少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
──ガタンゴトンッ…ガタンゴトンッ
まるで列車に揺られているような感覚が、微睡んでいた意識を刺激する。重たい瞳を頑張ってあげると、俺は電車の中にいた。
「あ、れ…」
寝ぼけている意識を無理やり引き寄せるように、頭を一度二度と叩き、痛みを覚えながら周りを見渡す。
よく見るような車内ではあるが、身に覚えのないものであることを反射的に理解した。辺りは暗く…いや、暗幕が貼られているような背景になっている。地下にでもいるのだろうか。
なによりまず状況が分かっていない。なんで電車に乗っているのか、なんで寝ていたのか。色んな疑問が浮かぶ。
だが、その疑問を包み込むかのように、俺の右手を何かが握った。とても記憶がある柔らかさと温かさ…俺はゆっくりと横を向く。
するとそこには、さっきまでいなかったスズカがいた。ゆらりっと頭が揺れて俺の肩にぽすっと乗っかる。まるでもう何十回、何百回も行ってきたように思えるその感覚は、少し焦っていた俺を落ち着かせるには十分だった。
「スズちゃん」
なるべく優しい声音になるように心がけて、スズカに声をかける。とてもかわいらしい寝顔をもう少し眺めていたいという願望を抑えつつ、何度も揺すっていると、眉がぴくっと動いてその綺麗なエメラルド色の瞳が綺麗に光った。
スズカはまだ寝ぼけているのか、俺を見た後指で目を擦りじーっとこっちを見てきた。
「レオくん…? なんか、大人びた?」
「何言ってるのさ、スズちゃん。まだ寝ぼけて──」
いるのかと問おうとした時、窓に反射する自分の顔を視界が捉えた。そこには明らかに生徒の俺じゃない、少し大人びた男性がいた。そしてその隣にいる女性の顔も、どこか大人びていた。
化粧をしているのだろうか、普段のスズカでは意識しない妖艶さが目の前の彼女にはある。唇にはうっすらとリップを塗っていて、チークで頬のあたりの発色をよくしている。
「えと、レオくん…そんなにじっと見られると、恥ずかしい」
「ご、ごめん。とても綺麗だったから見惚れていたんだ」
「そう、なんだ。レオくんもかっこいいよ」
「あ、ありがとう」
そのままお互いお互い頬を紅潮させながら見つめ合う。
姿はどこか大人びているが、今の俺と目の前にいるスズカは生徒時代の人格だ。
でもなんでこんなところに俺たちはいるんだろう。どこか遊びに行こうとした記憶もないし、そもそもここがどこかすら分からない。
訳が分からず首を傾げていると、彼女が自分の頬を指でつねった。俺も釣られてやってみるが、普通に痛い。
「痛くない、これって多分夢じゃないかな」
「え?」
「とてもベタではあると思うけど、効果ってあるのね」
今のこの状況を彼女は夢と認識したらしい。俺としたら痛いので現実とそう変わらな──いや待て、俺はなんで痛みを感じているんだ?
今だってそうだ、確かな温かさを感じている。絶対に感じることができないその痛み、温もりを。
どういう状況かは分からない。感覚鈍麻で失われたその感覚は現実世界以外だと機能する物なのだろうか。そんな話は聞いたことがないが、多分そういうことなんだろう。
「そうだね、二人して同じ夢を見るってそういうこともあるんだね」
「昔はよく見てたでしょ? お互いなんの夢を見たって聞いて、同じ夢を見た〜!って」
「あぁ〜そういえば、そうだったね」
最近は全くなかったから、忘れていた。俺とスズカは、子どもの頃から同じ夢を見る時があった。怖い夢を見るときもあったし、俺が特撮ヒーローに変身して彼女を守る夢もあった。
少し、いやだいぶ前に似たような感覚があったような気がしたけど、あれはいつだっただろうか。
海の匂いがしたような…ダメだ、妙に記憶に靄がかかっている。
『間も無く、───港前。お出口は──」
必死に思い出そうとしていると、車内にアナウンスが流れる。場所は分からないが、どこかの駅に着くようだ。
まさか、きさらぎ駅みたいなやばい類いじゃないよな? いや、そもそもこの車内が怪異みたいな物じゃないだけ、良かったと思った方がいいのか。
「そういえば、誰もいないんだね。私たち以外」
「え? ……マジじゃん」
彼女がいたことにずっと意識が持って行かれて気づいていなかったが、よく見ると周りには誰もいなかった。前も後ろの号車にも人影らしいものはない。さっきの声も車掌の声ではなく、自動音声だった。
つまりこの世界には、俺たちしかいない?
そんな今更の事実に気がついたその時、電車は止まり、扉が開いた。終点と繰り返されているため、これ以上進むことはないだろう。
俺と彼女はお互い顔を合わせた後、しばらく見つめ合い……そして、ぎゅっと手を繋いで、そのまま電車から出た。
ほぼ一方通行になっている通路を抜けて、エスカレーターを上がると改札があったためそこから出る。コツッコツッと俺が履いているスニーカーの音と、スズカの履いているパンプスの音がまばらに響いている。
「なんなんだろうね、ここ。来たことある?」
「いや……そもそも俺らはどこに向かっているんだ…」
彼女も少し心配になってきたのか、ウマ耳が少しへたっていた。内心俺もどこに誘われてるのか分からないから、怖いという感情が浮かんでいる。
ただ、隣にいる彼女にそれは悟られたくない。その気持ち一心で平静さを保とうとしている。
またエスカレーターがあったため上がる。するとその先には光が差していた。そのままエスカレーターは上がっていき、視界が真っ白に包まれる。
目が眩み、もう一度目を開けると、目の前には大きな施設があった。とても広い建物で、天文台みたいな形をした建物に、ライブなどをやっていそうなステージが見えている。
一瞬どういった施設か分からなかったが、イルカのモニュメントやシャチの壁画があったことで、その施設が何なのかすぐに分かった。
ここは、水族館だ。確か名古屋の方にあるとても大きな水族館。金鯱杯のために中京の方に行った際、電話車内の広告で見た気がする。
ただ理解した次に浮かび上がったのは、夢とはいえなぜ水族館に自分たちはいるのかという疑問だった。夢だからといえば、それで終わりだが、だとしてもしても関連性が無さ過ぎる。
俺は困惑で立ち止まろうとしたが、隣の手がそれを許さなかった。スズカはゆっくりとでも確かに水族館の方に歩こうとしていた。
「スズちゃん、水族館に入るの?」
「どうせなら、入ろ?」
りんっと鈴が鳴るような、とても優しい声音が彼女から出た。魔性の何かに脳天を貫かれ、フラりっと視界が揺れるような錯覚に陥る。
ただただ俺はコクリっと頷いて、彼女と一緒に水族館の中に入った。
***
誰もいない水族館に、彼と一緒に入る。
隣を横目で見てみると、頬を赤くしていた。おそらく私も赤くなっていると思います。
どうしてこんな夢を見ているのかは分かりませんが、大好きな人と二人っきりなんて、こんな嬉しいことはありません。
「うぉ、シャチはいるん」
彼がそう言ったので視線を追って、大きな水槽を見てみる。するとそこには4頭のシャチがこっちを興味深そうに見ていました。人はいませんが、ここにいる子たちはしっかりいるそうです。
「4頭も…すごい」
「あぁ、ここまでシャチが並んでいるのは初めて見たかもしれない」
とても迫力があり、あまり水族館に行かない私でも、感嘆の息を漏らします。
親子なんでしょうか、ぎゅっと密着していてとても仲が良さそうです。そんなシャチたちに釣られたのか、私はもう少しだけ彼に体を密着させます。
ビクッと明らかに彼の体が跳ねたことが分かります。温かさや感触はそんなにないけど、それでも彼の鼓動が感じ取れるような、そんな感覚があります。
「す、スズちゃん?」
「夢の世界だし、誰もいないから…」
今は思うままに、自分がしたいように彼にくっつく。夢なら醒めない限り終わらない。夢が終わるのは一瞬だけど、それでもこうしていられるのなら。
──ずっとこのままでいいと思ってしまう。
「ほ、ほら。 他の水槽も見てみようよ」
くっついたその距離は離さずに、それでも足元がおぼつかないように彼は注意しながら、私をエスコートしてくれる。
シャチの水槽を離れて、イルカやベルーガ、アザラシにアカウミガメ、深海の生物やいろんな魚が泳いでいる水槽など、いろいろ見て回った。
途中から私たちは本当の夢を見ているのか疑問に思いながらも、この水族館を楽しんだ。」
ただシャチのショーを見たあたりから、周りの背景少しぼやけてきた。まるで写真から水彩画になるような、そんな変わりようでした。そして私はそれを夢の終わりと感じていた。
「夢が、終わっちゃう」
無意識に私は心の中の本心を漏らしてしまいました。自分で何を言っているんだろうと、口を手で押さえながら、彼の方を見る。
彼は何かを言う訳でもなく。ただ、こっちを見て静かに手を重ねてきた。温かさは感じない、それでも彼は暖かい心を持って接していることを感じ取りました。
「ねぇ、レオくん。二人っきりの世界って、悪くないね」
「あぁ、スズちゃんと一緒なら、こんな世界もいいとおもうよ」
尻尾がぶんぶんと揺れる。レオくんってこんなにかっこいい言葉を言う人だったっけ。分からない、私が思っている以上に彼は大人になっているのかもしれない。現実とはまた違う距離感と言葉に頬が赤くなる。
「でも、きっと俺たちは目覚めないといけない。だって────」
最後にどう言ってたか、聞き取れなかった。でもそれを言う彼は、どこまでも私を……いや、その瞳のさらに先にあるナニカを真っ直ぐ見てきた。
「本当の水族館にも行こう、絶対」
「うん」
その一言を言った瞬間に、世界が一気に遠ざかっていき、一つの夢が終わりを認識した。
***
『名古屋水族館を楽しむ3つのポイントは〜!』
「なんで正月に名古屋水族館の特集やっているんでしょうね」
「さぁ、まぁ確かに取材で行ったことあるけど、結構いい水族館だよ」
「そうなのね…それにしても、私の娘と玲音くんはいつ起きるんだか。幸せそうな寝顔を二人しちゃってまぁまぁ」
「二人が子どもの時も、こんな感じに仲睦まじくしていたねぇ。玲音くんはほぼ家族だったし」
「玲音くんの子どもの頃のお話? それすごく気になります!」
「お、話します? 本人起きてませんけど」
「全然いいですよ、玲音くんって昔のお話ししてくれないんですよ」
「結構今と性格は変わってないですよ」
大人たちの和気藹々とした会話がリビングに響いている。
そんなこととはまるで関係ないように、一人の少年と一人の少女が一緒に、そして離さないとでもいうかのようにお互いを抱きしめ合い、笑みを浮かべながら眠っていた。
・とにかく、尊いを書きたかったです。あと同じ夢を見る的な描写は夏合宿会あたりを見ていただければあります。
・次回は、いよいよ三学期が始まる予定です。