少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
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次の日、俺は目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
体を半分起こして、伸びを一回して布団から出て、今度は軽いストレッチをする。それと同じタイミングで携帯の目覚ましが鳴った。
俺は目覚ましを止めて少しネットで調べ物をしていると、メッセージが届く。
メッセージを送ってきたのはスペだった。
『玲音さん、おはようございます!』
短い朝の挨拶の後に「おはよう」と書かれたスタンプも送られてくる。
ちなみにメッセージは一応、チームのメンバー全員のIDを登録している。
『今日は8時からですよね?』
「あぁ、ちゃんと動きやすい服で来るんだぞ?」
『わかりました!』
スペからの返信を確認して、俺はいつもやっている朝のドリップコーヒーを入れる。
あっ、後今日のために作った水出しコーヒーも水筒の中に入れておかないとな。
・ ・ ・
時間が近くなり、俺は寮から出ていく。
気温としては少しずつ暖かくなって来ていて、今から運動するからTシャツとシャツの二枚着で十分だろう。
スペの待ち合わせはレースの時みたいに駅ではなく、トレセン学園の校門前で集合という事にした。
そうすれば遅れる事はほぼ無いだろうし、何より歩きなどで今日の体調チェックができる。
……一応スペ、昨日飛び込みをミスって腹から水にダイブしていたから、少しだけダメージが心配なのだ。
とは考えても自分の背中はそこまで痛く無いので、普通の人より治癒力が高いウマ娘のスペなら大丈夫なのだろうが。
「あっ、玲音さーん!」
後ろから声が聞こえて、声がした方に体を向けてみる。
するとそこに居たのは手を大きく振ってこっちに走って来るスペの姿だった。
結構距離があったはずだがスペは十数秒くらいで俺の近くまで寄って来る。やっぱりウマ娘って通常時に走っても速いんだなと、当たり前の事を再確認した。
「おはようございます! 今日はいい天気ですね!!」
「おっ、おう……すごい元気だな、スペ」
「なにせお出かけですからね! それも玲音さんと一緒にですから!!」
「そ、そうか」
スペはとても明るい声でそう言った。実際、尻尾はブンブンと勢いよく振っているから楽しみなのは本当らしい。
ここまで喜ばれると自分もネットで調べて考え、提案してみた甲斐があるってもんだ。
「よし、じゃあ行こうか」
「はい!」
・ ・ ・
学園の最寄り駅から大体50分くらい、二回乗り継いで目的地に到着する。
周りの人たちも俺たちと目的が一緒らしく、一斉に電車から人が出て行く。
自分たちは立っていたため、自然に生まれたその人波に流され、逸れそうになったが、姿が見えなくなる事はなかったので改札で改めて合流した。
「すごい人ですね……」
「まぁ、皐月賞ほどでは無いけど……いや、感覚が狂っているだけで、ここも人多いな」
俺たちが今日来たところ。それは山である。
都内で登れるお手軽な山……俺はスペのダイエットの案の一つとして、ハイキングを考えてみたのだ。
ウマ娘は基本管理されている綺麗な芝(ターフ)の上で走ることもあれば、ダート・コースを走ることもある。
そのため多くの練習は平地で行う。(坂路やダートもあるが)
だからスペがあんまりやってなさそうな事で気分をリフレッシュ、アンドダイエットするのはどうだろうかと考えてみたのだ。
これだったら楽しくかつ痩せる事も出来る……今のスペにとってはかなり条件が揃っているはずだ。
「結構登山ルートがあるんですね、どこから行くんですか?」
「今日はダイエットも込みだからね、このコースにしようかなって」
案内板の前に張り付いて、俺とスペは登山ルートを確認する。
俺が指差したのは一番左に書かれている登山ルートである。元々は林道で他のルートと比べて整備されていない所が多いので、この山で一番キツイ登山ルートとされている。
途中には東京を見下ろせる展望台や登山ルートの名前の由来になった旭稲荷という神社(とは言っても小さな祠)がある。
一応他のルートには猿園とかお寺などもあるが、遊び目的では無いのでそちらの方には行かなくてもいいだろうと考えた。
ちなみに周りの人たちは自分が考えているように歩いて山を登ろうとする人もいれば、少し行った先にあるケーブルカーやエコーリフトに乗って、途中まで登った後に山頂を目指したり、その周辺にある施設や食べ物屋を楽しむ人もいる。
俺とスペはそのルートに入り、ハイキングを始めた。
実際歩いてみるとそこまでキツイって訳では無い。ほんの少し歩きづらいなって感じる程度だった。
「こうやって山歩きしていると、おかあちゃんとよく近くの山を登ってた事を思い出します〜」
「へ〜、じゃあハイキングはスペの方が慣れているのかな?」
「ハイキングとして登るのは今日が初めてですけど、山登りなら多分慣れてます」
確かにスペの姿勢は頭と背中が真っ直ぐになっており、インターネットで調べたハイキングの基本姿勢を自然に取っており、歩幅も小さく、靴裏と地面が付く時も全体を踏むようにしている。
疲れない歩き方を体が覚えているのか……自分も少しずつ慣れていこう。
・ ・ ・
「ふぅ……っ」
登り始めてから40分……はっきり言って油断していた。
まさかハイキングが……ここまで苦しいものだったとは……。
俺はかなり息を切らしていた。それに対しスペは5m先を先行している。
時々スペがこっちを振り返り「大丈夫ですか?」と言われる度に「大丈夫だ、問題ない」と爽やかな笑顔で返事するという循環が生まれていた。
いや、確かに登山ルートの写真とかは色々見て、どれくらい整備されていないのかは分かっていた。が、見るのと実際歩くのでは全然違った……。
これは完璧に山を舐めていた自分の自業自得だ。
「あっ、玲音さん、もう少しで展望台ですよ」
「おっけ〜……俺は止まんねえからよ……」
まるでそこが最終目的地かのように残された最後の力を振り絞る。
……なんでだろう、背中が銃弾で撃ち抜かれたような幻覚が起きる。辺りはなぜだか夕日色に染まっているように見える。
「お前が進む限り……俺も進み続けるぞぉ!」
あっ、足がガクンってなった。
少し硬めの地面に身体が横たわる。
「だからよ……止まるんじゃーーー」
「あっ、玲音さん!」
最後のセリフを言おうとした瞬間、スペが大きく声をあげた。
俺は何だろうと思って、顔だけを声がした方向に向けて見る。
俺の視界が捉えたのは屈んでいるスペの姿だった。
スペは茂みの方に体を向けており、手でちょいちょい手招きをしている。
……何をしているんだ? そう思って俺は体を起こしスペの方に近づく。
そしてそれと同時に草むらから出てくる小さな影があった。
その影はスペの目の前で止まる。そしてその影に対して両手を差し出す。影はスペの差し出された両手の上に乗った。
「あっ、来た来た」
スペは立ち上がり、両手に乗せている”モフモフ”の小動物を慈しむような目で見ている。
「……リスか」
スペの両手の上に乗っていたのは……尻尾がモフモフしているリスだった。
……って、待て待て。えっ、リス? なぜスペの両手の上にリス? リスってそんなに人懐こかったっけ?
「可愛いですねこの子、地元で見てきた子とはちょっと違います」
「……もしかして、北海道でもそんな風に動物と?」
「はい! 私が育った場所って結構田舎の方だったんです。だから友達は同世代の子よりもこういう子たちの方が多かったんですよね」
「へ〜、そうなんだ……もっと聞かせてよ、スペの地元のこと」
「えっとですね、かけっこの時には鳥さんとーーー」
そうしてスペは地元のことを話してくれた。
楽しそうに地元のことを話してくれるスペの顔を見ていると、疲れが少し和らいだ気がした。
「それでですね、その草原には……わあ〜! なまら綺麗な光景べさ!!」
いつの間にか展望台に着いており、目の前には展望台から見える景色が広がっていた。
ずーっと先に見えるあそこは……大体どこらへんなのかな。東京に住んで5年目くらいだけど、この都を全部知っている訳じゃないからな。
携帯で調べてみると、どうやら新宿方面を向いているらしい。確かに新宿といえば新宿……やっぱ分からないな、これ。
「あそこに人がたくさんいるんですよね……」
「そうだな、そして普段は自分たちもあそこにいる」
自分自身で言っときながら、不思議なことである。
そこにいれば、見えるのはビルに囲まれた箱庭みたいな光景なのに、少し違う場所から見てみれば、そこはジオラマみたいに小さなオブジェクト。
意外と自分たちが見ているそれは、とても小さな世界なんだろうな。
んと、そうだったそうだった。この光景を楽しむためにわざわざ水出しコーヒーを水筒に入れてきたんだった。
俺はショルダーバックから水筒と紙コップを取り出し、水筒に入れている水出しコーヒーを紙コップに注ぐ。もちろんスペの分もちゃんと用意している。
コーヒーが注がれた紙コップをスペに差し出す。
「ありがとうございます!」
展望台で用意したコーヒーをスペと飲む。
ここまでほぼ水分補給はしなかったのと身体が疲れていたこともあり、いつもより風味と甘味が感じられた。
・ ・ ・
あの後ちゃんと休憩を取り、頂上を目指して登山ルートを進む。
展望台を出た後はなだらか道が続いたが、少し狭目の道や割とキツかった高低差のある道などを通っていった。
もちろん、疲れも溜まって来ていたが、スペと会話して紛らわせたり、途中聞こえた沢の音で気持ちが癒された。
だから山頂までは後一息だった……そう、後一息なのだ。
この目の前に見える上が遥か遠くに見える階段さえなければ、一息だった。
「……嘘やん」
俺はがっくしと地面に膝と両手を着け、絶望する。
恐らくここに来るまで3キロ(高低差あり)くらい歩いて来たはずだ。なのに最後の最後にこの階段って……はぁ……。
正直、もう足がパンパンなんだよな……どうしようかな。
今からでも下山を始めて……いや、それじゃあスペのダイエットにはならないな。
そんな風に俺は四つん這いになりながら考える。
「玲音さん!」
あれこれ考えていると、スペが声をかけてきた……そしてすごい提案をしてきたのだった。
「スペが……俺を負ぶってこの階段を登る!?」
「はい!」
いやいやと、俺はまず否定した。
だって自分は体重としては45キロくらい……決して軽いという重さではない。
それにそんなに負荷を掛けたら脚や腰に悪いのではないだろうか。
そう言って断ろうとしたが……スペは食い下がった。
「大丈夫ですよ! 幼い時からお母ちゃんをタイヤに乗せて引っ張っていたこともありましたから……」
「いやでも……周りの視線というのが……ってうわ!?」
スペはひょいと軽そうに俺を背負うと、階段の方へ足を進める。
やばい……周りの登山客から「なんだあれ」みたいな顔で見られている。
「す、スぺ……やっぱりーーー」
「大丈夫です! 全然へっちゃらですから!」
そう言ってとんとんとリズム良く階段を登るスペ、その速さは途中に登ってきたどの階段の時よりも速いものだった。
もしかして……俺がいなかったら、スペはこの速さで登れていたのか?
その事が分かった瞬間、自分自身が情けなく思ってしまう。
スペのダイエットのために誘ったのに、俺がスペの邪魔になるなんてな……先生からもスタミナを鍛えるように言われていたし、もっと鍛えないといけないんだろうな。
なんて考えている間もスペの歩みは止まらない。もう階段の3分の2を登っている。
「もう少しですよ……玲音さん」
「……あぁ」
もうこの際、周りの視線とかいいや。
ここはスペの厚意に甘えるとしよう……。
……おかしいな、疲れ過ぎて幻聴でも聞こえるのかな。
すごく遠くで、ぱからぱからというなんとも軽やかな音が辺りに響いていた。
そして音が遠くなっていったところで、スペは最後の一段を登りきる。
「はぁ……着きましたよ、玲音さん」
「ありがとう、スペ」
俺はスペの背中から降りる。
足は……うん、これはもう棒ですわ。少しだけ足を揉みほぐす。
さてと、俺はスペのお陰で山頂にたどり着いた。
そしてここは……その山頂にある展望台である。どうやら自分たちが通ってきた登山ルートは、この展望台の近くに繋がっていたらしい。
「……玲音さん、あそこ」
スペがある方向に指差していたので、俺はスペの指先を視線で追ってみる。
そこにあったのは、緑が生い茂る様々な山々……そんな山々の中に一際異彩を放ちながら聳え立つ山があった。
その山は周辺の山々とは違い、雪が積もっていた。
そしてその山の名前を知らない日本人はほぼいないだろう。
「「富士山……」」
そう、そこで見えていたのは、日本一高い山・富士山だった。
この展望台から見れば周りの山々と同じ標高に見えてしまうが、それは遠近法による錯覚であり、本当は3,776mもある。
そしてその知名度は日本だけではなく、世界にも名を馳せている。
……ふと、言葉が浮かんだ。正直、自分でもなんでこんな言葉が浮かんだか訳分からないが……俺はその言葉を口にする。
「なぁ、スペ……お前は日本一のウマ娘になりたいんだよな」
「……はい」
「だったらさ、あれくらい有名にならないとな」
「富士山くらい……ですか?」
「あぁ……誰もがスペの名前を知っていて、その名前は世界にも轟く……日本一っていうなら、それくらい目指してみようぜ」
「……できますかね、私に」
スペは少し不安そうな顔をした……だが、俺は間髪入れずに自らの思いを口にした。
「できるさ、絶対に……先生と自分が、必ず導いてみせる」
「玲音さん……はーーー」
スペが返事をしようとした瞬間、「ぐ〜……」となんとも拍子抜けな音が響いた。
その音を聞いた俺は目を丸くし、スペは音がした部位を両手で抑えて、少し赤面しながら申し訳なさそうにこっちを見る。
そのまま5秒くらい経った後、俺は微笑を浮かべながらある提案をする。
「さっきのお礼って事で、下山したらここの名物のとろろそばを奢るよ」
「あはは……はい、ご馳走になります」
その後、俺たちは無事に下山し、下山した先にあったお店でとろろそばを食べた。
ダイエット中だから大盛りは頼まなかったが、とろろそばを啜って笑顔になるスペを見ていると、今日の疲れが吹っ飛んだ気がした。
・模試がサヨナラー。
・セイウンスカイ可愛すぎる……全然出てくれないけど。
・スペの正ヒロイン力を改めて実感した一週間でした。
・次回はライスシャワーとゲーセン回の”予定”です。