少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
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「俺が選ぶんだったら誰を選ぶかって?」
「はい」
昼休み、俺はご飯を食べた後また別校舎にあるトレーナー室に来ていた。
その理由は単純明快、先生がスペの模擬レースをやるんだったら誰を選ぶのか聞くためだった。
「……」
しかし先生はすぐに答えようとせず、真剣な顔で立ち上がり、俺に近づいてくる。
その目には……少しだけ怒気を含んでいるような気がした。
「お前……ちゃんと見て、自分自身できちんと考えたのか?」
「もちろんです、ちゃんとリギルの練習を見て、過去のレースも確認しています。でも、俺には経験値が少ないんです。どうしても全員がいいように見えてしまう。ですからプロの視点で考えた場合どうなのか参考に聞きたいんです」
「参考……か」
先生はポリポリと後頭部を掻きながら深いため息をつく。
この行為は……ある種先生の期待を裏切るような行為なんだろう。でもサフィーが言っていた、誰かに相談するということ。それは単なる知人だけではなく、こういうプロなどの意見も聞いて様々な方向から物事を考えることだと俺は考えた。
「まぁ、ちゃんと考えがあるならいいか……俺が模擬レースをやるんだったら、俺は……こいつを選ぶ」
先生は自分が持ってきていたリギルメンバーの名前や特徴が載っている紙を掴み取って、あるページを開く。
そのページにいたメンバーは……赤味がかかった金髪のウマ娘、確か名前は……。
「タイキシャトル……ですか?」
「そうだ、マイルチャンピオンシップ、スプリンターズステークスを制覇、さらにピッチ走法がとても綺麗だからスペのお手本になる。俺が考えている限り、こいつが一番理想の相手だ」
そうやって聞くと、確かにタイキシャトルはとてもいい相手に聞こえる。
だが一つ問題なのは……タイキシャトルは短距離・マイル適性、スペは中距離・多分長距離の適性だ。適性が違うウマ娘が同時にレースをするというのは……あまりよろしくないのではないだろうか。俺はそう先生に聞いてみた……すると先生は、
「今回は模擬レースだ、だから脚質は考えない。それが模擬レースのいいところだ。それに少しではあるが、スペにもマイルの適性はあると考えている」
「なるほど」
そうか、これは公式レースじゃないから普段ならありえない夢のカードも切れるのか。
「んで、お前は一体誰を今のところ考えているんだ?」
「俺が今考えているのは……この娘です」
俺は先生に紙を返してもらって、あるページをめくる。
そこに写っていたのは……いや、この学園に関わる者なら知らない人は絶対にいない。
「シンボリルドルフか」
「はい、彼女は三冠を達成している……つまりスペにとっては憧れの存在の1人です。ですから三冠の強さをその身で体験してみるというのもいいのではと思いました」
「確かに模擬レースだからな、それくらいやってもいいだろう。だがあいつはストライドで力強く坂を登るのが得意だったはずだ。そこのところはどうなんだ?」
「俺が悩んでいるのはそこです……」
先生の言う通り、シンボリルドルフはロングストライドで豪快に坂を駆け上がるタイプだ。
今回の模擬レースの目的としては経験値を増やし、レース脳を鍛える事だ。だったらいつもとは違う走法をするウマ娘と走らせたほうがいいのかもしれない。
「玲音、決められるか? もし無理そうならーーー」
「いえ、やらせてください」
俺は課題を放棄する気はもうなかった。
誰かに相談をする事……それは自分自身の固定概念をぶち破るために行われるものだと分かった。数日前の自分がずっとうじうじと考えていれば、俺は諦めていたかもしれない。
……とても不思議な夢だったけど、サフィーには、そしてその事をすぐに教えて(勝手に教わった)くれたマックイーンには感謝しかないな。
「……そうか、分かった。だが待てるのは練習終了時までだ、分かったな?」
「はい」
・ ・ ・
「オペラオー、もっと腕の振りを意識しなさい! 左右のバランスが崩れているとその分スピードが殺されるわよ!!」
「はい!」
「なるほど、腕の振りにはそういう意味が……」
放課後、俺はリギルの練習を見に来ている……って言っても、ここ数日はずっとこっちにいるのだが……。
今日も放課後になった瞬間、リギルのトレーニング場に行こうとしたけど、テイオーが教室の出口にいて「今日こそ来てよ!」と言われた。
でもまぁどちらにせよ今日で最後なので「あと1日だけ我慢してくれ」と言いながら頭を撫でたら不満はありそうだったが納得はしてくれた。
「エル、今の走りを忘れないように! NHKマイルではその走りが必要になってくる!!」
「わかりました!」
このリギルの観察は得るものもかなり多い。さっきの腕の使い方などの基礎的な知識を得るのもあるし、スペのライバルであるエルコンドルパサーの状態も把握できる。
一つデメリットを挙げるとすれば、道以外の見習いトレーナーたちが俺を見て露骨に嫌な顔をする事だろうか。一回面と向かって「落ちこぼれがなんでリギルの練習に来るんだよ、失せろ」とも言われた。
でもそう言われたからって「はい分かりました」とは言わない。それにリギルのトレーニングは見ていると言っても一応トラックの外だからあんたらが気にする事ではないだろと言おうとしたが、そう言うと流石に問題になりそうだったからやめといた。
「今日も勉強熱心ですね玲音さん」
「やあグラス」
自分の隣に現れたのはリギルに所属している栗髪のウマ娘、グラスワンダー。学校指定の赤いジャージを着ていて、その額には少しの汗、そして手にはタオルと補強トレーニング用のマットが握られている。
現在脚を怪我している彼女は今トラックにいるチームメンバーとは別メニューを行っている。そのメニューはウォーキングとエアロバイク、そして補強トレーニングだ。
そして彼女はウォーキングとエアロバイクを終わらせたんだろう……俺は足元に置いといた新品のスポーツドリンクを彼女に渡す。
「ありがとうございます」
「どう、脚の調子は?」
「ウォーキングやエアロではもう大丈夫ですけど、やはり走るってなると痛みがありますね……」
「そっか……今日もここで補強トレーニングをするの?」
「はい、そのつもりですよ」
そう言いながらグラスはマットを近くに敷き、その上に仰向けで寝た。そしてそのまま足を浮かせて、腹筋を始めた。
ここ最近、グラスは自分の隣で補強トレーニングをすることが多い。理由を聞いてみたけど「細かいことはいいじゃないですか」とうやむやにされた。
まぁ別に理由とかはなくてもいいけど……それに……。
「28……29……30……」
腹筋を続けるグラス、その体幹は30を超えても崩れることなく、とても綺麗だ。
流石は前年のジュニアチャンピオンっと言ったところか……体幹がしっかりしている。
走りを見た訳ではないけど……彼女は走れる。もし彼女が怪我しなくてそのままクラシックに参加していたら、スペの前に立ちはだかる強いライバルになっていただろう。
……見たかったな、2人の勝負。
「……っ? 私に何か付いてますか?」
「あっいや……なんでもない」
いかんいかん、いつの間にかグラスの方を見ていたようだ。グラスに気持ち悪い思いさせてないといいけど……。
というか脚が治れば見られるだろう……それこそ有馬記念とか……適性あるかは分からないけど。
「そういえば、そろそろですよね。模擬レースの相手を決断するのは」
「うん、今日の練習の後が締め切り、だから今日でこの観察は最後かな」
「そう、ですか……寂しいものですね」
「いやいや、むしろ視界の外に映る害虫が消えるだけだよ。それにあの人たちの視線に合わなくて済む」
そう言いながら、俺はリギルの見習いトレーナーの生徒がいる方を見る。するともともとこっち向こうはこっちに視線を向けていたので目があった。
あっ、今絶対あの女子舌打ちしたな。
「でもこうやって補強トレーニングに付き添ってくれる人はいなくなりますね」
「そこまで気にすることじゃないと思うよ、グラスはしっかり出来ている。それは俺が保障する」
「そこではないですけどね……ありがとうございます」
そう言って斜め腹筋をやり始める。
……そういえば、グラスだったら誰を相手として考えるんだろう。
俺や先生が考えている事は、結局トレーナー視点での考え方。しかしウマ娘にはウマ娘にしか分からないものもあるのではないのだろうか。
「『私だったら誰をスペちゃんと競い合わせるか……』とか、考えていますか?」
「あっれ〜なんで分かったの?」
「顔に出ていますよ」
「ん〜、そっか」
自分って結構顔に出る人間なんだな……知らんかった。まぁそんなの見れる機会自体がないけど。
グラスはゆっくりと立ち上がって、自分の隣に来る。
「そうですね、私がスペちゃんと走って欲しいと思っている人は……あの人です」
そう言って、俺はグラスワンダーの視線の先にいるウマ娘を見る。
……なぜグラスは彼女を選ぶのだろうか、そんな風に思っているとこっちの思考を察してかグラスは話してくれた。
「スペちゃんは日本一、特に三冠ウマ娘になる事を誰よりも望んでいました。ですが敗北、その苦渋は必ずしもどこかに残っているものです」
「……そうだな、でもそれと彼女の走りに繋がりはーーー」
「あの人の走り、どこか違うと思いませんか。他のメンバーとは違う何かを……」
「……」
そう言われて俺は注意深くそのウマ娘の走りを見てみる。
そのウマ娘は加速した……さらに加速、もっと加速……彼女の加速は止まらない。しかし重要なのはそこではない。
……笑っていた。
口角を上げて微笑み……楽しそうに走っている。
「すごいですよね、あれだけのスピードで笑えるなんて……」
「そうだな……流石リギルのーーー」
「そうではないです……今のスペちゃんに必要なのは、楽しさを……走ることへの楽しさを思い出すと言う事だと思うんです。これは、スペちゃんの友人としての考えです」
「楽しさを思い出す……」
そう言いながら俺は再びトラックにいる彼女の走りを見る。
……ふとそこに、スペの姿が映し出された。
スペは彼女に追いつくために必死に腕を振り、脚を前に出す。しかし加速で距離を離される。しかしスペも加速して彼女にまた追いつこうとする。
そんなレースが繰り広げられるんだ。
……先生は言っていた。これは模擬レースだと。
だったら、夢のようなカードを切っても文句は言われないはずだ。
「ありがとうグラス……すごく参考になったよ」
「お役に立てて何よりです」
・ ・ ・
「よし、今日はここまで! しっかり体のケアをするように! あなたたちは少しトレーナー室に来なさい」
『はい!』
あれから1時間ちょい過ぎ……空が青紫色になり始めた頃にリギルのトレーニングは終わった。
俺は一回あくびをしながら上空を見上げる……一等星がチラチラと瞬いていた。
……さて、行くか。
そう思って俺はスピカの部室がある方へ脚をーーー。
「もう行くんですか?」
まさか声を掛けられるとは思ってもいなかったので、俺は内心驚きながらもグラスの方に振り返る。
「うん、チームのトレーナーに言ってこないと」
「そうですね、誰を選ぶのかとても楽しみです」
俺は再び、グラスの方に歩み寄る。そしてグラスの目をしっかりと見つめて声を出す。
「しばらくの間、本当にありがとう、グラス……学園で会った時は挨拶してくらいしてくれると助かるかな。ははっ」
「……」
自分は少し笑えるような言葉を選んだが……グラスは少しも微笑まずに、少し俯いていた。
っ? なんか俺変なこと言ったかな……。
何も言わないで俯いているグラスを静かに見守っていると……ゆっくりと顔を上げ、口を動かした。
「君や来し、われやゆきけむ、おもほえず、夢かうつつか、寝てかさめてか」
「……えっ?」
グラスが言った言葉が理解できない……だけど、何となく分かる。これは、和歌か?
だけど正直に言おう、自分は古文が苦手である。それこそ1年の一学期に赤点を一回取ったレベルである。
「いい歌ですよね……昔の人が考えた歌には、今にはない趣きがあると思うんです」
「あっ、あの俺はーー」
「私も楽しかったですよ、この数日間……今度、お茶をお点てしますね」
そう言って微笑んだ後、グラスは静かに一礼をして、その場から去っていった。
・ ・ ・
「さぁ玲音、約束の時間だ……お前の答えを聞かせてみろ?」
スピカの部室にいると、そこには先生が練習道具の片付けをしながら待っていた。他に人はいないから、多分チームのみんなは寮に帰ったんだろう。
俺は持っているリギルメンバーの紙束のあるページをめくって、先生へ「くらえ!」と言うように(実際は言わないけど)そのページを”つきつける”。
「俺が選んだのは……この人です!!」
スペには思い出してもらおう……レースの楽しさを……!
……遥か遠くから、何かが崩れ落ちるような音が聞こえた。
それが何の音だったのかは”この俺”には分からない。
しかし何か、予め決まっていた何かが壊れた。そんな音だと”認知できない俺”は思った。
・グラスさんが玲音に好印象を得ているように見えますが、2人はこの瞬間に親友になりました。(タグ追加の予定はありません)
・僕現在茶道部なんですけど、いつかグラスと玲音のお点前回とかもやってみたいですねぇ……。
・次回はスペとーーーの模擬レース回の”予定”です。