少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
・UA219,00ありがとうございます!
「(お前らもうやめてくれええええええ!!!!!!)」
という、悲痛な心からの叫び声が聞こえた気がした。
・ ・ ・
あれから数日後、チーム・スピカで大晦日を過ごすため、練習が終わった後全員で買出しに行っていた。そこには車イスに乗ったスズカの姿もあった、退院はまだだが外出が許可されたらしい。
みんなに挨拶している時に、ふと俺と視線が合った。その瞬間に顔と心がい一気にかーっと熱くなるのに似た、本来無い感覚がした。だって、俺とスズカは、キ…キスをしてしまったのだ。子どもの頃にやっていたような、おでこに向けてなんかじゃない。唇同士を合わせる本当のキス。向こうも思い出しているのか、少しだけ顔が赤くなっている気がする。
「ひ、久しぶりスズちゃん…ギプス取れたんだ」
「うん、まだ自由に動くのは難しいけどね」
「そっか」
「やっぱスズカ先輩と玲音先輩がいると、元に戻った感じがしますね」
「そうねぇ、特に誰かさんはずーっと気にしていたものね」
「お、お前だってぶつぶつ心配していたじゃねえか!!」
「は、はぁ!? ぶつぶつなんかしてないわよ!!」
このウオッカとスカーレットの言い争いも、とても懐かしいような感じがした。あ、先生が止めようとして二人の矛先がそっちに向いている。
これもいつものスピカの光景だなと思いつつ、視線を外す。スぺやスカーレットたちと二分している中、そこを腕を組んで静かに見守っているゴルシの姿が映った。
俺はそのまま近くに寄り、あまりみんなに聞こえないようにぼそっと呟く。
「ありがとうな」
「は? どうしたんだよ急に」
「お前だろ、スぺが見つける前に見つけたの」
「身に覚えねえよ」
そう言うと、さっきまで真剣なモードを崩し、思いっきりの笑顔で先生をドロップキックする。うわぁ、あれは結構痛そうだ。なんて思いつつも普通にピンピンッしているところを見ると、先生ってやっぱやばい人なのではと思ってしまう。
「っと、お前ら! 今日は今年最後の宴だ、無礼講だからじゃんじゃん食材を買っていいぞ!」
「本当に無礼講ならもっとお店とかにしろよな」
「バカ言えゴルシ、そんなことしたらスぺとマックイーンだけで料理とスイーツが無くなるぞ」
「わたくし流石に節度は弁えてますわ!?」
「確かに私だとお店のもの全部食べちゃいそうです」
先生の言葉に対して、マックイーンはなんて失礼な!?という反応を見せ、スぺは照れくさそうにしている。あんなことを言っているが、マックイーンの食い意地はスイーツになると無限になる。そういう点では先生の言っていることは的を射ている。スぺはなんだかんだ合宿の夏祭りや学園のファン大感謝祭で結構食べていたから、大食いなんだろう。
そして今日俺らが集まったここは、地元の中でもかなりリーズナブルな価格で商品を提供しているところだ。なんでも肉や魚の卸しとかも自分たちでやって、野菜も地産地消を中心にしているため、肉屋や他のスーパーなどよりも価格を抑えているようだ。
「だとしても、流石に部室で忘年会っていうのは味気ないわね」
「まぁそうだよなぁ、もっとぱーっとやりたかったぜ」
「まぁまぁ、ウオッカとスカーレットの来年の勝負服の依頼とか諸々あるだろうし、俺はみんなで集まれるなら全然いいと思うよ」
「玲音さんの言う通りですわ、こうして全員集まったのは一か月ぶりなんですから」
「そういうこった、さぁ食材選びに行くぞ~」
そう言いながら、先生はスーパーの中に入っていくので、俺たちもそれに続いた。
中は元旦に向けて買出しを行っている人が多いと思っていたが、思った以上に人は入っていなかった。もはや大晦日の前から買出しを済ませているのだろうか。だが、先生はぽかーんと口を開け咥えていた飴を落としていた。
何事? と思って先生の視線の先を見てみると、そこにあったのは伊勢海老やらタラバガニなど、高級食材が普通に鎮座していたのである。
「おいちょっと待て、話しが違ぇぞ…」
そういう先生の声は震えている。いやまぁそうだろう、だって先生は安いところを選んだつもりだったのだ。しかし実際は高級食材や何故だか置かれているローストチキンなど、色々高いものがいっぱいある。近くに貼ってあったチラシ、そしてちょうど聞こえてきたアナウンスによると、今日は一年に一回の大特価&高級フェア、美味しいものを食べて年を越そう! ということらしい。
そんな先生のことなどいざ知らず、みんなは各々に散らばって、好きなものを入れている。
「れ、玲音……お前からも出せないか?」
「五千円までが限界っす」
「スズメの涙か…!」
高校生の、それもバイトしていない高校生の五千円をスズメの涙と言われて、俺は少しむかつく。五千円もあればコーヒー豆を200g二つくらい買えるのだから、普通に大金だ。
「玲音も一緒に選ぼうよー!」
「わかったー」
「玲音!? お前もか!?」
「五千円を軽く見たことを後悔してください」
俺はずばっと先生のことを切り捨てて、テイオーとマックイーンのもとに寄る。マックイーンは普通に伊勢海老を持って──いやそれをするのはゴルシの方じゃないのか??
テイオーもテイオーでお肉の方に視線を向けている。が、やはりマックイーンが持ったものが気になるのだろう、近くで見ている。
「メジロ家のディナーで出るものよりは安いですわね」
「そういえばマックイーンっていいところの令嬢だっけ?」
「えぇ、メジロ家はウマ娘の名門。わたくしは悲願を達成するために、全てを捧げると誓った身ですわ」
「すごいねぇ、ボクの家じゃこういうの出た記憶ないからなぁ」
「いや待てテイオー、こういうのが出ること自体がおかしいからな?」
「えぇ~? でも実家だと結構使用人さんがいい感じに料理してくれたよ?」
その言葉を聞いた瞬間に、俺とマックイーンは「へ?」と口をそろえてしまった。
いや待て、使用人が料理? ど、どういうことだ?
「て、テイオーさん。テイオーさんの家ってどんなところなんですか?」
「いわゆる旧家? 昔は強かったみたい」
思いがけないカミングアウトに俺はめっちゃ驚いていた。だってあのテイオーが、公園で会った時からずっと元気はつらつとしたイメージのテイオーが、マックイーンと同じくご令嬢?
いやでも、そう言われてから振り返ってみると、リギルの執事喫茶の際に座っていた時の所作はかなり綺麗だった記憶がある。それにご令嬢となれば、どんな服でも綺麗に着こなせていたことに納得せざるを得ない。そうやって分かると、立ち姿も背筋をしっかり伸ばしているような、やばいなんかテイオーがしっかりご令嬢に見えてくる。
「……玲音、ボクの身体じろじろ見るのはやめてよ」
「れ、玲音さん!? 女性を凝視するのは不埒ですわ!!」
「だっ、そんなんじゃないって?! というかテイオーお前天ぷら屋の時に高い言ってたじゃん!?」
「二人で天ぷら屋に行きましたの!?」
「あれはまさか自分が食べたことあるやつがあんなに高いなんて知らなかったんだよ~、時々食べていたけど値段とかは見なかったから~」
なんてことだ、まさかあの反応にはそんな俺とは真逆の反応だったのか…いや、諭吉一人が高いと認識しているからまだマシ、なのか?
いやいやんな訳、というかそうなると自分ってメジロ以外の名門…旧家だから違うのか? とにかくご令嬢と縁結んでいることになったってこと…!?
というかそれ先生認識しているのか? あの子は一応俺が見て声をかけたけど、先生もちゃんと調べているよな? あ、ダメだ先生お財布とにらめっこしている。
「戻る気はないけどね、ちょっと喧嘩しちゃったし」
「そうでしたの…とりあえずこの辺りは入れておきましょうか」
そうしてマックイーンは多分人数分の伊勢海老数尾と、カニなどをぽいぽいっ入れる。うん、テイオーはまだ分かっているけど、マックイーンはこの食材たちの価値が一般人的な視点で分かってない。
「テイオーさんは入れないのですか?」
「あ、や~…玲音、どう思う?」
「うーん」
俺は先生の方を見た後に、他の様子を見てみる。スぺやスズカは安いとはいえど、多くのにんじんを買っているようだ。ウオッカとスカーレットはお菓子やジュース、ゴルシに関してはどこにいるんだと言った感じだ。
そうして二人の顔を見て、俺はこう言った。
「いいんじゃないかなぁ」
五千円を無礼る者は、五千円に泣くということだ。
・ ・ ・
スーパーでの買い出しが終わった後は、学園にあるスピカの部室に戻って、みんなで調理を始めた。ただ以外と作れる人は少なく、かつできるゴルシも目を離すと見たことのない料理を作ろうとするので、高級食材などは俺が捌くことにした。
いや、俺もここまでの高級食材を捌くのは初めてなのでネットで調べて、動画を見ながら見様見真似でやってみる。伊勢海老は胴体に包丁を入れて、身を捩って…頭は二つに割ってグリルで焼く。カニもその間に近くの水飲み場で流水で解凍しておく。
先生は腕を広げたくらいの大きな魚を捌いている、いやなんであんなものがあるんだ。
「玲音、そっちはどうだ?」
「全然大丈夫ですよ、多分19時にはできるかと」
「おぅし、お前らも終わったら先に待ってていいからな~」
「分かりましたー!」
「あぁスぺ先輩つまみ食いダメですってぇ!?」
こうやって調理している間にも至るところで和気藹々とした声が聞こえてくる。夜に誰かといるということは、メジロ家のパーティやスズカとのお出かけなどで何度かはあったが、料理を作る時、それも夕飯でここまで賑わっているのは、なんとも不思議な感覚になる。
それとも、これが普通なのだろうか。
「な訳ないか」
「何が訳ないって?」
ひょこっとテイオーが顔を覗く。
俺は少し驚いたが、包丁を持っていたため、身体を動かさずにテイオ―の方に顔だけを向ける。
「危ないだろテイオー、包丁持っている時に」
「あ、ごめん。それで、何が訳ないの?」
「いや、夕飯はここまで賑わうのが普通なのかなって。うちは軽い雑談とかはやるけど、こんな和気藹々としていなかったからさ」
「寮や学園にいると結構これが普通だよ? 知人で集まるからどこでもわいわい話しているし、そっちは違うの?」
「学生科は食堂じゃなくて自炊だから。カップ麺で過ごす人もいるし、バイトの賄いを食べている人もいるし。費用削減なのかね」
「そんなところで学園の闇を見たくなかったよ…」
「ウマ娘はアスリート、トレーナー業は事務業って割り切っているんじゃないかな。身体が資本になるだろ?」
「それはそうだけど…」
「ほら、向こうに行って待ってな。もう少しでできるから」
「はーい」
そう言いながらテイオーは下がっていく。さて、俺は自分のタスクを終わらせよう。
・ ・ ・
『いただきまーす!』
いつも練習メニューなどを聞いたり、レースの戦略を聞いたりするこの場所に、こたつが二つ置かれ、その上には超豪華な夕飯が並べられている。過去のレースを見るために使っているテレビは、今日は番組を見るものとして、本当の役割を果たしている。
場所としては俺が真ん中に座り、右手側手前から順にスズカ・スペ・テイオー・マックイーン。左側にスカーレット・ウオッカ・ゴルシ・先生といった感じだ。
「あ、スペちゃんが写っているわね」
「ほ、本当です!?」
「あのダービーは同着勝利という前代未聞だったからな、印象が残るレースに入っていてもおかしくない」
「トレーナーさん……あ、スズカさんニンジンどうぞ!」
「ただ最近は弛みすぎだがな、波がありすぎだろ」
「うっ…つ、次は勝ちますから! スズカさんと同じ宝塚記念を!」
「宝塚ぁ…?」
今みんなで見ているのは、ウマ娘のレースを一年振り返るというものだ。レースだけではなく、その後のウイニングライブやその前の重賞レース、インタビュー、さらには過去のレースなどのVTRが挟まるため、一つ一つの尺がとても長い。
いくらチームに入ったとはいえ、全部のレースを見ている訳じゃない。自分たちが夢中になっていた間にも、劇的なレースがあったことがよく分かる。
「オレも来年はこういう風に出てみたいぜ」
「あら、ティアラ路線の注目は私が全部もらうわよ?」
「はぁ!? それはこっちのセリフだ!!」
「なにをー!?」
「お前ら鍋つついている時に暴れるのやめろ!?」
「え、マックイーンさんクラシック出ないんですか!?」
「菊花賞以外は考えていませんわね、あくまで天皇賞を目指していますから」
「ボクもボクも! 早くレースに出たい!」
「出るって言っても、そもそもテイオー年明けてからがジュニアだろ? テレビに出れるのって再来年じゃ?」
「え、ボクまだ映らないの!?」
「玲音の言う通り、すぐのメイクデビューを勝ったとしていくつかステークスに出たとしても、注目は難しいだろうな」
「えぇ〜!? やだやだ!!」
「ちょ、テイオーこたつの下で俺の足を蹴るな!?」
そんな風にがやがやがやがや…年末でここまで騒がしいのは、それこそ母さんがまだいた時かもしれない。叔父さん宅で年を越す時は基本静かで、集まりとかも基本ない。というより、その前に叔父さんは同業者や他の人と別のところで散々忘年会をするので、家では静かにしている方だった。
そんな賑やかな雰囲気を肴にしながら食べる刺身は、いつもより美味しいような気がした。いやこれ本当に高級食材だけど。
そんな風に思っていると、ふさっと柔らかい感触が右手の甲に現れる。痛覚がない代わりに、こうした感触が少しだけ敏感になった気がする。びっくりしてその方向を見てみると、スズカが自分の尻尾を俺の手に重ねていた。ツヤツヤふさふさした尻尾が、スズカの意思で俺の手を撫でている。
思わず顔を上げると、スズカはスペやみんなの方を見ていた。だから瞳が合うことはない。と思ったその時、ふと横目でこちらを見てきた。その表情は、どこか妖艶的d──そう思っていた時には、視線を外していた。それでも手のなでなでは止まらなかった。
「っ? 谷崎先輩どうかしましたか?」
「な、なんでもないよスカーレット」
こほんっと咳払いをした時、テレビからこんな音声が聞こえてきた。
『そしてこのレースも忘れてはいけません、それは11月の始まりに起きた悲劇の中で生まれた奇跡でした』
そのナレーターの言葉と共に映し出されたのは、天皇賞・秋。テレビにはパドックに立っているスズカが写っている。その場面に、全員が静かになる。そして始まるが、やっぱり大欅を超えたところで走り方がおかしくなったところ、そしてそれが左脚の故障であることを、事細かくく教えている。
「マスコミ…この件は広めないってUARと約束立てたんじゃなかったのかよ」
「それって不味いことではありませんの?」
「不味いなんてレベルじゃない、普通に問題だぞこれは…。しかもURA職員が機能していない大晦日の、それも生放送での放映なんて防ぎようがないぞ」
「まぁ、マスゴミが考えそうなことですね。俺という叩くための出汁を使わない方がおかしいですし
第三コーナー終わりから、再び再加速したところも映し出され、そしてゴールの時に自分がぶつかったところもしっかりと映っていた。ご丁寧にどこから飛び出していたのかを別アングルでも取り上げられている。VTRが終わると各々のゲストが飛び出した少年Aのことをバッシングしている。名前が出ていないだけまだマシか。
ふと気になって、スマホを取り出してSNSを見てみる。そうしたらまぁ番組独自のハッシュタグで不特定多数が自分のことを非難轟々していた。
「まっ、こんなもんか」
「お、お前…平気なのか?」
「あれはまぁ俺が悪いことですから、後ろ指を背中に突きつけられるのはこの先覚悟の上です」
「玲音先輩かっけぇ!」
「そうね、こんな人がトレーナーなら逆に心強いわね」
「ありがとう2人とも、でもそれは流石に言い過ぎだよ」
「なぁ玲音、あまりないと思うが、もししつこくついてくる奴とか、やばいやつと出会った時は俺や他の関係者に言えよ」
「分かってます」
「ならいいが…っと、そうだ。すっかり忘れるところだった」
先生はこたつから出ると、カバンの中から何かを取り出す。見た感じ、球体だろうか。透明な色と、翡翠色だ。
「「あっ、それ」」
「そう、天皇賞でお前らが身に付け合っていたブレスレットの装飾だ。レース場の清掃中にこの一つずつが見つかったらしくてな、保管してたんだ。2人揃った時に渡そうと思ってな」
そう言いながら二つの球体が入ったポリ袋を俺に渡してくれる。あの抱きしめた状況で、衝撃によって散らばっていたのだろうか。翡翠はよく分からないが、水晶の方はヒビがしっかりと入っている。
二つのお守りが、俺とスズカを救ったんだろうか。なんて、少し夢物語を考えてしまう。
「ウェ!? 玲音玲音!! テレビ! テレビ!!」
感情に浸っているとテイオーが興奮気味に叫んでいた。何事かと思って言われた通り見てみると、番組のスタジオにいる全員が驚愕の顔を浮かべていた。そのままカメラのアングルが切り替わると、そこにいたのは……シンボリルドルフだった。
おそらく台本にも予定にもなかったのだろう。薄らと映っているAdいきなりのレジェンドの登場に、スタジオが騒然としている。
『し、シンボリルドルフさん!? なんでここにサプライズなんて嬉しいですねぇ』
『ここへは車偶然通りかかっただけだ。最も、見過ごせない映像が流れたことをその時に見てしまったが』
番組を監督している人か、その人がルドルフにゴマを擦りながら近づくが、シンボリルドルフは冷たい声で切り捨てる。そのウマ耳は明らかに怒っている時のもの…いや、そもそも彼女の表情を見れば激しい怒りを覚えているのは、誰が見ても明らかだ。
テイオーの決意を見た時、シンボリルドルフに鋭い目つきを受けたことがある。でもその時はきっと、怒りなんて何一つなかったのだろう。
『先ほどのVTRを企画したのは貴方か』
『え、や…それはぁ……』
『天皇賞・秋のことはマスコミなどで広めないこと。それは学園とURA、各社メディアで決めたことのはずだ。しかし貴方はそれを破った、何故だ?』
『……』
スタジオ中が、そしてこの部室も沈黙が続く。責任者もこれが生中継で行われているものだからだろうか、発言を全くしない。下手にすればさらに炎上することを認識しているからだ。
そんな姿勢を貫こうとする責任者をしばらく見た後、深くため息を吐いた後に口を開く。
『確かにあの事態は当該生徒が起こしたことは許されるべきではない行動だ。しかし同時に勢いのついたまま頭から倒れた場合、それは彼女の命すら危うい大事故になりかねない事態になっていた。あの場で興奮していた会場の渦の中、彼一人がその危険性に気づき、そして彼なりに彼女を守った。それは専門家などとも状況を判断し、最適解だったことを公表したはずだ。しかし世間はインターネットなどを使い、彼を誹謗中傷し、傷付けてもいい玩具のような扱いを正当化している』
それは皇帝だからか、それともトレセン学園の生徒会長だからか…おそらく、この番組を見ている全国の視聴者が、息を呑んでいると思った。
『なぜ気づかない? その言葉という鋭利なナイフが、当該生徒や関わった人たちを狂わせることを。人の命を、人生を、なんだと思っている? トレセン学園には様々な者が、日々それぞれの夢に向かって切磋琢磨している。そこに邪な気持ちを持つ者など一人もいない。そしてそれを阻める者は、同じく夢を追い続ける者だけだ。ただ見世物のために安全なところから、卑劣な方法で、何も分かっていない存在が、彼を責める権利はない。この件はそれ相応の対応を取らせてもらう。突然の訪問、失礼した』
そう言ってから深々とお辞儀した後、シンボリルドルフはスタジオを後にした。それを見たゴルシがすかさずリモコンを操作して、番組を変える。笑ってはいけない年末番組だ。
「か、カイチョーのあんな顔初めて見た…」
「すごい気迫でしたね…お母ちゃんよりもすごいかも」
「やべぇよ俺…どんなお礼をすればシンボリルドルフさんに感謝伝えれるんだよ…」
別に誹謗中傷に関してはもう気にしないつもりだった。悪いのは自分なのは変わらないからだ。でもそのことにトレセン学園生徒会長様が反応した。そんなことが、そんなことがあるのか?? まだ俺は夢でも見ているのだろうか。
「お礼も何も、最高のトレーナーになる。それがお前にできることじゃないか?」
「先生…」
ひどく遠回りをしている。色んな人に何度も何度も背中を押されても、進むことを躊躇っている自分がいる。きっとそれは俺自身の本質で、変えることはとても難しいことなのだろう。だけど、少なくとも今の俺は、迷うことはない。最高のトレーナーになって、スズカやみんなに追いつく、肩を並べられるくらいに。それだけは、絶対に変わらない。
……年が明けたら、シンボリルドルフさんにお礼を言わないとな。
・ダスカとウオッカの玲音の呼び方って『谷崎先輩』『玲音先輩』であっている、よな…? 執筆し始めて4年くらいだから絶対どこかでミスっているんだろうなぁ(白目)
・次回は一年が終わるお話をする予定です。