少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
・章のタイトルを変更しました。
受話口から聞こえてきたのはスペの声だった。多分先生の携帯を借りたんだろう。
『いつもみたいにアドバイスしてください!』
アドバイス……あぁ、そういえばよくスペにはレース前にアドバイスしているっけ。まぁあれをアドバイスかって言われたら正直微妙なところだけれど。
でも困ったな、いつもの事ながら何にも考えてねぇ……。それに今回は勝つとか負けるとか関係ないレースだからな、もちろんあわよくば勝ってほしいけど……この前みたいなアドバイスにしてみるか。
「……今日のレースは勝つことは考えなくてーー」
『あっ、今日はやる気の出るようなアドバイスでお願いします!』
「……マジすか」
う〜ん、どうやって言おうか。
俺は少し受話口を耳に当てながら考える人のポーズをして考えたが……だめだ、全然浮かばない。
こうなったら読んだことのある本や。やったことのあるゲームからセリフをパクろう。何かいいやつはないかな。
……そう言えば叔父さんがおすすめだと言ってくれたシューティングゲームに、誕生日と勝利に関する”無線セリフ”があったな……確か英語だけど、そこまで難しい言葉じゃないから理解できるだろう。
確か……。
「Today is my birthday. A victory sure would be nice!」
『……へっ? い、イエス?』
何で疑問形なんだろ? まぁいいや、そのまま俺は電話を切ろうとする。
『わっ、”マルゼンスキー”さん!?』
『ごめんなさい、ちょっとその携帯貸してもらえるかしら?』
『も、もちろんです!』
……どうやら、電話は切らない方が良さそうだ。
俺は改めて背をまっすぐ伸ばす。
『は〜い谷崎くん、数日ぶりね』
「……お世話になっています、マルゼンスキーさん」
受話口から聞こえて来たのは今日のスペの対戦相手。そして俺が指名したウマ娘。
ドリームトロフィーリーグの前線で活躍しているウマ娘、マルゼンスキーだ。
『もう、親しくマルゼンで良いってずっと言っているのに』
「先輩ですから、親しき仲にも礼儀ありってやつですよ」
『もう……つれないわね』
ちなみにこの前の観察でかなり長い間(とは言っても数日だけだが)リギルに居たのでチームメンバーの一部とは仲が良くなった。マルゼンスキーもその1人だ、きっかけは車の話。
『それで、どうして私を名指しで指名してくれたのかしら?』
「それは至極単純です。速く走れてかつ楽しそうに走れるのは、マルゼンスキーさんしかいないからですよ」
『へぇ、嬉しいことを言ってくれるじゃない。それじゃあ本気を出しても文句は言わないわよね?』
「もちろんです。マルゼンスキーさん、今回は俺のワガママを受けてくれて、ありがとうございます」
『えぇ、最高の走りを見せてあげる!』
そうマルゼンスキーさんは言うと、電話を切ったのだった。
「あの、レオくん」
振り向いてみると、スズカが少し顔を赤く
「んっ、どうしたスズ?」
「あのね、こう言うのもあれなんだけどね……スペちゃん、英語赤点取りそうなくらい苦手なの……」
「……ゑゑゑ!?」
***
マルゼンスキーさんが電話で玲音さんと話している中、私は玲音さんに言われた英語を理解しようと頭を捻らせていた。
トゥデイは今日、マイバースデーは自分の誕生日……その後だ、その後が全然聞き取れなかった。最後は何となくナイスって言っていた気がする。
「う〜ん、う〜〜ん……!」
だめだ、全然分からない。今日は自分の誕生日だから何なんだろう?
「A Victory、sure would be nice……直訳すれば『勝利は確かに良いものだ』だが、おそらくここでは『勝利をプレゼントしてくれ』と言う意味だろうな、というかあいつ今日が誕生日だったのか」
「……つまり」
『今日は俺の誕生日だ、勝利をプレゼントしてくれ!』
こういう意味になる……なるほど、確かにこれはやる気のあがるセリフだ。
何でだろう、徐々に心が熱くなって来る。今から戦う相手はテレビでしか見たことのない私の憧れな人なのに。
「(ーー勝ちたい!)」
通話が終わったらしく、マルゼンスキーさんはトレーナーさんの携帯を耳から離した。それを確認したのと同時に私は今日の対戦相手……マルゼンスキーさんに近づく。
大丈夫、怖くない……私には応援してくれる人がいるんだ!
「あの!」
想像よりも大きな声を出してしまった。向こうもいきなり大声で呼ばれて驚いたのか、少しきょとんとした顔をしている。
「こんにちわ、スペシャルウィークです! 本日はよろしくお願いします!!」
「マルゼンスキーよ、よろしくね後輩ちゃん」
差し出された手を、私は握る……誰かと握手をしたのはこの学園に来てからは2回目……ウララちゃんと学園に来たばかりの時にした時以来かな。
でもウララちゃんとはまた違う、力のある握手。マルゼンスキーさんの闘志がこっちの心まで伝わってくるようだ。
「スペ、マルゼンスキーはお前とは違い、スズカのように最初から先頭を取って引っ張る逃げが得意だ……だがな、今日は模擬レース、そんな細かいことは考えるな! ただあいつの後ろをついて行け、そしてよく見るんだあいつの走りを! そして盗めるものは全部盗んでこい!!」
「っ……! はい!!」
そうだ、こんな機会もうないかもしれないんだ……このレースで学び、そして楽しもう!
「スペシャルウィーク、マルゼンスキー先輩、用意はいいですか?」
「私はいつでもオーケーよ!」
「私も大丈夫です!」
***
向こう側にいるスペとマルゼンスキーさんが『スタート』と書かれた看板のところで横一列に並んでいた。
すると向こうでスターターを務めてくれるエアグルーヴさんが観客スタンドの方に向けて赤旗を振った。
「ただいまよりチーム・スピカ所属スペシャルウィーク、チーム・リギル所属マルゼンスキーの模擬レースを行う!」
「(キャーー!!)」
観客スタンドの熱気はピークに達していた。しかしトラック全体に響くホイッスルの音でそのざわめきは収まる。
「位置について、よーい」
「(バサッ!)」
エアグルーヴが蓋を大きく振り下げた瞬間、2人とも抜群のスタートを切った。
しかし流石ドリームトロフィーリーグで活躍しているウマ娘……スタートだけで差が付いている。
だけどスペも負けじと半バ身程度の差で喰らい付いている。正直、逃げが作戦の相手に差し(それか追い込み)が得意なスペが立ち往生できるか不安だったが……どうにかなりそうだ。
……それにあれくらいなら、恩恵を受けれるはず。
「ねえ玲音、スペちゃんあんなに後ろにくっついて大丈夫なのかな?」
「テイオー、あれはスリップストリーム、別名トウ。ああやって後ろにぴったり付くことで空気抵抗を減らすんだ」
「へえ……」
「あれはウマ娘だけじゃなく、陸上競技、車や自転車のレースでもよく使われる」
説明をしながら、俺はレースの流れを見る。
この直線はいい。でも問題は……その後に待っている坂路だ。
「あっ、スペ先輩とマルゼンスキーさんが坂路に差し掛かりました!」
先にマルゼンスキー、そしてスペと続く……だが、やはり予想していた展開になった。
少しずつ少しずつ、マルゼンスキーとの差が開いていく。
「あぁ、坂路に入った瞬間にスペ先輩が離されている!?」
ウオッカが驚いて目の前の光景を見ているが、この光景はおそらく多くの人が描いていた光景だろう。
そりゃそうだ、デビューして間もない主な戦績が皐月賞3着のウマ娘と現在進行形で活躍しているスターウマ娘のレースだったら、どちらが勝つかは一目瞭然だ。
この中でスペの勝利を信じているのはチーム・スピカのメンバーだけだろう。
そして双眼鏡で見るに……スペは苦しい表情をしていた。
今、スペは何を思って走っているのだろう。
走るのが辛い……離れていく背中に絶望……自分は何をやっているのだろうと自暴自棄……色々考えられる。
だけどスペ……何がなんでも諦めるな。他のスポーツだってそうだ、諦めなければ負ける可能性もあるが同時に勝つ可能性も生まれる。しかし諦めればそこでThe End。
それに……大勢に見られている・憧れの存在とのレースによる極度の緊張、先生と自分の言葉による心のリラックス、そして負けているというストレス……要因は全て揃った。
「スペちゃん……このままだと大差で負けちゃう」
「ーーいや、来る」
「えっ?」
当たり前のことを言うが、ウマ娘は身体スペックが高いのと特徴的なウマ耳と尻尾があるだけで、構造は普通の人と全然変わらない。
つまり、スポーツの知識が直に活かせるのだ……そして俺はある経験を基にこの要因を揃えた。
人間というものはとても不思議なもので、極度に緊張している時は思考に靄がかかってしまうが、ある一定の緊張を超えると突然冷静になるところがあるのだ。そしてその状態になった人間は疲労感がない、宙に浮いているような感じ、無意識、直感的、自動的に動作を行った感じ、時間がゆっくり、または止まったように感じるようになる。
知っているだろうか……人間が可能な超集中力状態『ゾーン状態』又の名を『フロー状態』と言う言葉を……。
「やってみせろ、スペ! 何とでもなるはずだ!!」
その瞬間、スペの坂路を駆け上がるスピードが速くなる。
足元を見てみると、さっきよりもスペの歩幅は狭くなっており、その代わり足の回転量が上がっている。これが坂を早く駆け上がるための手段の一つ、ピッチ走法だ……スペ、この短時間で上手く見て盗み取ったな。
「それだ……行けるぞ、スペ!!」
「行けるって、どう言うことですか?!」
「スペ先輩負けているのよ?」
「待ってウオッカ、スカーレット、スペちゃんの足をよく見てみて」
テイオーに言われ、スカーレットとウオッカはスペの走りをよく見てみる。
「「歩幅が狭くなっている?」」
「そう、それがーー」
「ピッチ走法ってやつだ」
「わっ、先生いつの間に……」
俺の隣に現れたのはさっきまでスタート地点でスペを見送った先生。
……ちょっと待ってくれよ、この人なんでもうここにいるんだ? スタート地点からこの観客席までかなり距離があるはずなんだけどなぁ。
「それにお前、やってくれたな」
そう言いながら、先生は携帯を取り出し画面をこちらの方へ向けてきた。
そこに表示されていたのはトレセン学園のホームページ、そこには『4月30日12時00分 第〇トラックにてスペシャルウィーク・マルゼンスキーに夜模擬レースを開催』と書かれている。
「これ、やったのお前だろ?」
「……なぜ自分だと?」
「模擬レースは昨日決まったことだ、だがこいつは昨日の深夜10時に張り出された。風の噂で模擬レースの事が生徒に少しは広がっていたが、ここまで知れ渡ったのはこいつが原因、そして模擬レースを知っているのは一部の人間……だがそんな事をしても利点なんかほぼない。ただ1人を除いてな」
「それが自分って事ですか……そうですよ、人を集めるためにHPに貼らせてもらいました。方法聞きます? 結構簡単ですよ」
「なんというか、恐ろしいやつだよ……お前は」
スペをゾーン状態にするには極度な緊張になる何かがないといけない。だから用意した、多くのギャラリーを……。
ドリームトロフィーに出ているスターウマ娘の走りが近くで見られると知ったら、見に行かないウマ娘・マスコミの方々はあまり居ないだろう。
「レオくん、どうしてそこまで……」
「言ったでしょスズ……夢を叶えるためだ」
だが、俺が用意したのは緊張の要因だけ……ここからは実力が物を言う。
スペとマルゼンスキーの差が少しずつ縮まって来る……その差は1バ身まで近付いてきた。
しかし、俺は確認した……マルゼンスキーが笑ったのを……。
これは恐らく、ギアチェンジの合図。
俺がそう思うのと同時に2人とも坂を登りきり、最後の直線になる。
その直後、マルゼンスキーはさらに加速した。それは今まで3速だったギアが4速、5速と上がっているように見えた。
残りの直線は大体半分、その時点で4バ身ほど開いており、観客のほとんどはマルゼンスキーの勝利を確信して黄色い声援を飛ばす。
近くで見ているテイオー・ウオッカ・スカーレットは固唾を呑みながら両手を合わせ、勝利を願う。
隣で見ているスズカは心配そうにスペを見つめる。先生も似たような感じだ。
そして俺は……驚いていた。
それはなぜか……それは4バ身という圧倒的な差が付けられているのに、スペは笑っていたからだ。
レースであんなに笑顔のスペ……俺は見たことあったか?
思考を巡らせていると、スペが加速した。また差が縮まって来る。予想して居なかった展開にギャラリーは驚きの声を上げる。
「っ!」
後ろを振り返ったマルゼンスキーはその驚異的な追い上げを見て驚いていた……しかし同時に面白そうに笑みも浮かべた。
逃げ切るか、それとも差し切るか……観客は声を上げ声援を送りながら、レースの行方を見守る。
そして今……ゴール板を切った。
勝者はーーマルゼンスキーだった。スペはおよそ1バ身半後ろに付けてゴールする。
熱狂した空気がスタンド……いやトラック全体を覆う。多くはマルゼンスキーの走りを讃える声が多かった。
しかし圧倒的有利だと思われたマルゼンスキーに、着差1バ身半というレースを見せたスペシャルウィークの健闘を讃える声も少なくはなかった。
・登場人物が変われば展開も変わる。そう思い、タイキからマルゼンに変更しました。
・ナリタブライアンのメインストーリーめっちゃ良い……。AC04ネタ分かる人いるのかな。
・次回はレースの後のやりとりの回の予定です。