少年とウマ娘たち - ススメミライヘ - 作:ヒビル未来派No.24
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ーーコンッコンッ
スペちゃんと一緒に練習の疲れを取っていると、寮の部屋の扉がノックされた。
今の時間としては20時……こんな時間に誰がこの部屋をノックするんだろう。
そう思いながら私は扉を開ける。そこにいたのはここ栗東寮の寮長、フジキセキだった。
「フジキセキ? どうしたのこんな時間に」
「実は後生寮の未浪さんから、電話が来ていてね。ちょっと出て欲しいんだ」
未浪さんから電話? 一体なんなんだろう?
私は一階に降りて、ウマ娘専用電話機の前に立つ。この電話機を使うのはかなり久しぶりになる気がする……最近はスマートフォンの普及によってスピーカー会話が普通になったからね。
「はい、サイレンススズカです」
「スズカちゃんかい、後生寮の未浪です! お時間いいかな?」
「は、はい……?」
受話器越しから聞こえた未浪さんの声はいつもの温和な感じではなく、どこか切羽詰まっているような声だった。
「実はね、こっちに玲音くんが帰っていないんだよ。何か知っているかな?」
「……えっ?」
未浪さんのその言葉を聞いた瞬間、私は受話器を落としてしまう。その音を聞いてか未浪さんがこっちを心配して大声を出す。
私は受話器をゆっくりと拾い上げて、再び耳に当てる。
「すみません、気を取り乱してしまって」
「いいよいいよ……その様子だと、スズカちゃんも分かっていないのかい?」
「はい」
落ち着こう……こういう時は焦っても仕方ない。
確か最後にレオくんと別れたのは練習の後、私たちはトレーナーさんの車でトレセン学園に戻ってきたけど、レオくんは自転車だった。なのに戻ってきていない。
この時点で私は真っ先に最悪なシチュエーション。つまり、交通事故を思いついてしまった。
いやいやダメ……こういう時変な方向に考えてしまうとそれが現実になる事だってある。あんまりそういう方向の事を考えてはいけない。
とりあえず私は自分自身で知っている事、最後にレオくんと別れた場所を言い伝えた。
「そーかい、あの神社に……少し車を出すかね。情報提供ありがとうなスズカちゃん」
「はい」
そう言うと、電話が切れる……私は早足で自分の部屋に戻り、机の上に置いてある携帯を取って、レオくんにメッセージを送る。
反応がない。じゃあ今度は電話を。
『おかけになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります』
「……やっぱりダメ」
「あの、スズカさん。どうかしたんですか?」
事実を話すか話さないか少し悩んだけど、私はスペちゃんにレオくんがトレセン学園に戻っていない事を話した。
「た、大変です!? 早く探しに行かないとーー」
「待ってスペちゃん。私たちはあそこの土地勘は全くない……行っても行方不明者が増えるだけよ」
「そんな!? じゃあ私たちはどうすればいいんですか!?」
「何もしない。私たちはレオくんが無事だという事を祈るしかないの」
「……」
そう、私たちに出来ることは、レオくんの無事を祈る……それしかできないのだ。
***
「じいや、その話は本当ですか?!」
「はい。谷崎様のGPSが更新されなくなっています」
わたくしは今日、玲音さんに耳かきをしてもらおうと後生寮に赴き、受付をしようとした。
しかし後生寮を管理しているおじいさんから、玲音さんが帰っていない事を知らされました。最初は玲音さんの部屋で待っていましたが……一時間経っても玲音さんが来る気配はありませんでした。
ですから一度携帯を取り出し、じいやに連絡を取ってみました。そしてGPS反応を調べてみると……更新が途絶えていると連絡が来ました。
「位置としてはトレセン学園からかなり離れたところです。時間としては1時間半前から更新が途絶えています」
「そうですか……そうなると、捜索も難しいですね」
「念の為消息を絶った付近で緊急搬送があったか調べましたが、特に無いようです」
つまり、大事では無いということ。それが知れただけでもよかったです。
……いえ、まだ安心はできませんね。事故以外にも要因はあるのですから。
「どうしましょうか、一応私が付近を見ておきましょうか?」
「……はい。よろしくお願いします」
玲音さん……本当にどうしたのでしょう。
まさか迷子になったとか? 確かにメジロ家の屋敷内で一迷子になったことはありますけど……でもその時とは洒落になりませんね。
わたくしも探しに行きたいですが……わたくしが行ったところでわたくしも迷子になるのが目に見えてますわ。それは昔メジロ家の屋敷内で学びましたわ。
「玲音さん……無事を祈っていますわ」
***
神社を出て数分後、自転車のリアタイヤがパンクした……普通に帰っていたら何かをリアタイヤが踏んだ。その瞬間「フシュー」と何かが抜ける音がしたので慌てて路肩に止めて降りて確認してみると、デカいビスが深々と刺さっていた。
そんなことってあるのかって思った。ほんと運がいいのか悪いのか……直そうと思ったが、もうタイヤ自体がダメになっているので、これは応急処置じゃどうしようもないだろう。
だがしかし、俺は別に焦ることはなかった。今からでも連絡すれば先生に拾ってくれるだろう。うん、やっぱり携帯(スマートフォン)と言う名の文明の利器はもう現代のマストアイテムだな。
さて電話を……そう思いながら、ホームボタンを押したが……んっ? あれれ〜おかしいぞぉ? なんか画面が真っ黒のまんまなんだけど。
「……」
うん、落ち着こう。とりあえず……。
「動けこのポンコツが! 動けってんだよ!!」
サイドボタンをずーっと押しているが、画面が明るくなる兆候はない。その代わり画面に移されたのは乾電池みたいな枠に少しの赤く点滅しているもの、そしてその下には充電ケーブルのコネクタっぽいものが表示されている。
多分、スマートフォンを持っている人なら必ず誰もが見たことのある……「充電してください」の画面だ。
あ〜、これはあれだわ。
「人生オワタ \(^o^)/」
いや落ち着け、まずは『素数』を数えて落ち着くんだ。『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……人に勇気を与えてくれるってどこかの神父さんも言っていた。
1、いや1は違うだろ。2・3・5・7・⑨……ダメだ全然分かんねえ。
だけどそんなバカなことをやって少し頭が冷静になって来た。さて、状況を整理しよう。
まず荷物を確認だ……って言っても学園指定の紺色のジャージのポケットに入っている充電切れのスマートフォンと練習で使ったタオルくらいだが。
そして路肩にはリアがパンクした自転車。直そうにも修理キットはないし、お店は見当たらない。というか仮に店があったとしてもお金がないので多分門前払いだろう。
そしてここは土地勘がない見知らぬ場所……うん、これ詰んでるな。
そもそもお金がない時点でほぼ詰みだろ。公衆電話で電話しようにも金ないし、軽食取ろうとしてもマネーないし……クッソ! 結局この世は金が全てなのか!!
だが本当にどうする。ここまで自転車でかなりの速さで30〜50分の間ずっと漕ぎ続けていたから、歩いたら何分……いや、何時間かかるか分からない。
別に歩いてもいいけど、流石に夕飯も食べれない今何時間も歩くのはある意味命の危機……それに5月の上旬だから深夜はかなり冷えるだろう。
「(ぐ〜)」
おまけにもう空腹状態になっているし……これはやばいか?
いや、とにかく食は諦めるとして、寒さを凌げるところを探さないと。ここら辺だったらどこになるんだ?
「やばい……漫喫くらいしか思いつかない」
家出とかだったら漫喫は王道の場所だけど……迷子で無一文ってなるとマジでどこに行けばいいんだ?
交番に行くか? って言ってもここから見てもそれっぽいところは見当たらない。
「いや待て、確か先生の手描き地図が!」
スマホの地図アプリほど正確ではないかもしれないが、ある程度トレセン学園への帰路は分かる。
そう思い俺はポケットに入れているであろう地図が描かれた紙を……いや待て、ポケットの中はさっき調べたけどなかったじゃないか。
じゃあ紙はどこへ行ったのか。落としたか? いや、落としても結構気付くはず。
「……あっ、スマホの地図アプリ使って来たんだった」
なるほど、これが文明の利器に慣れてしまった人の成れの果てか……ゴルシに見せた後、俺はそのまま紙を預けてスマホで調べて神社までナビで来たのだ。ついでに言うと走行中に地図は見られないから音声を聞いて判断していたから、そんなに道のりは覚えていない。
……これ、トレセン学園に帰れるのか?
道路の看板などを見てみるが、どこにも府中の文字はない。そしてそばに書かれている土地名もどこだよって感じだ。
「はぁ……」
頭をぽりぽりと掻きながら思考を巡らせるが……あまり良い考えが浮かばない。
なんか立つのも疲れて来たので、自転車の隣で膝を抱えて座る。こうすれば暖も取れるだろう。
「もう良いや、明日になれば誰か見つけてくれるだろ……寝よ」
そう言いながら俺は目を瞑る。
大丈夫、人間は食べなくても数日は生きられる。水は公園とかで補給すればいい。
そうだ明日は駅を探してみるか……駅近辺なら交番もあるし線路沿いで歩いて行けば学園の最寄り駅に着くだろう。
なんだ、ちょっと冷静になって考えたら結構簡単なことじゃないか。さっきまでは全然冷静じゃなかったんだな。
「君、どうしたんだい?」
君って自分のことなのか? でも今は太陽が完全に沈んでいて月が空に上がっている時間帯……こんな時間に話しかける人がいるのか?
そう思いながら、俺は顔を上げて声がした方を向いてみる。そこにいたのは4・50代くらいの男性だった。
「その服は確かトレセン学園指定のジャージだよね」
「……はい」
「どうしてこんな離れたところに? もしかして道に迷っていたりとかしているかな」
少し悩んだが、俺は今の自分の状況をその男性に伝えた。
怪しい人だとは思ったが、そんな事よりも助けてくれるかもしれないと淡い期待で頭の中が支配されてしまった。
「そうかい、それは災難だったね……よかったら僕の家に来るかい?」
「いいんですか?」
「このまま置き去りにする訳には行かないよ、ほらこっちだよ」
・ ・ ・
男性の後ろを付いて行き、男性の自宅らしきところに着いたのだが……そこは一般人が持つにしてはかなりデカい豪邸だった。周りは大理石の塀で囲まれており、玄関だと思った扉はまさかの門、そしてその門を抜けると車庫に洋風の佇まいの家があった。
一応豪邸には慣れているつもりだったがメジロ家の多識以外で豪邸は見た事がなかったので開いた口が塞がらなかった。
玄関を通されてリビングへと招かれるが……何ここ、異国かな?
リビングの広さは簡単に見積もってみても10……いや、15畳くらいはある。
なんかよくお金持ちの家で見るシーリングファンもある、暖炉もある。テレビもかなりデカい。ソファも座りご事がとても良いし、なんか高そう。
この男性……本当に何者だ?
「ごめんね、今妻がいないからこんな簡単なものしか作れないけど」
そう言って男性がテーブルに置いたのは明太子スパゲティーだった。
正直食事にありつけるとは思っていなかったので、俺は男性に感謝のセリフを述べてスパゲティーを頬張る。
「あぁ、美味い……」
よっぽどお腹が減っていたのか、いつも食べるようなスパゲティーがとても美味しく感じた。
空腹は最高のスパイスとはよく言ったものだ……もうこんなシチュエーションは懲り懲りだが……。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「お口に合ったならよかったよ……そうだ、よかったら家か寮まで送ってあげようか?」
なんて至れり尽くせりなんだろう……断る理由も特にないので、俺はその男性の好意に甘えることにした。
そうして車庫へと移動したが、そこにあったのは某ドイツの高級外車ブランドの電気自動車。値段としては約900万くらいだろうか。
「寮暮らしかな?」
「はい」
「じゃあ後生寮かな。着くまで寝てても大丈夫だよ」
「あぁいえ、むしろEQCに乗れる機会なんて滅多にないのでむしろ起きてます」
「そう? 分かったよ」
そうして俺は高級電気外車の乗り心地を堪能する……もうシートの乗り心地が最高。横を見れば超スタイリッシュな運転席もあるからマジで見てて飽きない。
だけどやっぱり気になる。何をしていたらこんな良い車に乗れてあんな豪邸に住めるのか。
「あのすみません、質問いいですか?」
「んっ、何かな」
「えっと、職業は何をしていらっしゃるんですか?」
「色々だよ。簡単に言ってしまえばウマ娘の専門家だけど、レースの解説やアドバイザー、他にも様々な事をしているよ」
「なるほど……」
そう言えば部屋にもウマ娘の写真がたくさんあったな。あれは確かスーパークリークとナリタブライアン。あとは分からなかった。
そうしてまた車内は静寂に包まれる。特に聞きたい事はないし、このまま寮に着くまで沈默が続くと思っていた。
だけど赤信号で車が止まった時、男性はこっちを向いた。
「そうだ、僕からも質問いいかな?」
俺は驚いた。だってウマ娘の専門家が俺に質問をするなんて考えていなかったから。
少し困惑しながらも俺は「いいですよ」と応える。
「次のダービー、スペシャルウィークとエルコンドルパサーが走るっていう事は知っているよね」
「はい……スペとエルが競うなんて、とても複雑な気持ちですけど、でもスペに勝って欲しいですかね」
「そうだね、”普通だったら”スペシャルウィークが勝つだろうね」
「えっ?」
俺は再び驚いた……だってウマ娘の専門家が、今乗りがいいエルを差し置いて、スペが勝つと言ったのだから。
でもなぜ? スペは確かに強いが、現時点ではエルの方が世間的には強いとされているはず。
だからこそ気になった……普通という単語。俺は何と無くだが違和感を感じていた。
「君はスペシャルウィークとエルコンドルパサーが同じレースに走ることをどう感じるかな」
「……別に普通じゃないですか? エルは世界を狙っている。だからこそクラシックで一番の舞台であるダービーに出ることで次のレースに繋げる。結構理に適ったことだと思いますよ」
俺は素直に考えたことをそのまま口にした。男性は少し無言でこっちの目を覗き込んでくる。
しかし信号が青になると男性は前を向き、車を発進させる。
「ごめんね、変なこと聞いて。今の質問は忘れていいよ」
「は、はい……」
そう言われても自分の心の中には、さっきの質問が深々と印象に残ってしまった。
・ ・ ・
「着いたよ」
外を見てみるとそこは後生寮の前だった。そして寮の玄関の扉の付近に未浪さんともう一人、マックイーンらしき人影が見える。
俺は車のドアを開けて、男性に向かってお辞儀をする。
「すみません、お世話になりました」
「今度から気を付けてね」
「はい!」
俺はドアを閉め、学園の門の前に行こうとした……しかしその時、後ろから声が聞こえた。
「次のダービーは史実と違う……僕にも結果は分からないよ」
「えっ?」
どういう意味か問い出そうとしたが、男性はそのまま車を発進させた。
最後のセリフって……どう意味だったんだ。
その言葉の意味の真意をその場で考えようとしたが、それはやめた。
俺は寮に近づく、するとマックイーンがこっちに気がついたのか、その場から走ってくる。これは受け止める用意をした方が良さそうだ。
俺は左足を少し後ろに下げて、衝撃に備える。
「玲音さん!!」
マックイーンは勢いよく自分の体にしがみつく。その衝撃はかなりの物だったが予め備えていたので転びはしなかった。
そして胸で泣きじゃくるマックイーンの頭を撫でながら、俺は謝罪する。
「ごめん、マックイーン心配かけたね……ただいま」
「うぅ……ぐすっ……」
「おかえり玲音くん」
「はい、未浪さん。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「いいってーーー」
「いいんです。あなたが無事に帰って来てくれた事が……一番ですわ」
言葉を遮られて調子が狂ったような未浪さんだったが、マックイーンの言葉を聞いて正にその通りみたいな表情を取った。
この後、未浪さんに迷子になっていた事を報告し帰ってくるまでの事情を説明した。その後未浪さんからスズカに電話をかけた事を伝えられたので栗東寮に電話してスズカに無事を報告、その時隣にスペもいたのかめちゃくちゃ泣きながらも自分の無事を喜んでくれた。さらに部屋に戻った後はマックイーンの耳かきをして、彼女を栗東寮に送ると時間はもう次の日になっていた。
部屋に戻った後、もはやジャージ姿から着替える気にもなれず、俺はそのままベッドにダイブして深い眠りについた……。
・地元39度ってマジすか……マスク熱中症には皆さんもお気を付けて。
・男性の名はMr.T、EQC乗り
・次回は現時点ではライス回かなぁ……(変わる可能性あり)