少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
皐月賞が終わった後、俺とチーム・スピカのみんなはスペを励ますために地下バ道へ向かった。
しかし、その時点で1人その場にいなかった。
それは……先生だ。
いつ離れたのかは分からないが、地下バ道についた後ゴールドシップが気付いた頃にはもういなかった。
スペにとっては初めての敗北だった。普通だったらチームのトレーナーが励ましたりとかするだろうに……なんで先生は消えてしまったんだろう。
「惜しかったな、スペ」
「最後まで諦めない姿はかっこよかったです!」
「……ありがとうございます」
笑顔を作ってそう返事するスペだが、その声はとても弱々しい。
ウマ耳と尻尾も明らかに元気がない。
「スペ……」
「玲音さん……私、負けちゃいました!」
「……」
「やっぱりセイウンスカイさん、そしてキングちゃんもとても速くて……全然敵わなかったですね」
笑顔で、空元気をしていたスペだったが、その瞳には少しだけ涙が溜まっていた。
俺はどう言えばいいのか、分からない。
自分が卓球やサッカーをやってた頃……最初負けた時ってどんな気持ちだったっけ。
正直に言ってしまえば勝ちよりも負けの方を多く経験している……俺の感性からしたら負けることは至極当たり前のことなのだ。
だから負けた人に対して、何を言えばいいのか分からない……。
「……スペちゃーーー」
「あっ、すみません。私ウィニングライブの準備があるので失礼しますね!」
そう言うと駆け足でウィニングライブの控え室の方へと向かうスペ。
その後行われたウィニングライブにより中山レース場はかなり盛り上がったが……笑顔のどこかに悔しさを醸し出しているスペの表情を見ているとそんな気持ちにもなれなかった。
・ ・ ・
「……」
帰りの電車では席に座ることができたので、俺は携帯のテレビ機能を使い、今の時間に行われているニュースを耳で聞く。
「続いてスポーツです。本日行われた皐月賞、栄光に輝いたのはセイウンスカイでした」
「……セイウンスカイ」
テレビでやっていたのは7時に流れるニュースだったが、後半は基本スポーツのことが放送される。
そしてそのスポーツの内容の中でも、今日行われた皐月賞はトップニュースになっている。
……そういえば今日見たあの夢でも、確かセイウンスカイが1着、スペシャルウィークは3着だったよな。
あの夢と今回の皐月賞のレース結果が一緒……そんなことありえるのか?
予知夢と言えば確かに予知は出来ているが……いや、あれは偶然だ。そうに決まっている。
それとも俺はあの2人を偵察していた時点であの2人が勝つと……スペが負けるって、思っていたのか?
もしそれが原因だとしたら……俺はチームの一員には相応しくない。
仲間の勝利を……心の底から信じていなかったなんて……。
いや、俺は信じていたはずだ……スペは今日勝って、その次もその後も勝って三冠ウマ娘になって、日本一と言われるくらい有名になるって俺は信じていたはずだ。
なのに、あんな夢を見てしまった……。
「っ……くそ」
俺は自然と手に力が入る。手のひらに食い込んで微かな痛みを覚えるが、それでも力は弱まらなかった。
……なんてしていると、突然ポスッと横から何かが小突いてくるような感触がした。
俺はそっちの方向に顔を向けてみると、スペが目を瞑り寝息を立て、俺の肩を枕の代わりにしていた。
「すぅ……すぅ……」
「……」
寝ていたのか……そりゃそうか。レースで全力を出し切って、最後までお客さんを楽しませるために精一杯踊っていたもんな。
前まで棒立ちしていたのに、今ではちゃんと歌って踊っている。
ほんと……よく頑張ったな、スペ。
……あっ、そっか。これをあの時に言えばよかったんだ。
すごい簡単な言葉なのに、あの場で考えられなかったとか……自分もまだまだだな。
「……おかあちゃん……ってなかった、よ……」
「スペ……」
寝言と一緒に浮かべた……悲しそうで、悔しそうな顔。
寝ている時ではあるけど、自分に初めて見せた……スペの本当の表情。
ツーッと溜まっていた涙が……頰に滴り自分自身の手の甲に落ちた。
それを見た俺は……優しく、スペの頭を撫でる。
そして、こう言った。
「ごめんな……スペ……」
・ ・ ・
その後、俺たちは学園の最寄り駅に着いて、歩いて学園を目指す。
スペはまたみんなを心配させないようにまた空元気になっている。
そしてそれを分かっているからこそ、チームのみんなもいつも通りに接している。
側から見ればウマ娘たちが楽しく学園に戻っているように見えるが、あの表情を見た後だと、非常に傷ましい光景に見えるのだった。
そんなことを考えていると、別れる場所まで来てしまった。
「それでは玲音さん! また明日練習の時に!」
「またな、スペ、他のみんなもまた明日」
俺はチームのみんなの後ろ姿が見えなくなるまで見送る。
そしてその後ろ姿が完全に闇夜に紛れて見えなくなったので、俺はトレーナー寮に向かって歩き出す。
……と、その時だった。見覚えのある顔が俺の前に現れたのは。
「よっ」
「先生? ……あんた今までどこでーーー」
「話は後だ、それより着いてこい」
「着いてこいって……どこに?」
先生は俺の隣を横通り、そして顔だけをこっちに向けた。
その目は……見たことがないくらい真剣なものだった。
「スペが行きそうなところだ」
・ ・ ・
結局、俺はあのまま先生の後をついていく。
夜の学校というシチュエーションも初めてだし、中庭もあまりいかないところなので、なぜスペが中庭に行くのか理解ができない。
「2ヶ月前、俺がお前に言ったことを覚えているか?」
2ヶ月前ってことは俺がチームに入ったばかりのことだよな。
なら最初に教わったこと……。
「コンディションを整える……ですよね」
「そうだ、そして今スペは負けた事によって心がへし折れていると言ってもいいだろう」
先生の言っている事はもっともだが……だったらなんで先生はあの地下バ道にいなかったんだ。
言葉では出なかったが、目がそれを語っていたのか……自分の意思を汲み取った先生は言葉を続ける。
「あの時に声を掛けてもよかったが、あいつは人思いなやつだからな……大丈夫ですの一点張りになるだろう」
「……」
「だから、あいつの気持ちが素直になるタイミングの方があいつにはいい」
そう言って先生はその場に立ち止まり、ある方向を見つめる。
俺も先生の側に立って、先生が見ている方向に視線をやる。
そこにいたのは……1人、中庭にある切り株の前で佇むスペだった。
……いや、ただ佇んでいるだけじゃない。
「うわあああああん! はあぁぁああああん!! ……っ……うぅ……!」
……泣いている。
この中庭中に響くくらい……大きな声で泣きわめいている。
「弥生賞の時みたいに走ったのに! おかあちゃんに勝ったところを見せてあげたかったのに!! ……っ、私はぁ! 調子に乗ってたんだああぁぁ!!」
「……スペ」
俺は今、初めて見たのだ。
スペシャルウィークの本当の感情……あの電車内で覗いたちょっとの感情ではなく、悔しいという気持ちが体中に駆け巡り、自分自身で自制ができなくなる。
これが……スペの本当の素なのだ。
だからこそスペがどれだけ悔しかったのか……どれほど勝ちたかったのかがひしひしと伝わってくる。
「あいつは日本一になると生みの親と育ての親に誓ったんだ。だから日本一への最短ルートだった三冠ウマ娘達成が叶わなくなって、思った以上に心にダメージを負っている……それをケアするのが、俺たち、トレーナーの仕事だ」
先生はそう言うと、スペの方にゆっくりと近づいていく。
泣きわめいていたスペが先生に気づき、なぜこの場所にいるのか問う。しかし先生は無言でスペに近づき……。
「くっっっそおおおおぉぉ!! 俺の指導不足だああああぁぁ!! くそおおおおぉぉ!!」
切り株に向かって大声でそう叫んだ。
スペは自分のトレーナーが急にそんな事をしたので、少し困惑している……だが、先生は叫び切るとスペの方に向き直り、真剣な声と視線でスペに接する。
スペとトレーナーが何かを喋っているが、遠くてあまり聞こえない……だけど、最後の言葉は聞き取れた。
「日本ダービーでセイウンスカイに勝つ……! 負けを知って強くなれ……いいな?」
「……はい!」
そう言うスペの目はとても真っ直ぐで……力強いものに変わっていた。
・オークス良かったですねぇ……来週は日本ダービー!
・次回はたい焼きのシークレットの話(第4R)をする”予定”です。