少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
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3日目
「うぅ〜……まだ其処ら中の節節がズキズキしてます……」
「最初はそんなものだよ」
今日はテイオーがスペのダイエットを手伝う日だ。
テイオーからはダンスができそうな部屋を用意して欲しいと言われたので、スタジオA……ではなく、スタジオFの一部を貸してもらった。
ウマ娘はレースもそうだが、その後のウィニングライブのためにダンスレッスンも併行して行う。
だから何だかんだでダンススタジオは使われる日が多い。
そして大体が使う日の数日前に申請を出すものだったが、なにせテイオーに言われたのが朝一番の昇降口だったので、空いているところはどこもなかった。
だからお昼休みにA〜Fの貸し出しを申請していたチームのトレーナーに直談判しに行った。
まぁ、ほとんど断れたりスペースがないと申し訳なさそうに言われたりして、なかなか上手くいかなったが……最後に行ったスタジオFのチームトレーナーに一部だけならと条件付きで許可が取れた。
そのトレーナーは、上半身にジャージみたいな服を着て、前を開けていて鍛えられた腹筋が見えてて、黒色の帽子を被り、赤色のサングラスを掛けていて、そして顎に立派な髭が生えていて……会った瞬間、ヤ◯ザと思ってしまった。
めっちゃ見た目が怖くて俺はびびってしまったが、話してみればいい人だった。
やっぱ人を見掛けで判断してはダメだと、改めて思った。
そんな事を思っていると、向こうからトレーナー……黒沼トレーナーがこっちに近づいてくる。
「今回だけだ、次からないようにな。それとこっちの邪魔をしないように」
「はい、ありがとうございます。黒沼トレーナー」
黒沼トレーナーは自分が担当しているウマ娘たちのトレーニングを始める。
……さて、そろそろ時間だけど、テイオーがやってくる気配がない。
ただ限られた時間を浪費するのは勿体無いと思ったので、俺はスペのストレッチを手伝うことにした。
「どうだ、こんくらいか?」
「もう少し強めても大丈夫です」
「ほい」
半月前くらいにテイオーのストレッチを手伝ったことがあるが、それと比べてみると、スペの体は少し固めだ。
いや、あれはテイオーの柔らかさが化け物っていったところだな、スペも人並み以上には柔らかい。
「スペって、体を柔らかくするストレッチ行ってたの?」
「う〜ん……おかあちゃんがよくストレッチをやれって言われて背中を押してもらってました」
「スペのお母さん?」
「はい! 私を日本一のウマ娘にするために色々してくれたんです!」
「へえ……どんなお母さんなの?」
スペは話してくれた。自分の2人のお母さんのことを。
1人は育てのお母さん。スペが日本一になれるように幼い時から練習を考えてくれて、そしてスペの練習にずっと付き合ってくれた。雨の日も風の日も、いつも隣には育てのお母さんがいたのだと言う。
そしてもう1人は産んでくれたお母さん。スペを産んだ後に亡くなったのだと言う。
そして亡くなる前に育てのお母さんに遺言を残した。「この子を……立派なウマ娘に……」と。
「ですから、私は日本一のウマ娘になるって、2人のおかあちゃんに誓ったんです」
「……」
「だから、次のダービーは……負けたくない」
この時、俺は初めて知った。
スペシャルウィークというウマ娘にとって、日本一のウマ娘になるという目標がどれだけ重たいもので、それがスペにとってどれだけ大切なことなのかを。
そしてそれと同時に、俺は思い出した……自分の母さんのことを。
『玲音はスズカちゃんのお兄ちゃんでしょ』
あの言葉が、お母さんが俺に残してくれた遺言だった。
……あぁ、そうか。スペは俺と似ているんだ。
託された想いを……必死に叶えようとしているんだ。
なら、俺が掛けるべき言葉は……。
「大切な人の想いを叶えたいっていう気持ちは、俺にも分かる」
「玲音さん……?」
「必ず勝とう、ダービー」
「……はい!」
「ごっめーん! 日直だったから少し遅れちゃった!!」
スペとダービーへの決意を高めたのと同時に、テイオーがスタジオFの扉を勢いよく開けた。
・ ・ ・
「ほらほら! もっとしっかり背筋を伸ばして! これができないと軸がブレて楽しくダンス出来ないよ!! 出来るまで特訓! 特訓!!」
「だあああああ!? やっぱり厳しい!?」
テイオーが提案してきたのはダンスによるダイエットだった。
確かにダンスは意外と激しい運動だからダイエットにもってこい。さらにウィニングライブの練習としてももってこいだ。
ただ……テイオーのレクチャーは想像以上にハードなものだった。
いつも行っているウィニングライブは基礎はあるが、基本振付やステップを基調としたものだったが、テイオーが行っているのは、いわゆるバレリーナの基礎の姿勢。
そしてお手本をテイオーが見せてくれたが、テイオーの姿勢は素晴らしいものだった。
だが、スペがやってみると(まぁ、初めてやったって事もあるけど)軸がブレブレだった。
最初は「違うよ〜」といったように、少しふざける様にスペの姿勢を正していたが、今では鬼教官と化している。
この怖さは俺や尊野たちを担当をしてくれているダンスの先生よりも怖いものがある。
……そして、言いたい事がもう一つ。
「なんで……俺も、やらされているんだ?!」
「玲音、もっと顔を上げて! 軸もズレてきてるよ!!」
その後、一時間以上ずっとバレリーナの姿勢を続けたのだった……いや、軸足に感覚がまぢでね゛ぇ゛……。
・ ・ ・(ゴルシデイ)
今日はゴールd「ゴルシな」……ゴルシがスペのダイエットを手伝う日だ。
てか、えっ? 今の何?
なんか自分の頭の中に直接ゴルシの声が聞こえてきたが……気のせいだと思おう、うん。
そしてこの日は色々訳わかんない出来事の連続だった……たった今起きてたけど。
朝、俺はいつも通り寮を出て昇降口で外靴を脱いで上履きに履き替えようとして靴箱の扉を開けた。するとそこにあったのは張り紙。
ガムテープで張り止めていたので、俺は覗き見るようにしてその張り紙を見る。
『今日の放課後、スペのダイエットのためにプールの貸し出しを申請よろしくなー! P.S この張り紙は未来のゴルシちゃんが剥がしに来るからそのままにすること。水着もついでに置いていくからな』
「……なんだこれ?」
思わず口に出してしまったが……まじでナニコレ。
いや、言いたいことは分かる……プールの貸し出しの申請をしといてといことだろう。
このトレセン学園には年中使える室内プールがある。
4月の下旬の今は温水だが、6月辺りになると冷水になる。
そしてスタミナを鍛えるのに水泳はよく行われるので、基本プールには人が集まる。
ただし体育館やダンススタジオみたいに許可を取る必要はなかったはず。
ゴルシ……分かっていないのかな?
それよりも……P.Sの文、どういう意味?
未来のゴルシが剥がしに来る? 何をバカげた事
を言っているんだ?
まぁ、ゴルシは時々意味分からない言動をするからな……これくらい普通だと思ってしまう俺がいる。
……なんて思っていると、横から物音がしたので音がした方を振り向いてみる。
「えっ……?」
そこにいたのはゴールドシップだった。手にはビニール袋を持っており、こっちにゆっくりと近づいてくる……”後ろ歩き”で。
なんだこれ……なんでゴルシは後ろ向きで歩いているんだ? ていうかなんでこんなことをしているんだ?
いや、それを目の前にいる彼女に答えを求めるのは間違っているのかもしれない。
だって、彼女は本当に自由奔放なのだから。
後ろ向きで俺の靴箱に近づいてきたので、俺は距離を取る。
するとゴルシはビニール袋を置いた後、俺の靴箱を開け、ポケットからガムテープを取る。
そして靴箱に手を入れてガサガサしている……そして出された手には張り紙が握られていた。
……えっ? なんでガムテープを出したのに張り紙が剥がれているんだ?
そんな風に思っていると、ゴルシはガムテープをポケットに入れてまた後ろ歩きで去っていく。
あれだ、動画の逆再生を見ているようだ。
「っ、待てゴルシ!」
俺は後ろ歩きで右の方に曲がって行ったゴルシの背中……いや、お腹を追う。
……だが、その先には誰もいなかった。
「……いない?」
えっ、いやいや待て……こんな短時間で消えれるもんか?
俺は他のクラスの昇降口を覗いて見たがいなかった。
「……ゴルシのやつ、一体どこにーーー」
「このゴルシちゃんを呼んだか!!」
「ウゲェ!?」
突然後ろから首を絞められ、耳に入ってくる聞き馴染みのある声。
目線だけ左に向けると……そこにはゴルシがいた。
「新人がアタシを探しているなんて珍しいな、どうしたんだ?」
「いやいや、さっきも会っただろ……なんであんな逆行世界みたいな動きをしていたんだ?」
「……なんだって?」
ゴルシは俺の言葉を聞くと、絞める力を弱めたので俺は脱出する。
そしてゴルシの顔は……真剣なものになっていた。
「逆行のーーー。まさかーーーーーーが……」
ゴルシは何かをぶつぶつと呟いている。
なんなんだゴルシ。自分自身で演技しておいて……まぁ、レベルは高かったけど……。
「あとゴルシ、プールだったら許可なく使えるよ」
「なるほど、そういう訳か……」
「っ?」
「新人、アタシが許可を取ってほしいのはプールの方じゃない」
プールの方じゃない……って、何かプール以外にあったか?
「ーーーーの方を許可して欲しいんだ」
「……えっ?」
・ ・ ・
放課後になって、俺は男子更衣室で水着に着替えていた。
ていうかマジかよ……ゴルシの渡してくれた水着サイズぴったりなんだけど、一体いつ俺の水泳着のサイズを知ったんだ?
まぁ、いいや……そう思い、俺はプールの方へと向かう。
プールの室内に入った瞬間、プールの独特な塩素の匂いが鼻に付く。
そしてその先にいたのは……目隠しをさせられたスク水姿のスペと同じくスク水姿のゴールドシップだった。
「やあスペ……って言っても分からないよな……」
「その声、玲音さんそこにいるんですか?」
「あぁ……」
「れ、玲音さ〜ん……私何をするんですか?」
視界が奪われている上に今からやることを何も知らされていないスペは足が震えて、ウマ耳と尻尾は元気がなく垂れ下がっている。
そんな姿を見ていると、今からやろうとしていることを実行してもいいのかと少し思ってしまう。
「ゴルシ、本当にやるのか?」
「なんでやらない新人が悩むんだ? まぁ、安心しろウマ娘は普通の人と比べて頑丈だからな、ちょっとやそっとじゃ怪我しねぇよ」
「あと……これって、ダイエットに関係あるのか?」
「いやない」
「即答かよ……」
俺は眉間にシワを寄せる……これは許してもいいだろうか。
一応今の俺は先生の代わり……スペのことを思うんなら、止めた方がいいーーー。
「あっ、もちろんトレーナーにも話は通してるからな」
「……マジすか」
先生が許可しているんだったら、いいのか? いやでも、やっぱ個人的にスペが可哀想とも思っているし……どうすればいいんんだ。
「新人、ウマ娘には度胸もいる。だからこれはレースに勝つためにやることだ」
「勝つために?」
そう言ったのはさっきまで元気がなさそうだったスペだった。
そしてスペはゆっくりとこっちに近づいてくる。
「玲音さん……私やりたいです!」
「スペ……」
その時、スペは目隠しをしていたので目は見えなかった。
しかし俺には闘志を燃やし、覚悟を決めた瞳をしているスペが見えた。
「……分かった、やろう」
俺はスペの手を引いて……飛び込み台の方へと足を進めた。
・ ・ ・
「れ、玲音さ〜ん……今いるのってプールですよね?」
「そうだな」
「なのになんで私たちは階段を登っているんですか?」
「気をつけろよ、濡れているからちゃんと踏むように」
「は、はい……」
ピトピトと音を立てながら、俺とスペは飛び込み台の階段を登っていく。
まぁスペからしたらなぜ階段を登っているのか分からないと思うが……。
ちなみに本当は真ん中の飛び込み台にしようと思ったが、ゴルシがもっと上にいけとジェスチャーしたので、一番高い飛び込み台を使うことに。
というかこの学園すごいな、室内プールはともかく飛び込み台も建っているなんて……やっぱこの学園ってかなりのお金を掛けているんだなと改めて思った。
最後の1段を登りきり、俺は飛び込み台を見下ろしてみた……瞬間、鳥肌が立ったのが分かった。
えっ、待って……何この高さ? ここから落ちたら余裕であの世に行けないか?
元々飛び込み台に足を踏み入れること自体俺は初めてであり、ましてやこんな高さからプールを見下ろした事もなかったので、俺は今までに感じたことのない恐怖感に襲われている。
「よーし新人、スペの目隠しを取ってやれ」
ゴルシの指示通り、俺はスペの目隠しを取ってあげる。一応パニックにならないように正面に立ってから目隠しを取ってから右にずれる。
「ひっ……えええええぇぇ!?」
大きな声を上げてその高さに驚くスペ。うん、これは無理もない。
しかし血も涙もないゴルシは拡声器越しに声を出す。
「ウマ娘は度胸! ドーンッと飛び込め!!」
「これってダイエットや勝負になんの関係があるんですか!?」
スペは左右に備え付けられている柵を両手でがっちりと掴みながら、ゴルシにこの飛び込みの意味を問う。
しかしゴルシは「ねぇよんなもん」と言わんばかりに手を横に振った。その動作を見てスペはさっきと同じくらいの声を上げた。
と、その時だった。この飛び込み台に1人のウマ娘が現れた。
水色の短い髪……菊の耳飾りを付けていているセイウンスカイだった。
「スペちゃんが行かないなら、お先に行かせてもらうよ〜」
「「セイウンスカイ(さん)?」」
「いざという時は度胸が大切〜……ほっ」
なんとも緩い感じの掛け声と共にセイウンスカイは飛び込み台から飛び降りた。
それを見下ろして見守ったが……彼女のフォームはとても綺麗だった。
一回転前回りで回ってから着水したが、水しぶきはそこまで上がらず「この子、飛び込みやってたんじゃないか?」と思えるほどだった。
「こらスペ! 負けてらんねぇだろ、飛べ!!」
それをスペは傍観していたが……ゴルシに怒鳴られ、恐る恐る飛び込み台の端に近づく。
そして……下を見てしまった。
「やっぱ、やっぱ無理〜!!」
そう言って、近くにいた俺の手を手に取った……その瞬間だった。
スペが……右足を滑らせたのだ。
「「へっ?」」
足を滑らせたスペはバランスを崩し……プール側の方へと徐々に近づいていく。
そして俺はスペに手を握られていて、それに釣られてしまう。
これが普通に人同士だったら、俺が引っ張って事なきを得ることは出来ただろう。しかしスペはバランスを崩し、プール側に引っ張っているのも同然。普通の人とウマ娘では力はウマ娘の方が上なので、俺がスペの方に引っ張られる形になる。
そしてスペのいる方はプール。
瞬間、聞いたことはないはずなのに何処かで聞いたことがある天の声が聞こえた。
ーーー神は言っている、ここで死ぬと。
「「うわあああああああああぁぁ!!」」
スペが最初に滑り落ち、そして俺も続けて落ちた。
水面がどんどん近づいてくる……何となく世界がスローモーションになっている気もする。
しかしそんなことはなく……俺は背中から水面に落ちた。
背中に強い衝撃が走り、周りには水泡がいくつもできて、自分の体は沈んで行っているのに対して、水泡は水面に上がっている。
その光景が何となく綺麗だと思い、俺は手を伸ばす。
しかし自分の体は沈んでいっているため、その水泡や水面に手が届かない。
やがて俺の体はプールの底に着き、背中に不思議な感触が発生する。
……そろそろ水面に顔を出さないと息が持たない。そう思って俺はプールの底を勢いよく踏むようにして立ち上がる。
ここは飛び込み用のプールだから水深が深い。
少しずつ肺に空気が無くなっているのが体感で感じる。
俺は少し慌てるようにして手足を動かし、水面を目指した……そして視界に映ってた青の世界が一気に開ける。
「ぷはっ! はぁ、はぁ……」
水面から顔を出した瞬間、俺は今まで我慢していた空気をめいいっぱい吸った……体の中に空気が入っていくのがよく分かる。
ある程度は肺が空気で満たされた後、スペはどうしたんだろうと、俺は左右を見回した。
するとスペは少し離れたところで仰向けにぷかぷかと浮いていた。
その時のスペの表情は……めちゃめちゃ不満そうな顔だった。
・ ・ ・
「……以上が、昨日と今日の出来事です」
プールで溺れかけた後の夜、俺は先生に義務報告をしている。
先生は黙って聞いていたが……今日の出来事を話し始めた頃から溜め息を吐き続けていた。
「ゴルシ……何を企んでたかと思えば、そういうことだったのか」
「企んでって……先生が許可したんですよね?」
ゴルシは確か、先生に話を通しているって言っていた。
だから俺は先生が許可しているならと思い、今回の飛び込みを許可した。
「いや、あいつからは「ちょっと刺激的なことをするけどいいよな?」って言われただけだ。飛び込み台なんて聞いてない」
「えっ」
……あぁ、そうか。ゴルシは「話は通している」と言っただけで「許可を取った」とは一言も言っていなかったのだ。
やばい、これは俺の完全なミス……先生に確認を取ればよかったんだ。
「まぁ、あいつには明日キツーく叱っておくとして……どうだ、スペは?」
「はい、順調だと思いますよ。見た感じは……」
「そうか……これで少しはスペも息抜きもできたか」
「息抜きというより……ダービーへの想いが一層高まった感じですかね」
スペは少しずつではあるが、ダービーへの想いを固めつつある。それは近くで見てきたから分かる。
「それじゃ、これで報告は終わりだ。また明々後日にな」
「はい」
そう言うと、先生の方から電話が切られて通話が終わる。
俺は一回ベッドにダイブした後、携帯を操作して明日のスケジュールを確認する。
頭の中で何度もシミュレーションして、そして明日に備える。
「……早めに寝ておくか」
そう思い、俺は充電アダプターを携帯に挿した後、自室の照明を常夜灯まで落とす。
そして明日の事を思いながら……俺は深い眠りについた。
・ゴルシはなんかの映画に影響されると、その映画の再現とかやってきそう。
・花嫁姿のドーベルさん可愛すぎませんか?
・最近のGⅠ競馬、接戦が多くてすごいですね。見てて手汗握るレースがほんと多い。
・次回は玲音のダイエット計画の話の”予定”です。