少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
・また章名変更しました、多分これ以上は変えないはずです。
学園の廊下を歩きながら、俺は年末にあったことを思い出していた。
今シーズンを振り返るウマ娘のレースの特番、その中で俺のことを明らかに批判しているVTRが映った。入院中に学園側から渡された誓約書には確か「この件をマスコミが報道、VTRなどに使用、番組内での言及は認めないものとする」とは書かれていたが、こんなネタになることをマスコミが見過ごす訳がないと思っていた。まさか一番見られる年末の特番に出すとは思わなかった。
まぁ別に俺自身はどうでも良かったが、そのVTRが終わるとシンボリルドルフが番組のADや脚本家を糾弾したのだ。
『なぜ気づかない? その言葉という鋭利なナイフが、当該生徒や関わった人たちを狂わせることを──』
だからあの時に、シンボリルドルフには初日の早朝に会いに行こうと決めていた。生徒会長なら朝早めに登校しているかもしれないという、希望的観測ではあるけど、そのお礼がこのコーヒーだ。
いやまぁ、もっとあるだろうけど。俺の形で最大限の感謝を表現する方法は何かと考えた時、コーヒードリップを思いついたのだ。まあ寒いらしいから、喜んでくれるだろ。多分…恐らく。
なんて考えている間に、俺は生徒会室前まで辿り着く。
……今思ったんだが、いくら生徒会長だからといって常時いるものなのか? 会長の前に学園の一生徒なのだから、普通は教室にいるものじゃないのか。いやでもシンボリルドルフのような"上級生"の教室なんてどこにあるか分からないしな…。
んー…と俺は悩んでしまう。何かしら一報を入れる方法もないし、そもそもアポなしでいきなり押し寄せるなんて──。
「なにをしているんだい、君は……」
すぐ横から聞き覚えのある声が響いた。ばっと横を振り返ってみると、そこには苦笑しながらこっちを見るシンボリルドルフさんがいた。
「あ、あー…おはようございます、会長さん」
「確か前も似たようなことがあったな。おはよう谷崎くん、私に用があるのだろう? 廊下じゃ寒いから、ぜひそこに入ってくれ」
「あ、はい」
俺はシンボリルドルフに促されて、生徒会室の扉を開ける。一度テイオーにつられてそのまま来たことがあるけど、ここの生徒会室はやっぱ一生徒が使用するには少し豪華すぎる気もする。手前には応接に使える長方形の机とソファー。奥には立派な書斎と本革を使ったであろう椅子が置かれている。
教室というよりは、校長室とかに近い構造だ。
ソファーは本革ではなく、ファブリック素材ではあるがそこいらのソファーよりも座り心地がいい。お行儀悪いだろうが、上履きを脱いで横になれば絶対ぐっすり眠れるだろう。
「お茶でよかったか? 最もエアグルーヴが淹れるものよりは粗茶になってしまうがな」
「あ、いや。実は飲み物は持ってきていて」
俺は持っていた水筒をひょいと、シンボリルドルフに見えるように腕をあげる。そのまま蓋を開けてみると、シンボリルドルフの耳がピクッと動いた。
「この匂いは、コーヒーかな」
「そう、俺が淹れたんだ。お口に合えばいいけど」
「ならカップと、軽いお茶菓子でも出そうか」
そう言うとシンボリルドルフは、ティーカップとソーサー、茶菓子という名のビスケットを数枚取り出して、俺の目の前にある机に置いた。湯気が少し立っているから、カップ自体が温められていることがわかる。あの書斎の近くに保温機でもあるのだろうか。
そんなカップに俺は今朝淹れたコーヒーをそのまま注ぐ。缶コーヒーの黒色や普通に淹れた時の薄茶色とはまた違う。とても鮮やかなルビー色の液体が、コップの中で揺れる。
適切な豆と、それに合う焙煎度合い。そこからさらにしっかりとしたドリップで行うことで、この色に近づく。
「驚いた、これがコーヒーとは。コーヒーマシンやインスタントで見る色とはまるで別物だ。匂いも紅茶に近いと言っていいほど甘く芳醇な果実の香りが漂っている。文化祭で手慣れていると思っていたが、君はコーヒーを淹れるのが美味いようだ」
「いい豆のお陰ですよ、俺自身はそんなにドリップが上手だとは思っていませんから」
「謙遜にも程があると思うがね」
そう言いながら、シンボリルドルフはカップに口をつけて、少しだけその液体を口に含んだ。
耳がピンっと跳ねて、目が少し驚いたように見開かれる。そしてほんの少し口をポカンっと開けていた。7冠という偉業を成し遂げ名実ともに『史実最強ウマ娘』や『皇帝』と呼ばれている彼女が、今はただの少し可愛い上級生に見えた。
「……これは、魔法のようだ。コーヒーなのに雑味や苦味がほとんど消えていて、飲んだ瞬間に甘味が広がり、後からフルーティーさと酸味が包み込むようにやってくる。同じものでもここまで変わるものなのかい」
「奥が深いからね、コーヒーは。お口にあったならよかった」
「ふふっ、これは茶菓子は蛇足になってしまうかな」
俺もカップに手を伸ばし、コーヒーを飲む。実際このコーヒーは美味しい。北海道から取り寄せて、かつ値段も普段使っているやつの3・4倍。これでまずいと言われてたら、ちょっと悲しかったかもしれない。
そのまま俺たちはささやかなお茶会を楽しむ。まぁまぁ時間が経ったのだろうか、外から消えてくる生徒たちの声がここまで聞こえてくるようになった。
「それにしても、なんでこんなお茶会を? 私は嬉しいが」
「お礼をしたくて。シンボリルドルフ、年末に──」
「ルドルフで構わないさ、もう完全な他人ではないだろう? 私も谷崎くん呼びだからな」
「なら、ルドルフ。年末にPVを用意した番組に対して怒ってくれて、礼を言いたい。」
そう言いながら、俺は頭を下げる。
「そんな、顔を上げてくれよ。私はただ当たり前のことを言っただけだ。ただ、意外だな。てっきり擁護してくれたことへの感謝を言いにきたと思っていたが」
確かに年末のルドルフの言葉は、あの秋天で猛バッシングを受けた俺という名のトレセン学園の一生徒を守るための言葉だったのかもしれない。というか、普通に考えればそうだ。あの番組を見ていた視聴者全員が悪者だったはずの一生徒を、生徒会長として守っている。そんなかっこいいシーンだと思うだろう。
だけどだ、その擁護を。俺はストレートに受け止めてしまってはいけない。
「どんなに擁護をしたとしても、俺がしたことは非難されて当然だ。もちろん、それを出汁に使ったマスゴミは絶対許さないとしても。俺がやったことを、美談で終わらせてはダメだ」
「君は、変わっているんだな。ある意味で愚直でストイック。ウマ娘を第一に考えて己すらも犠牲にできる。あの飛び出しは、普通の人間では到底できない行為だからな」
「運が良かっただけだよ。少しでもずれていたら、俺の首はボールのように彼方に飛んでいたかもしれない。結果的にスズちゃ──サイレンススズカを守れただけで、危険な行為に及んだことに関しては、俺の中で深く反省している」
「この二ヶ月ほどでそこまで自分の中で結論が出ているのなら、何も心配はなさそうだな」
ふふっと笑いながらルドルフは持っていたカップをソーサーに置く。その動作ひとつひとつはとても優雅であり、どこかのお嬢様のようにも見えた。
ルドルフとは何度か話したりとかはしていた。でもそれは練習の時の他愛のない会話など、そこまでルドルフとここまで一対一で話したことはなかったはずだ。
「ところで、風の噂で聞いたのだが。君は入院中に抜け出したり、色々あったらしいが、本当かい?」
「ぶっ!? あ、いーやそれに関しては……はい、本当です」
「意外というか、俄かに信じられないな。リギルに何度も来てもらっているが、君が優しい人間なのは私でも分かる」
「流石に買い被りだよ。ルドルフが思っているより俺は優しくないし、限界が来れば狂ってしまうほど心の弱い男。それが俺という人間だ」
「君は自分をあまりにも低く見過ぎているな、同期の中でトレーナー業の深いところまで関わっていることは、誇ってもいいと思うが」
ルドルフその一言に対して俺は黙るしかなかった。淹れたコーヒーに自分の顔が映るが、どんな顔をしているのか全く分からなかった。ただ目の前にいるルドルフは、とても心配そうな笑みを浮かべながらこっちを見ている。
「トレーナー人生はまだ長いかもしれないが、君もあと1年間の学園生活だろう?」
「まぁ、そうですね」
「私もあと数ヶ月で卒業だが、1年間というものは長いようで短いものだぞ」
「…………え、卒業??」
ルドルフから出たその言葉を、俺はほぼ考えないで復唱していた。いや、確かにルドルフは俺よりも上級生。ってことは、高校三年生…だよな?
あれ、でもルドルフって7冠取っていながら、海外も挑戦したと道は前に行っていた。
絶対に誤魔化してはいけないその違和感に気づいた瞬間、この部屋が水でいっぱいになったかのように音が遠ざかり、視界があやふやになる。水面に沈んでいるようはそんな感覚の中で、俺はルドルフのことを思い出そうとしている。
最初に会ったのはそうだ、俺が高校一年生の時。あの時はまだ生徒の中の一人と登壇に上がっている生徒会長だった。どんなことを言ってたかはもう覚えていないが、彼女が登壇していたのは覚えている。
次に個人としてはあったのが、去年の高校2年生の春が終わろうとしていた頃に、テイオーの宣言の時だ。カイチョーに宣言するんだー!って言っているテイオーに、教室から引っ張り出されたことは今でも覚えている。
……そうなると、この人何年生徒会長をやっているんだ?
いや、ごく稀に一年生から生徒会長をやっている存在もいるが、だとしても何かおかしくないか…?
「──くん、谷崎くん、どうしたんだい急にぼーっとしてしまって?」
「い、いや、なんでもない」
「まぁ無理もない、海外に行ってその後ドリームトロフィーリーグに参加しているからな。無理もない」
「ドリームトロフィーリーグ…」
そういえばこの学園にいるウマ娘が参加するレースの種類は重賞などの括り以外に、トゥインクルシリーズとドリームトロフィーリーグの2種類がある。確かトゥインクルシリーズで輝かしい結果を掴んだ、一握りのウマ娘が参加することが許される領域だ。
そこにはオグリキャップやタマモクロス、そしてマルゼンスキーなどら誰もが知っているようなウマ娘がいる。そこにはもちろんルドルフもだ。
「トゥインクルシリーズが終わる高校3年、あるいはその前から学園の方から打診をされる。"海外進学"を選んだ者にも数年間の参加が許される。私は後者の方だがな」
「てことは海外に…って、海外進学?」
「ん? 知らないってことは──あぁそうか、トレーナー学科には関係ない話だったな。ウマ娘でトゥインクルシリーズの成績が認められた物には、1年間海外のレースに参加できる資格が1年海外留学という扱いで認められるんだ。ただ留学だと感じが悪いから海外進学と読んでいるんだ」
「そんな制度があったのか」
「あぁ、ドリームトロフィーリーグと海外進学の目的は、本格化が衰えていない娘たちの居場所を作ることだ。最近の研究で本格化は第二次性徴期の頃からおよそ22歳まであることが分かってきたからな」
なるほど、本格化がまだ抜けていないウマ娘を社会に出したとしても、その力は持て余ってしまう。伸び伸びと走りたくてもウマ娘が走る環境というものは用意するのはあまり容易ではない。かといってそこら辺にある公園だと相手を大怪我させる可能性もある。
理にかなっていると言える。「だが、」とルドルフが真剣な顔でこちらを見るまでは俺もそう思っていた。
「本格化が終わった後の就職や大学進学に、不利になることがあると分かった。高校卒業してからレースのことを考え、勉学に関しては自習が中心になるからな。ウマ娘の未来を担う者として、それではいけないと学園が考えたんだろう」
そう言いながら、ルドルフはどこからかパンフレットみたいな物を取り出し、それを机の上に置いた。そこには『日本ウマ娘トレーニングセンター学園大学』と書かれていた。
「学園大学って、トレセン学園に大学できるのか?」
「あぁ、そして私やマルゼン、オグリたちはその一期生になる予定だ。場所は少し離れるがな」
「だから、卒業ってことか」
「そうだ。生徒会長が変わるとなれば、なかなかのニュースになりそうだな」
あはは、と苦笑しながらルドルフはコーヒーを飲む。だがすぐには下げずにカップの中に入っているコーヒーを見つめながら、ふと溢すように言葉を続けた。
「長い夢を見ているようだった。7冠を取った時がもうだいぶ前のようだ。目覚めたらまた生徒会長である私の日常が始まり、また終わり…繰り返されている。谷崎くん、一つ聞いてもいいかな」
「…なんです?」
「私は、今からおかしなことを言うが。この世界はずっと同じ時間を辿っているんじゃないかって思ったことがある。自分が取った栄誉は遥か遠くにあり、今という日常を繰り返している。とね」
「それは、本当におかしなことを聞きますね」
「なら君は、私の走りを見たことがあるか?」
「ルドルフの…? いや、俺この学園に来てから初めてウマ娘のレースを見て、ルドルフが走っているのなんてリギルの練習の時しか──あれ?」
自分で話していて、また違和感という石につまづいた気がした。ルドルフは栄誉であるドリームトロフィーリーグに出ている。さっきそう言っていた。だったらどこかで見ているはずだが、そんな記憶はない。それにそんなのが行われているんだったら、テイオーに「カイチョーが走っているから行こっ!!」とか誘われても多分おかしくない。
「本当の走りを、見てない?」
「これでも去年は頑張ったのだがな、君には見えていなかったか。もちろんトゥインクルシリーズの方で忙しかったということもあるとは思うが」
「いやでも、そうだとしても一回も見ないなんて」
そんなことが可能なのだろうか。だってトゥインクルシリーズはテレビや新聞などで取り上げられている。なら、ドリームトロフィリーグだって取り上げられていないとおかしい。でもそれがない。ルドルフもそうだがそもそも俺は誰がドリームトロフィーリーグに所属しているのが分かっているマルゼンスキーくらいしか記憶にない。だがその走りは模擬レースでしか見ていない。
「だから私は思うんだ。この世界はずっと繰り返して、終わることはない。永遠の学園生活と永遠のこの生徒会長という肩書きを背負い続けるのだと」
ルドルフはひとしきり喋る終えると、コーヒーカップに口を近づけて、 残りのコーヒーを一気に飲み干し、また書斎の方に向かっていた。
ただの年末のお礼を言うためにここに来たのに、予想以上に話が膨れ上がり、混乱している俺がいる。ルドルフはえみは浮かべているものの、これ以上話すことはないという態度にも見えた。自分自身で置いた学生鞄を肩に掛けて、俺の横を通り、生徒会室の扉を開ける。
「変なこと言って悪かった、忘れてく──」
「ルドルフ」
忘れてくれと、彼女は言いたかったのだろう。でも俺の中で、この問いに対しての考えを言わないといけないと、本能が叫んでいた。
ルドルフもまさか、声を掛けられるとは思ってはいなかったのだろう。表情こそは普通だがウマ耳がピクっと跳ねていた。
「ルドルフがどんな思いで、ずっとこの日常を過ごしていたのかは俺には分からないけど。世界が繰り返されるのは、アニメや創作の世界だけだ。人はいつでも前に進んでいて、辿り着く場所が必ずある」
「……死生観の話ではなかったのだがな」
「でもそうだろ? 時は必ず未来へと進むんだ。俺ら全員いつかは老いて、空へと駆けていく存在になるんだからな」
「随分と小っ恥ずかしいことを言う。だが、そうだな、君の言う通りだ」
そういうルドルフの顔は生徒会長でも、7冠の皇帝の顔でもない。とても柔らかく、それでも何か確かな確信を持って安心した、一人の女の子の笑みを浮かべていた。
・エフフォーリアは出るですって?? ウマ娘復帰します(迫真) そして書き方が定まらない…これで大丈夫かちょっと不安です(苦笑)
・どんなに楽しくても、嬉しくても、悲しくても、苦しくても、怒っていても、過去を思うことがあったとしても、時は未来に進む。ススメミライへ。
・次回は、玲音と沖野トレーナーが話し合う回の予定です。