少年とウマ娘たち - ススメミライヘ -   作:ヒビル未来派No.24

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 前回のあらすじ:スペシャルウィーク、模擬レースでマルゼンスキーに1バ身半で敗れるが……。

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※アニメではスズカたちは制服ですが、ここではジャージ姿という設定です。



第5R「夢見て 夢見ているダービー」
模擬レースの後に 〜 Birthday Present 〜


「はぁ……はぁ……っ……」

 

 足に力がなくなり、私はそのまま地面に倒れる。いつもとは違うウッドチップの感覚が背中全体に現れる。

 

 ……あ〜あ〜、また負けちゃったなぁ。

 

 せっかく玲音さんのお誕生日だったのに、玲音さんは私に勝利をもらうのを楽しみにしていてくれたのに……私は勝利をあげることは出来なかった。それどころか1バ身以上は差を付けられたから、ほぼ完敗かな。

 

 でも、何でだろう。負けたはずなのに……悔しいはずなのに……。

 

「(楽しかった……)」

 

 最初の直線で抵抗が無くなったあの感覚、坂路でマルゼンスキーさんの走り方で真似てやってみたあの走り方、そしてマルゼンスキーさんのあの驚異的な加速と、それに追い付こうと必死でその背中を追いかける……その時が苦しいと思わずに、私は心の底から「楽しい」と思ってしまった。

 

 何でこんな気持ちになるんだろう……分からないや。

 

 そんな風に思っていると……聞こえてきた。観客の皆さんの拍手が……多分、私じゃなくてマルゼンスキーさんの走りを見て感動したから拍手しているんだろうなぁ。でも、本当にマルゼンスキーさんはすごかった。

 

「よかったよ〜! スペシャルウィークちゃーん!!」

 

「ナイスファイト! スペシャルウィーク!!」

 

「……あれ?」

 

 いま明らかに、私の名前が呼ばれた気がする。マルゼンスキーさんの名前ではなく、私の名前が……。

 

 なんで? 私はこてんぱんにやられてしまったのに……何で私に声を掛けてくれるんだろう。

 

「みんな、あなたの走りに惚れたのよ」

 

 不思議で観客スタンドの方を呆然と眺めていると、マルゼンスキーさんがこっちの方へ近づいて来た。ある程度距離を縮めると手を差し出してくれる。多分お互いの健闘を讃える握手をしたいだろうと思って、私はその手を握る。すると観客スタンドからさらに大きな拍手が聞こえて来た、指笛を鳴らしている人もいる。

 

 ……それよりも、私はマルゼンスキーさんが言っていた言葉が気になっていた。

 

「今日は大変勉強になりました! でも私の走りに惚れたってどういうことですか?」

 

「言葉通りよ、貴女は最後まで諦めなかった……その走りに観客は惚れたのよ」

 

「……そう、なんですか?」

 

 確かに諦めはしなかったけど……でも諦めない走りってそんなにも人を魅了するものなんだろうか?

 

「本当はね、私はあの直線で一気に差を付けて勝つつもりだった……いつもはそれで諦める後輩ちゃんが多いからね。でもあなたは諦めなかった……最後まで笑って、勝負を心の底から楽しもうとする姿勢がこっちまで伝わって来た」

 

「勝負を、楽しむ……」

 

 今になって分かった。何で負けたはずなのに、悔しいはずなのに、こんなに心が清々しいのか。

 

 それはレースを楽しんでいたからなんだ。言われてみればメイクデビューや弥生賞の時も、こんな感覚がゴールを駆け抜けた時に現れたっけ

 

 でもあの時と違うのは……負けているのに、感覚が現れていること。

 

 その理由はすぐに思い付いた。

 

 私がこの人の走りに追いつきたいと心の底から思ったからだ。誰かの背中を”抜く”のではなく、その背中に”向かって走る”事を、今回初めて楽しめたんだ。

 

 もしかして、玲音さんやトレーナーさんはこれを狙っていた?

 

「それにしても……似ているわね」

 

「っ? 何にですか?」

 

「トレセン学園に入ったばかりの私にね」

 

「私が、マルゼンスキーさんに似ている?」

 

「えぇ……勝負は勝つか負けるかだけではない、楽しむものでもある。それを心が分かっているのなら、貴女はこの先もっと強くなれるわ」

 

「……はい!!」

 

 そう言うとマルゼンスキーさんはトラックから出て行った。それと同時に玲音さんがトラックに入って来て、こっちに近づいてくる。その手にはドリンクを持っている。

 

「お疲れ様スペ、これスポドリ」

 

「ありがとうございます玲音さん、でも、すみませんでした……玲音さんに勝利をあげる事は出来ませんでした」

 

 私は少しだけ申し訳なく思い体を縮ませる。ウマ耳と尻尾も私の意思に関係なく、弱々しく垂れ下がってしまい、顔も少し俯いてしまう。

 

 そうして私は玲音さんの言葉を待った。すると自分の頭にぽんっと何かが置かれる感触がした。そしてその置かれた何かは私の頭の上で左右に動かされている。

 

「(この感覚……前にもされた覚えが……)」

 

 あれはいつだったっけ。確か、皐月賞の前だった気がする。

 

 じゃあこれって……そう思いながら少し視線を上げてみる。すると玲音さんが右手で私の頭を撫でていた。その表情は、とても柔らかい。

 

「いいんだよ、マルゼンスキーにあそこまで食らいついたんだ。胸を張ってもいい、とても熱くなれるレースだった……!」

 

「本当……ですか? なら、よかったです!」

 

 私は笑顔でそう答える。目的は達成できなかったけど、玲音さんが喜んでくれたのならよかった。

 

   ***

 

 場所はチーム・スピカの部室、俺たちは先のスペのレースの反省会を開いていた。

 

 何でも「レースに出ていなくても、学べることはある!」と言うことらしく、こうしてレースがある時は反省会を開き、まずは先生がレースの全体的な解説や改善点を説明、その後走った本人の感想と反省点、そしてそれを見ていた他の人で今回の走りの感想と改善点を言い合うということが行われる。

 

 そしてその反省会は澱みなく終わった。

 

「よし、それじゃあ今日はここまで! この休日、スペはしっかりとクールダウンする事、もちろん走っていないお前らもな」

 

『はい!』

 

「よーしそれじゃあ解散!」

 

 先生がそう言うと、スピカのみんなはイスから立ち上がって部室から出て行く。ジャージ姿だから更衣室で着替えてくるのだろう。

 

 さて、俺は特に用事はないし、マックイーンと一週間前に約束した映画に出かけるという用事もあるし、早めに戻ってシャワーでも浴びて、外出の準備をーー。

 

「あっ、玲音! ちょっといいかな?」

 

 部室のドアをバーンと開けて顔をひょこっと出したのはさっき出て行ったばかりのテイオーだった。

 

「テイオー、どうしたんだ? なんか忘れ物か?」

 

「ううん違うよ、ちょっと渡したいものがあるから校舎前の噴水で待っててくれるかな?」

 

「ん、分かった」

 

「絶対待っててね〜!」

 

 そう言いながら、足早にテイオーはその場を去って行った。

 

 何だろう……まさか誕生日プレゼント?

 

 いやいや、それはないだろう。だってこの世で俺の誕生日を知っているのは叔父夫婦にスズカとマックイーン、あとはライスさんも知っているのかな。だけどテイオーには一言も言っていない。

 

 じゃあ何だろう……分かんないや。

 

   ・ ・ ・

 

 テイオーに言われた通り、俺はが校舎前にある噴水の前に訪れて、その噴水の縁に腰を預けている。

 

 ここら辺は平日、ベンチや芝生の上に座ってお昼ご飯や昼休みの談話を楽しむ生徒たちの憩い場だが、今日は土曜日なので誰もいない。辺りに響くのは噴水の水の音と鳥の鳴き声だけだ。

 

 ……ふと顔を上げてみると、目の前でネコがこっちを見ていた。黒色の体毛だが、顔の部分は白い。

 

「(ここら辺に住み着いているネコかな?)」

 

 そう思いながら重たい腰を上げ、ネコに近づく。近い付いてもネコは逃げるどころか、逆にこっちに近寄って来て膝辺りに体を擦りつけた……どうやら人に懐いているみたいだ。

 

 背中を撫でてあげると嬉しそうに喉を鳴らす。毛並みがとてもツヤツヤしていてふわふわしているから、おそらく飼いネコだろう……というかこのネコ、よく見かけるような気がする。どこだっけ……確か、学園のどこかで……。

 

「あっ、学園長の頭にいつも乗っているあのネコか」

 

「にゃ〜」

 

 まるで正解と言っているかのように一鳴きするネコ……これって触らない方がよかったやつ?

 

 ん〜……でもまぁ、撫でるくらいなら大丈夫でしょ……多分。

 

 そんな風に思いながら、背中から頭にかけて撫でているとゴロンと寝転がりお腹を見せてくる……いやいや、流石に心許し過ぎじゃない?

 

 ネコがお腹を見せるのは基本信頼しているという心情の表れだ。なのにいきなり会った人にお腹を見せるとか、人懐っこ過ぎるというか無警戒すぎるというか……自分が動物虐待する人だったらどうするつもりなんだ。

 

「んにゃ」

 

 ネコは撫で撫でに満足したのか、立ち上がって一回背中を伸ばして、そのまま学園の校舎の方へ去って行った。

 

 そして奥を見てみると靴を変えて、こちらに向かって来ているテイオーとスペ……そしてスズカの姿が見えた。

 

 テイオーだけだと思ってたけど、まさかスペとスズカも一緒に来るなんて……マジで何なんだ?

 

 向こうもこっちの姿が見えたのか、駆け足でこっちに寄ってくる。

 

「お待たせ〜玲音、待った?」

 

「ううん、そんなに待てないよ。それで渡したい物って?」

 

「それはね……はい、これあげる! 誕生日と日頃のお礼!」

 

 テイオーは肩に掛けていた学園指定のカバンから何かを取り出す。これは、緑と白の服を着たスズカにそっくりなヌイグルミ?

 

 何でテイオーがスズカのぬいぐるみを? ていうかスズカにそっくりなヌイグルミなんてあるのか!?

 

「何で、俺の誕生日を?」

 

「スペちゃんから教えてもらったんだ〜、ゲームセンターで取った景品だよ」

 

 スペが……教えてくれた?

 

 自分の口からスペには言っていないんだけどな。まさかスズカが教えたとか? 同じ部屋のルームメイトだから知る機会は多そうだな。

 

 それにしても……日頃のお礼、か。

 

「俺、あんまりテイオーにやれている事は少ない気がするけどな」

 

「ううん、そんな事ないよ。だってボクがスピカに入ったのは、玲音があの公園でスカウトしてくれたからだよ」

 

 スカウトって言うと、数ヶ月前にテイオーをチームに誘ったあの出来事か。

 

 確かに俺はテイオーをスカウトした。そしてスピカに入ってくれた……だけど、何でだろう。それは別に俺が誘ったから生まれた結果ではない。テイオーがスピカに入る事は運命のように決まった事なんじゃないかって思うのだ。

 

「別に俺が誘わなくてもテイオーはうちに入っていたんじゃないかな。ほら、うちのトレーナーはしつこそうだし」

 

「確かにそうかも、ボクのことをすごくしつこく追いかけて、蹴り返しても何度も説得しようとして来ただろうね」

 

 あぁ、何故だろう。実際はそうなっていないのに情景が目に浮かぶ。

 

「でもボクは玲音のセリフに惹かれたんだよ、だから入ったんだ」

 

「あ、あれは……地味に黒歴史だから掘り起こさないでくれ……」

 

 何であの時の俺あんなに恥ずかしいことを言ったんだろう。物語を近くで見たいって普通にむず痒いセリフだな、おい。

 

「や〜だよ〜だ! 玲音、ありがとね。ボクをスカウトしてくれて……ボクはメイクデビューまでまだ一年あるけど、絶対最強のウマ娘になるからね!」

 

「……あぁ、楽しみにしてるよ」

 

 自分は癖のように、テイオーの頭を撫でる。だがテイオーも満更でもない笑顔を浮かべた。

 

 ……視線を感じて視線をそっちへ向けるとスペとスズカがその様子を見守っていた。

 

 俺は撫でている手を離す。少しだけテイオーが物悲しそうな顔をしていた気がするが、多分気のせいだろう。

 

「あの、玲音さん! 私からのプレゼントも受け取ってください!」

 

 そう言ってスペが差し出したものは、銀のリボンが付いている青色のラッピングバックだった。

 

 俺はスペからそれを受け取る。持った感じ、そこまで重くない物みたいだ。

 

 開けてみてもいいかと聞いてみると「大丈夫ですよ!」と言ってくれたので、俺はリボンを解いて、ラッピングバッグから物を取り出す。

 

 それは……灰色の手袋だった。それにこれ、タグがついていない。

 

「もしかしてこれ……手作り?」

 

「はい!」

 

 えっ、すげぇ、クオリティーたっか。

 

 肌触りがとてもいい……右手だけ手袋を嵌めてみるが、ナニコレトテモアタタカイ。

 

「これからどんどん暑くなりますけど……よければ大切にしてほしいです」

 

「うん、大切にするよ! これは冬に有難いなあ……」

 

 まさか2人から誕生日プレゼントが貰えるなんて……意外だったなぁ……大切にしよ。

 

 うちの叔父夫婦も誕生日は祝ってくれるが、くれるのは現金一万円だったので誰かに誕生日プレゼントを貰うのは、一体いつぶり何だろう。

 

 それこそ、母さんがいなくなる前くらいになるの、かな。

 

 あっやばい、なんか涙が出て来そう。でもここで流すのは流石にかっこ悪い。ちょっとあくびをして誤魔化そう。

 

「あの……レオくん」

 

「ふわぁ……あっ、ごめんちょっとあくびが……」

 

「ううん、大丈夫。それで……あの……」

 

 スズカは一回深呼吸をする。そんなに重要なことなのかと思い、俺は少しだけ背筋を伸ばす。

 

「明日の夜……私のお母さんたちと久しぶりに会わない?」

 

「……えっ?」

 

 

 




・暑すぎて……ウマになってしまったわね(?) オリンピックまさかAC5のFirst Flightが流れるとは思わなかった……。

・キャンサー杯はオープンでしか勝てねえ……。

・次回はマックイーンとの映画鑑賞回です。
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