全く腕の振りが衰えないのは、痛みを感じないからなのだろうか。
次の一発で、多分終わると思った。本能がそう悟った。素早いはずのこぶしが、ゆっくりと向かってくる。全てを受け入れ、目を閉じる。
──ぱちっ。
そのこぶしが顔を殴ることがなかった。俺よりも華奢で、しかし力強いその手が、目の前まで来ていたこぶしを軽々と止めていた。
誰だと、俺はゆっくりと視線を動かす。そこに居たのは、ゴールドシップだった。
人物が分かった瞬間に、さっきまで降っていた小雨はいつの間にか大きな粒になり、叩きつけるような豪雨に変わっていた。
「……マッ…ク…?」
「目までイかれたか新人」
目の前にいる人間すらも間違えるほど、俺の身体はぼろぼろなのだろう。
そんなゴルシは掴んだ手をそのまま上に上げていく。ウマ娘の力ァによって俺の体はそれに従って起き上がり、そして空いた手で胸ぐらを掴まれる。
「お前は何かを失ったか? 何かを殺したか? 何か害を振る舞ったか?」
「俺、は……スズカの、みんなの未来を…夢を潰しただろ!!」
心の中で叫んでいたことを、感情に任せて言葉に出す。後悔や憤怒、言葉にはできないドス黒い感情が込み上げてくる。
「俺がいなかったら、スズカは苦しい気持ちをしないで済んだ!! 俺がいなかったらスペはジャパンCに出られた!! ウオッカやスカーレット、マックイーンだって今年出るレースがあった!! それを…それを俺は全部潰しているんだぞ!!!!」
自分のエゴで好きな人を守れるなら、それは嬉しいことだと思う。だけど、その結果によって多くの人たちが不幸になることは、一番許せないことだ。
悔しくて、悔しくて……目頭が熱くなっている。流れる雨と一緒に、涙も出ていることがその温かさで分かる。
「お前が涙を流したからって何かが変わるか? 何も変わらないだろ、その涙には何一つ意味なんてないんだよ」
そう言われた瞬間、今まで浮いていた身体が一気に重力に従って落下する。ゴルシが手を離したのだろう。
だがその直後、急な眠気が襲ってくる。景色がどんどん遠くなり周りが暗くなっていく。
何かを呟いた気がしたが、俺自身がなにを言っているか分からなかった。
***
「ごめん、なs──」
そう呟いた瞬間、谷崎玲音は意識を失った。明らかにぼろぼろな身体を見ていると、さっきまで話せていた方が奇跡だったのかもしれない。
だがそれよりも、死なせないことの方が重要だった。ここでこいつが倒れてしまったら、全てが台無しになるからだ。
もう猶予はない、恐らくこれが最後のチャンスなんだ。
「未来を見ろよ、新人」
このまま入院先まで運ぼうかと思ったが、河川敷の方から走ってくる音が聞こえてきた。目の前の人間の名前を叫びながら、必死に走っている。
スペシャルウィークだ、今確か学校真っ只中なはずのあいつが、制服姿で走っていた。
ならこの場はさっさと去った方がいい、あたしが居るところを見られるとそれはそれで面倒なことになりそうだ。
あたしはそのままスペに見られないように、その場から去った。
・3月は就活やらバイトやらMetaphorで書けませんでしたね(白目)4年生になって色々ごたごたしているヒビルです。この一年間でなんとか一期分は終わらせたいです。
・しばらくはシリアスはない、はず…。
・次回のお話は未定です。