少年とウマ娘たち - ススメミライヘ -   作:ヒビル未来派No.24

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 前回のあらすじ:ダービーを惨敗してしまったキングヘイロー、一時は走ることをやめてしまいそうになったが、尊野の説得によって再び一流を目指すことを決意する。

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第5.5R「ドリームレースと新加入と夏本番」
幼なじみがいる / 宣戦布告


 ダービーが終わり季節は6月の中旬に入った。いつもだったら朝はコンビニで買っているパンといちごジャムで朝食を済ませているが、ダービーに向けて練習の方に石が向いていたため、すっかり買うのを忘れていた。

 

 だから今日は後生寮の寮食を取っている。

 

 とは言ってもここの寮食はその美味しさとからはとても考えられないくらい安い値段なのだ。

 

 簡単に言ってしまえば某コメダの朝食セットがもっと安く食べられるような感じ……いやあれは朝食自体は無料だけど……。

 

 ともかく、ふわふわなトーストバターに小豆ペーストを乗せてその甘じょっぱさを楽しみながら、コーヒーを啜るという優雅な朝食だ。

 

 食堂に備え付けられているニュースでは東海、関東は今日梅雨入りを宣言したと言っている。

 

 確かに今日は雨が降っていたが……なるほど、今日から梅雨なのか。

 

 チーム・スピカに入って大体3ヶ月。なのに梅雨になるまでが遅かったような……実際は3ヶ月しか経っていないのに体感的には半年くらい経っているような気分だ。

 

 でもそう思えるのは多分……毎日が楽しい(もちろんきつい時もあるけど)からなんだろう。

 

 でも、やっぱり一番は……。

 

「(スズちゃんに会えたから……だよな)」

 

 きっとチーム・スピカに入っていたとしても、スズカがいなかったらこんな事にはならなかったと思う。

 

 多分スズカがこの学園に居なかったら、彼女の走りに憧れてスピカに入ったスペとも関係を持たなかった可能性もある。

 

 本当、スズカと再会してから人生がクルリと変わってしまった。

 

「(スズちゃんには、感謝しかないな)」

 

 なんて考えていると俺はトーストとコーヒーを食べ終わっていた。

 

   ・ ・ ・

 

 雨が好きか嫌いかと言われたら、俺はどっちもというだろう。

 

 好きなところは傘をさしている時のパラパラという雨が傘の布に当たる音だ。この音を聞くと何故だか心が落ち着くような気がする。

 

 雨の独特な匂いというのも好きなところだ。つい雨が降っているとスンスンと鼻で匂いを嗅いでしまう。

 

 嫌いなところはシンプルに雨で服や髪の毛で濡れるところだ。靴下や制服のズボンの端っこはどう足掻いても濡れてしまうし、シャワーと違って髪の毛は雨で濡れるとカピカピになってしまう。そこは嫌いなところだ。

 

 あともう一つシンプルにこの時期は梅雨前線が発達して強い雨が多くなる。強すぎる雨は心地よいを通り越してただのうるさい音なので豪雨は普通に嫌いだ。

 

「(そういえば今日……というかこの梅雨の間の練習ってどこで行うんだろう?)」

 

 普通の季節でも雨はもちろん降る。そんな時は基本ジムや体育館、サブアリーナなど様々なところでやっていたが梅雨はそんな風にやるのだろか?

 

 もしくはこの雨を最大限に利用して重バ場状態の練習をするのだろうか。

 

「(いやぁ、流石にこの雨で走らせたら風邪をひくか? でもレースによっては雨が降っている中でもやんないといけない時もあるし……)」

 

「玲音くん」

 

 あれこれ考えていると雨の音の間からもう聴き馴染んだ声が聞こえてきた。

 

「……やっぱりレオくんだ」

 

「おはようスズちゃん」

 

 振り返るとそこにいたのはスズカだった。緑色の布の傘を刺していたので栗色の髪の毛がいつも以上に映えている。

 

 さらに言うとスズカは夏服を着ていた。

 

「よかったら一緒に学園に行こ?」

 

「別にいいよ」

 

 そうしてスズカは自分の隣まで近づき、俺たちは並列しながら歩く。

 

 こうやって2人で並んで歩いて学園に向かうのはもう何回目何だろうか……10回超えた頃からもう数えるのは辞めた。

 

 横目で見てみるとスズカは嬉しそうに微笑みながら、ウマ耳を横に倒し尻尾をユサユサとリズミカルに揺らしている。

 

「昨日のスペすごかったな」

 

「えぇ、まだ学園に入って半年も経っていないのにあの走りはすごいわ」

 

「あぁそっか、まだ半年も経っていないんだな」

 

 昨日のスペの走りは入学して3ヶ月の走りではなかった。

 

 俺と同じ時期にチームに入ったはずなのに、向こうに先を行かれてしまったな。

 

「あんなにすごい走りを見せられたんだから、次のレースは私も魅せないといけないわね」

 

「そういえばスズちゃんって次はどのレースに出るの?」

 

 スズカは前回の重賞レースで11バ身という歴史的快挙を成し遂げた。

 

 世間から見ればリギルからスピカに移ったスズカは今までの走りとは全く違うというのが注目されているはずだ。

 

 なら次はGⅠのレースが定石通りだが……。

 

「宝塚記念よ」

 

 宝塚記念……それはウマ娘のファンたちによる投票によって出走ウマ娘が決まるレース。

 

 スズカは前回の重賞レースで素晴らしい走りをした。その走りを見て投票が決まったってところだろう。

 

「去年の今頃だったら考えてもいないと思う。自分がそんな大舞台に立てるなんて……だけど今は走る理由がある」

 

「スペ……追いかけてくれる存在か」

 

「えぇ」

 

 トゥインクル・シリーズに現れた新人のウマ娘とチームを変え劇的な進化を遂げたウマ娘。

 

 要するにスペとスズカ……この2人は相性がいい。

 

 スズカに憧れて少しでも近づこうとスペは必死になって背中を追いかける。その迫ってくる影にスズカは追い付かれないように更に先を目指す。

 

 その関係は簡単に言ってしまえば師匠と弟子、そして1番のライバル関係。

 

 もしどちらかが欠けていたら、スペやスズカは今ほど強くはなかったかもしれないな。

 

「……でも、それだけじゃない」

 

「えっ?」

 

 スズカが小さくそう呟いたのを俺は聞き逃さなかった。するとスズカはその場に立ち止まる。俺もそれにつられて足を止めスズカの方に顔を向ける。

 

「今はレオくんが……走りを見て欲しい大切な人がいる」

 

「……」

 

「だから、次のレースも私の走る姿を見て欲しい」

 

「……そんなの、当たり前だよ」

 

 自分は少しだけ嬉しかった……今や遠くの存在になってしまいそうなスズカが自分の事を考えてくれているのが……。

 

 でもそう考えてしまうのは、俺がまだトレーナーとして未熟だからだ。

 

 もっとチームから……先生から学ばないとな。

 

 そう考えながら俺は幼なじみと一緒にトレセン学園に向かうのだった。

 

   ・ ・ ・

 

 時間は放課後、チーム練習の時間。今日は雨が降っているということもあり、室内での練習になるのだが……俺たちが集合するように言われたのは体育館やサブアリーナではなく、普通にいつも使っている階段だった。

 

「なぁトレーナー、今日は何するんだよ?」

 

「一応来たけど……ここってやっぱり階段よね?」

 

「悪いが体育館やサブアリーナは人が多くてな……ここで練習することになった」

 

 階段で室内練習というと……やっぱり階段ダッシュだろうか。

 

 超王道だけど、それってこの階段に普通の学生やウマ娘が出た時に危なくないか?

 

「今日お前らにやってもらうのは……うさぎ跳びだ」

 

『うさぎ跳び??』

 

 その場にいる全員が先生が言った言葉を復唱した。

 

 なぜわざわざうさぎ跳びにするんだろう。

 

 というかうさぎ跳びって確か見た目以上に効果はないって聞いたことがある。

 

「ちょっと待てよトレーナー」

 

「なんだゴルシ?」

 

「うさぎ跳びは一見下半身を重点的にやっているように見えるが、実際は効果はない……むしろ怪我のリスクを高めるって言われてるぞ」

 

 流石雑学に強いゴルシ。そこら辺のお話もしっかりと知識があるらしい。

 

 そして俺も思っていたことだったので俺は心の中でゴルシに礼を言う。

 

 しかし先生は右手で頭をぽりぽりと掻きながら、口をもごもごと動かし飴を舐めている。

 

「それは普通の人の場合だ」

 

「「普通の人の場合(ですか)?」」

 

 俺はスペとセリフが被ってしまう。だが普通の人の場合とはどう言うことだろうか。

 

「スペ、玲音。お前ら、クラウチングスタートって知っているな?」

 

「は、はい」

 

「陸上競技とかで使われている、屈みながらスタートするやつですよね?」

 

「ウマ娘のレースでそれを行ったやつは見たことはあるか?」

 

 先生にそう言われて俺は過去に見たことあるレースを振り返ってみる。とは言っても自分が見たことあるのはスペのメイクデビュー以降のレースだけだから、数的には8つくらいしか参考になるレースがない。

 

 ただそんな少ない数の中でも……クラウチングスタートでレースを始めたウマ娘はいなかった。みんなスタンディングスタートだったはずだ。

 

「人とウマ娘は構造は似ているがその実態はかなり異なる。実際人は下半身が圧倒的に弱いがウマ娘は下半身がしっかりしている。しかし人は低い姿勢から蹴り出したときの反発力はウマ娘よりも上だ。逆に一部のウマ娘を覗いてウマ娘は通常姿勢から蹴り出した時の反発力の方が強いんだ」

 

「な、なるほど……でもそれとうさぎ跳びになんの関係が……」

 

「意味はないがそれだけ人とウマ娘で違うってことだ。そしてここから意味はあるが普通の人の下半身はかなり脆く出来ている。だからうさぎ跳びをすると怪我をしやすいが、ウマ娘は下半身がしっかりしているから意味があるんだ」

 

「そう、なんですね……」

 

 先生が言う人とウマ娘の違い……なんか言われてもパッとしない。

 

 それはやっぱり人とウマ娘が似たような容姿しているからだろう。まぁその身体能力の差は歴然としているが。

 

「……アタシは結構クラウチングスタートも好きなんだけどなぁ」

 

「お前はまた別だゴルシ」

 

   ・ ・ ・

 

 その後チーム・スピカのみんなは階段うさぎ跳びを実践した。

 

 最初の数回はみんな余裕そうだったが、4回目くらいから悲鳴を上げるようになった。そりゃそうだ、うさぎ跳びって見た目は地味だが、練習としてはかなりキツい方なのだ。

 

 卓球の時罰ゲームでやった事あるが……あれはマジで生き地獄だ。

 

 ただこのうさぎ跳びでもかなり性格というか個人差が出ている。

 

 特にそう思えたのは……テイオーだ。

 

「おいテイオー! まだお前に5段跳びは早い!!」

 

「ヘーキヘーキ! こんなのヨユーヨユー!!」

 

 そう言うとテイオーはひょいと5段分跳び上がる。

 

 他のみんなは3段とか4段なのに、そして一番学年が下なはずなのに、さらにもう7回とかしているはずなのに……テイオーは疲れた顔を見せず、最初よりも動きがスムーズになっていた。

 

 テイオーがチームに入る前、他のウマ娘たちも交えた練習会が行われてそれを俺は見ていたが、その時もテイオーは他の娘よりも頭一つ……いや、体一つ分くらい抜きん出ていた。

 

 やっぱりテイオーはセンスがある……なんかとんでもないウマ娘になりそうだな。

 

「あんたには負けないんだから!!」

「てめえには負けねえからな!!」

 

「ウオッカ、スカーレット! 階段で横並びになるな!!」

 

 そして中2コンビは相変わらず2人で勝負している。

 

 いつも思うけど、なんで2人はあんなにも競争心を燃やしているんだ? ライバルがいる事は互いの成長にとって良いものだが……それでもここまで執着するのはかなり珍しいと思う。

 

『分かります分かります!! あれは絶対ライバル以上の……でゅふふ……』

 

「っ!?」

 

 なんか脳内に変な声が聞こえた……幻聴だと思っておこう。

 

「ふっ、ふっ……!」

 

「す、スズカさん……すごい集中力です……」

 

「あぁ、もう何本も跳んでいるはずなのに1回目とフォームが変わってない」

 

「やっぱりスズカさんは……すごいです!」

 

 そう言って目を輝かせるスペ……スペはほんと、スズカに夢中だな。

 

「……私に何か付いてます?」

 

「いや、いい関係だなって思って」

 

   ・ ・ ・

 

 階段うさぎ跳びを終え、先生は体幹トレーニングを指示する……そして。

 

「なぜ俺も!?」

 

「体幹トレーニングだったら普通の人でも出来るだろ? ウマ娘の練習メニューを肌で感じる事は大切だぞ」

 

「だったらあんたもやれよ!?」

 

「まぁまぁレオくん……背筋が曲がってるよ」

 

 そう笑顔で言いながらなかなかキツいことを言うスズカ……というかすごいな、この練習でウマ耳って横に倒れるものなんだ。スペは元気なさそうにウマ耳を前に垂れさせているのに。

 

 まぁでも体幹トレーニングは別にやっても損はないものだ。基礎代謝は上がるしお腹は引き締まるし、怪我の予防にもなる。

 

「よーしプランク終了! 休憩は5分な」

 

 先生の終了の合図を聞いた瞬間、俺とスペはばたりと力を抜き床にべたーんと床に這いつくばる。

 

「(うぅ〜お腹が……背中が……地味に痛え……)」

 

「はいレオくん、スポーツドリンク」

 

「ぬぐっ……あ、ありがとう」

 

 なんとか腕を使って体を起こし、俺はスズカからボトルを受け取って本体を握って中にある液体を口の中に運ぶ。

 

 いつもは真逆の立場だけど、こうやって練習で疲れている時にスポドリを渡されるのってなんか嬉しいなぁ……?

 

 サッカーをやっていた時も卓球をやっていた時はマネージャーという存在はいなかったから、なんか新鮮だ。

 

「あっ、レオくん私もいいかな?」

 

「うん? 分かった」

 

 そう言ってスズカにボトルを渡す。

 

 そしてスズカは俺と同じようにボトルを握って中のスポドリを口の中に入れる。

 

 こういう握り出す系のボトルって口を付けないで飲めるってところが素晴らしいな。

 

「んっ? お前は……おハナさんのところの」

 

 先生がそう言う声が聞こえて俺とスズカは先生がいる方に体を向ける。

 

 そしてそこにいたのは……。

 

「「エアグルーヴ?」」

 

 そこにいたのはチーム・リギルに所属しており、世間からは女帝と言われているウマ娘エアグルーヴだった。

 

 彼女もスズカたちと同様赤いジャージを着ているので、チーム練習の休憩中に来たってところだろう。

 

「どうしたのエアグルーヴ、リギルの方は?」

 

「今は休憩中だ、練習終わってからでも良かったんだが、今言った方がいいと思ってな」

 

「……言った方が?」

 

 エアグルーヴは瞳を閉じて……とても優しい笑みを浮かべて、語り始める。

 

「スズカ、私はお前が再びターフの上で走ってくれていることを……とても嬉しく思う」

 

「……」

 

「だからこそ……サイレンススズカ。私はお前に宣戦布告する」

 

「っ……!」

 

 エアグルーヴのその言葉を聞いたスズカは顔を強張らせる。

 

 それにしても宣戦布告とは……なかなか粋な事をするな。

 

 でもまぁリギルの練習を見ていた時も、エアグルーヴはチームをまとめたり指示を出したりとしていた。彼女の真っ直ぐな性格を考えれば、こういう事をするのも納得だ。

 

「次の宝塚記念……勝つのはこの女帝・エアグルーヴだ!」

 

 堂々とエアグルーヴはそう言う。その台詞はとてもシンプルだが、これ以上に闘争心を滾らせるている事を表す台詞はないだろう。

 

 そしてその言葉を受け取ったスズカは……エアグルーヴの目をしっかりと捉えていた。

 

「……私は去年まで、走る理由を見つけることが出来なかった」

 

「……」

 

「でも、今はある」

 

 そう言いながらスズカは俺の方に顔を向ける。しかしすぐにエアグルーヴの方に向き直る。

 

「宝塚記念……私も負けないわ。たとえエアグルーヴでもね」

 

「ほう、おもしろい……!」

 

   ***

 

 エアグルーヴがサイレンススズカに宣戦布告している同時刻、雨が止んだ重バ場のトラックのターフの上で駆けているウマ娘がいた。

 

 そのウマ娘は昨年のオークス・秋華賞を制しダブルティアラの称号を得た。

 

 そして今回の宝塚記念にも出る……出走するメンバーには自分が尊敬しているエアグルーヴも出る。だから彼女のモチベーションはとても高かった。

 

 ”メジロ家”のウマ娘として、シニアの最初のGⅠに参戦するそのウマ娘の名はーーメジロドーベルーー

 




・BUCK-TICKの新シングル……最高……。

・デジたんのストーリーが最高すぎる……。

・次回はメジロ家のパーティーに呼ばれる話の予定です。
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