少年とウマ娘たち - ススメミライヘ -   作:ヒビル未来派No.24

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 前回のあらすじ:玲音、勝負服の意味を知る。

・UA59,000・60,000・61,000・62,000、お気に入り700件を突破しました。皆さま、ありがとうございます!

・途中、本編では行っていない会話が入りますが、目を瞑って下さると有り難いです。


憧れがいるから 〜皐月賞・前編〜

 皐月賞……それはクラシック三冠競走の初戦にあたり、満開の桜が少しずつ葉桜になり始めていく4月上旬に中山レース場で開かれる芝2000mのレース。

 

 レース名は「皐月」と昔の日本の暦では5月という意味だが、これは俺らが生まれる前は5月にレースが開催されており、そのときの名残が残って皐月賞という名前になっている。

 

 そしてこのレースは「最も速いウマ娘」が勝利を掴み取ると言われている。

 

 実際この皐月賞で好走したウマ娘は短距離路線や三冠路線関係なく一定の成果をあげている。

 

 だから多くのウマ娘にとってこのレースは、今後のレース人生を左右するとも言えるくらい大切なレースになる。

 

 殆どの栄光への歩みは……ここから始まる。

 

   ***

 

「うげ……ミスった〜」

 

 俺はいつも通り朝起きて、モーニングルーティンであるコーヒードリップをする。

 

 ただ今日は珍しくドリップをミスってしまった。そのせいで酸味がエグい……。

 

 しかもこのコーヒー豆は特別な日にしか飲まない、言わば勝負メシならぬ勝負ドリンクなのだ。

 

 なのに失敗してしまった……嫌なことが起きる前兆ーーー

 

「な〜んちゃって! 酸味がエグいならミルクを入れればいいじゃない!!」

 

 そう言って俺は冷蔵庫からジャージー牛の牛乳を取り出す。

 

 ジャージ牛とは簡単に言ってしまえば国内では珍しい牛だ。

 

 色はよく見る黒白(ホルスタイン種ってやつ)とは違い、茶色……そしてジャージ牛が出す牛乳はホルスタイン種が出す牛乳よりも栄養成分が多く、濃厚な風味とコクが味わえる。

 

 ちなみにコーヒーに牛乳を入れるとカフェオレになるのだが、比率としてはコーヒーと牛乳を1:1が一番美味しい気がする。

 

 人によっては「それってコーヒー牛乳じゃねえか!」と言われそうだが……元々コーヒーっていうのは砂糖やミルクを入れることを前提した飲み物であり、それをブラックで飲み始めたのは紛れもない日本である。

 

「……うん、美味い!」

 

 こんなにカフェオレが美味しいんだ……今日はいい日になりそうだな。

 

 そうしてカフェオレを飲みながらトーストなどの朝食を食べ終え、俺は出かける準備をした。

 

   ・ ・ ・

 

 今日は誰と会うのか……それとも会わないのか……俺は少し辺りを見回すように歩きながら集合場所の駅を目指す。

 

 今日は日曜日ということもあってか、平日より人は多い。バードウォッチングを楽しむ人たち、ランニングや愛犬の散歩をしている人たち。

 

 そんな中、見知った後ろ姿が俺の視界内に入った。

 

 俺は走ってその後ろ姿に追い付こうとする。

 

 少しずつその背中は大きくなっていく……これで似た容姿の別人だったら恥ずかしいにも程があるな。

 

 そして向こうはこっちに向かってくる足音に気づき、足を止め振り返った。

 

「あっ、レオくん」

 

 こっちを見ながら小さく手を上げるスズカ、俺はそれに応えるように走りながら大きく手を上げる。

 

「はぁ……はぁ……お、おはよう、スズちゃん……」

 

「おはようレオくん、そんなに急がなくてもよかったのに……」

 

「スズちゃんの後ろ姿見つけたらさ、走らずにはいられなくてね……ははっ」

 

 全力で走ってバクバク鳴っている心臓を落ち着かせるため、ゆっくり歩きながら息を整え酸素を身体中に巡らせる。

 

 スポーツはしていたとはいえ、やっぱ全力疾走は疲れるなぁ。

 

「ふぅ……それじゃ行きますか」

 

「うん」

 

 そうして俺とスズカはまた歩き出す。

 

 なんか話そうと思ったが中々話題が出てこず、結局そのまま無言で隣を歩くだけになってしまった。

 

 でもそれだけで心が満たされるというか、無理に話さなくても隣にスズカがいるだけで気持ちが晴れやかになる。

 

 そして向こうも同じことを思っているのか、ウマ耳が少し横に向いて、しっぽも大きくは無いものの左右上下にゆらゆらと揺れている。

 

 そんな感じに時間が過ぎていき、集合場所の駅が見えてきた時にふと思ったことがあった。

 

「そういえばスズちゃん、スペはどんな感じだった」

 

「気合が入ってたわ……今日だって同室である自分を置いて外に出たくらいだったから……」

 

「ははっ、それなら気合の心配はなさそうだ」

 

 てっきりスペのことだから、緊張で体がガチガチになっていると思っていたが、違うなら大丈夫そうだな。

 

 あれでも、いつもは寝すぎでよく遅刻しそうになっているってスズカから聞いたことがあるが、そんな早く起きしてしまうのはある意味皐月賞に緊張しているからなのだろうか……。

 

「そう言えばスズちゃんの皐月賞ってどんな感じだったの?」

 

「……」

 

 それはとても自然で、そこまで差し障りのない話題を選んだつもりだった。

 

 しかしその思惑とは裏腹に、スズカは暗い表情を浮かべて俯いてしまった。

 

「……出たことないの」

 

「……そっか、ごめん」

 

「ううんいいの……自分でもあの時のことは不可解なことだったから」

 

「不可解な、こと?」

 

 俺がそう言うと……スズカは静かに自分の過去を喋り始めた。

 

「リギルに入った後、私はトレーナーさんから三冠ウマ娘を目標として、その前哨戦の弥生賞に出走した……でも自分のゲートインが済んだ後に、私はゲートをくぐってその場から逃げ出した……」

 

「えっ、逃げ出したって……なんで……?」

 

「当時の自分にとって、レースの緊張感というのは今までに感じたことのない負の感情の塊だった。緊張感によって呼吸が乱れ、世界は歪んで見え、自分が今自分の足で立てているのか平地に足を着けているのかさえ分からない……その感覚が怖くなって、私は逃げたくなった」

 

「……」

 

「スペちゃんはここまで逃げずに来れたのだから……スペちゃんの方が私よりすごい」

 

 そう言うスズカの声音はどこか自傷を厭わないような冷たいものだった。

 

 自分はそこまではなった事ないが、何と無く分かる。

 

 サッカーをやっていた時、初めてベンチメンバーからスタメンに選ばれ「活躍しなければ」という思いが体を巡ったが、それが却って体の自由を失くした。

 

 卓球では一生に一度であろう市内の決勝戦、会場は相手選手を応援し自分は完全に孤立、熱気や歓声もあり今いる場所がどこなのか分からなくなったことがあった。

 

 スズカはそれらよりも重いプレッシャーに責められたのだ……それがどれほどの苦痛なのかは想像だけはできるが、その想像など上回るくらいの苦痛を負ったのだろう。

 

 だけどスペがすごいのは……緊張に強いとかそういうところではないと思う。

 

 きっと、それは……。

 

「それは違うよスズちゃん」

 

「違うって何が?」

 

「スペが強いのは……スズちゃんがいるからだよ」

 

「私がいる……から?」

 

「まぁ、日本一になるっていう大きな夢を持っていることも理由の一つだろうけどな」

 

 そう言いながら、俺は弥生賞の時のスペシャウィークの言葉を思い出していた。

 

 「スズカさんには言わないでくださいね!」と釘を刺されているが、別に言われても刺されたりはしないだろう。

 

「弥生賞の地下バ道で話してくれたんだけどな、スペはスズちゃんの走りに憧れて走っているんだってさ」

 

『初めて行ったレース場でやっていたのがスズカさんレースだったんですけど……そこで見たスズカさんはすごくキラキラと光っていて……私、あんなウマ娘になりたいんです!』

 

 俺は弥生賞でスペが言っていたことを(記憶で覚えている限りできるだけ正確に)口に出す。

 

「スペちゃんがそんなことを?」

 

「あぁ……だからスズカは今のままでいいんだよ。今は誰も寄せ付けない最速のウマ娘だろ?」

 

「さ、最速は言いすぎな気が……でも、ありがとうレオくん」

 

 先ほどよりは明るい顔になったスズカ……そしてそれと同時に集合場所に着いた。

 

 そこには既に先生とゴールドシップ、テイオー・ウオッカ・スカーレットが集まって……って、あれ、スペは?

 

「おはようさん……ってなんだ? お前らスペと一緒じゃなかったのか?」

 

「えっ、スペちゃんまだ来てないんですか?」

 

「あぁ……てっきりお前らと一緒だと思ってたんだがなぁ」

 

 あれ待てよ……スペはスズカよりも早く寮から出て行ったんだよな。

 

 なのに遅くに来たスズカ(ついでに俺)よりも遅いなんてことあるのか?

 

「……まさか、何か事件に巻き込まれーーー」

 

「すみませーーん!!」

 

 不吉な予感が頭の中を過ぎり、その事を口に出し欠けた瞬間、俺たちが来た道の方向から声がした。

 

 その方向に体を向けると……そこにいたのは人参を口に咥えながら超全速力でこっちへ走ってくるスペの姿だった。

 

「「スペ(ちゃん)!?」」

 

「はぁ……はぁ……お、おはようございます皆さん」

 

 そう言うスペは明らかに息を切らしていた。

 

 ウマ娘が息を切らすということは、相当な距離を相当な速さで走って来たってことだ。

 

「スペ……お前走り込みを行ってたのか?」

 

「は、はい……皐月賞のことを考えてたら体を動かさずにはいられなーーー」

 

「バカ野郎!!」

 

 ここにいるチーム全員、そして周りを歩いていた通行人が先生の怒号を聞き先生の方を見る。

 

 俺ももちろん驚いていた。なにせあの先生がここまで大きな声を出すというのは初めてのことだったから。

 

「今日は大切な日なんだぞ、もし関係ないところで故障をしたらどうするつもりだったんだ?」

 

「そ、そんなドジは踏みません!」

 

「交通事故や足を挫くのはドジを踏まなくてもなってしまうものだ……それに集合時間に遅れるのも悪い」

 

 いつもはほんわかしている自分のチームのトレーナーが、見たことのないくらい真剣な顔で自分を叱り付けている。

 

 スペは自分がどれほどいけない事をやってしまったのか、トレーナーの声音で分かったらしい。しっぽとウマ耳が元気をなくし垂れ下がっている。

 

 そして先生はゆっくりとスペの方に近づいていき……スペの方に手を伸ばす。

 

 スペは叩かれると思ったのか、咄嗟に目を瞑る。

 

 しかし襲って来たのは何かを叩くような強い衝撃ではなく、何かが優しく頭の上に置かれたような感覚だった。

 

 目を瞑っていたスペはゆっくりと目を開ける。

 

 先生はというと……スペの頭をぽんぽんと優しく叩いていた。

 

「と、トレーナーさん?」

 

「気持ちは分かる。お前にとってはこれが初めてのGⅠレース、心と体が落ち着かないのは仕方ないことだ。だが、誰にも言わないでかつ時間に遅れることはもう無いようにな……またやりたいなら、俺に相談しろ?」

 

「は……はい!」

 

「まだ足はちゃんと残っているな?」

 

「もちろんです!」

 

「なら結構だ……チーム・スピカ、中山へ殴り込むぞ!」

 

『お〜!』

 

「お、お〜……」

 

 そして俺たちチーム・スピカ一行は隣の県にある今日の舞台、中山レース場に向かうのだった。

 

 

 




・「(厩務員さん……どこ?)」ってなっている弥生賞のススズを知り、もしウマ娘の世界でゲートくぐりを再現するとしたらどうなるんだろうと考え、書いてみました。

・次は後編の皐月賞レース編です。
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